シナリオ詳細
夏の思い出。或いは、…Hazard。
オープニング
●ATTACK・On…
煌めく太陽。
白い砂浜、青い海。
熱を孕んだ潮風に、あーうーと唸る歩く死体。
「よぉ、聖霊。こういうのが出て来る映画でよくあるよな? “ゾンビなんかじゃなくて、何かの病気にかかっただけ”とか“皆で治療方法を探しましょう”とか、そういうことを言い出す奴がよ」
「みりゃ分かるだろ。あれは死体だ。死人に付ける薬はねぇし、ああなっちゃもう救えねぇのさ」
ゾンビの数は徐々に数を増している。
近くの村の住人が、丸ごとゾンビになったのだ。それが続々と海へ集まって来ているのである。
動くは鈍く、知能も低い。
飢えと渇きに突き動かされ、生者のはらわたを喰らうことだけを目的とする元・人間。
本能のままに動く怪物。
それがゾンビだ。
「んじゃ、容赦はいらねぇか」
「容赦はいらねぇが油断はするなよ。数が多すぎるからな。一たび捕まりゃ、そう易々とは助けに行けねぇ」
刀を手に駆け出していく耀 英司 (p3p009524)を見送って、松元 聖霊 (p3p008208)は傍らに置かれたクーラーボックスへ視線を向ける。
「血清を作る材料ですか……ですが、採取する“血”はあれらのものでは駄目、なのですね」
グリーフ・ロス (p3p008615)が視線を四方へ走らせる。
砂浜を抜けるためのルートを探しているのだ。
「……とにかく4人だけじゃ手が足りない。時間もないし、一刻も早く砂浜を抜けて、仲間に応援を求めるべき」
ガチャン、と音を立てて砂浜へ空の弾倉を捨てる。
白い髪が風に泳いだ。
水着の上に羽織ったシャツは、血で斑に濡れている。
フラーゴラ・トラモント (p3p008825)が銃を片手に砂浜を進む。
英司が逃し、後方へと駆けて来るゾンビへ向けて鉛弾を撃ち込んだ。
●…・On・the・Beach
幻想。
舞台はとある辺境のビーチ。
派遣されたイレギュラーズは4名だけ。海開きに合わせ、ビーチの警備と、いざという時の救護を行うというものだ。
近くの村には、小さいながらも設備の揃った病院と製薬会社の家屋もある。海開きに訪れた者は多いものの、フラーゴラと英司、聖霊、グリーフの4人が揃っていればよほどに運が悪くなければ、1人の犠牲者も出さずに仕事を終えられるはずだ。
「もっとも、首が3つも4つもあるような鮫でも出りゃ話は別だがな」
「それか、蛸の脚がある鮫とかね」
なんて、英司とフラーゴラには雑談を交わす程度の余裕さえあった。
沖に出過ぎた客に注意を促して、酒と夏の熱気に酔った荒くれ者を取り締まり、溺れた客を浜へ引き上げ聖霊かグリーフに処置を任せる。
暇と言うほども無いが、忙しいと言うほどでもない。
ほどほどに“仕事をしている気分になる”程度の夏の一幕。
そのはずだった。
事態が動き始めたのは、それから小一時間も過ぎた頃である。
日が暮れて、海を閉鎖し、砂浜の点検を終えた4人の目の前に、それは突然現れた。
全長はおよそ5メートル。
地面を引き摺るほどに長い腕を持ち、筋肉で固めたような肉体を備えた、巨大な怪物。体に比して頭は小さく、その胸部からは脈動する3つの心臓が露出している。
アンデッド。
死んだ誰かの遺体が魔物と化したものだが……それにしたって巨大すぎる。
咆哮をあげた怪物が、まずは英司を叩き潰した。
次いで、グリーフと聖霊を殴り倒すと、最後に残ったフラーゴラへ視線を向ける。
赤黒く光るその瞳……血の混じった唾液を零し続ける口腔。
禍々しいその外見に反して、フラーゴラは怪物の目から一抹ほどの知性を感じた。
「なに……こいつ」
振り下ろされる拳を見上げ、フラーゴラはそう呟いた。
「……と、そこまでは覚えているかな? キミたちは怪物“フランケン”に敗北したのだよ? あー、ここまではOK?」
薄暗い部屋。
血に濡れた白衣を纏った、赤い髪の女がいった。
癖のついた長い髪が、炎のように跳ねている。
女の背後には、解剖台に乗せられた男性の遺体。驚くべきことに、それは首に大穴を開けた状態で、声に鳴らない呻き声をあげている。
「そいつ、見覚えがあるぜ。酔っ払って病院に運ばれた海水浴客だ。その血色じゃ生きちゃいねーと思うんだが、どういうことだ?」
首を傾げた聖霊が告げる。
立ち上がろうとしたのだろう。
しかし、それは叶わない。
椅子に座らされた姿勢のまま、身体を革のベルトで拘束されているのだ。
聖霊だけではない。
フラーゴラ、英司、グリーフもまた同様に、椅子に拘束されている。
「そう滾りなさんなよ。まずはじめに、ここは病院。次に、アンタらを拘束したのは念のため。それで後ろのこいつだが、病院に運ばれて来た直後に死んで、数時間後にこうなった」
そう言って、赤い髪の女が眼鏡を押し上げる。
爬虫類のような瞳を細め、牙の並んだ口角をあげる。
先端が2つに割れた長い舌をだらんと垂らして、女は肩を揺らして見せた。
「こいつは薬を打たれたんだよ。そしてアンデッドと化した。噛まれりゃ【廃滅】【滂沱】に【魔凶】、フランケンはそれに加えて【飛】と【封印】も備えてるかもなのだよ」
「薬を? それを打たれるとアンデッドと化すということでしょうか? 先ほど“念のため”と申していましたが……まさか」
「君たちも投薬されているんじゃぁないかなぁ。とはいえ、身体的な強度が高いのか、薬効が出るのにかなりの時間がかかるみたいなのだよ」
グリーフの問いに、赤い髪の女が返す。
“かなりの時間がかかる”ということは、つまり薬の効果が無いと言うわけではない。
「薬の効果なら何とかなるかもしれねぇぞ? 隣に製薬会社があったろ? ってことは、設備が揃ってるってわけだ。そこに連れて行ってくれりゃ、俺とグリーフで特効薬を作ってもいい」
聖霊の言葉に、グリーフが頷くことで同意を示す。
その言葉を聞いた紅い髪の女はきょとんと眼を丸くした。
数瞬の沈黙の後、女は腹を抱えて笑う。
これ以上に楽しいことなど無いというみたいに、げらげらと酸欠になるまで笑い転げる女の姿を、4人は黙って見つめていた。
「あー、こりゃあれだ。製薬会社が黒幕って話だ。俺ぁこういうの詳しいんだ」
なんて、呆れたように英司は言った。
曰く、製薬会社の実験により村の住人および海水浴客のほとんどがアンデッドと化した。
現在、付近にいる生者は赤い髪の女とイレギュラーズの4人だけ。
さらには製薬会社は燃え尽きて、薬を造る設備や資料は失われている。
しかし、手立てがないわけではない。
「この辺りのどこかに地下へ続く階段がある。そこから、製薬会社の地下研究設備へ行けるんだな。おそらくフランケンはそこで生まれたってことを考えると……まぁ、製薬会社跡地か砂浜かってところかしらん」
それから、と。
女は1つのクーラーボックスを持ち出した。
中に入っているのは、幾つかの薬品である。
「こいつにアンデッドの血を加えると血清が出来る。キミたちがアンデッド化を回避するには、血清を完成させるほかに道は無いのだなぁ」
「アンデッドの血なら、そこにあるんじゃ?」
「んー、それがそう簡単な話じゃないのだなぁ。いわばこいつらは出来損ない。血清を造るには完成品の血がいるってわぁけよぉ」
そして、その“完成品”こそがフランケンと言うわけだ。
「キミらが無事でいられるのは1週間かそこらぐらいか? その間にフランケンを見つけて、その心臓から血を抜かなけりゃあならねぇのだなぁ」
さもなきゃ4人もアンデッドの仲間入り。
しかし、フランケンの居場所も不明で、付近には大量のアンデッド……現地の言葉で“ゾンビ”と呼ばれる存在が無数に彷徨っていると言う状態だ。
「まぁ、キミたちには頑張って貰いたいところだね。何しろきっとその血清は、私にも必要なものなのだから」
なんて、言って。
赤い髪の女は、4人の拘束を解除する。
- 夏の思い出。或いは、…Hazard。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年08月03日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●Zombie Hazard
静かな村だ。
朝日が昇る時間帯、『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)をはじめとするイレギュラーズは、拠点としていた病院から外に出る。
バリケードを退けて、まず視界に入ったのは正面玄関前に出来た血だまりだった。黒く変色した血溜まりの中に、誰かの指や肉の破片が散らばっている。
「ここはすっかり死肉だらけ……帰ったらワタシはアトさんと結婚するんだ……!」
「フラーゴラさん……それは」
「フラーゴラ、それは死亡フラグだ!」
『愛知らば』グリーフ・ロス(p3p008615)は血だまりを一瞥。
『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)と一緒になってフラーゴラの台詞を遮る。
「ええっフラグっぽい……?!」
帰ったらコーラでも奢るよ。
そう言って、フラーゴラは周囲に視線を巡らした。
近くにゾンビの姿は無いが、風に乗って幾つかの呻き声が聞こえてきているのだ。
この村にいる生存者は、イレギュラーズの8人と赤い髪の奇妙な女の1人だけ。
呻き声は死者のものに違いない。
「彼女とは……今は利害が一致しているのでしょう。警戒はしますが、血清は必要という事ですね」
『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は、グリーフが肩から下げたクーラーボックスへ目を向ける。
病院に待機している赤い髪の女性から預かったものだ。中身はゾンビ化を治療するための“血清”の材料である。
赤い髪の女性によって、幾らかの情報を与えられた。
村を襲った悲劇の原因。
フラーゴラたちの置かれた状況。
そして、状況を打破するための手段。
そのためには、フランケンと呼ばれる巨大ゾンビから“血液”を回収する必要があるのだ。もっとも、フランケンの居場所は不明。村や海にはゾンビの群れと、置かれた状況はあまり良くない。
「生ける屍は魔術的なもの以外は認めぬぞ私は!」
「そもそも生ける屍なんてものがあっちゃならねぇんだ……生命への冒涜がすぎるぞ」
珍しく声を荒げた『葬送の剣と共に』リースヒース(p3p009207)と、憤りを隠せないでいる『医神の傲慢』松元 聖霊(p3p008208)が、通りへ顔を覗かせた。
見渡す限りに血痕や足を引き摺ったような跡が残っているのが見える。分かっていたことだが、出血量は夥しく、とうに命が尽きていることは明白だ。
「くそっ。俺は医神になるんだ……こんな所で死んでたまるか、絶対生きて帰ってやる」
「……ですから、それは」
聖霊が口にしたセリフは“死亡フラグ”と呼ばれるものだ。
絶望的な状況で、孤立したり、生きて帰った後の展望を口に出したりすることで、人は“死”に魅入られるという。
きっとそういう“呪い”の類だ。
グリーフとしても、助けられる命は救うつもりでいるが、自ら死へと突っ走る者ばかりはどうしようもない。
もっとも、聖霊がそう簡単に命を粗末にするような愚か者ではないと理解しているけれど。死んだところで、何の花実にもなりはしないのだ。
「いつまでもここで足を止めていても仕方ないからな。さて、気を引き締めていこうか……とはいえ、病院に地下設備などは無かったようだし、製薬会社は未だに燃え続けているな」
そう言って『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は腰の刀を引き抜いた。
姿は見えぬが、この地には敵しかいないのだ。
警戒し過ぎ、ということは無い。
血色の失せた青い肌。
光の灯らぬ暗い瞳。
壁際に身を寄せ、じぃとしている『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)の前を1体のゾンビが通過する。
腹に空いた大穴からは、腸が零れているではないか。
見れば喉にも、噛み千切られた痕跡がある。
そのくせ、顔には一切の傷はなく、生前の面影を色濃く残していた。青い瞳の、端正な顔立ちをした青年だ。
青年のゾンビが足を止め、一時の間、アオゾラの顔を覗き込む。
それから暫く……。
ゾンビはアオゾラを襲うことなく、砂浜の方へと歩き始めて……。
「……ワタシはゾンビじゃないデス」
よろよろと立ち去っていく後ろ姿へ、アオゾラはそう呟いた。
●Zombie・On・the・Beach
白い砂浜。
輝く太陽。
寄せては返す白波に、夥しい数のゾンビたち。
一閃。
踏み込みと共に砂を巻き上げ、英司が刀を一閃させる。
腹と脚を裂かれたゾンビが、姿勢を崩して砂浜に倒れた。体内の血は全て流し尽くした後か、それとも凝固しているのか、裂傷の深さに比して出血量はごく僅か。
人であれば絶命していてもおかしくないほどの重症を負いながら、しかしゾンビは動きを止めない。腹を裂かれて、体は大きく傾いている。片足を失い、自力では既に起立できない。
それでも、腕は動かせる。
「うおっ!? 随分と活きのいい死体だな……ったく、まるでムービーの中と同じような状況に出くわすたぁね!」
脚を掴んだゾンビの顎を蹴り上げて、もう1体の頭頂部には容赦なく刀を突き刺した。
「もう1体は頼むわ!」
「あぁ、任せろ」
顎を蹴られてよろけたゾンビの首へ向け、シューヴェルトは刀を一閃。
居合と呼ばれる剣術だ。
しゃらん、と鞘の内を刃が滑る音がした。
澄んだ音と共に、虚空に黒い軌跡が走る。
呪詛を塗り固めたような、黒く禍々しい斬撃がゾンビの首を切り落とし……そうしてようやく、死体はもとの死体へ戻る。
「砂浜はゾンビだらけだな。動きは鈍いが、悠々と地下研究所への入り口を探している余裕はないぞ」
「製薬会社の社員の幽霊がいれば話を聞くことができるデス」
旗を振ってゾンビを追い払いながら、アオゾラがそう口にする。
そうしながら、アオゾラは何かを思案していた。
右へ、左へ、視線を虚空に彷徨わせ……それから彼女は、旗の先を岩礁地帯へと向ける。
「これだけ海水浴客がいる場所に、地下への入り口なんて作るはずはないデス。あっちはどうデスカ?」
「岩礁地帯……? えぇっと……たしか立ち入り禁止区域だね……?」
「波に削られた岩ってのは思ったより尖っててな、皮膚を裂くからってことで立ち入り禁止だ。破傷風だの、細菌感染だののリスクもある」
アオゾラが指した方向を見て、フラーゴラと聖霊が答えを返す。砂浜がゾンビで溢れる前は、ビーチで仕事をしていたのだ。当然、付近の危険な場所は知っている。
「手がかりはありません。あちらへ向かってみましょう」
「分かった……! 付いてきて……!」
盾を構えたフラーゴラが、先陣を切って駆け出した。
その後に英司やシューヴェルト、聖霊が続く。
しかし、幾ら何でもゾンビの数が多すぎる。盾で弾いて、刀で切り裂き、旗で薙いで道を開くが、空いたスペースに次から次へとゾンビが雪崩れ込んでくるのだ。
そのうち1体が、とうとう防衛網を乗り越えフラーゴラへと跳びかかった。
「……っ!?」
盾でガードしようにも、前方のゾンビを抑えるだけで手一杯。
一撃を覚悟し、フラーゴラは歯を食いしばる。
けれど、想像していた痛みが襲って来ることは無かった。
「グリーフ!?」
聖霊が叫ぶ。
フラーゴラを庇うように伸ばされたグリーフの腕に、ゾンビが噛み付いていたのだ。握力が強いのか、グリーフの白い腕にはゾンビの指が食い込んでいる。
「噛まれた者はゾンビになるのでしたか? 秘宝種の私への感染作用は未知数ですが……今は自身の抵抗力を信じましょう」
グリーフの手から黒い鎖が溢れだし、ゾンビの身体を絡めとる。鎖に縛られ、地面に倒れたゾンビの頭をシューヴェルトの刀が貫いた。
岩や地面に血糸が絡む。
「追いかけて来るゾンビたちは、範囲制圧しましょう。今のうちに入り口の捜索を!」
マリエッタの展開した血糸の結界が、ゾンビたちの進行を阻む。
伸ばされた手が血糸に触れると、ぶつり、と指が千切れて落ちた。
人間であれば、指が落ちれば痛みに身を引いただろう。しかし、自我を喪失し、ただ目の前の生き物を襲うだけの怪物には、その程度の判断力さえ備わっていない。
皮膚が裂けることも厭わず、ゾンビは前進を続けるのだ。
後から後から、ゾンビが迫る。
後続に押され、一番前にいたゾンビが細切れとなって地面に散らばる。
「……っ。なんて惨い」
「血糸は解くなよ。この数を一々相手をしていたらきりがない……それに、生死を曖昧にするものは見過ごせぬからな」
フラーゴラの隣に並んだリースヒースが、ゾンビの群れへと手を翳す。
ぼう、とその手に魔力が灯り……それに引き寄せられるように、ざわりと砂浜が蠢いた。
リースヒースが喚び出したのは熱砂の精だ。
魔力の渦は砂を巻き上げ、大規模な砂嵐へと成長を遂げた。巻き込まれたゾンビたちが、砂に埋もれ、或いは巻き上げられていく。
千切れた腕や身体の部品が、ボトボトと地面に落ちていく。
腐肉と血の臭いが当たりに漂う頃になって、ようやくゾンビの群れは動きを停止した。何体かは、地面に倒れたまま蠢いているけれど、もはや脅威にはなり得ない。
とはいえ、ゾンビはまだ多い。
後から後から押し寄せて来るゾンビを見据え、リースヒースは黒剣を構えた。
岩礁地帯の一角で、アオゾラは虚空へ視線を向ける。
「……ジー」
虚ろな眼差しで、そこにいる何かを凝視しているのだ。
どれだけの間、そうしていただろうか。
「階段どこデスカ?」
抑揚のない声で、虚空を漂う何かに対しアオゾラはそう問いかけた。
岩礁地帯の外れ。
海と陸との境目にある洞窟が、地下空間への入り口だ。
少しでも水位が上がれば、外から目に付くことは無い。なるほど、秘密の場所への入り口としては上等だろう。
加えて、洞窟を入った先には隠し扉まで設置されている。巧妙に隠されたそれは、そうと知らねば発見できないものだろう。
シューヴェルトを見張りに残し、残る7人は地下へと進む。
コンクリートで舗装された壁と床、まっすぐ下方へ続く階段。
そうして辿り着いた先には、機材の類が並んだ部屋と幾つもの牢。そこで誰かが死んだのだろう。壁や床には、血が飛び散った痕跡がある。
それからガラス張りの大部屋。
「血か? こりゃ……?」
血で赤黒く染まった大部屋を一瞥し、聖霊はそう言葉を零す。
それから彼は、機材や資料へ手を伸ばした。
ここで行われていたのは、ゾンビ化を促進する薬物の研究だ。
製薬会社らしく、元は体の欠損や病に侵された臓器を修復する新薬の研究だった。けれど、研究の過程で生まれたのは人をゾンビに変える薬物であった。
研究の中で亡くなった者の数はおよそ130人。
その中には、新薬の開発に携わった研究員も含まれている。
「こいつは病院にいた女だな。製薬会社の職員で、名前はブゥードゥー・ンザンビ……産業スパイだったのか。新薬の実験体となって命を落としたって書いてんぞ」
「生き延びていましたが……それで、フランケンの方は?」
グリーフの問いに、聖霊は無言で資料を捲る。
最後の頁にはフランケン・Vのサインがあった。おそらくは、研究主任か地下研究所の責任者といったところか。
資料に視線を走らせるにつれ、聖霊の眉間に寄った皺が一層深くなる。
「研究後期に近づくにつれて、目的が変わっていっているな。自我を保ったままゾンビとなれば、それは不老不死と言っても過言ではない……だとよ」
「何処の世界にも永遠の命を求める人がいるものデスネ」
アオゾラが呆れたように言葉を零し、青い自分の腕を見下ろす。
不老不死の実験により不完全な不死者となったアオゾラと、フランケンはある種、同族とも言える。
「とりあえず、メッセージを残しておこう……」
フラーゴラがそう言った。
直後。
まるで地震でも起きたみたいに。
研究室が激しく揺れた。
巨大な拳がシューヴェルトの頭部を打った。
ゴキ、と首の骨が鳴る。
折れてはいないが、ヒビ程度は入っただろう。
「知能は残っていても……まるで猿か獣のようだな」
引き摺るほどに長い腕。
筋肉の塊みたいな肉体と、皮膚が爛れた男の頭部。
仲間たちが地下へと進んで暫くの後、シューヴェルトの前にフランケンが現れた。
そうすることが至極自然であるかのように、フランケンは躊躇なくシューヴェルトへ襲い掛かった。
「……逃げられないか」
腰を落として、鞘へ仕舞った刀へそっと手を添える。
一閃。
振り下ろされる巨腕へ向けて居合を放ち……。
●ATTACK・On・Zombie
「こんなところで研究していたのだなぁ。どうりで本社をいくら探しても、資料1つ発見できないわけだ」
ポツリ、と。
言葉を吐き捨てて、ブゥードゥーは地下へと降りていく。
天井が砕け、岩盤と共にフランケンが落ちて来た。
その足元には【パンドラ】を消費し、辛うじて意識を繋ぐシューヴェルトの姿。
それから、斬り落とされたフランケンの左腕。
「シューヴェルト……1度ならず2度までも、いきなり人に殴りかかるとはいい度胸してんなテメェ」
杖を地面に突き立てて、聖霊は数秒、目を閉じた。
空気が震え、リィンと鐘の音色が響く。
溢れた魔力の燐光が、シューヴェルトへと降り注ぎ、その身に負った傷を癒した。
魔力の流れが見えているのか、それとも本能的なものか。
フランケンは血を吐きながら、右の拳を振り上げる。
「ちっ……あぶねぇ! 理性はねぇのか?」
身体の前で双刀を構え、英司が拳を受け止める。
拳を逸らすことには成功したものの、それだけで英司の肉体が悲鳴を上げた。
拳を受けて英司のマスクに亀裂が走る。
脳のリミッターが外れているのか。自分の肉体強度を考慮しない渾身の殴打が、英司の体を壁へと叩きつけたのだった。
殴打。
殴打、殴打、殴打、殴打。
豪雨のように、殴打のラッシュが降り注ぐ。
「待って……血を分けて欲しいの。そうすればワタシたちは助かる」
盾を構え、フラーゴラが拳を受ける。
殴打の雨は止まらない。
知能はあっても、理性は無いのだ。
例えば、リースヒースが紫紺の結界を展開すれば、それを妨害するために攻撃対象をそちらへ向ける程度の判断力はある。
「危ないデス。もしかして、生きてる人が憎いのデスカ?」
アオゾラが気糸を伸ばし、リースヒースの体を引いた。
しかし、直撃こそ避けたものの、衝撃までは防げない。
殴打の余波でリースヒースとアオゾラは、もつれるように床を転がる。
「くっ……まともに相手をしていては持たぬが、しかし血清は作られねばならぬ」
「そーデスネ」
剣を支えにリースヒースが立ち上がる。
旗を構えたアオゾラが、リースヒースの後に続いた。
その間にも、英司とシューヴェルトは左右からフランケンへと斬りかかり、巨腕の薙ぎ払いを受けた。
地面へ叩きつけられた英司は【パンドラ】を消費し、意識を繋ぐ。
聖霊の治療を受けた2人は、再び疾走を開始した。
「心臓を狙うのだなぁ!」
地下研究所に女の声が響き渡った。
フランケンの視線がヴゥ―ドゥーへと向く。
一瞬、虚ろな瞳に理性が灯る。
それから強い怒りの感情。
「死にたくなくて未完成の薬を飲んだ愚か者にも、一抹の感情程度は残っているのだなぁ!」
ヴゥードゥーが拳銃を構えた。
数発の弾丸がフランケンを撃ち抜くが、ダメージはほぼ無いようだ。
「行こう……!」
フランケンの意識が逸れた隙を突き、フラーゴラが駆け出した。
その後に続いて、グリーフが走る。
跳躍。
「肘を叩いて。尺骨神経が通っています」
「……分かった!」
構えた盾を振りかぶり、フランケンの肘へと向けて叩きつけた。
振りかぶった巨腕の動きが僅かに鈍る。
尺骨神経……ファニーボーンとも呼ばれる箇所だ。そこを叩くと腕や手が痺れるような感覚が走るわけだが、いかにフランケンが巨体であっても、人体の構造からは大きく逸脱していない。
ましてや、今のフランケンは知能と理性を僅かに取り戻している状態だ。
「これで少しでも味方の攻撃が通れば……!」
グリーフの伸ばした鎖が、フランケンの心臓を射貫く。
ドクン、と3つの心臓が跳ね、滂沱と血が溢れだした。
絶叫。
フランケンが悲鳴をあげて、血を吐きながら暴れ出す。
「くそ、後は血を回収するだけだってのに」
がむしゃらに腕を振り回すおかげで、聖霊はフランケンに近づけないでいた。
「任せてください。得意なんです……血を奪うのは……」
マリエッタの影が蠢き、無数の気糸が解き放たれる。
フランケンの腕へ、足へ、首へ……そして心臓へ。無数の気糸が巻き付いた。
つぅ、と。
気糸を伝う鮮血を、聖霊は慌てて試験管の内へ納める。
「よし! 急いで血清をつくらねぇと、グリーフ手伝ってくれ!」
「えぇ。上手く精製できればいいのですが」
「なーに大丈夫だ、蛇、蛙、蟲……今までどれだけの毒に侵された患者を見て血清拵えてきたと思ってんだ」
医神の寵愛を受けた身なれば。
人生を医療へ捧げた身なれば。
救いたい命がそこにあるのなら。
意地でも救ってみせようと。
クーラーボックスを蹴り開けて、グリーフと共に血清の精製を開始した。
心臓を潰され、フランケンは息絶えた。
後に残ったのは、痩せこけた男性の遺体が1つ。
床に落ちた心臓から、数発の銃弾が零れ落ちた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
血清は無事に作製され、フランケンは討伐されました。
村とビーチは、赤い髪の女性(ヴゥードゥー)の手により封鎖されました。
依頼は成功となります。
この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
“血清”を完成させる
●ターゲット
・フランケン×1
とある製薬会社の作った完成品のアンデッド。
5メートルほどの巨躯に、引き摺るほどに長い腕。
体に比して小さな頭。
言葉を発することは無いが、知能は残っているようだ。
胸部には体表に露出した心臓が3つ。
心臓から抜いた血をクーラーボックス内の薬剤に混ぜることで“血清”が完成する。
その攻撃には【廃滅】【滂沱】【魔凶】【飛】【封印】などの効果を備える。
・ゾンビ(アンデッド)×たくさん
村の住人や海水浴客の馴れの果て。
歩く死体。
現地の言葉でゾンビと呼ぶ。
動きは鈍く知能は無いに等しいが、生命力は高い。
その攻撃には【廃滅】【滂沱】【魔凶】などの効果を備える。
・赤い髪の女
白衣を纏った赤い髪の女。
爬虫類のような目と口をしている。たぶん獣種だろう。
フランケンにやられた4人を救助してくれたうえ、血清の造り方も教えてくれた。
親切な人なのだろう。
名前や身分は教えられていない。
作戦実行の際は病院に避難しているつもりか、それとも同行するのだろうか?
●フィールド
幻想。
とある海辺の小さな村と、その村の管理下にあるビーチ。
村は小さく、ビーチはそれなりに広い。
まっすぐ歩くと、端から端まで15分ほどはかかるだろうか。
村の住人は全員がゾンビと化したため、生存者は赤い髪の女だけ。
村にあった製薬会社は先ほど焼け落ちた。
砂浜か村のどこかに地下研究所へ続く階段があるらしい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet