シナリオ詳細
<光芒パルティーレ>白き石柱と輝碧<琥珀薫風>
オープニング
●
パライバトルマリンやエメラルドグリーンを溶かした海の色。
蒼穹の空とは色相異なる美しき水面を、ゆっくりと船が通り過ぎていく。
「――おお、海がまるで翡翠のように輝いておるぞ!」
艶やかな黒髪を靡かせ、くるりと振り返った『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は家臣である柊吉野と友人の御狩明将、浅香灯理に満面の笑みを向けた。
何時もの和装ではなく、異国風の衣装を身に纏った遮那は琥珀の瞳を輝かせる。
フェデリア島シレンツィオ・リゾート。
海洋王国と豊穣の貿易拠点として急速に発展した都市に、遮那は遠征に来ていたのだ。
見るもの全てが、遮那にとっては新鮮で興味深い。
彼らが訪れたのはシレンツィオ・リゾート三番街、セレニティームーンと呼ばれる地域にあるグランド・バルツ・ホテルだ。
コロニアル様式の白い柱が等間隔に並び、鮮やかな緑葉を伸ばした植物が風を受けて揺れる。
潮風は豊穣とさほど変わらないけれど、其処に乗って香る爽やかな芳香に胸が躍った。
アールグレイに乗せられた甘やかなイチジクの香り。ほんのりと包み込まれる優しい匂いだ。
豊穣では体験した事の無い情景に、身体の中から楽しさが溢れ出す。
「この海域で、滅海竜リヴァイアサンと冠位魔種アルバニアを打ち倒したんだろ?」
明将はホテルの大きな窓を開け放ち、バルコニーから見える静謐の海を見つめる。
「そうみたいだね。あの山の向こう……島の北部はリヴァイアサンとの戦いの爪痕が残ってる。四番街(リヴァイアス・グリーン)ってとこだね」
ホテルのロビーから持って来た島の地図をベッドの上に広げた灯理は、歪に抉られた陸線を指差した。
「この鋸(のこぎり)のような地形は何だろうか?」
遮那が島の北部にあるギザギザの入り江を指し示す。
「リヴァイアサンが光線(ビーム)を打った痕らしいよ」
「えっ、嘘だろ!? こんな広範囲をか?」
「なんつーものと戦ってんだ神使は」
吉野と明将は指で大きさを測り、その巨大さに首を振った。
海を越えて、豊穣に神使(イレギュラーズ)達がやってきたのはおよそ二年前。
誰一人として越えられなかった『絶望の青』を踏破し、彼らにとっての新天地、豊穣郷カムイグラを支配していた魔種と蔓延る穢れを打ち祓ったのだ。
海洋王国、豊穣郷カムイグラ、双方にとってもイレギュラーズは英雄に他ならなかった。
こうして二つの国の未来を切り拓いた彼らの功績により『絶望の青』と呼ばれていた海域は『静寂の青(セレニティ・ブルー)』と呼び名をかえ、最奥拠点であったフェデリア島も関連国の貿易によって富み、いまはこうして……最高の観光島、シレンツィオ・リゾートへと生まれ変わったのである。
「まだまだ、世界は知らぬ事が多いのう!」
待ちきれないとばかりに、広い部屋――開放的な異国情緒溢れる『離れ』と言った方が相違無い屋敷――のバルコニーから中庭へ駆け出す遮那。
白い大理石のプールサイドを革靴で歩けば、黒い翼に陽光が降り注ぐ。
些かこの外套についている毛皮は暑いなと首元を寛げた。
「鹿ノ子、ルル家、朝顔、正純、タイム、百合子! 準備は出来たかー!?」
中庭を囲むように配置された部屋に向けて、遮那が名前を呼んだ。
普段であれば、もう少しスマートな誘いをする遮那が、何時になくはしゃいでいるのが分かる。
「遮那様は、我の名前を呼んでくれぬ……寂しいの」
「僕も呼ばれてない」
おいおいと泣き真似をする姫菱安奈とその肩に乗る使い魔の望。
「い、いや……忘れておった訳ではないぞ!? 其方は呼ばぬとも付いて来るだろう」
「それはそうであろう。如何なる時も天香の為、遮那様を御守り致しますぞ」
「僕も僕も!」
愛らしい袴姿に身を包んだ安奈は「されど」と真剣な表情で主君である遮那を見つめる。
「どうやら、遊びは後になりそうである。フェデリア総督府から、哨戒任務を仰せつかって来た」
「……え」
最近では殆ど見かけなくなった、遮那の『嫌そう』な顔に安奈は目を細めた。
「子供の頃は、勉強の度にそんな顔をされておりましたなぁ! まあ、我ら守ります故。それに遮那様には心強い神使がついておるのですから、問題ないでしょう。豊穣の帝の名代を仰せつかっているのである。フェデリア総督府に『安心』を与えるのも、仕事の内であるでしょうな。さ、早急に参りませい!」
「ぬぬ……致し方ない。全力で哨戒任務にあたるとしよう! 全力でだ!」
外套を翻し、軍帽を目深に被った遮那は、パライバトルマリンの海を見据えた。
- <光芒パルティーレ>白き石柱と輝碧<琥珀薫風>完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月14日 22時05分
- 参加人数12/12人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 12 人
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参加者一覧(12人)
リプレイ
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アジュールブルーの空とパライバトルマリンの海の水面が揺れる島。
フェデリア島シレンツィオ・リゾートは、穏やかな風と潮の香りが漂う華やかな街だ。
豊穣の高天京とは全く違う趣の建物や風景に、『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は、幼子のような笑みで振り返り、はやくはやくと手を振った。
「あそこまではしゃいでいる遮那さんをみるのは何だか初めてあった頃を思い出します」
年相応の遮那の姿にくすりと微笑みを浮かべた『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)は、傍らの御狩明将へと視線を送る。
「明将、さくっと魔物討伐して私達もリゾートを楽しみましょうか……なんですかその顔は?」
「あんたがはしゃいでるのも珍しいなと思って」
「私がはしゃいでいる? そんなことはいいでしょう。ほら、さっさと行きますよ!」
手を引いて駆けていく正純の横顔は、何時になく嬉しそうで。
やっぱりはしゃいでいるのだと、明将は眉を下げた。
このフェデリア島は二年前に廃滅竜リヴァイアサンとの戦いがあった場所だ。
其の戦場だったこの地は新しく生まれ変わり、『常夜に潜むモノ』天之空・ミーナ(p3p005003)の目の前に広がっている。人の折れない心というものはやはり凄いのだとミーナは感嘆の溜息を吐いた。
「戦った地をリゾート地にするとは……」
めいいっぱい楽しんでしまおうと『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)は遮那に振り向く。
「うむ。はやく用事は済ませて、遊びたいしのう!」
一度目の海洋の時はゆっくりと見て回る時間も無かったから、今回は長い遠征だと遮那は笑みを零した。
その顔を見た朝顔も自然と顔がほころぶ。色々なものに目を輝かせ、遠慮無く嫌そうな顔をしている。
まだ幼い少年だった頃の遮那が戻って来たみたいで、胸が締め付けられるのだ。
「あの頃の遮那君が居て嬉しいです。今の遮那君を否定するようで、そう思っちゃいけないんでしょうが」
「朝顔は難しい顔をしておるのう? ほれ、行くぞ!」
「リゾートって言うのはいまいちよくわかんないけど、後でパーッと遊ぶためにも任された任務をちゃっちゃと片付けるわよっ!」
目の前を走って行く『煉獄の剣』朱華(p3p010458)の声に朝顔と遮那も頷く。
「――朱華の新技、アンタ達に魅せてあげる。その身で味わいなさいっ!」
ダガヌ海域の戦場に響き渡る朱華の声と共に、敵は討ち滅ぼされたのだ!
――――
――
「せっかくのリゾートなんだ。傷残したり疲れた顔で楽しむなんてできねーだろ?」
ミーナは傷付いた朱華達を癒し優しい笑顔で送り出す。
自身の傷は勝手に治ると手を振って、太陽の下でうんと一伸びしてから、歩き出した。
「遮那君、三番街のキャピテーヌ・ピカデリーへ行きましょう!」
朝顔は遮那の手を引いて三番街の複合映画館へと足を踏み入れる。
靴音が響かないように敷き詰められた絨毯は柔らかく不思議な感覚だ。
「活動弁士なる人が活動し、映像作品を楽しむ事もある……とは聞きましたが」
パンフレットから顔を上げた朝顔は、予想を上回るほどの『映像』に圧倒されていた。
「でも大事なのは物語ですよ! 遮那君ってどんな話が好きなんですか?」
遮那がどんな映画を好むのかが気になっていたのだ。
「私は武士同士の戦いが好きだな。戦い自体というか、そこに至る者たちの心情や思いを見るのが楽しいと思うのだ。自分に置き換えて、違う考え方の参考にもなるしの……恋愛映画は少し面はゆいのう」
少し照れたように頬を掻く遮那に、目を瞬かせる朝顔。
以前の彼であれば、分け隔て無く全部見ると言いかねないのに。
『最愛を求むのならばゆっくりと育むのじゃ』
その言葉が朝顔の脳裏に過る。忘れられないもの。
けれど、ゆっくり育む事が朝顔には出来ないのだ。いつも心の中は不安で埋め尽くされている。
最大でぶつからなければと焦ってしまう。
「……私は遮那君に何か出来た結果なんて無いから」
「うん? どうした?」
思わず小さな声が漏れてしまったのであろう。見上げてくる遮那に首を振ってみせる朝顔。
この場所はヒイズルの高天京壱号映画館を思わせる。
あの世界の『朝顔』は待ち続けて伴侶になれたのだ。
――羨ましいと思う。
現実の遮那は、天香の当主で、その唯一の伴侶になることは朝顔にとって山のように高い壁に見えた。
あの世界の朝顔のように、待ち続けるなんて出来ない。
けれど、寄り添うことも必要なのだと思うから。
「だから……遮那君の事をもっと教えてくれませんか?」
「私のことか? そうだのう……いま其方と一緒に映画を見ているのは、すごく楽しいぞ」
にっかりと笑う遮那の手を朝顔はぎゅっと握り。もう片方の手で遮那は朝顔の頬をつついた。
『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)はニュー・キャピテーヌストリートに行きましょうと遮那の前に飛び出してくる。
「おお、ルル家は詳しいのだな!」
「ぜんぜん! 拙者も初めてですが、施設は説明みればわかりますからね!」
明るく言い放つルル家に遮那と浅香灯理は「ふふ」と笑みを零す。
折角だからと二人の手を引いて服屋の前で止まるルル家。
「こちらの服で過ごすのも良いものですよ! 遮那くんのその服も格好いいですけど、ここだとちょっと暑いですからね!」
「確かに、ここでは暑いのう。風を吹かせているが、限界はある」
ルル家はホテルやカジノに行くならフォーマルの方が良いだろうかと眉を寄せる。
されど、ビーチに行くならラフな格好の方が楽だろう。
否、悩むべくもない。両方だ。両方あれば問題は解決する!
「遮那くんにはこれが似合うんじゃないですかね! うーん、こっちも捨てがたいですね!」
細身のジレと銀のストライプ光沢のあるシャツ。或いは、ワインレッドのネクタイのスーツ。オーダーメイドも捨てがたいが、既存品でもスラリとした遮那の体躯ならどの衣装でも合うような気がした。
「灯里殿もいつもの服も格好良くてとてもお似合いなのですが、たまにはこういうのも良いのではないでしょうか! きっとこういうのも似合いますよ!」
「へぇ……大陸風の衣装か。普段は和服だから新鮮で楽しいね」
「着るのが楽なものを買って執務の時に着るのも良いですね! 人前に出ない時であれば楽にしても良いと思いますよ!」
その言葉に頷いた遮那は、フリルの付いたメイド服と、ロリータ服をルル家に手渡す。何故か、うさ耳としっぽも添えられている。
「えっ」
「ん? 執務の時に着る服の話しだったであろう?」
きょとんと首を傾げる遮那の気持ちを無碍に出来る訳も無く。
「と、とりあえずカジノを回るのはこっちにしましょう」
無難な赤いドレスを選ぶルル家。
「見たことない遊戯がたくさんありますよ! おふたりとも挑戦しては如何ですか?」
「おお、楽しそうだな」
「なにせ拙者は高CTのラッキーガール! 幸運の女神ですから!」
胸を張るルル家の目の前で、遮那のチップが根こそぎ回収される――!
「ルル家! チップが全部無くなってしまったのだ!」
カジノの洗礼に戦々恐々とする三人。
そういえばとルル家は灯理に視線を上げる。
「灯里殿! 拙者、灯里殿とも仲良くなりたく……というかお友達になりたくてですね……」
もじもじと頬を染めるルル家に手を差し出す灯理。
「おや、僕はもう何度も会って話しているから友達のつもりだったんだけど。ふふ、可愛い人だな。遮那が傍に置いときたがるのも分かるよ。改めてよろしくね。ルル家殿」
「はい! 灯理くん!」
ダンスフロアでゆっくりとルル家の赤いドレスが翻る。
最初は辿々しかった遮那の足取りは、あっという間にルル家をリードするようにステップを踏んだ。
優雅な音楽とヒールの音が、煌びやかなシャンデリアに反射する。
●
ミーナはコロニアル様式の白い柱を横目に、一人で街を散策していた。
大切な人達を此処へ連れて来たいから、今日はその為の下見を兼ねているのだ。
「嫁達には大して何かしてやったとかないから……一回くらいは、な」
青い空から降り注ぐ太陽の眩しさにミーナは目を細める。
「……もう、二年。まだ、二年。どちらなんだろうな」
その胸の内をを漣の音が攫って、過去の記憶が目の前に広がった。
――『あの子』にも見せてやりたかった。
それが無理なこともミーナ自身が一番よく分かっている。
せめて、この美しく花開く街を目に焼き付けよう。そして、あの子の墓の前で聞かせてあげよう。
「遮那君が行きたい場所は全部行きましょう! あ、ミーナさん!」
ミーナに気付いた朝顔が手を振って近づいて来る。
「おう。デートか」
「はい! これからニュー・キャピテーヌストリートに行きます。ミーナさんもどうです?」
朝顔の提案に遠慮すると手を振ったミーナは真面目な顔で言葉を紡ぐ。
「せっかく紡いで繋がった縁なんだ、大切にしろよ?」
出会いというものは二度とは訪れないから。
「そんじゃ、邪魔したな。しっかり楽しめよ」
くるりと踵を返したミーナは手を振って二人の元を後にする。
見上げた空は青く澄んでいて。
「ああ、いい天気だ。本当に」
小さく呟かれたミーナの声が潮風に乗って消えていった。
派手な景観に圧倒されて辺りを見回す朝顔は、隣の遮那を見遣る。
意外と楽しそうな、物怖じしない表情に、彼が貴族なのだと思い至った。
店に入る度に、物凄い金額の――たまに金額も書かれていない――品々が並び。お揃いのアイテムを買う事を断念する朝顔。
「やあ、浮かない顔をしてるね」
ひらひらと手を振ったのは『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)だ。
このフェデリア島にはリヴァイアサンとの戦いの時に訪れてはいたけれど、こんなに華やかな街では無かったと行人は認識していた。
「一緒に回らせて貰って良いかな?」
「うむ。皆で行った方が楽しいからのう」
行人は遮那達の後を歩きながら、護衛である姫菱安奈へ声を掛ける。
「広域俯瞰で護衛を手伝おう。屋外なら役に立てるだろうし、室内でもそれなりに役目を果たせるぜ?」
遮那達に気付かれぬよう囁く行人に安奈は「頼んだ」と口の端を上げた。
初めての体験というものは大切にしなければならない。特に年若い子であれば尚更だと行人は安奈へ視線を向けた。歩いているのは観光客ばかりである。そうそう大きな事は起らないであろうが、念には念をということで行人は遮那たちの邪魔にならぬよう、後からついていく。
「じゃあ姫菱ちゃん。何か気づいたら合図を出すから、宜しく」
「ああ」
豪奢なインテリアに囲まれたブランド品を取り扱う店に入った遮那達。
「良いかい、遮那君。普段から高級品に慣れている人と、そうでない人にはきちんと贈る物をわけて考えなければいけないんだ。あとは贈る人の気だても、ね」
「……なるほど」
行人のアドバイスに真摯に耳を傾ける遮那。
「慣れてる人にはあまり悩まなくても良いんだ。でもそうでない人には贈っても後生大事にしまい込んで、使って貰えない、なんて事がままある」
遮那は今まで自分が誰かに贈ったものを思い返し、青くなったり思い悩んだり、いやしかしと首を振る。
その様子を微笑ましく見守りながら、行人は言葉を続ける。
「だから値段も最高級品を贈ったりしないで値段を抑えたりして、小さなポーチやハンカチ…そういった小物なんかは使って貰いやすいっていうのも、覚えておくといいよ」
行人の視線を追うと柔らかなシルク地に鮮やかなラインと模様の入ったハンカチが見えた。
「なるほど、こういうのだな」
「……あ、化粧品は余あんまりオススメしない。体質で合う合わないがあるからね」
「確かにそうだな。気を付けよう」
行人のアドバイスは参考になると、遮那は感謝と尊敬の眼差しを向ける。
緩やかな潮風吹くリゾート地に感嘆の声を上げるのは『馬には蹴られぬ』不動 狂歌(p3p008820)だ。
島国である豊穣にも海沿いの娯楽施設はあった。されど、こんなに大きな島を全部リゾートにするなんて中々剛毅な事をすると唇を尖らせる。
「経済だの何だは俺は詳しくないからわからねぇが遮那は観光ついでに勉強とかすんのか?」
「あ、ああ! そうだな! 勉強もするぞ!」
「……本当かぁ?」
疑いの眼差しを向ける狂歌に口笛を吹く遮那。
「まあ、いいか。まずは楽しむ事からだ。二番街行ってメシにしようぜ」
三番街の豪奢な町並みは自分には敷居が高いからと肩を竦める狂歌。
「っと、ちょっと待っててくれ」
街中を走るスチームトラムに乗る直前、コークハイを買って来た狂歌は嬉しそうに瓶を煽る。
「かぁー! 仕事の後の一杯はやっぱいいな……なんだお前らも飲むか?」
「いや、私はまだ飲める年齢ではないからな」
「んじゃこっちのネモネードソーダだ」
袋から取り出した炭酸ジュースを狂歌は遮那に手渡した。
スチームトラムに揺られながら、口の中の炭酸が弾ける感覚に、遮那は満ち足りた気分になる。
「お、この店とか良いんじゃねえ?」
「ふむ。この大きな海老が美味しそうだのう。ここにするか」
狂歌と遮那は店員に勧められるまま、サラダと前菜、それにロブスターっぽい海老とフルーツの盛り合わせをお願いした。
「おお、美味そうじゃねーか!」
素手で殻を剥いた狂歌に習い、遮那も大きな口を開けて海老を頬張った。
「遮那なんかこんな場所来ないだろうけど、あんまりきょろきょろしてると喧嘩売って来る奴が居るから気をつけろよ。こういう場所は血の気が多い馬鹿や酔っ払いみたいなまともな判断が出来ない奴が多いからな」
「んだと? 喧嘩売ってんのか!?」
遮那と狂歌。目立っていた上に狂歌の言葉で血気盛んな男が立ち上がり、テーブルを勢い良く叩いた。
その衝撃で狂歌の海老が床へと転がり落ちる。
「あぁっと!? なあー!? 俺のエビがー! テメーらよくも俺のエビを駄目にしてくれやがったな表に出ろ纏めてぶっ飛ばしてやるから!」
こういった小競り合いは日常茶飯事なのだろう。店員も遮那に代金を請求したあと、店の外に手際よく全員放り出した。
「チクショー、俺のエビがー!」
狂歌の叫びと共に拳が唸りを上げた。
●
「ここがフェデリア島かー気持ちのいい所だねー!」
伸びをした『毒亜竜脅し』カナメ(p3p007960)の長い袖がヒラヒラと風に揺れる。
パンフレットを広げたカナメは見た事の無い施設や観光スポットに目を輝かせた。
「リヴァイアサンとの決戦もね、とっても痛い(たのしい)思い出だったなー」
再戦したいとは思わないけれどとカナメはくふくふ笑う。
「今日はどうしよっかな、別の所はまた今度行けばいいし……二番街に行ってみよ!」
心なしか浮き足立つのは、リゾート地だからだろう。
姉の『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)や遮那たちは、豊穣から連れてきた友人達と一緒にフェデリア島を楽しんでいるだろうし、自分がわざわざ邪魔するのも忍びない。
「大丈夫、カナには緋桜がいるんだから、何も寂しくなんてないよ。何も」
腰に吊した太刀の柄を握り、カナメは視線を僅かに落した。
「わぁー! 高級リゾートとはまた違った賑わいがあって楽しそうな所だね!」
スチームトラムに乗って二番街へと降り立ったカナメは、待ちの雰囲気に目を細める。
少し荒れている感じもするが、そこが味わい深いのだ。
地図を広げてみれば、沢山の店が記されている。
「うーん、悩ましい。……色んな所回ってみよっかなー!」
海洋と豊穣の中間にあるフェデリア島は、きっとそれらが良い感じに融合したものが食べられるに違いないのだ。新しいものの発見は、心が躍ってしまう。
「ふふ、楽しみー♪」
スキップをしながら一番最初に目に付いたお店に入るカナメ。
豊穣寄りの味付けのイカ焼きを一本貰い、次の店では海洋風の貝柱のコロッケを食べた。
「あれ! 鉄帝風もあるんだね!」
香ばしいブルストの香りは食欲をそそる。
「行ったお店は、チェックしてー、今度来た時には別のメニューも頼めるようにする♪」
次々に印が付けられていく地図を見ながらにんまりと笑みを浮かべるカナメ。
「……おすすめの観光スポットかい? うーん、観光じゃあないけど。バザーは色んなものがあって楽しいんじゃないかな。まあ、三番街とは違ってここは普通の街だからね。図書館にバー、喫茶店に服屋、床屋。何でもあるさね」
リゾート地にだって働く人がいて、その人達が住んでいる街がある。
世界がぐるぐると回っている感覚にカナメは楽しくなった。
「たしか次のお店は地図だとこのあたり、だけど……あれは、お姉ちゃん?」
遮那と共に此方へ歩いて来る姉の姿を見つけ、カナメは目を瞬かせる。
二人はまだカナメに気付いて居ない。ドロリと胸の内側に泥が広がる。
――あぁ何だか胸がもやもやする。怖い。怖い。
凄く嫌なものが身体中を覆い、震えが止まらなくなった。
会いたくない、気付かれたくない。
カナメは踵を返し、鹿ノ子立ちに見つからぬよう走り去った。
「……あれ?」
「どうしたのだ、鹿ノ子?」
首を傾げた鹿ノ子に遮那は振り向く。
「いま、カナメが居たような」
何処からともなく、桜の花弁が鹿ノ子の前を通り過ぎて地面へと落ちた。
――――
――
「食べ歩きをしましょう、遮那さん。望くんも」
二番街を共に歩く遮那と鹿ノ子は楽しげな笑顔に満ちていた。
「食べ歩きの経験は、多分ありませんよね?」
「店で食べる事が多いかのう……む、あれはなんだろうか」
太ももほどの大きさの肉が長細く焼かれているのを指差す遮那。
「食べてみましょうか……遮那さんにはちょっと濃い味付けかもしれませんが」
色々なものを少しずつ。分け合って食べる。そんな『非日常』が楽しくて。
「少しのお金で多くの満足感を得られるように、費用対効果の高いものが多いんですよ。味よりは量、お酒なら酔いやすさ、とか。贅沢とは、縁が遠いですね」
串に刺した肉を頬張りながら、人を器用に避けていく遮那。足下をぐるぐると回る望を頭の上に乗せて。
もう片方の手を鹿ノ子と繋ぐ。
「人が多いからな」
「はい……こうして実際に体験しなければ、学べないことは多いでしょう。たとえば雨の冷たさや、血の匂いだって、書物だけでは学ぶことはできませんし」
鹿ノ子が何時もと違う喋り方であるのに気付いた遮那は、どうしたのだと首を傾げた。
「……と、すみません。社会勉強とはいえ、今回は観光のようなものでしたね」
その視線をはぐらかすように笑みを零す鹿ノ子。
「地図に、印が付いているのを見つけてしまいまして……よほど楽しみだったんですね、遮那さん」
「ああ……楽しみだった。鹿ノ子が私に教えてくれた世界が、目の前に広がっているのだ。夢にまで見た世界だぞ。鹿ノ子、ありがとう」
「ふふ、僕だって楽しみにしていましたよ」
遮那をこうして海を越えた異国へ連れて歩けるなんて。感慨深いと鹿ノ子は零す。
行く行くは鹿ノ子の故郷であるラサへも足を運んで、色々なものを見て回りたい。
貿易国家であるラサは。情報も物も沢山あつまってくる。きっと、遮那が楽しめる所であろう。
――彼の隣を歩くことが誇らしかった。
できることなら、それを永遠のものにしたかったと鹿ノ子は視線を落す。
されど、それは最良なのだろうかと。
遮那の未来を守りたいのは確かだ。でも、それだけならば、隣に居なくとも出来るのではないか。
彼のため、豊穣のため、自分に出来ることはと、考えてしまうのだ。
その為に自分は、この心地よい温もりを手放すことが出来るだろうかと。
「鹿ノ子? 疲れたか?」
遮那は思考の海に飲まれていた鹿ノ子を心配そうに見つめる。
海が見えるベンチに座り、少女の頭を己の肩に寄せた。
「少し休もうぞ。目を瞑っていて良いから」
大人しく目を瞑った鹿ノ子の耳に漣の音が聞こえてくる。
同時に肩を抱く遮那の手の温もりが、染みるほどに心地よく――
●
遮那とは初めて顔を会わせるねと『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)は柔和な笑みを浮かべる。
「俺は寒櫻院・史之、冬宮の物だよ、よろしく」
パンフレットを片手に護衛兼ガイドを買って出た史之は手を上げた。
「はーい団体様ごあんなーい」
次は何処へ行こうかと問えば、遮那は「五番街」と答える。
「あ、次は五番街に行くの? じゃあ俺はトラムの駅で待ってるからのんびり見ておいで」
「お主は行かぬのか?」
五番街といえば鉄帝の文化を取り入れた街だ。
「大号令の時にいろいろあってから、ヴェルスいつか殴ると思ってるんだ、あっはっは」
「ふうむ? まあ、無理にとは言わぬ。折角楽しみに来ているのだ。あとで他の場所も案内してほしい」
霞帝とは違ってヴェルスの事はあまり好きではないらしい。
「鉄帝民は好きだけどね。面白い人多いし……ああそうだ。出かける前に俺へ遮那くんたちの時間を10分ちょうだい。噂で色々聞いているけれど本人と話すのはこれが初めてだから」
それにと史之は遮那の手にレモンスカッシュを乗せる。
「はい。冷たい炭酸ジュースだよ。遮那くんはすこしはしゃぎ疲れているでしょ? ちょっと休んでいったほうが次のエリアも楽しめると思うよ」
「おお、どこから出したのだ? すごいのう!」
史之のギフトに目を輝かせる遮那。その隣の明将と灯理、柊吉野にも史之はジュースを手渡した。
「……ふぅんそうなんだ。当主になってお家再興かあ」
遮那が語る来歴に耳を傾ける史之。それは一人の少年が背負うには途方もない道のりに思えた。
「でも仲のいい友達がたくさんできているみたいで心強いね。それに遮那くん自身がすごくがんばってるからきっといつか夢は叶うよ」
先月の誕生日祝いも一緒に述べた史之に遮那は照れくさそうに感謝の意を示す。
「俺も何かあれば力になるね」
「それは、心強いのう」
レモンスカッシュの炭酸が喉の奥に落ちていく。
「カムイグラは俺にとっても縁がある国だからさ。元いた世界に少し似ていてなつかしくなるんだ」
「そうなのか。豊穣に似ている国」
「結婚式もカムイグラの桜狐神社であげたんだよ」
「おお、それはめでたいではないか!」
史之の手を取り、ぶんぶんと握手を交す遮那は嬉しそうな表情だ。
「だからカムイグラでまた荒事が起きたり、こうして知り合った遮那くんになにかあったら……」
黙っていられないと史之は遮那の手を握り返した。
初めて訪れる地で、友人が出来たこと。遮那にとってはこの上ない喜びだった。
「そろそろ10分かな。いってらっしゃい」
「ああ、ありがとう史之。行ってくる」
――――
――
「いやぁ、まさか鉄帝文化をここまで取り入れた都市を作るとは。かなり気合い入れてるんでしょうか」
スチームトラムの駅についた正純は、鉄帝の技術で作られた街の様子に声を上げた。
移動は街を縫うように走る路面汽車で行うらしい。
「さ、遮那さん、明将も乗りましょう。大丈夫です、鉄の牛車みたいなものですから」
怖くないと言う正純に明将は眉を寄せる。風の八百万である遮那とは違い、明将は速度というものに慣れていない。気を紛らわせるように、何時もとは違う姿の正純へと視線を向ける。
「正純は、今日は巫女服ではないのだな」
遮那も彼女の服装に気付いたようで、興味深そうに見つめていた。
「戦闘中ならいざ知らずせっかくのリゾートですし、さすがに夏らしい装いに着替えてみました!」
「流石に、巫女服はな……」
視線を逸らす明将の背に『軽く』拳を入れた正純は「どうです? 変なところはありませんか?」と笑顔で遮那へと振り返る。
「うむ。似合っておるぞ正純!」
笑顔の遮那の隣で明将は背を押さえながら蹲っていた。
「――なんでVDMランドがここに?」
若干趣が違うVDMランドが正純の目の前に広がる。
「これ絶対VDMランドですよね! ほら、なんか海賊ルックのとらぁくんとかみずなちゃんもいますし!!」
「此処が噂のVDMランド・フェデリア……」
「VDMシーね!」
スチームトラムから降りたった朱華と『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)が遠くに見えるアトラクションに青い瞳を上げた。
「正純、大丈夫か? 何かトラウマでもあるのかのう?」
「い、いえ。とりあえず、アトラクションもあるみたいですし楽しみましょうか」
「折角の遊園地だもの。遊びに行くなら人数が多い方がやっぱり楽しいじゃないっ!」
首を横に振る正純の隣で、朱華は早速パンフレットを広げ何に乗ろうかと吟味する。
「VDMシーって聞いてつい気になって来てみたけど、こう」
タイムは絶妙な顔をする正純に視線を送った。
「――安全性大丈夫ですよね? 信じますよ??」
「そうよね。そこ、気になるわよね。ケド……ん、んんん、まあ大丈夫よねきっと!」
正純とタイムの心配を他所に、一番先に走り出すのは『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)の可憐な後ろ姿。
「今日はここのチュロスを食べるのを楽しみにしていたのである!」
あとはパレードも楽しみなのだと百合子は目を輝かせる。
「まあ、遮那さんがこんな場所まで出向いてくるなんて珍しいもの。目一杯楽しんでいこ~!」
タイムは安全性を考えないことにして、哨戒任務を言い渡された時の遮那の顔を思い出していた。
「ふふ……」
「どうしたのだ? タイム嬉しそうだぞ」
「ううん、なんでもないの。こんなの久しぶりだなって思って」
有りの儘の少年の表情は、見ていて楽しいものであったから。
「所で吾は、最近になって装いを変える事を覚えた」
「おお!」
遮那は百合子の隣を歩きながら彼女の『変化』に笑みを零した。
「吾は生徒会長だからずっとセーラー服を着ていなければいけないと思っておったのだがどうも違うらしい。その時に合わせて装いを変える事で取れる交流もあると知ったのだ。故に……わかるな?」
スチャァと頭に乗せられたとらぁ君カチューシャ。
虹色のリボンと共に百合子のセーラー服がトラコフスカヤちゃんTシャツに変わる。
リズミカルなBGMに腰を叩けばポーチも出現した。
一瞬にして見事な早き替えを済ませた百合子に遮那は驚きの声を上げた。
「遮那殿やご友人がたもここは思いっきりはしゃぐべきであろう! まずは手堅くカチューシャから! カチューシャが苦手なら帽子もあるぞ!」
「な、わ……っ!」
「おい、やめ……」
「全員でやれば恥ずかしくないし、折角の機会なのだから思いっきり踏み込むべきであろう! 大舞台で物怖じすれば男が廃るぞ!」
「うるせぇ! やってやらぁ!」
可愛らしいとらぁ君カチューシャを頭に乗せた遮那と明将、灯理、吉野の四人。
「ほらほら、写真も撮るぞ! こっちを向けぃ!」
恥ずかしそうに頬を染めて、苦笑いを浮かべる少年達。
それでも、楽しげで笑顔が溢れんばかりである。
「私もつけちゃお」
少年達の隣で朱華もとらぁ君カチューシャを嵌める。
手にはチュロスとポップコーンを抱え、準備は万端であった。
「ぬぬ。朱華よ。お主中々やりよるのう」
「ふっふっふ……遊園地に来たらやっぱりこれよね! ……ちょっとお高いのがアレだけど」
あんなに恥ずかしかったカチューシャも、皆で着ければ楽しい思い出に変わる。
今日は一日思いっきり羽目を外す日だから。百合子は安奈の目の前にとらぁ君カチューシャを差し出す。
「吾達は大人である故に、遮那殿を見守るのは当然であるが、いつもそばで守って居っては遮那殿も窮屈であろう。故に、吾達も隣で思いっきり遊んだほうが遮那殿の気持ちもほぐれるはず!」
「百合子殿」
「人はその時の衣装で今の気持ちを表現する事もあると吾は学んだ故に。安奈殿はどれにする? 丸かじりとらぁ君帽子もかわいいぞ!」
百合子の成長が我が事のように嬉しくて。安奈はカチューシャをそっと頭に乗せた。
「あ。噂のとらぁくんだ!」
朱華の声に遮那達は振り返る。
「本当だ! とらぁ君だ!」
「とらぁ君!」
少年達と朱華はとらぁ君の前に走り出し、わいわいと声を上げた。
aPhoneを取り出した朱華は、沢山の写真をその中に収める。
そんな子供のようにはしゃぐ遮那達を見つめ百合子は目を細めた。
「……ふぅ、遮那殿も大人びて来たがまだまだ子供」
普段はしっかりしているけれど、あんな風にはしゃいでいる姿が本分であるのだろう。
「長胤殿も忠継殿も遮那殿を残されるのは苦渋の決断であったに違いない」
「……百合子殿」
残される気持ち。それを慮れるようになった百合子に安奈は眦が熱くなる。
「なればこそ彼らを倒した吾達がその本分を守るのが務めというものであろう。本当の自分が分からなくなってしまうのはとても寂しいからな」
「ああ、そうだな。ありがとう百合子殿」
遮那も百合子も一つずつ成長していく。
そんな確かな拠り所があったのだと、安奈は胸中に喜びを覚えたのだ。
●
「――まさかコースターがあんなに回転するとは」
よろよろと身体を震わせた正純を遮那が支え起こす。
「楽しかったのは良かったですが、暫く乗りたくない……」
「ふふ、そんなにか……?」
ベンチに座った遮那と正純の前に明将が心配そうに見つめた。
「明将、これで皆さんに飲み物を。お酒はダメですよ未成年なんですから」
「分かってるよ。ほら、吉野も灯理も行こうぜ」
連れ立って歩いて行く少年達を見つめ、正純は隣の遮那へ声を掛ける。
「遮那さん。どうですか? 息抜きになっていますか?」
「ああ、とても楽しいぞ」
ゆったりとした潮風が二人の間を抜けて行った。
「日々の激務、大変かと思いますがご無理はなさらぬようにしてください。私でよければ何時でも寄りかかって構いませんからね」
ぽんぽんと頭を撫でる正純の肩へ素直に寄りかかる遮那。
ずっとこうして少年を支えてきた。
だから、この肩から伝わる熱は特別なものではない。
頬に上がる赤さすらも。何でも無いと正純は思考の端に追いやった。
「朱華は絶叫系アトラクションが気になるわっ!」
パンフレットを手に朱華が指差したのは、高速で上下するジェットコースターだ。
「あ、でもこの手のアトラクションは苦手って人もいるみたいだし、無理には勧められないけど。今日の面子なら……まぁ、大丈夫でしょ?」
「むむ……」
明将は朱華の提案に渋い顔をする。
「おい、怖いのか? 明将」
「怖くねーし!」
何時もの明将と吉野の言い争いを見つめ、遮那と灯理は笑い合った。
「吉野さんと明将さんは絶叫アトラクション乗りに行っちゃったの?」
「ああ。付き添いで灯理もな」
喧嘩ばかりしているけれど、何だかんだで仲が良い吉野と明将にタイムは顔を綻ばせる。
「遮那さんは私が一人にならないように居てくれるの?」
「そうだな。一人で待って居るのは寂しいだろう」
「え、嬉しい~。そういうところがほんと上手いんだから!」
ただ待っているだけではもったい無いから。何かゆっくり乗れるものと辺りを見渡して。
大きな観覧車を見上げるタイム。
「……ねえ、あの観覧車はどう?」
「おお、良いぞ。景色も良いだろうしな」
「やったぁ!」
「――ふふ、お手をどうぞなんて。優しいんだから」
「いや、タイムが隙間に落ちたら困るだろう?」
徐々に高くなる景色を見ながら観覧車の中で遮那とタイムは二人きり。
相手が遮那であったとしても、男性と狭い場所に居る事を意識すれば、自ずと言葉が途切れてしまう。
目が合えば微笑み掛けてくれる遮那に、ゆるりと胸がざわついた。
これは罪悪感だ――
こんな風に過ごしたい人が、本当は別に居るから。
だから、それを誤魔化すようにタイムは遮那に問いかける。
「遮那さんは好きな人、いるの?」
思いも寄らないタイムの言葉に遮那は目を瞬かせた。
「わたしにはいるの」
楽しくて頼り甲斐があってタイムの心を釘付けにするのに、掴もうとすればすり抜けていく、風のように自由な人だ。
「でもその人はわたしの気持ち、なかなか分かってくれなくて、遊ばれてるのかな、って夜一人で泣くこともある。でも嫌いになんてなれなくて本当に参っちゃう」
「……」
「もし、遮那さんが誰かを好きになった時は、相手の子にこんな思いをさせないであげてね。遮那さんは優しいから……」
何か言いたげに開かれた遮那の手が強く握られる。
タイムの心が揺れている事は分かれど、遮那には掛ける言葉が見当たらなかった。
優しい遮那は何か励ませる言葉は無いかと考えあぐねているのだろう。
ああ、自分の不安を年下の少年に押しつけてしまった。そう、タイムは後悔した。
「タイム……」
遮那が何かを言い出す前に「ごめん」とタイムは言葉を切る。
「今の話、やっぱり聞かなかった事にして。そろそろ降りなきゃね」
どんな言葉にせよ、その先は遮那に『背負わせる』ものだ。少なからず曇らせてしまうものだ。
それはタイムの本意ではない。
だから、観覧車を降りながら忘れてほしいと、タイムは笑った。
――――
――
報告書には、イレギュラーズたちのダガヌ海域での活躍が躍動感のある文章で書き記されていた。
ルル家の攻撃はクリティカルに魔物へと炸裂し、遮那は背中の翼で空へ舞い上がり。
その様子を行人の視界が捉え、次の瞬間には美少女百合子の鉄星がドッカンドッカン降り注いだ。
しかし、鹿ノ子は気付いた。更なる的の軍勢が押し寄せていることを。
そこへ身を晒す史之。傷は重なり倒れかけたその時、史之を支えたのはタイムとミーナの腕。
カナメが入れ替わるように敵の攻撃を笑顔で耐え。正純が一斉掃射の矢を空へ放つ。
竜撃を纏う朝顔の一撃と狂歌の大太刀が敵を切り裂き、朱華の美しき弾丸が戦場を穿った――
ローレットフェデリア島支部に届けられた、その報告書の一枚が風に飛んでいく。
舞い上がった白い紙が、風に乗って遠く運ばれ、パライバトルマリンの波打ち際に落ちた。
木製の手こぎ船から下りた少女は、その紙を拾い上げ視線を落す。
「美少女――?」
長い黒髪の、白いセーラー服を着た少女の、赤いリボンが風に揺れた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
遮那はとても楽しんだようです。ありがとうございます。
GMコメント
もみじです。
魔物を全力で討伐した遮那とイレギュラーズはフェデリア島へ戻って来ました。
どんな風に戦ったのかを報告する為、プレイングの1行目に戦闘プレイングをお願いします。
そうするともみじが良い感じに報告しておきます。
本番はここからです!!
パライバトルマリンの海が広がるフェデリア島を満喫しましょう!
●目的
・魔物の討伐
・フェデリア島で遊ぶ
●ロケーション
海洋王国と豊穣の間に位置するフェデリア島です。
ここは、二年前のリヴァイアサンとの戦いの後、貿易拠点として急速に発展しました。
今は『シレンツィオ・リゾート』として栄えています。
エメラルドグリーンの海に広がる白いコロニアル様式の建物と風に揺れる木々。
ハイビスカスとプルメリアの色彩が緑を彩り、甘やかな芳香が広がる場所。
街中をスチームトラムが走り、のんびりとしたリゾート気分が味わえます。
もちろん、異国情緒あふれる雑多で活気ある街もあります。
三番街(セレニティームーン)を中心にスチームトラムに乗って
一番街(プリモ・フェデリア)、五番街(リトル・ゼシュテル)や
二番街(サンクチュアリ)へ行くことが出来ます。
詳しい街の詳細はこちら
https://rev1.reversion.jp/page/sirenzio
地図に○が書いてあります。遮那が行きたい場所のようです。
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○三番街(セレニティームーン)
島の南西に位置し、リゾート化にあたって注力された観光地区です。
高級ホテルやカジノ、セレブリティビーチなど富裕層向けの観光資源が集まっています。
■ニュー・キャピテーヌストリート
海洋王国の貴族にして元海賊キャピテーヌ・P・ピラータによって整備、開発された繁華街です。
多数の世界的有名ブランド店が軒を連ね立ち並ぶ巨大広告が賑やかな景観を演出します。
■キャピテーヌ・ピカデリー
いくつものスクリーンをもつ巨大複合映画館です。
シネコン施設や立体スクリーンや4D上映施設は勿論のこと、
キネマスコープが並ぶエリアや白黒のキネマ映画を流す劇場までもを備えています。
その様子はどこか、ヒイズルの高天京壱号映画館を思わせます。
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○二番街(サンクチュアリ)
島の南東に位置し、一般労働者層が暮らす地域です。
安くて美味しいグルメやインディーズアートなど、異国情緒に溢れています。
■港湾労働者街
フェデリアが発展したことで大量流入した労働者たちの集合住宅が大量に建ち並ぶ街です。
高級感溢れる町中央とは一転して、雑多で活気ある街になっています。
あまり治安はよくありませんが、安くてボリュームがある食事やお酒などが楽しめます。
高級リゾートよりも、ちょっとした冒険心で異国情緒を味わいたい方や、高級感は肩が凝る方に向いています。
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○五番街(リトル・ゼシュテル)
島の西側に位置し、主に鉄帝文化の根強い地域で、フェデリアにて海洋から割譲された鉄帝領でもあります。象徴的なスチームトラムが町中を廻っています。
■フェデリア・ライトレール
地元民がフェデリア内の移動に用いる路面汽車網です。
鉄帝資本によって建設運営されており、箱形の汽車のような見た目をしています。
■VDMランド・フェデリア
鉄帝領地内に資本を投入して建設された超絶虎人気遊園地のフェデリア版です。別名VDMシー。
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●NPC、関係者
・『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)(めちゃくちゃはしゃいでます)
・望(ぼう。遮那の使い魔です。可愛いわんこ)
・柊吉野(ひいらぎよしの。遮那の家臣です。やんちゃ盛りの獄人)
・御狩明将(みかりあきまさ。遮那の友人です。吉野とは口げんかをよくする悪友)
・浅香灯理(あさかとうり。遮那の友人です。八百万で遮那と同じ貴族です)
・姫菱安奈(ひめびしあんな。遮那の家臣です。護衛を務めます)
●名声に関する備考
<光芒パルティーレ>では成功時に獲得できる名声が『海洋』と『豊穣』の二つに分割されて取得されます。
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