シナリオ詳細
幾望のかたわらに
オープニング
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――名前を、頂けませんか。
リュティス・ベルンシュタイン (p3p007926)の後ろに隠れるようにして、少女はそう言った。
泥だらけであったかんばせをタオルで拭い、生まれて初めてのしっかりとした湯浴みを終えた『ルゥー』の足の裏は傷だらけであった。
「固くなってる」
瘡蓋が出来、更に傷を増やして。そうして少し厚くなった皮膚を気遣うように笹木 花丸 (p3p008689)は丁寧に足裏のケアをした。
ボディークリームを使用して少女の身体の保湿を行いながら、身体の細かな傷をしっかりと確認して行く。
痛ましい、とフラン・ヴィラネル (p3p006816)は俯き、スラムで暮らすとはこういう意味なのだと嫌な再確認をした気がしてシオン・シズリー (p3p010236)は下着やパジャマを少女の元へと運んだ。
「着慣れないかも知れないが、着ておけよ」
「は、はい……」
戸惑う少女の名前はまだ、かりそめのものだった。適当に切り取られた髪を整えてブラッシングをしながらしにゃこ (p3p008456)は「かわいくなあれ」とおまじないを掛けてやる。
かわいくなあれ、かわいくなあれ。
歌うように言葉を重ねれば薔薇色の眸には僅かな眠気が浮かんでいた。ドゥネーブの街中で購入してきた子供用のパジャマは出来る限り質の良いものを選んだ。肌を包み込むぬくもりがその心に雪解けを齎す様に望んだからだ。
かわいくなあれ、かわいくなあれ。
髪を撫でる指先は母知らぬ少女にとっては、家族のぬくもりとはこういうものなのだろうかと感じさせた。
擽る楽しげな少女の声が安全な場所なのだと彼女に伝えてくれる。
「ルゥーさん?」
呼びかけた花丸にリュティスは首を振った。
おやすみなさいと身体を抱え上げた華奢な少女はまだ整えたばかりの客室に『新しい仲間』を誘った。
「――それで、名前だったか」
執務室にて。
ベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)が悩ましげに紡いだ言葉にポメ太郎は「くうん?」と首を傾いだ。
薔薇色の眸に、傷んだブロンドの髪。鉄帝スラムに産まれ、幻想まで商人に連れられ命辛々と逃げ果せた少女はドゥネーブの屋敷で一度の安寧を享受している。
初夏の穹窿が孕んだ空気は湿っぽく、汗ばむ陽気を此処最近は届けてくれる。
秋月 誠吾 (p3p007127)の足元で勢い良く餌皿に頭を突っ込んでいたポメ太郎は主人の悩ましげな声音に首を捻った。
「ポメ太郎、新しい『ともだち』が増えるんだ。リュティスが連れてきてくれた……俺の後輩」
優しい声音でそう囁く誠吾に遊び相手が増えるのだとポメ太郎は尾をぶんぶんと振った。
人懐っこい使い魔は小さな足を動かして「ご主人様、お友達ですか!」とぴょこりぴょこり、跳ね回る。その足取りの軽やかさは『ルゥー』と仮の名を持った彼女を歓迎する黒狼隊の誰もの気持ちを表すようであった。
茂る初夏の瑞枝達。果樹連なるドゥネーブの豊かな恵み。孤児であった少女にはこれから沢山のさいわいを齎してやりたいとベネディクトは感じていた。
リュティスに世話を一任したのは、奴隷商人であったおとこたちを思うと『ルゥー』が怯える光景が目に浮かんで近付き難いと感じたからだ。
「そろそろ名前も付けてやらねぇとな。……良い名前な、一人で考えたって意味もない。
皆で提案してやりゃいい。男に怯えたままというのもこれからの生活が不便になる。特に、街に出るときなんかは――」
市場の光景を思い返してからルカ・ガンビーノ (p3p007268)は「だろう?」と誠吾とベネディクトへと問うた。
喧噪の中で、彼女が感じる精神的な負担は大きな物だろう。
其の儘では一人で生活することもままならない。まだ、年若い彼女だ。これからの未来のこともある。
「ポメ太郎、少し力を貸してくれるか?」
優しく声を掛けたベネディクトは一人の少女の凍り付いた心に春が訪れるように願っていた。
- 幾望のかたわらに完了
- GM名日下部あやめ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年07月01日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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黒狼隊が詰め所として使用している館の一室。『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は「外出をしようと思う」とルゥーへと声を掛けた。
眩い蜂蜜を溶かしたような髪は優しくブラッシングされ、ヘアオイルで整えられている。ルゥーと呼ばれた少女は何処かぎこちない仕草で『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)の背後にその身を隠した。自身を拾い、良くしてくれている屋敷の主である事をルゥーはよく理解していた。それでも、青年の姿が自身を拐かそうとした恐ろしきひとびとをフラッシュバックさせるのだから仕方がない。
ベネディクトだけでもそうなのだ。『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は「どうすりゃ良いんだ?」と呻いた。
男を怖がる少女。気易く話しかける事は難しい。だからといって放置するわけにも行かないと頭を悩ませるルカの柘榴色の瞳に浮かんだ困惑は少しばかり珍しい。『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は「ルカさんも悩むんだ」と揶揄い半分、戯けた様子で笑いかけた。
「まあな。だからってこのままにしてもおけねえ……少しずつでも慣れていけるように力を尽くさなきゃあ、それこそ男が廃るってもんだ」
「そうかも。ずっと、誰かに怯えて暮らすなんてとっても怖いもんね」
頷くフランの様子に恐ろしい人では無いのだろうかと、そろそろと顔を出すルゥーはルカの鮮やかな柘榴の色とかち合ってまたも怯えたように薔薇色の眸を伏せる。
「ルカ先輩の仏頂面のせいでルゥちゃんビビってるじゃないですか! 大丈夫ですよ! コイツこう見えても優しいんで! ほら、背中叩いても怒らない!」
『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)はばしりばしりと音が出るほどの力でルカの背を叩いた。頭を撫でるように肩を組み万力のように締め付けようとするルカよりも早く――べちん、とフランがしにゃこの背を叩く。
「ちょ、なんか予想外の所から仕返しが! アイタタタ!」
「ふーん、虫がいたんだよっ!」
ぺろりと舌を出すフランとしにゃこの様子にルゥーは目を丸くした。
「……保護した時よりは少しは落ち着いたか?」
外出用にワンピースを一着。一先ずはリュティスが有事の際にと揃えていた物をルゥーへと着用させてからその腰のリボンを結ぶ『餓狼』シオン・シズリー(p3p010236)はそう問い掛けた。
手を差し伸べて、大丈夫だと背を撫でたときの痩せぎすの軀。震えてばかり居た小さな背を包み込んだワンピースは少しばかり大きい。男性への忌避が奴隷商達への恐怖心そのもの。こころを開くにはまだ少しばかり時間が掛かるのだろうが――フランやしにゃこを見詰める瞳はまぁるく何処か羨むようでもある。
「まあ、トラウマなんてそうそうすぐに拭えるもんじゃない。少しずつ、忘れていけばそれでいいんだ。雪が溶けるみたいにな」
お邪魔ではないか、と呟くルゥーに『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)は「邪魔な訳ないだろ?」と手をぶんぶんと振った。まだ幼さを残すかんばせは奴隷商人達よりも、共に過ごした孤児の子供達を彷彿とさせる。だからだろうか、ルゥーはルカやベネディクトと相対するより誠吾には僅かに気安さを感じているようだった。
「名前が欲しい……んだよね?
名前、名前…花丸ちゃんが考えた名前が選ばれるとは限らないけど、これからルゥーさんが一生付き合っていく事になるものだもんね」
だから真剣に考えないとね、と『竜交』笹木 花丸(p3p008689)はルゥーへと麦わら帽子を被せてやった。
顎の下できゅっと結べば可愛らしく、夏の避暑に出掛ける小さなレディを思わせる。
「それはそれとして、お出掛けだよ。お出掛けっ!」
名前なあと悩んでいる誠吾の傍らで花丸はくるりと振り返った。小さなルゥー。これまでを乗り越えて、これからを見据えるために。
たくさんの楽しいを感じさせてやりたい。「レッツゴーっ!」と腕を振り上げ号令をする花丸にルゥーは自分の為に、と言いたげにぱちりぱちりと音を立てて瞬いた。
「買い物は皆に任せるな。その間俺は川遊びの準備をしておこう。
ルゥー。服でもなんでも、沢山買うといい。途中で腹が減ったら何か食ってきてもいい。
お前さんが『思ったこと』『やってみたいと思ったこと』。何でもいいから俺たちに聞かせてくれな? 何だって叶えてやるさ。皆でな」
しゃがんで、目線を合わせて。ルカと誠吾が川遊びの準備をすると宣言すればポメ太郎はわうんと吼える。
石畳の街は、少しばかり歩き辛い。慣れない靴も、着慣れない服も、日を避けた麦わら帽子も。まるで新しい自分に生まれ変わったようで、新鮮だった。
●
「ポメ太郎、彼女はまだ色々と不慣れだからね。ちゃんと案内してあげるんだぞ」
ふわふわとした毛並みを優しく撫でてからベネディクトは然り気無く自身のファミリアーにルゥーの傍に居るようにと伝えた。
体格の良い男が傍に居れば、ルゥーは屹度怯えてしまう。ベネディクトとルカを見詰める瞳の、不安定な揺らぎは一朝一夕で拭える物ではないだろう
「お前が居てくれて助かるよ、ポメ太郎」
あおん、と。尾をぶんぶんと揺らした小さな相棒は今日も黒狼隊の立派な一員なのだ。
「さ、いきましょうね! ルゥーさん。
お名前ですか……ふぅ~む……みょることかどうですか!? 唯一無二の響き、最強に可愛くないです!?
……あ、微妙な顔してますね! おかしい……ネーミングセンスも最強だと思ってたんですが……」
やれやれと言いたげに肩を竦めたフランの仕草にルゥーの口許に笑みが少しばかり滲んだ。何処か楽しげで、少しばかり困惑したような笑顔にシオンは少女が幾許か心を許してくれた事を感じた。
「あと敬語も無しでいいですよ! ここには気にする様な大人もいませんしね!」
「え、けれど……」
「え、しにゃも敬語!? これは親の教育のせいというかなんというか……
誰にでも敬語を使ったらもはや敬語じゃないんですよ! 慇懃無礼って奴です!」
そうなの、と言いたげなルゥーに「まあ、そういうもんだよ」とシオンは小さな少女の頭をくしゃりと撫でた。
「ああやって調子にのって失敗するのが得意技ですから、全てを鵜呑みにしてはいけませんよ?
さあ、ポメ太郎のリードを持って下さい。賢い子ですから案内してくれると思います。……ただいつの間にか丸くなるのが困りものですけどね」
七不思議ですよと目線を合わせて、淡く朱色の瞳を細めるリュティスは母のような、姉のような穏やかさを湛えている。穏やかな海のような声音にルゥーは小さく頷いてからポメ太郎に「よろしくおねがいします」と頭を下げた。
ショッピングの為に訪れた街の喧騒はルゥーの躯を岩のように硬くした。白い指先が震え、ぐい、と無理にでも長袖のシャツを伸ばす。腕に少しばかり残った傷を隠したか、それとも。
「ルゥー……?」
「わ、わたし、汚いから……」
煌びやかに着飾った街の喧騒は、スラムで育った少女には未知と奇異の世界で。自分の躯が薄汚く、受け入れがたい塵のように感じられて仕方がない。
「……大丈夫だよ」
花丸はそっとルゥーの手を握りしめた。可愛らしい服を選んで川で遊ぶ、それだけでも少女にとっては高いハードルが存在して居るようで。
「大丈夫、ほら、服を選ぶんだろ? つっても、あたしはファッションセンスだとかそういうのはさっぱりねーんだが……」
好きなものを教えろよとシオンは雑にルゥーの頭を撫でるようにぽんと叩いた。怖いなら帽子で隠して見なくて良い。震えるなら、手を握っていよう。ポメ太郎もルゥーに合わせてゆっくりと進んでくれるから。
「可愛いお洋服にしようね!」
にこりと微笑んでからフランはこれから一緒に沢山の場所にでお出かけするかも知れないから、と動きやすさを重視した衣服を選んだ。
薄手の七分袖のTシャツにデニムのオーバーオール。足元はくるくるとすれば裾を上げられ、川に入るのも安心だ。
「誠吾さんたちが待ってるから、今日はこれでもいいかも」
「なら、あたしからは……そうだな」
ごれごてとしたものは自分が好きに選ぶでもいい。傷が目立たないように膚がでない長袖のシャツに重たくないワイドパンツ。日常生活でも着用しやすいようにバリエーションが多い品を選んでルゥーの好みを確認して行く。
「遠慮はするんじゃねーぞ。好きな色は?」
「……ええと」
優しいパステルピンク。女の子らしい色彩を好むルゥーに「なら、そういうのを選ぶか」と棚を覗き込んだ。
「ルゥーさん! ……まだ傷が気になるんだよね? だったら傷が隠れる感じの……あ、これなんかいいんじゃないかな!?」
長袖のワンピースを手にして、女の子なら幾つか持っていた方が良いかもと花丸は微笑んだ。同じようにカーディガンや花柄のスカートを眺めるリュティスは常よりも真剣だ。
「可愛らしいのが良いのでしょうか? それとも清楚な感じに仕上げた方が……ふむ、御主人様はどちらが良いと思いますか?」
ルゥーへと視線を送ってからリュティスはベネディクトに問い掛ける。数着を見繕い、余りに痩せた身体に合うようにと試着を促す。
「お着替え、ですか」
「……大丈夫。おんなじだよ。ね?」
傷を見られたくないと戸惑うルゥーに、小さな頃の『傷痕』をフランはそっと覗かせた。雨の日はちょっと痛む。背中の開いた服は抵抗ばかり。
「この痛みがあるから、誰かにこんな痛みをしてほしくないって思えて――強くなりたい、って思えるの。
いっぱい傷ついたルゥーさんは、その分きっと強くて、人に優しくなれるよ」
ぎゅっと手を握ってから可愛らしいシュシュをその手首へと嵌めた。可愛らしいパステルピンク、花のように腕を飾ったそれは男性陣もお揃いなのだと籠を掲げてフランは笑う。
着替えにも途惑いがあるルゥーの補佐に入るリュティスとフランは「どう?」「気に入りましたか?」とひとつひとつ、嫌がっては居ないかと確認する。
愛らしいかんばせをした少女にはどの様な服でも似合う。シオンの選んだ衣服はポメ太郎の散歩にぴったり、フランの選んだ衣服はこれからの川遊びにもぴったり、花丸やリュティスの選ぶ可愛らしい服は街に出掛けることにもよく合っている。
「ご主人様、どうでしょうか?」
幾つかの試着をベネディクトに披露してルゥーはどきまぎと彼の顔色を伺った。どれか、ひとつ、決めなくちゃ。そんな意志が滲んだ彼女を見詰めてからベネディクトはくすりと笑う。
「うん、良く似合っているんじゃないか? ルゥーが気に入ったものは皆からのプレゼントとして全て購入させてくれ。
遠慮する事は無い、これも……そうだな。俺達を喜ばせる仕事の内の一つだとでも思って納得してくれれば良い」
「そうだよ。お姉ちゃんが奮発しちゃうからっ!」
いいんですか、と掠れる声に「当たり前だよ」とフランはぎゅっと抱き締めた。
そうやって我儘も、望みも全て。少しずつ。自分から言えるようになって欲しい。まだ、こんなにも幼く、甘える筈の年頃なのだから。
(……傷が多いのは……やっぱり気にしてるみてーだな。
まあ、今はまだ気にしないほうが無理な話だが……少しずつ、いい思い出に変えていきゃいいさ)
屹度、この場所に居れば。その傷ごと愛していける。思い出が増えていけば、前向きになれると感じさせるから――
●
「ポメ太郎も行くよ? おいっちに、おいっちに!」
走る花丸とポメ太郎を追掛けて、慣れないスニーカーが柔らかな土を踏み締める。ルゥーと揃いのシュシュを前足に付けていたポメ太郎は「あうん」と振り返ってルゥーを呼ぶようで。
「タオル類と軽食はリュティスが準備してくれたものがあるからこれを持っていくか。
で、日陰をつくるためのパラソルと……西瓜くいてーな。確か領地に……あったら持っていくか」
自分より強くて怖い先輩たち――なんて、言えば怒られるだろうか。それでも、女性に重たい荷物は持たせられないとルカやベネディクトと手分けして。
誠吾はポメ太郎に小さなリュックを背負わせて川縁で準備を整え待っていた。パラソルの下で冷えたラムネを用意して手を振ってやればルゥーはぎこちなく手を振り返す。
「よし、ルゥー。ポメ太郎と遊んで見るか」
腰を落として、目線を合わせて。長身のルカのその仕草一つにびくりと肩を跳ねさせてルゥーは「ポメ太郎と?」と恐る恐る問い掛ける。
「ほら、それを投げたらポメ太郎がキャッチするから、投げてみな。何、変なとこ飛んだってポメ太郎が頑張ってキャッチしてくれる」
タオルの準備をしながら眺めるリュティスの隣でシオンは素足を投げ出して川に近付く素振りを見せやしない。
「……行かないのか?」
折角だろうと問うたベネディクトと誠吾にシオンはふい、と外方を向いて。
「……およげねーんだよ。鉄帝の雪原で泳げる川があるわけねーだろ!」
揶揄うように笑う声。その響きを聞きながらルゥーはポメ太郎にフリスビーを投げて――ばしゃん、と大きな音が立った。
「ポメさん!」
「さあ、ルゥーさんも! 大丈夫ですよ!
あんなに足短いポメ太郎も泳いでるんですから! 流されそうになったら笹木さんが助けてくれます! ですよね!?」
助けるけどとサンダルを脱いだ花丸は「しにゃこさん、その手に持っているのは?」と水鉄砲を手にしたしにゃこをじとりと眺め遣る。
「……隙アリ! あっはっは! 逃げろー! やーいここまでおいでー! あ、ここだけ川深い! ごぼぼ!!」
ばたばたと慌てるしにゃこを救出する花丸を指差して笑っていたフランは「顔面はずるだー!」と水をばしゃばしゃとかけ続ける。
「……うわ! こっちに水かけんな!?」
慌てる誠吾に、フリスビーを持って走り寄ってきたポメ太郎の頭を撫でてルカが小さく笑う。
「頑張ったポメ太郎にご褒美をやりな。ただし――リュティスには内緒だぞ。あのおねーちゃんは超怖ぇ~からな」
リュティスを一瞥してからルゥーは「あ、バレるだろ」と掌にぎゅっとポメ太郎の餌を握らせてきたルカへとくすりと笑った。
おおきなおにいちゃんも、怖くない。
「食事しながら大切な話をしましょうか」
パラソルの下、日差しを遮ってリュティスはとんとん、と傍らを叩いた。
「ああそうか、名前な。『ウェンディ』、とか。俺の住んでいた世界で好まれていた話に出てくる少女の名前だ。
あれは、子供から大人へ成長していく女性の話でもある」
今は彼女を庇護下に。それでも大きくなれば自分で沢山の選択肢からひとつの道を選ぶはずだから。
誠吾に続き花丸は目を細めて微笑んだ。お姫様のように黄金蜜の髪がおひさまに輝いている。
「私からは……『エラ』って言うのはどうかな? お店で着飾ってる姿を見て、美しい妖精さんみたいって思ったんだ」
「『スノウ』。真っ白な雪、だよ。
これからね、好きなように歩いて、自分の足跡を残していけるの……例えこれを選ばなくても、覚えててね」
あなたの道を苛むものは何もないからとフランはルゥーの手を取った。
「『マリー』……先日黄色のマリーゴールドが咲いているのを発見しました。花言葉は健康ですし、丁度良いかなと思いまして。
この花のように綺麗になって、健やかなに成長して下さいと願いを込めて。それにマリー・ゴールドとも名乗っても良さそうな感じでしたので」
「どうやらリュティスとチョイスが似ていたな。俺からは『カルミア』を。
丁度今くらいの初夏に咲く花で、花言葉は大きな希望だった……と記憶している。少し前に領地の花屋で聞いてね、記憶に残っていたから」
その花を見てみたい。ルゥーは眸を煌めかせて。
「そうだな、『ラフィ』とかどうだ。あたしの故郷の近くにいた鳥からとった……そいつは、大きくなると暖かい南の方へと自由に巣立っていくんだ。
お前がもう、何にも囚われずに、自由に羽ばたけるように、ってな」
「その鳥も、花も、みれますか?」
「ああ、見られるさ」
何時か見に行こうかとシオンはルゥーへと柔らかな声音で頷いた。
「名前か…そうだな、ラピスラズリ……ちと仰々しいな。ラピスなんてどうだ?」
邪気を払い、幸運を呼ぶ石。幸せになるようにって願いを込めていると告げるルカが『リュティスに秘密』を作ったことを逆手に取るようにリュティスはこそりと囁いた。「ラピスラズリには瑠璃という別名があるのですよ」と。それはメルがくれたルゥーの名前を、こっそりと胸に抱えられる名前。
「あの、ラピス、ラズリがいいです」
ラピス、ララ。そうやって謳うように名を呼んで欲しい。メルのくれた名前に、皆がくれた宝物、沢山の名前たち。
全ての名前が、ルゥーにとっては宝物で。ぬいぐるみをいつか買ってその子たちに名前を付けていきたい。
「ララさん! どうですか、今日一日でしにゃの頼れるお姉ちゃん感半端なかったですよね!?
……あ、名前考えてあげた時と同じ顔してる! ま、まぁいいでしょう! 次挽回します!」
しにゃこはううむ、と唇を尖らせてから――
「えーと、じゃあ今日一日楽しかったですか!?」
勿論だと微笑んだ。小さな少女の笑顔は、何よりも見たかった大切な宝物だった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度は素敵なリクエストを有り難う御座いました。
素敵な名前ばかりで、とても悩みました。『ルゥー』という意味をこっそりと含んでいたお名前を選ばせていただきました。
ラピス、ララ。謳うように彼女の名前を呼んであげて下さい。
きっと、皆さんと過ごす中で彼女は沢山の経験をしてゆくのでしょうね。
大空を翔る鳥のような、優しい妖精のように微笑む毎日のような、
真白の雪を踏み征く、健康と希望の花を抱いた幸運の名を持った彼女にとって素敵な毎日が訪れますように。
また、ご縁がありますことをお祈りしております。
GMコメント
リクエスト有難うございます。日下部です。
●目的
少女『ルゥー』に新しい名前を与える事
●ルゥー
本名と年齢不詳。外見を見る限りは12~14歳ほど。
非常に華奢でやせっぽっち。乱雑に切り取られた金髪に薔薇色の眸をした愛らしい女の子です。
『虧月から遁れ』で保護されて、現在は黒狼隊の一室を借りています。
奴隷商人達が男性だったことで少しの怯えがあります。リュティスさんや女性陣の後ろにやや隠れる仕草を取りがちです。
丁寧な言葉遣いは、辿々しいながらもそうすると奴隷商人のご機嫌が取れたからだと使用しているようです。
ルゥーの名前はスラムで世話を為てくれていたおとこ(メル)がつけたものであり、彼女にとっては自分を表す記号です。
本人は新しい名前を望んでいます。
メルは目の前で、人食い狼に食い殺されてしまった。それが恐ろしくて……忘れてしまいたいと望んでいるのかも知れません。
●ドゥネーブの休日
ポメ太郎と一緒にルゥーと遊びましょう。
ルゥーは狼は怖いですがポメ太郎ならきっと大丈夫。
屋敷の中でも、ピクニックをしても。彼女のために出来ることを考えてあげて下さい。
お洋服は「着て」といえば彼女は何でも着てくれるでしょう。
お買い物をして、可愛らしいお洋服を用意してあげるのもよいかもしれません。
ただ、身体には細かな傷が多いため少し気にして居るみたいです。
●ルゥーの名前
新しい名前を皆さんから貰いたいそうです。
お名前はおひとりおひとりが考えてあげて下さい。由来もあれば、教えてあげて下さい。
ルゥーが気に入った物(もしくは、ダイスでの判定)で新しいお名前を彼女にプレゼントします。
彼女にとっては、新しい人生の幕開け。
つまりは「新しい家族(おともだち)」からの初めてのプレゼントとなるはずです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
それでは、どうぞ、よろしくお願いします。
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