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シナリオ詳細

<太陽と月の祝福>晨風のソムニウム

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 燦燦たる太陽は覆う木々に隠された。下風に煽られたブロンドを揺らがせて『風詠み』アスティア・シルフィウスは嘆息する。
「そう――」
 神解けに当たった気分でさえあった。さくさくと踏みしめた廃人の路。煤けた匂いが鼻につく。
 これは迎え火というわけでもなかろう。神火であるというならば受け入れなくてはならない。
 けれど。幻想種であったアスティアには到底受け入れられる存在ではなかった。
 麗しき大樹、いのちの源とさえ感じる信仰の向かう先――それが燃えている。
 微光を擦れた葉の間から捧げた大樹には痛ましい傷痕がくっきりと残され激甚な被害を被ったことが良く分かる。
 死に花を咲かせる事がアスティアの使命ではない。各地の精霊と語らう事こそが『風詠み』の一族の役目であったというのに。
 女の足は焔へと向いた。看過できることではなかったからだ。鶸色の森も、風たちの囁く声も。
 アスティアは助けを求める声に誘われてファルカウへと向かう。
「この儘、何も見ないふりをしていることもできたのだけれど。
 ……けれど、貴女がそこにいた。『私と似た』貴女も向かうのでしょう? ならば、共に行きませんか」
 アスティアが声をかけたのはリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)であった。
 自身にそうしてくれたように。今度はアスティアがリースリットに優しく声をかける。
「はい。冠位暴食を退け、それでも尚も冠位怠惰はこの地に存在しています。
 あれを退けなければファルカウは、いいえ……この共同体は未曽有の危機に陥るでしょう」
「ええ。ええ。きっと、そうなのでしょう。精霊の嘆きを聞きました。
 ――皆を救ってやりたいのです。それが『風詠み』の使命ですから」
 アスティアを見つめていたリースリットは唇が震え、「風詠み」と呟いた。己が精霊の力を借りるように。彼女も。
 アスティア・シルフィウスは『母親』の顔をしてリースリットを見つめてから、笑った。
「戦場に行く前に、こんなことを言うなんて。困った人だと笑われてしまうかもしれないけれど――……
 大きく、なったのですね。『リースリット』」


「や、聞いてってくれる?」
『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)の傍らにはイルナス・フィンナ(p3n000169)が立っていた。
「こんにちは、アスティアさん。それからイレギュラーズの皆さん。
 ……ラサも隣人の危機が為、馳せ参じた次第です。それに私も『砂漠の幻想種』。己のルーツたる森が焔に塗れるのはあまりにも――」
 表情を歪めたイルナスは悔し気に呟いた。だからこそ、助太刀に来た。
 風の精霊と縁の深い精霊士である『風詠み』のアスティアはファルカウで精霊が助けを呼んでいるのだとイルナスに告げたのだそうだ。ラサの傭兵隊として助力に応じる予定であったイルナスは故郷の森で精霊が怯えていると聞きすぐに出立の用意を整えた。
 あの昊天に吹き荒んだ風が、木々の嘆きを教えてくれたからだ。
「と、言うわけでイルナスさんたちレナヴィスカとアスティアさんと、ファルカウ上層部に向かってほしいんだ。
 ……俺だって、森が燃えることはあんまり許せることじゃないよ。だって、幻想種の人にとっては大切な場所なんだから、さ」
 雪風はイルナスの苦し気な表情を眺めてから苦々しく呟いた。
 イルナスもアスティアも、故郷の森を救いたいと願っている。鶸色の鮮やかな森、夢見るように美しき木々の気配。
 その中から逃げ果せる者は幾人もいただろう。
 向かう先はファルカウの上層部だった。美しい、決して立ち入ることが難しいその場所へ。

 ――たすけて。

 聞えた声音が、ぐにゃりと変容した。アスティアは顔を上げ、はっと息を飲む。
「貴女は――」
 風の精霊『アイレ』
 そう名付けたアスティアが初めてその声を聴いた相手。木々の洞の様に昏く光を閉ざした地に、彼女は立っていた。
 長い金色の髪は垂れ下がり、苦悶に歪んだかんばせは恐怖ばかりを感じさせた。

 ――からだが、おかしいわ、アスティア。
   ずうっと、ずうっと。おかしいの。助けて、アスティア。

 頭を抱えたアイレを前にしてイルナスは「下がって」と声をかけた。
「精霊が暴走している――」


 森の風を司り、木々の声を聴いていた。
 ファルカウに寄り添って、いとおしいこどもたちが育ちゆく様子を眺めていた。
 若木であった霊樹達。まるで、微睡む様に長い時を眺めてきたおんなは森を踏み荒らしたものに恐ろしさを感じた。
 来訪者たちを受け入れたとて、招かれざる客人までもは受け入れられなかった。
「招かれざる、だなんて」
 くすりと笑ったおとこはアイレの顎に手を当てて微笑んだ。
「ただ、ぼくはぼくの為にやってきただけだから、招かなくったっていいんだよ」
 柔らかな青い髪。晴天の空のような、美しいその色を束ねた緑色のリボンがアイレの視界に入る。
 美しい、本来愛した森の色彩。
「風の精霊『アイレ』――君は少しだけ、おとなしくしていてよ。
 ぼくは、ぼくの為に素晴らしいものをもっともっと、貰っていくから」

 ――何を、欲しているのですか。

「……幻想種をたくさん捕まえて、実験するんだ。もっと、ぼくが美しくいられるように。
 永劫の時にも似た長い時間を生きる彼女たちのいのちを、ぼくに分け与えられるように」

GMコメント

日下部あやめと申します。どうぞ、よろしくお願いします。

●目的
 魔種『えいえんのひと』を撃破すること
 精霊『アイレ』の暴走を鎮めること

●ファルカウ上層部
 その片隅に存在する『風詠みの領域』と呼ばれたアイレの住まう場所です。
 さわやかな風が吹いていた場所ですが、今は炎がチラつき、茨が絡み合い鬱蒼とした雰囲気を滲ませています。

●魔種『えいえんのひと』
 色欲の魔種。幻想種を目的としていたために、都合がいいと居残りをしました。
 目覚めない幻想種たちを実験台にしようと、検体を探しに来ました。
 精霊『アイレ』を暴走に導いて、幻想種たちを拐かそうとアイレの背後で動いています。
 戦闘技術は不明です。青空のような髪を緑色のリボンで纏めた少女のようなおとこのひとです。

●精霊『アイレ』
 暴走をしている風の精霊。『風詠み』と呼ばれる精霊士達にとっては初めて心を通わすことになる存在です。
 アスティアにとっては師匠に当たります。とても協力で、自我はありながらも身体が云う事を効かず周囲に風のフィールドを展開します。
 風のフィールドは、全ての攻撃を半減させてしまいます。防御に特化したバリアのようなものです。
 魔術師のような戦い方をします。

●操られた幻想種達 10人
 眠りに落ちていた幻想種達です。精霊士でもあります。
 アイレの後ろを通って、『えいえんのひと』の元に向かって行こうとします。
 意識はありませんが攻撃動作をとろうとします。彼女達を操っているのは『えいえんのひと』です。

●スロースボギー 3体
 本来は世界にあまねく邪妖精、幽霊や妖精のような存在です。
 冠位怠惰カロンの影響により変質し、怪王種(アロンゲノム)化しています。
 神秘属性の攻撃にはMアタックや摩耗、窒息系BSを伴います。今は楽しいね!とふざけてあそんでいます。

●友軍『アスティア・シルフィウス』
 リースリットさんのお母さん。風詠みと呼ばれる精霊士の家系であり、精霊疎通に長けた存在です。
 風の精霊『エフィ』と共に精霊の御用聞きをする巡礼の旅をしています。エフィは現在、ラサでお留守番しています。
 自らを護る能力とある程度の支援能力を有します。

●友軍『イルナス・フィンナ』
 ラサの傭兵団『レナヴィスカ』の団長。弓の使い手です。
 自身の故郷である深緑を心配しファルカウ奪還を目指します。指示があれば聞いてくれます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <太陽と月の祝福>晨風のソムニウム完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年06月28日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
シラス(p3p004421)
超える者
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮

リプレイ


 凱風が運ぶ初夏の気配さえ、遠く。戦いの火蓋は切って落とされる。風詠みの領域はアスティア・シルフィウスにとって親しんだ地であった。
 幼少の頃より、その地で精霊と疎通し、天を、地を。遍く全てに心を寄せる。気配に、吐息に、全てを愛するように過ごした地。
「――、」
 息を呑む音。叫声にも似た助けを呼ぶ一声。アスティアの傍で『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)はその絶望の横顔に唇を噛みしめた。
 もしかしたら、ひょっとしたら。そんな言葉ばかりが脳内を掻き混ぜた。頭の片隅に期待していたことは否めなかった。
 父を識るアスティアの背中に既視感があったことも。形見のペンダントを渡されながら遠く離れた地に母は居ると聞いていた。
「おかあさま」
 唇から漏れ出た響きには慣れやしない。どういう顔をすれば、どういう反応をすれば良いのかさえリースリットには分からない。

 戦場に行く前に、こんなことを言うなんて。困った人だと笑われてしまうかもしれないけれど――……

 今は、迷っている場合ではない。『レナヴィスカ』の手助けをも必要とする戦場の緊迫感。膚をひりつかせて灼くような戦の気配。『竜剣』シラス(p3p004421)にとっては当たり前のような緊張感が其処にはあった。
「スロースボギーに、魔種、それから操られた幻想種に――暴走する精霊、か」
 暴走する精霊。その言葉だけに『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)の表情が歪む。力を有する風の精霊『アイレ』は涙を一粒零すように戦場にひゅうひゅうと風を吹かせる。皓歯を噛みしめ、若緑のドレスを揺らした精霊は涙滴らせるように俯いて。
「アイレ……。苦しそう。精霊を暴走させるなんてなんて酷い。自我があるならなおさら早く助けてあげなくちゃいけないわね」

 ――たすけて、みんなも、みんなも!

「ええ、ええ。大丈夫。必ず無事に助けてあげるわ。勿論、幻想種(みんな)も一緒にね」
 オデットの声に「えぇ~?」と否定的な声を上げたのは青空のように美しい髪を鶸色のリボンで束ねたおとこであった。一見すれば甘やかなかんばせに細く頼りない手足をした少女を思わせる魔種は「いやいや、いやいや」と何度も首を振る。
「邪魔をしないでくれないかなあ。それとも、そこの幻想種をくれるの?
 ぼくはぼくの為に活動してるんだから、さ。その邪魔をする謂れなんて君達にはなくない?」
 肩を竦めた『えいえんのひと』の言葉は緊迫した戦況にしては羽のように軽い。声音さえ、蕩けるキャンディーのように甘えた響きを有している。
 大層な言葉を紡ぐこともあり、実力もそれなりなのだろうと『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)は彼を眺め遣った。
「いやはや、それでもやってることはただの火事場泥棒なのが、なんというか調子が狂うというか。
 ……仮にも魔種なのですから、他人から奪わずとも自力でなんとかしてみればいいものを」
「んふ。『使えるモノは使う』って必要じゃない?」
「言ってることに間違いはないですが――行いは正させていただくのです。ともあれ、誰一人何一つ奪わせてなるものですか」
 睨め付けるように桜色と薔薇色の双方の眸を魔種へと向けたクーアの傍らで『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)ははあと大仰な息を吐く。
「んー……参りました。
 反転で若返りをした強欲の魔種を知ってますもの、ましてや法則を打ち破る魔種が老化なんかで死ぬなら苦労しないんですけどねえ。
 聞く耳持ってくれませんかねえ、まあ逃がす気もないですが」
「違うよ、夢魔のおねえさん。『もっとぼくは美しく』なりたいんだ。人は老いて朽ちていく。
 魔種の美しさだって『時代が変われば衰えて』朽ちていく。ぼくは最先端に可愛く居たいんだもの。かわいいでしょ?」
「……はあ、反転さえしてなければ可愛がりたい造形なのだけが残念です」
 肩を竦める利香に魔種はにんまりと微笑んだ。少年は本来の名前なんて捨てた。
 より可愛く、美しく。世界が自分を愛してくれるその時まで。えいえんであらねばならないのだから。


「なるほど、文字通りの火事場泥棒というわけだ……やれやれ、魔種に言っても仕方ないだろうけど、迷惑な話だよ」
 大樹ファルカウは怠惰の魔種との直接戦闘に縺れ込む。烈火の如く増して行く戦の気配をその身に感じ取り『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)のは義手の内部に循環した生命力を魔力と化して。
「精霊『アイレ』に『風詠み』……ふふっ、この大樹と共に綴られてきた歴史がどんなものか。
 歴史学者の端くれとして時間さえあればじっくりと聞きたいのだけれどね……まずはこの状況をどうにかする所から始めようか」
 救うことが出来れば、アスティアやアイレから歴史を辿ることだって出来る。平穏な風が吹けば、言ノ葉を重ね合う事も容易だ。
「話すだけなら少しだけ、アイレを貸してあげようか?」
「――……何を言うかと思えば、随分と自己中心的だな。上辺だけを見繕った所で、テメェは醜い怪物と同類だ。
 自分のためだけに多くの人を不幸にしようとした罪、その実をもって贖うがいい」
 はたはたと左腕の『あった場所』が揺れる。コートが揺らぎ、存在せぬ腕を動かすように肩がバランスを取った。
『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は大地を蹴り上げた。銀閃の如く、流星をその身に宿し蒼穹を駆ける青年の魔力宝珠が疾風を齎した。
 風は魔種へと届く。虚仮威しであろうとも、注意をひとつ。魔種のかんばせが天を仰ぐ。天蓋さえも近く背には大樹の気配を感じ取るアルヴァの牙が剥き出される
「永遠の命がどうとか言ってたが、テメェの命は今日でシマイだ」
 風が、周囲にひゅうと吹いた。ぐらついた攻撃はこの地に吹いた風のせいか。護りを求めた風の気配。『太陽の翼』カイト・シャルラハ(p3p000684)はアイレにとって本意ではないその力の暴走に苛立ったように突風を身に纏う。
「風は自由であるべきなんだぜ? 『気色悪い』てめぇみたいな『男』に縛られるもんじゃねえぞ!」
『風"読"み』のカイトにとって、『風"詠"み』の一族のアスティアと、彼女の師である風の精霊。順風が行く先を指し示す、風の名を冠する精霊を縛る事に憤りを禁じ得ない。
 美しいと名乗り上げる『ひと』の美的感覚にカイトはあまり納得することは出来なかった。『とり』は鮮やかで美しい羽がある方が良い。アイレの吹かせた風の方が何倍も美しいと嘴を尖らせるように言葉を吐いた。その眼前には涙を流す永劫のかたわらの風の精霊。
「遊ぼうじゃねぇか、鳥にとって嵐は遊び場、じゃんじゃん来な!」

 ――あなたを、傷付けちゃう。

「傷つくもんか! 風に乗って、翼を広げる。それが『とりさん』の在り方なんだ」
 いのちを蔑ろにするように。指先の一つまでぴんと張り詰めたいとのように幻想種は操られ続ける。円舞曲でも舞うような優美な姿、眠りの淵から、目覚めぬままにだらりと首を落とした幻想種達に「やれやれ」とゼフィラは肩を竦めた。
「酷いことをする。あまり他人のやることに口を出すタチではないけれど、人を操る類の真似は嫌いでね」
 嘆息したゼフィラの眩き閃光。白き花が舞うように、邪悪を裁く光のもとを走り抜けた利香の瞳が月の色を宿して踊り出す。
 魔性の月は甘く見惚れる気配を宿し『えいえんのひと』の元へと飛び込んだ。勝機と魅了は夢魔の十八番。完全な魅了に至らずとも、黒き眼球に浮かんだ瞳は乙女の色香を漂わせる。
「皆さん、民間人は任せましたよ! クーア、貴女にも期待してますからね!」
「夢魔(サキュバス)か。ぼくの同類だね」
「いやだ、そんな――一緒にしないで貰えませんか?」
 美しい少年のまなざしを受けたとしても利香はやれやれと肩を竦める。長命であることは利香だって変わりない。
 惹き付ける美貌こそおんなの武器だと風の中で防御の構えをとり続けた。
「周りを気にする暇なんて与えねぇよ。もっと俺と遊ぼうぜ?」
 利香と共に、アルヴァは『えいえん』を求めたおとこに肉薄した。
 利香が任せるというならば。クーアの慈悲のかおりはふわりと漂う。幻想種達のダンスはちぐはぐで、バランスも悪くて堪らない。
「ちょっと痛いかもしれませんが……あなた方のことは絶対に奪わせませんから。……ああでも、意識はないんでしたっけ」
 首を捻ったこげねこの傍を優しい陽光が包み込む。陽の光を一身に受けたこもれびのような髪が魔力でふわりと揺らいだ。
「大妖精の火力、舐めないでよねっ! まぁ殺さないんだけど」
 オデットのひかりは眩く美しい。アイレの風を受け止めるカイトを一瞥してからリースリットは唇を震わせた。
「お母様……皆と彼女を救う為に、力をお貸しください」
 慣れない響きに、母と呼んでくれた彼女に「ええ」とアスティアは頷く。リースリットの呪いの刻印が妖しい光を帯びて跳ね回ったスロースボギーを捕らえた。
「同胞の事はお任せします。信頼していますよ、イレギュラーズ!」
「言われなくとも。イルナスは『あの煩いガキ』の相手だ!」
 ひゅ、と風を切る弓の音。イルナスの正確な射撃で放たれた鏃を更にその肉体へと叩き込むようにシラスの拳が振り上げられる。
「楽しんでられるのも今のうちだ」
 最大瞬間風速で。三人が畳み込むように邪妖精を却ければ、幻想種のそのからだはイルナスに任せれば良い。
 問題は暴走しながら泣き叫ぶアイレに、子供の様な仕草でえいえんを謳った魔種。辿るように、森を歩み外からやってきた彼は今こそが好機なのだとおんなの身を拐かすつもりだったのだろう。
「森の外から来た者ですね。貴方は……『誰』です」
「ぼくは『えいえんのひと』だよ。……名前なんて、捨てたんだ。だって、本当の名前(あのとき)は醜かったから!」
 楽しげに跳ねた声音にリースリットが苛立ちを滲ませる。アルヴァに利香。二人が相手取った魔種は軽薄な笑みを浮かべ続ける。
 アイレを前にしたカイトの傍で柔らかにアスティアの魔力が揺らぐ。風の気配を漂わせた精霊術は、風"詠"みによって齎され、風"読"みの翼を大きく広げた。
「良い風だな!」
「お褒めいただき、有り難うございます。この風は――酷く、悲しんでいますから」
「ああ。だからこそ、新しい風を吹かすんだ。逆風でもいい、大嵐でも良い。全てを飲み込めるように!」
 アスティアの風に乗るようにカイトはアイレの意識を惹き付けた。この悲しげな風が助けを呼ぶ。
 悲痛な響きに心をぎゅうと締め付けられながら、オデットはナイフを振り上げた幻想種に「ごめんね」と囁く。
 今、その痛みがなくとも。目が醒めたとき、怖くなるだろう。血に濡れた指先に痛みを叫ぶ腕。傷つく身体は後で、手厚い看護をすると約束しながらオデットの光がふわりと広がった。
「……ふふっ、待たせてしまったかな。加勢するよ。
 攻撃では役に立てないけれど、回復なら任せてもらおう。さあ、あと一息だ!」
 幻想種達がくたりと意識を失った。その身体を支えるイルナスは「行って下さい」とゼフィラの背を押す。
 ゼフィラの声音は美しい響きと化して仲間達を支え続ける。ルリルリィ・ルリルラ、謳うように聖者の響きは痩せ我慢のアルヴァを包み込んだ。


 アイレの魔力が切れれば。アイレに魔力を注ぎ込めば。屹度、暴走は収まるはずだとカイトはアイレに向き直る。
 どうもならないならば一度無力化を狙いましょう、と。オデットは苦く言葉を紡いだ。
「判断は『風"詠"み』に任せるのが一番だな……ッ、どうする?」
「……アイレ……!」
 激化する『えいえんのひと』と戦いの中で、アスティアは唇を噛みしめた。アイレはまだ、暴走している。制御しきれぬ力がカイトの皮膚を裂き風のいたみを齎した。
(できれば、傷付ける事なく鎮めたい。
 ……精霊と意志を交わす時のようにアイレに同調して、彼女を暴走させている要因に干渉し抑え込みを図れば或いは……)
 風詠みの母は他の風の精霊と契約を結んでいる。その身に多くの負担が及ぶことはリースリットとて容認は出来ない。
 暴走させているのは魔種の影響。それでも、魔種を打ち払ってもその身は制御の術を失っているというならば。
「……お母様、どうか……! アイレ、私に貴女の手を取らせてください!」
「リースリット……!?」
「私が、アイレと契約を結びます。それで、制御してみせる。この身など――」
 祈り願うように手を伸ばして。紅差し指が絡まった。こもれびのような暖かさがリースリットを包み込む。
 リースリットの身体を抱きすくめるようにしてアスティアは囁いた。落ち着いて、心を寄り添って、風の音を聞いて。

 ひゅう――

 周囲を取り囲んでいた風の気配が遠離る。アイレの鼓動が、リースリットの中でも聞こえた気がした。
 契りが娘の身を包み込む。風がより身近にリースリットに囁いた。
「……今か!」
 シラスが吼える。大地を蹴り付けて何者をも越えるように花の筵さえ障害にはならぬと声上げる。
「永遠の人だァ? 世迷い事を抜かしてんじゃねえ!」
 おわりの気配は、何時だって導火線の火を燻らせた。奇跡に焦がれて未来に焦がれて、歩む道を定めようとも。
 そのひとがどの様な心を持って、そうなったかは分からない。けれど、破滅に身を窶した姿は醜悪とか言う他になかった。
「既にお前は何よりも醜い!」
 ――逃がすものか。拳が力一杯おとこの横面へと叩き込まれた。美しさだけを求めたおとこの頬が歪み、赤く腫れ上がる。
「うつくしいぼくの貌が!」
「……気付けよ、永遠なんて有り得ないって。破綻してんだよ」
 アルヴァの銀の瞳は苛立ちを揺らがせた。清月の神秘が戦場を駆ける力をくれる。
「破綻? 破綻しているわけがないだろう!」
「余所見ですか? 利香から目を逸らすなんて大胆」
 甘い響きが揺らぐ。吹いていた風も止んだ。泥濘に踏み入れたような、倦怠のぬくもりがその身を包もうともクーアは気にもとめなかった。
「貴方に利香は斃せさせない――その前に、我が雷炎が貴方を穿つのです!」
 蠱惑的に眸が躍った。美しいブロンドを撫でたのは『リカ』が口付けた魂の気配。周囲に漂ったフェロモンがクーアを包み込む。
 利香(あなた)の傍が心地良い。そう感じさせた芳香はクーアにとっては遁れ得ぬ麻薬。毒のように身を巡り、彼女のた為だと決定づける。
「美しさを求めたぼくと、人の愛を求める夢魔の何が違うのか!」
「ええ、同じかも知れないわ? けれど、違うんです。『同意なき愛』なんて美味しくないでしょう?
 絶対に邪魔してやるときめたんですもの! この雨宮利香、悪夢を終わらせる為にここに立ってるんです。
 ちょっぴり長生きしたいだけのガキのワガママなんかに膝なんて絶対ぜっったいついてやるもんですか!」
 べえ、と舌を出した利香はアイレの風がリースリットに集ったことに気付いた。この隙、この空間に揺蕩う気配が其方へと逃げてくれたならば『えいえん』んあんて何処にもない。
 惹き付ける利香の傍へとひらりと飛び込んで、オデットは苛立ったように声を荒げた。
「何がえいえんのひと、よ。私はどっちかっていうと永遠に変わらない方だけど変化するから人なんじゃない」
 執着心は最も、苦い。『えいえんのひと』の魔力がばしりと音を立てた。吹く風はイレギュラーズにとっての追い風となる。
 厳しくとも、痛みなど何処かへと追いやってカイトの闘志が燃え滾る。
「まだまだこれからァ! この程度の嵐で翼が持ってかれると思うなよ!」
 紅の色は花裂かすように無数に重なった。大空を駆けた緋色の翼は、ひゅうと風切る音となる。
 えいえんのひと。そう名乗る魔種の喉奥から声が漏れ出でる。悲痛なる、叫び。魂を揺らがせた希望のような。

 ――どうして分かってくれないんだ!

 さめざめと幼子が泣くように彼は俯いた。分かって堪るか、と否定する声は拳と共に降り注ぐ。
 自由の風をも捕らえ、穏やかに過ごすいのちを蔑ろにした私利私欲(わがまま)なおとこの慟哭は風の止んだその場所に空しく響く。
 ゼフィラの、オデットの聖なるかがやきは周辺を包み込む。うつくしい、光のかけら。
 勝つまでは負けない。やせ我慢であろうとも、はたはたと揺らいだ左腕があった場所を庇う用にして立っていたアルヴァの雷がばちりと音を立てる。
 美しい空色の髪からアイレの愛した国の色彩が毀れて行く。身体が揺らいで、おとこの手が伸ばされる。
「ぼくは、うつくしいのに」
 その指先をぱしりと弾いた利香は「ええ、美しかったのでしょうね。けれど、心までは」と伸ばされたそれを受け止めることはしなかった。
 静まりかえった空間でリースリットが膝をつく。アスティアは「リースリット!」とその身体を抱き締めて――母は、別れて初めての抱擁を行いながら娘の傍に風が寄り添っていることに気付いた。
 配を変えて吹いた風のした、もう言葉さえ響かぬなきがらを前にしてアルヴァはぽつりと言葉を零す。
「長寿の幻想種ですら永遠とは似て非なる存在なのに分かれよそれくらい。
 第一、頑張って生きた末、その生涯に幕を閉じるのだって命の美しさだろうが――」

成否

成功

MVP

アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮

状態異常

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)[重傷]
鏡花の矛
カイト・シャルラハ(p3p000684)[重傷]
風読禽
リカ・サキュバス(p3p001254)[重傷]
瘴気の王
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)[重傷]
航空指揮

あとがき

 この度はご参加ありがとう御座いました。
 アイレはそのちからをリースリットさんへと契る事を決めました。
 彼女はとても強い力を有しているので、すべてを、というには時間が屹度掛かってしまうのでしょう。

 また、ご縁がありますことをお祈りしております。

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