シナリオ詳細
<太陽と月の祝福>Caro-Kann Defence
オープニング
●深き恵みの森を取り戻すために
栞がはらりと零れ落ちて、頁がめくれる。
――森を閉ざして、永遠の深き眠りを。
まるで寓話のように茨に包まれた大樹で眠ることを求めた『冠位』魔種カロンは正しく『怠惰』を体現していた。
だが、此の儘では深緑の時は止まり、幻想種達も眠りながらにして朽ちて行く。
深き恵みの森を取り戻すために、最後の戦いが始まる。
●少女の成長はあっという間だ。
「ねえ、グリム。人を好きになるって悲しくて、でもすっごく幸せだって、わかるよ」
『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は、友人たちに囲まれて、まっすぐな声を凛と響かせた。
応えたのは、魔種。
フランのことが好きな、かつて誰からも救われず死に瀕して、呼び声に命を繋いて魔種となり果てた少年。
世界が熱を冷ますみたいに静かな時間に向かっていく。
グリムは夜が呼びこんだような冬めく寒さの中で首を振る。『この戦い』は、様々な勢力が関わっていた。
カロンの眷属、或いは配下の夢魔。
帰還した暴食の陣容。
トリックスターな色欲陣営。
オリオンと名付けられた冬の王の配下精霊たち。
『夜の王』の配下にあたる呪物や呪霊。
怠惰陣営の魔種少年が拒絶するのは、そんな勢力たちの介入。
イレギュラーズを倒す手伝いをしてやろうという幾つもの気配と意思に、首を振り。
「俺にも楽しさを感じる瞬間は、あった。美味しさがわかる。あたたかさを知ってる」
悲しさを感じる。痛みがある。
「ありがとう。料理も、美味しかった」
線を引くようにして、魔種は冬と夢のあわいに星を視た。
眩く、目もくらむような輝く生。世界を救うため、仲間たちと手を繋いで未来を紡ぐフランたち。
積極的に己を悪と定め、森や人を好んで害して、世界を滅ぼしてやろうと意欲活動をする魔種。
少年は、黒でも白でもない。どちらにも結局、なれなかった。
けれど、怠惰なるカロン様とて『眠りたいだけ』というのだから、怠惰陣営らしいとも言えるだろうか。
どうせ、どの陣営のどんな者も、グリムという少年の在り方に興味を抱く者など誰もいない。
倒されて、その存在が世界から消えて、忘れられて、終わり――そんな、ちっぽけなノイズのような心だ。
「俺は、呼び声に感謝してるんだ」
だって、あのまま死んでいたら、フランの料理を食べることもできなかっただろう?
こんな風に心を紡いで、心をきく事もできなかった。
「『怠惰』に救われた分の、ご恩返しはしたい」
俺の力など、ささやかなもので、戦況に大きく影響はしないだろうけれど。
こんな魔種の存在など、心の片隅にも置かれてはいないだろうけれど。
――そんなちっぽけなことは、全然、まったく、感謝と献身の妨げにはならないのだ。
遠いその温度を想い、怠惰陣営の少年は儚く微笑んだ。
「戦いに適した戦場を用意しようか」
外野を弾き出すように、
或いは、居並ぶメンバーが美しいと褒めてくれて、グリムも少しだけ誇りめいた感情を覚えたこの故郷の森を破壊せずに済むように――眠りの世界が創られた。
空と大地と、敵と味方。
もう、邪魔者はいない。
「この世界でどれだけ暴れても、外の世界の環境には被害は出ない。存分に腕を奮うといいよ」
明色と暗色の正方形マスが、交互に並ぶ床。墨色の紋様が描かれたマスを目で示せば、『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)と『悠青のキャロル』ヨハン=レーム(p3p001117)が視線を交差させた。
「これは、ノウェル領の橋上の戦いであった罠と同じだね」
「踏むと攻撃が跳ね返る。回復性能は向上する――僕たちは経験済だが」
さて、これを単に避けるよりも利用してやれば戦いは有利になるのでは? 二人の間にそんな発想が共有される。
「チェスの、ピース?」
『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は周囲に転がるそれに気づいて、近寄った。
木で造られた、子どもくらいの大きさの駒たち。
「ポーン、ナイト、ルーク……」
近くによると、夢の産物である駒たちがあどけなかったり、意外と渋みがある低音だったりな声を響かせた。
「あー、ボクはめっちゃ応援したいねん。頑張るぞって感じの子ぉを、めちゃめちゃ応援してあげたいねん」
ポーンがぼやいて。
「何故っ、訛り……」
「ヴェルグリーズさん、つっこむところはそこでいいの?」
ナイトが起きたい、起こしてくれって感じでもぞもぞしている。自力では起き上がれないらしい……。
「吾輩は騎士と共に駆けたい! 戦場をなんか勇敢でいい感じに疾駆したいのである!」
「ゆっる。微妙にゆっる」
ヨハンがジト目を魔種に向けた。だって、これ創ったのあいつだろ?
「守りたい……守りたい……好きな子とか、格好良く守りたい。具体的に言うとフランちゃんとかをとても守りたいんだ、俺は」
ルークの声がなんとなくグリムに似ているから、フランはなんだか恥ずかしくなった。
なにやってるの。
視線を向けると、魔種は「そんなもの創ったかな」って顔でそっと目を逸らして、「ちょっと変なのも混ざってるけど、まあ始めようか」と呟いてから。
「でも、始めないならそれでもいいよ。最初に言うけど、俺の目的はできるだけ長く君たちを足止めすることだからね」
そう、これも作戦なんだ。
そう言い訳するみたいなグリムの頬は、ほんのりと朱に染まっていた。
頭上には、広く高く、蒼穹が広がっている。
眩い太陽が世界を明るく照らして、そよぐ風はあたたかで、春みたいな花の甘くてすこし切ない香りがした。
他の誰でもないあなたが想い、考え、紡ぐ言葉はひとつひとつが刻まれて、記録として世界に残ることだろう。
深き恵みの森を取り戻すため、立ち塞がる悪を倒す。
これはきっと、そんなあなたの――「物語じゃない」少女が呟いた。
「これは、現実なんだ」
呼吸で肩がうごき、胸が上下する。
その世界で、人々はその人だけの想いを胸に、喜びや悲しみや痛みを感じながら、生きている。
鼓動が鳴っている――其処に生きるあなたの、リアルが息づいている。
……これは――そんなあなたの、オープニングだ。
- <太陽と月の祝福>Caro-Kann Defence完了
- GM名透明空気
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年06月28日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●おひさま、ひまわり
おひさまの光が柔らかで、ヒマワリ妖精さんがせっせとあつめた太陽の種が呼応するみたいにきらきらする。
闇を祓う煌めきは、なんでもかんでもは払えない。
胸の片隅で現実を受け止めて消化してしまったのは、いつだっただろう――あどけなく夢見る瞳で「叶えられないことなんてない」なんて言えた日が懐かしく思い出されて、地面があの日よりも離れた今を想う。
背が伸びて、成長して――それなのに、空はやっぱり遠いんだ。
(……これが、グリムと話せる最期なんだって解る)
『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)はファルカウの樹と葉をモチーフに織られたローブの袖をそっと摩る。村の皆が旅立つ前に一針ずつ思いを込めてくれたから、あたたかい。
(あたしが、もっともっと強かったなら。グリムを元に戻せて、一緒に里に帰って、また遊べたのかな)
――でも、解ってる。
そんな「めでたしめでたし」な物語じゃなくて、これは現実なんだって。
(優しいよね、グリムは。周りを巻き込まないようにして、こんなにあったかい――春の里みたいな場所で)
倒されて死ぬよって、笑うんだ。
「始めよう、グリム。あたしはまだまだやらなきゃいけないことがあるの」
ぽん、と軽く叩くのは宝物みたいに可愛い、好きな柄のばんそうこうやガーゼ、消毒液などの一般的な救急セットがいっぱいのポーチ。
――先に進むため、中身をひとつひとつ失って、けれどまた新しい何かであたしのポーチはいっぱいになる。
●其は、特異なる
(滅びのアークとパンドラの相反する力――それで戦い合う定めにあるのは少し物悲しいと思っちゃうね)
わかっている。けれど、悲しいものは悲しい。
そう切なく睫毛を震わせるのは、『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)。優しき聖女は立ち位置を選ぶようにしながら、幾つもの運命に思いを馳せる。
(わかりあえない魔種がいない訳じゃないから、余計に……ね)
風が一方向に吹き抜ければ、互いの髪が同じ方角へとさらさら靡く。
皆、同じ敵に対して立っている。戦術は既に定めていて、寄り添う体温は頼もしく。
(あぁ……。この世界は残酷だね……。魔種と相対する度にそう思うよ……)
心の奥底にじんわりとした熱が広がるような心地で、けれど眼差しは揺らがない。
『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)は、絢爛なる雷装深紅を咲かせて風に熱を添わせ流した。
「私達も、譲ってあげる訳にはいかないんだ」
戦う者なのだ、と己を想う。
戦いとはかくあるのだ、とその道を睨む。
「恨みっこなし、とは言わないよ。でもね、私が死んでも君を恨みはしない」
凛とした眼は、澄んでいた。
「さ、始めようか」
髪を揺らして、胸を逸らして力を放つ。正々堂々、それがいいねと微笑んで。
「何か総合的に見て僕たちに有利な仕掛けに見えるが」
理知的な声が端的に指摘する。
「まぁ良いさ、せっかくゲームマスター・グリム様が準備してくれた舞台だから楽しませてもらうよ。なぁグリム、これ準備してる時、ちょっと楽しかっただろ?」
『ブラック派遣』ヨハン=レーム(p3p001117)が近しい距離感で笑いかけている。「お前の霧は回復用か、こちらも負けじと回復するぞ」と対抗する様に、癒しの力を振る舞えば、覇気のない魔種の少年が笑う気配を滲ませた。
「さて。楽しいっていうのは、どんな感じだったかな」
「わかってるくせに。――良いぜ、僕たちとの最後のゲームだ」
どれどれ? とポーンやナイト、ルークに手あたり次第に声をかければ、グリムが愉快そうに口元を緩ませた。
「全部に声を掛けるのか、大した『キング』っぷりだね」
「別にキングを気取ってるわけじゃあ、ないさ」
だって、そういうゲームじゃないか――ヨハンはそう肩を竦めて、現れた光の盾を眩しそうに見つめて、言うのだ。
「情けはかけないし、お前もそれを期待しちゃあいない。だが、決着までの過程は互いに楽しくあるべきだ。……始めようか」
甘やかで鮮やかな頭巾がはらりと風にほどける。隠れていた耳がひょこりと揺れれば物語の一幕めいて愛らしく。けれどその瞳は薄い感情に冴えていて、浮世離れした佇まいは足元にその影を探してその存在が実体であるのをついつい確認してしまうほど、超然としている。
『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)が口を開けば、駒すらもその台詞に耳を欹てて息を潜めずにいられぬような静かな響きが齎された。
「グリム。貴方がこちらを本気で殺しに来て無いのは判るけど、わたし達もこの先に急いで辿り着かなきゃいけないんだ。だから時間稼ぎには付き合えない、全力で突破させてもらうよ」
その手が何処までも届くようで、グリムは警戒を強めつつ頷いた。
Я・E・Dを守るように、巨体が肩をそびやかす。
「ぶはははッ、俺ぁオメェさんらの縁は話に聞いただけの第三者だ」
強面が笑みを象ると、意外なほどに気さくで優しく、あたたかな気配を魅せる――『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が腹肉の底から豪快な笑い声を響かせた。
「だが、だからこそ言えることもある。存分に言葉で、身体で、心をぶつけて……そして納得しな!」
魔種の少年は、この相手が大人なのだと感じた。
「そのための手伝いは俺がしてやらぁ!」
『手伝い』と言ってくれるのだ。
ゆえに、魔種は少年の声色で素直に伸びやかに、それを返した。
「うん。頼む」
――手伝っておくれ、と。
「おう!」
豪放磊落にゴリョウが応える。その声は、心地よかった。
(いい空だ。青くて澄んでいて、何かの決着が着くとしたらこんな空の下がいい)
『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が足元に気を付けつつ、ゴリョウの隣に並んでいる。
「どうやら、覚悟は決まっているようだねグリム殿。それならば俺達もそれに応えるまでだ、今この時こそが決着の時だ!」
(縁があって何よりだグリム。その灰色の世界に土足で踏み入れて悪いが――俺は感情だけで動いてしまう程の馬鹿だからな)
『雪解けを求め』クロバ・フユツキ(p3p000145)が晴れやかな蒼穹にガンブレードが引っ提げて。
「眠りの世界という割に随分と気持ちのいい空だな」
風に声を添わせるように、生の証を吐く。
「なぁグリム。君はこういう晴れやかな場所で、美しい物語が来るのを待っていたんじゃないか?」
魔種の少年が無言で視線を移せば、かちりと噛み合うように――その心が理解できる気がした。
「じゃ、色々と足らないものを足してやるのが俺達の務めだな」
灰色が影を揺らして、陽光の明るさを教えている。
(焼きつけてやる、この物語の結末を!)
――ならば響かせよう、この声を。
「さぁ始めようぜ、千変万化の彩(ものがたり)を!!」
そして――フランの願いと、思いを届かせる!
駒たちは開戦を見届けて、声を待つ。
●voice
「騎士を名乗れるほど礼節も気品もあるわけじゃない」
クロバが『ナイト』に語り掛ける。
「ただ、今回ばかりは意思を通そうとする女の子と友を助けに行くんだ――なら騎士くらいは名乗っておかないと恰好がつかないだろう? 俺はどこまでも駆け抜けてみせるさ!」
――この刃も、皆の思いも届けて見せる!
『ナイト』はそんな意気を魅せるクロバに「その意気や好し! 吾輩が共駆けしようぞ!!」と力をくれる。その瞬間クロバは視界が鮮明さを増したような、得物が何倍にも伸びたような錯覚を覚えた。
距離未だ遠くして、届かずの刃も至るであろう――その確信を胸に奮うは刹月、 荒れ狂う雷のようなガンブレードによる剛撃。手繰るはを踏んでしまった瞬間に勝機が遠くなるから以降も立ち位置に注意だ。
距離が足らない場合は昏ノ太刀・滅影で連攻撃。近接距離に張り付けたなら刹月、研ぎ澄まされた太刀連撃。積極攻勢に血華咲く。
ゴリョウが決死の盾となりマリアとヴェルグリーズを庇う。墨色の紋様を踏み回復に活かすのはスティア、ゴリョウ。
逆に、仲間の立ち位置を標として墨色の紋様を踏まぬよう立ち回るのが盾として振る舞うフラン、アタッカー陣、クロバ、ヴェルグリーズ、Я・E・D。
「努力は報われる、ねぇ」
灰色の霧はグリムの傷を癒している。対抗するように、ヨハンは寓喩偽典に魔力の文字を躍らせた。魔力光が青白く周囲を照らし上げる中、術者はふわりと笑う。歯を見せて。
「気負いすぎるなよ。報われない努力もあるものだ」
自陣に並ぶ勇壮で親しい熱源たちに治癒を贈り、孤軍の友に視線を移して。
「……ダメだった時は仲間を頼っちまえ……」
なぁ騎士道を愛するおっさん、ナイト!
人々を守る盾、ルーク!
一人が転んでも二人が助ければ良い、そうだろう?
そんな風に、きらきらと笑い。
「――お前ら、あっちの味方はしないのな!」
そんな風に、悪戯に揶揄って。
敵はひとりで治癒と攻撃をこなしている。器用なものだ。全く、怠惰ではない――「グリム、足止めとか言ってるがな」
声は届くのだと、確信をもって連ねられる。
本気で止めたいなら筋肉もりもりのマッチョマン100匹くらい置いとけよ、と。
「僕は全然構わないからな? 眼の前のおまえ(友達)をないがしろにして、深緑なんて救えるか」
優しすぎるお前は、次に生まれ変わったら鉄帝国でばきばきに鍛え直してやるからな。覚悟しとけよ。
灰色がこちらを見て、眉をあげる。
「じゃあ、ヨハンは盤外に出て見学していてよ」
面白がるみたいに言うではないか。
「お前がゲームしようって言ったんだろ!」
「――ぶははははッ!! 結構、上等、男前!」
親し気なやり取りに肩を揺らし、守りの要、ゴリョウがルークに声をかけている。四海腕『八方祭』を豪快に振れば、祭りでも始まるかのような特有の快気侠気。遥か遠き完成を望む人為の盾が自陣防備を堅牢に固める様に、ルークは惚れ惚れとした。
「おう『ルーク』! 守りたいって気持ちを持ってるたぁ、なかなか見所があるな!」
なんとも気風の快い掛け声に、ルークは誇り高く応える。
「おう、『太いの』! そちらこそ先刻からよく守っているではないか、味方を」
たいしたものだ。とても格好良い――憧憬を交えるような、羨むような声が微笑ましく、ゴリョウの笑みを深める。
「怪我をしているな。だが恐れは無いのだな」
「何を問う。この傷もこの傷も勲章ってモンよ!」
「誇り高き男よ、なんと気持ちの良いもののふよ」
「そうだ、お前や俺らみてぇな存在は守りこそが誇りだ」
光が堅牢な盾を生成し、誇りがきらきらと煌めいた。
大柄な体をどぉんと揺らして、ゴリョウは仲間たちの前へとその肉の体を晒して退かぬ。墨色の紋様を踏み締めて、守ると定めた2者の間に入り罠を踏まぬようその全身をもって防いでいるのだ、守っているのだ――それが、『ルーク』の献身を煽った。
「隣の仲間に! 背の先にいる誰かに! 心に想ったその誰かに! 痛みを届けさせねぇために俺らは居る!」
「げに、げに、汝は好ましい。ここに至高の漢がいる! ならば俺がその身を守ろうぞ。我が友、我が仲間ゴリョウ!」
「任せな、オメェさんの気持ちも背負って『守り』進んでやらぁ!」
なにやら盛り上がっている――味方が頼もしい、と耳を揺らして。
「ポーンさん。わたしもね、最初は弱かった」
Я・E・Dがポーンに雨垂れめいて声を降らせる。
「けれど、ポーンさんみたいに一歩ずつ前へ進んで行けば、努力を続けた果てにクイーン(最強)に成れるって信じてるんだ」
尻尾をふわりと揺らす佳声が自身の性質をよく知っていると語るので、ポーンは気をよくした。
「今回戦う相手は強いけどわたしはまた一歩進みたい、だから見守っててくれないかなぁ?」
「おお、おぉ。もちろんや!」
ばりっと見守っちゃるで! ポーンがはしゃいで、四葉のクローバーめいた光を咲かせる。感情が窺えぬЯ・E・Dの美しい顔が一つ、頷いて前を視る。指先から光がしゅるりと生まれて、流星めいて翔けていく――狼を縛る光糸の軌跡に双眸が戦術を計る――「狼さん、狼さんはどうしてそんなに腕が長いの」御伽噺めいて、何処かあどけない風情で。
「ならば、仔山羊たちは固まって耐えるとするよ」
――狼さん、狼さんはどうして左腕がないの。
光が凝縮されれば、眩さが宝石めいて塊りその大きさを肥やしていく。直に熟視すれば目が潰れてしまいそう――手のひらを推し出せば、宝石が光を吐いて「破式、砲撃」零れた声、呟く音が苛烈な砲撃を打ち出す号令となる。狙うのは、あからさまな弱点――腕が無い側を。
「さもありなん」
グリムは諦念混じりに霧を手繰る。弱点は、露わなのだ。
「積み重ねとはよく言ったものだね。ここに君ら8人がいるが……」
傷を負わせ、心に変化を齎した。それは、これまで関わった何人もが繋いだ襷めいた運命なのだと、魔種は顧みる。
光が弾ける。戦いの音がする。
「ねえねえルークさん、やっぱり好きな人は格好よく守りたいよね」
フランはぺたりとルークに手を添えて、ポニーテールをひょこりと揺らして想いを紡ぐ。
守られる温度を知っていた。
――たくさんたくさん、いろんなひとに大切にしてもらって、今のあたしがここにいる。
「あたしも、おとーさんもおかーさんにも守られてばかりじゃなくて守りたい。無茶ばっかりするお友達も、いつも優しい――怠惰の猫さんの手を取ってしまった先輩も、守りたかった。すんごく格好良くて敵に斬りかかっていく大きな背中も、守りたいの」
ルークが相槌を打つ声は、穏やかで、森の木漏れ日を思い出した。
「でもそんなのぜーんぶ、あたしの我儘。あたしがいくら痛くたって、みんなが痛くなければいい……こんなのグリムにも怒られちゃうかな。でも、女の子は我儘なんだ」
駒を摩る掌がじんわりと熱い。ちいさな熱。この駒を温めることも、しきれない。
「だからルークさん、力を貸して!」
体温のないルークは、そっと嬉しそうに笑う気配をした。それは悦びなのだと感じさせた。そうしたいのだと、そうできる自分が誇らしいのだと言うように音を吐いた。
「力になるよ。俺が」
きっと、そう言える自分でいたかったのだ。
そんな少年の声だった。少し、格好つけちゃって。
「フランは、俺が守るさ――当たり前じゃないか」
団結の布陣における遊撃・攪乱役とでも言うように動き回る雷虎マリアは、放電ついでにカラリと笑む。
「やぁ。君はポーンっていうのかい? チェスの駒をモチーフにしているのかな? 良ければ私に力を貸してくれないかい?」
「おぉっ、ええでぇ。頑張る感じのなんやええ台詞云うてくれたらな! ぽぉんと貸したる。ぽぉんだけに」
声を掛けられて嬉しそうにポーンが燥げば、マリアは「よおし」と前向きな笑顔で、きらきらとした声で望みを満たしてくれる。
「私はね、今まで積み上げて来た持てる力の全て出し尽くすつもりではいる。負けるつもりもこれっぽっちもありはしない!」
鮮やかな彩の髪がさらりと風に靡く。潔く、闊達に、あたたかに声は天翔ける風に乗る。
「けれど戦いというのは、それでもどうなるか誰にも分からない……」
木の葉が舞い踊る。血飛沫を巻き上げながら。
ポーンには、語るマリアが最善を尽くし、けれど驕ったり油断はしないのだと思われた。凛としたマリアは、実に好ましい勇者であった。この心をこんな真摯に語られて、魅了されずにいられようか。それはある種人たらしともいえる気配で、温度で、笑顔なのだ。
「だから、力を貸しておくれ! 私に出来ることなら何でもしよう!」
華やかかつ堅実な君主然とした声に、ポーンは歓喜する。
「共に駆けよう!」
幸運ぞ共にあれかし、ポーンは高らかに権能を寄り添わせた。
ええなあ、みんな楽しそうやん。そんな呟きを洩らす別のポーンにも、ヴェルグリーズからの優しき声がかけられている。
「そういえば『ポーン』君、その訛りに少しびっくりしてしまったけど、キミのその望み、俺と一緒に叶えてみないかな」
「おお。そういうのを待ってたんや。よーしやったるで!」
「『ポーン』君、まだ俺は具体的な事を言ってないけど……」
思わず「ちょっと待って」と押しとどめつつ、言葉を連ねるヴェルグリーズは全身から付き合いの良いオーラが出ていた。
「俺はティリオン殿と約束したんだ、グリム殿を討伐するのは任せてほしいと」
この依頼が成功すれば俺はきっとグリム殿を手にかけることになるだろう――そう伝えた時の顔を思い出す。
次に会う時は、別れの報告をする。そう決めているのだ。
「控えめで、本来であれば人を頼ることのあまり得意でない彼の一番の願いを、俺はなんとしても叶えてあげたいと思っている。彼が前へと進む為にその背を押してあげたいと思っているんだ」
――彼にとって苦い疵になろうとも何かの区切りは必要だと思うから。
「友人としてその隣に寄り添ってあげたいとも思う。別れは寂しいものだからね。……どうだろう、キミも俺の背を押してくれないかな。そうすれば俺は普段よりも一歩先へ踏み込める気がするんだ」
誠実な瞳で語れば、加護が燈る。ポーンが口を噤んで静寂のうちに送り出そうと気配を感じ取り、ヴェルグリーズはほわりと微笑んだ。
「いや、喋ってもいいよポーン君」
気にしないよ。そう告げればポーンは感激した様子で「優しさの塊か」と呟くのであった。
(ネフシュタン、力を貸して!)
――燈る光に願うのは、救命。
ひとつひとつの絆を背景に、ネフシュタンで継戦の糸を繋ぐ聖女は、『ルーク』に視線を移ろわせて声を降らせる。
「私達にはやらないといけないことがある……戦うと決めたと言うなら、全力を持って応えるだけ」
いつも、これまでも、そうだった。
そんな風に呟いて、祈る。癒す。願う。
「私は目の前で傷ついている人や力のなき人々を守りたい!」
声は、真っすぐに響いた。
純粋無垢な、子どもと大人のあわいの可憐な声が。
「全ての人を助けられるとは思っていないけど……せめて手の届く範囲の人は助けたいと思ったんだ。その為に聖職者になると決めたのだから!」
全てを救えないのを痛感している。手が届かなかった感覚を覚えている。だからと言って手を伸ばす努力を放棄する事はないのだと、手は伸ばすためにあるのだと――それをしたいのだと、心を響かせる。
「だから力を貸して!」
ルークは重々しく共感を示した。
「俺の力はもう君のものだ。御身をお守りしよう、聖女様」
●夜明けを告げるコンチェルト
木の葉に身を刻まれる事も恐れず、仲間の布陣から飛び出して攪乱するマリアがグリムを翻弄している。
「私の仕事は君の力を削って仲間の負担を減らすこと! さあ――我慢比べと行こうか!」
異能、紅雷が閃光を弾け咲かせる。グリムには色がわからぬが、それが華やかだと感じる感性が自覚されてならない――「しかし、余りに疾い」零れるのは呆れるような声色で。
「丁寧に仕事を説明してくれて――意趣返しだろうか?」
「ふふ!」
弾丸めいて白光に移ろいながら放つマリアの電磁投射砲に穿たれて、文字通り力を削がれるグリムは唇を噛んだ。長期戦を望むグリムの立場的には、この手の技こそ可能であれば避けたいもの。然れど、これを避けるのはほぼ不可能に思われた。
「これを必中と言うッ!」
太陽のように輝かしく、聞いている側が気持ち良くなるような溌剌とした声で誇るではないか。
何より、技も疾いがマリア本人も速く、止まる事なく空間を滑るように移動していく。彼女を視界に収めるのは、困難で――追いかけていれば、集中が乱され、他への注意が散らされ振り回されてしまう。
「他の仲間のように纏まっていればいいものを」
気が散って仕方ないではないか――、
(もちろん、それが狙いだよ!)
空中へと雷光を躍らせながら、マリアはフェイントを織り交ぜて失った腕側を狙う。
(ワンパターンだと読まれるからね!)
「今だっ……、みんな、前に出るよーっ!」
グリムの反撃の攻手を鈍らせるのは、皆を守る盾として前に出るフラン。
光の盾がその身を護るけれど、髪が一束断たれて不揃いになって、腕が、足が、頬が傷ついて血を流す。痛いだろうに、辛いだろうに、一向に怯えたり下がったりする様子がないのだ。そんな風に前に進まれては、グリムの側が躊躇ってしまうではないか、攻めにくいではないか。魔種は苦笑せざるを得なかった。俺の幼馴染は、こんな娘なのだ。そこが好きなのだ。
(グリムが怯めばそれでいい――あたしの後ろにはスティア先輩達がいるの!)
眼差しから溢れる信頼が、眩しい。
ちいさく健気な背を支えるスティアはフランが好む花をイメージして、癒しの花を綻ばせた。いくつも、華麗に、柔らかに。
「頼もしい背中だよ」
囁くように声を贈れば、フランが「えへへ」と擽ったそうに――すこし泣きそうな声で笑っている。
「もうちょっと、だね」
「うん……うんっ」
一緒にここまで、来たんだあ。
もうちょっとで『お別れ』なんだ。
霧が濃く前方の少年に纏わりつき、傷を塞ごうとしている。足元には、彼の術がある。
「この紋様魔法陣は、先生に教わったんだ。そうだよね」
ヴェルグリーズが剣を奮う。別れの属性――分けることに特化する属性が木の葉を切り伏せ、ひた走る。魔性の黒が反動を伝えつつ、膨張する。喰らい付く。
「ギロンド先生に、教えてもらったんだろう」
グリムは苦痛に歪む顔を驚きに染め替えて、剣の青年を視た。
「先生……」
「知ってるよ。俺は彼を知ってる」
この少年は彼を覚えているのだ。そう気付いて、ヴェルグリーズは漸く縁を繋ぎ直した。すぐに分かたれるであろう、一度切れたそれを。
「俺は、良い生徒になれなかった」
よろけるように退く足取りに、追い縋る。理性的に仲間との距離も保ちつつ。
「立派に術を使いこなしている。先生は……」
ヴェルグリーズは目を伏せた。
――先生は、悲しんでいる。
「先生は、君の事が好きなんだね。君も、そう?」
救えたかもしれない未来の可能性が救えなかった。そう、気にしている。
「先生は、君を覚えている。君を」
彼は、君を救いたかったんだ。
「君を、誇りに思うだろう」
嘆くだろう。悲しむだろう。その傷を深めるだろう――、
「それは、ない」
灰色の木葉が全身を切り裂き、傷を深める。声は悲し気だった。
「けれど、優しい夢だ。俺はそんな夢を、否定しないで眠りたかった」
それができたらよかったね。ヴェルグリーズはそっと頷いて、視線を移した。敵も疲弊し、負傷度合いを深めているが、味方もまた。
「さて、いかに手練れのクロバとて執拗に攻められれば剣勢も衰えよう」
そろそろイレギュラーズの駒を幾つか頂戴したい――深緑にその名の轟くメジャーピースならば、特に好い。そう零したグリムが片腕を振り、軽く目を見開いた。
獲り頃と思われた黒き英雄が、それは罠だと哂うから。
「どうやら読み損ねたな、グリム」
強い意志の閃く炯眼で射抜くように敵を視眇めて、クロバが解禁するは奥義・讐滅剣。それがどういった類の技か、魔種には察する事ができた。故に、グリムは慌ててクロバを落とそうとした。放たれる前に落とし切ってしまえば――、
「お願いしますゴリョウさん!」
――剣と盾のバディを組むために!
そんな思考はお見通しとばかりにクロバが叫ぶ。
墨色の紋様を踏まぬようにと運ぶ足取りには迷いなく、被弾を恐れる気配もない。それも道理、頑強健鬼なる漢ゴリョウが「任せろ!」と頼もしく叫んで、その全身でクロバを庇い、痛みもなんのと強気の笑みを弾けさせたから。
「ずるい」
「ぶはははッ!! ずるかぁねぇよ! チームプレイってやつだ!」
窮地によってのみ開眼する、讐敵を斬り伏せる鬼神が如き斬撃がゴリョウの守りに導かれて炸裂する。ヴェルグリーズの連撃が爽やかにそれに続いて、Я・E・Dが追撃を重ねる。形勢が決したのは当然、と呟いて。
「タンクとヒーラーが優秀で、ね」
――靜かな声は、やはり感情の温度の燈りにくいクールさを変えていないけれど。仲間を信じたのだ、仲間のおかげなのだという響きには、グリムが羨む何かがあった。
そよ風めいて声が降る。
「今すぐ撤退するならこれ以上攻撃はしないし追わない。わたし達の目的は貴方を殺す事じゃ無いから、さぁ、返事を聞かせて」
それはイレギュラーズにしては珍しく新鮮な視点の提案だったから、グリムは微笑んだ。
――それじゃあお言葉に甘えて撤退すると言ったらどうするの。
きっと、本当に追わないのだろうな。そう感じ取ったから。
「君たちは、魔種を見れば一分一秒も生存を許さず急いで殺しにかかると思っていたよ」
俺は生きているだけで有害なのだろう、と話を振れば、Я・E・Dは肯定しつつも依頼を受けてこなす傭兵的なイレギュラーズの生き方と価値観をその全身で感じさせた。依頼の目的を満たせればよいのだから、と。
「レッド、だっけ。君はとても素敵で、面白いんだね。もっと早く出会いたかったな」
グリムは好意を滲ませてそう言いつつ、「けれど俺は撤退するわけにはいかないかな」と死線に一歩踏み込む覚悟を仄めかした。
「俺は、助けて貰ったんだ。つまらない虫ケラのように這いずって、ぺしりと潰されて終わりって感じの命をさ」
Я・E・Dの光糸がその身を縛る。マリアの紅雷が迸り、力を削いでいく。霧が弱まり、傷が癒しきれなくなっていく。
「誰かのために、何かの役に立って死ぬ。それは、幸せではないかな。俺はせめて、そのような最期でありたい。きっと、俺はそれを望んだんだ――死にたいと思ったあの時、本当は心の奥で、『こんな生き方は、こんな死に方は嫌だ』と思ったんだ。俺の人生に意味があったんだと思いながら死にたいと望んでいたんだ」
幸運が閃く。十分な実力に導かれ、寄り添う心に勢いを増して、今天運は完全にイレギュラーズに味方していた。
踏み込みは苛烈に、クロバの漆黒が翻る。いかな鮮血とて染められぬと叫ぶかのように視界をその強靭な色で占めて翻る。
刃は悲鳴に寄り添い、鋭さを増すようだった。
嘆きを導く昏迷を裂くためにあるのだと尖るようだった。
痛みをその力へと変換するような、英雄の剣だった。
「――この剣は冬を尽く讐滅の太刀。如何に立ちはだかろうとも、この刃が導く春を止められはしない!!」
叫ぶ声は、人間らしかった。
情念が空間全てを震わせるようでいて、然れど決して独りよがりではないのだ。
「行けフラン! あの灰色のキャンバスにお前の感情(いろ)を叩きつけろ!!」
クロバの声に、フランが頷いて駆けていく。スティアがそれに続いて、ヨハンは立ち位置を冷静に定めつつ見守る眼差しで的確に治癒の仕事をこなしていた。
「その駆ける道は、私が支える!」
ヴァークライトの血脈に継がれし蒼き光を携えた聖杖がスティアの手により掲げられる。初夏の涼風を導くような爽麗な光が花弁めいて舞い、墨色の紋様の力で高められた癒力が大切な友を癒していく。止まらないで、頑張ってと気持ちを贈るように。
「落葉、還りて巡る季節にまた緑を成す――不浄なる気は賦活に転じよ」
――落ちた花弁がまた舞い上がり、戦うための力に変わっていく。
ああ、俺は今チェックを宣言されているのだ。
グリムはそう心に思いながら、仲睦まじき彼女らが近づくのをスローモーションのように視ていた。
そして、ヨハンにとろりと笑いかけるのだった。
「馬鹿だなあ、マッチョを並べたとて、それは俺が作った俺の魔力で動く兵隊さ。そんなの、独りであることには違いないじゃないか」
それなら独りのほうがまだ格好はつくんじゃないの。
そう、虚しく笑うのだった。
「グリム君! 私は君を哀れんだり蔑んだりもしない!」
マリアの英雄然とした声が響いている。
「ただ! 強い戦士として君と戦おう!」
弾ける雷光は、一瞬苛烈に咲いてすぐに消えるようで、けれど再び炸裂する時はいっそう猛り華やか。
そこに儚さはなかった。
ただ、強さがあった。
「だから君も! 力と想いを出し切りたまえ! 後悔しないように……! 思い残すことがないように!」
肩を上下させていたグリムが不思議そうにその声をきく。
このように立派で、こんなに熱く、かくも強き英雄が全力で戦っているのだ。
奴隷として売られて、対抗する力も逃れる術もなく、ひたすらに蹂躙されるだけの無力だった自分と。
――風が強く下から上に向かうようで、空がひらけるような心地がした。色がわからぬ身にも、その青さがなんだかわかるような気がした。
「私も君に全てぶつける!」
片腕を彼女に向けて術を放てば、それでいいんだと言ってくれるみたいで、なんだか不思議だった。
――だってなんだか、一生懸命に励まされているみたいなのだもの。
「グリム殿、フラン殿に向けるキミの視線はとても優しいものだった。そんな目を出来るキミとはもう少し、別の形で出会いたかった。――そう願わずにはいられないよ」
ヴェルグリーズが切々と語り、Я・E・Dが機敏に技を連ねる。時間を支配したように、マリアと二人――否。クロバと三人。追撃が体力を削り切る。空がとても高く感じられて、作り物の世界がどんどんと美しさを増すように鮮やかに息づいている。逃れる場所は、もはやなかった。死の実感が湧いてくるのは、久しぶりだった。
自分という存在が消えるのだ。何かに対して何かを感じる自分だけの自分が。心が。この思考がぷつりと耐えて、記憶も自我も無に帰すのだ――それは少しだけ優しくて、寂しくて、怖かった。
もう、辛いと感じる事もない。
悲しさや悩ましさに苦しむ事もなく。
――好きな子を困らせる事も、なくなる。
「――グリム!!」
声が感覚を支配したのは、一瞬だった。
ふわりと花の香りが飛び込んできて、ひまわりの種みたいにホロホロとした光が幾つも咲いた。あたたかな熱を身近に感じて、驚いたグリムが目を見開く――フランがぼろぼろに傷つきながら、決して離れないと言うようにしがみついて胸を打っている。
「グリムのばか、ばか!」
死にかけの少年の唇が音を零そうとして、笑った。
「なんだ、ボロボロじゃないか」
――お互いに。
土壌から栄養を頂いた植物のつぼみが花弁をひらくように、光が咲いていく。
「ねえ、グリム。それちょうだい」
――返事を待たずに服の飾りを引きちぎる――断られるなんて露ほども思っていないのか、それとも拒否権なんてないというのか。グリムはくすりと笑った。
「君は、どうして笑ってるんだ」
泣きながら。
雨宿りでもするかのように寄り添う体温が鼓動を包み込む――足元は、いつの間にか流れ出でた血で濡れていて、あの日死別した両親を思い出した。
グリムは両親を喜ばせたかった。
それを、どうしようもなく思い出した。
幼馴染の体が冷えていく。生命が零れ落ちていく。聞こえている? 問いかけるより先に、伝えなきゃいけないんだと思った。砂時計の砂がなくなるみたいに、時間は限られていて、逃したら二度と届かないのだと感じられて。
フランは一生懸命に言い聞かせた。
「あたしはこれをグリムと思って、これから先いっぱい色んな奇麗なものを見せる」
だから、と冷えた片手を取る自分の手は熱くて、ほたりと涙が零れ落ちた。この人形のような冷たさを感じるのが、生きているって事なんだと思った。
ほっぺに顔を寄せたフランが、小鳥が啄むようなキスをする。
「……おやすみ、グリム」
本人はもう応えないくせに、これまでを共にした光の盾がさらりと空に溶けながら、甘やかに寂しく囁いた。
――『いっしょに戦えて、嬉しかったよ』
その声は穏やかで、幸せそうで、ほんとうに嬉しかったのだとわかるのだ。
眠りの世界がほどけて、現実の世界に返される。
それは、終わってみればあっという間で、呆気ない終幕だった。
友が惜別に頬を濡らしている――スティアはそっと寄り添い見守った。
(少しでも長くフランさんと一緒に居たいと思ったのなら他の選択肢もあったはず。不器用なのかな……それともフランさんに生き様を刻み付けたかったのかな?)
彩の異なる双眸に、未来を映す。
――まだ、私たちの道はつづくから。
ねえ、フランさん。いっぱいお話しよう。絶対、絶対だよ。
マリアがそっと祈りを捧げている。私たち、彼を丁重に弔おう、そうしたいよね。友人である少女を気遣いながらそんな声を静謐に混ぜる表情は悲しみに溺れすぎる事はないけれど、情深く『敵』であった彼への敬意が充ちていた。
ヴェルグリーズはファルカウの木々が微かな葉擦れを奏でる静けさに別れを想い、かの研究者の瑕を思う。今も心配して待っているに違いない。恐れているに違いない。別れが齎す避けられぬ痛みを、予感して――。
月の裏側も、太陽の中身も、世界のなりたちも知らない自分たちは誰かから聞いたもっともらしい現実価値観で生きている。本質的に人では無いЯ・E・Dは善性の存在だが、兵士として運用されていたので『慣れている』。
Я・E・Dは戦闘外装のフードを目深にかぶり、味方なきキングに思いを馳せた。この世界ではパートナーである司書が居ないため、特に目的も無く暮らすЯ・E・Dには、それは如何にも風通しがよく、無限の可能性を翼めいて羽搏かせて何処へでも飛ばせるようで――けれど、キングは飛ばなかった。だから、彼の物語はかく閉じたのだ。
(あいつ、あんなキラキラした王道の駒たちを準備しやがって)
「グリム、僕の色が見えるか?」
――ああ、もう何処にもいないんじゃないか。
もはや応えることなき虚無に、雨垂れめいてヨハンの声が沁みていく。
「死んでも僕を忘れるなよ。良い旅を」
雨降らぬ森は、戦いの気配に焦げ臭い。この一帯が歪に平穏無事な彩でさわさわと緑をそよがせるさまは、この後世界が向かうであろう輝かしい夏の季節を想わせて、悠久なる自然の葉天蓋の隙間から注ぐ木漏れ日はオリーブの雫めいて、光の筋と地面の斑影を描いていて――まるで一枚の絵画のように上辺が麗しく綺麗で平和で、つまらなかった。
ああ、お前。バカなやつだな。
本当に、ほんとうに。
はらり、木の葉が舞い降りて、
地面につく時には帰るべき枝の在り処など、すっかりわからなくなっているのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加、ありがとうございました。
GMコメント
ついに決戦ですね。透明空気です。
今回は深緑の全体依頼にて、魔種グリム・サンセールとの戦いをお届けします。
●成功条件
・魔種グリム・サンセールの撃破
●戦場
・『眠りの世界』
グリムが決戦用につくった『眠りの世界』での戦闘となります。
この世界でどれだけ暴れても、外の世界の環境には被害は出ません。
・足元……明色と暗色の正方形マスが、交互に並ぶ床。墨色の紋様が描かれたマスもあるようです。
・障害物……子どもくらいの大きさの、チェスの駒に似た木像が周囲に数個、転がっています。
・頭上……無限に広がる青空と、燦燦と陽光を注ぐ太陽があります。
●舞台ギミック
この戦場には、舞台ギミックがあります。ギミックを活かせば戦闘をより有利にする事ができますが、無視して普通に戦闘をしても構いません。
(1)墨色の紋様……踏んだ者は、数ターン「すべての攻撃行動が味方に跳ね変わるかわりに、回復効果が倍増します」
(2)散乱するチェスの駒……『ポーン』『ナイト』『ルーク』、それぞれに気に入られる言葉をかけると、その駒が力を貸してくれます。
・『ポーン』……努力は報われる。そんな価値観の駒です。気に入られるような言葉をかければ、不運を退けて幸運を贈ってくれます。
・『ナイト』……騎士道を愛する。そんな駒です。気に入られるような言葉をかければ、届かぬ位置にも手を届かせてくれます。
・『ルーク』……誰かを守りたい。そんな意思に力を貸す駒です。気に入られるような言葉をかければ、自動で攻撃を防いでくれる光る盾を生成してくれます。
※駒にかける言葉は、具体的なセリフとして書いて頂けると成功率が上がります。
●敵
・魔種【灰色の世界】グリム・サンセール
フラン・ヴィラネル(p3p006816)さんの関係者。
深緑迷宮森林の村出身、色弱の少年であり現在は『怠惰』の魔種。
過去の戦いにて負傷し、左腕欠損状態+ここまでの依頼にて戦闘能力を低下させています。
戦域すべてに働きかける範囲攻撃を多用します。その能力や技は過去の冒険で一部が明らかになっています。主な技……『怒らぬ怠惰』『灰色の霧』『灰色の木葉』『墨色の紋様』。
※魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
以上です。
それでは、良い戦いを。
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