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シナリオ詳細

<Paradise Lost>L'amore e'cieco

完了

参加者 : 10 人

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オープニング


 世界はいつでも容易く歪む。
 日常が非日常へと。安息が崩壊へと。
 斯様な出来事は誰に、いつ訪れるとも限らぬものだ――

 幻想北部に存在する街、サリュー。

 クリスチアン・バダンデールなる『天才』が統治し、彼の王国ともされる街は一見すればいつも通りの様子であったかもしれない。だが……幻想の中に鎮座する『闇』は斯様に見える所で蠢いたりはせぬものだ。
 陰から蔭へ。移り行く、漆黒の闇夜に存在を蕩けさせている者達がいた――彼らは。
「――で。首尾は」
「全て上々。まもなく火の手が上がるかと」
「そうか」
 彼らは、第十三騎士団。
 通称『薔薇十字機関』とも呼ばれるアーベントロートの直属兵である――
 だが今ここにいる者達はリーゼロッテと共に在った者達ではない。彼らはヨアヒム・フォン・アーベントロート直下の、真なる精鋭である……リーゼロッテ麾下にある者達を『二軍』とするなら彼らは『一軍』と言った所か。
 闇の中の闇。あらゆる裏仕事に特化する者達。
「で、あれば後は予定通りに。滞るなよ――一手の遅れが致命に繋がらないとも限らん」
「心得ております」
 その中で、一人だけ指揮を執っている様な者がいた。
 彼を中心に付近の騎士団は動いているのだろうか。彼らの狙いは、サリューでの『陽動』だ。
 これより主らが行う本命の動きを目くらますが故……
 邪魔な犬共を各地に散らばらせるために、サリューの城下で闇が往く。

 ――火を放ち。血を流させ、誰もが無視出来ぬ騒ぎを此処に顕現させるのだ。

 全てはアーベントロートの命であるが故にこそ……
 例え此処が幻想国内で、嬲るべきが幻想の民であろうと。
 知った事ではない。
 ――直後。どこか遠くで火の手の挙がる音がした。
 しかし一つで終わりではない。二つ、三つ……複数の嘆きが生じると同時に、闇夜の街に不吉なる光が灯るものだ。捨て置けばその光は周囲を巻き込み更に波の様に広がっていこう――だから。
「総員、攪乱行動実施」
 必ず、ソレを止めようとするサリューの兵共がいるものだ。
 ……第十三騎士団が狙うのはその者達でもある。火事を消さんと動き出す者達を、少しずつ消していく。焦りの中で敵意を感じ取れるか? 焦りの中に敵意が迫っていると勘付いて尚に冷静でいられるか?
 繰り返していれば騒ぎは広がろう――さすれば己らの目的は達されるのだと思考して。

「――何をしているんですか、貴方達は?」
「むっ!!?」

 その、刹那。第十三騎士団に迫る――一つの刃があった。
 辛うじて躱す一撃だったが、しかし鋭く重い。本気の殺意と共に至ったのは……
「弱者を嬲ると? その所業で一体何人の者達が犠牲になると?」
 一人の女性だ。ソレは――鵠 薙刃(くぐい・なぎは)なる人物。
 内に、極大の憤怒を包みし魔種である。
 ……ソレは狂気を秘めていた。
 許せぬ。弱者を嬲るなど。許せぬ。弱者に理不尽を齎すなど。
 『ホムラミヤ』に感化され魔種へと変じた彼女は、斯様な行いを許せぬ――
「……おい、どうなっている? 暴走など冗談ではないが」
「あら。私は知らないわよ――それは『ホムラミヤ』にくっ付いてきたんだもの」
「チッ。無責任な連中だ」
 で、あれば。向けられる殺意に騎士団の者は抗議するものだ。
 それは薙刃と共に歩を合わせて此処にきていた……フィラメントと名乗った魔種の女へと、だ。だが彼女は嘲笑う。私は知らない。そんな事『知った事ではない』のだとばかりに。
 ……不気味な連中だ。何故斯様な連中が此処へと付いてきたのか。
 主と協力体制の様なモノにあるとも聞くが――所詮は、こんなモノか。
「邪魔立てをするならばこちらも容赦はせんぞ」
「あらあら怖い怖い……ふふっ、分かったわよ。この子は私が抑えてあ・げ・る。
 まぁ周囲の事は知らないけれど――問題は無いわよね」
「ああ」
 第十三騎士団にはやる事がある。サリューの騒ぎを少しでも大きくするために。
 そして魔種達はそれぞれの思惑によって動くものだ。
 片や妖艶な笑みを浮かべながら薙刃を見据えるフィラメント。
 片や憤怒の儘に騎士団や、己が邪魔を成さんとする全てを討たんする薙刃。
 ――構図から言えば薙刃はまるで善性と正義の塊の様に見えるが。
 実の所そうではない。
 彼女は善悪主義主張に関係なく『弱者』に仇名す者を滅さんとしているだけ。
 周囲の状況も。周囲の被害も。なにも何も彼女の瞳には映らない。
 ……『弱者』を見捨てる者。危害を加える者。そんなモノは全て敵だ。
 如何なる大義名分があろうとも認められない絶対の法則だと。
 もう一度言おう。彼女には『ソレ』しか見えていないのだ。
「――お覚悟を」
 深紅の瞳が闇夜に煌めく。
 暴威を宿した力がサリューの街並みにて――炸裂した。


 深夜。ほとんどの者が寝静まったであろう時刻に異変が起きる。
 叫ぶ声。火事だ! と、悲痛な叫びが、しかし一か所ではない。
 二、三、四、五……いやまだまだ各地でか?
 異変はやがて火の波と共に各地に広がっていくだろう――そして。
「……やれやれ。まさかこんな事態に持ち込むとは」
 その事態を眺める一人の男がいた――
 彼はホルン・G・トリチェリ。
 バルツァーレク派に属する貴族の一人であり、現当主であるガブリエルに非常に近しい人物である――そして彼は幻想国内で動いている、リーゼロッテにまつわる事態について手勢と共に調べている真っ最中だった。

 事の始まりはリーゼロッテ・アーベントロートが排斥された事に遡る。
 元々『当主代行』の身ではあったものの、事実上の当主として認識されていたリーゼロッテだったのだが父たるアーベントロート公――が彼女を解任し、更には捕らえんとしたのが少し前。
 が。イレギュラーズの介入もあって紆余曲折の末に彼女は知古のクリスチアンのいるサリューへと向かった――らしい。

 ……『らしい』というのは、この辺りの情報は大筋として合っているのだがホルンにとっては真実かも分からぬ点が多い為だ。王都では噂の範囲で、貴族の間では雑談としても話されているが、一体全体何が真実であるのか。
 遊楽伯と謳われるガブリエルはこの一連の事態に対し――動かない。
 少なくとも今の所は、だ。それは彼の気質が穏やかである云々……ではなく。
 政治家としての本能が警鐘を鳴らしているが故であった。
 この事態、迂闊に手を伸ばせば『何』が起こるとしれぬと――
 そしてそれは恐らくだが『黄金双竜』も大なり小なり似た考えであろう。
 だからこそにホルンが動く。彼の友として。彼の影として。
 立場が故に彼が動けぬというのならば、僕が彼の手足となって動こう。
 僕ならば、いざとなれば斬り捨ててもらえればよいのだから。
 ……とはいえまさか彼方が『こんな事』までしでかすとは思っていなかったが。
 いやしかし実際に動き始めれば納得もするものだ。
 彼らは第十三騎士団。幻想の闇。こういう事こそが十八番なのだから。
「ホルン様。此処は危険では……お逃げ下さい」
「今更慌てふためいても意味がないだろう。ま、僕も余計な動きを見せなければ命までは狙われない筈さ――少なくとも第十三騎士団にはね。彼らに今、余計にバルツァーレク派に手を出す意義があるとは思えない」
「しかし確実ではありません。理不尽はいつでも襲ってくるものです」
「まぁ『不慮の事故』は在り得る話だが――」
 それでも。ここでさっさと帰っては来た意味がないのだと彼は従者に紡ぐ。
 そもそも彼が何故サリューにいるのかと言えば巡らせていた網に情報が引っ掛かったからだ。
 ――襲撃があると。
 無論、これも本当かどうか確実ではなかったが。しかしイレギュラーズの下に、アーベントロート家の家長たるパウルが情報を齎した――という情報を掴みて、情勢を見るべく訪れていたのである。結果としてはサリューの各地で想像よりも派手な『花火』が挙がっているが。
 ……とにかく。これが第十三騎士団の仕業であるのはまず間違いないと見ていいだろう。
 彼らは暗殺の手練れ。気付いた時には首を跳ねられていないとは限らぬ――ならば。
「やはり君達イレギュラーズの力を頼りにする事になりそうだ」
「――それはつまり正式な依頼だ、と?」
「そうだね。ただ、肝に免じてくれ。この件にガブリエル――バルツァーレク伯は関わっていない」
 いいね? とホルンが紡いだ先に居たのは新道 風牙(p3p005012)だ。
 繰り返す様だがホルンの行動に『バルツァーレク』の意思は関わっていない。
 彼が大々的に動くような段階ではないのだとホルンは念押しするものだ。彼に余計な火の粉を浴びせる訳にもいかないのだから……
 ただ、座して全てを見過ごしていれば、やがて大火となる可能性もゼロではない。
 ホルンとしてはある程度事態の把握だけでもしたい面があったのだ――それにこの場でサリューの騒ぎを鎮めれば、後で主たるクリスチアンに恩を売る事が出来るやもしれぬと、そういう算段も一応ある。
 城下で何かが起これば当然サリューの兵が動くだろうが……
 隠密の達人たる第十三騎士団に翻弄されるのは間違いない。
 それを退けるという事の意義は、大きいのだから。
「……ですが。なんでしょうかこの感覚は……只火災が発生しているだけ、ではないような」
 が。なんとなし胸騒ぎがするものだと――リディア・T・レオンハート(p3p008325)は感じるものだ。彼女の瞳にも遥か彼方で火の手が上がる光景が見えるのだが……『それだけ』とは思えない。
 何か、いる。第十三騎士団という闇夜の象徴だけでなく。
 何か。全て燃やし尽くす業火の様な存在が……この街に、と。
「いずれにせよ同じことです。彼らが狙うのならば、此方も動くだけの事」
 が。同時に新田 寛治(p3p005073)は呟くものだ。
 この街に今、如何なる障害があろうとそれこそ『知った事か』と。
 己がどのように動くべきなのか。どこへと赴くべきなのか思案は未だ重ねているが。
 結論だけは変わらない。
「やれやれ。一刻も早くお嬢様の無事を確かめたかったのですが……
 彼らは知らないのでしょうかね。いつの時代も――」
 逢瀬を邪魔する輩は、馬に蹴られて死んでしまうのだと。
 サリューの夜を照らす炎の輝きを遠くに見据えながら――思考するものであった。

GMコメント

●背景
 リーゼロッテ・アーベントロートがアーベントロート侯爵にその任を解かれ指名手配になりました。
 詳しくはトップページ『LaValse』下、『Paradise lost』のストーリーをご確認下さい。

●依頼達成条件
 敵勢力の撃退。

●フィールド
 幻想に存在する街『サリュー』その城下です。
 時刻は夜。結構暗いですが、住宅街を中心に火の手が上がっていて、いろんな意味で『明るい』所もあります。他に、周囲は逃げ惑う人々なども見られる事でしょう――
 この街のどこかに後述する敵勢力が存在します。
 魔種達は比較的見つけやすいかもしれませんが、第十三騎士団の位置は不明です。
 お気を付けを。

●敵戦力
●第十三騎士団×20?
 アーベントロート直属兵。裏の仕事を担当する通常『薔薇十字機関』です。
 此処にいるのはヨアヒム直下であり『一軍』という情報があります。
(リーゼロッテが率いているのが『二軍』らしいです)
 裏工作暗殺なんでもござれの精鋭集団。今回はサリュー城下で『騒ぎ』を起こす事を目的としています。火を放ったり、サリューの兵を騒ぎに紛れて暗殺したり。彼らを止めなければより被害が広がっていくでしょう――一連の事態に関わっていない無辜の民もまた。

 能力値は不明ですが、此処にいるメンバーは気配を殺す技能や、奇襲技術に特に優れている様に感じます。周囲の暗さも相まって彼らを補足するのは難しいかもしれませんが、奇襲の一撃を受ければ甚大な被害を受ける可能性もありますので対策は必須でしょう。

 ……なお彼らの役目にはイレギュラーズの足止めも含まれています。
 幻想名声が高い人程狙われやすい傾向にあるようです。

 正確な数は不明ですが、最低でも20名はいます。
 また、ホルンの推測ではありますが「ここで命を賭してでも陽動を最後まで行う意義は薄い」と見られており、戦力が減り作戦遂行困難となれば後は勝手に退いていく事が予想されています。

●『繚乱花月』フィラメント
 第十三騎士団と共にある女性で――その正体は魔種です。
 一応、第十三騎士団とは歩調を合わせている様に見えますが……実際の所は『敵対していない』だけと言った所でしょう。真に連携の類をどこまで取るかは不明なものです。後述の薙刃を抑える様な行動をしていますが、それもどこまで本気か分かりません……周辺の被害は一切考慮してない様に見えます。

●『蒼炎の刃』鵠 薙刃(くぐい・なぎは)
 炎を纏う憤怒の魔種です。『ホムラミヤ』なる魔種に影響を受けた人物です――
 剣の才を持ち、接近戦型だと思われます。
 『弱者』を標的にする第十三騎士団やフィラメントを敵視しています――が。
 別にイレギュラーズの味方という訳ではありません。
 彼女は憤怒の呼び声を撒き散らしています。ご注意を。

●友軍戦力
●サリュー護衛兵×20~
 クリスチアン・バダンデールの私兵です。
 サリューを護る役目を帯びた者達ですが、現在は城下で生じている混乱を鎮める為に各地に散っています。また、能力的には第十三騎士団の精鋭には遠く及ばないでしょう。
 火の手を止める為に訪れていますが、何者かの放火によるものとは勘付いている様です。
 近くでイレギュラーズが戦っていたりすれば援護してくれる事でしょう。

●ホルン・G・トリチェリ
 バルツァーレク派の貴族です。
 前線には出ません。後述の私兵達に指示を飛ばしながら、周辺の情報を掻き集めています。 第十三騎士団にこの場で暗殺されるのは本意ではない為、迂闊に前に出たりする事は無いでしょう。

●ホルンの私兵×6名
 ホルンの私兵で、隠密に優れた者達です。
 彼らは第十三騎士団の位置を探るべく行動しています。
 位置が判明すれば、非戦のテレパシーなどでこっそりと教えてくれる事でしょう。
 その他、場合によって戦闘に入る事もあるかもしれませんが、総合的に第十三騎士団の能力には劣ります。死ぬときは死にます。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●シナリオ同時参加の注意
 本日公開されている<Paradise Lost>のオープニングは複数同時に参加出来ません。
 どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。

  • <Paradise Lost>L'amore e'ciecoLv:50以上、名声:幻想20以上完了
  • GM名茶零四
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年06月15日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
胡桃・ツァンフオ(p3p008299)
ファイアフォックス
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

リプレイ


 闇とは恐れるべきものであろうか。
 それとも共に在るべきものであろうか。
 ――いずれにせよ『闇』が牙を剥いてくるのであれば困った物だ、と『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は呟くものだ。仮に闇に事情があろうが、巻き込まれる市井の民達は堪った物では無い。
「彼らはそんな事はお構いなしだろう――『知った事ではない』と呑み込むに躊躇いもあるまい」
「アーベントロートの命だか何だか知らないけど貴族の戦いってこれだからっ!」
 故に急ぐ。吐き捨てる様に呟く『可能性を連れたなら』笹木 花丸(p3p008689)らと共に。
 いつだって貴族の思惑に巻き込まれて害を被るのは、何も事情を知らない者達だ――
 故にこそ花丸は唾棄する。命じられるままに『暴』を振るう愚か者たちを。
 ――決して許しはせぬのだ。
 暗きを見据える目をもってして周囲を探りながら彼女はとかく第十三騎士団の者を探さんとする。彼らは一流であればこそ……一般人とは違う動きを必ずする筈だ。その足音なり、気配なり……ベネディクトも周囲の反響を正確に捉える耳をもってして探りを入れて。
「暗闘で街一つこの扱いとは、久々の幻想の闇は随分濃いものなのです。
 どこにどう繋がりがあったのか分かりませんが魔種すら平然と関わっているとは」
 同時。一体どこに潜んでいた事やら、と紡ぐのは『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)だ。彼女もまた優れし耳によって彼らの位置を探らんとする。
 周囲では逃げ惑う民も出始めており、彼らのけたたましき足音が響けば耳で全方位何処までも、とはいかぬが。
 近距離に絞れば話は別。
 耳と同時に瞳も巡らせれば――如何なる差異も見逃さぬ。
 それに。放火の煙が挙がれば『あちら』に居たのは間違いないのだ。
 そこからある程度散るとしても――サリューの道なりに沿う筈――
「う、うわあああ! 炎が、炎が来るぞ――!!」
「……ッ! 南の方へ走って! 其方は火がありませんから――!」
「まさか、ここまで領民に対して容赦がない手段を使うとは……とんでもないの」
 直後。其方の方角より至る民へと声を掛けるのは『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)だ――彼らの焦りし言は虚言でもなんでもなく、正に真実。助けを求める感情で満たされているのを彼女は張り巡らせている術より感知出来るもの……
 さすればあまりに無法、と。『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)は感じ得る。この事件に魔種が関わっているのだとすれば、最悪その所為だと誤魔化せるのだとしても――あまりに大胆。
「……あっちの方をお願いね。動き方次第で『これから』が変わるかもしれないから」
 故に彼女は己が祝福より顕現させし火狐を走らせるものだ。
 彼らの放った炎に紛れ込ませる様に。魔種がいるであろう方角へと――監視の為。
 第十三騎士団とは別の思惑で動いている者達の動きを、見据えるのだと。そして。
「ああもうクッソ!! 貴族同士の抗争とか、これだから関わりたくねぇ! 放っておけねぇけどよ! そういうのは巡り巡って一般の人たちに迷惑ふりかかるんだろうし……ああホント現在進行形で!」
「全く――迷惑極まりない事よね。でも、こうなったらもう仕方ないのだわ」
 先述の胡桃達とは別に第十三騎士団の対処に回っていたのは『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)や『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)であった。そも、奴らの行動は明らかに陽動である為か広範囲に及んでいる……
 一か所に固まりながら行動するよりも二手に別れた方が吉と判断したが故か。同時に。
「下らぬ争いに巻き込まれるのはいつだって何も知らぬ者じゃ。
 ……我は、口惜しい。斯様な出来事が『起きてしまって』からしか動けぬとは、な」
 奥歯を噛みしめているのは『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)だ。
 引き起こされる惨事が、そして轟く悲鳴の数々が彼女の心を蝕むかの様に。
 ――だがそれでも只管心を鎮めんと彼女は務めるものだ。
 焦燥や嫌悪。そういった感情が隙を生み出す事にもなる……その上に。

「皆落ち着いて! 火事はまだそう広がってはないわ――
 大事な人を連れて避難するのよ! 大丈夫! 必ず無事でいれるから!」

 彼女が周囲の『音色』を聞く邪魔にもなろうと――思えばこそ。
 周囲に響く声の主は『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)だ。
 事態に対処せんとする兵に。そして逃げ惑う市民たちに。
 声を届ける。彼らを統率する様に、彼らを導く様に……
 それは無論、無用な犠牲と混乱を広げぬための意思でもあったが。
 同時に――己が存在を誇示する為でもあった。
 『敵』へと。己は此処にいると示せば、きっと奴らは来るはずだ、と。そしてそれは傍らにて同様に活動する『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)も同じ心持ちであった。
 ――この惨状はクリスチアン狙いのモノ。
 あくまで本命は彼だとすれば、より強靭にしてより洗練された『刃』が向かっているに違いあるまい。あちらにいるであろう護衛の面々は凄腕だが――しかしそれもいつまで保つか。
「クリスチアン、死んだら殺しますよ……!」
 故に彼は急ぐ。早期に状況を収束できればこそ、出る目もあるだろうから。
 刹那に、彼の口端から自然と零れた言の葉には真の色が込められており。
 ソレは心よりの――本音(ほんき)であったのだろう。


 イレギュラーズの行動。特に寛治やリアを『囮』にしたソレは派手であり。
 ほどなく第十三騎士団も彼らを認識しうるものだ。
 まるで陣頭指揮を執るかの様に振舞っているリア・クォーツ。
 サリュー兵に消火や救助に専念する様に指示を飛ばす寛治――とくに彼は自らの名と名声。そしてクリスチアンとの繋がりがあるのだとする言をもってして、彼らの統制を握らんとしている。各個に、暗殺されぬ様に纏まりて、と。
 あぁ幻想でも名高き者達よ。かくある姿が民にも兵にも鼓舞の力を齎すか。
「……囮か?」
「の、様にも見えますが――いかに?」
「知れた事。備えてある如きで退く道理が我らにあろうか」
 であればこそ闇は浸食せんと蠢き始める。
 光が混乱を治める道標となるのなら、その光をこそ呑み込んで進ぜよう。
 それが我らの主の望み。例え闇に対する備えがあるなど『知った事か』
「――死ね」
「お役目ご苦労な事です。では、早速ですが」
 その首筋を一直線に。人込み紛れ刃往く――も。
「ご退場願いしましょう。こちらの釣りに掛かってくれたようですし、ね」
 寛治は感じ取っていた。その目で、その耳で、その鼻で。
 彼らの隠形を。闇に蕩けるその一端を――
 更には寛治だけではない。闇に潜む妖しき影……いや人の『温度』があると見据えた風牙が周囲に小声で伝達しクレマァダや華蓮と共に一斉に至るものだ。風牙を起点にした動きの連動が、迫りし第十三騎士団を迎撃す。
「見えるんだよ……お前達の薄暗い『色』が、な!」
「見せた、とは思わないのか?」
「そういう苦し紛れは、こっちを叩きのめせてから言うんだなッ!」
 狙われた寛治が逆しまなる一撃を此処に。嵐が如き加護を身に纏いて、敵のみを穿つ銃撃雨あられ。さすれば風牙の瞳が敵の感情……一般人が纏うとは思えぬ感情の色を感知し、跳躍。懐に飛び込んで逃さねば一撃を叩き込んでやろう――
 しかし。敵も素人ではない、幻想の闇たる第十三騎士団。
 最初の一人は囮にして、本命を通すための小刀にあらば。
 続く一撃こそが命を抉らんとする代物である――
「見せた? 御託は本命を含め全て成してから語るがいい」
「もしも傷付いたのだとしても……幾らでも私が回復するのだわ!
 一切の憂いなく速攻で決めちゃって欲しいのだわよ!」
 故にこそクレマァダの海嘯が放たれる。今だ影に潜んでいたと思わしき、物陰へ。
 多少の障害物などは纏めてねじ込む。点ではなく面にて。全霊を注ぎて、奴らを近づけさせぬとする意志が上回るか――? それらを支えるのが華蓮の治癒術であり、祈りの歌声が響き渡れば苦境を打ち破らんとする力を与えよう。
 誰しもに。闇に飲み込まれたりせぬ底力を、此処に。
「下賤の人狩り風情が、誰に牙を向けるのじゃ。誰に唾を吐くか分かっておるか――」
 控えよ。
「下郎めが」
「――貴様なんぞ知らんな。海の庭に戻るがいい、田舎の祭司長めが」
 激突。魔力と刃が。譲れぬ信義が此処に。
 十三騎士団の攻勢とイレギュラーズの反撃。どちらかと言えば備えていたイレギュラーズの方が、敵の勢いを削いでいると言える形だろうか――しかし直後には十三騎士団も態勢を立て直すものだ。
 流石は『一軍』と称されるだけの力が在りし者達か。
 壁を地の様に跳躍し、イレギュラーズ達へと襲い掛かる刃に淀みも迷いも一切無し。
 人込みを利用し再び気配を消さんとする者もいる勢いだ――
「……バルツァーレクの女もいるとは。あの遊楽伯が斯様な行いに出るとは思えんが」
「はぁ? バルツァーレクの女って何よ! 普通『●●派の女』でしょ!
 というかそもそもね。あたし、そんな派閥に入った覚えはないんだけど――?
 なんでもかんでも括りに当てはめて満足してないで、もっと広く視野を持ったら?」
 と、その時。続けざまに至ったアサシンが狙ったのが――リアだ。
 鋭き刃がリアの首筋を狙いて……しかし備えていた彼女は早々に崩れたりなどはせぬもの。むしろ前に出て敵を引き付けんとするばかりの勢いと共に、注がれる旋律が数多の力となり得る。
 傷を癒し、人々の活力となるかの如き音色……
 奏でながら彼女は十三騎士団の刃に相対し続けるものだ。
 華蓮の治癒と同様に紡がれれば正に鉄壁。如何な暗殺の妙手といえども崩せぬ堅牢。
「あたしはガブリエル様の味方なだけで、リーゼロッテの友人ってだけよ」
 そして、彼女は告げる。
 その立場は決して矛盾するものではないのだと。
 まっすぐに。薄暗き殺意の音色を宿す――面々を見据える。
 ……だが十三騎士団の隠形はかなりのモノであった。数多の警戒をしていても尚に潜り抜けてくる者がいる程に――いや、至近でなくとも周囲には逃げ惑う民衆の感情や足音もしていて、彼らが身を隠しやすい環境に在る事も一助となっていた故だろうが。
「チッ――流石に動きが素人じゃねぇな。ま、とはいえ……こっちも『一人』じゃないんでな!」
「卑怯だのなんだのと、つまらない事は言いませんね? そっちは民を巻き込む畜生なのですから」
 とは言え。風牙の宿す『気』と『気』の繋がりが戦線を支えていた。
 兵は神速を貴ぶとは言うが、であれば敵に先んじる勢いもまた正義――
 十三騎士団の面々を追い詰める。彼らよりも疾風となりて、一体一体着実に……
 特に寛治の攻勢は連中の動きを封殺せんばかりの勢いだ。
 決して逃さぬとする意志と瞳が――連中を捉え続けている。
 そしてその流れは時折齎される『情報』の一手によっても保たれていた。
(――ありがと。でもそれ以上無理はしないように、ね)
 リアが心の中で呟いた対象。それがホルンの私兵達だ。
 彼らが時折イレギュラーズ達に伝えてくる情報が、十三騎士団の攻勢を挫く一助となろう――奇襲に特化せし者達は、奇襲を潰される事こそが何より弱体化の一途を辿るのだから。後は彼らを指揮するホルンも『知らぬ』と表層上は取り繕い――適当に安全地へと避難している事を望むものだ。
「こっちは任せろ……! その代わり、連中の所在をきっちり探りだしてくれよな!」
 そして同時。風牙もまた情報収集に専念してくれと――彼らは彼らの役目に徹する事を望む言の葉を告げつつ。リアや風牙は、いや、イレギュラーズ達は踏みとどまる。
 十三騎士団の殺意は大したものだ。だが『この程度』で臆すなど、あり得ぬ事なのだ。
 なぜならば――彼女達とは別れているもう一つの班は――
「……ッ! 皆、ベネディクトさん達が……!」
 より厳しい戦況の中にあるのだから、と。
 華蓮は言の葉を走らせる。
 彼らに預けていたファミリアー越しに、その状況を把握しながら……


 華蓮は彼らと別れる前に使役していた精霊を預けていた。
 彼女は信仰せし稀久理媛神の力によって複数のモノ達を手足と出来る――内のほとんどは己が周囲の偵察に回していた。街に潜む十三騎士団を見つけんと……しかしベネディクトらに預けていた精霊は彼らの戦況だけを常に捉え続けていた。

「黒狼の勇者として、これ以上この街を混乱に陥れるのは止めさせて貰うぞ。薔薇十字機関」
「ほう……黒狼殿は随分と勇ましいご様子だ。狩人の前に姿を晒すとは」

 さすれば捉えられるは『闇』との激突。
 ベネディクトがまるで名乗り上げる様に己が姿を晒すは――リア達と狙いは同じ、だ。
 ――妨害したいのだろう? イレギュラーズを。ならば己は此処にいるぞ、と。
 誇示する存在が彼らに対する灯りとなろう。
 勇者として。黒狼の勇者として称えられる彼もまた――十字が狙いし一人。
 イレギュラーズとして通っている名を活用し彼は至る闇と刃を交えん。
 然らば振るう槍が防壁と成す様に彼らの攻勢を食い止めるが。
 まるで針の糸の様に隙間を縫ってくる撃に――刹那の過ちがあらば巨大たる傷となろう。
「だが、悪いな。その程度に喰われてやる訳にはいかん」
 それでも。黒狼王の血統たる本能が、敵を食い破る。
 こんな程度の殺意は今までにも経験したのだと――
「――何をしているんですか、貴方達は?」
 同時。ベネディクトが防いでいる闇へと撃を紡いだのは、リディアだ。
 視覚内に映る熱源を捉える彼女の瞳が十三騎士団の姿を露わとする――
 幻想貴族達の思惑については、正直知ったことではない。
 だけれどもその手足となって……無辜なる民を嬲るなど。
「曲りなりも『騎士』と名の付く一団に属する者の成す事ですか……!」
 赦される事ではない。認める事など出来ない――故に。
「まだ来るよ――二、いや三人かな! そこの物陰に潜んでる!」
「ふむ。ここまで接近を感知させないとは大した隠形ですが……『見えて』いますよ」
 花丸やヘイゼルと共に連中を打ちのめさん。
 優れし感覚。暗きを見通す目が複数合わさりて警戒網を成せば、妖しき影を捉える事もやはり叶うものだ。花丸が声を飛ばし奇襲を伝え、そこへとリディアの剣撃やヘイゼルの紡ぐ一撃が放たれれば――十三騎士団と言えど容易には近づけぬ。
「もう好き勝手はさせないの。痛みを与えた分だけ……返してあげるの!」
 コャー! 直後には胡桃の一撃も至るものだ。
 自らの全霊を此処に。刹那に昇華せしめる自らの天上と共に、騎士団へと撃を放たん。
 こやんぱんち。もふもふにして、しかし確かなる闘志が込められたその爪は甘くなく……彼らを焼き尽くし、その身を焦がすが如く浸み込み滲ませよう――
「……見事だなイレギュラーズ。だが、想像以上と言う程でもない」
「言ってくれる。ではその言葉が虚勢でないか否か……試させてもらうとしようか!」
「花丸ちゃん達を舐めてると――痛い目を見るよッ!」
 ……とはいえイレギュラーズ側も楽に捌けている訳でもない。
 十三騎士団は位置が割れようとも動きに乱れがないのだ。
 いやむしろ一部の前が前に出て、未だ闇に蕩け、気配を極小にしている者らを援護する動きもある程か――いかに優れた感覚を持つ者達と言えど、戦闘音で惑わされればいつまでも万全の警戒網とはいかぬだろう? と言わんばかりに。
 激突する。拳が、剣が、槍が、刃が、魔が。
 依然としてベネディクトを襲いくる幻想の闇――態勢を立て直させる暇は与えんとばかりに彼は攻め立て、振るう槍技に淀みはなく。更には花丸が前に出て『闇』の懐へと踏み込み、一撃一閃。
 殴り飛ばし――しかし彼方も返しの刃を抉りこませんとしてくるものだ。
 ……呼吸一拍の感覚さえ乱せられぬ。
 殺意の波を超えるには彼らを超え得る闘志が必要なのだから――
「全く、此方も急いでいるのでせうが。いっそ纏めて掛かってきてくれれば御の字でしょうか」
 更にヘイゼルの立ち回りも洗練と化していた。
 常に周囲に味方の姿を捉えられるようにしつつ、撃と治癒を使い分ける。
 隠形に徹する者を上手く見つけることが出来れば燃やす力の一端を此処に。
 至る刃があらば薄皮一枚にて凌ぎ切り――極力に倒れぬ儘に力を保持し続ければ。
 その時。

「……ッ! まずい、来るの! 右の建物、注意して――!」

 胡桃が気付く。闇とは異なる――異質なる存在が近づいている事を。
 直後。建物の壁を粉砕せんばかりの勢いで現れしは、炎を纏いし存在。
 ――魔種。鵠 薙刃(くぐい・なぎは)、と。
「あらぁ? これはこれはイレギュラーズだなんて……
 ふふっ予定通りに行けた、と思うべきなのかしらぁ?」
 色欲の魔種フィラメントだ。
 連中の接近は分かっていた。胡桃の放っていた火狐がその経路を辿っていたのだから。そして予測通りというか幸いと言うか――魔種達がわざわざに別行動をする様な動きを見せる事はなかった。故に今の今までは十三騎士団への対応を優先していた訳だが……
 事此処に至りて魔種まで至ったのであれば放置できる余地も無し。
 何より。連中は周囲の状況なんぞ意にも介する様子すらないのだから……
「聞いて下さい――私達はイレギュラーズ! この街を護るために此処にいます……!
 であれば、私達が刃を交える理由はない筈です!」
 故にリディアは即座に声を飛ばす。
 青髪の方へ。薙刃の瞳に浮かぶ意思は『弱者』へ圧を掛ける者達への怒りのみ。
 ――であればこそ。騎士団の蛮行を止めんとするイレギュラーズとは。
「道を共にする事が出来る筈です……! 無辜の民を護る為、どうか――!」
「――ふむ。その言に嘘が無くば、ですがね」
 然らば薙刃はイレギュラーズ側を一瞥するだけに留め、再びフィラメントへ相対するものだ。
 ――ただし。彼女は、薙刃は呼び声を垂れ流している。
 怒れ弱者達よ。怒れ蹂躙されし者達よ――と。その憎悪の伝播に際限がない程に。
 ……彼女を全面的に信頼するのは危険だろう。
 逃げ惑う民の中にもしも彼女が降り立てばその狂気が全てを塗りつぶしかねない。
 そしてその事に躊躇いはないだろう。
 彼女は弱者を蹂躙する悪を許しはせぬが、かといって善の味方であるとは――限らぬのだから。
「――正念場、と言った所でありませうか? 他の気配も増えている気がしますね」
「……やむを得んな。今こそ総力を結集すべき時だろう。魔種も放ってはおけん」
「華蓮さんに連絡するの――後は、どっちが押し込めるかなの……!」
 故に。ヘイゼルは周囲の味方に体力と活力を鼓舞する力を満たし『次』に備えるものだ。状況が混迷とする事こそ闇に潜む十三騎士団の本領が発揮される場面……故に周囲を警戒し、自らの強化の加護を決して絶やさぬ胡桃も彼らの気配を感じ得る。
 同時にベネディクトは預けられていたファミリアーの精霊を通じて連絡を取るものだ。
 今こそ此方にと。敵の波を凌ぐための正念場である――と。
「然らば……彼らが此処に辿り着くまで、踏みとどまろうか」
「ほう。随分な自信だ――それとも蛮勇の類かな?」
「さて。この国の闇を自称するならば、如何であろうと呑み込んでみてはどうだ?」
 故にベネディクトは槍を構え直して――どこぞへと言の葉を零すものだ。
 姿見え辛き敵へ。しかし決して敗れぬ、確かなる意志をその目に宿しながら……


「連絡が来たわ……! 向こうの方に魔種が現れたみたい! 行きましょう!」
「っし! 周囲の警戒は怠るなよ――一気に駆け抜けるぜ!!」
 そしてあちらの班の継戦危うしの連絡を受ければ華蓮や風牙が即座に動き出すものだ。
 しかし移動も容易く、とはいかぬ。
 陣形を崩し移動の姿勢を見せればそれもまた十三騎士団にとって攻めやすい形となろう――また、援軍となり得るサリューの兵達も消火や避難を優先する様に指示を出しているのであれば、イレギュラーズ達はこの場をほぼ独力で突破しなければならない訳だ。
 犠牲を最小にする為であるが、この瞬間は中々厳しい極点となりつつあった。
 だが。
「それでも、成さねばなりません……!」
 状況が厳しい事は承知の上で寛治は急ぐものだ。
 彼の心は常に拙速の構えがあった。先述したように急げば変わる結末もあるのだと――そう思考していればこそ、悠長に時間をかけている暇などないのだと。その心が彼を逸らせ、故にこそ全霊たる集中が顕現す。
 風牙の気に合わせて移動を。至る騎士団あらば銃撃の洗礼を。
「――させん」
 で、あれば。騎士団の者達も最早迎撃が至るのは承知の上で彼らの足を止めんと至るものだ。流石は一軍。流石は一流――と言った所か。しかし。
「温いですね」
 寛治はそれでも、笑みを崩さぬものだ。
 例え敵が一流だろうがなんだろうが知った事か。
 彼にとっての頂点にして至高は『只一人』なのだから。
 ――こんな連中如きに屈する様など誰に見せられようか。
 振り払う。腕に突き刺さった刃の痛みなど、なんぞとばかりに――
 壁に叩きつけられた闇へと放つ二発の銃撃が動きを奪えば、更に駆け抜けるのだ。
「さぁ行くわよ……! 足を止めないで! 止まれば連中の思う壺よ!」
 そして先行するリアが新たな旋律を奏でるものだ――それは優しく何処か悲しげな音色。
 しかしながら勇気を奮い立たせ、その背を押す一助となる力を沸き立たせる。
 闇は、恐れれば恐れる程にその『畏れ』が増すのだ。
 故にこそ恐怖を祓う様に。彼女は在り続け――そして駆け抜けるのだ。
 然らば至る。救いを求めた側への戦場へと……さすれば。

「ッ、ぅ! 花丸ちゃんを……こんな程度で倒せると思わないでよね!」

 眼前。真っ先に飛び込んできた景色は――花丸が奮戦し決死の盾となっている姿であった。
 戦場はより混迷と化していたと言える。立ち回るイレギュラーズを中心に、十三騎士団が暗躍し致命たる一撃を常に狙い続け――すぐ傍では魔種たる薙刃の剣撃が舞っており。同時に、フィラメントたる女が全てを嘲笑う様に、数多を巻き込むかのような一撃を放つものだ。
「ふふっ、踊るわねぇ。さぁ、でもそのステップがどこまで続くかしら――?」
「くっ――! ですが、屈しませんよ! 貴方の様な悪に……この剣がッ!」
「あらあら……勇ましい女の子は好みだけど――」
 であれば直後。十三騎士団の攻勢を受け流し。
 返しの一撃を叩き込んだリディアが――フィラメントに接近され。
「私。そういう女の子が痛みに顔を歪めるのも好きなのよねぇ」
「――ぐ、ぅ!!」
 左の腕を、捕まれるものだ。
 直後には凄まじき握力が彼女を襲う――へし折られるかと思うかの如き激痛。
 だが屈さぬ。痛みに屈し、膝を折ってしまえば全てが終わりだ――!
 故にこそ彼女は全力たる一撃を此処に込める。
 蒼炎に似た闘気が武具に込められ……
「ぜ、ぇあああ――ッ!!」
 呼吸一つと共に――全霊を振るうものだ。
 獅子の剣撃。数多の防壁を突破しうる光こそが、絶望を祓う力となる――
 フィラメントを振り払えば息を整え再び剣を握り直す。大丈夫。まだ腕は……動くから!
「他者を嬲るとは……やはり性根が腐っている輩は、滅ぼすより他ありませんね」
「然り。しかしそこな炎の眷属よ――貴様にとっての『弱者』とは一体誰をさしているのか?」
 であればクレマァダが薙刃へと言を紡ぐ――敵へと一打を紡ぎながら、語るは現状の災禍。
 この燃える街を作り出したのは誰ぞ?
 今なおそれに財を、命を呑まれておるのは誰ぞ?
 ――己の法則に忠実であるならば、弱者を虐げる者が誰かは自ずと知れよう。
「よもや。これより一時立場が変わる程度で――
 弱者の定義もまた転げる様に変わりはせぬな?」
「さて。如何なる道かは私が私の魂の儘に在るだけの事。口出しは無用です」
 クレマァダが告げたのは倫理や情ではなく、魔種としての狂気(ルール)に、だ。
 連中には連中なりの狂気(ルール)に沿って――動いていようと。
 しかし薙刃は止まらぬ。いやむしろその炎は猛々しく狂うばかりだ……
 そも、彼女の思考は実の所かなり危なげな天秤として揺れていた。
 火災を起こした十三騎士団の面々は愚劣。しかし弱者を放置しうるこの街に存在意義はあるのか――? 実際の所サリューの兵は市民の保護などに奔走している訳だが、それ以前に彼女の脳髄の多くは狂気(渇望)に占められている。
 薙刃に正常なる論理が通じるかどうか。そう……

 弱者を護るために動いていたとしても、横暴たる者らを排せぬ事は罪なのではないか?

 薙刃は薙刃の儘に在り続け――そして。
「……これが、炎の憤怒なの? これは、なんて……」
 胡桃はその、薙刃の狂気を目の当たりにするものだ。
 ……なんという炎の猛りであろうか。
 己も炎の一端たる精霊種として感じ得る所がないわけではない。もしも彼女がなんらか……この世界に憤怒する様な事態があらば、その呼び声に揺さぶられる様な事があるかもしれないが――しかし今は己だけに向けられている訳でもなく。そして彼女自体、その炎に傾倒する訳でもなかった。
 もしもこちらに敵対するなら。
 退かぬなら、赫怒の炎であろうとも。
「燃やし尽くすのに全力なの」
 決意をその胸に秘め――彼女は戦場に在り続けているのだから。
 振るう腕が敵の加護を打ち砕き、熱を伴い敵を焼き尽くさん。
 刃を恐れるものか。今こそ此処に、全霊を――!
 そしてイレギュラーズ達は合流を果たし今一歩の死力を尽くす。
 呼び声撒き散らす魔種に加え、此方の首を掻かんとどこまでも狙い続ける十三騎士団を相手取り――立ち回るのだ。携行せし治癒の数々をその身に齎しながら。
 あと一歩を捻じ伏せんとする。
 引き続き風牙の介入と速度に応じる形で寛治の、数多の行動を封殺せんばかりの銃撃の嵐が振るわれるものだ。直後にはリアや華蓮の治癒の力が周囲を満たし――更にはクレマァダの海嘯と、波に乗りながら振るわれる一打が敵の顎を強襲一撃。
 戦場に介入する――薙刃と敵対せぬ様にリディアが声を掛けたのは正解であったと言えるだろう。この周囲が敵だらけの苦しい状況の中……魔種二体が更にイレギュラーズにも襲い掛かってくるなど冗談ではない。
 いや、今でもフィラメントの撃は薙刃の激しき剣撃を抑える行動を主軸としながらも、時にイレギュラーズすら巻き込む奔流となっているが故に、その圧がゼロとなっている訳ではないが。
 フィラメントの一撃は数多の負を撒き散らしイレギュラーズの動きを縛らんとして。
「なんて酷い、旋律……そんなモノを撒き散らして、何の恥ずかしげもないのかしら……!」
「あらぁ。そういう貴方はさぞご立派な魂を持っているんでしょうね――?」
「少なくともあんたを下回るモノでない事だけは、確信をもって言えるわよ」
 だからこそリアは、音色を絶やさぬものだ。
 彼女の治癒の力がフィラメントに常に対抗し続ける――
 さすれば幾ばくか楽になっているのは間違いなく、そして。
「ひ、ひぃ……! なんだ!? こ、この場所は一体……!!」
「――落ちついて。ゆっくりと、素早く避難を。ここは私達にお任せを」
「そうだ――行けッ! 振り返らずに、走るんだッ!!」
 そして。時折サリューの兵達の避難誘導からも逸れて戦場に至る一般市民の者がいない訳ではないが、そういった輩にはヘイゼルやベネディクトが素早く声を掛けて遠ざからせていた。
「離れて! サリューの皆、誘導を宜しくね……! あっちは花丸ちゃん達が必ず!」
「ああ任せたぞイレギュラーズ……此処は頼んだ!」
 更には避難誘導を担当する友軍のサリュー兵や、後はホルンの私兵にも伝わる様に――花丸が声を放ちつつ更に彼らを護るために前へ前へと積極的に出るものである。
 下手に留まれば十三騎士団の凶刃が振るわれる……その恐れもあるが、なにより魔種の呼び声が鳴り響いているこの場に留まらせていい事など一つもないが故に。最悪、守りに来た相手を切る様な羽目になるなど――御免だ。
「抑えさせてもらうよ。絶対に、ね!」
「うふふ。可愛い子ね、健気に頑張る子は――とっても好きよ」
 故に花丸は十三騎士団への相対から魔種へと……特にフィラメントの抑えへと往く。
 自らの身に施す侵されざるべき聖域の加護と共に。
 フィラメントの放つ魔力の一閃を見切り、生死の狭間を突き抜けながら――彼女は拳を振るうのだ。少しの判断の遅れが致命に成りかねないと悟っていればこそ迷わず、臆さず、怯まずに――
 さすれば、十三騎士団へと刃を振るいながらベネディクトも声を飛ばす。
 一般人や兵達へ。此処から離れ、任せよと――
 ――その刹那に微かなる隙が出来ようとも。
「貰ったぞ」
「いいえ、それはどう――ですかね!!」
 そして見逃さぬ闇よりの刺客がベネディクトを貫こうと――した瞬間。
 割り込んだのがリディアだ。十三騎士団の蛮行、これ以上成させるかと。
 身を貫く冷たき刃が肉を裂いて――さすれば傷口は反対に熱を伴うかのようだ。
 痛みに顔が歪まんとする。それでも。
「この剣は……こういう時の為にあるんです……!」
 振るう。最後の最後まで、力の限り。
 打ち倒し、自らの身に抉りこんだ刃を強引に引き抜き――尚に闘志は瞳に宿る。
 さぁ来なさい。後どれ程来るのだとしても。
「負けないわよ、私達は」
「どれだけの殺意があっても……魂までには届かせないんだから!」
「――然らばあと一息、街を護るべく留まるとしませうか」
 リアや、華蓮。ヘイゼルのいう様に折れはしないのだと紡ぐものだ。
 彼女達の放つ治癒の力がやはり戦線を支えるのに大きな影響を齎していた――特に寛治から全力を賭し続けられるようにと、要請を受けていた華蓮は活力の供給だけは閉ざさんと常に立ち回り続けていれば、尚に。
(絶対に、絶やさないわ……!)
 だが。だからこそ華蓮などは――イレギュラーズの備えを崩す為、騎士団に狙われやすくなるものだ。彼女達が戦線を支えているのならば其処から突き崩さんとするのは道理。
 故にこそ耐える。華蓮は、上空に配置している精霊からの情報も得ながら。
 最早立てなくなる様な致命の一撃だけは避けつつ――踏みとどまるのだ。
 さすれば、その闘志は闇が命諸共飲み込もうとするよりも早く。
 光として――より鮮烈を増す様に――
「チィ――あのクズめはいつまで遊んでいるつもりだ……!」
「あら、それって私のことぉ? ごめんなさいねぇ。色々こっちも忙しくて」
「えぇ。もう少しばかり付き合って頂きましょうか――? 何一つお手を煩わせる気はありませんよ。えぇ、えぇ。そのまま動かないで頂けるだけで結構です」
 崩せぬ。崩しがたい。イレギュラーズ達の地力が繋ぐ一線に十三騎士団の一人が舌打ちすれば、個体として強力な戦力たるフィラメントは――表面上は余裕そうな笑みを零すばかりである。花丸の放つ拳の一閃や、寛治の穿つ銃撃の猛攻を受け止めつつ、だ。
 此処で、サリューの兵達を戦線ではなく周辺の避難に当てていた事の功を奏して始めていた。もしも彼らが戦線に留まっていれば戦力としては盾なり数の優位なりを保持できていたかもしれないが……フィラメントや薙刃の戦闘の余波や呼び声に当てられて狂った市民や兵が出て更なる惨事と混乱が巻き起こっていたかもしれぬ。
 しかし彼らを避難誘導に当てた事により逃げ惑う市民達が戦場に至る事は少なかった。
 結果としてフィラメントと薙刃による戦場への影響も少なくなり……イレギュラーズ達は十三騎士団に集中出来た訳である。で、あれば――

「……退くぞ」

 刹那。闇の気配が薄れて往く。
 それは潜みて再び強襲を……という動きではない。
 ――退いているのだ。
「これ以上の被害は看過できぬ――と言う事かな?」
 最後の一撃。纏め穿つ横薙ぎの一閃をベネディクトは振るいながら消えゆく彼らへと告げるものだ。その問いに返答はないが――しかしいずれにせよイレギュラーズ達は全て無事であった。
 流石に多勢に無勢と言うべきか、潜みし十三騎士団の多さから傷を負った者はいるが……命奪われた者は皆無である。であればこれは敵の狙いを挫いたと見て相違はあるまい。
「あらら。つまらない連中ねぇ……ま、良いわ。
 私も『あの方』に遊べと言われただけだし――ここいらで退散させてもらいましょうか」
「――逃しませんよ」
 そしてその気配を感じ取ってフィラメントも退かんとする。
 ここで命を賭し十三騎士団の行動を引き継ぐ義理はないと……
 さすれば薙刃の剣撃が炎と共に振るわれる、が。
「うふふ。カワイイ女の子たち――またいつか会いましょうね」
 最後まで足止めと遊び程度にしか力を振るわなかったフィラメントには余裕があり、逃走の為の力もまた残っているものだ。薙刃の剣撃を捌き、彼女に放った掌底の一撃が――薙刃を吹き飛ばす。
 ――が。薙刃も備えていたのか、飛ばされはすれど傷は負っていなかった。
 さすれば刀を虚空へ振るい、こびりついた血を払いて――何処かへ消えんとし。
「待つのじゃ。お主、その憤怒の業火をこれよりも振るい続けるつもりか?」
 刹那。クレマァダが薙刃へと言を紡ぐ。
 『それは誰に』と問えば。
「誰にでも。私は弱者を嬲る者を決して許さない……『それだけ』です」
 そして何より。あの日に見た憤怒の輝きが――忘れられぬから。
 彼女はこれからも『ホムラミヤ』と共に何処へと現れるだろう。
 彼女の信義と相反する者達を、薙ぐために。
 ……だが戦いは終わった、ひとまず、この場ではだが。
 十三騎士団の姿はなく。どこか遠くで広がっていた火災も――サリューの兵によって鎮火されつつある気配を感じる。この闇夜の混乱もやがては収束していくだろう。
「……全く! こんな事態、絶対にこれで終わりなはずがないわ……! ガブリエル様に災禍が及ばないといいのだけれど……あのホルンの奴には更に警戒しておくように言っておかないと、ね」
「あの魔種達もどう動くのか、まだまだ分からないの……」
 が。リアは悪態突く様に周辺に、まだ潜んでいる旋律がないか警戒を巡らせながら言を紡ぐものだ。同時に胡桃も『色欲』のフィラメントや『憤怒』の薙刃へと思い巡らせ……

「さて、後は……クリスチアンがどうなりましたか、ね……!」
「おっと。急いでたもんな新田さん――向こうの状況、行くか?」
「無論です。十三騎士団の頭目が如何に動くか、座してはいられません」

 しかし寛治の心は『まだ』終わっていなかった。隠形がまだ潜んでいないか警戒している風牙の言に応える様に――見据えるのはサリューの中心だ。
 そう。ここの連中は陽動として己たちを足止めすべく狙って来た集団に過ぎない。勿論、十把一絡げの有象無象をあてがわれた訳ではなく此処もまた精鋭ではあったのだろうが……しかし寛治にとってはサリューの主が如何なったかも重要であった。
 あの男が簡単に死ぬとは思えない。
 だが事態が如何進んでいるか把握せねばならぬ心が、彼の内にあった。
 彼の足は未だ動く。
 如何なる事態がこのサリューで蠢き、何を呑み込んでいったのか……
 その全てを、己が目で確かめる為に。

成否

成功

MVP

華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人

状態異常

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)[重傷]
旅人自称者
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)[重傷]
ココロの大好きな人
新道 風牙(p3p005012)[重傷]
よをつむぐもの
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)[重傷]
戦輝刃
リディア・T・レオンハート(p3p008325)[重傷]
勇往邁進
笹木 花丸(p3p008689)[重傷]
堅牢彩華

あとがき

 依頼お疲れさまでしたイレギュラーズ。
 かくしてこの場での戦いは決着を迎えました……これより更なる混迷が訪れるか、それとも……

 ――ありがとうございました。

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