PandoraPartyProject

シナリオ詳細

虧月から遁れ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●虧月
 ――逃げなくちゃ。

 泥に塗れようとも決して足は止めてはならなかった。朝霜の降りる山岳地帯は薄着で活動するには向いてはいない。
 絵本に描かれた美しき花畑も、甘ったるい苺の香りも少女は知る事は無かった。
 草枯れの原っぱを転がるようにして駆け下りて行く。青黛の山々を眺めながら少女はかちかちと唇を鳴らした。
 膚寒さだけでない、恐怖心が華奢な娘の体を震わせる。
 薔薇色の眸は絶望の色に塗り替えられ、自慢であったブロンドの髪もザックリと傷ましく切り取られていた。
 裸足の足裏を傷付けた石ころは少女の痕跡の鮮赤を地へと点々と落し続ける。上手く走る事さえ出来ない痛みを堪え、彼女が駆けずるのは鉄帝と幻想に跨がる森林でのことであった。
 初夏の翠黛の気配さえ遠く感じられたのは彼女が身に纏うのが肌着のみであったからだ。朝の気配はまだ年若い娘にとっては堪えた。
 葉が擦れる音の一つさえも少女にとっては恐ろしいものとして感じられる。

 ――逃げなくちゃ、逃げなくちゃ……!

 引き攣るかんばせに浮かび上がった恐怖は未来の光を隘路へ閉ざす。

 神様がいるならば、なんと願おう。
 美味しいご飯を食べたい? おかあさんとおとうさんに会いたい?
 助けて下さい、という言葉は出てこなかった。どうせ、どうせ生き延びたってわたしは、


「奴隷、ですか」
 ドゥネーブ領に存在する黒狼隊詰め所――領主代行のために与えられた屋敷にて、リュティス・ベルンシュタイン (p3p007926)は首を捻った。
「鉄帝スラムの孤児を幻想の『愛好家』に売り払う奴隷商人がいるらしい。
 ……全く、金に目が眩めば同じ人であろうとも容易に命を蔑ろにする者も多く居るもんだな」
「不愉快な出来事ではありますね」
 資料を眺めていたルカ・ガンビーノ (p3p007268)がテーブルへと依頼書を叩きつければ、リュティスは一瞥してから目を伏せる。
 ルカの仕草から『どうする?』と問いかけるか意図を感じ取りベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)は問わずともと言いたげに目を眇めた。
「ひっどい! 愛好家って何? そういう、子供が好きな人って事?
 そんなの許せないよね! 孤児だからって、お商売に使って良いなんてことないもん!」
 憤慨するフラン・ヴィラネル (p3p006816)に「そうだね。許して良い事じゃない」と笹木 花丸 (p3p008689)は頷いた。
「……けれど、良くある事だ」
 ソファーに腰掛けていたシオン・シズリー (p3p010236)は嘆息する。口減らし、スラムの人身売買、全く以て日常と呼んではならぬ当たり前が横行していたことをシオンは知っている。
「倫理的にどうだ、と言われても其れを商いにする奴が居るのは仕方が無い事だよ。
 あたしも、黒狼隊(ここのみんな)も、生き延びるために誰かを屠る事なんざ、山のようにある」
「……そう、だな」
 奥歯を軋ませた秋月 誠吾 (p3p007127)は己が両手が血に染まる光景を思い出す。
 生き延びる為に、人を殺す。生き延びるために、誰かを犠牲にする。
 それがこの世界の在り方である事を平凡な青年は改めて知ったからだ。
「まあまあ。暗い話はそこまでにして! 行くんですよね?
 その奴隷商人をしにゃ達でぶん殴って、ついでに『商品ちゃん』を救出すればオッケーじゃないですか!」
 頭良いでしょうと揶揄いの笑みを浮かべて胸を張ったしにゃこ (p3p008456)にベネディクトは頷いた。
「少し馬で走るが、直ぐに行こう。
 ……方針が決まっているならば、後は救いの手を差し伸べるだけだ。
 何、俺達は善人ではないが根っからの悪人でもない。気の向くまま、風の吹くままに理性的に戦うだけだ」

●遁れられぬ彼女
 少女は『ルゥー』と呼ばれていた。
 それは物心ついた頃に、スラム街で面倒を見てくれた青年が適当に名付けてくれたものだった。
 名前も、両親の顔も、自分の出身さえもルゥーは知らなかった。
 廃油の匂いと汚泥。濁った蒸気と歯車のガラクタが転がったトタン屋根の家。
 幸福とは言えない暮らしぶりでも、『生きているだけ幸せだ』と笑う青年――メルのお陰でルゥーは些細なしあわせを感じることが出来た。
 其れが崩壊したのは、メルが死んだ日の事だった。
 何処からか遣ってきた人食い狼に食い殺されたのだという。
 ルゥーと幼い『家族』は怯えた。身を寄せ合って暮らした些細なしあわせがガラガラと音を立てて崩壊して行くのだ。

 おいで、と手を差し伸べた男に『家族』は次々に連れられていった。
 男は『家族』を売り払う。幼い子供は高く売れるのだという。そう言ったら愛好家の許にパーツで渡すこともあったという。
『ルゥーは綺麗な髪をしている』
 メルが整えてくれていた髪を掴み上げてナイフで切られた。
『ルゥー、じっとしていなさい。戦災で足を無くしたお嬢さんがパーツを探していてね』
 男が後ろを向いた先にルゥーは走り出した。
 捕まれば、死ぬ。
 放たれた人食い狼が、迫り来る吐息の音が近い。
 ルゥーは木の洞に身を隠して頭を覆った。

 ……最後に、お願いできるならこれにしよう。
 かみさま。出来れば、メルや家族達の所に連れて行って下さい。

GMコメント

 リクエスト有難うございます。日下部です。

●成功条件
 奴隷商人と放たれた人食いおおかみの撃破
 (少女『ルゥー』の生死は成功条件には含みません)

●ロケーション
 鉄帝国と幻想王国の狭間にある森林です。リュティスさんとベネディクトさんが初めて出会った場所でもあります。
 命辛々奴隷商人の許から逃げ出した少女『ルゥー』は森林の何処かに隠れています。

 森は深く、モンスターや獣の気配がします。その中で長い時間を何の力も無い少女『ルゥー』が生き延びることは難しいでしょう。
 彼女を救うためには早期の救出が求められます。
 が、ルゥー救出を中心に作戦を組むと奴隷商人は皆さんの接近を察知して逃げ出す恐れがあります。

●奴隷商人 2人
 鉄帝国のスラムで子供達を捕縛し幻想王国の貴族に売り払うお仕事をしています。
 其れなりに腕っ節が立ち、人食い狼を従えています。
 この様な職業をしていますので気配を敏感に察知し、危機を察すると逃走を図ります。

●人食い狼 4匹
 森の中に放たれた狼です。奴隷商人のペットであり、与えられた指示は『動く人間を食べろ』です。
 獰猛な獣であり、ルゥーを発見し噛み殺した後は人里に降りて人間を鱈腹食らうでしょう。
 商人達にとっては狼が腹を膨らませたあとの人里で、生き延びた人間を売れば良いだけの話ですので特に詳細な管理は行っていない様です。

●ルゥー
 本名と年齢不詳。外見を見る限りは12~14歳ほど。
 非常に華奢でやせっぽっち。乱雑に切り取られた金髪に薔薇色の眸をした愛らしい女の子です。
 今は肌着一枚、裸足で山を駆け森へと逃げ果せ、木の洞で息を潜めています。
 戦闘能力は無く、気配を隠し続けるのも限界があるため時間が経てば直ぐにでも何らかの獣に見つかってしまう可能性があります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼書の内容(奴隷商人の撃破)や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

 それでは、どうぞ、よろしくお願いします。

  • 虧月から遁れ完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年05月10日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
秋月 誠吾(p3p007127)
虹を心にかけて
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
シオン・シズリー(p3p010236)
餓狼

リプレイ


 誰だって空吹く風とと聞き流す。スラムに漂う空気は饐えた臭い、硝煙と鉄屑の我楽多は廃油と汚泥に塗れた子供など顧みることもしない。
 木の洞は心地良かった。母の腕に抱かれているような、妙な安心感。眠りへと落ちて行きそうになる意識を無理に張ったのは空しくなるから。
 肉も少なく骨の浮いた指先を握りしめてくれる誰かがいたなら。わたしは――

「奴隷商人ね」
 初夏の湿っぽい草の香りを一身に受けながら『餓狼』シオン・シズリー(p3p010236)は零した。頬撫でる緑風は幾許か手入れをした灰の髪を揺らがせる。シオンにとっては『人間』を商品として流通させる者が居ることなど日常の傍らにある地獄の有様であった。
「……鉄帝に居た頃は『あそこ』が最悪の場所だって思ってたが……イレギュラーズになってみてよく分かったよ」
「何に?」
 そう問いかける『可能性を連れたなら』笹木 花丸(p3p008689)のルベライトの眸は薫風の森を睨め付けていた。
「『どこも大差ねぇ』って事。どこにだってクソみてーな場所があって、力のないやつはいつだって犠牲になるんだ。気に入らねえな」
「うん。そうだよね。この世に悪があるとすれば――……なーんて、よく言ったものだよね。
 でも、それだけじゃないって事は私も知っているから。この世に悪があるならば、正義と呼ぶべき心もあるんだよ」
 揶揄うように悪戯めいて花丸は微笑んだ。決意の滲んだかんばせは大輪の花よりも尚、目を引く程に勝ち気ないろを宿している。
「そう、だよね。そう……でも、悪であるか、正義であるのかは分からない。
『生き延びるために誰かを殺す』……そんなの、分かってる。あたし達だって――」
 まるでゲームや小説の謳い文句だ。貴女の世界は崩壊します。その為に悪の大魔王を殺さねばなりません。
 いのちが歯車仕掛けで動いているならば、心痛むことは無かっただろうか。いのちがコンテニューできるならば悪辣と誹ることも無かったろうか。
『青と翠の謡い手』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は奴隷商人とて生き延びる為に必要不可欠な商いを営んでいただけであると頭では分って居た。
「でも、孤児は――子供は『商品』じゃない。良くあることでも、目の前にいる人を一人でも救いたいの!」
「分かるよ。なんていうか……これは俺達の倫理観(じょうしき)の話で、貧富の差が無くならないなら、奴隷や其れに類するモノが無くならないのは知ってる。
 ……頭で理解しても、納得できる話じゃないし。綺麗事で奴隷ってのは無くならないのかな、なんて簡単に言える――けど」
『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)は生き延びたかった。彼女を殺したのは、生き存えたかったからだ。
 人の命を絶つ苦しみを肩代わりしようと手を差し伸べてくれた仲間の横顔を盗み見てから誠吾は嘆息する。背負うなら、最後まで貫けば良い。

 ――人殺し。

 聞き慣れたその言葉は今も身体にこびり付いていた。見下ろせば彼女の血潮でてのひらが汚れている錯覚さえも過る。
「セーゴ」
 名を呼ばれ、『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)を見遣った誠吾は首を振る。
「生き存えたなら、この世界でやりたいことをやってくだけ。そう、今回のように……救える存在を救う、とかさ」
「言うようになったな。そう、そうだ。ラサの人間としちゃあ奴隷商なんて珍しくもねえ。それこそシオンが言うとおりの日常茶飯事だ。
 売る方にも買う方にも同様の事情がある。奴隷が適切に扱われているならそれが『商い』だって納得も出来るだろうが――ま、今回のはちっとばかし胸糞悪ぃ」
 誠吾の頭をがしがしと掻き毟るように撫でてからルカはその掌でぽん、と頭を叩いた。
「ぶっ潰させて貰うぜ。そうだろ?」
「『ぶん殴ってやる』よ!」
 ルカを真似るように、フランが拳をしゅっと前へと突き出した。翠黛の気配、其れさえ遠く霞む悪逆はこの世界の何処でだって起きている。
「さ、皆――行こう。あの子にあって神様は居なくても、隣で手を差し伸べてくれる誰かが時にはいるって事を伝える為に」
 もしも、あの子の神様になれたなら。
 笹木花丸は何と笑おう。あなたが生きている事を祝福し、言葉を尽くして抱き締めよう。あなたを照らす月が陰ってしまわぬように。


「しにゃの故郷周辺もこういう奴多かったですねー嫌ですね本当! 可愛い子を食い物にする悪い大人はしにゃがお星様にしちゃいます☆」
 頬を膨らませて『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)はそう宣言した。草木掻き分け鼻をすんと鳴らした少女は枝に絡まる桃色の髪を丁寧に解き目を光らせる。
「狼さんもしにゃが纏めてお掃除しちゃいます! 大丈夫です! 狼よりハイエナの方が強いですからね! 根拠はないですけど!
 でも少なくとも人に飼いならされた狼よりはしにゃの方がワイルドでプリティーでストローングです☆」
「なら、任せるか」
「ええ、大船にどーんと乗って下さい!」
『竜撃の』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は胸を張ったしにゃこに頷いて、『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)へと任せた小鳥を伺うように目をやった。
 木の洞にひとりぼっちで身を隠した幼い少女。痩せぎすのちっぽけな彼女の保護に走るリュティスの事がふと、気になったのだ。
「人身売買、か……労働力として奴隷という形を取り立場を保証するケースもあるが、こ奴らのしている事は決して許される事では無い。
 これ以上懸命に生きる人々が、他の人間の悪意によって虐げられる事が無いように動こう。
 例え、全てを救う事が出来なかったとしても――それでも救える何かがあるというのであれば」
 ――例えば、彼女をこの森で救ったように。
 腹を空かせて倒れていたリュティスがベルンシュタイン姓を得たのは奇跡に等しく、手を差し伸べてくれた存在がたまたま全盛であっただけ。
 リュティス・ベルンシュタインが呟いた言葉をベネディクトは忘れない。

 ――望んで、孤児になどなるものか。

 不愉快だと能面のようなそのかんばせに貼り付けた乙女は何時になく不機嫌に見て取れた。望んで両親を、家族を無くす訳でもなければ飢えてひもじい思いをしたい訳でもない。寧日の無い日々を送り、身を屈めて怯え竦んだあの日が彼女にあの表情をさせたのだ。

『じゃあそっちは任せた。無事救出できたら黒狼の館で身綺麗にして、美味いものでも食わせてやりてーな。リュティス、協力してくれな』
 ルカに言わせれば善の塊。善人のラベルを貼るならば彼に良く似合うと汚れた手を拭ってやった日をベネディクトは思い出す。
 誠吾は安心する寝床と食事。そして身なりを与えてやりたいのだと言った。黒狼隊が彼にとって『そう』であるように――一人で生きるに儘ならぬ誰かにも、自分がそうして貰ったように人として生きる為に大切なものを与えたかった。
「ええ、お任せ下さい。誠吾さん」
 リュティスはふと、そう告げたことを思い出した。腹を空かせて蹲っていた幼いリュティスにそうしてくれた主人と、養子に迎え入れてくれたメイド長。彼らの様な優しさが己の血と肉であるならば。
「花丸様、シオン様。木々が、あちらと――」
「了解」
 気配は失せて。木々のざわめきと草木の香りに包まれてシオンは静かに進む。救出に向かうシオンたちを奴隷商も解き放たれた獣も知らない。だが、気取られたら逃亡されるか新たな危機が顔を出す。
 花丸は怯える少女の声を手繰るようにピンと糸を張り詰めさせた。意識が細糸の様に直ぐに弛む事が無きように。
「あっちだね。ねえ、リュティスさんはこの森で子供が隠れやすい場所とか知ってる?
 リュティスさんとベネディクトさん、二人共此処の事を知ってそうな感じだったし」
「この近辺で隠れやすい所ですか? ……無意識に逃げ込んだ場所がありますのでそちらも一度見てみましょうか?」
 ベネディクトとリュティスが出会ったのはこの森だ。冷や水の如く、場を打った声音を思い出すだけでも不愉快で。それはこの場に逃げ込んだという少女『ルゥー』とて同じ気持ちだ。自らの跫音一つ、彼女を怯えさせるものであることは誰よりも分って居る。


 嫌な感じの人はいる?
 問うフランは僅かな焦燥を感じていた。視界さえクリアと言い難い森は迷宮森林よりは幾分かマシであれど、不意を衝かれる可能性はある。相手が獣だというならば、危機感は警鐘のように頭に揺さぶり掛けてくる。
「もう、ほんとは不意打ちされないようにしにゃこさんを吊るして歩きたいけど我慢我慢」
「え?」
 首を捻ったしにゃこは唐突に過ぎるフランの欲求に目を瞠った。探索を行う少女の気の抜けた声に誠吾は「なんだよ」と肩を竦める。
「よし、お前等。『近い』ぞ」
「ああ。……仕掛けるぞ。行けるか?」
 ルカとベネディクトの問いかけに頷いた誠吾は妖刀を構え、正々堂々と奴隷商人へ向けての戦略を講じる。
「実戦経験が少なめなのは、これからの伸びしろがあるってことでひとつ」
 爪先から、頭のてっぺんまで意識を巡らせて敵を認識した己の身体を一気に前へと押し進める。
「何だあ」と声を上げた男へと奇襲を仕掛ける策は少女の保護と同時。一方が先行しては、もう一方に不利が出る。
 狼の数は少ない、それは腹を空かせて獲物を求め、森の中を練り歩いている頃か。だが、構いやしない。回り込み、可愛らしくデコレーションを施した傘を構えたしにゃこは嘲笑うように的を絞る。
「誰だ! どこから――!」
「何処から、か。さあ、何処だろうな。だが……逃がしはせん。今日この場で終わらせよう――行くぞ」
 黄金に煌めく爪は竜を思わせ研ぎ澄まされた。堂々たる戦への口上は救済にして断罪。響きを宿し、因果の糸に絡められた奴隷商人の罪を雪ぐ。
 意識を研ぎ澄ませる。無事を祈った一針が優美に踊ったローブを森の気配に翻し、小さくとも大いなる願いを込めた花咲かす。春に踊った虫達を誘うような花薫に奴隷商の目が眩む。
「『商売』に文句を付けに来たってか!?」
「まァな。けど、勘違いはするなよ。
 俺はお前らのやってる事の善悪なんざ問おうと思わねえ。俺はラサの傭兵だ。
 あくどい事もやってきた身だからな――むしろ逆だ。俺は悪党だからよ。『気に食わねえからぶっ潰す』。それだけだ」
 それがラサでは常であったとルカの唇は三日月を描く。堅く力を込めた拳は真っ直ぐに突き立てられる。三に別つ連撃が、四の五の言わす隙など無いと奴隷商人へと叩きつけられた。

 喧噪に鳥たちが飛び立ち、木々がざわめく気配を知る。ぽかりと空いた木の洞を覗き込んでリュティスは余りに痩せた少女の痛ましさに唇を噛みしめた。
「……ひ、」
 ヒュウと喉奥より漏れ出した恐怖の響き。背を木へと貼り付けて傷等だけの素足を庇うことなく投げ出す彼女の痛ましさ。眺めやってからシオンは周辺を見回した。動く相手が餌であると教育されているならば、少女の傍に固まるよりもリスクは半減する。シオンは息を潜めて、外套に潜ます刃を研ぎ澄ます。
「大丈夫。大丈夫だからね。私は花丸、君が逃げて来たって言う女の子だよね」
 だれ、と音にもならず声を漏した彼女の唇は乾ききっている。リュティスがそっと手を差し伸べれば、その身なりの良さと少女の風貌に彼女はそろそろと顔を出した。
「よく頑張りましたね。もう大丈夫ですから」
 華奢な腕でも容易に抱き上げられるほどに細く軽い。痩せっぽっちな少女はリュティスのぬくもりに驚き身を固まらせる。
「よければ君の名前を教えてくれないかな?」
「る、ぅー」
「……そっか、ルゥーって言うんだね。もう大丈夫、君の事はお姉ちゃん達が絶対に守ってみせるからっ!」
 手を握れば、子供らしい柔さはあまり感じられない。花丸とリュティスに護られるように身を寄せる少女を確認してからシオンは「来た」と低く囁いた。


「狩り上手のハイエナから逃げられると思わないでくださいね!」
 桜色の髪が揺れる。開いたパラソルは盾となり、狼の爪を弾き返した。息は潜めない、只、当てることだけに注力した凶弾が奴隷商人の肩を穿つ。
 肉の爆ぜる音に苦々しく唇を噛んだ誠吾は躊躇う者かと男が逃げ果せんとする道を塞ぐ。
「死にたくなければ大人しく投降するこった」
 確保したと連絡の来た少女は痩せぎすの、生きることに希望など見出さない顔をしていたらしい。苦い思いが胸に溢れる。
「誠吾、戦う者の顔になったな」
 それが良かったのか悪かったのかは分からない。肩を叩き、もう一踏ん張りだと告げるベネディクトに背を押されるように誠吾は刃を閃かせた。
「あたしたち黒狼隊に見つかったなら逃がさないよ!」
 狼の怖さは知っているでしょうと声を張り上げるフランは誰かのために、誰かを生かす。
 福音が響く。その音色を聞きながら『気に入らないから』商いの邪魔をすると決めたルカは不敵に笑う。
 何れだけ其れ等を倒せども、枚挙には暇無く。世に溢れた不条理が徒労だとせせら笑う。笑うならば笑えと言いたげに、ベネディクトは牙を剥いた。
 黒狼に限界など存在しない。遠吠えが森を劈き、木々を揺らす。
 共にと乞うたリュティスの姿がベネディクトには過った。跣の彼女は怪我をしていた。屹度、『あの日』の自分を思い出すように彼女は弱きに手を伸ばす。
「普段食い物にしてるようなガキにボコられてどんな気分ですか? しにゃは悪い大人の面食らった顔が見れて最高の気分ですよ!」
 しにゃこは嘲笑う死の弾丸を放つ。命まで刈り取らなくとも良い。ただ、死んでしまっても保証はしない。
「悪人みたいな顔だな」
「良いんですよ。『気に食わないから』でしょう?」
 ルカの揶揄う声にしにゃこは弾んだ声音で返した。フランの福音が響く。
 善人にのみ微笑む神様ならば、それはなんて都合が良いだろう。だからこそ、悪人にも慈悲は与えられるべきだ。当たる場所が良いか悪いか、それだけ。
 狼が牙を剥く。受け止めるベネディクトに頷く誠吾が刀を叩きつけ肉を断った。感触だけが掌に残される。
「獣にやる餌はねぇぜ!」
 ルカの眸が獰猛に色帯びる。しにゃこのパラソルは愛らしくフリルを揺らして、硝煙の気配を纏わせた。
「ごめんなさいね! 人の味を覚えた狼さんも逃がす訳にはいかないんです! せめて来世では可愛く生まれ変わってくださいね☆」
 ――だあん。
 弾丸の音だけが響く。

 獣を屠る時にシオンは肩で息をした。喰われる前に殺さねば。
 その現場をルゥーには見せたくは無かった。花丸が目隠しをし、少女の恐怖を拭うように頬を撫でる。
「行こう」
 小鳥の囁きが、仲間達が傍に居ることを告げて居る。拉げた獣の亡骸は森に抱かれ草木の糧となるはずだ。
「……」
 目を伏せるシオンは何も、言葉を紡がなかった。
「リュティス!」
 誠吾の声にほっと胸を撫で下ろしたリュティスは「無事です」と囁く。
「だ、だれ」
「……仲間だよ」
 安心してとルゥーに微笑みかける花丸は確保された奴隷商人達がルゥーの視界に入らないように時を配った。
 リュティスに抱えられていた幼い少女と視線を合わせて、フランはそっとその手を握る。
「よく、頑張ったね」
 彼女には『家族』が居た。助けられなかった、もう二度とはない。何処へ行ってしまったかも分からぬ家族達。
 一人だけしか救えなかった。フランはそれでも、一人でも救えたことが嬉しいと指先に力を込める。
「わたし、は」
 どうして助かったのかと問いたげな少女は生き方さえ知らなかった。不安が揺らいだ眸がフランを、そしてルカを眺める。
「よぉ、ジョーチャン。無事か?」
 頷くルゥーはリュティスにぎゅうとしがみついた。ルカやベネディクトを見て大人のおとこへの恐怖が過ったのだろう。
 誠吾は捕縛された奴隷商人が皆、男性であったことを思い出す。大きな掌が、掴み掛かり売り物だと突き出す恐ろしさがルゥーの実を竦ませたのだろう。
「大丈夫か? ……頑張ったな。あいつらなら、悪いようにはしねーさ。安心しろ」
「ほんと?」
「……本当」
 シオンは歯切れは悪くとも確かに答えた。ルカが問うたのはルゥーが何処から来たのか。
 まだ幼く、学も無い少女には地理も地名も分からない。首を振る彼女の代りに捕らえた商人等から『彼女の家族の居場所』を聞き出せば良い。
「んじゃ俺ぁちょっくら出かけるぜ」
「……ルゥー様は私達と一緒に来ませんか?」
 抱えた腕に力を込める。
 生きる方法も知らない。息の仕方も分からない。まるで、酸素を失ったような、道しるべさえない小さな娘。
「宜しいですか? ご主人様」
「ああ。ポメ太郎も喜ぶだろうな」
 ルゥーは言った。隘路に差した月の光。陽の下には踏み出すことさえ怖かった自分の手を無理にでも引いてくれるであろう人。
「……ごめんなさい、あの、お願いが」
「何ですか? 何でも言って下さい」
 男性陣が怖いのならば、と身を乗り出すしにゃこに花丸が「怯えさせないでね」と唇を尖らせて。

 ――名前を、頂けませんか。

 ルゥー。それは幼い頃にメルが絵本で見付けた名前を適当に与えてくれたものだった。
 生きる方法も知らない、からっぽなからだに水を流し込むように。新しい生き方を教えて欲しかった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度は素敵なリクエストを有り難う御座いました。
 ルゥーちゃんは正確な名前を持たず、まだ怯えては居ますが保護して下さった黒狼隊の皆さんに新たな名を付けて欲しいと求めています。
 生まれ変わるように、彼女にとって素敵な毎日が訪れますように。
 また、ご縁がありますことをお祈りしております。

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