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シナリオ詳細

<天翼のグランサムズ>銀華を覆わざりや黒き天翼よ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●残されたひとつの
 閉められた窓からは陽の光が注いでいた。
 冬の空と言えど、その光だけを受ければ暖かい。
 窓辺にある鉢植えは、春になれば竜胆の新芽を芽吹かせることだろう。
 用意した紅茶は冬の気温もあって少しばかり冷めるのが早くもう湯気は立っていない。
 質素な――ほとんどを売り払い、寂しくすらなったその部屋の中で、女は懐かしい顔を見ながら笑っている。
「ふふっ、元気でしたううで何よりです。貴女のお養父様は……その……」
 銀色の髪の奥側に緑色の瞳を隠すように俯く華奢な女。
 名をヘレナという彼女は、半年ほど前に決着を見た幻想王国の動乱で反体制派についてイレギュラーズらに討ち取られたある男の妻であった。
 それに相対するのは、濡れ羽色の黒い二対の翼を持った女であった。
 美しい金色の髪と黒に染まった翼は、どこか幻想的な雰囲気を宿しながらも同時に深淵を覗くような危うさを覚える。
「ええ、お父様は残念でしたわ、お母様。まさか、あの人がミーミルンドと手を組んで兵を挙げられるとは。
 ところで、お母様は御無事でらしたのね。もう、この家も売り払ってしまわれたかと思っておりましたわ」
「ええ、幸いですが、ローレットに属されてる……イレギュラーズのヤツェク様に助けていただけたのです。
 もちろん、家財の類の多くは売ってしまわねばなりませんでしたけれど……」
「まぁ、それは幸いですね……ふふ、ですが、どうしてその方は助けてくださったのでしょう?
 お母様はその方とお知り合いでしたの?」
 ティーカップを取ろうとしていた手が、止まる。
 それは、考えないようにしていたことだ。
 どうして、彼がヘレナを助けたのか。
 英雄的な行いとそういうことなのだろうか。
「……ふふっ」
 反応に困っていると、養女――アダレードが小さく笑った。
「構いませんよね。なんであろうと……」
 あぁ――どうしてだろうか。
 全身が警鐘を鳴らしている。目の前にいる娘に答えてはならない。
 家に上げてはならなかったのだと。
 もうほとんど何も残っていない――たとえ反逆者になってもそれらを捨てるに忍びなかった夫の書斎の代物以外、殆どを捨てたこの家であろうと。
 彼女を上げてはならなかった。そう何かが訴えかける。
 動かない。動かないのだ、身体が。
 呼吸のやり方を忘れたように、肺が息を受け入れず、浅い呼吸が繰り返される。
「――見つけましたよ、アダレード・オークランド」
 声がして、顔を上げた。
 そこには、1人の女性がいた。
 メイドのような衣装に身を包んだ彼女の名前は、確か――リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)と言ったか。
 その隣には、彼女の主に当たるベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の姿も見える。
 たしか、近くに領地を持っているイレギュラーズの方のはずだ。
「行方をくらましていたと思っていたが、またこの家に戻ってきたとは」
「あらあら、黒狼の勇者様と、その従者様ではありませんか」
 くすりとアダレードが笑う。
 こん、こん、と扉が叩かれた。
 そこには壮年を過ぎた辺りの男性が1人と、黒髪の女性が1人。
 片方は、幾度か文通も交わしている。
 今、この家が保持できている理由でもある彼、ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)だ。
 もう片方は、夫の死後、1度他の数人と一緒にここに来たことがある。
 たしか、名前は――蓮杖 綾姫(p3p008658)と言っただろうか。
「ヤツェク――様」
「ヘレナ……無事のようだな。
 しかし、お前さんが来ているとは思わなかったぞ、アダレード」
 安堵した様子のヤツェクは、その視線をアダレードへ映す。
「あらあら、おじ様。そんなことをおっしゃられても。
 ――ここ、私の育った家ですわよ? 来ておかしくないでしょう? ふふふっ」
 ヤツェクの言葉にも、アダレードは顔見知りのように語る。
「お知り合いなのですか?」
 綾姫がヤツェク、あるいはここにいる3人全てへ問うように告げれば、アダレードがそっと立ち上がった。
「そちらの方々はお初にお目にかかりますわね? 私はアダレード。アダレード・オークランド。
 この家に身請けいただきました、ただのしがない飛行種ですわ」
 恭しくカーテシーをしたアダレードに対して、綾姫の表情も硬くなった。
 よく見れば、綾姫以外にも4人の姿が見える。
「ふふっ、ねえ、お母様? お客様ですし座っていただいたら?」
 アダレードが――いや、娘の顔をしているのに、娘ではないように見えるナニカが、こちらに笑いかけてきた。

●再会の日
「ヤツェク様、今日、オークランドご夫人の下へ赴かれるご予定なのだと情報屋の方からお聞きしましたが」
 樫の木に覆われた穏やかなる森に隣接する土地――オークランド領へと赴かんとしていたヤツェクの下へ声をかけてきたのは、リュティスだった。
「そうだが、どうかしたのかい?」
「それでしたら1つ、覚悟をお決めください」
 恭しくも凛然と、真っすぐにこちらへ語り掛けてくるリュティスに、ヤツェクは思わず背負っていたギターを傍らに置いた。
「覚悟……というと?」
「――数日前、アダレード・オークランドがオークランド旧領へ入ったとの情報があります。
 私とご主人様は、これからオークランド旧領へ赴きます。予定が被りますがご容赦ください」
 そう言ってリュティスが視線をやった方には、人を集めようとしているベネディクトの姿も見える。
「……あぁ、一緒に行かせてくれ。ヘレナが反転したら……おれは、あの男にどう顔を向ければいいか分からん」
「お聞きした限り、オースティン・オークランドの奥方の話ですね? あの、私もいいでしょうか?」
 振り返ればそこには、剣を携える綾姫の姿。
 偶然、ここにいたのだろうか。
 奇しくもあの日、オースティンを討ち取ったあの場所にいた者が4人。
 新たに呼びかけられた4人を含めた8人は、旧オークランド邸に赴き、そこで魔種とそれに向き合う無知にして無力な婦人を見ることになる。

GMコメント

こんばんは、春野紅葉です。
そんなわけでちょっとばかり頭を使って魔種を退けることになりそうです。

●オーダー
【1】『黒羽の天翼』アダレード・オークランドの撃退
【2】ヘレナ・オークランドの生存および非反転

●フィールド
 リュティスさんの領地であるマナガルム領の近くに所領があったオークランド家、取り潰しとなったその家の旧邸。
 その中でもヘレナの自室およびその他オークランド邸内部。
 多くの物が売り払われていますが、それでも残る装飾品や調度品から先代の質実剛健さを感じさせます。

●エネミーデータ
・『黒羽の天翼』アダレード・オークランド
 傲慢属性の魔種です。かつては美しき金色の長髪と白色の羽をした白鳥の飛行種でした。
 ヘレナの養女でもあります。
 イレギュラーズとは過去2度に渡って遭遇しています。
 以前に遭遇した際は『自分自身の目的はまだ見つけていない』と語っていた彼女ですが、
 自発的に姿を見せた今、何らかの目論見があることは確かでしょう。

 今回、オークランド邸に訪れたのもその思惑あっての事と推測できます。
 凍結系列の魔術と弓術を用いる神秘スピードアタッカーです。
 魔種である以上、油断ならぬ敵であることは間違いありません。

 戦闘しても構いませんが、現在の状況ではヘレナを巻き込む可能性及び
 ヘレナにアダレードの素性を知られる可能性が付きまといます。

 なお、殺したいだけであれば皆さんが来る前にさっさと殺せることから、『リプレイ開始時時点ではヘレナ殺害の予定がない』ことだけは確実です。
 戦闘を試みない場合、近くにいるヘレナを人質代わりに『何らかの物品なり』を要求する可能性が高いです。
 かわりに対話を試みればアダレード討伐へ向けての何らかのヒントが得られるやもしれません。

●NPCデータ
・『銀色の華』ヘレナ・オークランド
 リーグルの唄より始まった一連の動きの中でミーミルンド派に与し、イレギュラーズに討たれたオースティンなる貴族の妻です。
 戦後に家が取り潰された後、ヤツェクさんの庇護を受けながら、旧領の町にてひっそりと暮らしています。
 夫が魔種であったこと、養女が反転したことを現時点で未だ知りません。
 シンプルにアダレードの帰還を喜んでさえいますが、彼女の翼が黒色であることに対する違和感を置覚えています。
 また、原罪の呼び声による干渉を受けているのか、過呼吸に陥っています。
 魔種という体調不良の一因が身近から亡くなったと言えど、生来の病弱さから非常に華奢で戦闘力は皆無です。
 戦闘に巻き込まれればあっという間に死んでしまうでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <天翼のグランサムズ>銀華を覆わざりや黒き天翼よ完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年02月28日 22時07分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
シラス(p3p004421)
竜剣
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
最強のダチ
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)
砂漠の蛇

リプレイ

●堕天使のように笑う
「暫く顔を見て居なかったが、その様子では自分の為す事を見つけたのか?」
 貴族らしき立ち振る舞いを熟しながらも『竜撃の』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が前に出れば。
「ええ、おかげさまで見つけましたわ」
「淑女らしい振る舞いを心掛けてほしいところだ。便りが無い方が良い知らせと言うだろう?」
 微笑を隠さずに答えたアダレードに向けて告げれば、零すように小さく笑う。
「夫を失った母に残された娘が帰ってくるのも孝行と思いますわよ?」
「おやおや。こんな可愛らしいお嬢様に招かれるなんて光栄だ。
 面倒な仕事と聞いていたけど今日は良い日になりそうだ」
 貴族らしく振舞うアダレードに『魔刻福音』ヨハン=レーム(p3p001117)がやや皮肉ありげに言えば、相対する娘は貴族らしく緩やかに微笑んだ。
(ふん、茶番だ茶番だ。イレギュラーズに囲まれてこの余裕か。随分と強気な事だ。人質からくる優位か、単純な戦闘力か)
 あるいは、それこそが彼女の持つ魔種としての属性を示すものか。
(どちらにせよ茶番に付き合うしかない。狙いが何であれ、僕たちの不利は小手先の舌戦じゃ覆りはしないぜ?
 ひとまずは顔見知りさん達のお手並み拝見だな)
 ちらりと、微かにここに集うイレギュラーズへ視線を向ける。
 そこにいるはイレギュラーズの中でもトップクラスの実力者ばかり。
 単純な戦闘となればまるで問題はないが、そうはいかぬ状況――流石にそこまで見込んでというわけではなかろうが。
「僕はヨハン=レーム、気軽にヨハンって呼んでね。ええと、アダレードお嬢様?」
「あら、その名前、聞き覚えがありますわね……あぁ、閃電の勇者様でしたか。
 これは初めてお目にかかりますわ。よろしくお願いしますね」
「へぇ、ボクを知ってるんだ。意外とよく見てるんだね?」
「ふふ、血のつながりのない身請けのみと言えど、一応は貴族の娘ですのよ?」
(ヘレナさんの安全確保は最重要だけど、このままだときっとこの先また、何か事件が起こる。
 それを防ぐ……せめて、被害を軽減できるように、何か次につながる話を得られなければ)
 マルク・シリング(p3p001309)は緩やかに微笑する魔種と向き合ったまま、少しばかり視線をヘレナに向けた。
「奥様、体調が優れないようにお見受けします。別室で横になられては?」
「そうでしたの? お母様……それは大変ですわ。
 でしたら、このまま移動もお辛いでしょうしベッドの方へ行かれてはいかが?」
 マルクの言葉へ食い気味に言ったアダレードが視線を部屋の隅にあるベッドへ向ける。
 ここはヘレナの自室だ。彼女の眠るベッドがあってもおかしくはないか。
(さすがに別の部屋に行かせてはくれないか)
「え、えぇ、そうです、ね……そうさせて、もらいます」
 少しでも落ち着こうと試みているらしきヘレナが息も絶え絶えに言えば、ゆっくりと立ち上がる。
「僕は癒やしの術が使えます。よろしければ具合を診ますよ。ヤツェクさんも」
 元々身体が弱いのだろう。いっそ死んでしまいそうなくらいに顔色が悪い。
「落ち着いて、深呼吸して下さい。ゆっくりと。そう。繰り返して
 安心できるものだけを見て。お気に入りの食器、綺麗な風景、ヤツェクの顔、何でも構いません。心を落ち着かせて
 大丈夫です。私達が付いています。きっと、何もかも上手くいきますから」
 そんな彼女に近づいて、『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)が言えば、ヘレナが顔を上げた。
「ヤツェク……様……」
「あぁ、おれはここにいる。だから、大丈夫だ」
 ヘレナの方へ近づき、肩を抱いてゆっくりと立ち上がらせ、『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は彼女に声を掛けつつベッドへと移動した。
 恐ろしいほど軽い女をゆっくりと寝転がせて、傍で手を握ってやる。
「ありがとう、ございます」
 そう言って、ヘレナがほんのりと微笑む。
「我々もご相伴にあずかれるかな?」
 アダレードへと少しばかり近づいて、『竜剣』シラス(p3p004421)が言えば、アダレードは微笑を崩さず頷いて。
「まぁ、どうしましょうか。我が祖国の勇者様が3人も! ふふ、人気者でしょうか、私」
(しかし……随分ややこしい状況になっちまった。
 先ずアダレードという魔種の狙いが掴めていない。
 状況から推察するしかない)
 堂々とした立ち振る舞いをして笑って見せたアダレードに、シラスの側としては考えを巡らせるほかなかった。
(……屋敷に用があるとすれば何らかの物品か情報だ。
 強奪する力があるのにそれをしなかったのは多分その在りかを知らないからだ。
 ならば、ヘレンか俺達にそれを求めているのだろう……)
 出方を伺いながらも、思考は巡らせ続けていく。
(わざわざ現れたということは狙いがあるとは思いますが……)
 考えを巡らせつつも、『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)はそっと銀麗のナイフを手の内に置いた。
「姿を見せたということはやりたいことでもできたと考えてよろしいのでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ。こう見えても私、不要なことはしたくない性分ですのよ?」
「そうでしたか。それではあの日、我々と戦ってみせたことも意味があったと?」
「――ふふ、どうでしょうね」
「では、一度は不要と仰ったこれを何に使うつもりでしょうか? 今更触媒として必要だとは言わないでしょう?」
「うーん、そのままずばりをお答えしても面白くないですし……そうですわね。
 そのナイフは魔術触媒ですわ。まぁ、触媒としては別にどうでもいいのですけれど。
 以前にも申し上げましたが、そのナイフには積年の恨みが籠められていますわ。
 それこそ一族を食い殺し尽くす恨みが、言い換えれば呪いが籠っています。
 ですが、累代に及んで末代を祟った呪いが、たかが血の繋がりを完全に断ち切った程度で晴らされると思われますの?」
 その笑みは楽しそうに、あるいは邪悪に。
「……このナイフの呪いは、まだ収まっていないのですね」
 リュティスは理解すると同時にナイフを見下ろした。
 美しき銀のナイフは、ただ静かにそこにある。
「えぇ、そういうことですわ。それの呪いは恨むべき対象を失いました。
 故に。それの呪いは今後、矛先なく手にした者を呪い続けるでしょう」
 優雅に紅茶を飲んでから、平然と語る。
「それで誰か……あるいは何かを呪うとでも?」
 ベネディクトが繋げば、アダレードは微笑むだけで返さない。
 だが、その微笑みだけで十分だ。その笑みの質はベネディクトの問いを正解であると無言で伝えてくる。
「初めまして。蓮杖 綾姫と申します」
 丁寧に対応された以上、と丁寧に礼をする『厄斬奉演』蓮杖 綾姫(p3p008658)にアダレードも礼を返してくる。
(状況からして、我々がここに来るのを予測していた節もあるのでは?
 ナイフのお話を聞く限り、ここには『ない』ということを知ってるはず。
 そのまま奪いに行くのはリスクも高い……そこでヘレナさんを人質に取引を持ちかける……ありそうな話ではありますが)
 内心で考えを巡らせつつも、綾姫はアダレードに視線を向けた後、リュティス――の手にあるナイフに視線を向ける。
「そちらのナイフをお渡しするのはこちらの総意としても構わないのですが、その前に少しだけ見せて貰って良いでしょうか?
 純然たる趣味です。刃物の類にめがないもので」
 真顔でサラッと言い切れば、アダレードが少しばかりきょとんとした様子を見せ、微笑を零す。
「そういうことでしたら、構いませんわ。そもそも、まだ譲っていただけてませんから、どうぞご自由に」
「それでは……失礼します」
 リュティスから受け取った綾姫はナイフを手に取ってじっくりと検証を始める。
(なるほど、拵えも装飾も最低限、鉄錆も無し、作者や正確な年代までは分かりませんが相当古いものですね……おや?)
 刃に触れてみる。刃が無いが、触媒故というより後から刃を潰したように思えた。
 そのまま、綾姫はこっそりとナイフへの共鳴を試み――刹那、何かに呑み込まれた。
 美しい蒼のような蒼銀の毛並みをした――狼のような『ナニカ』が綾姫を見下ろしている。
 真紅の瞳が湛えるのは、怒りよりも悲嘆や憐憫に近いような。
「――貴女が、呪いの……」
 思わず声に漏らして――仲間の声を聞いて我に返った。
「ナイフが綺麗で……少しぼうっとしてました」
 ひとまずそう言い訳してテーブルにナイフを置いた時、自分が鳥肌を立たせ、冷や汗を掻いていることに気づいた。
(そういえば、先程の感覚、オースティンの技に呑まれた時と似ていた気も……)
「事が済んだのなら、互いに暇を、と行きたいのだが。次に出会う時はそう遠くはないか?」
 ナイフを受け取り、そっと包んでしまったアダレードを見て、ベネディクトが声を上げれば、彼女はきょとんとして。
「ふふ、もちろんですわ、黒狼の勇者様。そう遠くない日に再会することが叶うでしょう。
 ――その時に私と最後の逢瀬となるかまでは分かりかねますけれど」
 くすりと笑ったかと思えば、その表情を落ち着いたものに変えた。
「――ですが、こちらの用事はまだ済んでいませんわ。このナイフを頂けたことはむしろ想定外ですもの。ねえ、お母様」
 微笑み、ヘレナへ視線を向ける。
 ベネディクトが、いやイレギュラーズが咄嗟に2人の間に入ろうとするも、しかしアダレードが臨戦態勢になっていない。
「おっと、こっちに任せろよ、お使いだろうが何だろうがやってみせるぜ?」
 割り込むようにシラスが言えば、アダレードは少しばかり溜息を吐いて。
「分かりましたわ。それでは……お母様、お父様の書斎はまだ取ってあるのですわね?」
「ええ、ありますよ……それがどうしたのですか?」
「ふふふっ、でしたらお母様が落ち着いたら書斎から1冊、本を持ってきてくださりません?
 タイトルは――そう、天翼のグランサムズ。何の変哲もない、少女と騎士の物語ですわ」
「……そんなものが書斎にあるのですか?」
「えぇ――ないはずがありません」
 驚いた様子のヘレナに、アダレードがそう言い切った。
「その本が、目的の品なのか?」
 ベネディクトは思わず問うた。初めて聞く書物だ。
「そうですわよ。それがここまで来た理由ですわ。残念ながらまだこの家にあるか分かりませんでしたから」
 紅茶をもう一口、アダレードの様子はおちついたものだ。
「……まだ調子は良くないでしょうし、僕達も一緒に行きましょう」
 そう言ったマルクは、ちらりとヤツェクとシラスを見て、2人で部屋の外に出ていった。
「……その本が手に入ればいいのであれば、私達がここに来る前に事を運べたはずです。
 どうして、私達が来るまで待ったのです?」
 残ったサルヴェナーズは、改めてアダレードへ問うた。
「1つはそのナイフをお持ちいただけたおかげで意味を無くしましたわね。
 皆さんがここに来ていただいた隙に、私の騎士様がナイフを強奪してくださる予定でしたの」
「貴女は、単独の行動ではないのですね」
「ふふ、当然ですわ。私はか弱き乙女。一人で何ができるのでしょう」
「ならば、その本が回収できれば帰るのですね? もう此処に用はないはずです。
 ――ヘレナの事は、ご心配なく。彼女を路頭に迷わせるような事はしません。
 貴女が近くにいては、ヘレナが壊れてしまう。
 ヘレナを想う心が残っているのであれば、ここは退いて下さい」
「あらあら、一人娘としては、母に一人残される悲しみを抱いてほしくないのですけれど。
 ――ふふ、精神が揺らいだところに自分を庇護する者が自分の夫を殺した者達だと。
 そして、娘(わたし)を殺すことを宿命づけられた者達であると知れば、天啓にだってきっと縋りたくなるでしょうし」
 天啓などと言っているが、それが原罪の呼び声であることは明白だ。
「……歪んでいますね。娘ならば母にそれを知らせないようにすべきでは」
「ふふふっ、歪んでいるのだとしたら、それはきっと、この天啓を抱いたせいかもしれませんわね?
 あるいは、元々がこういう人間だったのやもしれません」
 アダレードは緩やかにそう返すばかり。

●天翼のグランサムズ
 落ち着いた雰囲気に包まれた書斎には、壁を埋めるほどの書物が並んでいる。
「すごいな、かなりの蔵書の数だ」
 マルクは思わず圧倒されそうになった。
「……ヤツェクさん、ヘレナを見ててもらえるかな? 僕は少し探してみるよ」
「こちらのソファーで少しお休みください」
 ソファーベッドらしき物へ彼女を案内してから、ちらりとヤツェクを見て。
「あぁ……頼んだ」
 ヤツェクは頷くとヘレナの隣に座る
「……ヤツェク、様」
「あぁ、おれはここにいる」
 そっと、手を握った。
 ――嫌だった。
 最初は、男としての約束だった。
 この女の事を守ると、オースティンにそう約束したのだ。
 だが、今は違う――いや、違わないか。
 ただ、それだけじゃなくなったのだ。
「……おれは、アンタを失うのが嫌だ。年甲斐もないが、怖いと言ってもいい。
 アンタが生きてるのを見たいんだ。約束しただろ? アンタの演奏を聞いてみたい。幸せであってほしいんだ」
「ヤツェク様は、どうしてそこまで……? 私と、貴方は初めてお会いしたはずなのに……」
「……それは」
 目を伏せた。彼女の手を包む手に力が籠りそうになって、意識的に力を抜いた。
「……いえ、良いのですよ。少しは、思っていたのです。
 夫は魔種と呼ばれる存在であった、と聞きました。
 だから、当主を失って後継の無いこの家は取り潰しだと……
 だから、ローレットに所属されてる人が、私の前に現れる理由なんて」
 曖昧に、笑っている。
 ――あぁ、全く。この娘はなんとも聡いことだ。
「……たのむ、何度もおれに喪わせてくれるな」
 ――あぁ、全く。我ながら何という騎士願望か!
「……ヤツェク様」
 淡く、ヘレナが笑って――マルクの声がした。
「これか、天翼のグランサムズ……」
 顔を上げてみれば、彼の手には一冊の本がある。
「……まさか、机の引き出しに入ってるなんて思わなかったよ」
 そう呟いて、マルクは本の中身を開いた。
 何の変哲もない、ただの本だ。どこにでもある叙事詩風の小説だった。
 有翼の少女と騎士が出会い、絆を育んで――そうして、最期には有翼の少女と共に深い森の奥で手を取り合って死ぬ一種の悲恋譚。
「……こんなものが、欲しいのか?」
 思わずシラスは口に漏らした。この程度の代物、探せば市場なりに溢れている。
 わざわざイレギュラーズと正面から取引してまで欲しがるものではない。
「あるいは、何らかの暗号があるのか?」
「……だとしても、それを調べる時間はないね」
 シラスが可能性を提示すればマルクは首を振った。

●2つの誤算
「たしかに、天翼のグランサムズですわね。頂きますわ」
 装丁を見たアダレードはそう言って中身を眺め――今日この日、初めてその表情から余裕を失った。
「――なん、ですのこれは」
 震える声で顔を上げたアダレードが、イレギュラーズを睨み、すぐに頭を抱えた。
「……いえ、皆さんがこの本をすり替える時間はないはず、そうなりますとお母様が?
 いえ、それもありませんわね。お母さまがこれを知るわけがありません。
 ……あぁ! 全く! 腹立たしいですわね! 娘をおちょくりますか、お父様!」
 最後、苛立ちと共に声を張り上げて、舌打ちする。
「おや、それが君の本質か?」
 じっとこれまでの心の動きを眺めていたヨハンは、揺らいだ感情にそう言えば、アダレードが殺気を込めて睨んできた。
「ふむ、どうやらその様子だとその本は君の望むものではなかったようだ。
 だが、こちらとしても君の言う通りすり替える時間なんかはない。
 そもそもこっちはそれが目的だと知らなかった」
「ええ、そうですわね、そうですわ」
「で、どうだろう。君としては誤算だったナイフだっけ、それを得た。
 こっちとしても言い訳は出来るが魔種を逃がすのはあまりしたくない。
 ここは、痛み分けってことで退いてもらえないかな?
 次は僕らも楽しませてあげるからさ」
「……えぇ、良いでしょう。腹立たしい事ですが、これを貴方達にぶつけても気分は晴れませんものね」
 そう言って彼女はそっと窓辺に近づいていく。
「あぁ、全く。グレアム様にもご迷惑をおかけしてしまいますわ!」
「グレアム……? まさか……!」
 吐き捨てるように呟いたアダレードの言葉に、マルクがハッと視線を上げる。
「――えぇ。私の、愛しき騎士様。グレアム・アスクウィス様。
 私に天啓を下さった方――ですわ」
 それだけ言い終えて、アダレードは窓を開けるや、どこかへと飛び去った。
「……ひとまずは切り抜けたか」
 ベネディクトは一息を入れると、ちらりと後ろを見た。
「……承知しております。直ぐに領内や周辺へこのことを伝えましょう。
 少しでも被害を抑えられるようにしなければなりません」
 リュティスが頷けば。
「……ヘレナには信頼できる護衛を付けて匿っておこう」
 ヤツェクもそう言えば、疲れて眠っているヘレナの方へ視線を投げかけた。

成否

成功

MVP

蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。
MVPは綾姫さんへ。そのギフトによって得た呪いの本質は、いつかのタイミングで刺さる……かもしれません。

余談ではありますが、今回でアダレードは手にしたかった物を得た……はずでした。
しかしながら皆様のプレイングによって運命のいたずら的な何かが起こり、あのような感じになってます。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。

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