PandoraPartyProject

シナリオ詳細

血戦、鉄火場に一刀を掲げよ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●游刃爆ぜよ賭命の帳
 地底の天に星は無い。

 人工の灯り遠き土岩の自然地下空洞は未知と暗黒を友とする。
 淡雪桜の髪揺れて、ペイトの女『瑠璃(リォウリー)』が夜墨色の袖をふわりと振って後ろに跳ぶ。一拍遅れて無人の空間を薙ぐのは、敵の凶刃。はらりと数条の白髪が舞う。電瞬判断が遅れれば即首を刎ねられていただろう。敵は黄色の方解石めいた亜竜にて、鋭い爪牙と双翼刃で縦横無尽に獲物の肉を断つ。集落の者は『切り裂くもの』と名をつけた。最近発見された未踏の遺跡の1層に住まうこの敵は、集落の武人が徒党を組んで撃滅せんと挑みて三度の撤退を余儀なくされた強者だ。ならばこの瑠璃が一刀にてどれほど渡り合えるか――ひりついた感覚の中、頭はひどく冷めていた。

 瑠璃は『亜竜集落ペイト』の女だ。
 一族特有の病『晶化症』――老化が止まる代わりに年を取る度に体が少しずつ水晶化する病を得て、なお運命に抗わんとする意志持つ娘だ。
「ふ……ッ」
 忙しなく呼吸を繰り返す。どれだけ吸っても吸い足りない。床地も爆ぜよとばかりに蹴って横に一転。敵の追撃刃風が豪と唸る。硬質な破損音、続いて血飛沫の赤と裂かれる激痛を知覚。瑠璃の肩口から生えた水晶が一片破砕されて飛び散り、その下の柔らかな人膚が切り裂かれたのだ。

 血潮が熱い。
 ――生きている。

 空間に反響する連続の戦音、金属音。剣戟誘う武人の高揚――「ああ、楽しい」けれど渦巻く悲痛の念。
「体がついてこない」「もっと動けたのに」「――もどかしい」――少し前に出来ていた無茶な動きが、もう出来ない。
 体が徐々に自由を失い、強張って、動かなくなる。十全の体調であった頃が遠い昔のようで、もうあの体調には戻らないのだと薄っすらと何処かで自覚する諦念が誤魔化しようもなく存在するのだ。動かした時に不意に神経を走るビリリとした感覚は、怖い。理屈ではない。痛いと思えば躊躇い、痛みを感じる動作を避けてしまう、それは本能みたいなものだ。痛いのは嫌だ。負担をかければなお悪化して、もっと酷くなると思うから、なるべく安静にしようと考えてしまう思考の流れが病の齎した何よりの――「い、や、だ、ね」瑠璃は歯を剥いた。駄々っ子の如く、聞き分けのない子供めいて、野性の獣のように。胸のうちから沸々と込み上げる忸怩たる想い、激情のまま泣き喚くように。

 どれだけ戦って来たと思っている。
「――断て、『冥星』!」
 吠えて。
 意識して口の端を持ち上げた。

 燃えるように生を感じる死線。瑠璃が逆袈裟に閃き奔らせるは一刀、銀河めく遊色隕鉄を鍛えし『冥星』也。調息の暇なく自らを追い込むように果敢に打てば獰猛な敵刃とかち合って、耳を劈く刃鳴りは悲鳴に似て反響する。身を魂を撃力に変えて言の葉代わりに刀泣かせ、執拗な猛撃に音上塗るよう迎え打ち。弾く手応えの中しどどに脇に流るる濡れ血の感触、燃えて流れて冷えていく。目を逸らしきれない虚脱感。全身のちからが抜けて、されど豊富な経験が、矜持が、身に沁みついた熟練の技が、磨き上げたこの腕が――まだ。
 ――まだ、戦える。戦え!
 最後の一滴まで流れ出でれば。この血が熱く滾り鼓動高鳴る体は静寂と無機質な冷たさを友とする物体と成り終わるのだろう。鉄火場に強気の笑み浮かべ、地を這うよう前へ。刃弾いて出鱈目な前転受け身で懐へ。柔らかな肚狙い撃力爆ぜよと突き上げる刃は渾身に。

 ――キンッ、
 澄んだ音立て――あまりに美しく音が響いて。
 野生の勘としか言いようのない電速反応で身を捩った敵の石鱗に刀は阻まれ、硬い感触を返していた。
 咆哮一つ、雷霆のごとき反撃が降る――。

 嗚呼、届かない。
 敵わない? 叶わない? 絶望と死が津波のように押し寄せて視界を染める。
 刹那思い出されるのは、遠い昔。地上の星空の下、今は亡き祖母の聲。

 ――『どうかお願い。生きる事を、諦めないで』
 ――『おばあさま』
 泣かないで。僕は約束するから。僕は精いっぱい生きるから、どうか可哀そうだと思わないで。
 白銀の瞳が前を見る。決して、この目を閉じてやるもんか。生命の活力が汗となり血となり最期の一滴まで流れ落ちて枯れるまで。

「僕は――」

 ――這いつくばってでも、生きてやる!!


●『覇竜領域トライアル』
 覇竜領域デザストル。ラサへと繋がる『竜骨の道』を辿ることで亜竜種達の集落へと到達したイレギュラーズ達は、亜竜種達と接触し縁を紡ぐ事に成功し、亜竜種『フリアノン』の里長である珱・琉珂はイレギュラーズ達に提案した。
「これも何かの縁。あの『滅海竜』を封じて『怪竜』と戦う……それに私たちへと力を貸したいとアナタ達が言うのだもの! なら、覇竜領域トライアルをはじめましょ?」
 『覇竜領域トライアル』。
 覇竜領域で力と心を示し、そこに生きる民と絆を結び、信頼を勝ち取る冒険の始まりだ。


●同胞の保護依頼
『亜竜集落ペイト』は地竜とあだ名された亜竜種が築いたとされる洞穴の里。
 暗い洞穴に更に穴を掘り、地中深くに里を築いたこの場所は武闘派の亜竜種が多く住んでいる。
 地上の大地は強靭な肉体持つ亜竜や魔物が跋扈し、上空はワイバーンが飛び回る。地中に潜らねば一族は脅威に蹂躙され、生きていけない。今日この日までの彼らの歴史、過酷な大地での種を繋ぐ生存戦争はそれはもう困難だったと彼らは語る。

「依頼をしたい」
 イレギュラーズに声をかけてきたのは、全身に無数の傷跡のある壮年の亜竜種だった。
 しかめっ面で重厚な大斧を背負う彼は紫睿(シールイ)と名乗り、硬い声で事情を語る。
「同朋『瑠璃』が地下遺跡の入り口を見に行ったらしい。無茶はしないと踏んでいるが、あの遺跡の入り口には危険な敵対亜竜も出没するゆえ、様子を見に行ってくれないか」
 ペイトの民がチラチラとこちらを窺い、微妙な顔をしていた。
 イレギュラーズの実力や人柄を知ろうという気配もあるが、紫睿はゆるりと首を振る。

「『瑠璃』は特殊な病を得た女でな。少し前までは治療の手立てを探す為に集落を出て旅をしていた。病が進行し、一度療養も兼ねて故郷に戻ってきたのだ」
 病の事もあり、他の民からは若干敬遠されている空気もあるのだという。
「遺跡の話を誰がしたのかはわからぬが、なぜ遺跡に赴いたのかは大方見当もつく。藁をも縋る思いなのであろう。あの女は、病み衰えていてもそこらの里の戦士より腕が立つ。敵対存在が居るのも知っているだろうから、滅多な事はあるまいが――」
 言葉を切った紫睿は顎に手をやり、思案げな顔をした。
「正直、吾輩にあの女の考えは掴めていない。幼い頃はよく腕を比べ武器を戦わせたものだが」
 彼が知るかの女の気性はどちらかといえば飄々として穏やかなのだという。
 だが、発症して病に苦しむ気持ちも、逃れえぬ死が日ごと迫る感覚も、期待を胸に旅に出て何も得られずに病状の悪化した身で帰郷した心境を思えば、現在の真意はわからない。そう紫睿は呟き、大斧を抜き構えた。
「吾輩であれば、まだ戦う力が残っている間に強敵と戦い戦士として散るであろうか。あの女も、それを選ぶだろうか?」
 声は、淡々としていた。
 感情が分かりにくい平坦で抑揚の欠けた聲だった。
 女の考えが分からぬと呟くこの男もまた、真意が掴みにくい。ともすれば今にも大斧を携えて自ら遺跡に向かい、余生に引導を渡さんと勝負を挑みそうなようにも見えるし、女を案じて命を惜しみ、切々と延命救命を望むようでもある。
 周囲の民がひそひそと囁いて、ざわめきが波めいた。壮年を迎え未だ独り身のこの男には、幼少より瑠璃に一途に懸想し続けていると言う噂もあるのだ。
「こほん」
 咳払いすること一つ、紫睿は鞘の先端で床を突いた。
 響き渡った音に、ざわめきが減じる。不機嫌そうな顔でそれを見遣り、男は柄頭に手を置き、眉間の皺深く、彼は聲を響かせた。よく見ると耳が赤い。
「過酷なこの地に生きる同朋はかけがえのない存在。生命尽きるその瞬間まで皆守るべき仲間であり――死してのちも――我らの仲間である。同朋を死なせてはならぬ。自暴自棄になっているようであれば、引き止めて生きよと声をかけるのが妥当であろうな」
 紫睿は厳かに低い声で言い放ち、頭を下げて、遺跡までの道と瑠璃の特徴、遭遇の危険性が高い敵対存在について教えてくれた。
「最も注意すべきは、遺跡に住まう亜竜蜥蜴。吾輩達はあれを『切り裂くもの』と呼んでいる」

 さても奇縁の巡るところ。
 運命に抗わんとする乙女の一刀一刃振り斬り暴れ、今まさに鉄火場に余命燃やして舞わんとす。
 駆け付けるは8人の勇士也――。

GMコメント

透明空気です。いつもお世話になっております。今回は覇竜での冒険です。
OPで古代地下遺跡の入り口で瑠璃が戦っているところに皆さんが駆け付けたシチュエーションからスタートです。

●依頼達成条件
・『瑠璃』の保護

●ロケーション
・古代地下遺跡の入り口:『亜竜集落ペイト』周辺に広がる蟻の巣のような地下空洞を通過して徒歩3時間ほどで辿り着く古代地下遺跡の入り口です。戦闘するのに十分な広さがあります。
 灯り:無し。最近発見されたばかりで、人工の灯りがまだ設置できてない場所です。
 周辺:足元は石造りの遺跡の床とゴロゴロ転がる自然岩石。岩石のところどころに透明度の低い自形鉱石結晶が生えています。

※『亜竜集落ペイト』
 地竜とあだ名された亜竜種が築いたとされる洞穴の里。
 暗い洞穴に更に穴を掘り、地中深くに里を築いたこの場所は武闘派の亜竜種が多く住まいます。
 ペイト周辺には、フリアノンに繋がっている地下通路が存在しています。基本的にはペイト周辺は蟻の巣のような地下空洞が広がっており、地中生物たちがわらわらと存在しています。

●敵
・『切り裂くもの』x1体
 亜竜モンスター。黄色の方解石めいた体質。四つ足、鋭い双羽刃、牙と爪。火炎のブレスあり。尾には透明度の高い結晶棘がびっしりと生えている。遺跡の1層に巣があり、今のところ1体で独身貴族よろしく広いハウスでエンジョイライフしている様子。たまに遠方からお友達モンスターが来るとご馳走でおもてなしする。
 獲物を切り刻んで動かなくしてから遺跡内部の巣に持ち帰り、ブレスで慎重に程よい焼き加減で焼くのを好みます。人間のお肉大好き。人間を見ると「ご馳走がきたぞ!」と大はしゃぎで襲ってきます。

●味方
・瑠璃(リォウリー)
 女性、外見年齢18歳、実年齢50歳。里の戦士よりちょっと強い程度の実力者。飄々とした雰囲気を持つ亜竜種。穏やかで落ち着いた性格ですが、今回は現地に到着したら生死を賭けたバトル中で必死ナウです。助けてあげてください。
 一族特有の病『晶化症』を患っていますが、遠い昔に亡き祖母と交わした『生きる事を諦めない』という約束を大切にしていて、治療法を探して旅をしていたようです。結果、治療法は見つからず病は進行し、帰郷しています。
 実はかなりの酒豪で大食いであり好きな物は酒、魚、嫌いな物は芋虫。如月=紅牙=咲耶(p3p006128)さんの関係者です。

・紫睿(シールイ)
 男性、外見年齢、実年齢ともに50歳。独身。筋骨隆々としたいかめしい大斧おじさんです。瑠璃が帰郷してからずっとチラチラと遠巻きに見て気にしていますが、「べ、べつに吾輩は気にしてないんだからね」って感じでムッツリするばかりで話しかけたりはしていません。瑠璃が遺跡に出かけたと聞いて「瑠璃ちゃん大丈夫かな? 心配だからお迎えに行ってほしいな」と依頼してきたようです。自分でお迎えに行かないのは、きっとシャイなんでしょう。

●情報確度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、敵や遺跡の状況、瑠璃の内心などを依頼人も把握しきれていません。

 以上です。
 それでは、よろしくお願いいたします。

  • 血戦、鉄火場に一刀を掲げよ完了
  • GM名透明空気
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年02月11日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マルベート・トゥールーズ(p3p000736)
饗宴の悪魔
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)
天空の魔王

リプレイ

●何度目かの戦場に
 魔法と蒸気の濃い室内で父が打つ音は温かだった。金槌振るう時は常に心中の炎が熱を持ち、鐵は静謐な冷たさと硬さの中に視えない何かを籠められて鋭さを屹度増すのだろう。

 深き地中に集いし者は、八人。
 ひとふりの槍と武技の頂に臨む『雪風』ゼファー(p3p007625)。
 闘才猛りて尚気高き女騎士『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)。
 硝煙の戦場死線に直線奔る灰の弾丸『天空の魔王』ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)。
 魔剣剛刀鋭き元刑事『新たな道を歩み出した復讐者』國定 天川(p3p010201)。
 幾千の物語を経て世は事もなく四季巡り『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)。
 絡繰手甲は影に忍びて不染の刃を操る『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
 蕩愛無垢で柔らかなれど紛うこと無き異質『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)。
 騎士勲章と勇者の証、黒狼旗は常に戦場に在り『竜撃の』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)。

 世界が操る精霊が導きの光となる道の先。咲耶、ゼファー、ベネディクトが未だ照らされぬ闇を見通し、ハンナは暗闇に熱を視る。
「俺達は特異運命座標。紫睿に言われこの場に来た!」
 闇の彼方に交戦する2者を視たベネディクトが声を張り上げ、もう始まってるじゃねぇか、と戦音に臨戦態勢を取る天川。精霊が飛翔し照らすより早く白銀の飄風めいてゼファーが敵刃に身を割り込ませるさまは縮地極めし熟達の神速。雷鳴槍威の光弾けて開戦の音が鳴る。『切り裂くもの』が唸鳴したのだ。驚愕と困惑から欲熱沸騰して殺意の火種と変わるまでの一瞬の変化をマルベートは感じ取り、美しき血色の瞳に共感をのぼらせた。くわりと牙を剥き、喉奥に渦巻く炎息は如何にも禍々しい。
「伏せろ」
 世界が淡然とした眼差しで瑠璃の負傷度とこの後に展開する戦域を測り、白衣を翻して前に進み術式を展開う。ゼファーが瑠璃を抱きしめて地に転がるのは、戦域が照らし出されるのと同時。暗視備えぬ者はこの時、詳細を視認する事が可能となった。
「視えた――ならば外さない!」
 世界の詠唱を耳にブレンダが投擲した。虚空を鐵剣が鋭く奔る。着刃衝突に先んじて火炎ブレスが迸る。凶撃の封じ手と成り得た飛刀の命中音と地下空間が隙間なく炎の渦に呑まれ、全域灼熱の地獄となる。
 平然としているのは天川と世界。負傷度を大きく軽減できたのは、マルベートとゼファー。稀なる幸運で奇跡的に見出した横穴に逃げ込み直撃を避けられたのが咲耶。残りは――その一瞬、全身が炎に包まれ激痛に脳を揺らされていた。上気道から肺へと灼熱が駆け抜け外も内も燃えていた。焦げていた。呼吸器がやられ、酸素が燃やされていく。悲鳴すら上げられらぬ。無言で苦痛に耐える全員に、耳を劈く敵の悲鳴が確かに聞こえた。ブレンダの一射は狙い違わず敵の片目に刺さし、痛みと怒りを与えていたのだ。それは希望だった。この一撃がこの後は続かぬと確信させた。
 瑠璃が目を見開いて間近に苦痛の汗を滴らせるゼファーの笑みを視る。だいじょうぶ、と口が動く。聴覚が機能していない。一瞬が永遠に思える時間。燃焼の暴力の中、耐性を持つ天川が駆けていた。その背を視る世界は酸素を消費して詠唱を終える。鯉口が切られるより疾く。
「想定通りだ」
 冷然と世界の号令が響けば、全快に至らぬ者もいるが全員が息を付き武器を握り直して行動を再開できるまでに回復した。肉を焼き燃えていた炎が消え、火傷が癒え、呼吸が戻る――酸素は薄かった。鞘走りの音が希望の象徴のように印象に残る。
(此処は地下だ。連発されりゃ厳しいが)
 炎を物ともせず距離を詰めていた天川は紫電一閃、神風を叩き込む。手応えは確かに感じられ、黄結晶が砕けて飛散して其の下の肉らしき物を断ち、血華を咲かせる。敵の目はしかし、天川ではなくブレンダに向いていた。許さぬ、切り裂き喰らうと咆哮して。捕食者だと、上位存在だと全身で知らしめるように圧をかけてくる。ブレンダは奥歯を噛み、毅然とした眼光を返した。矢張り似ている、あの暴虐の竜に。だが、格は比するまでもない。
「次はない」
 太陽の如き光がブレンダの前髪の隙間から漏れ輝いた。神々しく。
「借りを返さねばならぬ竜がいてな。紛い物の亜竜程度に遅れを取るわけにはいかんのだ。ここでその首を頂くとしよう!」
 呼応するが如く後方から奔るハンナの魔弾。砲撃に似て轟く快音。少女は忙しなく呼吸を繰り返しながらも静かな面持ちをしていた。肉体が求めて息を継ぐ。生きている――灰色の瞳は無感動に現実の標的を追い、照準を定める。ハンナは戦闘処女ではない。軍人で、本職だ。体が動く。なら撃つ。私はそれでいい、殺傷武器であれかし。無機質な灰色の冬にありて、遠く春が眠っている。けれど、戦場は、現実は、故郷は、大人達は。余りにも理不尽で、如何にも残酷で、酷く惨く少女を傷つけた。故郷を守りたかった。生きたかった。そんな少女の望みが、戦火に嘲弄され死体が積まれる山に囲まれ沼に嵌るように堕ちていった。
 ――この心身はただ一発の銃弾でいい。戦場に集い共闘する友群熱源を冷やさぬために。

 床を低く一掃するように薙ぎ払われる尾撃が結晶付き岩石を破砕しながら豪快に飛ばしている。ベネディクトは冷静に横跳びして避け、世界に向く結晶刃を槍で鮮やかに払い守る。ゼファーが呆れたように声を響かせていた。
「人が住むには向いてない土地だってよく分かるわね?」
「全くだ」
 危なげなく躱しながら賛同するブレンダ。敵が我武者羅に爪を掻い潜り、飛来破片を避けながら軽口が続くのは、戦況が安定した証でもある。
「あんたの今日のディナーになってやる気なんてサラサラありませんけど! あとマルベートも美味しそう……みたいな顔でこっち見てるんじゃありません」
「バレた?」
 笑いながら悪魔は天川の強撃を補佐していた。死角からは十字手裏剣も飛んでいる。
「ここで巡り合ったのも何かの縁というものでござろうな」
 黄泉迦具土の手裏剣を放って友の手を引き、死角に移る咲耶。握る指がこんなに冷たい――人は誰しも脛に傷を持つ。熱を分かち合うように力を籠めた。
「おかげで命拾いしたよ」
 弱弱しい友の声。咲耶とて死地に慣れた忍び。若く視えるが実年齢は成人して大分経つ。影の御指で標的を黄泉送りした経験は言わずもがな、既知の者や自陣の友との死別も日常。されど、この友が病だと知れば。知らず共に過ごした時間を想えば。
「瑠璃殿」
 咲耶は優しく励ますように息を紡いだ。
「拙者達は事情を聞いて此処に参った。微力ながら助太刀いたそう」
 瑠璃は淡く微笑む。
「昔、祖母と約束したんだ。生きる事を諦めないって」
「諦めぬ。拙者も」
「そう言ってくれると思ったよ。咲耶は優しいから」
 大きな結晶の影に2人で滑り込み、間近に顔を視る。
「拙者は、瑠璃と共に運命に抗おうぞ」
 凛と言い放てば、瑠璃の晶化した腕が想いを決壊させたように咲耶を抱きしめた。
「僕は自分がしたい様にするだけ。そんな人生だった。ただ自分が生きたいから、生きようとしてきた。そこに誰かを巻き込むなんて、ね――」
 けれど、どうしよう。
 小さな呟きは、涙に濡れて。
「僕は今、とても嬉しい……」
 咲耶がそっと背を摩れば嗚咽を零した。ありがとう、と繰り返しながら。

 苛立ちを溢れさせるような獣の雄叫びがビリビリと空間を震わせている。蝙蝠羽を優婉に広げてマルベートはルベライトの瞳を蠱惑的に輝かせた。嬌声めいて甘く息を吐き、艶めく唇を舌で舐めて奔放に解放するのは魔門。迸るのは黒きマナ。灯を持つ者の片鱗を覗かせ、背徳の香で炙るように。
「さっきのは熱かったよ」
 艶麗酷虐な悪魔の祝福を天川に贈り、快悦の楽園に飛び込むように敵に迫る。戦乙女に夢中な敵は悪魔には目もくれぬ。惜しい事だよ、と背に囁く。愛らしく健気に――こういう出会いでなければ共に食事を囲む運命もあったのかもしれないね、と。大きな背を蹴り登り、羽刃の間に片膝をついて。夜香纏い奇しく妖艶に振り下ろすは、夜光魔貴族の象徴めいたアメジストの煌めき放つ惑乱の槍グランクトー。詰るように愛撫するように突き立て責め立て。敵が狂おしく身を暴れさせれば、嗜虐心を煽られ一層乱暴に「搾り喰らえ」。

 暴れる敵の一撃は如何にも重い。暴風雨めいた強撃の隙間を縫うようにステップを踏むブレンダ。一瞬前にいた虚空を衝撃が通過して壁を抉り、破壊の余波が土塊と石礫の矢に代わる。距離を測って跳び躱し、双剣躍らせれば無風の地中に風が生まれる。
「この程度ができなくてはあの竜に届かんからな!」
「よくあれだけ見切るものだ……」
 咲耶の援護手裏剣が導く好隙に瑠璃が冥星を振る。肩を並べるゼファーがタイミングを合わせて蒼嵐散華を叩き込みながら「自慢の友人よ」片目を瞑り、共に退く。未完成の技拙は使い手を傷つけていたけれど、一瞬あの緑眼が間違いなくゼファーを見たのが可笑しくて、ひらりと片手を振って笑ってしまう。仲間って不思議ね、と長い槍を構え直す背で繊麗な銀髪がさらりと揺れた。まるでそよ風が吹いたように。
「胸に勇気が燈って痛みを越えて戦う気力が湧いてくるの。貴女は本当に戦乙女だわ」
 折れぬ心。貴女もそうね、と澄んだ瞳が瑠璃を映した。こんな地でも……いいえ、こんな地だからかしら。相当にタフな女がいたものねぇ、と。
「特異運命座標」
「ゼファーよ」
「……僕は、召喚されなかった」
「――そう。でも、貴女の価値は変わらないわね」
「そうだ」
「其の誇り高さは嫌いじゃあないわ?」
 ゼファーは槍を乱れ撃つ。ああ、こうじゃないのよと硬い金属音啼かせて突き上げ引いて、引っ掻くように払い、独楽めいて廻り。不満足を山積にして、より高き極みに至る道を模索しながら飄々とした口ぶりで。
「だから、お節介させて貰うわよ。今日死ぬには、あまりに勿体ない良い女ですからね」

「紫睿が心配していた」
 ベネディクトが俺も力になる、と言葉を連ねる。
「どんなに身体が動いても、勇気がなきゃ意味がない。不自由なれど、貴女には紛れもなき勇気がある」
 理想を心に、けれど歩む道には犠牲が十分に伴ってきた。全てを拾うには己の掌は余りにも小さ過ぎるのだと識ってもいる。
 敵の巨体が壁に身を打ち据え地団太を踏み暴れている。壁に亀裂が走り天井がパラパラと落ちてくる。前傾で駆ける。地面が烈しく揺れていた。火葬も土葬も思いのままだ、と焼け焦げた黒の外套を翻し、煤に塗れて尚清廉に輝く重厚な槍で道拓く。唇が酷く乾いていた。瞬きを忘れて環境脅威を注視する。戦地では、老若男女皆等しく死が訪れる。装甲を固めようと関節部の防備が薄いのは万物また平等。ブレンダを圧殺せんと暴れる体の側面ぎりぎりをすれ違い様に軽く槍を突き、頬を掠めた破片に構わず連撃を繰る。激突の反動を利用して跳ね退く。視界は明瞭。額や瞼を傷つけていれば支障が出たに違いない。天運を槍で招くように、前へ。
 ――いいか坊主。
 聲が脳裏に過ぎて己を鼓舞し、相手を威嚇する原始的な裂帛、吶喊。土埃、土煙、揺らぐ地面を抉るように蹴る。紅く走る闘気。簡単には倒れてくれぬか――紅の稲妻、未完の技の手応えに強く思い出すのは、非才と言われた記憶。不器用の自覚がある。高すぎる壁の前で項垂れかけた事もあった。
「だが、かといってすべき事に変わりはない!」
 迷いはない。苦しい時に動けるよう鍛錬してきた。誰よりも努力した。戦って来た――この勇気で民が安心するのだと、今は強く実感していた。故に、迷わないのだ。

「ああ――兎にも角にもぶった斬る」
 支援を感じる。攻撃手として期待されているのが天川には感じられていた。渾身の技を放つのも幾度になるか。狙い続けるのは、脆い箇所。髪を振り乱し、まるで銃を撃ち続ける機械にでもなったように仕事をし続ける満身創痍のハンナが視界の隅に視えて、痛々しい幼姿に息を吐く。天川もまた全身に無数の傷を負い、動くたび節も筋も傷んでならぬ。が。
(嬢ちゃんが頑張ってるのに休めるか)
「竜とまではいかないまでも覇竜領域ってのはこんな物騒な生き物がゴロゴロいるのか……。嫌になるな。死闘は嫌いじゃねぇがよ」
 敵の巨体を挟むようにして視線が噛み合う――戦乙女の自由なる翼で敵を誘導するブレンダと柔なる邪剣の極意に気魄揚げる天川と――昂る戦意が交差して火花が散るように鼓舞し合い、竜吟虎嘯、頷いて。転機に白衣が揺れる。

「なあ。そろそろ呼び名を変えたらいいんじゃないか」
 治癒に追われていた世界が眼鏡を指で押し上げて冷ややかに口の端を持ち上げた。
「女一人捕まえられない――『情けないもの』って、さ」
 不遜な瞳が挑発的にせせら嗤う。

 亜竜が首を巡らせた。片目は小剣に潰され、残る目は狂乱殺意に燃えていた。理性は失せ、ブレスの存在すら忘れているやも知れぬ。あれを幾度か吐けば終わるというのに――世界は顎を上げた。
「お前はもう、『狩られる側』だ」
 ――策成れり。
 意を汲むマルベートがひらりと身を躍らせて敵の爪腕を魔槍で受ける。蝶が佳麗に舞えるよう槍が折れぬよう。猟奇的に笑む。頷き一つ、敵の足元から絡繰手甲の鎖鎌を爪腕に絡めるのは咲耶。瑠璃が両手を咲耶の腕に添えて共に抑え込もうと尽くしている。
「こういう出会いでなければ共に食事を囲む運命もあったのかもしれないね」
 くるりと柄に回転を加えて器用に力を削ぎながら潮が引くように柔らかに降下する。地に膝をつけた時、両際から跳んだ仲間が敵の爪腕を足場に翔け、跳ぶ。

 此処に至り、怒れる亜竜は戸惑いを覚えた。あの生意気な白に爪は届かぬ。執拗に追った蜜色の女騎士は何処へ消えた。悪魔と忍びが邪魔でならぬ。それにしても腹が立つ――この怒りは何だ。背に無数の痛みがあり、半身が濡れている。住処はいつの間にこれほど破壊されたのか。今己の腕から駆け上る――脅威の気配。危機を報せる原始的な勘。悪寒。
 地面を陥没させ、亜竜の後ろ脚が力んでいる。体重をかけ、前脚を抑える無法者達を押し切ろうと。
「させません」
 ハンナが頷いて敵の後ろ脚に銃弾を浴びせ、負荷をかける。
「同時に行くわよ!」
 ゼファーが足元に飛び込み、腹を目掛けて槍を突きあげる。絶叫が響いた。
 ク、ァアアアアアッ――『おかしいではないか!』
 悲鳴を塗り増すブレンダの残影百手は残る片目に。ベネディクトが絶刺黒顎を藻掻き苦しむ喉奥へ深く貫き差し込んで、吹き出す敵の血に全身を染め。バランスを崩し倒れる巨体の影から躍り出たゼファーが首を刺す。硬い敵は実は得意よ、と勝気に笑んで。
 ギ、アアァアアアアアアッ!!!
『痛いんだね』
 マルベートが暴れる敵を抱きしめた。『嫌だ!』『食べたかったのにね』『何故だ!』『負けると思わなかったね』『死にたくない……』生きたいよね。悪魔は優しく笑み、自分が祝福を捧げた天川が引導を渡すのを見届けた。

「は……っ」
 一刀を自分も。思ったもののがくりと膝を突く瑠璃は、歯噛みする。体がもう動かなかった。その隣に咲耶が寄り添い、ベネディクトが背を見せて立つ。戦の傷跡濃き黒の外套は大きな存在感を見せていて、彼が勇者と呼ばれるに相応しき男なのだとひしひしと感じさせた。

 花火のように弾が降る。ギルドの新人、少女ハンナが弾を降らせている。気丈に最後まで倒れず立っている。出身世界は何処やら。互いに深くは知らぬ間柄、けれど背を預け生死賭けこの鉄火場に同じ敵を今、見つめている。高く跳躍し、天井を蹴り回転し重力を味方に稲妻の如く弾丸めいて距離詰める。激しく鼓動する左胸に御守りを感じる。息子が初めて描いてくれた似顔絵がそこにあるのだ。 ――お前さんはどうだ。俺は……外れてる。
 嬢ちゃん、家族はいるか。俺は――俺はな。
 渾身が炸裂する。復讐剣鬼が小太二刀、銀鋼線は瞬刻朔夜に閃く幻の月華に似て壮絶苛烈に牙を突き立てる。まるで英雄物語の一幕のような現実の一瞬。勇士達は亜竜を引き倒し、狩られる側から狩る側へと変わっていた。鮮やかな断面が仲間の刻んだ傷をさらに深めて血飛沫をあげ、夥しい朱飛沫が軈て収まり、跳ねていた巨体が沈黙して――戦風絶え、地下空間に静寂が訪れる。

 返り血に染まる勇士達が生の呼吸を繰り返し。声もなく立っていた。途絶えた命の息吹に背を向けて天川が瑠璃に歩み寄る。名刺を取り出し、差し出す仕草が余りに自然で、まるで闘い等最初から無かったようで――なんて優しい眼差しだろう。
「ふ……、」
 は、と息を吐いてクラリと眩暈を覚えたブレンダが体を傾け、倒れかける。名を呼び、剣を握る腕をしっかりと掴んで支えるのはゼファーだった。
「生きてるわね」
 帰るわよ、という呟きが温かい。ベネディクトが瑠璃を背負い、一行が明日に繋がる帰路につく。マルベートが亜竜に別れを告げて、鑑定眼が一瞬遺跡の隅に刻まれた文字を見る――Posticumレウル・ファン。世界は其の先の罠群を感知し、後に探索を始めるであろうペイトの者達に伝えようと心に決めた。

 ――冒険は、これより後も続くのだから。

成否

成功

MVP

ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者

状態異常

ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)[重傷]
薄明を見る者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)[重傷]
戦輝刃
ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)[重傷]
天空の魔王

あとがき

おかえりなさいませ、イレギュラーズの皆さん。この日、終わるはずだった命が救われて未来の可能性に続くこととなりました。
まずタイミング的にパンドラが大きく減っていた方がこの如何にも激しい戦いになりそうな戦闘依頼に挑んでくださった点。その心意気、とても格好良いなと思います。
称号はゼファーさんが呟かれていたのを偶然見かけてGMの心にとても強く刺さり魅了されたので、全員仲良く名乗って帰りましょう。格好良いですね。
耐性やスキル、回復や支援はよく働きました。噛み合い機能する歯車のような共闘で全員がMVPと言いたいくらいです。厚くプレイングを書いてくださった皆さま全員に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。素敵な皆さまとの縁が続きますよう、願っております。

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