シナリオ詳細
<Sprechchor op.Ⅱ>永遠で在れ
オープニング
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彼との出会いは偶然で、けれど後から思うのはどう考えても必然だったということ。
静かな霊園の中、かけられた言葉と交錯する視線。その先にある瞳。
何故彼が僕の名前を知っていたのかはわからない。けれど彼が名を呼んで、こちらを見た瞬間に魅入られてしまったんだ。
美しい瞳だった。これこそが僕の待ち望んでいたもので、しかしもっと美しくなる瞬間がある――永遠にすべきは今ではない。
だから友人として、たくさん彼に話しかけた。少しずつ色を垂らして、混ぜたら変化があるように、瞳もまた感情で微細な変化を見せる。彼の瞳が最も美しいのはどんな思いを抱いた時だろう。
その答えを知ったのは、彼の母親が亡くなった時だった。
「グリムくん」
そっと名を呼べば、彼は顔を上げて僕を見る。悲しみに染まった瞳は美しかった。
けれど、やはり今ではない。
今よりも深い悲しみに溺れてほしい。そうすれば、僕の『世界で一番綺麗な人形』が完成するだろうと確信した。
だから――あの日、手紙を送ったのに。いいや、来てもらおうとしたのが間違いだったのだ。最初から迎えに行けば、きっと彼は僕の元に在った。
代わりに来た父親を人形に仕立て、今度こそと迎えに行ったから遅かった。遅かったから、彼は僕の手から零れ落ちてしまった。
「グリムくん……? どこですか?」
応えはなかった。静寂が答えを返していた。
それからは人形を作っては壊す日々。美しいものを知ってしまったから、完成できない作品に価値はない。
これは違う。
これも違う。
どれだけ作ったってあの瞳には叶わない――コレジャナイ。
●
暗い一室だった。壁際にはそこかしこに本物と見まごうばかりの精巧な人形パーツが並べられ、人形師は部屋の真ん中に置かれた椅子に座り込んでいた。目の前にあるのは人間大の人形だが破壊され、向き合う人形師はうなだれたように顔を俯かせている。
吐息のような囁きでグリムくん、と呼んでみても応えはない。当然だ、観客は消えてしまった。迎えに行ったのに跡形もなく"消失した"。
あの瞳を見てからはどの作品も色褪せてしまう。完成には程遠い。ただ作り上げればそれはただの失敗作だ。
「わぁお。いいですねぇ、本物の悪じゃないですか」
不意に上がった声に、しかし人形師――エメス・パペトアはゆっくりと振り返った。少女だ。その気配は人のそれで、決してエメスと同類ではない。
「キミ、ここは立ち入り禁止ですよ」
「悪(あこ)にそういうの関係ないですから。それに亜心は"悪であるアナタ"と協力関係を結びに来たんです。悪役プロデューサーなんですよ」
にっこり笑う正義巛巛亜心。エメスの正体を知った上での接触だと示唆した彼女は、視線を壁の方へと寄せる。
「これ、すごいですね。全部殺して奪ってくるんですか?」
「霊園へ素材を探しに行くこともありますよ」
壁際に並べられた精巧な人形パーツ。それは"本物と見まごう"ではなく、"本物"なのだ。
ある時は殺して。
ある時は死期を待ち、新鮮なうちに墓を掘り返して。
心の琴線にかかった素材は人形のパーツとして、永遠に美しいままとするのだ。
「亜心は戦うのは無理ですけど、そのお手伝いならできます。どうですか? 好きな素材(人間)をぜーんぶアナタのものにだってできますよ!」
好きな素材と言われ、真っ先に思い浮かんだのはグリムのことだった。思い当たる節があるというエメスの様子に亜心はますます笑みを深める。
彼女による手助けにより、グリムを永遠にできる可能性が上がるというのなら願ったりかなったり。だが。
「……君への見返りは?」
「亜心はお手伝いできれば十分です! 一般ぴーぽーでいるの、マジで勘弁って感じなんですよ。だって、」
亜心は言葉を切って、エメスに向けていた視線を再び壁一面に並ぶ人間の一部へ向けた。これならとても楽しくなりそうだと、嗤って。
「――平凡な世界なんて、クソつまんなくて最悪ですから」
●
「スラム街で起こった変死体事件、ね……」
メルランヌ・ヴィーライ(p3p009063)とグリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)、Tricky・Stars(p3p004734)、佐藤 美咲(p3p009818)はローレットのテーブルに着き、向かい合って難しい表情を浮かべていた。
「近頃増え続けているらしい」
「人の身体なんてどうするつもりかしら」
「さあな」
稔が肩を竦める。そうよねとメルランヌは小さくため息をついた。
――その坊やは唇と喉仏。『その前は』髪が頭皮ごと、右足親指。
――死体の欠損だよ。最近死んだやつは、鋭い刃物で切り裂かれたように体の一部がなくなってんだよ。
グリムがスラム街の商店街で聞いたのは、欠損死体が見つかるという情報であった。スラムで死体が転がっていること自体は不自然なことでもないが、欠損している、しかも故意であるとなれば話は別だ。
「スラム街では恐らく亜心が悪人の勧誘をしていた。俺たちがスラムで怪しまれたのも合点がいく」
「となると、その変死体事件とも関係がありそうっスね」
美咲は考え込む。幻想貴族の方はロクな情報も持っていなかった、というより消されてしまった。となると最後に邂逅した旅人、正義巛巛亜心を追うのが筋であろう。
しかし、どのようにしてその足取りを掴むべきか――。
「皆さーん! 新しい依頼なのです! 幻想国に魔種(デモニス)が確認されたのです!」
不意にローレットへ響いた『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)の言葉に空気がひりつく。4人も黙ってそちらへ視線を動かした。
小走りにやって来たユリーカは掲示板へ羊皮紙を留め、依頼を受けたい者は自分のところへ来るようにと宣伝する。ちらほらとその依頼を見に行ったイレギュラーズに混じって、美咲もひょいと覗いて暫し。3人のいるテーブルへ難しい表情を浮かべて戻って来た。
「あのスラムの近くにある霊園らしいっス」
「霊園……」
グリムが眉を寄せる。静かに眠る者たちの邪魔をしようというのか。
この時、まだ彼は知らなかった。向かう先に――自身の知る者がいる、だなんて。
- <Sprechchor op.Ⅱ>永遠で在れ完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年01月30日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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ずっと、ずっと、キミを探している。悲しみにくれているだけではダメなのだと知ったから、探している。
きっとキミは特異運命座標というものになったのだろう。例えこの世界の人間であっても、一度は召喚されると聞く。だから選ばれることのない僕を置いて行ってしまったんだ。
キミが世界の味方になったのならば、世界の敵である僕はキミにとって敵。僕が目立った動きをしたならばいつかは出会えるはず。最も、派手に街を壊したりするのは苦手だけれど。
だから、異世界の少女が声をかけてきたのは丁度良かったとも言えた。
『好きな素材(人間)をぜーんぶアナタのものにだってできますよ!』
その言葉は魅力的で、僕たちのように堕ちない者でありながら、既に堕ちきっているようで。彼女が齎す恩恵を知った時、打って出ようと決めたのだ。
キミに会えるかどうかは運次第。場合によっては興味の欠片もないイレギュラーズと戦うだけ。まあ何かあれば亜心を置いて行方を眩ましてしまえば良いのだ。彼女もイレギュラーズと因縁があるようだったから。
醜い打算だ。それで良いと考えるエメスもまた、醜いのだ。
(だからこそ欲しくて仕方がないと思うのでしょうね)
世界一綺麗なお人形――その瞳に、キミのそれを埋め込みたいんです、グリムくん。
●
活気のない通りを複数の足音が荒々しく通り過ぎていく。幻想国の一角に存在するスラムの住民たちはどんよりとした眼差しでその背中へ視線をくれるが、当のイレギュラーズたちは彼らにかまける余裕がない。
――魔種(デモニス)の出現。
その知らせが何よりも彼らを駆り立てていた。世界の敵たる彼らは存在するだけで害となる。例え当人たちがイレギュラーズの味方をしようと、だ。
けれどきっと、今回はそういった手合いではない。近頃スラムで発生していると言う変死体事件にも関わりがあるだろう。
「あそこみたいなのですよ!」
スラムを抜けた、すぐ先。『航空猟兵』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が声を上げたのは古びた塀が見えたからだった。
いや、もはや塀としての役割を成しているかも怪しい。崩れ、穴の開いたそれはどこからでも出入り出来てしまう。より近づけば、門も朽ちていることが知れた。
それでもこの場所は、死した者が安らかな眠りに揺蕩う場所――そのはずだった。
「様子がおかしいね」
「これは……何だ?」
まず『闇之雲』武器商人(p3p001107)が異変に気付く。霊園に多くの人影が見えるのだ。それを実際に目で見た『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)は小さく呟いた。寂れてしまった霊園にこれだけの人がいるということ自体が酷い違和感を起こす。それに彼らは何をしているわけでもなく、文字通り『立ち尽くしている』のだ。
「……グリムくん?」
不意に、聞き覚えのある声がしてグリムは視線を滑らせる。霊園の中、初めて会ったあの時のように――エメス・パペトアがグリムを見ていた。
「エメス!」
「待て」
駆け寄りそうになったグリムを引き留めた『竜剣』シラス(p3p004421)は剣呑な眼差しでエメスを見た。その表情にグリムははっとして、けれど確証を得ていない――或いは、得たくない――ために、困惑の視線を向ける。
「……なんで、そこに居る?」
「なんでと言われると、そうですね……」
「――それはですね、この亜心ちゃんが強大な悪としてプロデュースしたからです! ようこそ死すべきイレギュラーズ!」
大仰な身振りと共に正義巛巛亜心がエメスの背後から現れる。彼女の言葉にグリムはますます困惑の色を深めた。
ここへ来ることになった経緯。そこに居たエメス。そして与する亜心。導き出される答えは簡単だというのに、心がその答えに行き着くことを拒否している。
「なんで、どうして……」
「現実見るしかないっスよ、グリムさん」
ピストルを手にした『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)が無情に呟く。そう、ここでは何があっても動じてはならない。そうでなければ負ける――負け方によっては悲惨なことになるだろう。
「そうでしょうね。僕とグリムくんたち……特異運命座標は『敵』ですから」
エメスの言葉と同時、ゆらりと周囲の人影が動く。生気のないそれらはどうやら人形であるようだった。
『竜食い』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)はエメスへ向けて――そして人形たちも巻き込んで呪詛の刃を放つ。形なきそれは人形たちを切り裂いた。
(なんだ……? ただの人形かと思ったが)
どうやらそうではないらしい。怪訝な表情を浮かべたシューヴェルトに亜心がにししと笑う。
「亜心にかかればこんな人形だって強力な兵士に早変わり! さあ、全員ぶっ殺しましょう!!」
「流石にそれは骨が折れそうですが……有用に使わないといけませんね」
亜心にエメスが苦笑を浮かべ、それから笑みを浮かべる。その瞬間、人形たちはイレギュラーズへ襲い掛かった。先ほどシューヴェルトに攻撃を受けた人形も、その傷をさらけ出しながら向かってくる。
「この人形たちは……まさか」
『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はある可能性に気付いて顔を歪めた。佇む人形の数々は、どれも精巧で人間らしい。不気味なまでに本物らしく見える。それは、切った断面でさえも。
それが本物らしいではなく、本物なのだとしたら? これまで起こっていたという変死体事件の、失われたパーツが人形に使われているのだとしたら?
絶句したヴェルグリーズにエメスは「気づかれましたか」と微笑んだ。
「キミたちにはこれらですらも綺麗に見えるのかもしれませんね。生憎と、僕にとっては試作品……いえ、失敗作ですけれど」
「失敗作……?」
「ええ」
人形たちを屠らんと刃を滑らせるヴェルグリーズにエメスはうっとりとした表情で言葉を紡いだ。
自身は世界で一番綺麗な人形を作りたいのだと。その素材足りうる存在を見つけた今、ここにいる人形たちはどれも色あせて――魅力的には見えないのだと。
「一度は……いえ、何度も壊そうと思いましたが、今となっては用意しておいてよかったですね」
ここで暴れるための手足になりますから。
「悪趣味なもの作りやがって」
吐き捨てたシラスは人形たちを引き付けにかかる。その身はひとところに留まる事を知らず、しかして意思なき人形の反応は鈍いか。
(だが、全く聞かないってわけじゃなさそうだ)
可能な限り敵を引き付け、魔種エメスの前へと立ちはだかる。朗々と名乗りを上げれば、エメスは頤に手を当てた。
「シラス……フィッツバルディ派のイレギュラーズでしたか」
「覚えて貰って光栄だ」
「けれど、人形のパーツには相応しくないですね。分かっていて『失敗作』を作る分には良いでしょうけれど」
にこりと微笑むエメス。けれどその瞳を見ればシラス個人に何の興味も湧いていないことが伺える。
(この分なら原罪の呼び声も来ないか)
例え呼び声がかかったとしても、そう易々と屈するような男ではない。双竜の猟犬が頭を垂れるのは彼らではないのだ。
シラスがエメスとにらみ合う間も、彼を攻撃せんとする人形たちは飛び掛かってくる。『ボクを知りませんか』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)はシラスを背に庇いながら聖躰降臨で自身の身を強化した。
「亜心、テメェ……!」
「あ、麻資郎君? ……みたいですね」
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の1人である虚を見て亜心の瞳が瞬く。そしてニンマリと弧を描いた。
「またぶっ殺されに来たんですか? キモっ」
「ここでぶっ殺されるのはテメェの方だ! お前に対して情なんてもんが残ってると思うなよ……!」
「――ああ、全くだ。さっさとこの舞台を降りて貰おう」
虚から稔へと交代し、稔は亡霊の慟哭を響かせて人形を蹴散らしていく。その姿に亜心はひくりと顔を引きつらせた。
「この前も思いましたけど、本当に麻資郎君なんですか?」
いきなり姿が変われば驚きもするだろう。そこは真っ当な人間らしい感覚だ。
「ころころ姿変わるし名前もトリッキー……? とにかくヘンテコだしおかしいですよ! インテリぶりたいお年頃ですか!?」
「知りたいのなら教えてやる。俺達はただの偶像だよ」
「……はぁ?」
訳が分からない。言葉よりも深く眉を寄せたその表情が雄弁に語っていた。
「腕は悪くないみたいだけど、生憎と気が立っていてね」
「おや、キミも似たようなことをするんですか? 親近感湧きますね」
目の前に立った武器商人の言葉にエメスは嬉しそうに――けれどよくよくみれば空虚な――笑みを浮かべる。口ばかり。本当に興味を持っているかなんて怪しいものだ。
実際に興味があるのは『死霊術や僵尸術の媒体になるもの』であったが、武器商人にとって今はそれもどうでも良い事。三文芝居(シュプレヒコール)と繋がりがあるのならば、持っている情報を吐いて貰おう。一刻の時間だって惜しいのだから。
「シュプレヒコールですか。残念ですが、僕は大したことは知りませんよ。それに――敵であるキミたちに教える必要、あります?」
「ないね。けれど吐いて貰えないと手足を捥いで丁寧に炭にしてやりたい気分なのさ」
ヒヒ、と笑う武器商人。本当に笑いたい気分なわけがない。愛しい小鳥のために、一刻も早くどうにかしてやらねばならないのだ。
「死体で遊ぶなんて、随分と退屈なのね?」
その声は空から舞う。『翼より殺意を込めて』メルランヌ・ヴィーライ(p3p009063)は墓石も、人形も仲間たちでさえも飛び越えて、空中から体重で加速した飛び蹴りを落とした。
「ありきたりなことをして……全くもって、滑稽ですらないわ」
朽ちた骨に美を感じることはメルランヌにだってある。けれど防腐処理された肉にその想いは抱かない。それどころか食べられない分、肉屋の陳列台にも劣るというものだ。
「はは、まあこれらの作品であれば『ありきたり』ですよ」
「そうではないものがあるような物言いね?」
メルランヌの問いかけにエメスはにこりと微笑んだ。その瞳には何の色も――怒りすらも存在しない。
「罰当たりっスよ、死体利用とか……」
「それにこれは、人形の作り方として異質すぎるですよ……!」
嫌そうな表情を浮かべながら美咲が無防備な姿から攻撃を放つ。死体ならば痛みを感じている様子がないのも当然か。次いでブランシュの滑腔砲が火を吹く。でたらめに放たれたように見えた無数の弾丸は、しかし何もない場所で跳ね返り人形たちへと襲い掛かった。
(損壊させるのは……いえ、)
この人形たちは亜心の力で強化されている。手心を加えればやり返されるのは火を見るより明らかだと美咲は感じていた。
「申し訳ありませんが、今回は仕事でスので」
手加減してやる事はできない。何より自身が生存するためには、非情にならなくては。
(思った以上に人形が多すぎるですよ……それに、強いのですよ!)
しかし亜心の力を受けているからだろう。ブランシュの放つ銃弾を前にして完全回避とはならずとも、急所となるような部分を避けた人形は少なくない。加えて死人を素材にした人形に痛覚はないようで、傷をものともせず体勢を立て直してくる。
泣き言ひとつも漏らさず、命令されたままに敵を屠る――使い方によっては恐ろしい存在だろう。
(全部、叩き潰すですよ)
彼らとブランシュは、作られたと言う点では同じ存在である。けれどもあんな悪趣味なものは使ってないし、こんな形で使わされている人たちが可哀想だ。
シラスへと迫りくる人形、その中のパーツにヴィクトールは既視感を覚えた。
誰だろう。わからないけれど誰かに似ている。もしかしたら自分自身かもしれない。
(墓場……)
記憶の断片が小さく震える。そこには墓が在るのだと映し出す。前後の記憶は定かでないけれど、ヴィクトールは亡き者に縁があるはずだ。
エメスは生者を殺してその一部分を奪っていくだけでなく、死んで間もない遺体を墓から掘り起こして素材を得ると言う。まさか――あの墓を暴かれたのだろうか。それがコレなのだろうか。
そう思案は巡らせども、その手に躊躇いはなく。自身の琴線を震わせた人形を猛攻で以て制圧する。砕き、壊し、その面影もないほどに。
自らを守りながらの攻撃に、シラスは小さく笑った。
「容赦がないな」
「その方が宜しいでしょう? 例え誰かに縁が在るとしても、私に関係ありませんから」
「ああ。ここで躊躇ったら返り討ちだろうさ」
その誰かが昔の自分だったとしても、また然り。今のヴィクトールにひとかけらも関係ないのならば、破壊する事に躊躇などする必要がない。
「貴方は楽しいのですか? こんな腐った肉で、汚い人形遊びをして」
「そうですね、これらを作るのはあまり楽しくありませんでしたよ。最初から失敗することが分かっているんですから」
最高の素材を前にして制作するのなら、どれほど楽しいだろうかとエメスは答える。防腐処理をしたとしても、やがて腐りゆく肉には変わりなかろうに、それについては気にしてもいないらしい。亜心もこんな者を味方につけて良かったのだろうか。
「失敗作もこうして役立ってるんだから結果オーライってやつですよ。どんどん作っていきましょう! そして世界に混沌と悪を齎すんですよ!」
しかしてその当人はと言えば、自身の持つバフを存分に周囲へばらまきながらそう返していた。彼女の言葉にヴィクトールは目を眇める。
「亜心様。どれ程にドラマティックなものを願おうが、世界はだいたい平凡でつまらないものですよ」
「うっせーな! 悪(あこ)がそんな世界変えてやるって言ってんですよ!」
噛みつくような亜心。けれど改心させたかったわけでもないし、そんなものだろう。その志が叶うとも思えないが、貫き通そうという意志は十分なことがわかる。
一方で、意思がぐらついている者もいた。
「俺は! ……エメスの友達じゃ、なかったのか?」
墓守の使命を全うせんとしながらも、その意識はエメスへ向けられる。問われたエメスは武器商人から逃げつつそうですよと頷いた。
「いつまでだって友達ですよ。そうでしょう?」
「それなら……敵になんて、」
「違いますよ、グリムくん」
グリムの前に立ちはだかったのは――両親をそのまま仕立て上げた人形。家族の姿にグリムが怯む。
「僕はキミに会う前からこうだったんです。キミが特異運命座標になってしまったから、敵になってしまっただけ」
「それは、」
イレギュラーズにならなければ、こんなことは起こらなかったと。けれどエメスは小さく首を振って咎める意図はないと告げる。
「選べるものではないでしょう? だから、これだけは仕方のない事なんです」
「……わからない、わからないよ」
仕方のないことで敵になってしまうなんて、理解したくない。グリムの様子にエメスは苦笑しながらも、イレギュラーズたちの猛攻を躱し、受け止める。
母は昔、死んでしまった。エメスは泣くグリムを慰めてくれた恩人だった。
父が消え、弟も消え、エメスのような数少ない友人を生きるよすがとしていたのに。
(……あぁ、使命を果たさなければ。俺は墓守なんだ)
苦しむ心を置き去りに。そうでもしなければ戦えなくなってしまうから。
死者には永久の眠りを齎し、それを妨げる者にはブラックドッグの牙で以て打ち倒す。目の前に居るのが両親の肉体だろうと、エメスだろうと関係ない。関係ないんだ。
「――しかし、他の素材を探そうと思ったことはないのかい? ヒトのものを借りて弄ってるだけなんだから、そりゃあお手軽な綺麗さにしかならないだろう」
「勿論ありますよ」
武器商人のブロックからひょいひょいと逃げながら、エメスはけれどと困った表情を浮かべる。
「これまで見てきた中では、やはり本物が一番美しいんですよ。だから素材は変えられないんです」
「そいつは困ったねぇ」
「ええ。キミも是非感じてくださいね」
失敗作ですけれど。その言葉と共に数体の人形が飛び込んでくる。おっと、と小さく呟いた武器商人はその体で攻撃を受け止めた。
「ヒヒ、これはなかなかだ」
そこらの敵と同じにしてはいけない。これを抑え込むシラスとヴィクトールも苦戦する事だろう。
(グリムさんの両親まで使うなんて……)
ブランシュの放った雷撃が人形を貫く。糸が切れたように崩れ落ちたそれを見ると同時に、ブランシュは後退して銃弾をばらまいた。
少しでも早く彼らを退けて、人形に使われた人たちを弔わなくては。長引けば長引くほど、ただの遺体となった彼らが巻き込まれる可能性は上がる。
「全力で叩いて、潰す。それでちゃんと、今度こそ安らかな眠りについてもらうですよ!」
振るわれるメイス。人形の身体が数体空を舞って、地面へと落ちる。
(魔種も警戒しないといけないけれど……人形も思った以上に強い)
1体ずつ確実に仕留めつつも、ヴェルグリーズたちは苦戦を強いられていた。亜心のパッシブが、本来ならここまでの力を出さなくとも勝てるだろう人形たちの能力を上げている。1体や2体であれば大した苦ではないが、魔種を含む数十体を対象とすれば話は別だ。
「それでも――負ける訳にはいかない!」
ヴェルグリーズの刃がより研ぎ澄まされる。この場を打開するための力、自身の可能性。小さく息を吐いたヴェルグリーズは的確に人形を屠った。
「こんなもんか」
ある程度の敵を引き付けたシラスは、ヴィクトールの消耗具合も見て攻勢へと転じる。味方を巻き込まず、敵の身を屠る乱撃が人形の肉体を切り裂いた。
(浅いな)
けれど手ごたえは確かにある。攻撃を重ねれば重ねる程、それは顕著だ。
人形たちも行ってしまえば被害者である。敵である以上躊躇う訳にはいかないが、早く弔ってやるべきだ。
「イイ感じじゃないですか。やっぱり亜心が見込んだだけのことはありますね!」
イレギュラーズの苦戦する様、死体を使った人形が暴れまわる惨状――霊園で起こるそれらに亜心がにんまりと笑っていれば、その横にあった墓の影から飛び出した美咲が肉薄する。しかしてその拳が亜心の腹部に入る直前、何者かが遮った。
「!?」
拳はそのままその何者かにめり込み、その衝撃に亜心ごとふっ飛ぶ。すぐさま起き上がった亜心はエメスを睨みつけた。
「いってーな! ……ちょっと! 助けに入るの遅くないですか!?」
「すみませんね、まさかそんな場所から向かってくるとは思わず」
エメスはイレギュラーズの攻撃を受け止めながら、次は気を付けますよと悪びれず微笑む。亜心は「本当に気を付けてくださいよ!?」と念押しして美咲へ視線を向けた。
「それで? オバサンが亜心に何の用ですか」
「オバ……随分な言いようスね」
「亜心は18歳なんで!」
自称18歳の彼女は不遜な態度で美咲を睨みつける。その傍に控えるのは先ほど攻撃を庇った人形だ。
「ま、それならアンタはクソガキっスね。自覚があるからまだやりやすいスけど」
「くだらない話をしに来たならとっとと死んでくれます?」
「アドバイスをしにきただけっスよ」
イライラとした様子の亜心に対し、美咲は淡々としていた。こんなのはただの嫌がらせだ。倒すつもりもなく、先ほどのだってちょっとこちらへ意識を向けさせよう程度のもの。
「アンタが嫌いな平凡でつまんない世界、案外作るのに手間がかかるものですよ。邪魔者は知らない内に排除されているだけなんです」
例えば、良かれと思って余計な事を言いだす活動家。
例えば、興味本位で効果的なテロ兵器を思いついてしまう学生。
そういった者たちは殺傷・非殺傷問わず処理されている。表の世界でぬくぬくと暮らしているだけでは見えないだけ。
「わかります? アンタが世界を平凡でクソつまんないと認識していた時点で、悪は正義に負けています」
「ここまで聞いたのが時間の無駄だったってことはわかりました」
あ、ネイルかけてる、なんて既に美咲の方を見ていなかった亜心は爪のチェックに夢中だ。だってどんな攻撃が来てもエメスの人形がどうにかしてくれる。そうでなければエメスとて困るのだから。
しかし、シューヴェルトの攻撃には敏感だった。呪詛の刃を放たれると亜心は慌てて飛び退く。
「うぎゃー!? いきなり何するんですか最悪! ネイルがさらに欠けたらどうしてくれるんです!?」
「ここでそんなものをしているのが悪いんだろう」
全くの正論なのだが、亜心にとって正論なんてクソくらえというやつである。だが、ここにいるのが不利だと思ってくれるならば都合が良い。
「さっさと逃げてもいいんだぞ。何処へ行こうと、君が悪を名乗るのなら僕は正義として、何度でも君の前に立ちふさがるんだ」
「ふん、そんな言葉で惑わされませんから。それに――さっさと逃げるべきはアナタたちじゃないですか?」
いやに強気な発言。その理由はすぐ知れる事となる。
シューヴェルトの背後から迫った人形が襲い掛かったのだ。恐らくは亜心の様子を見たエメスのものだろう。
「くっ……!」
亜心へ攻撃を仕掛ける前に、こちらをどうにかせねばならなようだ。シューヴェルトは剣の柄へ手を当てた。
「さっきはあんなこと言っちゃってましたけど、麻資郎君は自分の命より私を大切にしてましたからね!」
ようやくネイルのチェックが済んだらしい。亜心が示した1体の人形へ稔は視線を向ける。亜心とそう年の変わらない、というよりそっくりな人形がそこで佇んでいた。違う事と言えば、髪が長い事か。
「驚いたでしょう? 17歳の長髪なわ・た・し♡にそっくりなお人形さんをご用意、」
自慢げな亜心を意にも介さず、稔は人形を狙って攻撃する。亜心の女子からぬ悲鳴が上がった。
「躊躇なく狙いやがった!? 許せねー! やっぱ眼鏡でも麻資郎君ですね!? クソ男は燃やして大正解ですよ!!」
ぎりぃと歯ぎしりする亜心。そんな彼女を稔は静かな瞳で見た。
「何ですかその目。また燃やされたいってか?」
「……お前の知る、本来在るべき存在。それはもう再起不能になってしまったよ」
「は? 意味わかんねー。頭大丈夫ですか?」
召喚されて麻資郎君はイカれちゃったんですね、と亜心は見下した笑みを浮かべる。だが、これ以上彼女に深くかかずらっている余裕は無い。稔は味方の体勢を立て直すべく力を解き放った。
舞台から降りるべくは彼らであって、自分たちではない。それを証明するために。
「僕ばかりに構っている余裕はないでしょう?」
エメスの言葉と同時に、メルランヌへ人形が襲い掛かる。身振りも、道具もなかった――メルランヌは他の何かで意思伝達をしているのだろうと推測しながら、優美で強烈な蹴りを人形へと向ける。そしてカナリヤの瞳を見て一瞬目を見張った。
(この瞳は……)
思い浮かべる姿がある。とても、とてもそっくりで。けれど違うのだと、そっくりだと言うには大切なものが足りないのだと、メルランヌは瞳を眇めた。
人形を相手していたブランシュもまた、視界に入ったその存在に一瞬硬直する。
「――っ」
攻撃を受け止めきれず後方へ吹っ飛ばされるブランシュ。しかし壁へ叩きつけられる前、身の内に宿る力が強風を起こして緩衝材となった。崩れた壁の前で素早く起き上がり、相対するその人形を再び視界へ入れる。
(ブランシュに似たパーツ……もしかして、エルフレームシリーズの一機……?)
そう疑って、すぐさま否と首を振った。そんなわけはない。エメスの人形は『人間のパーツ』をはぎ取って作っている筈だ。レガシーゼロであるブランシュや、兄姉のような者とは素材が違う。
会った事も見た事もない兄姉たちだが、最新機種たる自身から大きく逸脱した姿ではないはずだ。
それでも心がざわつくのは、似た球体関節であるからか。それともその一部には本当に――?
「……戦うのなら、容赦はしてはいけないですよ!」
ブランシュは改造されたグレートメイスを握る。もし本当に兄姉なのであれば余計に、そこから解き放ってやらねばなるまい。
人形たちは予想以上の厄介さを見せていたが、それでも相対するイレギュラーズたちの奮戦により、その数は格段に減っていた。
カナリヤ色の瞳はガラス玉のよう。メルランヌの正拳がその顔面へめり込み、破壊する。
「死者を生者以上に美しくすることなんてできない。……その妙もわからないのね、悲しいこと」
メルランヌの知るあの子は瞳に怒りを燃やしていた。生者であるからこそ持ちうるその瞳を、死者のそれで再現するなどできるものか。
「分からずとも構いませんよ。僕が作りたいのは世界一の人形で、世界一美しいものではない」
エメスは穏やかに、しかしぶれることがない。メルランヌは相手を一瞥した。
「それでも、貴方の人形遊びを続けさせるつもりは無いの。芸術とも呼べないようなモノはもう十分よ」
相手へ向けて駆けだすメルランヌ。後に続いてヴィクトールはシラスと共にエメスへ肉薄し、その顔面へ向けて拳を振りぬく。シラスの守りに手を抜いているわけではないが、今の状況であればヴィクトールは防戦に徹していても良かったはずだ。
(何故でしょうね……強いて言うのなら、部屋の片隅で黒い虫を見てしまったかの様な)
エメスが悪であるからではない。魔種を倒すという正義のためでもない。こうしなければいけないような気がしたからそうした、それだけのこと。
「エメス、テメーの人形はあらかた片付いたぜ!」
シラスの肉薄に、しかしエメスは危なげなく受け止めてみせた。やれやれというようにエメスの瞳が細められる。
「それなりに苦労があるんですよ?」
「ならこんな場所に連れてくるもんじゃねえな。あの世で続きをやったらどうだ?」
狙うはその綺麗で繊細な手。商売道具であるはずのそこへフェイントをかける。
「あの世なんて不確かなものに、望みをかけるのは嫌ですね」
しかし一筋縄でいかないにはさすが魔種というべきか。ひらりと避けたエメスの代わりに壊れかけた人形がぐわりと持ちあがってシラスへ、ひいてはヴィクトールへ覆いかぶさろうとする。それを拳で退けた彼はシラスを何度でも庇いたてる。
もう少しだろうか。ヴェルグリーズは視線をちらりとエメスへ向けた。その身なりと周囲の人形たちからして彼――いや、彼女だろうか――は戦闘が得意というようには見えない。人形を始めとした媒体を操り戦うプレイスタイルだと誰もが思うだろう。
しかし仮にも魔種たる者が、そこらにいる人間のような脆弱さを持っているとも考えにくい。一体、何をしてくるか――。
その時、エメスが小さく笑みを浮かべた。その先にいるグリムもまたエメスを凝視しているのを見て、ヴェルグリーズははっとする。
「グリム殿!」
声をあげる。けれど気を取られるような動作すらない。
魔種が、誰もにとっておぞましい敵であったとしても。グリムにとっては今も優しい兄のような存在で、大事な一番の友達なのだ。
●
「――お父さんを殺すんですね」
そうだよ。壊すんだ。
「――お母さんを殺すんですね」
殺すんじゃない、壊すんだ。
両親の姿が此処に在ることが、どうしようもなく嬉しくて悲しくてどうしたら良いかなんてわからなくてぐちゃぐちゃになって――墓守なんだからと暗示をかけて、どうにか立っている。
今にも力の抜けてしまいそうな足を叱咤して、武器を落としてしまいそうな手に力を込めて。
だって、俺は墓守だから。大丈夫。ちゃんと、きっと、出来る筈だから。
墓守だから、倒さないといけない。倒して永久の眠りを齎すことが墓守の役目。
墓守で在れと自身に言い聞かせる度に、心の奥底が悲鳴を上げる。事実を、エメスの正体を知ってしまった心が軋んでいく。
何故。どうして。
優しいお兄さんだったじゃないか。
俺だけの大事な人だったじゃないか。
「――同じように、僕も殺す?」
その問いかけにグリムの喉がひゅっと鳴った。嗚呼そういえば、どうしてこんな近くでエメスの声が聞こえるんだっけ。
くすりと笑う声がする。視線がゆるゆるとエメスの方へと向く。弧を描いた唇がそっと開かれた。
「できないですよ。キミは優しい人だから」
エメスはグリムの事を良く知っている。『墓守』ではなくて『グリム』のことを知っている。だから、
「今、苦しくて仕方ないですよね」
押し込められていたその想いにも、触れてくる。エメスはやはり、分かってくれるのだと唇を震わせたグリムに、エメスはますます笑みを深めた。
「僕がそうなるようにしたんですよ」
「……え、」
息が、できない。ぐわりと世界が揺れた気がした。その中でエメスが笑っている。今のキミが欲しいんですと、嬉しそうに。
「――ねえ、僕にはキミしか居ないように、キミにも僕しか居ないんです」
ずぅっと一緒にいましょう?
甘美な誘いだった。いけないと頭のどこかが警鐘をけたたましく鳴らしているのに、それはとても遠くになるような気がした。
誰かが自分を呼んだ気がするけれど、それすらも夢の彼方にあるようで。
「ほんとうに、ほんとうに、ずっと一緒にいてくれるんだよな?」
気が付けば、そう呟いていた。零れ落ちたようなそれも、エメスは言葉を拾い上げて頷く。
「裏切らないでね」
「ええ」
「違えないでね」
「もちろん」
「ほんとうに死ぬまで一緒にいてくれよ」
微笑んだエメスにやっぱり優しいお兄さんだ、と思って。グリムはくしゃりと顔を歪める。
風のような弟は、それを体現するかの如くいなくなってしまった。今のグリムは独りぼっちだ。
「……助けて。お前は、エメスは、俺を独りにしないで」
「はい。以前だって約束したでしょう?」
――僕は絶対、キミを独りにはしませんからね。
●
「いいですねぇ、最ッ高じゃないですか! 結局のところ、悪には勝てないってことですよ!!」
はしゃいだ亜心の声が霊園へ響く。大興奮も大興奮。今にも飛び跳ねそうな勢いだ。
「……マジかよ」
舌打ちをしたい気持ちを抑え、シラスは呟いた。だがエメスとグリムが既知の仲だったのならば、ある意味そちらへ原罪の呼び声が飛ぶのは必然か。
正直なところ、魔種を2人も相手取るほどの余裕は無い。亜心の恩恵を受けた人形たちとの戦闘はそれほどのものであった。
「これは……さて」
どうするべきかなど、知れたことだ。ヴェルグリーズは反転したエメスに悔し気な表情を浮かべる。
もっと早く気づいていたなら。もっと早く妨害できていたなら。――例え出来たとしても同じ結果だっただろうが、思わずにはいられない。
そして起きたことも変えられないのだ。人形たちを倒し、攻勢であった形勢は逆転した。ここまでで予想以上に消耗したのも痛い。
「……皆、撤退しよう」
この選択肢しか、ない。ヴェルグリーズは敵から目を離さず、仲間たちへ告げた。
「墓守の旦那。キミは……」
武器商人は呟いて、小さく首を振る。彼がそちら側へ渡ってしまった以上、自分がすべきは愛する小鳥の元へ無事に帰還する事。亜心から情報を吐かせられなかったのは口惜しいが、小鳥を泣かせるわけにはいかない。
「……どなた様も、じつに、わからないものです」
傷を庇いながらヴィクトールは後退する。その視線は今ここで生まれた魔種へ向けられていた。
何度も魔種は見てきた。エメスの想う一番を求める心とて、万人に在るものだろう。しかしてヴィクトールはその一切が理解できないのだ。
執着や感情、そこまでして得られるものが理解できない。故に度し難い。新たなる魔種を見ても、それは変わらない。
亜心の喜色に満ちた声と共に、残存する人形たちがゆらりとイレギュラーズへ迫る。これらを退ける程度の力は残っているが、何かの拍子で全滅する前にここを撤退しなければ。
「悔しいですが、最後の一矢報いるですよ……!」
引き際にブランシュの放った弾丸が亜心へと飛んでいく。避けることを許さない、死神の狙撃。しかしてそれは亜心へ当たる直前に、勢いよく飛び出した人形がその体で以て受け止めた。
「はい残念。悪(あこ)に勝とうなんざ百年はえーんですよ!」
「くっ……!」
にたにたと笑う亜心に歯噛みする思いだが、未だ迫る人形たちを思えば長居は出来ない。
人形たちに応戦しながら撤退した9名のイレギュラーズたちは、事の次第をローレットへと報告した。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
――イレギュラーズより1名、反転現象が確認されました。
――帰還したイレギュラーズたちにより、ローレットに上記の情報が齎されました……。
GMコメント
●成功条件
旅人「正義巛巛亜心」及び魔種「エメス・パペトア」の撃退、或いは撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●フィールド
幻想首都のスラム街にほど近い霊園。
あまり手入れのされていない場所で、既に割れてしまっている墓石なども存在します。
また、いくつかは暴かれてしまっているようです。それがエネミーの仕業か、元々かは定かでありません。
●エネミー
・正義巛巛亜心
Tricky・Stars (p3p004734)の関係者。ウォーカーの少女であり、平和と正義が大嫌い。混沌では悪役プロデューサーとして動いています。
戦闘能力はありませんが、味方への強力なパッシブを持ちます。また、驚くほどに逃げ足が速いです。
基本的にはエメスの人形に複数体で守られていますし、自分から何か仕掛けようとはしません。
・エメス・パペトア
グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)の関係者。元オールドワンの魔種で、性別不明の人形師です。世界で一番綺麗な人形を作る為、色々な人の身体や遺体から素材を剥ぎ取り、パーツを組み合わせて作品を作っています。
しかしエメスにはとても欲しているモノがあり、現在作り上げた人形はどれも試作品だそうです。今回はそれらを操って戦います。壊れることには何の思いも抱きません。
その戦い方からは自身が戦う事を苦手とするように見えますが、魔種ですので気を抜かず立ち向かってください。
・エメスの人形たち×30
魔種によって作られた人形。子供から大人まで様々です。その髪の毛1本にいたるまで、本物の人間からはぎ取った素材が使われています。
ある人形は盾となり、ある人形は矛となります。亜心のパッシブによって強力かつ数の多いエネミーとなりますので最大の障壁でしょう。とはいえ、操り手のエメスからは複雑な命令はできず、比較的わかりやすい動きをすると思われます。
武器は持っておらず、素手で攻撃してきます。人間と異なり痛覚が存在しない為、時にはその肉体のリミッターを超えた捨て身攻撃もあるでしょう。
人形たちの中に、グリムさんの両親が混ざっています。彼らはまざりものではなく、1つの身体をそのまま人形へ仕立て上げています。
――キミの為ですよ?
●EXプレイング
このシナリオにおいて、エネミー「エメスの人形たち」の身体の一部を指定することが出来ます。彼らの戦闘能力は変化しません。
知り合いや関係者などの、見覚えのある人の部位(目、眉、腕、etc.)に見えて心がざわつく、というような心情面のスパイスとしてご利用ください。
『混沌内で故人となった関係者』を指定して頂くと、もれなく墓が暴かれ、遺体の一部が消えている設定が生まれます。こちらはそういった設定が許せる人だけ設定してください。また、遺体が墓に埋葬されている事が前提になります。
※好みの子と戦える、といった趣旨ではございません。
●ご挨拶
愁です。
ふみのGMの物語に乗っからせて頂きました。ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)さんの関係者『原罪のシュプレヒコール』関連シナリオの一部となります。
それではどうぞ、よろしくお願い致します。
●関連作
『蒼く燃える程熱く、燃え尽きぬほど濃密に』(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6584)
『<Sprechchor>闇を掬って眺めるような』(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6757)
●魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
また、原罪の呼び声が発生する可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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