シナリオ詳細
<ディダスカリアの門>奪われたものを求めて
オープニング
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幻想での『奴隷事件』を経てからオンネリネンの子供達による活動が全国的に見られるようになり、アドラステイアの活動が活発的になっていることが観測された。
その一方で、宗教国ネメシス――天義やローレット側は、現在でもアドラステイアに対しては下層への潜入しか出来ていない。
各地で捕えた聖銃士やオンネリネンの子供たち曰く。スラムもかくやと言わんばかりの過酷なる下層の風景とは異なり、中層はアドラステイア成立以前、この地に存在していた『アスピーダ・タラサ』なる湾岸都市の機能をそのまま利用しているという。
この都市の情報は、アドラステイアが独立を宣言した時からそれほど時間が経っていないこともあり、天義の側にもまだ残っていた。
かつては鉄帝国が『不凍港ベデクト』へ対抗するために港湾警備隊も配置されていたらしいその都市の内部構造を、ローレットは聖騎士団からの情報提供である程度把握した。
――だが、問題が一つ。それは、文字通りの関門とでもいうべきか。
この中層と下層の間には、厳重なる扉が存在していた。
どうやら『通行証』を無くして中層へは至れないのだという。
そうして、その『通行証』の管理は、全て、中層にいる『プリンシパル』なる存在が管理しているのだとか。
――即ち、イレギュラーズが行なうべきは2つ。
1つは中層へと潜入し、プリンシパルへと指示の出来る、反ウォーカーの暗殺ギルドとも言われる『新世界』メンバーと接触する事。
2つはそれら潜入部隊が無事に中層へ到る為に先行し、下層や外郭付近で暴れ、注意を引くこと。
これは、都市国家へと試みる攻城戦――その第一歩である。
●
それは、文字通り『夢に見た光景』だった。
ローレットの本部より訪れる空中神殿、イレギュラーが目覚めた時に見る景色。
そこに広がる花畑は、記憶を失ってから、よく見る夢の景色そのものだ。
「イレギュラーズ……その言葉、なんだか聞いたことがある気がする……何だか、モヤモヤする……」
目の前に広がる光景への感動に胸を躍らせど、直ぐに少女は眉間に皺を寄せ、失われている記憶を探るように呟いた。
虚しく響く言葉は誰にも聞かれることもない。
「私は……何者なんだろう……」
目を伏せて、考え巡らせども何も浮かばない。
失われた記憶は、酷く澱み、歪んででいるように何となく、そう思う。
(……降りよう、いつまでもここに立ってても意味ないよね)
踵を返して、少女は眼を閉じた。
神殿を降りた少女――シンシアは、掲示板に貼られた一枚を見た。
「アドラステイアって、私を連れてこうとした子たちのこと……だっけ。
たしか、あの子達は私のこと、家族って……」
あの子たちが家族なのだとしても、自分を助けてくれた人たちを殺しかけたのは、変わらない。
自分を痛めつけて、連れ去ろうとしたことは変わらない。
――だから。あの子たちの場所に、隔絶された町の一員にはなれない。
だとしても、もし本当に、そこに本当の家族がいるのなら。
シンシアは、その家族たちを探し出して――そうして。
その後どうしたいのかは、まだ分からないけれど。
(私が忘れていること、思い出したいから――)
自らの胸に宿る感情に急かれるように、顔を上げて。
「私も、行きたい……」
幾つかある情報の一つを手に取った。
●
「おや、汝は……たしか」
顔を上げたアカツキ・アマギ(p3p008034)は、こちらへ歩いてくる少女を見た。
「あの、私も一緒に連れて行ってくれませんか」
アメジストの少女。
アカツキがオンネリネンから救い出した少女が、こちらを見ていた。
「たしか、シンシアとおっしゃいましたか。お怪我の方はよろしいですか?」
少女にロウラン・アトゥイ・イコロ(p3p009153)が声をかける。
「はい、皆さんの治療もあって、なんとか」
ロウランとアカツキは、別々のアプローチの末、このアメジストの少女を攫おうと試みたオンネリネンの子供の痕跡を追っていた。
直接、彼らの後を追ったアカツキはアドラステイア下層の一角にある子供たちのアジトを見つけ出していた。
そして、ロウランもまた、天義の内にある裏稼業を経由して辿った果てに、同じようにアジトにたどり着いた。
判明したアドラステイア下層に存在する、そのアジトを攻撃することで、潜入部隊のための牽制を行なう。
それが今回、ロウランとアカツキ――それに6人のイレギュラーズを加えたメンバーの目標だ。
「危険じゃぞ?」
「ええ、貴女を捕えようとした相手がいる場所に向かうのです。
何も行く必要はないでしょう」
「――それでも、あの人達しか、私の過去を知らないんです。
だから、お願いします」
そう言って深々と少女が頭を下げた。
●
そうして、向かった戦場――オンネリネンのアジトを目前としたところで、イレギュラーズの前にある集団が姿を見せた。
「イレギュラーズ……邪魔者どもめ。私達の理想郷を、汚すつもりなの?」
その集団を率いるは、シトリンの少女。
統一された印章を着飾る集団は、指示を仰ぐように彼女の後ろに控えていた。
「貴方達は、『先生』の邪魔なの。
特に貴方は。……裏切者が、また来たの?」
君達を――いや、より正確に言うと君達の後ろにいるシンシアを見据えて、少女が冷たく告げる。
「貴女は、だれ……です、か」
「忘れたなんて――いいえ、そうね、貴女は忘れたのよね。
記憶と一緒に、命もなくしてしまえば良かったのに」
シンシアの問いかけを鼻で笑って、少女がマスケット銃を構えた。
「さあ、私の可愛い『後輩』たち。あいつらは私達を殺しにきたの。
私達の居場所を奪いに来たの。だから――殺しちゃいましょう」
その瞬間、彼女の前に立っていた10人ほどの子供達が武器を取った。
「でも――忘れたままでいさせるなんて許せないわ。
だから、ヒントを上げる。私の名前はファウスティーナ。
アドラステイアの騎士、プリンシパルの一人。きっと、貴女をもう一度殺すわ」
ファウスティーナは鋭く告げる。
そして、まるで慈しむように自らの前に立つ子供達を見やり。
「さぁ、愛しの後輩たち。多くの功績を上げたのなら、その分だけキシェフを上げましょう」
静かに告げれば、子供たちが奮い立つように声を上げた。
●
戦火にまみれたアドラステイア下層――そこにあるオンネリネンのアジトの一つに、少年は引きたてられていた。
「――お前! おまえが!! おまえが!」
切羽詰まった様子で激昂するのは10代半ばを思わせる少年。
我を失った彼に、胸ぐらをつかまれているのは、10代前半の少年だった。
「ち、違うよ……俺じゃ……」
胸倉をつかむ少年に、締まった口で声を上げる少年の名は、ジャンと言う。
「嘘だ! 新参者のお前だろ! 僕達と嵌めたんだ! プリンシパル様のいる場所で、断罪してやる!」
突き放した少年の勢いに押され、ジャンはその場で尻もちをついた。
「――ッ、な、なにすんだよ!」
キッと顔を上げたその先――自分の胸倉を掴んでいた少年が目を見開いている。
視線の先は――窓の外。
戦火が――イレギュラーズが、目前へと迫っているのだから。
「そ、そいつを縛ろう! きっとあいつら、こいつを助けに来たんだ!
ほら見たことか! やっぱり、お前がそうなんじゃないか!」
違うと、そう答えたいけれど、抑えつけられた身体からは苦悶ばかりが漏れた。
- <ディダスカリアの門>奪われたものを求めて完了
- GM名春野紅葉
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年01月24日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
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各地から聞こえる大小さまざまな喧騒は同じように戦っている仲間達や、今回の攻撃に混乱する下層に住まう者達の声か。
照りつく陽光は、路地から吹き付けた風を運んで肌寒かった。
「毎回アドラステイアに来るたび思うんですけど、
しにゃと同じくらいの歳の子が必死な顔してよく分からん正義を振りかざしてくるの、マジでしんどいんですよね」
珍しく(?)シリアスモードの『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は、パラソル――という名のライフル銃を担ぐようにして可愛いポーズを決めれば。
「いい加減進展して欲しいですし、情報源のジャン君は絶対救出してあげましょう!
よし行きますよアカツキさん! 我々が最強の悪ガキ同盟な所お見せしましょう! 全部焼きましょう!」
「うむ! 都市国家を燃やしていいと聞いて、アカツキ・アマギ参上したのじゃ!
下層で暴れて陽動を行うのならばやはり火計。火計が最適……!!」
やる気一杯とばかりに燃えるのは『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)である。
ボゥ、と光が燃え上がり、鮮やかに揺らめく。
ただ臨戦体勢に入っただけでもあるが、なに、周囲の建物の中には良く燃えそうなものもいくつか見える。
「……アカツキちゃん、しにゃこさん……!? 燃やし過ぎては、駄目ですよ!?」
「なに、冗談じゃ。半分の」
「半分本気じゃないですか!?」
勝手知ったる仲だけあって、比較的気軽なツッコミを入れつつも、『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は、その一方で考える。
(独立都市アドラステイアと言う名前が騒がれるようになり、
その都市から世界各地へオンネリネンの子供達が活動を繰り広げるようになってから、記録されている限りで一年と少し。
ようやくの足掛かり、と言ったトコロでしょうか)
特に、オンネリネンに関しては故郷である深緑でも活動が確認されたことがある。
(少しでも事態が進展に向かうと良いのですが……)
そう願ってやまない。
「此度は敵の撃退だけではなく救出も目的に入っておるゆえ、そなたは妾達と一緒に子供達を相手に戦ってほしいぞ!
あ、でも病み上がりみたいなもんじゃし、余り無理はせぬようにのう」
対して、アカツキの方は、ちらりと後ろにいるシンシアへとそう声を掛ければ。
「そうですね、貴女は防御優先で、突出しすぎない程度に戦ってください」
そう頷いて告げたのはロウラン・アトゥイ・イコロ(p3p009153)である。
「は、はい。分かっています。無理をしたらせっかく連れてきて頂いたのに失礼ですし……」
そう言って頷いた彼女は、アメジストの剣を構えた。
「うむ! 元気であってこそ取り戻せるものもあるってもんじゃ」
アカツキの方も頷いて肯定すれば改めて前を向く。
(さて、シンシアさんにご執心のティーチャーは、どう出るでしょうね。
流石に接触はないと思いたいですが……)
この場にシンシアがいるのなら、どう出るのか。それを考えながら、ロウランはそっと己の右手に魔力を籠めた。
「さぁ来なさい、私は旅人、そして、砲撃手」
充足した魔力をそのまま、叩きつけるようにして子供達へと向ければ、砲撃は一気に戦場を穿つ。
(アドラステイア、これまで幾度か俺も依頼で関わって来た土地……
これまで決め手になる出来事が無かったが、この戦いに勝利すれば中層への道のりが拓かれる。
ならば、俺は騎士として全力を以てこの戦いに勝利する、それだけだ)
そう、頭で考えながら、槍を構える『特異運命座標』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)ながらも。
「……ジャン、無事で居てくれよ」
この付近に潜伏中だったはずの知り合いの少年の事を思う。
「御主人様のお知り合いとあらば助けない訳にはいきませんね。
必ずや成功させてみせましょう」
ベネディクトの傍に控えるようにして『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)も呟けば宵闇を握り締める。
魔力を籠めて弦を作りながら視線を前へ。
後輩と呼ばれた子供達は、じりりと動き出さんとする気配を見せる。
大盾を押し出すように構えた子供達の前衛が動き出す――よりも遥かに早く『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は指輪から青い魔力の糸を出して、それらを一斉に子供達へ。
(攻撃前からアジトが騒がしい上に別の敵集団ですか。
ですがまあ、予定通りにいかないのは何時ものこと。ゆるりと参りませうか)
絡めた糸を捻るように手繰れば、絡めとられた子供達の前衛の顔がヘイゼルに向いた。
「さてさて御立ち合いの幼い騎士の御歴々、キシェフが御入用でしたらこの首などいかがです?」
つい先ほども、ファウスティーナはキシェフをはずむと言っていた。
それを踏まえての挑発は覿面であったと言っていいだろう。
大盾を構えた子供達が3人、ヘイゼルへと魔力糸に引っ張られるように意識を向ける。
(いよいよアドラステイアの中層へ行くきっかけが掴めるんだね……)
中層へと至れる通行証。それさえ入手できれば、アドラステイア――この歪な都市を壊すための大きな一歩が踏み出せる。
ここは正念場だと、『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は真っすぐに見つめ。
両の掌で包み込むようにして形成したのは、赤い魔力の塊。
それは赤き花を思わせる形を以って、破裂するように拡散する。
戦場へと舞い散る花の魔力に魅せられた子供が2人、アレクシアの方を向いた。
「さあ、あなた達の相手はこっちだよ!他の人と戦いたいなら、まずは私を倒してからにしてね!」
美しく刹那に咲き誇る花の模様を追うように、子供達が近づいてくる。
(この子たちは、私達が悪だと思い込まされてるんだよね……出来る限り、殺したりしなくて済むように……!)
向かってきた2人の持つ獲物がアレクシアの身体へと打ち付けられる。
障壁が火花を上げて彼らの攻撃の勢いを大きく殺していく。
前衛が切り裂かれる――その時を待っていたのは『航空猟兵』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)だ。
(ブランシュ、初めてオンネリオンとかに関わるんですけど、こんなに洗脳が激しい物だったりするんですよ?
どの国家よりも凶悪ですよ……アドラステイアってこんな感じばっかりですよ……?)
広がる光景と、伝え聞いた限りのオンネリネンの子供達やアドラステイアの状況――それらは、あまりにも凶悪だ。
そのまま、自身の最高速度をもって振り抜いたメイスから真空波が放たれ、後衛にいた子供の1人へと炸裂する。
その子供は、一瞬おびえたように辺りを見渡して、そのままブランシュを見つけるや、一気にこちらへ向かって走り出す。
「それぞれ間合いを開けなさい。相手は油断していたら負けてしまいますよ」
そうファウスティーナの指示が飛べば、一気にハッと我に返ったように顔を上げた。
(なるほど、号令を発して素直に部下を我に返らせる程度には信用があるということでせうか)
その様子を見ながら、ヘイゼルは静かに敵の様子を見定めていく。
「前衛は落ち着いて対処しなさい。相手は定石通りこちらの継戦力から潰すつもりのようよ」
ファウスティーナは、先程の号令から間を置かず、銃をこちらに向けて――引き金が引かれた。
放たれた弾丸が真っすぐに駆け抜ける先は、ブランシュ。
(それに加えて、落ち着いて対応するだけの指揮能力もある。実戦の経験があるようですね)
そのまま、ヘイゼルは自分を囲う3人の大盾持ちが振り下ろした剣に棒切れを合わせて流し、頭上から振り下ろされた槍を躱して受け流す。
3人目の横殴りの剣だけが僅かに身体を掠めるも、大した威力ではない。
「何度来ても、この下層の景色、全然かわいくないんですよねー。
その分しにゃのかわいさが際立つわけですけど!」
ちゃっかり可愛いアピールしつつ、思考は平淡に。
そのままぱちくりっと可愛いウインクと共にぎゅっと詰めた可愛さが爆発して、銃を握る敵の後衛をオーラが包み込む。
お返しは、後衛にいる子供から放たれた弾丸だ。
相手に攻撃が届く以上、相手の攻撃が届かない道理はないか。
しにゃはそれを天性的な勘でもって躱す。
「今しにゃの可愛い顔めがけて撃ちましたね!?」
視線の先ではヒーラーらしき2人のうちの片方が後衛のアタッカーに術式らしき物を発動している。
「そちらは此方よりも数が上。実力も決して低くは無いとなれば──最初から全力で行かせて貰う!」
開いた道筋をベネディクトは一気に走り抜けた。
すらりと抜いたリーンヴェイル。
鋭利なる大剣は折れず、曲がらず。
薙ぎ払うようにして振り抜いて見せれば、鋭き剣閃がアタッカー2人を纏めて切り裂いた。
攻撃を受けた2人はその攻撃から離れるようにして後ろへ跳躍し――そのまま一斉にベネディクトめがけて弾丸を撃ち込んでいく。
ベネディクトはそれをリーンヴェイルでもって一気に薙ぎ払うが、一部の弾丸がその身に傷を浮かべる。
「それ以上はやらせません!」
ドラマは一気に鞘に納めたリトルブルーを振り抜いた。
一時的な身体強化に深い術式への理解力を伴って放たれた斬撃は薄い蒼き軌跡を描き。
切り裂かれた大気に含まれた魔力は震え、しにゃこへと攻撃を与えた子供の脳を揺らす。
脳を直接揺らした微弱な振動は、その銃使いの感情を掻き乱す。
(うーむ、正常じゃの……『むしろそれがおかしいといえるのじゃ』)
ファウスティーナを視界の中心に据えてエネミースキャンを試みたアカツキは、最終的に彼女を『まとも』と認識した。
このアドラステイアで、『至極真っ当』であることそのものが異常というべきだろう。
だがそれ以外、特記すべき情報がない。それはつまり、彼女が真っ当に強いことの証左でもある。
陰と陽、二つの刻印を合わせ、交じり合う。
それは稲光を以って蛇のようにうねり、けしかければ蛇行しながら敵の後衛、ヒーラーの片方を中心に絡めとり――鎖のような雷霆が円を描く。
リュティスは宵闇を立てるようにして構えれば、生じた弦が幾つも分かれハープのような形状を為す。
「ご主人様!」
口ずさむ聖体頌歌。音色は宵闇の音色と共にベネディクトの身体に浮かんだ傷を瞬くうちに塞いでいく。
美しい音色による癒しをもってベネディクトを癒し、そのまま宵闇を構えなおす。
複数あった弦が一本へと集束して、引き絞ればやがて1本の矢が生まれ――放たれた矢は黒き流星のように瞬きベネディクトを攻撃した2人の視界を遮った。
「はっ、アドラステイアのことは話には聞いてたが、思った以上にクソみてえな場所のようだな。
自分たちの都合のいいように子供吹き込んで好きに使おうなんて、反吐が出るんだよ!」
一気に走り抜ける『餓狼』シオン・シズリー(p3p010236)は、一気に後衛へと走り抜ける。
そのまま愛剣アステラを振り抜いた。剣閃の乱舞は一気に後衛へと攻撃を叩きつけていく。
捨て身ともいえる攻め全振りなシオンの斬撃は当然ながら凄まじい火力となってヒーラーへと到達する。
それを受けて、まだ行動していなかった片方のヒーラーが術式を起こせば、それはヒーラー2人を纏める治癒術式となって傷を塞いでいく。
「もう一発――!」
着地と共に、軸脚を蹴りだしてもう一度剣閃を薙ぎ払う。
それは我流独特の、当てればいいと言わんばかりの一撃だったがそれ故に敵の隙を突いてヒーラーへ大きく傷を入れた。
●
戦闘が始まって少し。銃撃が鳴り響き、それを掻い潜ったイレギュラーズによる反撃が走る。
戦況はそれでもイレギュラーズ側優位に進んでいた。
現時点で作戦は計算通りだといえる。
ただ、たった1つだけイレギュラーズ側の作戦に抜けがあったとしたら――それは。
「いくですよー!」
圧倒的な速度を保ち続けるブランシュはメイスの先端に付けられた銃口をヒーラーめがけて構える。
放たれた弾丸は空気の壁を蹴り、そのたびに曲がって射線を捩じり、軌跡は歪みながら飛ぶ。
跳躍するような弾丸は、ヒーラーには至らずその眼前に割り込む女――ファウスティーナの鎧へと食い込んだ。
「くっ――」
弾丸を代わって受けた、ファウスティーナへの抑えである。
もちろん、ただそれだけでイレギュラーズ側が不利になるわけではない。
タンクと同様にファウスティーナの注意も引ければよかったのだが、どうにも彼女の精神性が強靭に感じられた。
結果として、流れがゆっくりになっていることは否めない。
「やっぱり硬いんですよ!」
防御技術というよりも、素の体力で受けられているように感じながら、ブランシュは思わず声を上げた。
(持久戦に持ち込むことで、援軍を待っているのでしょうね)
自らの調和を賦活へ変換、そのまま循環させるようにして己の生命力を活性化しなおしながら、ヘイゼルは3人の子供達と相対し続けている。
その視線の先、ファウスティーナはヒーラーを庇いながらの戦いを始めている。
結果的にイレギュラーズ側はヒーラーへの攻撃があまり通っていない。
ヘイゼルが見る限り、ファウスティーナの守りは防御技術というよりも体力で受けているように見える。
「プリンシパル様! 我々もお力添えを致します!」
声がして、顔を上げれば、そこには新手。
「援軍ですか――」
剣やら槍やら銃やらを持った子供達は戦場に姿を見せるや否やファウスティーナとイレギュラーズの間に割り込むように突っ込んでくる。
「追加のお仕事ですね」
その瞬間、ヘイゼルは糸を手繰った。
指輪より生じた糸は子供達の武器を絡めとり、奪われないように抵抗した3人ほどの意識はヘイゼルへと向いた。
(――さて、追加で3人となると流石に私も本気で耐える必要がありそうでせうか?)
そう簡単に捉えられるつもりはないが、3人のうちの1人の攻撃で掠り傷を時折は負っている以上、警戒するに越したことはない。
「あなたにとっての家族とはなんだ。耳障りの良い言葉で本質を誤魔化しているだけではないのか」
ヒーラーを庇うように立つファウスティーナへとベネディクトは剣で競り合いながら問う。
家族とは血の繋がりだけでは無い。
それは、そうだろう。だとしても、彼女達の言う家族はあまりにも歪に思えるのだ。
「――家族とは、尽くす者でしょう? 子は親に、弟妹は兄姉に。
目上の者へ生涯の全てを使って支え尽くす者です。
寧ろ、それ以外にあるとでも?」
一切の疑念なく、ファウスティーナは淡々と告げる。
「理解できないな――したくもないが」
「していただかなくても構いませんわ――もとより、理解していただけるとも思っていません。
特に、私を裏切ったメリッサのように……」
そう言ったファウスティーナの瞳は、深い闇が覗いていた。
それは家族そのものへの嫌悪感を示しているように見えた。
「メリッサ……?」
その視線がベネディクトの後ろを見ているのを感じて、何となく察する。
事前情報によればシンシアとは記憶を失っていた彼女が仮で与えられた名前――であれば、メリッサこそが本名なのだろうと。
競り合う銃を跳ね上げ、ベネディクトは踏み込んだ。
文字通りに横やりを入れてきた別の子供を諸共に、リーンヴェイルを横に薙ぎ払う。
一瞬たじろいだ子供達を一瞥しつつ、正面にはファウスティーナを置き続け――もう一度。
アレクシアは小さく燃えるような魔力片を一斉にファウスティーナへと撃ち込んだ。
ファウスティーナの身体に突き立った魔力片は、散り付くような炎をもたらす。
しかしそれらの炎はファウスティーナには定着していない。
その精神力を体現するような意思抵抗力は凄まじいものがあった。
「あなたはどうしてそうまでして私達を敵視するの!?
どうして子どもたちをそこまで利用しようとするの!?」
アレクシアの悲痛な面持ちの言葉に、ファウスティーナは一瞬ながら口を閉ざす。
「たとえここが地獄の底なのだとしても、与えられた安息の地を奪おうとする者を許せますか」
そうして、一層の敵愾心を募らせた瞳をアレクシアへ向けた。
「あなたは、ここが酷い場所と知っていて、それでもここがいいというの!?」
ちらりと路上から視線を外せば、白骨化した遺体が見える。
あるいは、腐乱した悪臭を放つ白骨化しつつある遺体、人の歩かぬ場所に至っては埃が目に見えて積もってさえいる。
こんな場所を――彼女は知っていてなお、安息の地と呼ぶのかと。
「ええ――実際、ここは私達が生まれ育った場所とさほど変わらない。
さほど変わらないのだとしても――あの子たちは、この場所なら笑っていられる。
たとえそれが仮初の笑みなのだとしても」
そう言ったファウスティーナの握る銃から、弾丸が放たれアレクシアへと襲い掛かる。
咄嗟に巡らせた障壁の一番弱いところへと当たった弾丸は、障壁を割ってアレクシアの身体に傷を刻む。
「貴女の言ってることも、やってることも、間違ってるよ!
貴女がどんなところで生きてきたのかは知らないけど、アドラステイアに味方する以外に道はあるはずだよ!」
本当のことを彼女が知らなくとも、少しでも疑念を持ってもらえれば話し合えるかもしれない。
そう思っていたアレクシアだった――けれど、彼女には届いていない。
「間違っている? いいえ。私達は間違っていない。
もしも間違っているのなら――その時はきっと、先生や神さまが私達を罰してくれるもの」
いいや、正確に言うのなら――届いているが響いていない、とでもいうべきか。
洗脳の方が遥かにマシだ。洗脳であれば、解くことができる可能性のあるだけまだ救いようがある。
目の前に立つ少女は、洗脳が施されているわけじゃない。
恐らく彼女は、信じている誰か――例えば、『先生(ティーチャー)』などと呼ばれている存在に、死ねと言われれば死ぬのだろう。
それほどの狂信的――あるいは妄信的な精神性を感じる。
それはある種、歪なまでの忠誠心とでもいうべきだが――これではどうしようもない。
「どうして――分からないの? いいえ、分かってくれないの」
思わず出た縋るような声に、ファウスティーナの深い怒りに満ちた瞳が向いた。
「よく増援に来てくれました。このまま押しつぶしましょう」
その視線をそっと外したファウスティーナがそう指示を発した。
「そういうの、ほんとしんどいんですけど……」
淡々とした指示を告げたファウスティーナが今まで言っていた言葉を聞いていたしにゃこは呟くや否や首を振って。
「新手が増えてもしにゃのやることは変わりません!」
自分の精いっぱいの可愛いを凝縮して、しにゃこは半ば叫びたいような気持ちでラブリーボンバーを放った。
エネミーサーチの範囲は背後のアジト――ジャンがいるらしい場所さえ範囲内に収まる。
自棄に近い気持ちでサーチを施すや、アジトの中に敵性人物は無さそうだった。
「あっちに敵はいないみたいっぽいですよー!」
そう声を上げれば、ベネディクトとブランシュが微かにこちらを向いて了承の合図をする。
(後は敵がジャン君を連れて撤退しないようにするだけ……!)
ぎゅっと傘型のライフルを握り締めた。
ドラマは落ち着いて深呼吸する。
普段ならば紅いその瞳が蒼く輝けば、瞳に見えるは魔力の奔流。
「貴方達は私達に敵対心を抱いている。なら、私達は殺さずに止めるだけです」
抜き身のリトルブルーへと集束する魔力の奔流を見据え、深呼吸。
ドラマは真っすぐに剣を振り抜いた。
鮮烈に輝く蒼い光が銃を構えていた子供をその銃口へと集めつつあった魔力ごと叩き伏せた。
初撃となった剣閃と間を置かぬ魔力の奔流に、ぐらりとその子供の身体が揺れる。
「増援ならばこれじゃな!」
アカツキの刻印が鮮やかな光を放ち、光球を作る。
打ち出された球体は戦場の空へ放物線を描いて飛翔し、炸裂する。
炸裂した光は、そのまま広範囲へと降り注いでいく。
美しくも恐るべき焔の光は数人の身体を2度に渡って貫き、戦場を焼き払う。
炎の魔女と自称するだけあり、その火力は鮮やかなものだ。
炎が焼くは肉体になく、精神性。
精神を侵された者達は狂気のままに2人ほどが自らを攻撃し始めた。
「前衛6名、後衛4名ですか。アタッカーが増えた形のようですね」
冷静に分析するリュティスはそれを仲間達へと伝達していく。
より効率的に動けるように仲間へと伝えていきながら、視線を上げた。
宵闇の弦を引けば、術式を起こす。
(ここはヘイゼル様の傷を追加でしておいた方が良さそうですね)
弦を引いて放つのは幻想福音。
紡ぎ出す幻影の福音が追加で子供達の注意を引くヘイゼルの身体を治癒していく。
心地よい輝きに身体に浮かんでいた傷が幾つも消えていく。
「なあ、あんたはこの街のこと、この歪さを何とも思わねえのか?」
「――歪? ……たしかに、そうなのかもしれないわね。
でも、歪だとしてもそこに居場所があるだけいいでしょう。
――私達なんて、どうせ、居場所もなく誰にも認められず死ぬだけの……肥溜めの中の糞だもの」
シオンの問いかけに、ファウスティーナは事も無げに返してくる。
その表情は諦観でさえない。
その答えにシズリーの表情は険しくなる。
シオン自身、スラムでは生き延びるために何でもやってきた。
だが、そんなシオンの目から見てもこの町の悍ましい光景には怒りに近いものを覚える。
貧しさに喘いでいた自分達に何もしてくれなかった祖国。
その祖国でさえ、多数が何もしてくれないのだとしても、何とかしようとする数少ない人間はいた。
だが――これだ。目の前の少女は、『何もしてくれないどころか、より一層と酷い状態を肯定』したのである。
短剣を握り締めるシオンの手に言い知れぬ不快感が溢れ出して、純黒の魔力はより密度を増した。
「あんた、あのシンシアってのと知り合いなんだろ?」
飛び掛かるようにして跳躍し、魔力を叩きつけるや睨むように告げれば。
「シンシ……あぁ、その後ろにいる少女ですか。
えぇ、酷く不快ですけど、そうですよ。……殺したつもりでしたのに」
打ち込まれた魔力に合わせるように弾丸を撃ち込んだファウスティーナは、黒顎魔王の威力を幾らか殺しつつもその圧倒的大火力を撃ち込んだ。
そこでほぼ初めてと言っていい。ファウスティーナの表情が見開かれた。
「それだ。知り合いって言う割には、穏やかじゃねえな。『命もなくしてしまえば良かったのに』なんてなぁ!」
「――貴方達ローレットは……いいえ、イレギュラーズは、私達の同胞を山と殺してきた。
そのローレットと同じイレギュラーズになったらしいと。
『私は、天国みたいな景色を見た。――私のしてきたことは間違ってたのかな?』などと!
神への、先生への信心を忘れた裏切者! 殺さない方がおかしいでしょう!?」
そういえば、オンネリネン――いやアドラステイアの者達の多くは、イレギュラーズが救い出した子供達が殺されたと信じているという。
もちろん、その憎悪もあるのだろうが、ファウスティーナの憎悪はむしろ神や先生――信仰の対象や目上への忠誠心から来るものに感じられる。
「……信心、ですか。では、信心――貴女の信仰する者のためなら、恩人を焼き打つことが正しいとでも?」
右手の宝石に魔力を集め、ロウランはそのまま叩きつけるようにして前衛の後輩とやらごとファウスティーナを穿つ。
鮮烈の魔力砲撃を浴びたファウスティーナに、ロウランは続けて問う。
「言うものですね。人攫いをけしかけたのはそちらでしょうに。
あの時、彼女を連れ去ろうとしていたのはティーチャーからの指令。
本当ならば自身で討伐に向かいたかったとでも?」
「何の話――いいえ、何でもないわ」
ロウランの言葉に訝しむ様子を一瞬見せたファウスティーナは直ぐに我に返った様子で静かに言う。
だが、その表情変化は、ロウランにはしっかりと見えていた。
(……知らない? そんなはずは……いえ、もしかして、『彼女とティーチャーの思惑は微妙に違う』のでしょうか)
もしもそうであれば――すなわち、オンネリネンへと指示を出した系統が別なのであれば、今の不自然さも理解が出来る。
ロウランは考えを巡らせながら再び掌に魔力を籠めていった。
●
追加戦力が出てきたあたりで、戦場の硬直は解かれた。
それはイレギュラーズ側に不利――否。その逆である。
戦況はイレギュラーズ有利に大きく傾いた。その原因は――敵が増えたことだ。
増援の登場により攻勢に出る判断をしたことに加え、ヒーラーが癒すべき味方の増えたことでそれまでのファウスティーナの背後にいる形を継続できなくなった。
結果的に、零れ落ちたヒーラーの片方へイレギュラーズの攻撃が通るようになる。
「わらわらと出てきた割にはって奴だな」
踏み込むようにして肉薄したシオンは、そのまま剣を振るう。
濃密な魔力を纏う剣を振り払えば、それは真っすぐにヒーラーの少女へと炸裂する。
黒い顎へと変質を遂げた魔力は、文字通りヒーラーの少女を丸呑みにすると、そのまま噛み砕くように少女を切り裂いた。
今に倒れてしまいそうな少女へ追撃を仕掛けるのはロウランだ。
「巨神の掌に押しつぶされて……跪け! 神気閃光」
空へと掲げた掌。宝石が輝き、巨人の腕を思わせる光を生み出すと、その少女めがけて落ちた。
瞬く光に包まれた少女は、小さく悲鳴を上げて、そのままに崩れ落ちる。
気絶したらしき少女から視線を次へ。
「今しかないのですよ!」
攻勢に出ようとしたことでファウスティーナがヒーラーから離れたその瞬間に走り抜けたブランシュは、一気に突っ込んでいく。
そのままヒーラーの子供の懐へ遠心力と慣性の乗ったメイスを叩きつけると同時、ほぼ無理矢理に身体を前へ。
傍での瞬間的超加速より思いっきりメイスを叩きつけた。
超新星爆発の如き破壊力にヒーラーが崩れ落ちた。
(ヒーラーを倒せましたか……もう少しですね)
落ち着いた様子のヘイゼルだが、その傷は深い。
多くの人員の注意を引いていたこともあって、否応なく傷は増えてしまっていた。
ヘイゼルでなければとっくにパンドラの箱が開いていただろう。
だが、持ち前の驚異的な回避力と防御技術、抵抗力はこの戦場でも際立っている。
そこへ自身とリュティス、余裕がある時にはアレクシアも加わった支援により、敵はヘイゼルを崩せていなかった。
落ち着いて深呼吸。自らの力を循環させながら、受ける攻撃を躱し続けていく。
しにゃこは一気に前に出た。
(ほんと、嫌なら、怖いなら逃げればいいのに)
今にも倒れそうなそのオンネリネンの子供は、まだ幼く持つ剣は震えていた。
「しにゃには全然わかりません! しにゃの可愛いポーズでも見てるほうがいいんじゃないです!?」
突如として前に現れたしにゃこに、ぽかんとした様子の少年へ、傘でいう頭の部分で思いっきり鳩尾を突いて気絶させる。
ベネディクトは自分の前に立ちふさがるように構える2人のオンネリネンの子供達へ静かに踏み込んだ。
戦闘での疲弊は大きく、倒れそうな体でなお、前を向いている。
その瞳には、恐怖と怒りが半々。
怒りは――恐らくは良い聞かされている『家族を殺した相手』というものだろう。
「殺しはしない――少しばかり眠っていてくれ」
いうや、ベネディクトは自分の足元を蹴り飛ばした。
砂か埃かが舞い上がり、子供達が顔を庇ったその刹那。
踏み込みと同時、剣の腹で殴りつけ、もう片方の鳩尾を殴りつけて気絶させる。
そこ目掛け、アカツキは再び焔光を空へと投げた。
鮮烈の輝きが美しく空を瞬き、流星群の如く降り注ぐ。
苛烈な猛攻撃にまだ健在の子供達が悲鳴を上げた。
突き立つ赤き光は矢のように、あるいは槍のように。
けれど、悲鳴を上げた子供達は、やがて起き上がって攻撃を仕掛けんと力を振り絞る。
「命までは取らぬのじゃ」
それを見ながらも、アカツキはそっと視線を別の子らに向けた。
そうやって、ヒーラーとアタッカーが2人ずつ倒れたあたりだった。
「くっ……これ以上は」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたファウスティーナが、手に持つ銃を空に向けて放つ。
その銃声に、彼女の後輩たちが我に返る。
「退きますよ、これ以上の損害は、先生にも申し訳がない」
その指示に合わせて、まだ動ける後輩たちが後ろへ下がっていく。
向かう先は――ジャンがいるはずのアジト。
「――貴女の意図は、ここで断ち切ります!!」
ハッとしたドラマは蒼い刀身の魔術礼装を振り払った。
放たれた微弱な振動がファウスティーナへと炸裂する。
確かに脳を揺さぶったであろう証拠に、彼女は此方を向いて――けれど忌々し気に前に向き直った。
それは、生き残るために全てを優先しているが故。やはり、彼女の持つ精神的な抵抗力は異常に高いのであろう。
邪魔されたアジトから向かう先を変えて、中層に通じる門の方へと走っていく。
「ご主人様! ブランシュ様!」
その瞬間、リュティスは声を上げた。
ファウスティーナ隊――計7人の逃亡。それに加えて、戦場に残る子供の数は残りざっと見てイレギュラーズよりも下。
いつの間にか、予定していた時は過ぎていた。
リュティスの言葉に顔を上げた2人が動き出すのを邪魔するように子供達が動く。
その瞬間、リュティスの引き絞っていた黒弓が弦を鳴らす。
黒色の矢は前に立った子供達を、夜の帳で埋め尽くした。
瞬く黒光に目を眩ませた子供たちの横を、2人が駆け抜けていく。
●
「見つけたですよ! 今助けるですよ!」
建物の内部へと潜入したブランシュは人助けセンサーを駆使して見つけ出したジャンへと駆けよっていく。
「んんーー!! んんっ! んー! んー!」
手拭いか何かだろうか、猿轡代わりにしてきっちりと絞られたそれで口を防がれた少年は必死に首を振っている。
ほぼ同時、ベネディクトは殺気を感じて背後を振り返りざまにリーンヴェイルを振った。
いっそ美しいまでの軌跡を描いた剣閃は、背後にいた少年を切り裂いていた。
幸か不幸か、咄嗟に身体を引くようにしたおかげで、少年の傷口は浅そうだ。
「お、お前ら! 裏切り者を助けに来たんだなぁ!」
そう言う少年の声は震えている。恐らく、オンネリネンでさえない。ただのアドラステイアの子供だろう。
はっきり言って、ただの孤児と変わらない――いや、環境の悪さを加味すれば普通の孤児よりもなお、弱弱しい。
「ジャン、怪我はあるか? 動けるか?」
「う、うん、大丈夫。ちょっと痛いけど、いけるはずだよ!」
「リアルト、いけるか?」
「大丈夫なのですよ! もう少しだけ我慢するですよ!」
言うや、ブランシュはジャンを抱き上げ、そのまま一気に走り出す。
「あっ! ま、待てよ!」
子供が声を上げる横を、ブランシュが走り抜けて――ほぼ同時に、ベネディクトは前へ出た。
「少しばかり、眠っていてくれ」
ただの一発、痛みすら感じず――そしてこちらに意識が向き直るより前に、ベネディクトは少年の意識を刈り取った。
これならばきっと、トラウマになることすらないだろう。
●
ここでの戦いは終わりを迎えていた。
ファウスティーナ隊が戦場から立ち去り、オンネリネンの子供達も全員がイレギュラーズの不殺攻撃によって気絶している。
ふと誰かが視線を向ければ、撤退していったファウスティーナのいた場所に、きらりと光るものがあった。
「……ロケットペンダント?」
恐らくは戦いの中でチェーンが切れてしまったのだろう。
地面に落ちているそれを拾い上げてみれば、ぱかりとチャームが開く。
「……これは、ファウスティーナと、シンシア?」
椅子に座った2人の写真。
シンシアの後ろから抱くようにしてもたれ掛かるファウスティーナとシンシア。
ファウスティーナが後ろから抱きしめるようにして垂らした腕に自らの手を添える姿は、まるで互いを慈しみ合う姉妹のように見えた。
「――――ッ」
振り返れば、眼を見開いていたシンシアがそのまま目を伏せるように俯いた。
つい今しがたまで自分を殺しそうとしていた相手。
そんな相手と、本物の姉妹のように抱き合っている――そんな過去があるなんて、動揺するのも無理からぬことか。
少女はそのまま頭を抱え、胸を抑えて蹲った。
「だ、大丈夫ですか!?」
ロウランが思わず駆けよればシンシアは蹲ったまま、その表情を歪めている。
悲しむような表情は、下手をすれば自死しかねない危うさを見せていた。
「大丈夫かの! どこか痛むのか!?」
「い、いえ、大丈夫です。ごめんなさい、ご心配をおかけしました。
――ごめんなさい、私なんかを助けさせてしまって。
あぁ――本当に、なんで、私は死んでないの……」
駆け寄ったアカツキは確かにそう呟くシンシアの声を聞いた。
そこへ、ジャンを連れたブランシュが走りこんできて、やや遅れたベネディクトが走ってくる。
「お怪我は?」
2人の下へ近づいたリュティスの言葉に、ジャンが首を振って否定を示す。
「痛いと言っていたが……」
救出時に言っていたことを思い出してベネディクトが言えば、少年は首を振って。
「うん、身体の前が痛いけど、多分、床に叩きつけられた時のだから」
「だとしても、一応は手当てをした方が良いでしょう。万が一ということもあります」
そう言ってリュティスが手当てを始めていく。
「ジャン、こんな時に聞いて悪いが、何か情報が掴めたりしたか?
もちろん、無いなら無いで構わない。君が無事で戻ってこれたのが一番喜ばしいことだからな」
「そういえば、ベネディクト兄さんたちが来る前、『宣教師のお姉さんがくる』って言ってたんだ。
『聖別の日』だとか何とか言ってた」
「……聖別? それはなんだ? 初めて聞く単語だが」
ベネディクトの言葉に、ジャンは少し俯いて。
「うん、この辺にいる子供が、1人とか2人とかで、何ヶ月かに一回、中層に行けるんだ。それは聖別って言って――」
「――戻ってこない、ですよね」
その声は後ろから聞こえてきた。
ベネディクトが振り返れば、そこには悲しむような、苦しむような、あるいは自蔑するような表情の少女――シンシアがいる。
「うん、俺達下層の奴らの中では中層の暮らしを喜んでると思ってたんだ。……何か知ってるんだね、姉ちゃん」
「えぇ、思い出しました。少しだけ……聖別は、ティーチャー・アメリがご自身のお考えのもとで行っている行為。
多くの人が知らぬとも不思議ではないのです」
個人で行なっていることならば、成程聞いたこともなくてもおかしくはない――が。
「それは一体、どういうものなのですか? そして貴女はなぜそれを知ってるんです?」
リュティスの問いかけに、少女は少しばかり言い淀んで。
「私が知ってるのは、私が――いいえ、私とプリンシパル・ファウスティーナ(おねえさま)が、
聖別のために下層や外から子供たちを中層へ連れていく実行部隊――その指揮官だったから、です」
「その実行部隊が『宣教師』――か」
ベネディクトが思わず口に出して。
「俺の仲間の何人かは、聖別にあったって聞いた。
あんたや、あんたの姉ちゃんに何人か中層に連れて行かれたってことだよね……」
ジャンはどこか縋るように少女を見上げる。
2つの問いかけに、シンシアは小さく『ごめんなさい』――と、それだけ残していた。
「……ここから先は、その少年に伝えるにはあまりにも酷です」
そういうと、シンシアは声を殺してジャンに聞こえないよう工夫しつつ。
「……聖別は、アドラステイアの基準で清らかなる魂を聖化する行為――聖別をされた者は、その姿を高貴なる天使へと変えます」
「それは――まさか」
声を詰まらせるリュティスに。
「……聖別とは、ティーチャー・アメリが、下層の孤児たちから選んだ子供を、聖獣へと変えるものです」
そういうシンシアの話が本当ならば、連れて行かれたというジャンの仲間はもう、聖獣に変わってしまっているだろう。
「その聖別とやらのために、ティーチャーアメリっていうのは、何をしてるんだ?
まさか、アンタやファウスティーナに連れてこさせて、自分は中層で引きこもってるんじゃねえだろうな?」
シオンの言葉は非常に荒々しいもの。
「……いつも、子供を連れて中層に行くのは私達の仕事。
その子供達に、大量のイコルを注射して聖獣にするのも、私達の仕事――でした」
殻に閉じこもったような、光の無い瞳でシンシアが肯定する。
「――ちっ、手を穢させるのは子供で自分は高みの見物ってことか。反吐が出るな」
シオンは思わず舌打ちした。
きっと、注射された子供達には苦しみもなかったのだろう。
イコルというのは、多幸感を与えて幻覚を見せる――そう言う手合いの薬物なのだとは聞く話だ。
それが悪魔のような所業なのだとしても、苦しみ藻掻きながら変じなくとも済んだであろうことだけがせめてもの救い――と考えるのも反吐が出るが。
「結局、中層に行けなきゃ、そのティーチャーを殴れもしねえってことか」
胸糞の悪いどす黒い感情を吐露する以外で、今は返しようがない。
「どうして、イコルが聖獣にする効果があると知っているのですか?」
ドラマの問いかけに、シンシアが今にも死にそうな土気色の顔で、顔を引きつらせて、深呼吸して。
「知っていますよ、私達――『プリンシパル』階級の聖銃士は通行証の管理もですけど、
キシェフを配布する権限、それにイコルがどういうものか、その真実を知らされているんです。
多くの子供達は、聖獣になることを罪と考えていません。むしろ、あれは聖なる存在と思っています。
だから――少なくとも、アドラステイアの子は皆、喜んでいました」
最後まで言い切るや、そのまま崩れ落ちて意識を失った。
崩れた精神の均衡を押して、伝えるべきことを伝えきったように。
失われた意識のまま、少女の『ごめんなさい』の幾度もうわ言が続いている。
●
窓辺から吹き込む風は、仄かな潮の香りを纏う。
アドラステイア中層――港湾都市アスピーダ・タラサの面影残る建物の1つ。
木目調の調度品に包まれた一室にて、パチパチと暖炉の火種が音を立てている。
揺らめく炎の灯りは、木製のテーブルとイスにいる女の影を揺らめかせていた。
そんな女はまだ温かさの残る紅茶に舌鼓を打ちながら、本のページをめくっていた。
「せ、先生……!」
そこへおずおずと姿を見せたファウスティーナが、そのまま女へすがるように跪いた。
「プリンシパル・ファウスティーナ。恐れず、顔を上げるのです」
かちゃりと音を鳴らしてカップを置いた女は、ファウスティーナの頭上から酷く穏やかに声をかける。
その声を聞くファウスティーナは震えていた。
いや、あるいは酷く穏やかだからこそ恐ろしいのやもしれぬ。
下層での戦いなど、眼中にも見せぬ様子の女は、先生と呼ばれた通り教導者然としていた。
女に見下され、告げられた言葉を咀嚼した辺りでファウスティーナが顔を上げた。
「彼女を連れ戻すことはかないませんでした……申し訳ありません、ティーチャー・アメリ」
「ふふっ、連れ戻す気など、元よりなかったでしょう。
その様子ですと、殺すことも出来なかったようですね?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「良いのですよ。ですが、そうですね。
貴女が彼女を殺そうとしたこと自体には、罰を与えましょう。
私は、あの子を私の手元に連れてきてほしいのです。彼女は裏切者です。
ですがその罪深さを浄化すれば、強力な祝福(聖獣)を得るやもしれないのですから」
中層で行なわれたその談合は、仮定のみ残して2人以外の誰にも聞かれることなく空気に溶けていく。
「良いですね、ファウスティーナ。貴女と彼女、貴女達は今こそ別れてますが、
かつては2人で1人――柴黄水晶の輝きであったのですから」
そう言って、ティーチャー・アメリはファウスティーナの頭を優しく撫でた。
それはまるで――家畜(むすめ)に慈愛の心を向ける飼育人(ははおや)のように。
(イコルを使わず、魔女裁判よりも、オンネリネンとして戦いで実力を示すことでプリンシパルにまでなったあの子。
そこから生まれ落ちる聖獣というのは、いかほどでしょうか……興味深い)
言葉に出さず、ファウスティーナにも見えぬ場所で、ティーチャー・アメリはその口元を好奇に染めた笑みで歪めている。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
色々と分かったようです。
GMコメント
お久しぶりでございます。春野紅葉です。
●オーダー
【1】『幸福なる』ファウスティーナの撃退
【2】後輩の無力化
【3】???の獲得
【4】ジャンの救出
●フィールド
アドラステイア下層、無造作な家屋の乱立するエリアの一角です。
少し先には本来の目標だったアジトの建物が見え、更に遠くには中層への扉が見えます。
●エネミー
・『幸福なる』ファウスティーナ
聖銃士の衣装に身を包んだ、シトリンのような淡い黄色の髪の少女。
年頃は10代後半から20代前半、武器はシトリンの装飾に彩られたマスケット銃です。
アドラステイアの騎士、いわゆる『聖銃士』であり、その中でも特に優秀な者達である『プリンシパル』の一人です。
戦闘経験も豊富そうであり、強力な敵です。
能力傾向は現時点で不明ですが、武器を考えるに中~遠距離タイプだと思われます。
非常に冷酷な性格で、シンシアとは顔見知りの様子。
ある程度の損害が出た時点で撤退します。
戦闘スタイルは基本中~超遠レンジの射撃型ですが近接戦も出来なくはありません。
また、『幸福なる』の二つ名に違わず、CTがやや高めである様子。
・後輩×10
皆さんご存知、アドラステイアの『子供達』ですが、
特別にファウスティーナの指揮下で活動する『彼女の特殊部隊』です。
聖銃士であるファウスティーナに比べると1枚も2枚も劣りますが、
近接タンク×5、遠距離アタッカー×3、ヒーラー×2がバランスよく構成されています。
編成からタンクで受け止め、遠距離アタッカーで絨毯爆撃を叩き込んで殲滅するタイプの編成と思われます。
・オンネリネンの子供達×10
フィールドのアジトにいたオンネリネンの子供達です。
戦闘開始後、4~6Tほどしてから建物の外に出てきます。
10代前半から16歳前後までの子供達で構成され、イレギュラーズを敵と認識して攻撃を仕掛けてきます。
●味方NPC
・シンシア
アメジスト色の髪を持ち、アメジストの宝石が嵌められた剣を獲物とする少女。
記憶を失っていますが、イレギュラーズである可能性が極めて高いです。
前段階シナリオになる『<オンネリネン>眠りの乙女は夢を見る(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6765)』にてイレギュラーズに救出・保護され、今までその時に出来た傷の療養を行なっていました。
そして今回、オンネリネンの子供達に言われた『本当の家族』の意味を確かめ、自分の記憶に向き合うため、参加を願い出ています。
ファウスティーナからは裏切者と呼ばれ、殺意を抱かれているようですが……?
戦闘能力は持ってますが、記憶喪失なこともあってスキルが使えず、通常攻撃を用います。
物神どちらも同等程度の威力のようです。
やや回避が控えめではありますが、それ以外のステータスはバランスよく構成されています。
皆さんより格下ですが普通の子供達相手なら割と勝ち越せるスペックです。
メタ的な表現をするとハンマーでスキルをリセットした直後、装備品あり、といった雰囲気でしょうか。
・ジャン
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)さんの関係者。
アドラステイア下層へ潜入中だったローレット側のスパイです。
幼いながら上手くこれまで孤児として潜んでいましたが、
今回のアドラステイア侵攻に伴い、脱出を試み失敗、フィールド奥にあるアジトに拘禁されています。
状況によってどうなるかは不明ですが、救出しない(もしくは失敗した)場合、殺害または中層への連れ去りが懸念されます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●独立都市アドラステイアとは
天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia
●聖銃士とは
キシェフを多く獲得した子供には『神の血』、そして称号と鎧が与えられ、聖銃士(セイクリッドマスケティア)となります。
鎧には気分を高揚させときには幻覚を見せる作用があるため、子供たちは聖なる力を得たと錯覚しています。
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