PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<ディダスカリアの門>アスピーダの高壁

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●アスピーダ・タラサ
 其れは北方の不凍港への対策として聖教国が設置した港街であった。
 港湾警備隊が配置され、敬虔深き神の徒達が来たるであろう脅威に備え続ける寒々しい冬の港。
 強大なる鉄帝国軍への対抗か。それとも、国力のアピールであったのかは定かではない。簡素ながらも几帳面に整えられたアスピーダ・タラサの街は聖教国をよく表していた。
 その街の名は、現在の聖教国の地図には掲載されては居ない。寧ろ、口にするものも少なくなった。
 石畳の並んだ西洋風の町並みに、寒さを凌いだ煉瓦の建築がずらりと並んだ港町は現在は高く聳え立つ塀の向こうにあったのだ――

「アドラステイアって街の基板になったのが騎士港『アスピーダ・タラサ』だ。
 ま、この呼び名も随分廃れちまったが……嘗ての時代にゃ不凍港を有する鉄帝に対抗するための軍用港だったワケだ。
 聖都を襲った『災厄』――冠位魔種ベアトリーチェの暴虐に対抗するためにこの港町の騎士団も聖都に馳せ参じた。
 伽藍堂になったこの場所に目を付けたんだから奴さん等もお目が高いってな」
 そう笑ったのはサントノーレ・パンデピス。彼は調査報告をしにローレットへと足を運んでいたのだ。
 その傍らでちょこりと座っていたのはラヴィネイル。冷め切ったココアの入ったマグカップをちょこりと手を掴みながらサントノーレの話に耳を傾ける。
 聳え立った塀が外界と遮断する。入ることさえ困難なアドラステイア。
 その横暴とも呼べる現状を食い止める為に天義が依頼し、探偵が調査したのは全てが秘密裏の内のことだ。表だって騎士団が動けばアドラステイアとの関係が直ぐにでも悪化する。それを食い止める為の便利屋がイレギュラーズというわけだ。
「まずはアドラステイアの構造の『おさらい』だ。
 あの都市は丘のような構造をしている。それはアスピーダ・タラサが『灯台』を立てるためにわざとそう言う地形だったって話だ。
 嘗て灯台だった場所は塔になり鐘を鳴らす。その辺りが上層と呼ばれるエリアだ。住民の神様やらティーチャーが住む区分だな。
 それから次、アスピーダ・タラサの町並みが残されている上層を取り囲んだ円形エリアが中層。此処が俺たちの目的地になる。
 で、最期がその郊外部分を塀で多いスラム街を作り上げた下層。子供は大体が此の辺りに住んでやがる。普通に突入しても『下層』でおだぶつだ」
「子供達、洗脳されてるから」
 ラヴィネイルに頷いたサントノーレは「それを救い出す手立ては今のところは分からねぇ。善を唱えても奴らは洗脳の中だからな」と肩を竦める。
「詰まり、解き放ちたいって願うんなら中層、それから上層部にまで喧嘩を売らなきゃならねえってわけだ。オーケー?」

 今回の作戦の要点を掻い摘まもう。
 中層へと突入する部隊を先に進ませるために下層で子供達の注意を引付ける『陽動』
 更には、障害となる『フォルトーナ地区』での大規模戦闘。
 その2パターンが注意を引いている間に行うのが『中層突入作戦』だ。
「こっちも準備はしてあるんだ。新世界ってのはどうにも一緒くたに扱うべきじゃねぇな。
 二人、ミハエル・スニーアとバスチアン・フォン・ヴァレンシュタインに着目した。片方はエンターテイナーだ。
 何方も旅人に対して思う事はある。下層に居る旅人の子供達を『取引材料』にするんだ。いいな? ……悔しい話だが、それ位しか中層へと突入する手立てはない。
 だからこそ、奴らには利用価値がある。交友関係があり同じ組織に所属し、アドラステイアに主軸を置いていない奴らは都市に出入りするが都市に愛着はない。そこを利用して中層への通行手形をゲットするんだ」
 その後になれば、内部で『協力者』となるプリンシバルを得ることも出来るはずだ。
 一先ずは中層に突入し通行手形を得る。得られた時点で総員は戦闘を終えて退避。アドラステイアを一度後にする。
「何かを救うためには何かを犠牲にしなくっちゃならねぇ。……やるせないな」

●中層域に住まう
「どうかしたのですか」
 ティーチャー・カンパニュラの言葉に首を振ったのは『蜜蜂』のレミーアであった。
「いいえ、ティーチャー。何もありません。……今日も我らの神に感謝を。
 本日はどのような『お仕事』でしょうか。レミーア、ティーチャーのお役に立てて光栄で御座います」
 俯いたレミーアにカンパニュラは柔和な笑みを浮かべて見せた。『穢らわしい偽りの神』を信仰する外の国。
 終ぞ信じた神に裏切られた心の傷を癒やせぬ子供達は多い。ティーチャー・カンパニュラは悲しげにレミーアを見遣った。
「デークラはどこですか?」
「デークラはお遣いに。ミハエル・スニーア様がユミスを嫌っているので……」
「ああ。彼は旅人でしたね」
 少年ユミスは素晴らしき『聖銃士』ではあるが、旅人であった。中層に拠点を置いたミハエル・スニーアと呼ばれたアドラステイアの『大人』は彼を毛嫌いしていたのだ。
 そうして人種で厭い合うのはとても悲しいことだと目を細めたカンパニュラは「お勤めをするデークラを褒めて上げねばなりませんね」と囁く。
 実のところ彼女は『新世界』と呼ばれた組織を信頼しては居ない。彼らの力なくてはアドラステイアという『都市』は成り立たなかったが、その在り方には懐疑的だ。宗教都市でありながら彼らはファルマコンを――アドラステイアの神など信じていないのだから。
 故に、『蜜蜂』と呼んだ自身の諜報部隊を彼らの許に潜り込ませて調査を行っていた。
「レミーアもこれからスニーア様の許に?」
「はい。その様に致します。その後、お祈りをし鼠の排除を致します」
「……ええ。可愛い蜜蜂、我らが愛しき国に何者かが入り込もうとしている気配があります。
 調査をしていたのは何時もの鼠なのでしょうが、蠅の一匹たりともこの神聖なる中層域には踏み入れさせてはなりませんよ」
「承知致しました。ティーチャー。我らが神のために」

●『蜜蜂』と『毒蠍』
 レミーア・スティレットロは天義の山間に生まれた少女であった。
 父は敬虔深き神の徒。母は村長の娘である。何不自由なく暮らした娘はある日、聖堂の命により父の巡礼に付き合った。
 両親と共に初めて訪れた真白の都の美しさに心を奪われた。此の地で祈る日々が訪れることを願ったのだ。
 だが、彼女の未来を挫いた『災厄』は人々の命を奪い去る。
 そうしてレミーア・スティレットロはアドラステイアへと逃げ果せた。両親の死骸から目を背け、救いの日々を待ち受けたのだ。

 ――裏切ってはなりません。神は、我々を見ているのです。

 囁くティーチャーの声に、頷いた。そうして『蜜蜂』の一部隊を任されるようになった。
 入れ替わりの激しいことも立ちの中でも、レミーアは卓越した魔術の才を活かしてやってきた。
 そうしてプリンシバルと呼ばれるようになって一月経った。
 どうしても体が受け付けなかった『イコル』を飲まなかった彼女はある日気付いたのだ。
 ……『イコル』を飲んだ子供達はどこに行ったのか。ティーチャーになると言って居たプリンシバル達はどうなったのか。
(ああ、神よ――私が信じた世界は間違っていたのではないですか……?)
 躊躇いながらもレミーア・スティレットロはアドラステイアで『鼠』の侵入を待っている。

「プリンシバル・レミーア?」
「……いいえ、何もありません。お帰りなさい、デークラ。今日のスニーア様はどちらへ?」
 デークラと呼ばれた小さな少年は「んー」と首を傾ぐ。人間主である彼はスニーアのお気に入りだった。
「『スニーア商会』に入荷する商品の選別をしたいらしい。あまりいいのが居ないんだって」
「そう、ですか……」
 ミハエル・スニーアは『スニーア商会』と呼ばれた混沌各地にパイプを持つ人物だ。彼の商品は多岐にわたるが、アドラステイアで彼が得ているのは『旅人』であった。その目によると旅人は異質なる存在であり人間ではない。故に彼は旅人を商品として扱っているのだ。
「無駄口を叩いてはなりませんよ、レミーア。プリンシバルを止めたいのですか?」
「……いいえ、ごめんなさい。ユミス。鼠を此処で仕留めましょう。我ら蜜蜂と毒蠍の名において――」

GMコメント

 アドラステイア中層侵入作戦。夏あかねです。

●成功条件
 ミハエル・スニーアから『中層通行手形』を得ること

●アドラステイア下層→中層
 下層への道はサントノーレとラヴィネイルが用意しています。アドラステイアは円形です。
 それぞれの階層を隔てるように高い壁が存在し隔たれています。中層への扉は限られていますが、下層での陽動班が暴れている内に慎重に進めば『門』へと辿り着けるでしょう。
 また、下層の子供達に怪しまれないようにするには『アノニマス』や『インスタントキャリア』は高度なスキルなので危険無く動き回れます。普通に動き回る上で気をつけることは『アドラステイアには大人が余り居ない』事です。新米のティーチャーやマザー、ファザーの振りをするなど工夫をしてください。
『門』の前では『蜜蜂』と『毒蠍』と呼ばれる子供達がイレギュラーズを待ち受けています。
 非常に雑多なスラム街です。通用門と呼ばれた小さな門を『蜜蜂』と『毒蠍』の先遣隊を倒し、通り抜けて下さい。
 その際注意するべきは『ミハイル・スニーアの居場所をどうにかして得ておくこと』です。

●『蜜蜂』『毒蠍』
 ティーチャー・カンパニュラの子飼いの部隊です。諜報隊の蜜蜂と、実働の毒蠍。
 其れ其れが子供の得意分野の通りに割り与えられ、非常に統率が取れています。
 彼等は中層に住居が与えられ、特別に『イコル』と呼ばれる錠剤を提供されているようです。
 蜜蜂は諜報に優れています。その為に中層内でも彼らは追いかけてくる脅威となるでしょう。
 また、毒蠍との戦闘は避けられません。出来る限り毒蠍と蜂合わないようにして下さい。(最初の通用門での戦闘は避けられません)

 ・『プリンシバル』レミーア・スティレットロ
 深い藍色の瞳の少女。『蜜蜂』の一部隊のリーダーでありプリンシバルと呼ばれる階級の聖銃士です。
 魔術師であり、広域を見る『目』を有しますが、どうにも最近心此処にあらず。
 アドラステイアの在り方に疑問を持っているようです。『彼女を一人にして』協力を仰ぐ『説得』も行えそうですが……。

 ・『プリンシバル』ユミス
 毒蠍に所属する旅人の少年。非常に真面目であり、レミーアの態度が気に食わないようです。
 高い戦闘能力を有し、指揮官としても有能です。獲物は小銃。弾丸を魔力で作り出す能力を有します。

 ・デークラ等子供達
 蜜蜂や毒蠍に所属する子供達です。旅人の子供も交ざっており、侵入者には容赦しません。
 一部隊10人程度。非常に統率がとれており、有事であると通用門に蜜蜂、毒蠍が一部隊ずつ。中層内の街に各5部隊ずつ配置されています。

●ミハエル・スニーア
 新世界に所属する。爽やかなスマイルとクソダサネクタイの男。『愉快犯(エンターテイナー)』を名乗る彼は『スニーア商会』と呼ばれた中規模商会の代表者です。
 鑑識眼と呼ばれたスキルで人種を見分けることが出来ます。旅人を人間として扱わず、商品として認識します。
 旅人のPCに対しても商品としての扱いをしてくるでしょうが、サントノーレは『アドラステイアの子供達に旅人が混ざっていること』『商品の仕入れになるのではないか』という提案を行う事で彼との『一時的な』利害関係を結ぶことが出来ると提案しています。
(非常に胸糞悪い提案になりますが、彼の性格を考えた上ではそれが最善策です。子供達の洗脳や『聖獣化の危惧』を考えるならば、その選択肢を採るべきです)

●サントノーレ&ラヴィネイル
 天義の探偵&元『アドラステイアの魔女』。
 二人でイレギュラーズのサポートに回っています。戦闘はまあまあ可能です。サントノーレは幼いラヴィネイルを護るように立ち回るでしょう。
 ラヴィネイルは『土地勘』を、サントノーレは『偵察能力』を皆さんのサポーターとして活かして行きます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

●Danger!
 当シナリオには『無茶をしすぎた場合』は行方不明判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <ディダスカリアの門>アスピーダの高壁完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年01月25日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ

リプレイ


 喧噪が周囲を取り囲む。アドラステイアの下層への潜入口として使用された地下通路は腐った溝の香りがしていた。
 選り好みはしては居られないかと渋い表情を見せた『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は其れを見るだけでもこの都市の衛生状況は良くはないと苦言を漏しそうにもなる。遂にあの壁を一つ越えられるのだと思えばやる気漲ると動揺に、どんな『物好き』がこの都市を作り上げたのか知りたくもなった。
「とりあえずは中層まで、か」
「焦らされた気分かい?」
 問うたサントノーレに葵は「まあ」と肩を竦める。一気に中央部にまで辿り着きたいと急く気持ちはあるが重ねていかねばならない段取りがあるのだろうか。地下通路を抜け、下層のこじんまりとした小屋へと繋がる通路を登る。どうやら先遣されたイレギュラーズ達が下層で子供達の目を引いているか。
 カソックに身を包んでいた『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)は敬虔なる神の徒の如く目を伏せる。彼が怪しまれぬようにと『どこにでも居る誰か』になりきったのは『可能性を連れたなら』笹木 花丸(p3p008689)。「ティーチャー」と彼を呼び通用門までの最短ルートを確認する。
「サントノーレさん、ルートを確認しても良いかな?」
「オーケー、一先ずは家屋に隠れて進んでくれ。此処から西に少し。それから北上。ま、行きゃあ分かるさ」
 花丸がこくりと頷けば、新任のマザーとして動く『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)が「誰か来ます」と振り向いた。
 襤褸になった白いワンピースには汚れが付着している。下層に住まう子供だろうか。アドラステイアではキシェフのコインがなければよりよい生活は送れない。あの様子を見るに通用門付近に住まう子供達はコインを碌に手にはせず腹を空かせながらも日々を過ごしているようだ。
「こんにちは、神に感謝を」
「こんにちは? マザーですか」
 こくりと頷いた正純は「ミハエル・スニーア様を見かけなかったか」と問いかけた。本来であれば交渉など為ずに居たい。だが、交渉が必要だというならば足掛かりを得ておかねばならない。
「ミハエル様は下層の視察に訪れていましたが、先程中層方面に戻られると仰っておりました」
「でも、ちょっと東側に寄っていくって言ってなかった?」
「言ってたかも。礼拝堂だよね」
 口々に話す子供達の期待を孕んだ視線を受けながら正純は一番の情報源になった子供にはキシェフのコインを渡すと伝えていた。
 広域俯瞰を駆使し、出来る限り人目に付かぬようにと身を隠す『ぷるるん! ずどん!』ロロン・ラプス(p3p007992)の傍らでラヴィネイルは「気をつけて」と囁く。ロロンの外見はアドラステイアの内部では余り見られない事から目立つ。中層でも活動するならば子供達の目に付かない事が最優先だろう。
「マザー、スニーアってひとは見つかりましたか?」
 無垢な子供の様に正純へと問いかけた『隻腕の射手』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は平常心とインスタントキャリアを利用して『新任マザーに連れられている子供』のように振る舞った。
「マザー、その子は?」
「僕? 僕はアルヴィ。此処に来たばかりなんだ。マザーがスニーアって人について教えてくれた子に『これ』渡して良いよってさー」
 チラリとアルヴァが見せ付けたのはキシェフのコインであった。偽造品を見分けられるほど子供達の目は肥えては居ない。
「やっぱり中層に帰っちゃったんじゃないかな?」
 首を傾げた『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)もアドラステイアの子供の様に振る舞っていた。ティーチャーを演じるウィルドの傍では『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)が「中層の近くに行ってみますか?」と子供のふりをして問いかける。
 ヴァイスの目の前に居る子供達の中には旅人も何人か混ざっていた。複数の種族特徴を有するならば、其れは間違いなく旅人の子供か。長耳に、小さな白い翼。足は鳥のように変化した子供をちらりと一瞥してからヴァイスは憂鬱だと目を伏せた。
(ええ。私は人形であっても商品になるつもりはないし、子供たちだって……ううん。
 あまり難しく考えてはだめね。まずは仕事をしましょう。できる限り、良い終わりを得られるといいのだけれど)
 一行が捜している男『ミハエル・スニーア』は旅人を商品にした商いをしているらしい。因縁浅からぬ『……私も待っている』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)にとっては関わりたくはない胡散臭い眼鏡ではあるが、背に腹は代えられない状況だ。
「何かあれば教えて欲しいっス」
 周囲に気遣う葵の言葉に頷いてから『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)は「イヤだねえ」とぼやいた。全員纏まって行動しているイレギュラーズ達はそれぞれが役割分担をしていた。
 情報収集を行う仲間達の感じる不安に嫌悪。旅人の子供達を交渉材料にしなくてはならない立場が国のため、これからの未来のためだと言われようとも割り切れないものはいる。
「ガキ共の正気を取り戻す事が良いか悪いか知ったコッチャ無いが、今のままを是と思うワケがねーんだよなあ……」
 ――我らが神よ。
 その言葉にはうんざりする。夏子はラヴィネイルを振り返った。アドラステイアの魔女などと称された『無罪の少女』
 彼女のようにとってつけた罪により犠牲になる子供は山のように居る。
「ほっときゃ幾らでも犠牲者は増える。何かを犠牲にするならまーそりゃ、我々が払戻すっきゃねーべさな。……ホントままならねーよ」
 本当に神様が居るというならばその顔くらい拝んでみたかった。夏子ががりがりと頭を掻いてから嘆息する向こう側で、子供達はキシェフのコインなどと言う偽の『恵み』を求めて奔走しているのだ。


「しかし、クソダサネクタイねぇ……目印になってありがてぇっスけど、どこにいるんだか」
 呟いた葵は嘆息する。エクスマリアが知っているスニーアは『異常にダサいネクタイの男』なのだそうだ。あのネクタイを見るだけでも不愉快で堪らない彼女はある種の覚悟を決めていた。それはラヴィネイルに言わせれば最終手段であり、サントノーレに言わせれば黙認出来ない事でもある。
 それでも、聞き耳を立てて未来の情報を察知しながらエクスマリアはスニーアとの逢瀬を望んでいた。サントノーレの提案を最も活かせるのは己であると言う認識を抱き、少しでも仲間がアドラステイア攻略の道筋を掴めるように、と。
「これまでの情報ならば、ミハエル・スニーアは『一応』下層の様子を視察しているようですね。
 サントノーレさんの提案である旅人の商品斡旋、現実味を帯びてきました。ええ……彼も屹度、この街の現状は知っている」
 呟いた正純にウィルドは頷いた。『蜜蜂』や『毒蠍』を対処し、スニーアにさえ出会うことが出来ればアドラステイアの子供達を商品として売るルートの提示も彼には出来る。
(さて、幻想での『奴隷市』がこの様に活かせるとは思っていませんでしたが……アドラステイアの子供達を幻想にさえ売ってくれれば保護も出来る)
 笑顔の下に隠した思惑を悟られぬようにウィルドは「どうしますか?」と問いかけた。
「皆の情報収集によれば、スニーアさんは中層に戻ってる。行動ルートを子供(みんな)が教えてくれたけど追いつくなら今からかな」
「そうだな。内部で情報収集も出来そうだ。下層の様子を理解した上での行動だって言うなら、こちらの提案も受け入れやすいだろうし――」
 何より、下層での騒ぎを察知しているだろうとアルヴァはスティアを一瞥した。近くに居た子供達も、勃発した戦闘に怯えたように家屋に隠れ始めた。
 キシェフのコインを貰ったらさっさと姿を消した、と言うのが正しいのだろう。ラヴィネイルが退路の確保を行うように身を隠せば、ロロンが「今のうちかな」と問う。
「ええ、此の儘『門』を目指しましょう。サントノーレさんの指示の通りね」
「ラヴィちゃんの土地勘だぜ」
「なら、ラヴィネイルさんの指示の通りかしら」
 くすりと笑ったヴァイスはこの地で過したラヴィネイルの指示の通りに門への最短ルートを抜ける。周囲の目は余り気にはならない。各地でイレギュラーズが戦闘を起こしているからか。
「マザー! 早く避難をなさって下さい!」
 叫ぶ声を聞いて正純は顔を上げる。花丸が「どうしたの?」と不安を滲ませればアドラステイアに住まう子供は「フォルトーナ地区も襲撃を受けたらしいです!」「下層でも、神へ逆らう者達が!」と口々に叫ぶ。
(神に逆らう者、ねぇ)
 何とも渋い表情を見せた夏子はやれやれと肩を竦める。スティアが「マザー、こっちに避難しましょう!」と正純の手を引き、アルヴァが「マザー、こちらの旅人もご一緒でよろしいですか?」と葵と共にロロンを『マザーが持ち込んだ旅人』として扱う。
「ええ」
 頷いた新任マザーに従いながらエクスマリアは駆けだした。子供達もこの混乱の最中ならば風変わりなマザーとティーチャー一行のことは覚えていないだろう。
 ああしていれば普通の子供だ。だが、戦闘に対する意識や両親――それはアドラステイアではマザーやティーチャーと呼ばれた『本来の親ではない大人』だ――への親愛は異質にも思える。スラム街の雑多な道を走り抜ければ通用門が見えた。馬車が通ることの出来る程度の其れへと続く道は広く、先程までの煩雑とした空気は感じさせない。
「アレが門――!」
 葵が見遣れば、門の前には幾人もの子供が待ち構えているのに気付いた。夏子はレミーア・スティレットロと言う聖銃士について気に掛ける。サントノーレの情報に寄れば彼女はアドラステイアの在り方に疑問を抱いているのだ。
(レミーアちゃんでもいいや、ワンチャンユミス)
 ユミスという聖銃士の事も気がかりだ。何よりも、本件で気をつけるべきはティーチャー・カンパニュラの私兵達だ。
 その指揮官とも言える聖銃士、『プリンシバル』ユミスはレミーアと呼ばれた少女の態度に不信感と苛立ちを感じているらしい。
「レミーアちゃんはまだ居ないみたいだなあ」
 夏子の呟きにアルヴァは頷いた。彼女は『話す価値のある聖銃士』としてサントノーレが名を上げた。そして、同様に注意すべきとして名を上げられたユミスは――

「あれは毒蠍かな」
 スティアの眼前に立っていた。頬を掠めた弾丸にスティアの表情が曇る。痛みさえ遠く、一時の幻が傷を癒やすように包み込んだ。
 少女の周囲には魔力の残滓が躍る。それは天使の羽のようにスティアを包み込み、花弁の如く消え失せた。
「……イレギュラーズか」
「知ってるんだ?」
「天義の大罪の一つ、ヴァークライトの娘だろ。お前。
 神の名を借りて大地を蹂躙した両親の罪滅ぼしの為に我らが国に来たわけじゃないならばさっさと去れ。我らが神は反逆者を許さない」
 睨め付けるユミスの視線にスティアは表情を変えず「知っていてくれたのなら嬉しいかな?」と軽口を返した。
 スティア・エイル・ヴァークライトという娘は天義では其れなりに名の知れた聖職者だ。それは彼女がこの国で活動してきた結果であり、一度は大いなる罪である反転に至った断罪されし騎士アシュレイ・ヴァークライトの血を継ぐ娘を聖職者とするべからずと言う声も上がったが今やそれは消え失せた。
(ユミスは外に詳しいのか。……アドラステイアの中に住む子供が、ベアトリーチェ・ラ・レーテの起こした大罪の被害者だというのは間違ってない。
 間違っては居ないが、現状の行いは許せるものではないのだろう。マリアは、少なくとも在り方には疑問を覚える)
 エクスマリアは敵意を剥き出しにしたユミスを眺めやった。弾丸が飛び込まんとするのを身を挺して受け止めるウィルドは「戦闘は避けられないようですが」と振り返る。
「そうだね。戦わないと行けないみたい。……手加減は苦手なんだけど」
「手加減が必要だと?」
 苛立ったようなユミスの声にロロンは「怒っているみたい」とヴァイスを振り返った。
「ええ、どうやら気は引けたみたいだわ」
 ヴァイスがそっと握りしめたのは『ラ・レーテ』――この地に災厄をもたらした存在の名を借りた、執念深き刃であった。


 触れ得ざる巨峰が如し――防御主体の拳術を生かしたウィルドは周囲に存在した毒蠍の子供達へと名乗りを上げた。堂々たるその声音は戦意を掻き立て注目を集める。
 門を越えるためには、彼らを此処で無力化しなくてはならない。出来る限り後方へと進ませるべからずと自身へと注目を集め、防御を固める。
「さて、相手は好戦的なようですが」
「でも、狙うのは一点集中!」
 ウィルドが集めた子供達諸共巻込むように、花丸は固く傷だらけの拳を固め、暗雲をも貫くように手を伸ばす。必要の無い妨害が入らぬようにと、葵はユミスへと狙いを定めた。
 夜空を裂く鮮紅の雷霆と暗黒を照らす真白の眩耀をモチーフに飾ったガントレットに包まれた拳を固めて、葵はユミスを一直線に狙い穿つ。放つはテンペストバウンス――全てを計算され尽くした上で放たれるシュートは嵐の如く襲い征く。
「蠍の毒は決して侵入者を許すべからず!」
 ユミスの声に剣を掲げた『聖銃士』。その呼び名は彼らが厭う天義の『神を愚弄せし偽りの星』の兵士達の総称であるとは何の因果か。後方に居る葵を睨め付けたユミスの青い瞳が苛立ちを滲ませる。
 その人実よりも尚、美しき宝玉。エクスマリアの眸がぎらりと輝き、統率するユミスを狙う。命を奪うまで戦わなくて良い。此処では彼らの間を抜けることだけを考えれば良いのだ。
「蠍の尾が届かねば、マリア達は毒には犯されない」
「余裕を滲ませてられるのも何時までだろうな、イレギュラーズ」
 唇を噛みしめるユミス諸共巻込まんとしたのは圧倒的展開を持つ連続魔。エクスマリアの髪先がぞろりと動き、そのほっそりとした指先が振り下ろす娃染暁神狩銀。花も恥じらうほどに咲き誇った絢爛なる氷雪のいろ。
 エクスマリアを狙わんとする子供へと向けて夏子の全力、丁寧な横薙ぎ払いが叩きつけられる。劈く発砲音と光が目を眩ませ、子供らが怯む――が流石に統率された聖銃士。生半可では倒れてくれないか。
「……しないで済むならしたくはねーの」
「此処で命を奪わないというならば、随分と『アドラステイア』を舐めた『大人』だ!
 お前達が、そうやって傲慢に振る舞い、自己の為のみに動くのだからあの国は内部から崩壊したというのに!」
 ユミスの言葉に夏子は「まあ、何とでも言おうぜ」と肩を竦めた。彼は天義という国に生まれ、国の崩壊を見てきたのだろう。夏子に噛み付くように叫んだユミスは振り切れない。
「ユミスはこっち向いてなよ。飽きたら普通に帰れば良いよ。男だし」
「なッ――!」
 苛立つユミスが夏子に夢中になれば其れで構わない。僅かでも統率が綻べばそこを狙って目を眩ませ突破を図れば良いだけだ。後は逃げ切れ、只、其れだけ――正純は我が身さえも省みず収束性を高めて破壊貫通力に特化した一撃を放つ。
 目映き白、其れをも食い止めんとする子供の姿に気づきロロンは横一直線の氷を召喚した。
「そうか。子供達はこんな風に動くんだ」
 人間ではないロロンにとって、『人(ひと)』がこの様に扱われることに感情的に苛立つことはない。アドラステイアという箱庭に対して、何らかの感慨を抱くわけではないがモデルケースの一つとして認識しておけば良い。自身の領地のことを考えれば同じ轍を踏まないようにと気配る。
 ロロンは凍結装身/こおるせかい。絶対制動/ちいさくとまれ。己が見に瞬間的な付与を齎す。ウィルドや夏子、スティアを支える役割も担うロロンはぽよんとその身を揺らす。
(レミーアは此処には居ないか……なら、さっさと押し通った後に)
 アルヴァは雷鳴の神を冠する一撃を放つ。その雷撃は全てを置き去りにし、抉り去るように煌めいた。魔力宝珠はその身を駆ける。
 此処で足止めを喰らっている暇はない。花丸が頷けばヴァイスのその身から暴風が吹き荒れた。
「出し惜しみは無しね……ああ、でも、戦闘音をあまり起こさない程度の注意は必要かしら……?」
「どんちゃん騒いで、目くらましもアリじゃね?」
「ええ、それもありかしら」
 こてんと首を傾いだヴァイスの指先からはじき出された暴風。その目に立った娘は仲間達を振り返る。門をこじ開けるようにユミスを狙い穿つ葵とエクスマリアが頷いた。
 僅かな綻び、中層からの援軍を期待して開け放たれた門。進行方向を攻撃しながらイレギュラーズは走る。殿の如く残るウィルドと夏子は聖銃士等を引付ける。
「夏子さん!」
「まあ、この様にするワケだ」
 弾く――子供達の体が吹き飛ばされたのは衝撃か。イレギュラーズ達は真っ直ぐに中層へと飛び込んで行く。ユミスが「逃がさない」と叫び夏子の手を掴んだが「夏子さん、モテちゃったね」と花丸は笑いその拳を叩きつけた。


 蜜蜂と毒蠍から抜けだし、聞き耳を立てたアルヴァは何処かにレミーアが居る可能性を、そして『蜜蜂』などから見つからぬように時を配る。
「流石にあっちの方が土地勘はあるだろうから慎重に行かないとね」
 ロロンが浮かべた水球は路地の様子を確認する。物質透過をし、聞き耳を立てながらスニーアの元へと向かう最短ルートを算出する。
 だが、此処で気になるのはレミーアという少女だ。『蜜蜂』のリーダーである彼女がイレギュラーズを追っているならば自ずと出会えるだろうかと正純は思い悩む。ルートを選択して、一気に離脱を仕掛けたイレギュラーズ一行の中で、花丸はレミーアならば今回限りでもスニーアの居場所を教えて呉れるのではないかと呟いた。
「有り得そうですね。彼女は何より、此方の持っている情報が気になるでしょうからね」
「うん、屹度……アドラステイアの子供にとっては恐ろしい情報になると思う。出来れば保護できればいいけど……」
 出来なくても一時の協力者となれば彼女と会う機会は増えるはずだ。ウィルドは息を潜め『蜜蜂』と『毒蠍』の情報を詮索する。
 レミーアがどこに居るかさえ把握しておけば、彼女の外見はサントノーレから伝え聞いている。彼女の部隊を無力化し、彼女と少しばかりでも話すことが出来れば良い。
「さて、何処から向かうか……」
「そうだな。ユミス達が追ってこないとも限らない。移動しながらスニーアの居場所を探らなくて張らないか」
 葵は中々ハードな仕事だと肩を竦めた。エクスマリアも其れには同感だと頷く。
「それにしても、あれだけスラム街が広がっていたのに、此処は普通の街なんだね」
 周囲を見回すスティアにヴァイスは「確かに様子は違うのね」と首を捻る。一行が活動していた下層は雑多に木造建築が並んだスラム街の有様であった。急造された街並みに、子供達が息を潜めて暮らしている。正しく荒れ果てた貧民街の在り方だ。
 アルヴァは「此処は潮の匂いがする」と呟いた。先程までの下層では饐えた匂いを感じさせたが少しの坂を登るだけでもこうも空気が違うのか。
「アスピーダ・タラサは流石に素晴らしい都市だったからなあ」
「サントノーレは知っているのか?」
「まあ」
 エクスマリアにそれなりにと肩を竦めたサントノーレを見遣る。アスピーダ・タラサは嘗ては北方の不凍港への対策として聖教国が設置した港街であったらしい、というのは軽く説明されたものだ。
 敬虔深き神の徒達はこの地を北方からの下世話な侵略におかされぬようにと守り続けていたらしい。だが、あの大災の際に騎士は出払った。それ所でなかったからだ。騎士達はこの地の防衛ではなく首都を護る事に徹したのだ。故に、この地は一度は放棄された軍港である。民達も北方からの侵略備えて避難し、伽藍堂になったこの地に何らかの侵略が行われたのだろう。高い壁で隔て、騒動の中でこっそりと作り上げられたアドラステイアは天義の用意した軍港が基になっているのだから笑わせる。
「あの鐘は見えるかい?」
「『お祈りの鐘』……だったか」
 鐘の音が、神への祈りを捧げる合図――そう知らしめる様に飾られた鐘は高台の塔に存在している。サントノーレは「あれは物見台だった。灯台の役割も果たしていたのさ」と肩を竦める。一等この地を見下ろせる塔を中心にした小高い坂の街。アスピーダ・タラサ。その街の境目に立った壁の向こう側に急造された下層のスラム。更には高々と壁を積み上げたのは外界を遮断するためだった。
「まあ、此処までされりゃ手出しも難しいわな」
「天義も兵士を動かせないよね……表だって動けば、内乱が起こる。内情が知れないから私達を動かしているんでしょう?」
 スティアの問いかけにサントノーレは「だから俺みたいなうらぶれた探偵が動いてるワケさ」とニヒルに笑った。
 会話を重ねながらも、一行が移動する最中、ロロンがぴたりと足を止める。
「誰か居るね」
 こくりと頷いたアルヴァは「ビンゴだな」と伺うように路地より声の主を探した。

 ――プリンシバル・レミーア。賊が侵入したそうです。

 呼びかけに、その名が響く。憂う表情の少女は「そう」と小さく呟いた。その数5人。丁度一部隊で活動しているか。
 頷き、飛び出したのは花丸。蜜蜂の視線が一気に彼女へと集まるが――その隙を付くように正純の弓が星を放つ。蝕む呪いは星々の煌めきを湛えて。
 不意を突かれた蜜蜂の一人が地へと伏せたことに気づきレミーアが敵襲を告げる声を上げようとした動きを遮るように夏子はウィンクを一つ。
「いえーいレミーアちゃん見てるー?」
「――は?」
 不意を突かれたか、レミーアがぽかんと口を開いたことに気づきスティアは「レミーアさんであってるかな?」とハイテレパスを駆使してその声を伝えた。
「……何故、私の名前を」
 震える声音でレミーアが問いかける。
『少し浮かない様子だけどどうしたのかな? 疑問があるなら答えてあげれると思うけど……話をしない?』
 今すぐに情報を与えてしまうのは懸命ではない。スティアは軽くレミーアの出方を見るように声を掛けた。
 彼女と話すために、周囲の蜜蜂への対処を行うイレギュラーズ達はレミーアだけは傷つけぬように時を配る。その代わり、言葉を掛けて彼女の心を揺さぶり続ける。
 至近距離へと詰め寄ったアルヴァは「俺たちはキミの知りたいことを知っている。知りたければ付いてくるといい」と囁いた。
「貴方達は何を知ってるって言うの!?」
「さあね。でもさ、救わない試練有り見てもない現れない。素朴な疑問なんだけど何を信じてんの……?」
 夏子の問いかけにレミーアはぐ、と息を呑んだ。感じられるのは不信感。それはイレギュラーズへか、それとも――
 無力化するのは簡単だ。部隊を倒した後、アルヴァは対談の場を作り出すようにレミーアの手を引いた。レミーアは其れに従う。彼女自身はイレギュラーズを図りかねているのだろう。自身の信じる神に対する不信感が薄らと滲む。

「改めて、レミーアさんだね」
 スティアの問いかけにレミーアは小さく頷いた。僅かに困惑した様子のレミーアは恭しくも頭を下げる。カーテシーの姿勢もしっかりとしているその様子を見る限りは戦災孤児等のようには思えなかった。
「……レミーア・スティレットロです。アドラステイアの聖銃士。蜜蜂を率いるプリンシバルです」
「レミーアはプリンシバルと呼ばれる立場なのか」
 先ずは彼女との対話を始めるべきだと腰を据えたエクスマリアにレミーアは頷く。プリンシバルと呼ばれるのは限られた聖銃士だ。所謂、優等生。ティーチャー候補とされた子供達である。
「レミーアさんは礼儀作法もしっかりなさっています。もしかして、普通の戦災孤児などではないのではありませんか?」
「私は、天義の聖職者の家に生まれました。スティレットロ家はアスピーダ・タラサの聖堂を任されていた家系です」
 俯きながらも応えるレミーアに正純は成程、と頷く。それ故に礼儀作法や仕草の一つ一つを彼女に叩き込んでいたのだろう。身に纏う装具もドレスを基調としたものにもみえる。
「別に、いじめたいわけじゃないんだ。ただ、浮かない顔をしてたから……レミーアさんも、何か思う事があって私達と話してくれてるんだよね?」
 花丸の問いかけにレミーアは小さく頷いてからイレギュラーズを一瞥した。誰もが、この国では罪ある存在だと教えられる。偽りの神様を信じる者達――だと、言うのに彼らはレミーアの疑問に答えるというのだ。
「……私は、アドラステイアの中層に住んでいます。上層にいらっしゃるティーチャー・カンパニュラの教えに従い……。
 やっと、プリンシバルと呼ばれたのです。私は、其れだけの努力はしてきました。血筋もあります、魔女裁判に関わることは少なかった。
 この地に詳しいからと聖銃士となり、蜜蜂として諜報を行ってきた努力……戦う事も知らなかった私の在り方です、です、が」
 レミーアは真っ直ぐに正純を、スティアを見た。
「プリンシバルと呼ばれた先輩達は、何処に行ったのでしょう? イコルを褒美として貰っていた子供達は?
 皆、皆、消えていくのです。ティーチャー候補と言われたプリンシバルは上層に連れて行かれて姿を消しました。
 私達が褒賞として下層の子に与えたイコル。其れを呑んだ子供達は喜びながら……姿を見る機会が徐々に減って……」
「イコルは……聖獣にしてしまう薬だよ」
 スティアの言葉にレミーアが「嘘!」と叫んだ。
「嘘じゃない。嘘じゃないんだよ。当然いなくなった人がいるなら聖獣になったんだと思う。
 この国は真実に気づいた人は魔女裁判にかけて、そうじゃなければ聖獣にしてしまうんだよ」
「そんな、そんなことは!」
 叫ぶレミーアに正純が首を振る。レミーアが否定したい真実は、決して捻じ曲がることはない。イレギュラーズはそう認識している。
「イコルを飲んでその身を怪物に変えた子達を知っている。戻りたくても戻れず狂った子たちを。
 ……もし、それに少しでも疑問を覚えるのであれば協力しませんか?」
 飲み込みきれないと言った様子のレミーアにアルヴァは「疑っても、否定は出来ないんだろ」と言った。図星だと息を呑んだ少女がぐうと唸る。
「……だから私達に協力してくれないかな? 一緒に来てくれたら嬉しいけど、無理にとは言わないよ」
 スティアの言葉にレミーアは「私は」と震える声で呟いた。エクスマリアは「無理にじゃない。今だけでも良い」と重ねる。
 俯いてしまった少女へと葵は肩を竦めてから少女の名を呼んだ。
「気に入らないならそれを表に出せ、オレ達が支える」
「……その様な事をすると、断罪され……」
 震えた声に「納得いくまで考えた方が良いさ。薄々気がついてると思うけど」と夏子は囁いた。
「スニーアくんに用があってね。何処かなー。友達なんだけど彼、秘密主義でね~」
 スニーアの居場所を教えて欲しいと告げるイレギュラーズを見遣ってからレミーアはゆっくりと立ち上がった。
「案内します。……ですが、その……」
「着いてきてくれるなら守るよ。けどさ、迷ってるならそれでいい。また逢えたら嬉しいな」
 夏子がぐしゃりと頭を撫でればレミーアは静かに目を伏せた。彼らは不信感を口にしても『断罪しない 」という安心感が妙な心地にさせたからだ。


 レミーアの案内を受けて訪れたのは中層に存在した小さな聖堂であった。礼拝堂をスニーアが隠れ家の一つとしているとの案内に従えば、彼は一人で何らかの書類を眺めていた。
「……いやはや」
 にやりと唇を吊り上げたミハエル・スニーアその人はエクスマリアを眺め見る。その視線に苛立ったようなエクスマリアは『異常にダサいネクタイ』を見てからぐ、と息を呑んだ。
「まさか、街を騒がせていたのは貴方方だったとは」
「どうも。聞いていたとおりのクソダサネクタイだ」
 葵の言葉にスニーアは手酷い評価だと笑いながらエクスマリアを見遣る。彼の視線が揺れ動きヴァイスを見た後に「ほう」と呟いた。ヴァイスは「あら、こんにちは」と静かに返す。
「……私は安い人形ではなくってよ」
「良い値がつきそうですね」
 品定めするような視線が心地悪い。ヴァイスを庇うように立ったスティアの背後でじろりとアルヴァはスニーアを見遣った。
「旅人の売人だと聞いたよ。あってるかな?」
 ぷるんとその身を揺らしてから問うたロロンにスニーアが頷く。ウィルドは貴族として凜と立ちスニーアの出方を見遣った。
「ええ。その通りです。まさか、この様なところで売買の契約をしに来たわけではないでしょう?」
「勿論。ですが、『取引』というのには変わり在りません」
 ウィルドの言葉にスニーアは「ふむ?」と顎を撫でた。その仕草は値定めをするかのようにも見える。居心地の悪さを感じながら花丸はぐ、と息を呑んだ。
「我々は下層から此処まで上がってきました。そして売人の貴殿と出会った、と言うわけです」
「成程?」
 ウィルドの言葉に一先ずは興味を持ったのだろう。スニーアはイレギュラーズの言葉を促す。
「この都市は既に混沌中の孤児たちの受け皿になっている。勿論、旅人も多くいる。ご存じでしょう?
 私達は今、貴方のビジネスの邪魔をするつもりは無いのです。邪魔をしない代わりに、貴方の持つ手形が欲しい。悪い話ではないはずです」
「この都市でのビジネスは邪魔立てするのも容易ではないのでは?」
 正純は「そうですね」と頷く。アドラステイアという高き壁に隔たれれば彼の商売も霞む。
 だが――
「私は幻想貴族です。私と繋がりのあう貴族に『商売』を売るのは如何ですか?
 幻想では奴隷が公認されていますからね。もちろん、あなたも既に取引ルートの開拓はされているでしょうが。こう見えて主流派閥に席を持っていますからね。上客を紹介できると思いますよ?」
 如何ですかね、と笑いかけるウィルドに「悪くはないですが」とスニーアは一つ息を吐く。
 正直言えば夏子は人身売買も子供の商品化も許しては置けなかった。クソ喰らえだと叫びたい。だが、利点も理解している。
(現状維持でも化物化だし 商品なら慰みモン どっちもクソ喰らえだけどな~……)
 人の方が眞田救える可能性があるのだ。ウィルドのツテを使うならば子供達を回収することも出来る筈だ。
「輸入出はまぁ……我々がどれだけ出入り出来るかで検討願えれば ね?」
 揶揄うように笑った夏子に頷いたロロンは「手形だけ。困ることはないよね?」と問う。
「どうして手形が欲しいのですか」
「中層に出入りしたい。それだけだ」
 簡単な答えを返したアルヴァは僅かな苛立ちさえも封じ、冷徹な視線を送る。
「真逆。そもそも、私はこの都市にはそれ程価値を感じては居ないのでね。中層に出入りして何かをしたい。
 それに『商売』まで手伝って貰えるのならば大いに結構――ですが」
「……マリアの髪を、欲しがっていた、な。手付金代わり、だ。
 それでも、駄目ならばマリアの身柄ならどう、だ? 商会にとって十分な価値はあるはず、だ。或いは、お前個人の蒐集品かもしれない、が」
 エクスマリアの決意を耳にしてからスニーアはげらげらと笑った。それは、期待以上の答えだったのだろう。
 エクスマリアの決意に「エクスマリアさん」と震えた声を出した花丸はスニーアの出方を見遣る。
「髪を一房で構いません。どうせ、貴方方は中層に出入りする。必要となれば貴女を連れ去ればいいだけですからね。
 ああ、……商売ルートに関しては任せますよ。それから『後ろに隠れている蜜蜂』はさっさと連れて出た方が良いでしょう」
 スニーアの言葉にぐるりとヴァイスは振り返る。
「レミーアさん……?」
「ッ……!」
 こっそりとこちらの動きを確認していたのだろう。観念したように顔を出したレミーアは震える声で言った。
「……外へと、連れて出て、くれませんか。私は蜜蜂。目立ちすぎた……だから」
 イレギュラーズとの接触で目を付けられた彼女は此処ではこれ以上は生きていられない。
「まあ、おいでおいで」
 手招いた夏子にレミーアはほっと安心したように胸を撫で下ろす。
「手形は準備してからローレットに届けましょう。其れでよろしいですか?」
「願ってもない答えです。それでは、良きビジネスを」
 にんまりと微笑みを浮かべたウィルドにスニーアは頷いた。
「ああ、最後に――……これだけは教えておきましょう、『蜜蜂』と皆さん。我らが神様『ファルマコン』は居ますよ」

成否

成功

MVP

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子

状態異常

コラバポス 夏子(p3p000808)[重傷]
八百屋の息子
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
ロロン・ラプス(p3p007992)[重傷]
見守る
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)[重傷]
微笑みに悪を忍ばせ

あとがき

 お疲れ様でした。アドラステイアの中層へのコネクションを一つ。
 これから進むことになる中層で、皆さんのご活躍を楽しみにしております。

PAGETOPPAGEBOTTOM