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シナリオ詳細

生物学者・ウィティコの依頼。或いは、亜種シネンシスによる遭難…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●冬に咲く花
 雪に覆われた森の中。
 襤褸のような外套を纏った長身の男が歩いていた。
 ところは深緑。
 雪の降る森。
 この時期になれば、積もった雪に道を阻まれ、遭難の危険性もぐんと高まる危険な場所だ。
 それゆえ、この時期に森を訪れる者はいない。
 例えば、彼……ウィティコのような生物学者を除けば、ではあるが。

 ウィティコは年の半分以上を森の中に潜って暮らす。
 雄々しい鹿の角を備えた獣種である彼にとって、森は比較的住みやすい場所であるからだ。
 未知の生物を発見し、記録する。
 既存の生物の生態系を調査する。
 前人未踏の深き森こそ、彼の生きる場所である。
 さて、そんなウィティコが現在訪れている場所は、暖かな時期であれば幻想種たちが踏み入るような比較的安全な森である。
「4人……いや、5人はいるか」
 積もった雪に残る僅かな足跡を前にウィティコはそう呟いた。
 腰を落とし、雪上に残った足跡へ指を這わせる。
 そっと持ち上げた指先へ視線を向ければ、そこには赤い粉が少量付着していた。
「花粉に間違いなさそうだ。まさか“亜種シネンシス”か?」
 ゴーグルに覆われた顔を歪め、ウィティコはしばらく思案する。
 それから、彼は立ち上がると踵を返して元来た道を戻り始めた。
「私1人では全員を助け出せないかもしれない。協力者が必要だ」
 その言葉は、誰に向けたものでもない。
 ポツリ、と吐き出された声は、白い雪に吸い込また。

●亜種シネンシス
「冬虫夏草というものを知っているか?」
 そう言ったのは『黒猫の』ショウ(p3n000005)だ。
 彼はイレギュラーズたちの前に立つと、ある菌類についてを語った。
 その菌類……冬虫夏草と呼ばれるそれは、土中の昆虫に寄生し、養分を吸い取り成長するという特徴を持つ。
「依頼人の話では、今回の失踪事件にそれが関わっている可能性が高いということだ」
 その菌類の名は“亜種シネンシス”。
 昆虫のみならず、人への寄生も可能な菌類の変異種である。
「亜種シネンシスに寄生された者は、何かに操られるかのように森の奥深く……シネンシスの菌床へと向かう。冬の間にそこでシネンシスを体に宿し、暖かくなったら森を出て生息圏を拡大するというわけだ」
 今回、連れ去れた人間は5人。
 全員が亜種シネンシスに寄生されたものとみて間違いないだろう。
「亜種シネンシスは胞子を飛ばす。【魅了】【猛毒】【恍惚】【麻痺】といった状態異常に対策しなければひどい目にあうだろう」
 ミイラ取りがミイラに。
 救助に向かったはずが、自身も菌に寄生されかねないとショウは言った。
 しかし、亜種シネンシスは完全に根を張るまでに通常よりも長い時間を必要とする。
 そのため、今ならまだ寄生された者たちを助け出せる可能性が高いのだという。
「彼らは意識を失っているが、亜種シネンシスに操られてこちらを攻撃して来ることも考えられる。意識を失わせるのではなく、体表に出ている子実体を残らず除去することで動きを止めることができるはずだ」
 巻き散らかされる胞子と、宿主による暴力。
 そして、積もった雪に起因する体温の低下に気を配りながら、捜査を行う必要がある。
「あぁ、それとな。同行するウィティコからの忠告なんだが……菌床を見つけても焼き払ったりしないでくれ、だそうだ」
 亜種シネンシスは、己の特性に従い生息しているだけだ。
 生物学者であるウィティコは、そこに人の手が加わることを好まない。

GMコメント

●ミッション
“亜種シネンシス”に寄生された5名の救出

●ターゲット
・亜種シネンシス×5
 今回、寄生されたのは5人の幻想種。
 森の近くを通りかかった際、亜種シネンシスに寄生されたものとみられる。
 意識はなく、亜種シネンシスによって動かされている状態。
 そのため、体表に出ている子実体を除去しなければ彼らの動きは止まらない。
 脳のリミッターが外れているのか、単調ではあるが、素早く力強い。

胞子の拡散:神中範に中ダメージ、魅了、猛毒、恍惚、麻痺
 子実体から大量の胞子を拡散する。

●依頼人
・ウィティコ
 鹿の獣種。
 ガスマスクにボロボロの外套。
 荷物の満載された背嚢を背負った長身の男性。
 生物学者であるらしく、年の大半を前人未踏の森の中や秘境で過ごす。
 新種の生物を発見し、その生態を記録することを生き甲斐としている。
 護身用に大鉈や銃を持っているが、あくまで本職は学者。
 観察および考察、記録を主とするものである。

●フィールド
 幻想。
 ある雪深い森の中。
 足跡などは既に消えて残っていない。
 また、森の植物は現在休眠状態にある。
 日中の散策となるが、季節柄、太陽の光は弱く森はどこも薄暗い。
 寄生された者たちは、森のどこかにある“亜種シネンシス”の菌床に連れて行かれたようだ。
 菌床には膨大な量のシネンシスが群生しており、常に胞子が漂っている。
 確率は低いが【恍惚】や【麻痺】といった状態異常が付与される可能性がある。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 生物学者・ウィティコの依頼。或いは、亜種シネンシスによる遭難…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年01月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
シラス(p3p004421)
超える者
Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
流星の狩人
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

リプレイ

●捜索開始
 深緑、雪深き森を進む一団の姿があった。
 先頭に立つは鹿角を備えた巨漢……名をウィティコという生物学者だ。
 その背後には、8名のイレギュラーズが続く。さくり、と雪を踏み締める静かな音ばかりが聞こえる中、道を行く彼らの目的は行方不明者の捜索である。
 ウィティコ曰く、行方不明となった者の数は5人。おそらく、亜種シネンシスという名の菌類に寄生されているとのことだ。
 ウィティコ1人では、捜査やその後の帰還が難しいと判断し、イレギュラーズへ応援を求めたというのが今回の依頼の発端だった。
「ウィティコさんの調査に同行するのは2度目となりますね。今回もどうぞよろしくお願い致します」
 沈黙に耐えかねた、というわけでも無いだろうが、ふと思い出したような口ぶりで『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)はウィティコへと言葉を投げた。
「あぁ、こちらこそ。また力を貸してもらうことになるが、よろしく頼む」
 そう言ってウィティコは足を止める。
 思えば、もう1時間以上も歩き通しだ。そろそろ休憩を挟むべきと判断したのか。
 足を止めれば、急速に体温が冷えていく。
 それと同時に、煮詰まっていた思考も幾らか冷静さを取り戻した。
「すまない、休憩にしようか。山中を歩き慣れていない君たちには、少しきつい道のりだったかもしれない」
「あぁ、別にどうってことないさ。それに案内人がいるのは心強いぜ、よろしくな学者さん」
『竜剣』シラス(p3p004421)は携行していたチョコレートを取り出し、ウィティコへと笑いかけた。
「とはいっても、この辺は日が差さないから冷えるなー」
 くしゅん、とくしゃみを零した『ヤドリギの矢』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)は、チラと視線を『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)へと向けた。
 Starsの腕は燃えている。
 何かしらの事故や事件ではなく、元よりそのようなものなのだ。
『暖ぐらいは取れるかもね。俺の腕、炎が出てるけど他のものは燃やさないから安心してネ』
 大木の影で吹雪を避けて、Starsの炎を囲んだ形での休息だ。
 既に山中も奥深く。厚い雲に日差しは遮られているため、あまり長時間の休憩は行えない。身体が冷え切ってしまう前に捜索を再開するべきだ。
「我々でさえこれほどの冷えを感じているのだ。亜種シネンシスに寄生された者たちは、今頃どのような想いをしているのか」
 顔を覆うガスマスクを撫で、ウィティコは深いため息を零す。
 拍子にガスマスクに付着していた雪の粒が、ぱらりと地面へと落ちた。
「今回の件も、ウィティコさんが気づかなければ見落とされていましたね。せっかく気づけたのですから、その気づきを無にすることなく対処できれば」
「それにしても、人間にも寄生する冬虫夏草がいるとは驚きだ。早く助け出したいところだな」
 『抱き止める白』グリーフ・ロス(p3p008615)と『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の表情や口ぶりは些か浮かないものである。
 極寒の中、意識を失い菌類の苗床にされる者たちの身を案じているのか。
 亜種シネンシスにより森の奥深くへ誘導された者たちは、いずれ菌床に呼び込まれ、大量の亜種シネンシスをその身に宿すことになる。
 なるほど、考えるだけで身震いしそうになる状況……人の生の終わりとしては、一等惨いものではないか。
「これはわっちらも感染しないようにしないと、ねえ?」
「頭の上にキノコ生えてるの想像するんだけど……うーん、かわいくないわね。ちょっと私が寄生されるのは勘弁願いたいわ」
 糸のような細い瞳で、笑うみたいな声音で呟く『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)。一方『スピリトへの言葉』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は表情を強張らせていた。
 自分が亜種シネンシスに寄生された時の様子を想像してしまったのだろう。
「あぁ、知ってしまった以上、救わねばならない。行こうか……たとえ意識を失っているのだとしても、誰かの助けを求めているだろうから」
 果たして、行方不明になった5人は発見できるのか。
 ほんの僅かな休憩を終え、イレギュラーズとウィティコの9人は再び捜索を再開した。

●極寒の森
 行方不明となった5人の足跡は、降り積もった雪に覆われ残っていない。
 当初、ウィティコが発見していた足跡も、既に消えて幾らかの時間が経過している。およその方向や、亜種シネンシスの生態から、およその目算を付けて森を進んでいるのが現状だ。
 ひどく曖昧、手がかりも足りない。
 しかし、そのためにイレギュラーズが同行しているのだ。
 例えば彼女……クラリーチェなどは植物の声を聞くことが出来る。雪深き森の中とはいえど、雪解けを待つ新芽などは声をかければ応じてくれるかもしれない。
 可能性は低い。
 まさしく、一縷の望みといった程度か。
 けれど、細い線でも手繰っていけばいずれは正解に至るかもしれない。
「冬の森にて春を待つ木々よ。私の声が、聞こえますか?」
 目には見えぬ可能性を掴むため、クラリーチェはそっと傍らの木へ手を触れた。
「眠りを妨げてごめんなさい。教えて欲しい事があるのです……誰も入らないであろう雪に閉ざされた森の中。入って来た者はいませんか?」
 囁くような問いかけ。
 沈黙に耳を澄ませるクラリーチェの様子を、一行は黙って見守っていた。
「何か聞けたか?」
 Starsの問いに、クラリーチェは静かに首を振る。先ほどとStarsの口調が違っているが、おそらくは現在の主人格が別のものに交代したからだろう。
「駄目ですね。植物の時間間隔は人のそれと異なります……“前に通った”とは言っていましたが、それが果たしてどれぐらい前なのか」
「……そうか。やはり、地道に脚で探すしかないか? 少しでも手がかりが掴めれば、進む方向も見極めやすいが」
 地図とコンパスを片手に唸るウィティコの視線がシラスへ向いた。目を細め、真白い地面へ眼差しを送っているのは、雪の下を観察するためか。
 辺りをぐるりと見まわして、しかしシラスの表情は暗い。
 それらしい手がかりは見つからなかったのだ。
 シラスが顔を上げると同時に、エマが雪上へと舞い降りる。
「エマ、そっちはどうだ?」
「観測範囲にそれらしいものはありんせんねぇ。つまり、観測範囲外……木々の生い茂った場所なんかが怪しいということではごぜーますが」
 ほら、とエマは頭上を指さす。
 暗い中、目を凝らしてみれば木々の枝が激しく揺れているのが分かった。どうやら風が出て来たらしい。
「吹雪始めるのも時間の問題かな……この状態で飛ぶのは危険だ。ミヅハさんも降りて来た方がいいんじゃないか?」
 樹上に上ったミヅハへ向けて、イズマはそう声をかけた。
 はぁい、とよく通る声が返って来た、その直後……イズマの眼前に、どさりと重たい音を立てて、ミヅハの身体が落ちて来た。
 飛び降りて来たのかとも思ったが、その割にはミヅハの着地は不自然だった。身体を丸め、強打した肩を押さえている。
「どうした? 何があった?」
 先へ進んでいたウィティコとStarsが慌ててミヅハの元へと駆け寄る。
 しかし、2人の接近はグリーフによって阻まれた。
「近寄らないで……ミヅハさんの口元、付着しているのは胞子か何かではないですか?」
 そう言ってグリーフは呻くミヅハへ手を伸ばす。
 口元を拭った白い指先には、赤い粉が付着していた。それが亜種シネンシスの胞子であるとすれば、ミヅハはおそらく【麻痺】を受けて落下したのだ。
「えっ、もしかして俺、寄生されてるの!? うわ、皆、離れて離れて!」
「っ!? 寄生だと? 冗談ではない! 体はともかく、俺の翼に変なものを付けたら只では置かないぞ!?」
 慌てるミヅハと、翼を庇うように畳んで後退するStars。
 グリーフ1人を残し、一行が遠巻きに様子を伺っている最中、オデットだけが森の奥へと視線を向けていた。

 ミヅハの治療を終えたころ、シラスはオデットの不在に気付いた。
「あれ? オデットがいねぇな? どこに……」
「こっちこっち! 皆、こっちに来てちょうだい!」
 暗い森に、焦りを孕んだ声が響いた。
 森の奥の暗がりで、ぼんやりと淡い光が踊る。オデットの羽が発する光だ。
「こんな森にも精霊たちがいるのね……って思ってみていたんだけど、どうにも様子がおかしくて。覗きに来たら、ほら」
 オデットの指さした先には雪の塊。
 木の根元に出来た高さ1メートルほどのそれを一瞥し、シラスは表情を強張らせた。
「おぉっ!? 人が埋まってるぞ!」
「すぐに掘り返そう。starsさんとウィティコさんは火の用意を!」
 シラスとイズマが半ば凍った雪の塊を掘り返す。
 少しずつ、顕わになるのは白い肌をした幻想種の女性の姿。
 その頬から側頭部、そして頭頂にかけて亜種シネンシスの子実体が生えているのが確認できる。

 凍り付けになっていた女性は、どうにか一命を取り留めた。
 脚を骨折したせいで動けなくなり、雪に覆われてしまったのだろう。子実体を引き抜いたことで、寄生状態から解放されたはずではあるが、衰弱が激しく暫くは目を覚まさないことが予想される。
 まずは1人……行方不明者を発見できたことに安堵すべきか、それとも残る4名の安否を心配すべきか。
「もう大丈夫ですよ」
 意識のない女性へ向けて、クラリーチェはそう声をかけた。
 冷え切った女性の胸へ懐炉を収め、瞼に残った雪の欠片を払い落す。
「危ないところでごぜーました。しかし、彼女の顔の向きから、およその方向は掴めたでありんすねぇ」
「あっちの方角。そして、菌床ってことは日陰と湿度の高そうな所……ってことはあの辺が怪しいな」
 エマとミヅハは、全く同じタイミングで同じ方向へ視線を向けた。
 発見された女性の身体の向きと、ミヅハの経験による考察は、奇しくも同じ結論へ至ったようである。
「あぁ、急ごう」
 そんな2人に頷きを返し、ウィティコは歩く速度をあげた。

 森の奥、岩と地面の間に空いた空洞からは、赤い胞子が漏れていた。
 寒い森の奥だというのに、辺りには霧が発生している。どうやら付近の地面は暖かいらしい。おそらくは、地中に温泉でも流れているのだろう。
「思ったんだが、 亜種シネンシスって、胞子も花粉も出すのか?」
 漂う胞子を吸い込まないよう口元を手で覆い、イズマはそんな言葉を零した。
 それに対して、返事をしたのはウィティコである。
「実のところ、亜種シネンシスの分類は難しい。生態としては菌類に近いのだが……あぁ、あれを見てくれ」
 そう言ってウィティコが指差す先には、たった今、空洞から這い出して来た2人の女性の姿があった。その頭頂には亜種シネンシスの子実体が寄生しているのだが、その形状はキノコの傘にも、肉厚の花弁にも見える。
「どちらでも構いません。急いで彼らの保護に当たりましょう」
 そう言って、クラリーチェが前に出た。
 リィンと、彼女の手元で鐘の音色が鳴り響く。淡い燐光を散らす魔力を片手に纏わせ、見据える先には意識のないままゆらりと蠢く4人の人影。
「感情の色が見えませんね。本当に……ただ操られているだけのようです」
 なんて。
 仲間の前に立ちはだかったグリーフは、そんなことを呟いた。

 亜種シネンシスの生態として、生物に寄生し成長するというものがある。
 そして、寄生された生物は、亜種シネンシスの生態に従い行動するようになるのだ。
 例えば、ゾンビに噛まれた者もまたゾンビになってしまうというのをイメージしてもらえれば分かりやすいか。
 つまり、亜種シネンシスたちにとって、菌床にまで足を運んだイレギュラーズは絶好の苗床ということだ。
「さあ、来な! 目を覚ましてやるぜ」
 シラスが叫ぶ。
 駆け出した寄生主の数は3。立ちはだかったグリーフへと手を伸ばし、肩や腕を万力のような力でもって締め上げる。
 亜種シネンシスに思考を支配され、肉体の限界を超えた力を発揮した状態だ。本来であれば、痛みという形でブレーキがかかるはずの行為さえ、寄生主たちは躊躇しない。
 指先の骨が軋み、爪が剥がれることも構わず、グリーフの皮膚を締め上げ、引き千切る。
「あなたたちにとっては種を繋ぐための必然の行為。生きるため必死でしょうが……申し訳ありません」
 グリーフがブロックしている寄生主たちの体温は低い。身体には幾つもの傷を負い、指先や足などには凍傷も症状も覗えた。
「思ったよりも状態は酷いようですね」
 その様を見て、クラリーチェは低く唸る。
 すぐに処置へ移れば壊死は免れるか……五分五分といったところだろうか。
「……とにかく、幻想種たちを早く助けよう」
 細剣を手にしたイズマが前進。
 グリーフの背後で腰を低くし、空気を切り裂くように剣を一閃させた。
 瞬間、リィンと空気を震わす音波の波が解き放たれる。
 グリーフに纏わりついていたうちの、2人が後方へと弾かれた。
 しかし、イズマの攻撃に耐えた1人の振るった拳がイズマの側頭部を殴打する。
 視界が揺らぎ、イズマはその場に転倒。
 倒れたイズマを次の菌床と定めたのか。グリーフのブロックを抜け、亜種シネンシスがイズマへと襲い掛かった。
 しかし、差し伸ばされた冷たい腕がイズマに触れることは無い。
 エマの放った手刀によって、弾き退けられたからだ。
 見れば、エマの右腕は魔術回路の怪しい光を纏っている。
 魔光は亜種シネンシスを焼き、撒き散らされる胞子さえもを焼き尽くす。

 弾かれた2人の寄生主を追って、シラスは疾駆を開始した。
 まずは1人、寄生主の1人をシラスが雪上に押し倒す。 
「……っ!? しぶといな!」
 声に鳴らない絶叫と共に、頭部から生えていた子実体が大量の胞子を散布した。雪原に舞う赤い粉塵が、シラスの身体を包み込む。
「ミヅハ! 狙えるか!?」
「了解! そこを動くなよ?」
 胞子を吸い込むことも厭わずシラスは叫んだ。
 その声に反応し、ミヅハや弓を引き絞る。キリ、と弦の張る音がした直後、降りしきる雪を掻き分けて、漂う胞子を引き裂いて、ミヅハの矢が放たれた。
 矢は正確に、シラスが抑えた寄生主の頭頂部を掠めていった。鏃によって子実体が引き剥がされると、寄生主はガクリと脱力する。

●生存本能
 空洞内に蔓延る大量の亜種シネンシスは、イレギュラーズを正しく外敵と定めたようだ。
 迎撃のためか。一斉に放出された胞子によって、辺り一面が赤に染まった。
「なっ!? 俺の翼が!」
 まず初めに胞子の濁流に飲み込まれたのは、先行していたStarsだ。菌床に残った寄生主を救出するべく飛んだところを、胞子の拡散に巻き込まれた形である。
 後退していたミヅハとオデットは、胞子の中で一瞬、閃光が煌めいたのを視認する。
 けれど、直後に殴打の音が鳴り響き、数度ほどStarsのものと思わしき呻き声が聞こえた。
「少なくともガワが一般人ですし、どうにもやりづらいでごぜーますなぁ」
 胞子の渦巻く区域から、脱出して来たエマは言う。
 エマに次いで現れたのはグリーフ、シラス、イズマの3名だ。
 きらり、とエマを中心に淡い燐光が散っていた。それは他者の異常を払う聖なる光に他ならない。
 光の降り注ぐ先には、グリーフたちに引き摺られている寄生主たちの姿があった。
 体表に現れていた子実体は既に取り払われている。
 エマの振りまく燐光を浴びたことにより、体内に巣食う菌の残滓もきっと除去されただろう。
「今回のような事がこれからも続くようであるならば正直面倒臭いでありんす。なのでこの菌を研究して対策を取って欲しいでごぜーますなあ?」
 そう言ってエマは、ウィティコの手に亜種シネンシスの子実体を押し付けた。

 ごう、と風が渦を巻く。
 雪を散らして、巻き起こされた砂塵によって胞子の渦は空高くへと噴き上げられた。
「寒いと大人しいみたいだけど、暑すぎるのも困りものでしょ?」
 そう言ってオデットは、頭上へ両腕を振り上げる。それに合わせて、砂塵は次第に規模を縮小させていく。
 そうして、すっかり砂塵と胞子が消え去った中、ふらりと雪上に立ち上がる影があった。
 それは顔面を血塗れにし、身体中に胞子を纏わりつかせた状態のStarsであった。
 寄生主に殴打されたのか。顔面だけでなく、腕や首元には痣を作っているようだ。
「もう大丈夫ですよ! さぁ、早くこの場を離れましょう」
 Starsと寄生主であった女性を纏めて毛布で包み、クラリーチェは2人へ治癒を試みる。リィン、と鐘の鳴る音が響き、降り注ぐは暖かな淡い光の粒子。
 暗い森の真ん中で、クラリーチェの周辺だけが春の日差しのように明るく照らされた。
 傷ついた者を慈しみ、寄り添いながら歩く彼女の姿はまるで絵画の中の聖母のようでさえあった。
 少なくとも、ウィティコの目にはそのように見えたのだろう。
 だから……。
「あぁ……帰ろう。きっと、この場にいる誰しもに、帰りを待つ人がいるはずだから」
 そっと。
 意識を失う幻想種の女性へと手を差し伸べながら、ウィティコはそんなことを言う。

成否

成功

MVP

エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma

状態異常

Tricky・Stars(p3p004734)[重傷]
二人一役

あとがき

お疲れ様です。
亜種シネンシスに寄生された5名の救助が完了しました。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
皆さん、サバイバルに強そうですね。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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