PandoraPartyProject

シナリオ詳細

美しき珠の枝

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●鬼の娘
 落ち葉を巻き上げ、木枯らしが駆け抜ける。障子に穴の空いたこの家はそれだけで戸がガタガタと音を立て、家全体が揺れているかのようだった。
 寒くてひもじくて、身を寄せ合ってあたしたち姉弟たちは冬を過ごす。
 冬も、春も、夏も、秋も。春夏秋冬(ひととせ)が巡っても、あたしたちの生活は変わらない。
「ごめんね……」
 おっかぁが涙を零してあたしを抱きしめた。あたしは『あたしの番が来た』とただ思った。
 あたしのお姉もお兄も、家のために働きに出たのだ。だから次はあたしの番。
「あたし、頑張るね」
 弟妹の腹が満たせるのなら、あたしはそれでいい。
 先払いで金を貰ったのか、その日の夕餉は温かなものだった。

「今日からここがお前の家だよ」
 柔和な笑みで、そのひとはそう言った。
 きれいなおべべを着て、腰に刀を佩いたそのひとは『えらいひと』なのだと学のないあたしにも解る。『家の人』たちが『旦那様』と言って出迎えて、あたしは「仕事を教えてやってくれ」と引き渡された。
 今日からここが――このお屋敷があたしの家。弟妹のいる家とは違って、寒さもひもじさもない。旦那様は優しく、新しい家族――同僚たちはみな優しい。村のヤオヨロズたちはあたしに優しくしてくれなかったけれど、このお屋敷の人たちはゼノポルタのあたしにもうんと優しい。
 あたしが奉公に慣れたら、弟たちも呼んであげたいな。
 温かな寝床と美味しいご飯をあの子たちにも分けてあげたい。

 その頃のあたしは、本当に本当に、心からそう思っていたんだ。

「ああ、良い色だ」
 気持ち悪い。
 どうして優しいだなんて思ったのだろう。
 旦那様は、あの日あたしが柔和だと思った瞳に欲を滾らせて、ただあたしの角を見ていた。鑑賞するように、舐めるように。『芸術品』だけを求める目で。
「形も色艶も良い。やはりこれくらいの年頃の獄人の角が一番だな。
 ああ、そんな顔をしないでおくれ。せっかく角が美しいのに、台無しだ」
 嫌だと頭を振りたい。やめてと叫びたい。
 けれど先刻使われた薬で、あたしは指先ひとつ動かせない。
 見開いた瞳から涙だけが頬を伝い、顎の先からボタボタと石畳に落ちていく。
「生きたまま獲った角が私は好きなのだ。大丈夫、お前の角を頂いたら、お前も仲間たちの元へ送ってやろう」
 長く痛い思いはさせない。大丈夫、大丈夫だよ。
 どこまでも優しい声で繰り返し、旦那様は――その男は、あたしの角に手を掛けた。

●雨雲
「師走だし大掃除をお願いしたいのだけれど……いいかな?」
 手にした巻物を肩にポンポンと当てた『浮草』劉・雨泽(p3n000218)がゆるく首を傾げ、笠の垂れ布を揺らす。
「豊穣のね、大きな汚れを取るのに協力して欲しいな」
 これなのだけれどと指先でするりと紐解いた巻物は、刑部卿からの密書であった。

『豊穣に住まうとある貴族を捕まえたい。
 其の者の罪状は、「密猟」。品は、「鬼人種の角」である。
 我々刑部の働きにより彼の者が命令を下しているところまでは突き止めた。しかし、朝廷に顔を出す高官であるが故、確かな証拠が揃わねば刑部としても手に縄を掛けることが叶わない。
 調査を進めたところ、「外」では別段怪しい動きはない。あるとすれば「内」だろう。我々刑部の者よりも神使殿の方が顔が割れてはおらぬことだろう。よって、潜入調査を依頼したい。
 数日後に件の貴族の屋敷にて大きな宴席が予定されている。臨時で雇われる使用人の雇用枠をこちらの伝手で押さえてある故、神使殿は邸宅に潜入し証拠を掴んでもらいたい。
 捕物は宴席のある夜に決行。貴殿等の動きは邸外から刑部の者が追っている為、事が成れば刑部の者等が邸内に入り速やかに取り押さえ、連行する。』

 几帳面な文字で、そう記されている。
「……どうやら、幼い鬼人種の角ばかりを集めているようなんだ」
 雨泽は珍しく笑みの形の唇を歪め、「趣味が悪い」と吐き捨てた。
 すぐに表情は切り替わり、指をふたつ立ててみせる。
「気をつけるべき点は二点かな」
 ひとつは、怪しまれてはいけないこと。せっかく潜入しても怪しまれれば追い出されるだろうし、せっかく掴めてきた尻尾を隠される可能性がある。
 ひとつは、容疑者の五体満足での捕縛を刑部省が目指していること。法を執行する彼等は、豊穣の民として然るべき罰を与える。
「余罪がどれだけ出てくるか解らないしね」
 いつも通りの笑みを佩いたまま、それじゃあよろしくねと雨泽は君の手へ巻物を乗せるのだった。

GMコメント

 ごきげんよう、人体の一部を蒐集している敵が大好きな壱花です。
 師走なので、大掃除をお願いします! 豊穣の塵の!

●成功条件
1.屋敷で怪しまれずに三日間過ごす
2.証拠を三点以上集める
3.犯人捕縛(五体満足)
※全て必要となります

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●シナリオについて
 三日間、小笠原弘鳳邸の中で使用人として過ごすことになります。使用人の着物を支給されますので、三日目の夕方まではその衣装で過ごします。
 三日目の昼に孫の誕生日を祝う宴会予定があり、人手が必要となるため皆さんが臨時の使用人として潜入できます。孫を含めた娘一家は当日にやって来て、お祝いが済んだら「じいじ、またね」と夕方前には帰っていきます。
 三日目夜の断罪イベントのために証拠を集め、悪人を捕まえてください。

 基本的に朝は早く、夜も早いです。
 屋敷の主が削れる場所は削りたい吝嗇。蝋燭がもったいない! ということで、暗くなる前に仕事を終え、就寝。仕事はお天道様の上る時間からです。基本的に皆さんは宴会のための臨時使用人であるため、宴会に関係する仕事をします。男性であっても夜回り等は頼まれません。

・一日目
 朝餉の時間の後からお屋敷に。
 屋敷に来たばかりなので、仕事や屋敷の構図を覚えなくてはいけません。最初に先輩使用人が覚えておかないと行けない場所は案内をしてくれます。
 おすすめは情報収集や使用人との親密度アップです。
 禄に情報もない状態からなので、『とてもすごい立ち回り』『クリティカルなセリフ』がないと、証拠を掴むところまではいけないかと思います。

・二日目
 朝早くからそれぞれの持場でお仕事開始。(厨は広くないので神使は2名まで)
 翌日の段取りの説明や、翌日使う必要なものの用意、屋敷全体の清掃(特に大広間や庭)
 理由を作ってウロウロできます。誰かに遭遇したり見つかった時の言い訳を考えておくと良いかもしれません。

・三日目
 朝:宴会の準備で大忙し。
 昼:宴会があり、客の相手等で大忙し。
 夕:片付けが済むと、少し気の緩む時間。仕事を終えお給料を貰い、屋敷から御暇します。
 夜:楽しい断罪イベント。証拠を並べて悪人をお縄につけましょう。
   かっこいい感じに罪状読み上げたり、かっこよく正義の味方っぽくいきましょう。

●プレイングについて
・一日目~
・二日目~
・三日目~
 な、感じで『三日間』の行動を書いてください。
 NPC使用人等に話しかける言葉は、具体的に。『セリフ』でお願いします。そのセリフが有効で合った場合、良い結果が得られることでしょう。
 怪しまれる、無理を通す、等といった問題が生じなければ戦闘は発生しません。

●小笠原邸
・初日に案内される場所
 『厨』『客室』『大広間』『使用人部屋』
 蔵や主の部屋等は中には案内されませんが、「あそこが旦那様の部屋よ」等の形で近くを歩いている時に教わります。
 建物は1.5階建て。半屋根裏っぽいところに使用人部屋があります。木製の階段を突っ張り棒で引っ掛けて降ろすことによって上り下りが可能。上り下りをするとギシギシ音がします。

・他の主だった部屋
 『主の書斎』『主の寝所』『二階建ての蔵・大』『二階建ての蔵・小』『茶室』
 その他細々とした倉庫や用務入れ等もあります。上記は他の使用人が『認識』している部屋です。

●刑部が最低限ほしいと思っている証拠
 『物的証拠:鬼人種の角』(できれば言い逃れが出来ないくらい沢山)
 『犯行を裏付ける書面』(内容がしっかりしたものであればあるほど良い)
 『人的証拠:鬼人』(今勤めているのは全員ヤオヨロズのようですが……)

●屋敷NPC
 全員ヤオヨロズです。
 夜の見回りは一人ずつで行動。片方が半周したくらいの距離を開けて同じルートを回ります。

・小笠原弘鳳(おがさわら・ひろたか)
 朝廷でそこそこの発言力のある壮年男性ヤオヨロズ。
 鬼人種の角蒐集家。角の好みにうるさい。吝嗇家。
 一日目と二日目は早朝入内、八つ時帰宅。三日目は一日中家に居ます。

・使用人
 サチ:厨担当、50代女性。肝っ玉母さん。
 キヨ:厨担当、40代女性。噂話が好きだが、サチさんに「お喋りより手を動かしな!」とよく言われる。
 ユズ:座敷担当(部屋の掃除や料理の配膳と言った屋敷内の細々なこと)、10代女性。明るい。
 マリ:座敷担当、20代女性。面倒見が良いお姉さんタイプ。

 松人:若党、50代男性。使用人の中で一番偉い。弘鳳が家に居る時は基本的に弘鳳の側に居る。
 佐吉:庭師、60代男性。長く屋敷で働いている。腰が痛いので弟子に任せて引退予定。
 末吉:庭師、20代男性。佐吉の孫。まだ若いせいかよくミスをする。マリに気がある。
 三郎:下男(雑用担当)、30代男性。真面目な性格。夜の見回り等も行う。
 正太:下男、20代男性。夜は寝たいのに見回りが…。
  夜の見回りをするふたりは、夜に使用人部屋とは違う場所で妙な音を聞いたことがあるようです。

 ※雨泽は「五体満足で捕まえるなんて無理」と言う訳で同行しません。

●EXプレイング
 プレイング字数が苦しい時用に開放してあります。
 関係者は、幼い鬼人種の関係者に限ります。屋敷内にて会うかもしれません。(角折れOK/NG教えて下さい)
 ※登場を確約するものではありません。

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • 美しき珠の枝完了
  • GM名壱花
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年12月28日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談5日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

チック・シュテル(p3p000932)
埋れ翼
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
月香るウィスタリア
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
激情の踊り子
美咲・マクスウェル(p3p005192)
あの虹を見よ
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀の約束
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
霊魂使い
蓮杖 綾姫(p3p008658)
断ち斬りの
澄恋(p3p009412)
花嫁キャノン
白妙姫(p3p009627)
慈鬼

リプレイ

●一日目――
 人体の一部を奪い、集める。それはしてはならぬこと。
 尊厳を踏みにじる行為はいくつもあるが、その内のひとつと言える行いだ。
(おれの場合、だと……翼……?)
 此度は豊穣の地で、狙われているのはゼノポルタの角ではあるが、もし自分の一部で一番目を引く場所は……と考えた『埋れ翼』チック・シュテル(p3p000932)は、思わず背を、背から生えた翼をぶるりと震わせた。考えるだけでも恐ろしいことだ。あってはならない。けれど刑部省が既に追い、動いている案件ということは、確実に、既に起きてしまっている事件なのである。
 ゼノポルタの角の蒐集――それも幼い子供の角を好み、被害者の話が最後までされなかったことから恐らくは……と想定できるものがある。此度の依頼に集まったイレギュラーズたちは、ひとつ、確かな同じ気持ちを抱いている。
(おのれ……変態め)
 件の屋敷を前にして、『慈鬼』白妙姫(p3p009627)の瞳もスッと細くなる。額に頂く角はポロリと取れる鹿角などではなく、生まれた時からともにある体の一部だ。それを狙う輩の棲家とあっては思わず心も尖ろうと言うもの。
 ――けれど今日からの数日、この屋敷はイレギュラーズたちの『職場』となる。雇われの使用人が主や家に殺気を向けるなど言語道断。白妙姫は深く呼吸をし、柔らかな笑みを貼り付けた。
 仲介人に扮した刑部省の者の案内で屋敷へと上がり、全員で軽く挨拶をしてからお仕着せへと着替え、それぞれの持場へイレギュラーズたちは別れた。
「ヒィロです。お掃除も配膳も頑張ります、よろしくお願いしまーす!」
「ゼフィラです。――先輩方。ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いたします」
 良好な職場環境を築くには、まずは先輩使用人たちへの挨拶から。明るく元気に『激情の踊り子』ヒィロ=エヒト(p3p002503)が挨拶をしてやる気を見せれば、その傍らで『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は常よりも幾分も楚々とした姿で丁寧に頭を下げる。袖から覗く手は、生身に見える偽装用のもの。不自然のない姿に、ユズとマリはよろしくねと笑った。
「短い期間だけれど、よろしくね。私達は当日も沢山動き回らないといけないから、厨から大広間までの道だけはしっかりと覚えておいてね」
「厨から大広間までは遠いッスか?」
「そうね……大広間は玄関から廊下を真っ直ぐ抜けた屋敷の中央部。厨は料理の音や細々とした音も出てしまうし、煮炊きや竈のためにも隅にあるわ」
 順番に説明していくわね、と告げて前を歩くマリの後ろで『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)は成程と大きく頷きながらメモを取る。歩いた所を簡易的に記した地図を作っていても、マリもユズも指摘はしない。「お屋敷が広くて大変でしょう?」と朗らかに笑う姿に、きっと彼女たちも勤めだした時に同じことをしたのだと窺えるようだった。
「ここが大広間よ。欄間がすごく豪華で綺麗だから、襖が閉じていても解りやすいと思うわ。当日にお客様を招く場所だから、とびきりに綺麗にしないといけないい場所よ」
「特に注意してお掃除しなきゃいけない部屋ですか!」
「掃除、沢山頑張る……です」
「ええ、よろしくね」
「もし決まった作法がありましたら、小さなことでも教えて下さい」
 鹿ノ子同様、メモを片手なゼフィラの仕事への前のめりの姿に、マリはそうね……とあれやこれやと丁寧に説明をしてくれ、白妙姫もヒィロも気になる点を時に訪ねながらしっかりと学んでいく。
「――あっ」
「きゃ! だ、大丈夫? 少し滑りやすかったかしら?」
「ご、ごめんなさいッス……お料理を運んでる時は気をつけるッスね……」
 転んだ鹿ノ子へとユズが手を貸して起き上がらせてくれる。
 彼女たちは実に親切だ。鹿ノ子がわざと転んだことも、透視やハイセンスを用いて屋敷内を調べているだなんて、一欠片も思いもしていない。
 掃除が必要となる部屋をぐるりと回り、最後に使用人部屋へと上がる。男女で違う部屋を使うこと、部屋は二人一組で分かれているけれど襖で隔たれているだけだから恋の話とかは聞こえちゃうから気をつけてね、なんて笑って屋敷の説明を終えた。
「一通り屋敷内を見させてもらったが……質問してもよいかえ?」
「あなた、言葉が古めかしいのね。ええ、どうぞ」
「祖母に育てられたせいかもしれんのう。――わしら以外にゼノポルタが見えぬが、一人も雇っておらぬのか?」
 咄嗟の出任せを交えて問えばユズとマリは顔を見合わせてから小さく笑い、厨へと歩きながら言葉を紡いだ。
「時折いるわよ。旦那様がね、見習いの子を連れてくるの」
「ええ、つい最近までだっていたわ」
「最近まで……?」
「旦那様はお優しい方で、貧しい家の子に最低限の作法や礼儀を教えてくださるの。他所のお家でも働けるようにね」
「このお屋敷は普段は私達だけでも何とか回せているから、他のお家だったりお店だったりに奉公出来るようにはからってくださるのよね」
 ね、と顔を見合わせたユズとマリの姿は、嘘をついているようには見えない。
「こないだまで居た女の子なんて、すごくよく働いてくれて気立てもよくて、ずっと居てくれたらいいのにって思っていたわ」
「あら? その子はひとつ前よ。先日まで居た子は男の子だったもの」
「そうだったかしら?」
「大きな竹箒で庭をはいていた頑張り屋さんで――そういえばあの子、数日しか見なかったわね。男の子だから奉公先の候補が沢山あったのかしら」
「いつもはみんな、もっといるのにね」
 世間話のように続けるユズとマリの姿に、イレギュラーズたちは顔を見合わせた。

 軽く厨の入り口へと顔を出し、完成した料理が置かれる場所等を説明したユズとマリは「それじゃあお掃除を始めましょう」と五人を連れて去っていった。
 厨に居る『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)と『あの虹を見よ』美咲・マクスウェル(p3p005192)のふたりは殆どそこから離れる事がなくなるため、大広間と厨、使用人部屋への行き方等の最低限のみを教わり、後は殆ど厨に缶詰だ。ハイテレパスでヒィロから美咲へ、ゼフィラから綾姫へと見聞きした情報が簡潔に伝えられ、情報を整理しながらふたりは決められた作業を熟していく。
(数日前までは居たという男児。すぐに隠さねばならない『何か』が起きたのか、或いは――)
「あら、あんた上手じゃない。手も早くていいね」
「ええ、先輩方程ではありませんが、料理は少し出来ますので」
 出しゃばらずにサチとキヨをたてて綾姫がはにかむように告げれば、ふたりは気を良くした様子で楽しげに笑った。
「切り方はこれであっていますか?」
「うん、大丈夫。お祝いの料理は家の伝わる作り方や形があるものだから、少し勝手が違って困るかも知れないけれど、解らなかったら都度聞いてくれていいよ。あたしらも手が離せない時もあるけどさ、ちょっと待ってくれれば応えるからさ」
 よく喋るキヨに、美咲はありがとうございますと微笑んだ。
「古くから続くお家だと紹介されたのですが……旦那様はどのような方なのでしょう?」
「ああ、そっか。旦那様はお勤めに出ているから、まだ会っていないんだね」
 トントンと人参を桜の形に切りながら綾姫が問えば、キヨからすぐに「良いお人だよ」と返ってくる。
「怒ったところも見たことがないくらい穏やかなお人で、身寄りのない子供たちにも手を差し伸べてくれる出来たお人さ」
 けれどその裏では――なんて、綾姫と美咲は思ってしまう。
「そうなのですね」
「そんなに素敵な方だなんて、お会いするのが楽しみです」
「お戻りになったら松人さんが呼ぶだろうさ」
 切った野菜を確認したサチが素っ気なくも、その時に一言お声を頂けるよと告げて。
「松人さん……ああ、最初にご挨拶をさせて頂いた方ですね」
 仲介人に扮した刑部省の者の案内で屋敷へと上がった時、全員で挨拶をした男性だ。聞かずとも、きっと彼が主不在時の家を取り仕切っているのだろうと綾姫も察することが叶った。
「重要な判断を仰ぐ必要がある時はあの人に言うのが一番だけれど……まあ、三日間くらいじゃそんなに重要なことも出ないだろうね。あの人も帳簿や買付やらと忙しい人だから――」
「ほらほら、あんたたち。お喋りも程々にね。口ばかり開けてると覚えたことが口から出てっちまうよ」
 パンパンとサチが手を叩き、綾姫と美咲は出汁の香りの湯気の中、日持ちのする料理から先に仕込んでいく。

「あの、このお屋敷、幽霊いないですよね……? そういうの苦手で……」
 キョロキョロと庭を見渡してから竹箒を片手に『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が問えば、ん? と三郎が振り返る。掃いても掃いても何処からか飛んでくる枯れ葉を集めつつ移動し、少し慣れてきたところでのアーマデルの言葉。三郎が表情も変えずに口を開く前に、「えっ」と反応したのは『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)だった。
「このお屋敷、お化けがでるんですか!? ……こんなに広いお屋敷なら…お化けとか、いてもおかしくないですよね?」
「なんだ、ふたりは幽霊が苦手なのか?」
「そうなんです~、こわいの苦手で……正太様、見たことありますか?」
 スッと一歩正太の懐へと進み出て、ちりとりをぎゅうと握りしめながらの上目遣い。思わずサッと頬に朱をさした正太は、慌てるように手の甲で口元を押さえて斜め上へと視線を逸した。手の甲の下の口がニヤけてしまっているのを見つけたのか、三郎が呆れたような視線を向けている。
「お、おう。見たことはねぇ。見回りは俺と三郎さんがしっかりと務めるから、澄恋ちゃんは安心して寝ていて大丈夫だぜ」
「正太様……! 正太様って、とても頼りになる殿方なのですね!」
「そ、それほどでもない、ぜ」
「……幽霊は見たことはないが、妙な音なら稀に聞くな」
 ふうとため息を吐いた三郎が、竹箒の上に手を組んだ。
「えっ、夜に物音! どこですかそれ、近寄りたくないです」
「どこって……ほら、そこだ。目の前」
「え、目の前って――」
 肩を跳ねさせたアーマデルと、正太を籠絡していた澄恋の視線がゆっくりと動く。
 ――目の前。そこにあるのは大小のふたつの蔵である。
(まあ、怪しいよな)
 豊穣の貴族の屋敷は、床下に入れる様式が多い。何かを隠すために地下牢等を作るのならば、蔵か茶室辺りに仕掛けを作る方がやりやすいことだろう。
「建物自体が結構古いから、家鳴のせいだろうけどな」
「けど、割りかし新しい茶室の方でも聞いたことありません?」
「あれは旦那様か松人さんが何かしていたんだろ。灯りを持って行くのを見たことがあるぞ」
「……夜に、ですか?」
「お偉い方だ。茶を点てながら考え事のしたい夜もあるのだろうさ」
 ほら、風が吹いた。木の葉が飛んでいくぞ。
 箒を動かしだした三郎に、澄恋は物分りの良い返事を返した。

「そら、末吉。右端だ」
「わかってるって、じいちゃん」
「なぁにがわかっとるだ。言ってる側から間違っとろうが――あ、いたたた」
「ああ! 佐吉さん、大丈夫!?」
 声を張り上げたせいで腰が痛んだのか腰を曲げた佐吉の姿に、末吉の上っている梯子を押さえていた『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は慌てて彼の元へ向かい、腰をさすってやる。
 ふたりのやり取りが微笑ましくて、家の主は最低だけれど支給された着物のお仕着せも嬉しくて心を弾ませていたが、痛みに蹲る姿を見ればすぐにスッと思考が切り替わる。
(こんなに痛そうにして……夜はちゃんと眠れているのかしら……)
 体が冷えると痛むという話もよく聞くものだ。年の瀬となり冷え込む日々は腰痛を抱えた佐吉には辛いことだろう。せめてもと佐吉の曲がった腰へと手を当てて温めてやれば、佐吉は「すまんねぇ」と眉間に力を篭めながらも笑った。
「あの、良かったら、これ」
「おお、良い匂いだの」
「鎮痛と安眠効果のある香り袋なの」
 いいのかいと視線を向けてくる佐吉へいいのよと微笑んで、ジルーシャは枕の下に置いて休んでねと付け足した。
「よかったな、じいちゃん」
 梯子から降りてきて笑った末吉の視線が、スッと何かに流れていった。
 その視線の先には縁側に出てきた、チックを含めた女性たちの姿があった。縁側に大広間用の座布団を天日干しに来たのだろう。それぞれとてもフカフカとした上等の座布団を抱えてやってきては、綺麗に縁側に並べていく。
(あら――)
 その中のひとりに、どうやら末吉は視線を向けているらしい。
 マリだ。
 けれどマリは全く気が付いていないのか、ここでも転んだ鹿ノ子へと手を貸して起き上がらせ、くすくすと笑い合いながら立ち去っていく。
 これはこれは、もしかして――なんて思いかけたその時。
 ジルーシャの頭の中へ、ゼフィラの声が飛び込んできた。
『――そちらはどうだ?』
 末吉はマリが好きみたい、とは言えない。まだそれらしい情報を掴んではいないことを伝えれば、ゼフィラは仲間たちがマリやユズの気を引いている間にハイテレパスで集めた情報を伝えてくれる。
 家の主は使用人たちから慕われていること。
 使用人たちは何も知らなさそうなこと。
 鬼人種の子どもたちの出入りがあっても使用人たちが不思議に思わない理由。
 夜に蔵の辺りで正太と三郎が妙な音を聞いたことがあること。
 それから、夜間に茶室に出入りする弘鳳と松人のこと。
(やっぱり茶室と蔵は怪しいわよね……)
『あとそうだ。夜の見回りにアーマデルが同行することとなった』
『あら、お手柄ね。どうやったの?』
『大いに怖がったそうだよ』
 度胸を付けてやるとか何とか言われたそうだ。
 その姿を想像して笑みが浮かびそうになるのを抑え、ジルーシャは佐吉に呼ばれ、ゼフィラはユズに呼ばれ、その場を後にした。

●二日目――
 夜間の見回りをする三郎と正太の朝は、他の使用人たちよりも遅く始まる。つまり、ふたりの下に着いている澄恋とアーマデルのふたりは朝に自由な時間が少しある。見回りに連れて行かれた――そうなるように仕向けたのだが――アーマデルも朝はゆっくりとしていいのだが、この時間に夜間の見回りの情報をゼフィラへと伝えた。
 夜間に調査に動くのなら、注意すべき点はふたつある。
 ひとつは見回りの間隔。もうひとつは灯りを決して使わないことだ。灯りを使えば、障子に写ったり襖の隙間からすぐにバレてしまう。そのため暗視や透視が使えない者が夜に動いたところで部屋を荒らすだけになることだろう。
「行けと言われればどこへでも!」
「ふふ、ヒィロは朝から元気ね」
『夜の内に昨日作ったメモを綺麗にしたッスけど、特に変な空間とかはなさそうッスね』
『寝室と書斎……松人さんがよくいる、って……』
『松人は常に主の側におるし、怪しいのう』
「先輩、今日はどこから掃除して行きますか!?」
「そうねえ。玄関も必要だし、それから……」
 朝から元気に箒を抱えたヒィロに気を取られ、ユズとマリはイレギュラーズたちが情報交換をしていることに気が付かない。
 イレギュラーズたちは今日も変わらず、掃除を行いつつ隙を見つけては調査をし、報告し合う方針だ。怪しい場所には一人でとどまらず、時間を置いては代わる代わりにそれらしいい用事を作っては少しずつ調査をしていくことを互いに約束しあう。
 無理は、禁物。怪しまれて追い出されたり隠されては全ては水の泡。
 足りない所を補い合い、皆で頑張ろうねと密かに拳を握り合う。

「ハァイ、おはよう。佐吉、末吉。昨日はよく眠れたかしら? さ、今日も一日頑張りましょ♪」
「ジルーシャ、おはよう」
「おはよう。香り袋のお陰で久しぶりに眠れたようじゃわい」
 佐吉が人好きな笑みを見せ、ジルーシャも笑みを深くする。
「今日も庭のお手入れかしら?」
「ほとんど済ませてあるから、掃除をお願いしてもいいか?」
「切った枝や何処からか飛んで来る木の葉が低木に引っかかっていたら取っておいておくれ」
「ハァイ、任せて頂戴」
 歩いていても問題なさそうだと判断し、ジルーシャは小枝や葉を集める竹籠を背負い庭を歩き回った。
 片や精霊の不安そうなざわつきを追い、片や人助けセンサーの反応を追い、ジルーシャと澄恋は小さな蔵の前でばったりと行き合った。泣き声が聞こえると告げればジルーシャはヒエッと思わず震えたけれど、「助けを求めてる子の声よね? ね?」と澄恋の後に続いた。
「普通の蔵、ね」
「そうですね……でも」
 誰かが助けを求めている。

 ゼフィラと別れたアーマデルは茶室へと向かう。
 茶室に弘鳳が訪れる話は前日に情報共有をしてあるが、趣味の物を扱うのならば……と考えるのなら、やはり怪しいのは茶室だろう。三郎たちは考え事をするために行くのだと思っているみたいだが、アーマデルは角を愛でるために行っているのではないかと推論立てた。
 高級な茶葉や茶器の置いてある茶室は湿気や温度を適切に保たれ、角の保管にもぴったりだろう。
 辺りに人の目がないことを確認して茶室に忍び込んだアーマデルは暫く茶室内を探し回り、
「――見つけた」
 茶葉が仕舞われている戸棚の奥に隠し扉を見つけ、紐が結ばれた螺鈿細工の美しい箱を見つけたのだった。

「薪が足りていないですね。明日も沢山使うだろうし、取りに行ってきますね」
「ひとりで大丈夫?」
 ええと頷いた綾姫は美咲に目配せをして厨を出ていく。
 向かうのは、大きな方の蔵だ。
(角を折るのなら、きっとどこかに道具があるはずです)
 あまり長い時間を掛けることはできない。
 その点は技能と経験で補い捜索すると――。
「これらは恐らく……」
 刃の状態からして、間違いないだろう。
 鉈や鋸、鑿等。まるで拷問でもするかのような一揃えがそこにあった。
「証拠はひとつで充分ですね」
 一番使われていそう状態の小さな鋸のみを持ち出すことにする。残りは弘鳳を捕まえた後、お役人たちに任せよう。

 床を片っ端から調べたジルーシャと澄恋のふたりは、時間は掛かったが隠し階段を見つけた。階段下から風が拭き上げてくるとジルーシャは途端に厭そうに眉を顰め、早く降りましょうと澄恋を促した。
「……っ」
 響く足音に、小さく息を飲む気配。
 警戒を覗き込めば座敷牢があり――、
「だ、だんなさま……?」
 怯えた顔の男の子がそこにいた。
「大丈夫よ、警戒しないで。アタシたち、あなたを助けに来たの」
 ぽたりと香薬を一滴地に垂らせば、少年は少しだけ表情を和らげた。
「他の子は……いらっしゃらないのですか?」
「他の子……? 僕一人、だけど……」
 角を折られた他の子が居ない。それじゃあ角を折られた子はどこに……?
 素早く牢を素手で破壊し辺りを見渡して首を傾げる澄恋。
 そんな彼女の袖をそっと引くそっとジルーシャ。
 彼の顔を見れば、ふるり。髪を揺らしてこうべが振られる。
(――ああ)
 理解した澄恋の唇からは、思わず吐息が零れた。
 鼻の良いジルーシャには此処へ入った時から解っていたのだ。薬品等で消しても微かに残る、誰のかなんて考えたくもない、忌まわしい血の香りに。
(ごめんなさい、間に合わなくて)
 ――助けられなくて。
 けれどせめて、この子は。
 男の子の身体をぎゅっと抱きしめて、この子だけは守ってみせると己が角に誓った。

 ――――
 ――

 そうして料理や掃除に明け暮れて、夜。
 今夜も夜回りに付き合わされているアーマデルが通り過ぎた後、ひょこりと顔を覗かせる影がふたつ。
 美咲とヒィロのふたりは足音を忍ばせ、書斎へと侵入した。
 夜の無人の書斎は静けさがしんしんと降り積もるように静謐で、近寄り難い気配が漂っている。
 書面を探すには、ひとつひとつの文面をチェックしていくしかない。如何にもな怪しい場所に置いてくれていれば一発だろうが、そう簡単にはいかないようだ。
 暗闇の中では、透視と手探りで探すしかない。怪しい箱等を見つけられても文章を読み解くことは困難だ。
 一通り怪しいところを調べたふたりは衛生スプレーで綺麗にし、明日の宴会時間に仲間たちへ託すことにした。

●三日目――
 朝から昼までの時間は、あっという間に過ぎていく。
「膳の中、小鉢の並びはこの配置だよ。間違えないようにね」
「最初に出すのはこの膳。これは先に並べて置くもの。その次はこっちで――」
「ああ、あれが足りない。取ってきておくれ」
 ユズとマリは詳しい配膳を教えたり、厨のサチとキヨも忙しく動き回る。慌ただしく指示が飛び交う中、イレギュラーズたちも明るい返事で応じ、彼女たちに仕事への真摯な姿勢を大いに見せた。
 宴会が近づけば大勢の親族たちが集まり始め、時間まで客まで寛ぐ客人たちへの対応に使用人たち全員が追われることとなった。
「じいじ、こんにちは」
「はい、こんにちは」
 最後にやって来た娘一家に応じる弘鳳は佳き祖父そのもので、玄関で抱っこをせがんだ孫娘を抱き上げて大広間へと向かった。見守る使用人たちも客たちもみな幸せそうで、この好々爺が裏で悪事に手を染めているなどと想像すらしていないのだろう。
 宴が始まれば暫くの間は接客で忙しくはなるが、料理を出し切ってしまえば余裕が出る。チックや白妙姫、澄恋が主な仕事を請け負い、ゼフィラと鹿ノ子は不自然に空けすぎないように気をつけながら屋敷内への調査へと回った。
 宴の間は松人も弘鳳と客人の相手で手一杯だ。主の寝室と書斎を詳しく調べるにはこの時間しかない。
「あったッス……!」
 ゼフィラと鹿ノ子を中心にバレて仕舞わないように動き回り、イレギュラーズたちは寝所と書斎からも『証拠』を押収した。
 宴に忙しく、また調査に忙しく立ち回れば、光陰矢の如しとはよく言ったものだと感ぜられる程に時は早く過ぎ、客人たちを見送り、孫一家を見送り、また慌ただしく片付けに追われれば撤収の時間がやってくる。

 ――――
 ――

 夜陰の帳が降りれば、断罪の時間。一度小笠原邸を辞したイレギュラーズたちはいつもの装備に整え、再度邸宅前へと集っていた。
 凍えるような夜風が耳をくすぐり、痛みを伴いながら熱を奪っていく。被害にあった子どもたちは、冬の寒さにもひもじさにも耐えて過ごし、やっと幸せを掴んだと思った子が多い。この寒さにも耐え、やっと春が来るのだと思った喜びは如何程のものだったろうか。
「参りましょう」
「……ああ」
 まずはイレギュラーズたちから小笠原邸に入る。刑部省の者たちはいつでも捕らえられるように、また万が一門や塀から逃がすことがないようにぐるりと包囲し、万全の状態で待機してくれている。
「旦那様――いいえ、弘鳳様、こんばんは」
「――誰だ!」
 縁側を歩む弘鳳と松人へ、闇冥に沈む庭の暗がりから突如かかる声。
 すぐに松人が弘鳳を護るように一歩前へ出て、腰に佩いた刀に手を掛けた。
「お前たちは……」
「すまんのう、ここからは別の仕事なのじゃ」
 闇の中からひいらり舞うように伸びた白い足がジャリ、と石を踏んだ。続く人影が庭に広がれば――どの面々もこの数日見た姿だと松人が息を呑む。こんな場面であるというのに弘鳳の視線が白妙姫の頭上で止まり、彼女は不快感を隠さずに佩く笑みに載せた。
「子供たちに一体何をしたのか、洗いざらい吐きなさい!」
「……子供たち? 何を言っている?」
「とぼける、無駄。証拠……揃ってる」
 イレギュラーズたちは集めた証拠を取り出し、証拠を手にしていないものが点けた灯りに照らして見せた。
 箱に収められた鬼の角。
 邸内の帳面に紛れ込まされた鬼人種を買う際の金のやり取り。
 角を切るための鋸。
 そして――。
「だ、旦那様……」
 澄恋が母のように護る、怯えた鬼人種の男の子。
 くわり。松人が目を剥いた。
 猿叫とともに縁側を蹴り、抜刀。イレギュラーズへと斬りかかる。
「本性を見せましたね。――その悪行、許し難し!」
「ごめんね。でも、近づかないで」
「させないよ」
 素早く綾姫とチック、アーマデルが動きを封じ、意識を奪う。
「くっ――」
 文官として朝廷に上がっている弘鳳に戦闘能力は無いのだろう。彼は斬りかかろうとすることもなく苦々しく顔を歪めた。
「子といえば……」
 ふと思い出したかのように、澄恋が甘く花唇を開く。
「弘鳳様の御令孫、可愛いかったですね」
「……何が言いたい」
「いいえ。ただ、じいじと呼ぶ様子は誠に微笑ましくて――」

 ――食べてしまいたいくらい愛おしくて。

 様々な地方に伝わる子を喰らう鬼の話を想像したのだろう。
 色を無くした弘鳳は急速に覇気を失い、一回りも老けたような顔つきで地に膝をつけた。
「……冗談です」
 勿論、冗談だ。冗談でなくてはならない。どんな環境に身を置く子どもであろうと、子は宝。成長を祝いさえすれ、身体に傷をつけるなどあってはならない。
(けれど、御祖父様の悪行を理解する時が必ず来ます)
 心はきっと、祖父のせいで傷つくだろう。それもまた、この男の犯した罪なのだ。
「旦那様……? 如何なされました?」
「松人さんのお声が……」
「あれ、あなたたち……」
 松人の猿叫に気付いたのだろう。ぞろぞろと屋敷奥から出てくる使用人たちは、膝をついた主の姿と庭に並ぶイレギュラーズたちの姿に目を丸くし、門から入ってくるたくさんの人々――刑部省の者等の前にただ立ち尽くすこととなった。
「あの人が捕まって……使用人の人達はどうなる、のかな」
「松人さん以外は知らなかったわけッスからね……」
 チックの落とした小さな呟きに、鹿ノ子もどうすればいいのか解らずに固まっている使用人たちへと視線を向ける。ユズもマリも、鹿ノ子がドジなふりをする度に本当に案じてくれていた。転べば立ち上がるのに手を貸してくれ、壁にぶつかれば怪我はないかと顔を覗き込んでくれていた。時折来てはいなくなる鬼人種の子たちにもそうしてくれていたことが、接した短い期間で一番感じたのは鹿ノ子だろう。
 チックと鹿ノ子は刑部省の者たちに『松人以外の使用人たちに罪が無いこと』を確りと伝え、刑部の者等も彼等の新しい居場所探しに協力することを約束してくれた。
「皆の雇い主を奪っちゃってごめんなさい」
 困ったように片眉を下げ、ジルーシャが使用人たちに告げる。佐吉やサチはあんたが気にすることではないとは言うが、他の使用人たちはどう反応していいのかも解っていない様子だ。
「短い間だったけれど、この3日間、すっっっっごく楽しかったわー!」
 できれば落ち着いたら遊びに来たい。とは思うけれど、主がいなくなれば使用人たちは散り散りになるだろう。財産は全て押収。残してくれる等と言った慈悲を鬼人の長官が見せるわけもない。
「だから、ね。香り袋がまた必要だったら連絡をくれる?」
 佐吉が香り袋のおかげでよく眠れたと言っていたから、「ああ」と末吉が大きく頷いた。この先、彼の恋の行方がどうなるかは解らないが、刑部の者たちが居場所への便宜を図る旨を約束しているのも耳にした。落ち着いた頃に香袋を持って訪ね、その後を聞いてみるのも良いだろう。
 両手に縄を掛けられた弘鳳は肩を落とし、刑部の者等に連れられ静かに門から出ていく。その姿に『残念だ』と思うイレギュラーズたちは少なくない。
「ねーねー、美咲さん。股の間の――」
「駄目だよ、ヒィロ。お年寄りなのだから、ショック死しちゃうかもしれないでしょ」
「ちぇー」
 己の手で罰せられたら、どれほど良かっただろうに。
(鬼の諸芸で骨の髄どころか――その魂まで、喰らい尽くして差し上げましたのに)
 さようなら、『旦那様』。
 愛しくもない、旦那様。
 どうかあなたが、地獄に堕ちますように。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

年末の豊穣の大掃除お疲れさまです、イレギュラーズ。
皆さんのお陰で、少しは来年の豊穣が綺麗になっているかと思います。

よいお年をお過ごしくださいね。

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