シナリオ詳細
<ダブルフォルト・エンバーミング>いのちのつくりかたと、こわしかた
オープニング
●全てを食らう怪物
――時を遡ること、暫し。練達のネットワークがハックされマザーの暴走がおきたその時のこと。
窓の外で起きた爆発と倒壊するビルの風景に、研究員葛城・春泥は弾かれたように振り返った。
パンダ頭のようなフードパーカーが暴風になびいたのは、割れた窓ガラスから吹き込んだ炎と風のせいだ。
すぐさま塔のセキュリティが働き窓には防護シャッターがおり、研究室の各ブロックを繋ぐ隔壁も次々に閉鎖されていく。
そして激しい音がいくつか続いた後、部屋の灯りは消え……数秒してから再び点灯した。
「今のは……。折角、良いところだったのに」
予備電力に切り替わったのだろう。それまで操作していた立体投写型の端末に手を翳してみるも、投射されたグラフはノイズがかかったようにビリビリと歪むのみ。
葛城春泥は傍らに眠る少年……否、少年の形をした怪物に目を落とした。
半透明なカバーのかかった睡眠チャンバーの中で、恋屍・愛無(p3p007296)が目を閉じ、ゆっくりと息をしている。
その隣には、同様の睡眠チャンバーが置かれ、中には少女……いや、こちらも違う。少女の形をした秘宝種ラムダ・アイリス(p3p008609)が眠っていた。
観察した限り、どちらも肉体的な損傷はない。チャンバーに備え付けられた生命維持装置にも異常な反応は検出されていなかった。
そこでやっと、葛城春泥は安堵のため息をついた。
ここは練達の首都セフィロト。ログインルームを内包する特別研究棟ヘキサゴンD区画。
これからまさに、戦火に呑まれるであろう場所である。
葛城・春泥には夢があった。
己の手で最強の生物を作り出すという夢である。
そのためならば『どんなことでもする』。悪事でも汚職でも、善行や社会貢献でも。彼女の場合、奇跡的に世界にとって良い方向に傾いたにすぎなかった。
そんな彼女のマッドな性格や倫理観は練達国内では過ごしやすく、イレギュラーズ(異界からの召喚者)が集まる練達という環境もまた、彼女の興味を強くそそるものだった。
だが特に興味が深かったのは、これまで幾度となく『奇跡』を起こしてきたイレギュラーズの集団『ローレット』。
そんなローレットイレギュラーズがROOからログアウト不能となり肉体が昏睡状態に陥ったとなれば、取るべき手は一つしかなかった。
彼女は『全てを食らう怪物』のイメージを内包するという恋屍・愛無と、未だ謎の多い新種属であるところの秘宝種ラムダ・アイリスの肉体を(なかば強引に、若干あくどい手段で)自らの研究室に運び込み、肉体の解析を行っていたのだった。
「ここで邪魔されたら、困るんだよ。『人工の肉体』と『人工の魂』……二つを融合させる方法が、やっと見つかりそうなんだから」
●無限の未来を守ること
練達首都セフィロトが混乱に包まれる中、何人かのイレギュラーズは特別研究棟ヘキサゴンのD区画前へと集まっていた。
情報屋が汗を拭いながらクリップボードを手に説明を始める。
「皆さん、お集まり頂きありがとうございます。今ここD区画は防御プロトコルの発動によって隔壁がおり、迎撃用ドローンが展開している状態です。
ですが……ネットワークごとハックされた今、迎撃用ドローンは『人間を無差別に抹殺する』という命令によって動いています。このままでは、閉じ込められた中の研究員たちの命が危ない……のです。こちらの防衛にさける人手は、既にありません。よって、三塔主からローレットへ研究員の救出と――あっ、え!?」
ボードに目を落とした情報屋が二度見し、眼鏡の位置を直した。
「恋屍・愛無(p3p007296)さんとラムダ・アイリス(p3p008609)の肉体もこの区画に運びこまれていたようです! ああああマズイマズイマズイうそうそうそ」
混乱し頭に血が上ったのかボードを取り落とし、わしわしと頭をかいてから……ぶらんと両腕をさげた。急に冷静になったのだろうか。
「もしこの作戦に失敗した場合……お二人の命が危ないです。研究員は何人死――あ、じゃなくて、できるだけ生きたまま助けて頂いて、そのうえで絶対にラムダさんと愛無さんのお二人を救出して下さい。お願いします! ね!」
再び瞳に熱が入り始めたところで、ボードを拾いあげてあなたへと押しつけた。
「内部の情報は、イレギュラーズの皆さんが可能な限り収集してくれています。これを使って、どうか……よろしくおねがいします」
- <ダブルフォルト・エンバーミング>いのちのつくりかたと、こわしかた完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年12月12日 22時21分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●D区画
隔壁を強引にこじ開け、施設内部に対して聞き耳を立てる『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)。
幅の広い通路を自律移動タレットがこちらに向けて移動している音がした。
「突破するにはやはり、手分けをするのが一番……か」
特別研究棟ヘキサゴン、D区画。隔壁によって守られてこそいるが、暴走したセキュリティロボットや脱走した実験動物によってかえって危険度が高まったこの場所に、汰磨羈たちは『運び込まれたイレギュラーズの救出』という依頼を受け侵入をはかっていた。
「研究員もいくらか残ってるんだろう? 見つけたら俺が保護しておく。汰磨羈たちは突破を優先してくれ」
周囲の様子を確認しながら、『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は通路内へと出た。
四脚のローラによって接近するタレットウォーカーの走行音はさすがにこの位置までくればわかる。錬は地面に式符を押し当て、炎の大砲を鍛造召喚した。
「――『式符・炎星』! 目には目を、砲には砲だ!」
放たれた火砲がタレットウォーカーへ命中、爆発を起こすものの、追加で到着したタレットウォーカーたちがサブマシンガンによる射撃を開始する。
自らに物理結界を展開し間に割り込む『白き不撓』グリーフ・ロス(p3p008615)。
弾丸がグリーフの眼前ですべて停止し、ぱらぱらと地面に落ちていく。
通常弾が効かないと判断したのか、タレットウォーカーがサブマシンガンから魔力発射装置へと武装を切り替えたところで汰磨羈が飛び出し、妖刀『絹剥ぎ餓慈郎』を抜き放った。
否、抜き放つ動作が終わった時には彼女は壁を走り抜けタレットウォーカーをスパンと切断し、もう刀を収める動作に入っていた。
「ログアウト不能状態になったイレギュラーズの身体を特別な施設で保護のはわかるが……あの二人だけだが運び込まれたとは、きな臭いな」
「あのお二人とは依頼での面識があります。いち早く救出しましょう」
グリーフはそう言いながらも、研究員『葛城・春泥』のことを考えていた。
(なぜ。なぜ人は、そうやって、不完全な命を産み出すのでしょう。貴方たちには、自然のままに命を宿す機能があるというのに……)
脱出後に迅速な行動をとれるようにと建物外にシェヴァリオンをとめておいた『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)。
彼は厄刀『魔応』の柄にそっと手をかけつつ、グリーフの横顔をうかがった。
「できれば、あの二人から得たデータは奪っておきたい。道中それが可能なら、な」
「それは……難しいでしょう。仮に大事なデータであるなら、常に自分の手元に置いておくはず。または、バックアップをこまめにとり続ける筈でしょう」
グリーフは『もし自分ならそうするだろう』という予測を頭にうかべながらシューヴェルトへと返した。
「ならば装置を破壊し彼女も気絶させればいい」
シューヴェルトが錬に視線を送ると、錬も『追いつき次第俺もそうするつもりだ』と言って頷いた。
グリーフは半分ほど同意するジェスチャーをして、そしてもう半分で否定のジェスチャーをした。
「私も彼女の研究を肯定できません。……ですが、避難やログイン装置の操作に彼女の力が必要になる可能性もあります。それに、データを回収したところで、また同じように何かが産み出されるだけ……」
「わかります……」
『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)は憂いを帯びた目をして顔を伏せた。
「わたしも旦那様の頭部を完成させるのに幾度もトライアンドエラーを……」
「そうそ――えっ?」
『パープルハート』黒水・奈々美(p3p009198)が同意しかけて二度見した。
「旦那様の、とうぶ?」
「右足左足右腕左腕、からの頭部です」
「全部集めるとデュエルに勝利でもするの……?」
小声で呟いてから咳払い。今はそんな話をしている場合ではない。
「と、とにかく……グリーフさんの意見には賛成ね。その研究員が小突いたら倒れるくらい弱いならまだしも、ここまで強引なことができるなら……」
「それだけ強者である可能性が、ある」
『plastic』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)がぽつりとつぶやき、話の展開に困っていた奈々美は助け船にコクコク頷いてのっかることにした。
「科学者の性、というものでしょうか。より優れたモノ、新しき概念のモノを生み出したがる。そして多くの場合……『生み出す動作』自体を邪魔しなければ、直接の危害を成さない」
アッシュはまるで身近な例をあげるかのように言って、灰色の目をふせた。
汰磨羈あたりは『人によると思うがな』とやや冷たいトーンで言ったが、荒事になればラムダや愛無のボディが危険にさらされるだろうことは明確なようで、積極的に否定はしなかった。
「エルは――」
周りの意見に若干の亀裂を感じつつも、『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)は一呼吸をおいて声を発した。
「エルは、恋屍さんたちを、助けに行きます。恋屍さんは、エルのお友達、です」
そんなエルの言葉が、仲間達の気持ちを一つに束ねた。
「そうね。やるべき事は、結局のところ一つだけ……」
奈々美は深呼吸をしてから、マジカルステッキ『A Purple'sHeart』を握りしめた。
「魔法少女……ナナミ、い、行くわよ!」
●壁一枚の向こう側
拳銃で武装した人工秘宝種(ブランクレガシー)たちが通路を走り、閉じられた扉の前に集まっている。
ただ集まっているわけでは、もちろんない。内何人かは扉をこじ開けようと斧を叩きつけ、わずかなスキマにそれをねじ込もうと画策していた。
そう長くはもたないだろう。そう判断したアッシュは迷わなかった。
あえて通路へと駆け出し、こちらにブランクレガシーたちが気付いた段階で剣を抜く。
射撃が浴びせられ頬や膝を弾がかすめるが、アッシュは怯むこと無くむしろ加速した。
斧を持っていたブランクレガシーが彼女のほうを向き、扉のスキマから引っこ抜いた斧を横に払うようにして繰り出してくる。
「――簡単には行かせてはくれない、ということですね」
直前、跳躍。ブランクレガシーの肩に手を突くようにして後ろへ回り込むと、着地と同時にチェインライトニングの魔術をかけた剣を振り抜いた。
扉前方に群がっていたブランクレガシーたちが雷撃を浴び、くらりと身体を震わせる。
「あれらは此方にお任せを」
背後のブランクレガシーを蹴りつけると、返す刀に聖なる光を宿して先ほどの集団めがけて再び振り抜いた。
浴びせられた光によって今度こそ姿勢を崩すブランクレガシーたち。
錬はここぞとばかりに『陰陽封鎖』の術を発動。ブランクレガシーたちを陰陽術によって作り出した結界で拘束していく。
ばたばたと倒れるブランクレガシーたちを押しのけ扉の前に到着すると、錬は扉越しに内部に居るであろう人間達に呼びかけた。
「ここから逃げられそうか? いや……状況からして無理だろうな。俺がここを守っておく、仲間ともう一度合流するまでそこから動くなよ!」
おそらくは外の状況が分からず不安になっていたのだろう。錬の呼びかけに数秒ほど間があったが、室内の研究員らしき人物が言葉を返してきた。
「助かる。けど、葛城研究員の所にあんたらの仲間が『保護』されてるんだ。できればそっちに――」
「心配するな」
言いかけた研究員の言葉を止めるように、錬は扉をコツンとノックする。
「そっちには仲間が行ってくれる。研究員もできるだけ助けろってお達しなんでな。まあ……そうでなくても、俺としてはここは死守したい」
錬がアッシュに視線を送ると、アッシュは敵がが近づいている気配をジェスチャーで示した。
頷き、構える二人。
「そういうわけだ。ここは俺たちに任せて先に行け」
古今東西において『ここは任せて先に行け』と言った人間が生き残ったためしはないという通説は、かえって破られやすくなった昨今である。
ある意味安心して研究員たちを錬たちに任せて進むグリーフたちは、広いフロアにでたところでその足をとめた。
クマとも、ワニとも、あるいはその中間にある怪物ともとれない奇妙な怪物が大きな装置に繋がれていた檻を破壊しフロア中央へと歩み出た所だったからだ。
更に言うならば、怪物を止めようとして失敗したであろう女性研究員が壁際にうずくまり、脇腹を中心に血塗れとなった白衣を抑え青い顔をしている。
スッと手をかざし、エルや汰磨羈たちに回り込む準備をするようにハンドサインを出すグリーフ。
澄恋は『私も残ります』とハンドサイン(謎の横ピース)を出し、グリーフに並んだ。
「最強生物を作るための実験動物ですか。か弱いわたしなどすぐ倒されそうで怖いですねぇ」
などと言いながら『紫蝶』の秘術を発動。溢れる力が己を理想の姿へと変化させ、ツノに紫の模様を浮かばせた。
「防御は任せました」
澄恋の言葉にグリーフは小さく『はい』とだけ答え、怪物めがけて二人同時に走り出す。
怪物と激突するその一瞬。結界を展開したグリーフは怪物の振り上げた爪に魔力がこもったことを察知した。
「――ッ」
咄嗟に腕をクロスさせ防御。爪自体は止められたものの、纏った魔力が新たな爪となってグリーフへと浴びせられた。
耐え続けることは難しい。が、一時を凌ぐだけの力はあるはずだ。
いや、それだけの力をこれまでの戦いの中で獲得してきたはずだ。
激突の間にエルや汰磨羈たちが部屋を回り込みフロア上階へ続く通路へ。
一方の澄恋は仲間が通り抜けたことを確認すると右手をガッと大きく開いた。
自分の身体から抜き取られた血が集まり巨大な爪の形状をとると、怪物の頭部めがけてたたき込まれる。
「研究を組み立てるのみでは『最強』も理論上の空想。所謂仮説にしか非ず。
果たして実用レベルのものか、抜き打ち耐久性試験を実施してやりましょうー!
我が最強の旦那様がいれば敵なしです、ね〜旦那様っ☆」
☆の部分で爪に力を込め、怪物の頭部へと食い込ませた。
最上階。おそらくはラムダと愛無が保護されている研究室へと続く通路に、数台のタレットウォーカーとブランクレガシーが陣取っていた。
研究室は固く閉ざされ、ブランクレガシーは特殊な回転のこぎりのような工具を扉に押し当て強引に開こうとしているのがわかる。
「どうやら間に合ったらしいな?」
アッシュやグリーフたちに任せ、急いで上階を目指したのは正解だったようだ。
シューヴェルトはブランクレガシーたちがこちらに気付いたのを察知しつつも素早く駆け出し、タレットウォーカーによるサブマシンガン射撃を剣による拘束連撃によって弾き飛ばす。三割ほどくらってはいたが、致命傷は外している。どころか、一部は打ち返しタレットウォーカーをガクンとぐらつかせるだけの衝撃を与えていた。
「面制圧力を高め足止めをはかったつもりだろうが……僕にその手は通用しない」
至近距離まで迫り、タレットウォーカーへと刀を撃ち込むシューヴェルト。
金属製のボディが相手だというのに彼の刀は豆腐でも突くようにさっくりと刃が通った。
「エル!」
呼びかけをうけたエルはそっとポケットから出したネズミを通路の端に走らせながら、自らは『冠雪』の加護を発動させた。うっすらと幻の雪が降り積もり、エルのもつ冬の力が高まっていく。
突入するなら、今だ。
エルは思い切り敵集団へと駆け込み、冬の魔力を一気に解放した。
シューベルトを中心に爆発した雪のような幻がブランクレガシーたちを包み込み、がくりと膝をつかせる。
突き出した手をぎゅっと握り、冬の力を更に強く押し込もうとするエル。
さび付いたような音をたてつつも、ブランクレガシーは拳銃の狙いをエルへとつけた。
避けるか? 防ぐか?
一瞬だけ浮かんだそんな発想を、エルは首を振って払った。
その必要は、きっとない。
「そこまでだ」
撃ち込まれた銃弾は、手のひらに握られて止まった。
エルとの間に立ち塞がり、翳した汰磨羈の左手に握られて、だ。
『シュウ』という焼けるような音がしたが、汰磨羈は構わず弾を床へと落とした。
「一応、二つだけ言っておいてやろう。『落ち着け』『銃を下ろせ』」
残るブランクレガシーたちが一斉に銃を構え――た時には既に汰磨羈は動き出していた。
ブランクレガシーたちの間を駆け抜け、白き閃光となって縦横無尽に刀を踊らせる。
『ぎゃり』という金属を斬り割く音が一つなぎになり、それこそ回転のこぎりを扉に押し当てたような音が響いた。
そして最後の『りぃん』という余韻に交じり、奈々美は『聢唱ユーサネイジア』の魔法を詠唱しはじめた。
それを察したタレットが動き彼女に射撃を浴びせるも、左手で掴んだバンピアをぐっと前に押し出すことで防御。……防御というよりヌワーと叫びながら必死で防御魔方陣を描きまくるバンピアに防衛を丸投げしたともいう。数発の弾が防御を抜けて(主にバンピアに)着弾し悲鳴があがったが、その間に奈々美は詠唱を完了。
「――穿って」
最後の囁きをトリガーにして放たれた圧縮された魔力連射はさながらガトリング砲のごとくタレットを粉々に破壊し、その先のブランクレガシーをも粉々にしてみせた。
からん、という破片が落ちる音が数回。そして力を失ったブランクレガシーたちが崩れ落ちる音が通路に響く。
それだけだ。それ以外には、もうない。
奈々美はため息と共にがくりと肩を落とした。
「なんとか、間に合ったわね」
●葛城・春泥
『間に合った』というのは、区画内の暴走したセキュリティロボットや実験動物たちが恋屍・愛無およびラムダ・アイリスが保護されている研究室へ侵入する前に戦闘にカタがついたという意味である。
安全の確認が済んだところで、汰磨羈たちは葛城・春泥への研究室へと侵入した。
侵入して最初に目にしたのは、ロッキングチェアをゆらゆらさせながらマグカップでコーヒーを飲む葛城研究員だった。
パンダめいたフードのついた服を着た、けだるげな女性。赤く凶悪な爪を備えた両手でいかにしてマグカップを保持しているのかおよそ疑問だが、どうやらその手はかなり器用に動くらしい。
「ああ、ようこそ。ローレットのイレギュラーズだね? 仲間の救出作戦かい?」
「研究データの没収も、だ。ろくでもない研究をしているらしいな」
高圧的に詰め寄った汰磨羈に、しかし葛城研究員はまるで動じる様子はなかった。
シューヴェルトに至っては既に刀に手をかけているというのに、まるで脅威として感じているそぶりがない。
「好きに持っていったらいいよ。データをローレットが取得するかどうかは、上と適当に話をつけてくれるかな? ろくでもないかどうかも、そっちで決めていいよ」
他人の評価はどうでもいい、という態度に見える。
それよりも、研究データに大した執着を見せないのが不思議だ。
そんな中でも、エルはいち早く愛無のそばにかけより、チャンバーの中で安らかに寝息を立てる愛無の様子を確認してほっと胸をなで下ろしていた。
エルは『安全を確保したらすぐにここから連れ出すべきか』という旨の話をシューヴェルトにしていたが、外の状況を考えるにこの場所で身体を保護し続けた方が安全だろうという結論に至っていた。
「葛城研究員。生命維持装置の操作をやってもらおうか。素直に従わないならば――」
汰磨羈がパーソナルコンピュータから物理的にひっこぬいていたデータドライブに刀を向ける。
「おい」
剣呑なトーンで制止したのは汰磨羈だった。
「このデータは三塔主に提出し、判断を仰ぐ。まだ破壊はさせん」
他の研究員が普通に作業に従事していることを考えると、やっていることの危うさはともかく罪を摘発したり研究員の立場を追わせるには不十分な研究内容であるようだ。
一方の葛城研究員は器用にコーヒーを飲み干してから、マグカップをデスクに置いた。
「さっきも言ったけれど、好きに持っていったらいいよ。もう僕には必要ない記録だしね」
言い方にひっかかるところはあったが、今は安全確保が最優先だ。奈々美は『いかにもマッドな研究者って感じよね』と息をついてから、階下の安全確認をすべく歩き出した。
「研究するのはいいけど……迷惑にならないような研究にしてほしいわ」
出てくる感想は、そのくらいだ。
そして得たものはといえば……と振り返る。
「恋屍さん、よかった、です」
チャンバーに手をそえ、ほっとしたように微笑むエルの姿が見えた。
彼女の笑顔を見れたのだから、よしとしよう。奈々美は一旦そう考えて、再び歩き出した。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
特別研究棟D区画の安全確保が完了しました。
恋屍・愛無およびラムダ・アイリスの安全を確保し、当施設の研究員たちには引き続き保護させています。
――葛城研究員の研究データを獲得しました。
――区画内の研究員のうち負傷者は多くでましたが、死者は最低限出さずに済んだようです。
GMコメント
●オーダー
・成功条件:D区画の研究員を4割以上生存させる
・成功条件:愛無とラムダを救出する(生存させる)
・オプションA:D区画の研究員を8割以上生存させる
・オプションB:葛城春泥研究員の研究データを守る
D区画内は現在、暴走したセキュリティロボットたちによって危険な状態になっています。
入り口を強制的にこじ開けて内部へ突入し、制圧と救助を行って下さい。
画内内部はテロ対策のためうねうねと蛇行するように通路がのびる設計になっており、こじ開けることが非常に困難な隔壁によって一本道で進むしかなくなっています。
そのため、序盤はできるだけ素早くセキュリティロボットを倒しながら突き進み、場合によっては何人か足止めに残すなどして強引に突破していく必要があるでしょう。
また、生物兵器研究(この場合はクリーチャー的なものをさす)を行う区画であるせいか、危険な実験動物が出歩いている可能性もあります。
●エネミーデータ
・タレットウォーカー
サブマシンガンを備えた自律移動タレットです。四脚ローラー式。
個体戦闘力はちょっと低めです。
・人工秘宝種(ブランクレガシー)
人工的に秘宝種を作り出す計画の一環で製造された人型ロボット。
秘宝種に必要なコアを作り出すことに失敗し、人工AIを備えたロボットで実験が行われている。そのため混沌人類種にカテゴライズされていない。
・実験動物
どんな実験動物が出てくるか不明。
基本的に危険なクリーチャーなことは確かである。
葛城春泥研究員の目標が『最強の生物』なだけあって、戦闘力の面で厄介なことになりそう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
================================
●ROOとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline
Tweet