PandoraPartyProject

シナリオ詳細

こころ、すこしだけ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●「キミたちの力を貸して欲しい」
 決戦の後、練達からは復興支援の依頼書が届くようになっていた。
 R.O.Oの最終決戦にローレットのイレギュラーズが勝利した後、練達のテクノロジーや情報を一手に管理していたマザー(クラリス)は、Hades-EX(クリスト)により機能を回復するため『補修』されている最中だという。

 救国の士を迎えるにあたって辛うじて体裁を整えた様子のコワーキングスペースは新建材の臭いがする。
 外からの日差しが燦燦と降り注ぎ、その空間は明るい。
 円卓に座すルーキス・ファウン(p3p008870)は晴れ渡る青空のような瞳を外へと向けた。真新しいガラス窓の向こうの空に、幾つものドローンが生き物のように飛び回り、時折地上へと降りていく。
 地上では、ユンボが前面アームを伸ばして土砂を掘り、ダンプトラックが走り回り、人々が忙しなく汗を流して働いていた。
「都市機能の基礎的な部分はどうにか復旧したようですが、依然として都市機能が復旧していないままの地域も多いと聞いています」
 繊麗な白髪を揺らして頷くのは、凛とした美貌の仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)。
「生死不明となっている被災者も多く、災害に乗じて悪事を働く不埒者もいるようだ」
 入院患者の子供から貰った折り鶴をポケットに仕舞いながら席につく松元 聖霊(p3p008208)は、やれやれと首を振る。
「傷病者も多い。医療関係者はてんてこ舞いだ」
 イルミナ・ガードルーン(p3p001475)がウンウンと頷いた。
「暴走したままネットワークと接続が遮断された軍事ドローンが未だ駆動している報告もあるッス。倒壊ビルを建て直すのも時間が必要ッスね」

 集まりし特異運命座標に頭を下げて――、
「だいたいそんな状態だよ」
 依頼者エメス・チャペックは聖霊と汰磨羈を見て申し訳なさそうに頬を掻いた。
「あと、『欠陥品』も直せてない――こほん。というわけで、すまないが正式に依頼したいんだ。よければ復興を手伝ってほしい」
 エメスは足首丈の長い白衣に半ズボンにハイソックス姿。成長途中の少年らしさを多分に残した外見ながら、シトリン・イエローの瞳は聡慧さに満ちている。ロボット工学、特に機構部分を得意とする年齢不詳の天才はこの時、気を取り直したようにgiven のために手ずから紅茶を注いでいた。小型の鳥型ロボットを肩に休ませて。
「キミ達も日々忙しいのは承知の上だよ。急な依頼だ。都合が悪い者がいれば、お茶だけ飲んで帰ってもボクは構わない。多忙の中、こうして話を聞きに来てくれただけでも有難いよ」
 卓上には来客用に用意したらしきマフィンや林檎のムースが並び、注がれる紅茶がふんわりとあたたかく香り高い湯気をたてている。
「仕事は多岐にわたる。どこも人手は足りていない。全てを一度にこなそうとしなくてもいいよ。出来る事をしてくれたらそれでいい」
 紹介された復興支援先は、医療現場の手伝い、行方不明者の捜索、炊き出し、瓦礫の撤去・分別作業などなど。

「それと並行して、少し個人的な依頼があるんだけど」
 エメスが視線を彷徨わせると、ルーキスが不思議そうに首を傾げた。
「並行して、ですか?」
「うん。メインは復興だけど、ほんの1人か2人でいいから、手を貸してもらえたら」
「それは、復興支援から人手を割く必要がある事なのか?」
「人の命がかかっているとか?」
 汰磨羈と聖霊が真剣な顔で問えば、エメスは首を横にした。
「優先度は低い。人の命もかかってないよ。ただ、ちょっと北方ゼシュテル鉄帝国の遺跡に行って物資を調達してほしいんだ」
「空中庭園経由で移動できると言っても、遺跡探検は「ちょっと」ッスかね?」
 イルミナが紅茶のカップを手に目を瞬かせれば、エメスはきまり悪そうな顔をした。
「最奥までの道は判明していて、罠も解除済の遺跡だ。……というのも、先日の事件がきっかけで、ボクの知人が一人亡くなった事に発端があってね」
 エメスはそう切り出し、事情を打ち明ける。
「知人は旅人でね。元の世界に帰りたがっていた。亡くなった後に彼の遺品を整理していたところ、遺書が見つかったんだ。
 遺書の中には、北方ゼシュテル鉄帝国の遺跡についての未練が綴られていた。どうも、遺跡の最奥にはわんこのロボットがいるらしい」
 エメスはそこまで語ると言葉を切り、一瞬目を閉じ――開いた時にはにこりと笑顔を作って見せた。少年らしさを感じさせる、好奇心で輝くような笑顔だ。
「ボクはたいそう興味があるんだ。ほら、使える部品とかあるかもしれないし。必要な経費も出すし、最奥まで無被害で辿り着くための攻略法も教えるし、捕獲用の道具も渡すからその『わんこ』、連れてきてくれないかい?」
「その言い方だと、まるでただの好奇心みたいな」
「急ぐ必要はないのでは……?」
 ツッコミの声を背景に、肩に止まった鳥がチィ、チチチ、と囀って羽根を羽ばたかせて飛び立った。広く開放的なスペースをのびのびと飛び回る姿は、まるで本物の鳥のよう。けれど、時折陽光を反射して鈍く輝くメタリックフレームはそれが機械なのだと主張するのだ。
 given はその姿を目で追いかけながら、知人について語る一瞬シトリン・イエローが紛れもない葛藤と逡巡を浮かべたように感じていた――ほんの一瞬、だったけれど。
 ――その後に作って見せた好奇心の笑顔よりも、それが本当の感情だろう、と思うのだ。

「うん。そうなんだけど。一応言ってみようかと思ってね。ちなみに行ってくれるなら、その犬は最奥を動かないだろうから」
 エメスは静かに首輪型の装置を渡した。
「その首輪で強制的に機能停止(システムダウン)させて、なるべく壊さずに保護してほしいな」

 窓の外、高い蒼穹を生きた鳥が羽を広げて悠々と飛んでいる。
 ぴ、ぴ、ちちち。
 室内で囀る小鳥ロボットは愛らしい目でじっとそれを見つめているように視えた。

「……ダメかなぁ」
 無理にとは言わないよ、復興が最優先な時だしね。
「まあ、その。ダメ元だったんだ。ダメならダメでいいよ」
 エメスはそう言ってへらりと笑ったのだった。


●嘘じゃないよ。ただ『気になる』だけなんだ。
 その子は間違いなくキミの飼い犬になったのさ。
 だからさ、永遠に戻らないキミをいつまでも待っているだろうね――。
(今も、待ってるんだろうな)

 遺書に綴られていたのは、帰らぬ魂が残した未練だった。


 ――元居た世界に、帰りたい。
 現実を知れば知るほど、それは難しいのだと思えてならず。
 だからって諦めることもできなかった。
 だって、理不尽じゃないか。来たくて来たわけじゃない。
 向こうには大切な家族や友人、飼い犬だっていたんだ。
 生まれた時からいっしょ、兄弟みたいな存在だった。帰りたいと思う感情は、理屈じゃない。

 それと同時に思い出すのは、犬の鳴き声。
 あの遺跡の犬だ。

 遺跡は道を選ぶたび音が鳴る。少し錆びた古めかしいオルゴールの音だった。音が曲に成るように進むんだ。
 やがて見えてくるのは、藤棚の中を幻想魚が泳ぐ庭。立体映像か、幻影か。いずれにせよ害はない。扉を開ければ侵入者を排除する光線罠と古代兵器を起動する罠が張られている。共に、解除済。ここまでの技術は、多彩な世界の技術を知る今となっては、そう珍しくもない。
(最奥まで行けば、あるいは)
 未知のオーバーテクノロジーに夢を見て、先に進み――辿り着いた。

「ここが最奥……」
 胸が高鳴ったよ。可能性があると信じて。
 胸が圧し潰されそうだった。敵わなかった絶望を何度も味わったから。
 ほんとはわかってた。そんなに期待できないってずっと思ってた。わかってた。
 扉を開けて、深呼吸して、歩いて――俯いた。膝を付いた。力が抜けた。
 そこに眠っていたのは、犬ころだった。シルバーメタリックボディのいかにも無機質な犬型ロボットだった。
「犬かよ」
 こんな鉄屑、俺の故郷世界にもあったな。どう見ても未知の技術力なんかじゃない。笑えるぜ。
「いや……もしかしたら、こう見えて物凄い技術の結晶とかなのかも」
 情報を集める。調べる。文字を見つけて解読して、推測して。パズルのピースを填めるように理解していく。
 そして、わかった。
 ――古代の科学者が孫娘のために用意したバースデープレゼントだ。たぶん、そんなモノだ。
 機能は、シンプル。愛玩用として愛嬌を振りまくだけ。よく懐いた犬みたいに振る舞うんだ。
「あはは」
 笑えて仕方ない。
 起動してやれば、メタリックボディが関節を動かし、動き出す。瞼が持ち上がり、目を見せて口を開け――、
「わぅ!」
「っ、はは。あはは」
「わんっ、わん。ばう~!」
「はははっ、あはは、あは……」
 尻尾を振って身を寄せて、冷たくてかたい体で一生懸命愛情を伝えてくるんだ。ホンモノみたいな鳴き声出して、時には嬉しそうに。時には拗ねた感じで。時には悲しそうで――。
 ……思ったんだ。
「お前、生き物みたいだなあ?」
 お前、可愛いやつだなぁ。
 そう、思った自分に気づいたんだ。
 そして、故郷の犬を思い出した。ああ、会いたい、会いたいなあ。あいつはあったかかったよ。お前みたいに固くなくって、もっとふさふさのふわふわで、毛の向こう側からじんわり生きてる熱が伝わって。
 ああ、コレじゃない。
 ああ、ここじゃない。
 生き物の時間は有限だ。俺は、急がなきゃいけなかった。時間を無駄にしてしまった。そう思った。
「お前、偽物のくせに。ついてくるなよ――ここにいろよ。俺は帰る」
 歩き出す。こいつを置いて、歩き出す。出口へと。
「わぅ?」
 おい、なんて声で鳴くんだよ。……機械のくせに。
「ステイ(STAY)! そこにずっといろ! 俺がいいって言うまで動くな」
「くぅん……くぅん」
 知るもんか。胸に疼く痛みも、感じないふりをして。
「俺は帰るから」
「わぅ~ん」
 距離が遠くなる。ずっと鳴いている。耳を塞いで、それでも聞こえるようだった。
 ――ずっとずっと、いつまでも!
 その鳴き声が耳にこびりついて、忘れられなかったなんて笑うだろ……。
 帰れなかった。
 元の世界にも、あの犬のところにも――これが俺の未練なんだよ。


 ――犬が彼の帰りを待っている。
(その子は、キミがホンモノのようだと思うからホンモノで、キミがニセモノだと決めつけてももう、ホンモノなのさ)
 エメスは解を出したけれど、それを渡す相手はもういない。
 ただ、現実に彼を待つ犬だけがおそらく確実に存在して、その場所に今もいる。
 誰かの命が懸かっているわけでもない。その犬は、ロボットだ。詳細は不明だが、動力が尽きて物言わぬ物体として埋もれているかもしれないし。優先順位はいかにも低く、急がないといけないわけでも――「待ってるんだろうな」――想像してしまうと、急がないといけない気してならなかった。

 そう、『ただどうしようもなく気になって、仕方ない』。
 だから、つい頼れる彼らに依頼してしまったのだ。

GMコメント

 こんにちは。透明空気です。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 シナリオに興味をもってくださり、オープニングを読んでくださってありがとうございます。
 今回はルーキス・ファウン(p3p008870)さんのアフターアクションと昨年の練達の全体依頼での活躍・エメスとの縁をきっかけとして発生した依頼です。
 きっかけとなった練達の全体依頼は『<ダブルフォルト・エンバーミング>Break』( https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7029 )。一言であらすじを書くと、「練達のピンチを救いました。行動や台詞により、エメスと縁を結びました」です。

●依頼内容
・メイン依頼……復興支援をしてください。
・成功失敗に関係ない依頼……遺跡の最奥にいるわんこロボットを極力壊さず無力化し、依頼者のもとに連れてきてください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。依頼人自身が気づいていない動機や、言語化して伝えられていない心境があるようですね。

●プレイングについて
 皆さんは、「A:全員で遺跡に行くし復興支援もする(どちらが先でもOK)」「B:遺跡に行く組と復興支援組に分かれて依頼をこなす」「C:全員遺跡をスルーして復興支援だけする」のどれかを選べます。
 リプレイ描写はプレイングを活かした構成になりますので、皆さんが復興支援プレイを厚く書けば復興支援描写が多くなり、遺跡プレイを厚く書けば遺跡描写が多くなります。GMの側には拘りや望みはありませんので、お好きなようにのびのびと行動してください。

・復興支援………医療現場の手伝い、行方不明者の捜索、炊き出し、瓦礫の撤去・分別作業などなど。挙げた仕事以外でも、「こんな支援は需要があるだろう」「こんな仕事をしたら喜ばれるだろう」「私はこんなスキルがあるので活かします」と好きなようにご活躍ください。

・遺跡………遺跡の最奥に到着した時点からの描写です。
 わんこロボットは、一言で表すと「お留守番中のわんこ」です。
 到着時点ではPCを「ご主人様の家に不法侵入した知らない人たち」と見做して威嚇して追い払おうとします。威嚇を無視して無理に近寄ったり、力押しで体に触れようとすれば敵だと認識して攻撃してきます。戦闘能力は低め。イレギュラーズであれば苦戦することはないでしょう。
 また、犬の性質を少なからず持っている様子で、まるで本物の犬のように犬用のお菓子を食べたり玩具で遊んだり、遊んでくれる人に懐いたりもするようです。

●依頼者
 〇エメス・チャペック
 イルミナ・ガードルーン(p3p001475)さんの関係者です。
 練達在住のウォーカーで、ロボット工学、特に機構部分を得意とする所謂「天才」タイプの研究者、少年めいた外見ですが年齢不詳。練達内では思うように研究が進まず苛立つこともあったようですが、外に目を向けてみたところ魅力的な研究対象(イレギュラーズ)がたくさんいる、というわけでイレギュラーズ(特にロボット系)に興味深々、適当な依頼をして呼び寄せたりしているようです。
※ちなみに、わんこロボットについては希望する人がいれば一度エメスに渡した後で愛玩用動物としてお持ち帰りも可能です。イルミナ・ガードルーン(p3p001475)さんが参加された場合は彼女が最優先となりますが、彼女が希望しなかったり未参加の場合は、参加者さんの中で希望された方がエメスに要請するプレイングを記述することで設定的に飼い主になれます(もし複数希望者がいた場合はダイス勝負になります)。

 〇首輪型装置
 エメスが渡してくれた攻略用の装置です。わんこロボットの首に填めると、機能停止(システムダウン)してくれます。

 以上です。どうぞよろしくお願いいたします。

  • こころ、すこしだけ完了
  • GM名透明空気
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年01月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
那須 与一(p3p003103)
紫苑忠狼
シラス(p3p004421)
超える者
御幣島 十三(p3p004425)
自由医師
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
暁 無黒(p3p009772)
No.696

リプレイ

「ダメ元だなどと言う必要は無い。何となくだが、察しは付いたしな」
 『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が頷いた。
「安心しろ。復興支援にロボットの回収、どちらも確りとやり遂げて見せるさ」
「本当に!? わぁ、とても助かるよ!」
「その代わり、報酬は弾んでくれよ――なんてな?」
 エメスは丁寧に頭を下げた。
「当研究所の生産物に致命的な失陥があったために、キミたちや無辜の人民に多大な迷惑をかけてしまったことを改めてお詫びするよ。そして、重ねて感謝する。都市を、人を――今回の件だけでなく、いつも助けてくれてありがとう」

(エメスさん……初対面のときは、まぁ、ちょっと……少し、問題アリな出会いでしたけど。なんだかんだ優しい人ッスよね)
 『蒼騎雷電』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)は指に止まる機械の鳥に笑み、優しくその頭を撫でた。

(特異運命座標はお人好しが多いねぇ)
 『松庭さん家の医療助手』御幣島 十三(p3p004425)は俺は金のためだけど、と心のうちで呟きながら機械眼で資料を検索している。
「まぁ、俺も猫多頭飼いだから機械でもはぐれペットは見逃せないねぇ」
 飄々とした口ぶりは、自由意志の象徴のように。その煙草を咥えた口元が緩んだのは。
「偉いワンコを早く迎えに行ってあげるっすよ!」
 『No.696』暁 無黒(p3p009772)が猫耳をぴこぴこさせたから。

「よし行こう。今行こう!」
 こうして、一行は遺跡探索に出発した。



 ソの音が連続して鳴る、遺跡の通路。

「エメスさんはあんな風に言っていましたけど……決して軽い気持ちなんかじゃない、そんな風に俺には見えました」
 『忠義の剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)が真っ直ぐな瞳で呟いた。
「知人の遺した形見を放って置けないのだと、そう感じました」
「そうッスね。エメスさんはちょっとたまに誤解されやす……誤解と言うッスかね……? んー」
「イルミナさんは慣れているんですね」

 汰磨羈の耳がラの音を聞く。
(この遺跡の奥に犬のロボット、か。ふむ――)
「エメスの知人がわざわざ、遺書に"未練"を綴った理由も気になる。これは中々に、好奇心を擽られるな」
「帰りを待っているなんて言われたら、例えそれが機械であろうと見過ごせませんよね」
 ルーキスが言えば、『メイジン』那須 与一(p3p003103)も頷く。
「……残されるのは辛いですよね。機械とはいえワンコですからね、早く最奥に迎えに行ってあげましょう」
 狼の耳がぴょこりと揺れる与一自身も純正の人間ではない。獣の因子を埋め込まれたモザイクチルドレンだ。その瞳は、優しい。

 ソ、ド、シ。音が鳴る中、艶やかな藤棚と遊魚の庭を過ぎて、解除済みの罠を再確認して。
「これは、……持って行こう」
 近辺を捜索した汰磨羈は、硬球を見付けて懐にしまい込む。

「前ヨシ後ろヨシ、遊び道具ヨシ、おやつヨシ、かわいがりかたもヨシ!」
 イルミナが溌剌と道を行く。
「なんだかんだ、みんなで行くことになっちゃいましたね……ふふ、特に危険もないようですし、ピクニック気分ッスね!」
 頷いた『竜剣』シラス(p3p004421)はチョコレートをひと欠片、口に放り込む。
「しかし、玩具の犬が未練とはね。いや、分からなくはないか」

 ――望郷の念にそれだけ心が削れていたんだろう。
 誰だって前ばかりを見てはいられない。

「供養ってわけだ」
 ならば捕まえるというより迎えに来たつもりで行こう。シラスが言えば皆が同意する。

「犬の玩具をたくさん用意しました! 一緒に遊びましょう!」
 与一の尻尾ははちきれんばかりに振られてる。

 【ヒュギエイアの杯】松元 聖霊(p3p008208)は父の形見の杖を意思強く掲げた。
「来ない主人をずっと待ち続けてるなんざ聞いたら放って置ける訳がねぇ。例えそれが機械だったとしても生命には変わらねぇよ。俺は、救える生命は全部救うんだ」

「生命ッスか」
 イルミナは少し扉の模様を見てから、両手で開いて機械の心を紐解いた。

「ずっとずっと、待っていることは……当の本人は辛いだとか、悲しいだとか……そんなことは思っていなくて。ただ言われた通りに待ち続けているだけ――それだけッス」
 仲間を振り返る。
「でも……それでも。例え機械だから、命令だから待っているだけだとしても、迎えに来てくれたら……嬉しいものです」
 ほんの、一瞬。微笑んで。



 几帳面に長さを測った四角い箱みたいな最奥の部屋に、犬がいた。じっと座って待っていた。扉が開くと尾を振った。現れたのが見知らぬ者達だとわかると、それが止まって警戒の唸り声をあげた。

「犬の扱いには慣れていないのですが、どうしたものか……」
 ルーキスが悩ましい顔になる。
「……なるほどな」
 汰磨羈は犬が威嚇してくる様子を、無理に近づかずに観察した。
(まるで、テリトリーを守ろうとする番犬だ。ここを家と認識し、そして守ろうとしている――そう仮定した場合、次に出てくる疑問がある)

 ――『果たして、家の主人は誰なのか』

 ――ああ、なるほど。そういう"未練"か。

(ならば、放置はできんさ)
「これ以上、この忠犬を孤独にする訳にはいかぬ。そうだろう?」
 汰磨羈が拾った球を取り出せば、犬が弾かれたように顔をあげる。
「匂いがわかるか、見覚えがあるか」
「わう!」
 汰磨羈は微笑んだ。
「帰ると言ったな。代理だが、帰ってきた……ただいま、だ」

 ――確かに、見てくれは紛れもなくロボットだ。
 この行動は、全てプログラミングされたものだろう。
 しかし、この子にとっては本物の所作だ。
 それを懸命に行使する姿を見て、果たして"生きていない"と言えるのだろうか。

「――Come(おいで)」

 ――このまま、ここで朽ちさせる訳にはいかない。
 それが、エゴによるものだとしてもだ。

「わんっ!」
 汰磨羈が与えた『許し』に、犬は嬉しそうに走ってきた。ずっと待っていたのだと、尾を振って。



「わーっ、可愛いッス! こっちッスよー!」
 イルミナが犬を導き罠部屋を駆ける。今や、部屋に来るまでに選んだ音は滑らかな曲として再生されていた。
「わん、わんっ!」
「拙者も遊びます! ゆ~らゆら~」
 与一がタコの玩具を目の前で揺らして、犬を誘い、狼の尾を振り耳揺らし、藤棚に楽しい笑い声を響かせた。

 魚がゆらゆらと泳ぐ小部屋を通り、犬が少しずつ外に誘われていく。
「これ、反応してくれるかな?」
 ルーキスがほねっこを差し出し興味を惹いて。
「はいっ」
 ぽおんと投げれば、犬はわふっとキャッチして興奮したように荒ぶっている。
「わ、喜んでますよ」
 与一に視線を向けられ、ルーキスが恐る恐る中腰になって話しかけている。
「お、おー……、よしよし、イイコデスネ~」
「犬苦手?」
 シラスが首を傾げ。
「い、いえ。慣れていなくて」
「ここで秘密兵器! 「ポメぐるみ」っす!」
 無黒がぬいぐるみをルーキスに持たせてニカッとする。
「お、俺が?」
 一緒に、と言われてそろそろと近づいて。
「そ~っと近付いてゆ~っくり手を相手の視界にはいるように下から近づけていって~」
「はい……そ~っと」
「撫で撫でっす!」
「わん!」
「よしよし……沢山頑張ったっすね……偉いっすよ」

 ――約束してくれるっすか?

 ――絶対、絶対っすよ。

「ちゃんと待ってたんだな、いい子だ」
 聖霊が犬に視線を合わせ、撫でている。

 外では、雪がちらついているだろうか。
 そんなことを思いながら、無黒は外に向かう犬を。選んだ音を再生する道を。共に外を目指す仲間達を見て、目を細めた。


 ♪ソソラソ ドシ

 ♪ソソラソ レド

(出口まで、もう少し)
 シラスがしゃがんで視線を合わせ、両手を広げ。
「ほら、おいで」
 犬用お菓子の袋から骨型ドライフードを取り出した。犬は大喜びで近づき、ぱくりと口に入れて人懐こくシラスの腕に収まった。

「弥七、あの子気になるなぁ? わんちゃんいるにゃぁ?」
 十三が愛猫を抱っこして犬に近づける。
「怖いかなぁ? 怖くないにゃぁ」
 にゃー、と愛らしく鳴いて、猫がするりと十三の腕から飛び出し犬に寄る。これは美味いよと教えるように犬がシラスのお菓子袋を鼻でつつけば、猫は後ろ脚で立ち、お菓子をねだった。
「ァ~……、可愛いねぇ」
 十三が蕩けそうな顔で見守っている。獣耳を生やした仲間達と猫と犬。この空間、まさに至福。恍惚とした手は万一誰かが転びでもしたら光の速さで駆け付けて手厚く手当しようとわきわきしている。

「さぁ、帰るぞ。新しい家へ」
 汰磨羈が球を転がした。それを追ってもよいのだと視線で示せば、犬は彼の遺品を追いかけて、追いついて。
「わう!」
 追いかけていいと言ってもらったんだと世界中に自慢するみたいに大きな声で吠えたのだった。

「よし、ゴールだ!」
 シラスが犬を抱き上げた。イルミナが首輪は不要ッスかね、と呟きながら犬の頭をなでる。十三がニッコリと状態を保証する。
「この子はもう、命令から解放されているから」



 一行が戻ると、エメスが走って出迎えた。
「おかえり!」

「エメス君に元気に挨拶しようねぇ」
 十三が犬を見せると、犬は燥ぐようにワンワン鳴いて、エメスは傷一つない元気な犬にニコニコと笑い。
「元気な子だね。やあ、こんにちは、ワンコくん」
「こいつ、お菓子も食べるんだぜ」
 シラスが報告すれば目を輝かせた。
「そうなんだ? キミすごいね。ちょっと調べてみ、……こほん。皆、この子を連れてきてくれてありがとう」

 イルミナが犬の飼い主となる意思を伝えると、エメスは「それはいいね」と頷いた。

「希望ヶ浜学園寮はペットOKでしたっけ。ロボット犬なら許可もらえるッスかね? 新しい家族を連れて帰らないと、ですからね!」
「問題ないぞ」
 臨時で教鞭を取る事もある汰磨羈が保証して、パァッと顔を輝かせたイルミナは新しい家族を大切に抱きしめた。
「そうだ、エメスさん。この子の名前は……その知人の方から聞いていないんですか?」
「うぅん。彼は名前をつけなかったんだ。情が移るからだろうね」
 もうとっくに移っていたと思うけど。呟いて、エメスは犬に手を伸ばした。
「ごめんね、彼、キミを迎えに行けなかったんだ」
 撫でる手は、優しかった。
「彼は会いたがっていたようだけど、ボクが行けなくしてしまったんだ」



 一行は復興支援に取り掛かる。心臓を鷲掴むような倒壊音が現場に響く中。
「ご無事ですか」
 身を挺して救助者を庇ったルーキスの腕で、震える体温が感謝を告げた。

 汰磨羈が人を集め、復興を行う上で必要な指示を出していく。
「まずは道路上の障害物撤去。車両が通り易くした上で、電気や水道の復旧に必要な資材の搬入と修復作業を……」
 小柄な輪郭を自然の陽光が象る。声は凛として、よく通る。指示は的確で迷いが無い。誰もがそのカリスマ性に惹きつけられた。

「料理が出来る者達には、買い出しと炊き出しも頼みたい。腹が減ってはなんとやら、と言うだろう」
 競うように手が上がり、人々が動き出す。1人、また1人。

「さぁさぁ、力仕事でも細かいお仕事でも、イルミナにお任せッスよ!」
「うっし! 精一杯復興支援するっすよ!」
 イルミナと無黒が快活な声をあげれば、人々が釣られたようにやる気を漲らせ、活気めく。
「薬や物資に怪我人の運搬まで! 俺が運ぶっす!」
 毎日の朝ランの効果も発揮して、無黒は未だ整わぬ道を身軽に行き来する。
「離れてください!」
 日輪に艶めく長い髪を揺らし、与一がHades03で大きな瓦礫を破砕すれば、その威力に驚嘆の声が湧く。
「こっちも頼む!」
「はい!」
 ふと足元を見れば、土砂から顔を出す誰かの宝物。土被り罅割れた持ち主不明の写真立て。写真には、笑顔の人々が映っている。
「ああ……」
 優しい手つきで拾い上げる。この写真の人達が、みんな皆んな生きていますようにと願いながら。

 首都の上空は事件前と変わらない。地上の人の営みや人が築いた建築物の異変など全く無影響の変わらぬ青さで悠々と雲を流していた。

「先日の事件で嫌いだった同僚が亡くなりましてね」
 作業機はあくせく動いている。揃いのヘルメットを日差しに晒し、トラックの荷台に積まれた瓦礫を縄で固定するイルミナは神妙な顔で聞いていた。
「一瞬ね、不謹慎な思いが間違いなく起きた自分にショックを受けました。俺は屑だなと思いましたね」
「……そんなことないッス」
 ――だって、悲しそうじゃないッスか。
「ああ、……嫌な奴だったなぁ。でも、もういないんだな」

 温度視覚で命の温度を探すのは、ルーキスとシラス。ルーキスが広域俯瞰と超聴力、シラスが透視で確実性を増し、手分けして救出を進めていく。

 作業場の隅で水分を補給する1人の作業員はシラスが起こした焚火に身を温め、案ずるような目で同僚を見ている。何かに駆られるように働く青年を。
「彼、婚約者を探してるんですよ。ずっと」
 ああ、疲れた。目を閉じたら寝てしまいそうです。そう呟く彼は、青年にずっと付き合っているという。

(大半はもう亡くなってるかも知れない)
 シラスが下に人がいると強透視で知らせれば、皆が集まる。瓦礫に人が群がり動かす様は、餌に群がり運ぶ蟻にも似ていた。青空の下地上を這いずる自分達がそれと畢竟大差ない現実を意識させた。
「今助けます!」
 パワードスーツHades04のパワーを活かして、与一が瓦礫を撤去する。遺体が運び出されて、取り乱した声で名を呼び婚約者の青年が付き添い離れていく。見送る作業員が息を吐いた。
「よかったですよ。見つかって。……弔えるから……」

「倒れた柱の下にもう1人」
 報せながらシラスが柱に手をかける。戦乙女の輝きを伴って。
「いや、2人だ!」
 綿を溢したぬいぐるみが千切れたリボンと一緒に転がっていた。全員が手を集まって柱を除ける。現れたのは、事切れた女性の遺体の背。腕に抱かれた泣かない幼子。
「――子供は、生きてます!」
 希望を見つけたルーキスが音と声に気付き、弾かれたように走り出す。
「あちらにも人が!」
 翻る外套の後ろに、疲労を忘れたような顔で奔る人々が続いた。
「救助隊です。今すぐに助けますから、もう大丈夫ですよ!」
「手伝います!」
 運ばれていく重傷者に無黒が付き添い、延命にと天使の歌を響かせる。血の気を失った瞳が薄っすらとひらいて、夢の狭間を彷徨うような顔をした。
「……その声。声優の696?」
「がんばるっすよ。もうちょっとで病院っす!」
「――ほんもの? 夢みたい」
「がんばるって約束できるっす?」
「うん……うん」



 十三は医療助手として医学書や医療救護活動マニュアルで治療法の認識を擦り合わせ、聖霊の仕事を支えている。
 聖霊は担当していた科や医療技術の練度によって幾つかのチームへと分けていた。
「有スキル者は有限で補充困難だ。人手不足は明白だ。命を左右できる俺らには最効率と最善が常に求められてる」
 聖霊は一人一人を見た。共通の志と等しく抱く倫理と理論、死線に常触れた目がぎらぎらしていた。使命感と誇り、自負自尊、強迫観念、ストレス――疲労。命刻む時の砂に駆り立てられるような情熱。
「お前ら一人一人がみんな英雄だ」
 目を潤ませる者、胸を張る者、破顔する者。その声は間違いなく彼らの胸を打ち、緊張を緩和し、士気を上げた。

 色の着いた布が患者の腕に巻かれていく。
「赤が最優先、黄色が二番目、緑は三番目。黒は……手当しなくていい、その代わり祈ってやれ」
(目の前の生命は全て救う、そう決めているしこれからも変わらねぇ。だが)
 ――黒い布を巻くんだな、俺は。唇を噛み、顔を上げる。
 悔しくないといえば嘘になる。俺はまだまだ医神になんてなれやしねぇ。
 けどこの悔しさも辛さも全部連れていく。
 だから、見ててくれよな親父。
「諦めるな!! お前は助かる!!」
 母に守られていたという幼子と柱の下にいたという若者を託されて、聖霊が命を繋ぐ。
「生きたいと!! 願え!!」


(――聖霊くんは志が高くて眩しいねぇ)
 人工筋繊維腕を繋ぐ十三は機械体担当に落ち着いていた。
「疑似神経の伝達稼働、よし。ついでに改良しておいたから、試してごらん」
「肘から刃が出せるんですね」
「刃には感覚がないんだ。神経の通る肉体と無神経武器を瞬間分岐させる会心作だよ」
「これは凄い!」
「一応これでも技師で改造得意だからね」
 言いながら十三は白衣の裾を返し、別の急患用代替臓器機に血管を繋いだ。
「その患者は――「助けられるよ」
 遮る声は刃のように、処置を施す指先は繊細で丁寧に。十三は管理社会の出身だ。生身の瞳を細めて言葉を遮る。
「君も生きたいよな」

「こっちにおいで」
 こっちだよ。
 ――俺は自分の命すら救えなかった、医者を名乗る事すら痴がましい身だけれど……。
(目の前に救える命があるなら、手を伸ばすさ!)
 生きたい。その切なる願いが、わかるから。



 皆が炊き出しに並ぶ。シラスも自分の椀を受け取り、焚き火の傍で食事につく。橙色の焔に照らされて、1人また1人、疲労がほどけるような明るい笑顔が咲く現場。復興はまだまだこれからだ、とシラスは長期的な取り組みに意気込んでいた。


 状況が落ち着いたのを見て、汰磨羈はあの戦いで回収したロボットを見に行った。
(最後まで、見届けておきたいからな)

 心臓によく似たコアが鼓動を刻み、接続した管が脈打った。神経系電線が情報を伝えている。人に良く似た両手が動いて、電脳が震える――二つになった目が開く。

 白衣の少年が語り掛ける背が見えた。

「ハロー、ドクターⅡ。調子はどう?」
 それは、医療補助用に造られた。
「ボクの声が聞こえるならば、キミに最初に伝えたいことがあるんだ」
 それは、暴走した。
「動いてくれて、よかったよ。この前は、ごめんね。キミを暴走させてしまった。キミのせいじゃない。ボクのミスだ」
 それは、エメスを殺そうとした。庇った友人を――帰りたがっていた彼を殺した。沢山の命を奪い、都市を破壊した。
「生まれてくれてありがとう――愛しているよ」

 汰磨羈はその光景を静かに見つめていた。



 ――首都に大量の亜竜を引き連れ『怪竜』ジャバーウォックが攻め込んで来たという知らせを彼らが受け取ったのは、その直後だった。

成否

成功

MVP

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

状態異常

なし

あとがき

おかえりなさいませ&お疲れ様でした、イレギュラーズの皆さん。

失われるはずだった命が幾つか、皆さんの手で救われました。見つからなかった遺品や遺体も沢山見つかりました。皆さんの支援活動に感謝する人が大勢います。
犬は無事保護され、イルミナさんの新しい家族になりました。名前など自由につけて、可愛がってください。
ドクターはドクターⅡとして、医療現場に戻るようです。
MVPは遺品を見つけて命令解除した汰磨羈さんに。
プレイングはとても心を動かされるものでした。ありがとうございました。

今回は、「現地で活動中に敵が攻めて来た」というある意味とても美味しいシチュエーションとなっています。<Jabberwock>に参加される方は、頑張ってください。ご活躍を応援しております。

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