シナリオ詳細
<ダブルフォルト・エンバーミング>神々舞踏と子犬のワルツ
オープニング
●しろやぎさんたら、
R.O.O 4.0。
アップデートを前にして、悪意のあるデータが怒涛の如く流れ込んでくる。
もはやこの世界の維持をあきらめ、混沌世界を喰らいつくそうという勢いだった。
「っと、あぶねェな」
『霧島戒斗』は水際でデータを破壊する。この世界の結界師、監視者たる『霧島戒斗』は、ここでモンスターを倒すのがどういう影響を与えるのか正確に理解している。
すなわち、混沌世界ですらも覆いつくす終焉であると理解している。
そんなこんなで人知れず闘っているのであるが……。
こちら側からポーンと飛び出した白い玉があった。
「あ? なんだこりゃ」
火の玉みたいな小さなデータだ。ぱたぱたともがいている。ただ、闘う意思はないようだった。つまみあげると、きょとんとした目で見上げられる。
「えと、俺は……」
「出る方かよ。悪いな、ここは通せなくてさ。これからアップデートが来やがるんでな……妙なことされねぇように監視してるってわけだ。アンタ、出たいのか?」
「はい」
ちっちゃい何かははっきりと答える。
「お願いします、通してください。時間がないんです。父さんが」
「外に出たいって? どうなるかわかってるか。この世界、何かわかるか?」
「はい、僕はデータです」
「……鍵は持ってんのか」
「あります」
子犬は……理弦は002のナンバーを掲げる。
「あー、運営側ってことね。……」
002は、マザーから生み出されたときのナンバーだった。
……捨てなくてよかった。
それでいいのだと言ってくれた。
確かに自分は悪意から生まれたのかもしれない、けれど。それなりの「傑作」ではあったし、その分できることもある。 自分が、もしも『梨尾』だったら……。多分ここまで来れてない、そう思うとぷるっと身震いする。
彼らが、彼女たちがそのままの自分を肯定してくれたから、だ。
祝ってくれた人を思い出す。
捨てなくてもいいんだよって言ってくれた人のことを思い出す。
生まれたことも、……時間を稼ぐためと言いながら、大切な樹さんを燃やしちゃったことも、ほんとうは悪いということも。それを教えてくれた”彼ら”のおかげだ。
「げ」
抜け目なくデータをスキャンしていた『霧島戒斗』は思わず絶句する。称号:『パラディーゾ』……つまりは、ログアウト不能になったPCの現身であり、敵だ。
「敵対する意思はありません! なんなら……弱らせてくれてもいいです!
あ、でも意思に関係なくバリア出ちゃっててこれたぶん父さんが、ええと」
「どういう状態なんだよ。敵だって自覚あるのか? どうすっかな……」
「お願いします!」
「……R.O.OのNPCだ。多分、出られねぇと思うけどな」
「やるだけやってみます」
強くなったのは何のため。
……父さんに会うため。
父さんを■けるため。
(待ってて)
●くろやぎさんたら
父さん。
見たこともない光景も、きいたらすこしだけ匂いがしました。
俺、なんとなく知ってる気がするんです。
データの中に紛れ込んだ、兄さん?
がいるのかな。
教えてくれたのかな。
り、
お。
りお、道理を重んじる子になれるよう理
弓のように自分を貫ける子になれるよう弦。
小さな子犬の形をした火の玉は、分厚い壁に阻まれる。
現実世界への壁。NPCが外に出ることはできない――至極、あたりまえの話だった。
「あ……」
>許可されていないコマンドです
>あなたは『天国篇第三天 金星天の徒』です。
>直ちに戻り、『パラディーゾ』としての役割を果たしてください
父さん。
理弦は、手のひらをぎゅっとにぎった。
ここで終わってしまうのか。
闘わないとならないのか。
かみさま。かみさま。
もしも、この声を聞き届けてくれるなら。
――え、呼んだ?
思わぬ介入者に、理弦は顔を上げた。
あー、ごめん。
神様ロールはちょっとやめたんすけどね~。ちょっと今やってなくて。というか出られないんだよ。うん、全然万能じゃなくない?
R.O.Oの神様(p3x000808)は厳かに輝きながらも――結構、普通のことを言う。
――あ、君ももしかして出られなくなっちゃった系? あー。わかる。わかるなあ。
「急いでるんです。
どうしても行かなきゃならないところがあるんです。
でも、『役目があって』、出られないんです。
父さんが、父さんが待ってるのに!」
――んー、人生相談かぁ。
どうしようもないことって、あるよね。基本的にさ。
うなだれる子犬。
「うっ……」
神様とて、そうされると心が痛むわけで。
――ああー、んん、じゃあ、えっと。それ。預かっておこうかな……。
ひょいと摘み上げる称号は、『天国篇第三天 金星天の徒』。
「! ありがとうございます!」
冠を引き受けたとたん。ウィンドウが幾多も現れて……。
>解析完了 神
>神話を創造します
……あ、なんか、まずいことになっちゃったっぽい?
>002を混沌に転送します
エネルギー充填率……0パーセント
でもまあ、あの子も急いでたしいっか。なーんてことを言っている場合ではなく世界が形を変えていく。
●黄昏を夢見る
そして時空はR.O.Oの世界へと戻る。
ああ、世界の終わりが来る。
そう信じるにたやすいくらい、この世界は暗黒に包まれていった。
時空は割け、屋敷は砂に埋もれて、黄金は色あせて意味を失っていく。
神なる存在が姿を現し……。
終焉を告げる獣が滅びの歌を歌う。
昔の僕なら、きっと「ああ、こんなものか」なんて思っていたのじゃないだろうか?
奇妙な生き物がものすごい速さで地面を駆けていく。
「なんだ、貴様!」
「通りすがりの怪生物」
びしっと、その存在……恋屍・愛無は指さしてやった。それからどういうんだったか。そうだ。
「お前たちに名乗る名前はない」だ。
教えられたとおりにして、生物は走る。
(これはどんな心なのだろうな)
『跪け。首を垂れよ。私は神であり、天国篇第三天 金星天の徒である』
そこには神がいる。
そして、あの、喧騒の中心に、あの人がいる。
「なんじゃ、煩い。人が寝ていたというに」
ふわあ、と欠伸をするルウナ・アームストロングは稲妻を避けて踊る。その周りを楽団が取り囲む。誰かが唄えばだれかが手拍子を、それから、歌を。
「おわっ、すごいことになってんな……」
異変を聞きつけ、ヒイズルからやってきた、結界師の一群……その先頭に立つのは霧島黎斗だ。
「ものすごい狭い箱ン中、エネルギーがばりばりだな」
「ふむ? 味方か」
「そうみたいだな」
「「なら、話は早い」」
「伝説を唄うのもよかろうが、今回は伝説を紡ぐ側じゃのう……さて、ひと暴れしてやるか」
「はい。神です。あ、平和主義です。えーと、まあ、聞いて」
巨大な神を前にして、神様……ホンモノの方は振り返った。
状況はものすごく複雑なのだが、とにかく、あの「邪悪な方の神様」をなんとかすればいいというわけだ。
「ちょっといろいろありまして。えー……とにかく倒さなきゃならないのと、エネルギーが足りないらしいんだよね。だから、ハイ。神様討伐、RTA」
なるべく早くしたげたいんだ、と神様は言った。
- <ダブルフォルト・エンバーミング>神々舞踏と子犬のワルツ完了
- GM名布川
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年12月07日 22時26分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●神々と舞踏
多勢を相手に、「幻戯」たちは勇敢に立ち向かっていた。練度は高く、どの団員も戦いには慣れているようだった。
しかし相手は『神話』であった。
「なあ、団長、このままじゃマズいぜ? ここは俺が引き付ける、その隙に……」
「その隙に、なんだ?」
そのときだった。
四つ足の獣めいた塊が。ものすごい速さで、彼らを押しのけて前線へと駆けて行った。
うごめく影は、闇の獣。――『恋屍・愛無のアバター』真読・流雨(p3x007296)は本来の姿へと変じる。流雨の足場となり、弾き飛ばされた団員は、神の眷属の致命的な一撃を避けた。
庇われたのだとわかる。砂漠の砂の間に、石の花が咲いた。
「あれは、石花病だ。あの攻撃は厄介だ」
「つまり?」
「当たるな」
「ぶっ……」
シンプルにして明解。
「直撃を避ければ良い。僕みたいに回避するか、あるいは……あれだ」
きょろきょろした流雨は、『竜空』シラス(p3x004421)を目に留めた。
「あれだ。あの動きを参考にするといい」
「で、できねぇよ!? ……うおっ、あぶねえ!」
「く、くくくく、はははは!」
ルウナが、やりとりに腹を抱えて笑っている。
これほどまでに真剣で、一歩間違えればそこに死があるのに、それでもなお……心臓は高鳴る。
(僕には守るモノがある。団長と。幻戯と。「僕」と。かつて守れなかったモノを守る。それが作り物だとしても。代替にすぎないとしても)
「団長」自分に似た自分の姿――黄金卿が呼んだ。
「だんちょう」流雨も、くぐもった声で呼んだのかもしれない。
「さあ、踊るとするか?」
そうしよう。
人に近いアバターという檻を捨て、ここには流雨を制限するものはなかった。月を浴び、無軌道のぱんだくろーが闇夜を切り裂く。一。二。そして間をおいて三。三連の動きはとてつもなく速く、不可視に近い。
「団長、ありゃなんだ? 速すぎる」
「通りすがりの「ぢごくぱんだ」。ふむ。まあ味方じゃのう」ルウナは笑う。「そんでもって、かけがえのない戦友じゃ」
「すげえな、ありゃあ」
「……あれの戦い方、団長に似てないか?」
見た目にはおぞましい生物ではあった。けれども、元々、はぐれものの集団だ。むしろ、面白がるような視線すら感じて、それがどこか、懐かしい。
小さな子犬。
ひょこひょことうごめいている灯りは、どうやら「あちら」に行きたいらしい。
ふよふよと、『水底に揺蕩う月の花』エイラ(p3x008595)は頷いて、小さな光を見つめる。
「そっかー。
君(002)はぁとても長い夜を越えようとしてるんだねぇ。
いいよぉ。
君の命と心の行き先をエイラは祝福するんだよぉ」
くらげの炎は道標。
どうか、まっすぐにと祈りを込め、敵を焼き払う。
『神に逆らうとは……全くもって度しがたい!』
神の眷属が、エイラへ向かって呪いの言葉をつぶやいた。
石花の呪いがエイラに降りかかる。けれども一瞬たりともエイラはその場にとどめられる事はない。揺蕩うくらげは、ゆらりと、ふるりと、表面を揺らすだけ。
「やられるわけには、いかないもんねぇ。
まかせて、エイラはそう簡単に、石になったりしないんだよぉ」
ぷかぷかと浮かび上がって、それから、さかさまに。エイラも泳ぐように舞った。風に乗り、さまようくらげの火は、ぽん、と弾けて小さな希望の灯りをともす。
「戒斗さん、お久しぶりです」
『生まれたものに祝福を』梨尾(p3x000561)は、戒斗にぺこりと頭を下げる。
「ああ。まあ、なんだ。無事で良かったな? 無事っつーかさ」
「その子は自分の弟です。理弦っていいます。よろしくお願いします!」
「……あれを、まあ。わからないが、分かったよ」
うごめく灯りが何であるのか、確信があるようだった。
「弟、……」
『結界師のひとりしばい』カイト(p3x007128)はなんとも微妙な表情を見せた。
それから、そのセリフが、そっくり同じ顔に向けられるのは当然なわけで。
「……あのさあのさ。聞きたいことは山程あんだけど」
「言いたいこともまあ、あるんだけどな? そんな暇はなさそうだ」
「とりあえず『戒斗』。前方のアレらは全部『大丈夫』じゃねぇんだな?
……おーけー、みなまで言うな。お前だって『弟に言いたくないことくらいあるだろ』?
今は、少しぐらいは任せろ。伊達にお前の弟を助けた訳じゃねえんだよこっちは」
七星結界。
五芒よりもなお複雑な星が空に刻まれ、神の雷光を弾き飛ばした。
「狙うは、速攻。とまではまあ、いかないにしろ……被害を最小限に抑えての勝利、だなぁ」
言うは易く行うは難し。そんなこと身をもってわかっている。そしてこれは宣言でもあった。
ひとつの縛り。
「結界師としての仕事をしなきゃな。
……後悔するぐらいなら『行く』と良いぜ。理弦とやら」
問いかけが聞こえているのかいないのか。まよう小さな子犬は、カイトの一撃でまた一つ、道を見つけたようだった。
先へ先へ。ネットワークのその先へ……。
何があるのか、分からない。元は『敵』だ。それでも。
(俺は『戒斗』よりは性格は悪いが、お前の言わんとすることも分かる。
お前のやりたいことを『成し遂げれば』いいさ)
そのためなら……。まあ、多少の無理だってするつもりだ。カイトのいう多少は、自己評価よりもずっと広いもので、ずいぶんと身を賭したものであるのだが。
「ありがとうございます」
懐中時計を握りしめ、梨尾は強大な敵に向き直った。
時間が、欲しい。
あの子に時間をあげたい。
全てを。
自分のもっている一番良いものを。
ぜんぶ。惜しみなく与えたいと思っている。
懸命な光に向かって。もし、この声が届いていないのだとしても、送りたいことばがあった。
あれは小さな体で、どこかに行こうとしている。
なにかやりたいことがあるんだな、と理解する。
(どうしても外に行くのか、理弦)
なら……。
『別れは済んだか?』
終焉の神が哄笑する。
雷光をかいくぐり、梨尾は吠えるように武器を取り出した。
二振りの赤い刀が現れ、灰色狼が理弦にまとわりつく敵を吹き飛ばした。
(父さんは無茶をするけど、な。ごめんな。父親ってのは、子供には無茶させないものだ)
守られる存在でいられるうちは、守ってやりたい。
狂おしく吹き荒れるデータの嵐。世界がひび割れ、悪意のあるデータがノイズとなって飛びかっている。
そのときだった。
世界の隙間から――三匹のドラゴンが降臨する。
「どーーーんっ! っすよ!」
『竜は誓約を違えず』リュート(p3x000684)の色とりどりのブレスが降り注いだ。四方八方に。やたらめったらに。七色に。
「ひれ伏せ、だと?」
さきほどから空を制するシラスは空の王である。大きく羽ばたいて……高度を稼ぎ、遙か上空から神様を『見下ろす』。
「その程度で神とは恐れ入るな?」
「相手が神ならリュートに不足は無いっす! こっちもカミサマっす!」
『……天に、神は一柱のみなるぞ!』
「そんなのわかんないじゃん? たくさんいるかもしんないし、いないかもよ?」
『R.O.Oの』神様(p3x000808)はぱちんと指を鳴らす。
神様が、世界の敵に回るなら、
こっちの神は、仲間の味方なのだ。
「コレも神の導き?
神のみぞ知る?
……知らんけど」
終焉の神が空の裂け目を閉じ、子犬の影を閉じ込めようとした――、その刹那。
ぐわり、牙が空間を切り裂いた。『悪食竜』ヴァリフィルド(p3x000072)の巨大な口が、ぽっかりと空に大きく開き、空間を喰らった。
ばりぼりとすさまじい音がした。
咀嚼するが、満足のいくものではなかったらしい。威厳のある巨大な竜の瞳が、神を見据える。
あれなら、良い獲物になりそうだ。
「なるほど、つまりあれを喰らえば我も神の如き力を得られるというわけか……」
ヴァリフィルドは喉を鳴らした。
「んん。カミサマでびゅーっすか?」
ぷるっとふるえるリュート。かたそうでちょっとやーだな、と思ったりなんかして。
「あのようになるつもりは毛ほどはないが、データの断片でも取り込めばファイアーウォールである眷属は騙せるかもしれぬな」
ちらりと、小さな光を見やる。データはごちゃごちゃのバグまじりの、それでも正しくあろうとあがく塊を。
『愚かも――』
ののしり、口を開く神。それよりも、ヴァリフィルドはその大口を開ける方がはるかに早かった。
まぎれもない竜の『咆哮』が、大地を揺らした。
勝てるのではないか。
先ほどまでは絶望的な状況のはずであったのに……。
そういった雰囲気が、少しずつ広がり始めている。
『眷属よ、神罰を与えよ』
「クソがッ、敵が多過ぎるぜ!」
五月雨の攻撃をかいくぐりながらも、シラスは覚悟を決める。引きつけ、この場に立ちはだかる盾となる。
それが、自分の役割だ。
……切り札を出し惜しみしている場合ではない。
「なあ、偽モンの神様とやら。とてつもなく強大な竜を見たことがあるか? 見せてやるよ。これが災厄の冠の力だ!」
シラスの月閃は、海の上の嵐を呼んだ。リヴァイアサンの幻影を、その場に映し出す。荒れ狂う海に立ち塞がった、あの幻。
今までとは比較にならないほどの、情報の洪水。
データの嵐がなだれ込む。
……効果は絶大だった。
「ぷしゅーっわ!」
しぶきを浴びて、リュートは気持ちよさそうにきゃっきゃと笑った。
シラスの一声で引き起こす洪水は、神の眷属を流し去る。
「神様。ありがとうございます。……理弦を。助けてくれて」
梨尾が一振り、尻尾を振った。
「戦いたくなかった。ほんとうに、戦っていたら、どうなっていたか……」
「んん~ん
何ぞ良く解ってないけど
望まぬ諍いを阻止れてたなら重畳よ」
おそらくはそのぶんの理不尽の埋め合わせを引き受けたのがあの滅びの神、なのだろうねと補足する。
細かいことは分からないけど……たぶん、そうだ。
「優しい神様ッスね。でもバグるとああなっちゃうのは、なんだか悲しいッス」
「あ、照れる。まあ、あれはちょっとね。わりきっちゃって、やっつけてやらんとね」
「なかなか粋な計らいをしてくれる神様だと思うけれど、ちょっと不用意だったんじゃないかな! セキュリティソフトを入れてからにして欲しかったね!」
「まあ、うん。そこは仕様ってやつなんだろね」
『アンジャネーヤ』Ignat(p3x002377)と神様は、どこかおかしそうに笑いあった。
「世界のバランスが、きっとあって。良いことと悪いことのバランスがあって、さ」
「分かるよ。幸せは歩いてこないってね。なら、掴み取るまで!」
梨尾、いや。――父親だからか。懸命な彼らの様子を見ると、Ignatの胸にも熱いものが込み上げてくるのだ。
(オレは両親の顔をもう覚えていないけれど、子供はいずれ親元から巣立つものだってことは分かるよ)
でも。親としては巣立つ子供を離したくないって思いも、想像も出来るのだ。
どういう気持ちで、危険な場所に送り出すのか。
応援すると言ったのか。
(だからね、両者の別離の前の対話の時間って本当に大事なものなんじゃないかな? だから、それが作れるなら)
存分に腕を振るって見せるとも。腕を打ち鳴らす。砲撃があたりを凪いだ。
厳粛な――厳粛なだけの『神』の攻撃は容赦がなく、また、遊び心ってもんがない。
へらへらと笑った神様は、攻撃を受け流し、それから、……眷属を巻き込んだ一撃に、真剣な表情になった。
「神より神っぽい風だけど
その不遜さは解釈違い」
『見苦しいぞ。我が眷属たちよ――全てを石にかえてしまえ!』
攻撃を食らった仲間の一人。『ゲーム初心者』ユリウス(p3x004734)が、ぴしり、と石に変わりかけた……。
だが。それはすぐにひび割れる。
「石像にして、私の美しさを永遠にしたい気持ちはわからないでもないがねえ! こんなものではちっとも、私の美しさを表現し切れてはいないな!」
ユリウスは叫び、言ってのける。
「なーにが滅びの神だ! 私は美天使だぞ!!」
『ぐおっ……』
虹色の美天使ビームが神を貫く。鐘がりーんと、涼やかな音を奏でた。思い通りに、思うがままに!
ああ、小さな君。
ユリウスは祝福を授ける。
……少なくとも、君の手伝いをするとも。
(そう。梨尾君の想いが届くように、理弦君の願いが叶うようにお手伝いさせて貰うよ。大丈夫さ、きっと上手くいく。私はそう信じている)
息をつかせぬまま、大勢の敵にひるむことはなく、攻撃を重ねていくユリウスである。
きらめき、美しく衆目を浴び……今回の、天の使いの役割は、あれに引導を渡すこと。
「『徒』って事ぁ従属かな?
神は従うモンじゃあなくって
信じるモノを救うヤツなんだぜ。
まー口で言うより結果で示そか?
実はアテクシ 神 だからね」
リュートが翼を震わせる。
「さあ、これより神話を作るッスよ!」
「美天使の新たなる神話を見せてやろう!」
『静まれ!』
大地が揺れる。
神の力で、巨大な岩が持ち上がる。
『ひれ伏すが良い、この威力こそが我が威光の証明であるぞ』
「威力が、なんだって?」
Ignatが踏み込んだ。ぴりりと空気が揺れる。一撃だった。こぶしをまっすぐに突き出すと、岩をバラバラに砕いたのだった。
ああ、こんなことをしている暇は無いのに。
(梨尾には積もる話もあるみたいだし、邪魔な連中には退場頂いて水入らずの時間を作ろうじゃないか!)
なおも降り注ぐ終末の隕石。Ignatの巨大な右腕に、鉄の尾が生えた。竜の骨が頭部を覆う。
「VOOOOOOOOOO!!!」
一瞬にして姿を変える。
雄叫びを上げて、突撃をしかける。
力のままに、栄光のために。……親子のために。
月閃。
……月閃。
月閃。
先陣を切ったイレギュラーズたちは、躊躇わず切り札を切った。辛勝を狙うではなく、己の身を危険にさらし、道をあけて、とっととその先に進むために。
「なんてかさ、部下とか使いっぱ作るのも俗っぽ~」
神々しく光り輝くこちらの神様は、神の奇跡を呼び起こす。
その奇跡は荒れ狂う猛風。今回ばかりは目一杯に、出力を上げて……。
ああ、こうか。風をつかんだ。大気のまとまりをみつけると、台風のように、押し返してやる。眷属ごと、まるごと。その思惑ごと……。
反撃の雷があたりを埋め尽くさんとする。
「UGOOO……GAAAAAAAA!」
Ignatが放り投げた電磁ネットは、雷光とを奪い去って白熱して輝いた。そのまま、Ignatは動きを封じ、斬り込んだ。
●竜めざめ
「よーし、リュートもいくっすよー!」
リュートの姿がぐいんぐいんと大きくなった。かわいらしい竜は、神聖をそなえた立派なドラゴンに変じる。その姿はまがまがしく、そして……歪であるのに美しい。
成熟した竜のブレスは、桁違いの威力を持っている。
「神の『眷属』では我ら神には勝てぬぞ? 散れい!!」
色とりどりの光線は全てを束ねて、真っ白に輝き、ふちにだけ複雑な七色を残した。世界を侵食するバグを上書きして消し去る。
「オオオオオッ! 続け!」
幻戯が。結界師たちが、勇ましく声をあげる。
先陣を切るのは流雨だった。
喧噪の中。
「全くもって。物語というものは。英雄譚というものは、どうしてこうも面白いのだろうな? 米粒のごとき矮小な人間どもが、こうやって強大な敵に立ち向かうのだからのう」
(否が応でも昔を思い出してしまうな。例え別人だろうと。僕の知る彼らでは無いのだと解っていても。今、此処に「幻戯」が存在する。それは、かつて僕が守れなかったモノだ。取り戻したかったモノだ)
それにしても、である。飲みに行くという約束があったが……。
「大所帯になりそうだ」
「うむ、相違ない。まさかこうなるとはワシも思っておらなんだよ。まぁ、それもいいじゃろ」
「ああ。全員だ」
(だから皆、死なないでくれ。僕に、もう「あの日」のような思いをさせないでくれ)
「前にあったときよりも、腕をあげたもんじゃのう」
「ラブ&ピースのために」
そして、団員達が続ける。
「「「そのあとの美味い酒のために!」」」
(思い出してしまった。
僕には守りたいモノがあった)
この光景は、確かに望んだ光景で。いつしかあった情景で。理想だった。
終焉の神の雷が、団員のすれすれに落ちる。
『理解したか? 我(創造神)に刃向かうのがどれほどのことか』
鼻で笑ってやる。
ルウナが問うている。
これくらいでやられるやわな連中じゃない。それよりも、前のあいつだ。
相手の守りは堅いぞ。どう攻める?
ならば、こう。
笹ぐにる。生えてきた竹をそのまま投擲する。周りの眷属を巻き込んで、暴風雨のように暴れ狂ってみせる。
(守りたいモノは守る。狩りたいモノは狩る。それだけだ。僕は、この世界を守る。かつて守れなかった「モノ」を守る。例え、それがデータにすぎぬとしても。そんな事は関係ないのだ)
今、此処に僕の守りたいモノがあるのは確かな事だから。
流雨の一撃が、鐘を高らかに鳴らした。
「「七星結界・七星陥葬」」
カイトら。同じ声が重なる。二重の術式。
正反対の性質を持つ術式が合わさり、強固な陣を築き上げる。
「凶兆の結界術、だったかなァ。データ的に」
どこか含みをもたせたもう一人の分身が問いかける。
「……まあ、ここで切らない手はねェよ?」
カイトの術式は、狙い澄まして敵を揺さぶる。捕らえた。結界の中に。敵の攻撃は苛烈。まだ衰える勢いは見えないが、それでも攻撃に陰りが見えた。
ひと呼吸の間。完璧だったかにみえた存在に、生物めいた……隙ができた。
その間を、仲間が逃すはずがない。
いて欲しい場所にいてくれた。シラスが、眷属に重い、重い一撃を叩きこんだ。体勢を崩した、そこへ……呼吸を合わせたエイラが揺蕩う。
動きを止める、金の魔眼。それは、荒れ狂う波の中で静かに。けれども揺らぐことなく敵を見つめていた。
「こっちは、任せろ!」
シラスが叫ぶ。
ぱちん。
ぱちん。
はじけ飛ぶクラゲはふよふよと、何度でも浮かび上がってくる。
(それでも、簡単に死んだりはしないよぉ)
ゆっくりとピンク色に明滅して、舞う。
電気くらげに食らいついた神々の眷属が、それを飲み込めずにそのまま消える。死にかけのデータを、ヴァリフィルドが葬る。
エイラは見送る。巡り巡る、死にゆく者にも花束を。
「……。うん、おやすみ、だよぉ」
偽物の神が指さす、吹き荒れる嵐が壁を作らんとする。だがそれを割って、リヴァイアサンが……シラスが、どうと渦を引き起こした。
「何匹でもかかってきやがれ」
培ってきた勘というべきか。すれすれの回避に見えても、シラスにはなお、余裕があった。攻撃を受け流して致命傷を避ける。
多少の負傷は、覚悟の上。それよりも、チャンスを作る方がいい。
シラスの巻き起こした渦が敵をなぎ払う。石花の呪いを、リヴァイアサンの死の呪いが。死兆が上書きするかに見える……。
再現されたデータと、シラスの戦闘技巧がそうみせる。
待ち受けるのは死の運命のみである、と信じ込ませる。
(仲間がこいつらを倒してくれるまでまで耐えきってみせる)
神の指揮する嵐ではなく。雷の息こそが、波を引き起こして世界を揺らした。
『愚かな。神は、我だけだ!』
「んんー、そうね。もっと色々出来ないとね、神だしね」
こちらの神様の奇跡は、大地を燃やす。再生の炎。温かな熱。命のぬくもりを体現する。それから、怒りを。盛り上がった地面からマグマが噴き出し、敵を飲み込んだ。
「でもまぁそうだな 神っては何時だって 我々に迷惑かけてきてたわ
でもって そんな連中は常に粉砕してきた ってワケ」
それに合わせて、煮えたぎる熱が鐘を鳴らした。
「今だ!」
カイトの巡らせた術式が発動する。狙うはひたすらに神。ただそれのみだ。滅びの神は、楔に囲まれた空間に閉じ込められ、まともに炎を浴びることとなった。
鐘が鳴る。
炎を上げる敵に、Ignatはお構いなしに飛びかかる。
「AGUAAAAAAAA!」
またしても、鐘が。
敵を押さえつけ、それから。砲を向ける。鉄の焼けた匂いがした。主砲から放たれる閃光は、闇を切り裂いて敵をするどく穿った。
迷う子犬の幻影はそれに合わせて、前へと進む。それを見て、Ignatはにこりと笑う。かすかに、あの光を、送り届けるためにここに立つ。
「GOAAAAA!」
(本当は、危険な場所には行かせたくないけど。自分を貫けるよう願ったのは俺だ……)
はじめての決断を、応援してやりたいと願うから。
梨尾は、構えて、跳ねてみせる。
闘志が燃える。いつまでも……。
ヴァリフィルドは息をため、それから唸った。オルファクト。煙幕の向こう、残念ながら仲間がいる。……唸りをあげるブレスが喉奥にたまる。餌場を変えるか、そう思ったが。
ふよふよとしていたエイラの高度が、ゆっくりとおぼつかなくなっていた。
「……あ、これ、次で落ちるねえ。うん、エイラごと、やっちゃっていいんだよぉ」
「ふむ。……良いのだな?」
「うん。だから、もういっそ、全力でお願いするんだよお。すぐにもどってくるからね」
ためらいがないわけでもない。それごと飲み込んで、食らいつくす。
「その心意気や、」
ヴァリフィルドはデータを喰らい続け、その力を取り込んでいった。
世界を喰らい尽くす『息吹』が、真っ白にデータを分解していった。
●終焉、その先
何度振り払っても、戻ってくる。
『グガアアアアアアアーーー!』
リュートが食らいつくのだった。
完全な竜の咆哮は可愛らしいなんてものではない、おぞましい咆哮が空をつんざいた。魂が引きずられ、眷属がその魂を奪われている。
足が、動かない。
梨尾の体は石になろうとしていた。あがけるだけあがいて、そして次。砕かれても、何度砕かれても梨尾は立ち上がった。
(いってきますを聞くため
いってらっしゃいを言うため
おかえりを言うために)
鐘を、鳴らす。鳴らし続けた。
『まだ、立つか』
炎に揺らめくのはウェールの姿。火結神がネットワークをつたう。その炎は、照らすための熱は……全て、あの子のために。
つながっている。この先にいる。
「進みたまえ! 構うな。さあ、進軍だ」
ユリウスの一撃が敵を引き付ける。
スポットライトの中心で。輝かんばかりの主役となって。
「美天使たるもの、黙っていようと。いや、喋るとなおだ。目立つのは仕方がないというものでね」
『くどい……くどいぞ!』
梨尾は灰銀狼――そのものになって、神に迫る。
「ありがとう、ございます」
『……』
梨尾が礼を言うと、神は、戸惑ったように思われた。
「理弦と戦わなくて済むようにしてくれてありがとう、神様……。だから。お礼に全力を叩き込む!」
祝福が、ひび割れたデータに染み込んでいく。
「ねぇ、神様」
殺されながら。手にかかりながらも、エイラは歌うように言うのだった。
「あの子の願いを叶えようとしてくれてぇありがとう。
『神様』 ハッピーバースデー」
『なぜ、我を称えるのだ。牙を剥きながら、祝福しようなどと思うのか?』
「滅びの神様は滅ぼすのが役目ッス?
リュートはまだお役目を見つけてないけど、この世界はまだ残したいッス」
じゃれつくような巨大なリュートの突進。けれどもそれはがじがじとした甘噛みだった。洒落にならない威力ではある。だが、殺意は驚くほどになかった。
(意図が、読めぬ)
あどけなさを残して、小さな竜に戻る。
そうなると、言っていることがようやく分かる。
あれは、『遊ぼっ!』と言っている。ただ、この世界で遊ぼうと誘っている。
『……』
(ほんとは優しい、滅びの神様だから。小さな狼の願いを叶えてくれたから。だから神様も救いたいっすよ!)
「ま、これだからね、滅ぼし辛いんよねぇー、世界ってやつは」
「ラスボスはぁ倒されるまでがぁラスボスなんだよねぇ。
いいよぉ。エイラ達がぁ君の役目を全うさせてぇあげるんだよぉ」
「まだ行けるか。それとも、かけっこか?」
ルウナがからかうように言ったが、その口調は真剣だ。一度退くか? ならば援護すると言っている。
「一方、うしろへ。オレが!」
Ignatの圧倒的な威力の砲弾が、せまる敵を焼き尽くす。シラスが油断なく、一体を。また一体を落としてゆく。
「……僕も、急いでいるからな」
「わかった、任せるぞ?」
「ふむ、食事の時間か」
ヴァリフィルドは笑う。
「じゃ、リュートも」
「せーので、いくか」
さあ、世界へと、いただきます。
流雨は、そのまま敵に食らいついた。補食して、命をつなぎ続ける。生命の危機を渡り、本能的に鋭さを増した攻撃が敵を打ちのめす。
(もう、半分は落とした! 手数に余裕が出てきてる……見える)
シラスは着実に、攻撃をかわした。
踏み込む。
ここではまだ死なない。それは幾多も重ねてきた経験がそう告げている。
『馬鹿な……』
「俺は神だぞ! 力使え!」
神様と、もう一人の神様が競り合っている。
唯一神。
その姿に。相手に――神様に神を見出してしまえば、創造主の加護は、崩れていくしかない。
『馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な』
その奇跡は一瞬の閃光であり、その奇跡は荒れ狂う猛風である。
リヴァイアサンが連れてきた海。水面にきらめく、雷がてっぺんから足元までを貫いて。
……奇跡が生まれる。
(理弦)
空間を、理弦はぐんぐん進んでいる。つたないけれども、ずっと成長していると分かる。力はすべて、彼にあげよう。それ以外も、なんだって。
(がんばれ、でも、死にに行かせるわけじゃないんだ。そうしたら、父さんは悲しいぞ)
死んだら、もう、温かな体温も。柔らかい毛皮も感じることは出来ないから。
「俺に何をしてもいいから、絶対に消えるなよ。
どんな姿だろうと生きていてくれれば俺が絶対に迎えに行く。
俺を忘れたならもう一度思い出させる。
後の事と外へ行く準備はお父さんに任せなさい」
痛烈な反撃が襲い掛かる。
維持していた結界が、僅かに崩れる。
「ああ、やっぱこうなるんだな?」
カイトは諦めたように笑った。いや、違う。覚悟していた。
今、この時のための手札だ。
「使わないって、手もあるんだぜ?」
「馬鹿言えよ」
切り札を切る。ためらいもなく。
(アレが俺の善良さの塊で。
黎斗がアレを『兄貴』って呼んでる?
……いや待てよどんな偶然だよ)
「なぁ、『兄貴』。 俺はどんな面であの兄弟を護って手伝ってやりゃ良いんだ?
いや、答えはとっくに出てるぜ?
こんな鉄火場で駄々こねるとかしたくねぇもん」
「だろ?」
(いっそ『戒斗』の方になら俺の正体なら話してもいいかなって思ったけど、それもなんつーか、『嫌』なんだよな)
だから、決着をつけてからだ。
七星結界・七星陥葬。
それは苦しむ滅びの予定を早めて、神を送り出すために。送り届けるために。破軍の呪剣が突き刺さり、運命をあとに押し出した。
「――封神とはまぁ、結界師にゃ過ぎた業かもしれないがな!」
『るぅー!』
「ららー」
リュートの楽しそうな声は、楽団に重なった。1人が歌いだして、リズムをつけて。誰かが適当に節をつける。
「ああ。そうでなくてはね」
ユリウスの奏でるオルフェウスの竪琴が、美しく物語を彩った。
さあ、幸せな結末を。
ハッピーエンドが待っている。
ユリウスが信じ続ける限り、幕は閉じない。
語り続けよう。ここに正義があると。そして、ユリウスがいつでも力を添えると。多少、ご都合主義でもいい。無理やりにでも引き寄せてみせるのだから。
失われるはずの生命を、ユリウスがとどめる。あふれる生命に、祝福を。
「ここはどかない!」
シラスの受け流した攻撃、それは射線にあれがあると信じてのことだ。
「オレも、結構ロマンチストだしな!」
Ignatの砲撃が、あると信じていた。
(セーフ……)
「ああ、そうとも、滅びの神よ。この世界は生き延びる運命だったのだ。だから、子守歌はいらない。幕引きはまだ遠いのだ」
「うん、良い眺め、だねぇ」
エイラはゆらゆらと揺れていた。音楽に合わせて、ぽちゃんぽちゃんと。満月の下、輝くくらげは幾度となく梨尾と神様の前に立ちふさがった。
「だいじょうぶだよぉ」
「仕上げだね。……――ハァッ!」
Ignatの武器が、ギャリギャリとすさまじい音を立てていた。鋏脚が大剣に変形し、思い切り鐘を撃ち据えた。抜けるような良い音だった。空の切れ目からは陽光が降り注いでいた。
ヴァリフィルドの牙が、噛み砕きづらいデータを口にした。身体が石へと変じようとしている。だが、ヴァリフィルドは大口を開け、喰らう。
ここまで蓄えてきたデータをもとに、ヴァリフィルドは姿を変じる。竜へと。渡されたバトンを手に。王冠が。天の輪が、ヴァリフィルドの頭上に輝いていた。牙はプラチナのように輝いている。
「『不死』の属性」
顎は無慈悲に振り下ろされる。
ヴァリフィルドは満足そうにデータを食らった。嚙み砕く。虚空に消えていく、いくつもの属性。非破壊。管理者権限(アドミニストレータ)、それから……パラディーゾ。思い切り噛み砕いて、権能を剝がしていった。
ヴァリフィルドは、致命的なデータを、致命的な破壊を、不可逆の破壊を加え続ける。
「他愛もないデータだ」
ヴァリフィルドは喰らう。際限のない容量がある。飽くなき王者の器は、神のデータを食らっても、未だに満足した様子はない。
いつしか、空の暗闇は、ユリウスにより塗り替えられていた。
満天の星が降り注ぎ、傷を癒していく。
「事実は小説よりもナントヤラじゃない? リヴァイアサンにさ、ドラゴンたくさん、盛りすぎって言われたりして」
「ほら、あっちだよ。あれが星」
子犬は、気が付いたようだった。そちらに向かって駆けていく。
充填率もあとすこし。
つまりイコール、神の体力ゲージもあとわずか。
『雷、あれ』
ふらつく神が手のひらを向ける。そして、気が付くだろう。電磁ネットに阻まれ、Ignatの砲身がこちらを向いていることを。
「でもまあ、神様なんて碌なことをしないのも多い中で格好良かったよ! サヨナラ!」
蟹光箭が、最後の後押しをする。
道を拓いた。
●行きて、かえりし
システム、ダウン。
管理者:Error。
……セキュリティシステムを作動します。
神が死んでなおデウスエクスマキナは作動する。
おそらくは最後の抵抗なのだろう、生み出されたダミーデータがあふれ出した。
「ああクソクソクソゲー 神様だっつってんじゃん 一つは神らしい事できろってんだ」
「まだ、活躍の場があるってわけだね。案ずるな、全て引きうけよう」
ユリウスが、立つ。つらさなどおくびにも出さずに。
でも、もうエネルギーは満タンだ。
「さあ。いってらっしゃい、気をつけてね」
「何をするか最終的に決めるのは『りお』達だ
其々の決意を無碍にするつもりもない。
だが……。
互いを犠牲にせずとも選べる道があるんじゃねぇかと俺は思うがな」
(今起こっている状況を考えれば、それが最良のようにも思えるかもしれない
誰かが欠けた世界が寂しいものであるってことは、あいつら自身が一番よくわかっているだろう?)
「勝手だが、俺は願わせてもらうぞ
例え何があったとしても、二人が望んだ以上の奇跡が起こることをな」
「ありがとう、ございます。でも」
「私にも今すぐ会って話をしたい大切な人がいるんだ。随分長いこと離れ離れになってしまってね……」
ユリウスは微笑んだ。
「もう諦めかけてたんだけど、君達のおかげで再び希望が持てたよ。
私もいつかあの子を迎えに行きたいな。そして、抱きしめてあげたい」
そうならなくてはね。
幾多もの奇跡がかさなった。
梨尾の最期の一撃が、鐘を鳴らす。ファイアウォールを突破する。結界師の後押しはウイルスをはじいた。
危険かもしれない。でも、まだ先がある。Ignatが傷つきながらもぐっとこぶしを握って見せた。
「奇跡を願うわんこに『祝福』を。リュートだって、カミサマっすから」
「うおー何とか良い方向になぁ~あれー!」
倒した滅神だって、このさいだ。エネルギーとしてしまう。
「予定に奇跡 入れといたんよ」
粒子に包まれる影は一瞬だけ振り返って……ぺこりとお辞儀をした。
「002。理弦。
今度の眠りはぁ怖くないよ。
おやすみなさいだねぇ、良い夢を」
エイラが言った。
それは奇跡。
(あれ)
子犬は最後の一歩、ログアウトできないでいる。
父親の前で足を止める。
(あれ、せっかくここまできたのに。壊れ、られない……)
パラディーゾとして消える前に、少しでもと思ったのだ。けれども眠りにつくはずのウェール・ナイトボートは。装置を固く握りしめていて、受け取ろうとしない。
代わりに、あふれ出す――パンドラが子犬へと、逆流する。
(そんな、どうして、僕だって、助けになりたいのに、僕は)
させない。
意識がなくとも。
見えない手が、ぎゅうと理弦を。彼を抱きしめる。
ログアウトできない自分の身に危険が迫っているのだとしても、――そこには、やはり彼らが、イレギュラーズ達がいるはずだから。大丈夫。
(俺は大丈夫だ)
『最後の力で、パンドラを運ぶ』。
ここまで来て、002はその目的を失った。
でも、それでもだ。
そんなの口実に過ぎないって分かった。
会いたかった。
このまま消えられるなら、良いのかも知れない。傷つけないで、がんばった。目を閉じようとする――。
けれども、彼らはそれを良しとはしない。全身全霊で願うから。
ねぇ、
Dr.フィジック。
天才老科学者たる彼は、聞こえないフリをする。けれどもなんども呼びかけられて根をあげた。
(願ワクバ 現実 002 力 ナッテアゲテ。
ン。ROO 練達 機密 フリック 関係者デモ 入レテモラウ 難シイカモダケド)
ああ、そうとも。
セキュリティシステムがあるため、不可能だ……。そしてフィジックは舌打ちする。今、ちょうど。なぜか。彼らが大立ち回りを演じているからであるのだが、解除されている。
(パンドラを渡して、消えるつもりか……)
それは無害なデータに過ぎず。Ctrl+C……まあ、保持は出来るさ。同じだけの他人を再現することが出来るだろう。
スキャンしたデータをコピーしようとして、手が止まった。
「フン。父を名乗るのなら、母を名乗るのなら。生まれた命の責任を取れ、若造共め」
敵の目の届かないところに……R.O.Oに、データを転送する。
R.O.Oのどこか。会えるかも分からないが、どこかへと飛ばされたら、おそらくもう彼は無害なNPCだ。
いっておいでと、祈りを込めて。
ヴァリフィルドは喰らったデータを吐き出す。
それは、無数に喰らったバグの群れ。
ヴァリフィルドが喰らい、かすめとったのは、子犬の、命を賭す決意。『自壊のためのプログラム』。そして、失われるはずだったパンドラと、命の灯火。
そして、仲間の望み。
(誰も望んでいないのだから)
蝕んでいたバグがなくなったのは、この上なく懸命に戦った成果だろう。
誰かが心から望んだように。
きっとどこかに。どこかの世界に――生きるのだろう。
理不尽を丸めて、咀嚼して飲み込んだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
せっかく送り出しておいて、世界のどこかに、戻ってくることになるわけですが。
ゆきてかえりしものがたり。初めてのおつかいは、このようなものでした!
お疲れ様です!
GMコメント
布川です。
ボスをバトンタッチして、最終決戦です。
●目標
・パラディーゾ『神様』の討伐
・エネルギーを「帰還装置」が稼働するまで溜める
●場所
R.O.O内『砂嵐』
『再会を唄う丘』
美しく小高い砂丘であり、あたりは砂嵐の壁に阻まれている。
巨大な動物の骨や遺跡の枠組みなど、足場になりそうな場所はある。
●登場
滅びの神様(NPC)
『首を垂れよ。私は神であり、天国篇第三天 金星天の徒である』
ラスボス役を引き受けた神様です。雷雲を呼び込み神罰を下す……という設定みたいです。
かなり巨大な神々しい「神」であり、真ん中に巨大な鐘をつるしています。
鐘を攻撃することで、鐘が鳴り、エネルギーがたまります。
・天地を創造する雷鳴(神秘攻撃、および神の眷属の創造)
・光あれ(回復)
『神の眷属』×50
終焉獣(ラグナヴァイス)。巨大な燃える狼です。ファイアウォールであり、存在するべきではないデータをかみ砕きます。
石花病と『石花の呪い』をばらまきます。
●友軍
ルウナ・アームストロング隊「幻戯」×20
ルウナ・アームストロングが呼び寄せた楽隊です。
神話を唄い、封印の舞を奉じます。指示がなければ『終焉獣(ラグナヴァイス)』を相手取ります。
黎斗一家×10
黎斗が率いる結界術師と、手下、というか、部下、というか。
彼を慕う者たちです。
イレギュラーズたちへの恩を返しに来ました。妨害と支援、破壊工作が主。指示がなければ神の眷属の生成速度を下げるなど、妨害に回ります。
●???
「ただの」理弦(No.002)
おそらくは彼らしき小さな狼……っぽい? 光がうろうろしています。
四つ足で歩いていて、意思疎通は身振りのみです。
どうしても「向こう」……つまり現実に渡りたいようですが、敵が邪魔していて渡れません。
目的は不明。
おそらく『パラディーゾ』であったものであり、味方とは限りません。
NPCにすぎない彼が、向こう側にたどり着くのは絶望的です。
たどり着いたとして、R.O.O.のデータである彼が、どうするつもりなのかも分かりません。
向こうで実体化したとしても数秒でしょう。
●魔哭天焦『月閃』
当シナリオは『月閃』という能力を、一人につき一度だけ使用することが出来ます。
プレイングで月閃を宣言した際には、数ターンの間、戦闘能力がハネ上がります。
夜妖を纏うため、禍々しいオーラに包まれます。
またこの時『反転イラスト』などの姿になることも出来ます。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
R.O.O_4.0においてデスカウントの数は、なんらかの影響の対象になる可能性があります。
●重要な備考
<ダブルフォルト・エンバーミング>ではログアウト不可能なPCは『デスカウント数』に応じて戦闘力の強化補正を受けます。
但し『ログアウト不能』なPCは、R.O.O4.0『ダブルフォルト・エンバーミング』が敗北に終わった場合、重篤な結果を受ける可能性があります。
又、シナリオの結果、或いは中途においてもデスカウントの急激な上昇等何らかの理由により『ログアウト不能』に陥る場合がございます。
又、<ダブルフォルト・エンバーミング>でMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
予めご理解の上、ご参加下さいますようお願いいたします。
●ROOとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline
●情報精度
このシナリオの情報精度はEです。
無いよりはマシな情報です。グッドラック。
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