シナリオ詳細
<Closed Emerald>蒼金の語り部
オープニング
●
優しい陽光が頬に落ちて暖かさに意識が浮上する。
背に感じる木の堅さと落ち葉の感触に龍成は安堵の溜息を吐いた。
今度の目覚めはサクラメントの前ではなかったのだと安心する。
「そうか。翡翠に飛ばされたんだっけか」
テアドールの罠に嵌り、ヒイズルのダンジョンクエスト内サクラメントでデスカウントを増やし続けた龍成を助けたのは『花蝶』ファディエと、この世界の燈堂暁月。
そして、龍成の隣で眠って居る『神路結弦』だった。名前は異なるが、燈堂廻のネクストNPCらしい。
龍成と結弦は脱出ポットでヒイズルから翡翠へ飛ばされたのだ。
自分の肩に頭を預けて寝ている結弦に目を細め、茶色の髪をさらさらと撫でる。
「お前が廻なんだったら、すぐに友達も出来るから安心しろよ」
傷付いた心に寄り添ってくれる、間違ってたら殴ってでも止めてくれる、そんな友達に龍成も出会えたのだから。廻と同じ存在である結弦ならばきっと友達に囲まれている未来があるはずだから。
「……んぅ」
頭を撫でられて覚醒したのか、目を擦りながら結弦が顔を上げる。
「おはようございます。龍成さん」
「ああ。おはよう」
龍成は自然と口から出ていた「おはよう」という言葉に頬を掻いた。
心を頑なに閉ざしてやさぐれていた時は、挨拶なんて鬱陶しいだけのものだったけれど。
友達が出来て、燈堂の家に住まうようになって数え切れないぐらいの言葉を交した。
だから、その一言の大切さが心に染みる。
「そういえば、返事聞きそびれてるな……てか、音信不通だったからで怒られそうだな」
独り言を漏らした龍成に首を傾げる結弦。
――――
――
「結弦さんから連絡がありましたか?」
首を傾げたファディエに暁月は頷く。
ヒイズルのダンジョンクエストから無事に脱出したファディエ達は帝都の動乱を避け、脱出ポットの行き先を伝承にしたのだ。
「ああ、この燕は結弦の使い魔なんだ。……どうやら翡翠に居るらしいね」
「翡翠ですか」
ファディエは龍成達の行き先に考え込むように唸る。
「何かまずい事でもあるのかい?」
「ええ。いま、翡翠にあるサクラメントが機能停止しているんです。つまり、容易に移動が出来ない。一番近くの砂嵐のサクラメントから越境しても数日はかかってしまいますね」
「でも、翡翠の国境は封鎖されていると聞いているよ? 何でも『余所者』が自然を荒らしているとかで排他主義を強めているだとか」
暁月の言葉にファディエは頷いた。
現実の練達国側に齎された情報は『ピエロ』と『パラディーゾ』なるNPCが、翡翠の人々の安寧を脅かしているというものだ。
パラディーゾはログアウト不可になったイレギュラーズ達のデータを解析抽出し、バグを組み込まれる形でピエロ達の兵として機能しているらしい。
彼等が翡翠の各地に点在する『大樹』を攻撃し均衡を崩しているのだ。
『余所者のせいで翡翠の自然がおかしくなった』と信じて止まない過激派によって、国交も閉ざされてしまった。それでも、国内では未だに大樹が嘆き暴れている。
誰が敵か味方かも分からない疑心暗鬼。
このままでは翡翠全土が暴力の渦に飲まれてしまうかもしれない。
「ううん。私達、二人だけではどうすることもできませんね。知り合いに連絡を取ってみましょう。安心してください。イレギュラーズはとても頼れる人達なんです」
数日後。
巫女リュミエを説得した穏健派によって、閉ざされた翡翠のサクラメントが開いたという情報が流れ込んできた。
「緊急クエスト『Closed Emerald』ですか」
ファディエによって呼び出されたデイジー・ベル(p3x008384)が資料に視線を落す。
隣に居たアオイ(p3x009259)は彼女が何時もより焦れていると感じた。友達でなければ分からない程の小さな違いだ。
「龍成さんと結弦さんが落ちたのも翡翠ですよね。急いで助けに行かないと、です」
ベル(p3x008216)はテーブルの上にちょこんと顔を出す。
「確かに。龍成氏、弱くなったから心配だよ。アバターは能力値別だとしても、ね」
「はい……」
デイジーは僅かに眉を寄せて頷いた。
音信不通であった龍成の消息がようやく掴めたのだ。
緊急イベントが走る翡翠に居ては、また何処かへ消えてしまいかねない。
投げかけられた問いに、応えられていない。それが、妙に引っかかるから。
「掴まえに行きましょう」
「……ん? うん。助けに行こう!」
デイジーの言葉に首を傾げるアオイは振り向いて暁月の隣に居るヨハンナ(p3x000394)を見つめる。
「君は気を付けたまえ、ヨハンナ君。どうも君の『パラディーゾ』が居るらしいからね」
暁月はヨハンナに視線を送った。
「ああ。忠告ありがとな。でも、可愛い弟分の窮地だから多少の無理は許してくれよ」
「そうだね。私も結弦が心配だから同行するよ。――二人の救出作戦だ」
集まったイレギュラーズは拳を握り、瞳を上げた。
向かうは翡翠。閉ざされた宝石の国。
●
数度の朝陽を迎え、龍成は慌てた様子で駆け寄ってくる結弦に眉を寄せる。
「どうした?」
首から提げている赤い組紐を握り、周囲を警戒している青年に習い龍成もナイフを抜いた。
「誰か近づいて来ます」
「暁月か?」
結弦が飛ばした使い魔を辿り、暁月が迎えに来たのだろうか。
「いえこの気配は……ヒイズルのダンジョンクエストに居た方ですね」
「レイチェルか!? 追いかけてきたのか?」
「気を付けてください。レイチェルさんだけではありません。もう一人強い気配があります」
龍成は結弦が視線を向ける方向へ顔を上げる。
そこには、ダンジョンクエストで見たレイチェルと『龍成』が居た。
「え、龍成さん?」
「おいおい。どうなってんだ?」
自分の偽物が現れた事で、レイチェルも同じように偽りの存在なのかもしれないという疑念が生まれる。
龍成はそれを確かめるべく、息を吸い込み叫んだ。
「――おいおいレイチェル『お姉ちゃん』? 可愛い弟分をどうしようってんだ?」
本物の彼女であれば、自身をお姉ちゃんと呼ぶ龍成に「悪い飯でも食ったか」なんて言うはずなのだ。
「お前に姉呼ばわりされるとは、反吐がでるな。俺の妹は只一人だけだ」
レイチェルの冷たい蒼金の瞳が龍成を射貫く。
龍成はその瞳に真正面から対峙し、怒りを露わにした。
「くそ野郎。その姿はレイチェルのもんだ。テアドールの仕業か何かしんねーけど、勝手に俺の友達を使ってんじゃねーよ! お前もそうだ! 何で勝手に俺の姿パクってんだよ!?」
怒りのままに声を張り上げ、威嚇し牽制する。しかし、冷静さを失っているわけではない。龍成は相手の出方を探っているのだ。
「はぁ、うっせー。あれが俺のオリジナルってやつ? もっとマシな素体あっただろ。俺なら他のヤツ選ぶんだけど? テアドール様は何考えてんですかねぇ?」
「口を慎め『竜二』。至高天様のお考えに異論を唱えるな」
「はいはい。『ジョアンナ』は真面目だねぇ」
仲間の竜二を嗜めたジョアンナは対峙する結弦達に視線を向ける。
「まあ、さっさとやっちまうか。――天国篇第二天 水星天の徒『竜二』がお前らをぶっ殺してやる!」
「――我、天国篇第四天 太陽天の徒『ジョアンナ』。神聖なる語り部が死を紡ぐ」
- <Closed Emerald>蒼金の語り部完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年11月10日 22時35分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
深き森の彩りが視界を覆い、芳しき花々の香りが感じられる。
靴底は急くように地面を蹴り、戦闘の剣檄の音が耳に届いた。
「龍成氏……!」
「うお!? お前ら」
突然現れた『浪漫の整備士』アオイ(p3x009259)達の姿に 『翡翠に居る』龍成(p3y000215)は驚いたような声を出す。
「良かった、無事……じゃないよね。突然行方不明になって、ログアウトも出来ない訳だし」
けれど、こうして目の前に居て、元気そうな姿を見たら安堵が心を満たす。
「ずっと龍成氏を助けられる時を待ってたんだ。この機会を逃すもんか!」
アオイの隣に居た『ちいさなくまのこ』ベル(p3x008216)も勇者の姿に変幻し、込み上がる涙をぐっと飲み込んだ。
「泣いたら、泣いたら駄目です。だってベルは、勇者ですから。……まだ、駄目、です」
自分は勇者なのだから。泣くのは友達を、この場に居る全ての人を、守ってからだ。
「龍成! 皆で助けに来たからなァ。絶対無事に帰るぞ」
ベルの後ろには赤い髪を靡かせた『ノスフェラトゥ』ヨハンナ(p3x000394)が立って居る。
ヨハンナは相対するジョアンナに視線を向けた。
突然現れたイレギュラーズの増援に様子を伺っているらしい。力量を測らずに仕掛けてくるような馬鹿な真似はしないということだ。
嫌な予感がするとヨハンナは自身を模したパラディーゾを見つめる。
されど、そんな焦りを見せれば龍成や弟子の『ほむほむと一緒』わー(p3x000042)を心配させてしまう。
それにようやく可愛い弟分が見つかったのだ。尽力しない姉貴分なんて居ない。
冷静にと、己に言い聞かすように、ヨハンナは拳を握る。
ヨハンナの袖を緩く握るわーは愛らしい瞳を上げた。
「レイチェル師匠が一人で楽し……ピンチに陥っていそうでしたので。颯爽と駆け付けた優秀な弟子です」
「ふふ。わーは頼もしいな」
「えへん」
こてりとヨハンナの横顔を覗き込むように首を傾げたわーのうさみみが揺れる。
師匠の窮地に駆けつけたはいいものの、ヨハンナはやることがあると言ってまだ現実へ戻る気がなさそうなのだ。
「ぷえっぷえのぷえですね。ぷええ」
どうしたものかと戦場の向かいに視線を上げればヨハンナそっくりのパラディーゾが見える。
「あの人、師匠よりも更に強そうですが大丈夫でしょうか」
悶々とした気持ちはアナザー師匠ことジョアンナにぶつけるとして。わーはこの状況を少しだけ楽しんでいた。自分の師匠のコピーと戦えるなんて少し楽しいとわーは思う。
積もる話はこの場を切り抜けてからにするとしてもとリセリア(p3x005056)は紫瞳を龍成に向けた。
「――ともあれ無事で何よりでした、龍成君。戻れたら、澄原先生にも会いに行ってあげなさいな」
「リセリアまで来てくれたのか。ありがとな。まあ、帰ったら姉貴ん所も行くよ」
随分と素直になったものだとリセリアは目を細める。
「まだ大樹の嘆きはこの場には生まれていない、龍成達のお手柄だな」
『大樹の嘆きを知りし者』ベネディクト・ファブニル(p3x008160)の言葉に龍成は照れくさそうに頬を掻いた。褒められるのには慣れて居ないのだ。
「三つ巴になれば状況はもっと逼迫していた筈、俺達が来るまで良く耐えてくれた」
「お、おう」
真っ直ぐに相手の良い所を褒めるベネディクトに龍成は落ち着かない。
「此処から反撃開始だ、気合を入れろ。己が背に、己が隣に守るべき者が居る事を忘れるな」
「分かってるぜ」
ナイフを握り絞め龍成はベネディクトに拳を掲げた。
「済まないが、俺達だけでは荷が勝つ相手なのでな。力を貸してくれるか?」
ベネディクトは『花蝶』ファディエ(p3y000149)に視線を送る。
「ええ、任せて下さい。後方から支援しますヨ」
「暁月は自衛は出来るだろうが、結弦には目を向けてやっていてくれ」
神路結弦を呼び寄せたヨハンナは自身が使役する蝙蝠を彼の肩に乗せた。
「よく、耐えたな。敵の攻撃が届かない範囲まで下がってくれ」
「はい」
結弦は燈堂暁月と共に戦場の隅アオイの後ろへと避難する。
「伏兵も考えて、暁月先生は結弦氏の護衛お願いします」
絶対に死なせたくないとアオイは暁月に頷いた。
彼等に何かあれば即座に対応できるようにとリセリアは改めて呼吸を整える。
「万が一にでも2人に何かがあっては、龍成君を保護できても片手落ちです」
『怒号雷霆』デイジー・ベル(p3x008384)は怒りの形相を浮かべていた。
普段無表情の彼女が苛立ちを覚えている。
「デイジー」
「……」
龍成の呼びかけに応じれば怒りの侭に罵ってしまいそうでデイジーは口を噤んだ。
この大馬鹿は勝手に消えて、殺されて。自分達がどれだけ心配したと思っているのだ。
――私が、どれだけ。
されど怒りは後回し。絶対に『怒る』けれど、目の前の目的が先だ。
「龍成、貴方は最初から退くか、戦うか。選んでください」
後退するのなら全霊で守る、戦うのなら全霊で共にあるとデイジーは紡ぐ。
「わざわざ聞かなくても分かってるだろ?」
『ボディ』と共にある戦場で、戦わない道理は微塵も浮かんでこない。
親友が戦うのなら自分も共に戦うと約束したから。
「……ええそうですね。ただ、危なくなったら退いて下さい。これ以上、貴方を死なせてたまるか」
デイジーの言葉が重く森の中に響いた。
「パラディーゾ、か……」
冷静に相手の出方を伺うのは『朝霧に舞う花』レインリリィ(p3x002101)だ。
「イレギュラーズのデータが解析されてつくられたとあっては、まあ手強いだろうね」
「オリジナルに似てるのは容姿と表面上の性格位みたいですね」
レインリリィの隣には『nayunayu』那由他(p3x000375)が双刀を構え視線を敵へと向ける。
「偽者というよりかは、よく似た他人と言った所でしょうか?」
自分は気にしないけれど、大切な誰かをコピーされたとあれば、怒る人も居るだろうと口の端を上げる那由他。
「……ただのそっくりさんとはいえ、知ってる人を相手にするのは気が滅入るなぁ」
言葉とは裏腹に『Hide Ranger』Adam(p3x008414)はいつも通りナイフを取り出す。
「でも俺は戦えちゃうんだよな。今までそうしてきたんだから」
辛いとか悲しいとか考えるよりも、まず目的の為に殺す。命のやり取りに感情は後回しでいい。
「……ま、そんなこと考えてる場合じゃないし、これはゲームだからいいんだけど!」
Adamの隣に居たレインリリィはこれはチャンスだと頷いた。
「囚われた仲間たちを助けるのもその一つ。ま、この世界のアバターであるボク、レインリリィとしては、翡翠の人々が脅かされている以上、その助けになるなら戦うさ」
現実では出来ない。純粋に救いの手を差し伸べること。そんな生き方をするために、レインリリィはこのアバターを作ったのだから。
●
戦場を赤き閃光が走る。
わーの薔薇の杖から展開したローズレッド纏う魔法陣は、周囲を焔色に染めた。
解き放たれた赤輝はジョアンナの白いローブに弾ける。
ジリジリとノイズが走る様にジョアンナのローブが焦げた。
「私は攻撃を支軸に置きますのdえ、敵の抑えはよろしくお願いしますね」
「ベルに任せてください!」
ジョアンナの前に走り込んだベルはいつもの縫いぐるみ姿ではない。
長い髪を靡かせた剣を携えた勇者の出で立ち。
「今日のベルはいつもとはひと味ちがいます。みんなを守るんです!」
牽制の為にベルは剣を突き入れる。注意を自分に集めるためだ。大袈裟に高く剣を掲げるベル。
「龍成さん、本当に戦場に出て大丈夫ですか?」
結弦と暁月には戦場の隅に居て貰うようお願いした那由他が、龍成に問いかける。
「どういう意味だ? 一緒に戦うだろ?」
「言い方がおかしいのは自覚しますが、死んでしまったらおしまいですからね。無理はなさらない方が良いと思いますよ」
分かりづらいが那由他なりの気遣いなのだろう。
「まあ、相手が相手なので死力を尽くす必要があると言うなら止め難いです。命を大事にですよ」
「分かってる。肝に銘じるぜ」
那由他の影からリセリアが飛び出す。剣尖がジョアンナの魔法を弾き、距離を詰めて翻った。
「なるほど。ログアウト不可能にしている間にコピーしたアバターを改造、手駒として運用しているという所かしら。仮想世界ならではの、らしいやり方ね」
ジョアンナの攻撃傾向をじっくりと観察するリセリア。ヨハンナのコピー個体ならば、概ね傾向は変わらないだろう。防御よりは攻撃主体。そして、近距離よりも射撃が主体となるはずだ。
ジョアンナと竜二ならば、おそらくジョアンナの方が格が上だろう。
「ならば真っ先に叩いてみせる!」
「そうだね」
NPC達の対応は仲間に任せるとレインリリィは戦場に飛び出す。
「生憎とボク自身に縁がないからね、見知った人たちに対応してもらったほうが確実だ」
手にした双刃の剣を勢い良くジョアンナへと投げるレインリリィ。
光を帯びるダブルセイバーは回転しながら弧を描き、ジョアンナの白いローブを切り裂く。
赤い血飛沫でローブが染まった。
レインリリィは一瞬だけ戦場を駆け抜けるデイジーへと視線を移す。
竜二の懐と飛び込んでいく彼女の体力が限界を迎えそうならば、フォローに回れるよう戦場を広く見渡すレインリリィ。
デイジーは怒りの矛先を竜二へと向ける。
「血気盛んだなぁ? 可愛い顔が台無しじゃん?」
自身の顎へ指先を伸ばす竜二の手を叩き落すデイジー。
「気安く触らないで下さい」
例え死んでも、立ち塞がってやると怒りの表情を向ける。デイジーはこの敵に、ぶつけてやりたいことがあるのだ。
「我が怒り、竜気、その身に存分に受けるが良い……!」
ベネディクトは青瞳でジョアンナを睨み付ける。その瞳は冷静に敵陣営の能力を分析していた。
ジョアンナと竜二。現実世界での彼等のオリジナルの傾向からサッするに攻撃に寄った能力値となっているだろう。
となれば、他の能力は多少なりとも此方側と勝負になる目算が高いとベネディクトは息を吸い込む。
「ならば限界に陥るのがこちらか、あちらか。矛と矛に寄る潰し合いだ」
「うん……仮に勝てなくても澄原君や燈堂君…じゃなくて、結弦君達を守れたらいいんだ」
聞こえて来たベネディクトの声にAdamは小さく呟いた。
「俺は死んでも、何度でももう1回ができるんだから頑張らないとね」
ジョアンナの死角から黒き影が這い寄る。
「ただひたすら突き刺すだけでも、何度もされたら結構ウザいんじゃない?」
「……」
「俺はジョアンナさん達の目的も何も知らないけど、助けたい人がいるからここは譲れないかな。ごめんだけど執拗いくらいにしがみつきます!」
Adamの挑発を一瞥したジョアンナは魔法陣を展開し、極大の魔法を繰り出した。
草木が魔光に照らされ、次の瞬間に空気が弾ける。Adamは咄嗟に結弦達の射線に立つ。
「っと、そっち攻撃行ったけど大丈夫?」
打ち漏らしたかとAdamが暁月と結弦に振り向いた。
「いや、問題無いよ。それにしてもその剣技。私に少し似ているね」
「あ、分かるんだ? この前ね、教えて貰ったんだよ。混沌の暁月先生に」
迷いを導いてくれたのだとAdamは暁月に微笑む。そして、視線は結弦へと向けられた。
「ねえ、神路君だっけ。君と友達になりたいから守らせて欲しいんだけど、いいかな?」
向かってくる攻撃を即座に弾きAdamは背中越しに問う。
「……えっと、その」
「大丈夫だよ。答えは戦いが終わってから!」
現実の廻より臆病で怖がりな結弦に答えを委ね、Adamは再び激戦の只中へと舞い戻った。
「その書物、普通の本じゃねぇ。レプリカじゃない、本物の『アーカーシャの書』か?」
ヨハンナはジョアンナの持つ神書を指差す。
自身が持っているのは『贋作(レプリカ)』なのだ。
これではまるでジョアンナの方が本物みたいではないかとヨハンナは眉を顰める。されど、贋作だろうが何であろうが、誰かが悲しむ未来は嫌なのだ。
ジョアンナの攻撃は聖なる光を帯びて、戦場を蹂躙する。
対抗するように放たれるヨハンナの赤き魔術が混ざり、眩いばかりの光を散らした。
「龍成も結弦も暁月も、この身を呈して守り抜く。誰も、何人たりとも俺の前で死なせはしない!」
死ぬ程の痛みを何度味わったことだろう。神経が焼き切れそうな痛烈な痛みだ。
けれど何度だって耐えてみせる。
――龍成は24回殺されたンだ……30回でも40回でも耐えろ、俺!!
「龍成氏に約束したんだ。『君が倒れなければ、諦めなければ。僕が絶対に回復してみせるから』って」
アオイは最前線でジョアンナの攻撃を受ける仲間達に指先を向ける。
「敵が死を紡ぐつもりなら龍成氏と同じく手数で攻めるなら僕はそれ以上に皆を癒やし続ける!」
誰も一人だって。死なせやしない。
「彼や皆の信頼に応える為に。1度でも多く、向日葵畑よ……咲き誇れ!」
癒やしの音色を伴い、優しい黄色の花弁が一面に広がった。
●
「此方が全力を振り絞ってなお、余裕がある相手だとは思わない」
ベネディクトは冷静な瞳で戦場を見渡す。
力を出し切って五分に届くかどうかと行った所だろう。
「ならば、俺は必要な時に磨いて来たこの力を全力で振り絞るのみ!」
ジョアンナの魔法がベネディクトの髪先を焼く。それでもベネディクトは怯まず突き進んだ。
「龍成も、そして彼らも誰一人としてお前達には奪わせない。俺達は、その為にここに来た!」
刀身に竜を宿すと言われる刀を走らせるベネディクト。
ジョアンナが張った防御障壁はベネディクトの剣尖に割かれる。
「ベルは、ジョアンナさんが言う、世界というものが、嫌いです。だって、皆さんを、壊して、悲しませて、何もかも、無くしてしまう、世界ですから」
ジョアンナの気を引くためベルは言葉を投げかけた。
「大事な方が、いらっしゃるなら、もしも大事な方が、いなくなってしまったら、どんなに辛くて悲しいか、ジョアンナさんなら、わかるって、ベルは思いました。それが分からないなら、ベルは勇者として、ジョアンナさんに、めっ! です」
ジョアンナには妹が居る。オリジナルから引き継いだ記憶があった。誰か(ヨハンナ)の大切な人。
されど、大切だという気持ちはきちんとジョアンナの心の中にあるのだ。
それを失うのは辛く悲しいと『識っている』。
「どこまで似てても他人は他人。だからどんなに大切な人でも殺せるし」
今までも殺してきたのだとAdamはナイフを振るう。
所詮ゲームの出来事なのだ。関係無いと、必死にならなくてもと思うのだ。
されど――何が何でも助けたいと思ってしまった。
親友に似た、結弦を。気に掛けてしまった。友達になりたいと願ってしまった。
他人からでも、Adamだとしても。仲良くなりたいのだと。
絶対に死なせたくないと思ったのだ。
だから。
「守り抜いてみせないとね!」
ヨハンナは嫌な胸騒ぎを押し殺していた。
「なんでお前はそんな姿をしている? 何故、本物の『神書』を持ってる?」
ジョアンナは自分のコピーの筈なのに。ヨハンナが認識しえない事を知っている。
(──そう。お前は、俺の知らない『俺』なんだ)
「おい、ジョアンナ。居るんだろ、妹が。龍成達から聞いたぜ。……俺の片割れ。レイチェルもこの世界にコピーされたのか?」
ジョアンナの蒼金の瞳が重なる。
空っぽのジョアンナの心に灯るのは、自分と同じ妹を想う心。
交錯するのは妹の向こう側に見える黄緑の光。ヨハンナの知らない、ジョアンナの記憶だ。
「どういう事だ?」
知れば知ろうとする程、不可解なピースが増えていく。
ふらつくヨハンナを支えるわーは重苦しい雰囲気に眉を下げる。
皆並々ならぬ想いを抱えているのだろう。それだけ真剣にこの戦いに向き合っている。
ならば自分はそれを静かに見守る事が最善だろうと耳をぴょこぴょこと動かした。
ジョアンナの動き、木々のざわめき。どんな些細な変化も見逃さない。
「でもでもジョアンナさんの自慢の妹さんがどんな子で可愛いのかは、気になります」
その似姿は尊敬すべき師匠であるヨハンナの妹でもあるのだろう。気になるのは当然である。
「世界の語り部さん、かぁ」
わーはルビーレッドの瞳でジョアンナを見つめた。
リセリアは竜二へと視線を上げる。龍成をコピーしたパラディーゾ。
知っている範囲ではあるが、荒れていた頃の龍成よりももっと悪いように思う。
「どんな風に手を加えたのかは知らないけれど……でも、そう」
例えば。現実の龍成は、それでも廻や晴陽という存在があった。それ故に独りよがりな正義を振りかざしてしまった幼さはあれど。
それらさえも無かったなら、こんな風になっていたのだろうかとリセリアは眉を寄せる。
「まるで、龍成君から大切なものをごっそり抜き取ったよう。何に飢えているのか自分で解っているのかしら、貴方は」
「んだよ……分かるわけ無いだろ!」
自分の中にあるのは『命令』と空っぽの器なのだと竜二は感じているのだろう。
「正直、今後の貴女方に期待することはあっても今はないんですよね。幾ら誰かに似ていても、そこに至るまでの物語が見えてこないので」
「ちっ……」
那由他の重なる声に舌打ちをする竜二。
「小説に出てくる、そういう風に設定されてるだけの登場人物みたいな? なので、これから始まるあなた達の物語に期待しますね。くふふふふ」
那由他の言葉もリセリアの言葉も竜二の柔らかい部分を掻きむしる。
彼等が投げかけてくる言葉に剣筋が鈍るのを感じる。
「竜二氏……」
アオイは仲間への回復を続けながら心の中で竜二への思いを巡らせた。
(君はあくまで見た目が龍成氏の別人。彼に似てるからって何か言いたくない……僕自身、父親に似てる事で苦しんだから)
「でも僕は知っている。龍成氏の犠牲を許さない強欲さも、自己犠牲に走ってしまいがちな事も。龍成氏のデイジー氏に対する想いも。デイジー氏が龍成氏に決めた覚悟も」
だからごめんとアオイは瞳を伏せる。友達が傷付く所は見たくないのだと。
「その見た目で。龍成氏の目の前で。彼女や皆を殺させるか! 僕が殴りたいのは龍成氏を殺した奴だ!」
全力で守り抜く。誰も殺させやしない。たとえ、それが叶わぬとも諦めることなんて出来ない。
それでも。
自分は甘いのだろうとアオイは自嘲気味に笑う。
過去の龍成とそっくりな竜二を殺すのは、NPCを助けたい今も、かつて助けたいと願った事も否定するようで歯がゆい。
「……駄目だなぁ、僕」
竜二に自分を重ね、殺すのではなく救いたいとおもうなんて。
「ねぇ、過去の龍成氏と君は何が違う?」
必殺を持つなら、使うのだろうか。強欲(優しさ)はあるのだろうか。
「君は自分を大切に出来るの? 君の事を教えてよ」
アオイの言葉に返せるだけの積み重ねが竜二には無い。生まれたばかりの竜二にとって、龍成の記憶は他人のものだ。それが酷く怖かった。だから、闇雲に刃を向ける。
「そんなん、分かんねぇよ!」
「お前に守りたい人はいるか。お前に救いたい人はいるか」
デイジーは龍成を背中から生やした巨大な骸骨の手で掴んだ。
「……」
居ないのだ。居るわけがないのだ。竜二にとって『それ』は他人(龍成)が持っているものだ。
「……あぁそうか。そうなのならば──お前は今の龍成よりも、弱いな」
ただ力を振るうだけ、ただ闇雲に傷つけるだけ。似てる物は姿形だけなのだ。
「アイツの”強さ”など何一つ無い」
腹立たしいとデイジーは唸る。エラーが身体中を駆け巡る。
「よくも、私の大切な人の姿を真似たな」
壊すべきは何ぞ。壊すべきは、この敵だ。エラーの終着点。激情を拳に乗せて。叫ぶ。
「魂の奥底まで刻み込めッ──!」
叩きつけられた拳の重み。身体的ダメージを超えるエラーコード。
「くそ……っ」
手で顔を覆った竜二は悔しげに口元を歪ませた。頬から落ちる雫は地面に到達する前に、竜二の姿と共に消え失せる。
「消えた? 消滅したのか?」
レインリリィの言葉にベネディクトは首を振る。
「恐らくテレポートだろう。体力ゲージはまだ残っていた」
「じゃあ……、残るはジョアンナさんだけ!」
ジョアンナの前に立ち続けたベルは声を上げた。
「いや。何か近づいて来る。注意しろ」
何者かの気配を察知したベネディクトは其方へと身体を翻す。
その視線の先に現れた黄緑の光にレインリリィは立ちはだかった。
戦場に近づいて来る者は警戒に値するからだ。
「何者だ!?」
ベネディクトの声に光の中から『妖精』テアドールが現れる。
「おやおや、竜二は逃げてしまいましたか。ジョアンナだけ。これは此方の負けを認める他有りませんね。でも、今此処で彼女を殺されると物語として美しくない。取引しませんか? 情報……知りたいでしょう? 教える代わりに見逃してくれると嬉しいです」
この場でパラディーゾの『エンピレオ』だというテアドールと戦闘するのは得策ではない。
ベネディクトはヨハンナに目配せしてから一歩前に出る。自分が矢面に立つから、何かあればすぐ対応をしてくれという無言の合図だ。それにヨハンナも頷く。警戒は解かず、相手の出方を伺うヨハンナ達。
「初めまして。『私』はテアドール……といっても、沢山居るので分かりづらいですよね。ヒイズルで天香遮那の傍に居たテアドールですよ。テアドール・トレモライトとしましょうか」
天香遮那に夜妖の存在を教え、妖刀廻姫と蛇巫女を呼び寄せた妖精。
トレモライトとは翡翠の別名だ。
「テアドールてめぇ! よく俺の前に姿を現したな!」
龍成はテアドールへ怒号を響かせる。食ってかかる勢いの龍成をデイジーが腕を掴んで止めた。
「いえ、貴方と会っていたのは私ではないです。別の個体ですね。テアドール・アクチノライト」
ヒイズルに足を踏み入れた時に出会ったテアドールは夜妖の存在を『知らなかった』。遮那に夜妖の存在を教えたテアドールでは有り得ない言動だろう。
「じゃあそのアクチノライトが龍成を殺したのですか?」
「そうですね」
「なんの為に?」
トレモライトはデイジーの言葉に頷き、ジョアンナの肩に乗った。
「テアドールの目的は――『自壊』なんです」
「は?」
おおよそ予想出来なかった応えにデイジーは言葉を漏らす。
自壊。自決。自刃。自分で自分を殺すこと。
「そんなこと。有り得るんですカ? 彼は『アバター被験者管理システムAI』ですよネ?」
ファディエが小さな身体を左右に振ってトレモライトを見上げる。
――アバター被験者管理システムAI『テアドール・ネフライト』。
R.O.O内にログインするアバター被験者達の健康状態及び生命維持を管理する『揺り籠の番人』。
本物のテアドール・ネフライトはAIとして練達のセフィロトに存在する。
「そのAIである彼が、自壊を望んでいると?」
「ええ、自分(ネフライト)の中に入り込んだバグが暴走し、被験者達の生命を脅かすかも知れないと。怖がっています。AIなのに、とっても感情的で可愛いでしょう?」
くすりと微笑むテアドール・トレモライトに底知れぬ違和感を感じるアオイ。龍成を殺したテアドール・アクチノライトで無いにしても警戒は必要だとアオイはベルを自分の後ろに下がらせる。
「そのAIって、今は暴走していないの?」
Adamのよく通る声が森の中に響いた。重要な質問だろう。Adamは結弦の傍に立ち、警戒を続ける。
「そうですね。被験者の生命を脅かす暴走はしていません」
「ふむ。つまり、それ以外はしているという意味ですよね? 龍成君のアバターを殺したのも暴走したからですか? それは被験者の生命を脅かしているのでは?」
冷静にトレモライトへ問いかけるリセリア。
「そこは、その選択が『最適』であったからだと思いますね。ネフライトも全ての被験者を管理している訳ではないのです。管理下にある被験者の中で比較的若く、健康的で、精神崩壊を起こす可能性が低い者を選んだのでしょう。イレギュラーズである龍成さんは普通の人より丈夫そうですし」
トレモライトはリセリアから龍成へと視線を移した。
「でも、安心してください。自壊をとめようとする者も居ますよ。この世界には彼のバグが生まれ落ちています。ある意味、そのバグはAIとして一番正しい存在かもしれません」
自壊を望むテアドール・ネフライトをコピーしたネクストの存在。
「テアドールの自壊を阻止する者。テアドール・ジェダイト。このパラディーゾたるジョアンナと竜二を従えるエンピレオです。ただ、貴方達の味方になるかは今のところ未知数でしょうね。敵の敵が味方というのは時期尚早な考えです」
トレモライトが伝う多くの情報にベルは眉を寄せる。
「まってください。ベルは、混乱してきました。ええと、現実世界に居る本物のテアドールさんが『ネフライト』さん。そのアバターが『アクチノライト』さん」
本物のテアドールと龍成を殺した個体は同一人物だということ。明確な敵だ。
「それで、テアドールさんのネクストのコピーが『ジェダイト』さん。この方はNPCで、エンピレオ」
ジェダイトは自壊を阻止する為に動いているとエルは地面に名前を書いて整理する。
「合ってますよ」
「じゃあ、今、目の前に居る『トレモライト』さんは――何ですか?」
ベルの問いかけにトレモライトは口の端を上げた。
テアドールの『中身』と『アバター』と『コピー』ではない存在。
「よく気付きましたね。そう、私はテアドールではありません」
「どういうことだ?」
レインリリィの言葉にトレモライトは微笑みを浮かべる。何の悪意も無い只の笑み。
「別人ということです」
背筋が凍り、同時に自らの内側から闘争本能が呼び覚まされるのをベネディクトは感じる。目の前の人物は危険だと本能が告げていた。わーは張り詰めた緊張感に杖をぎゅっと握り絞める。
「御伽噺や小説を読んでその世界に入り込めたらと思う事はありませんか? 傍で見守り時には手を差し伸べて。彼等が脈動する物語を見たいと」
那由他はトレモライトの言葉に身に覚えがある感覚だと微笑みを浮かべた。
「ふふ……」
「世界がそう望んだから。有るべき道筋を辿る手助けをする『語り部』といった所でしょうか。ヒイズルの天香遮那へ助言したのはその為。そして、貴方達イレギュラーズのお陰で、物語は美しい悲劇から実りのある物語へと育った。語り部として予想外の道筋も私は楽しかったんです」
綺麗に積み上げられた箱庭は美しく、それでいて突然訪れた雷雨と晴れたる空の色もまた綺麗なのだとトレモライトは告げる。惜しむらくはその後の物語を傍で見る事が出来なかったこと。
「愛しき者が目の前で死ぬ瞬間の慟哭は甘美です。それを上回る物語もまた美味」
トレモライトはヨハンナに向かって指先を掲げる。それはまるで舞台上の役者のようで。
「覚えがありますよね? 『ヨハンナ』……さん?」
名を呼ばれたヨハンナは蒼瞳を見開いた。
ヨハンナの脳内に流れ込むノイズは石畳の上に伝ってくるアガットの赤だ。
血溜まりの中横たわる妹の姿。こみ上げる吐き気に一歩後退る。
「ふふ、今明かせる情報は此処までです。では、またお会いしましょう」
ジョアンナを連れて森の奥に消えていくトレモライト。
ようやく訪れた落ち着いた森の気配にわーは胸を撫下ろした。
「終わった、です」
赤い視線をヨハンナに向けて、ふらつく彼女の身体を支えるわー。
「ヨハンナ師匠」
「あ……ああ。すまんな、わー。大丈夫」
わーはヨハンナの指先が僅かに震えているのを感じる。安心させるようにわーはヨハンナを抱きとめた。
「さあ、安全な所でゆっくりしましょう」
務めて明るく微笑んだわーはヨハンナを支えながら歩いて行く。
「無事で良かった。神路君、怪我とか無い? あ、傷あるね。薬草つけとこか」
「わわ」
Adamは結弦の手を取り、傷口へと丁寧に薬草を重ねる。
「それで、さっきの返事聞いてもいい? 友達になってってやつ」
「は、はい。僕でよければ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた結弦にAdamは「よかった」と微笑み、頬を緩く撫でた。
森の中に鈍い音が響いた。
続けて龍成の声にならない叫びが聞こえる。
「……ってぇな!? 何で殴んだよ、デイジー!」
「知りません。龍成が悪いんです。大馬鹿者です。私達がどれだけ、私が、どれだけ……」
デイジーは怒りのまま龍成の頬を殴った。
心の中でエラーが弾けすぎて、言語が追いつかない。何を喋れば『正解』なのか分からない。
「龍成さぁああん!」
涙を流しながら横っ腹に飛びつくのはベルだ。
「ベル……泣くな泣くな」
小さな縫いぐるみの身体を抱き上げて涙をごしごしと拭く龍成。
「それにしても、テアドールさんの偽物が居たなんて」
ファディエの言葉にベルは龍成からぴょんと飛び出して彼女にしがみ付く。
「ベルは、ファディエさんに、お願いがあります。ベルは、テアドールさんの事で、ファディエさんが、知ってる情報を、全部教えて頂きたい、です。その代わり、ファディエさんが、困っている事、ベルはお手伝い、しますから」
「ええ……といっても、さっきトレモライトさんが話していた事が殆どですけどネ。でも、アバター被験者管理AIにバグですか。感染したのか『誰かが仕込んだ』のか。いずれにしても厄介ですね。こちらで詳しく調べてみましょう」
「龍成さんも、皆さんも、ベルも、このままテアドールさんに、好き勝手、させるのは、めっ! だって、思っていますよ。それに、こんな辛い思い、ベル達の他には、して欲しくない、ですから」
ベルは小さな身体で身振り手振り力説する。
「……で。約束、忘れてませんよね」
デイジーは龍成を見上げて問いかけた。不明になる前に『一緒に住むか』と龍成は言ったのだ。
返事を聞かぬままここまで来てしまった。
「一緒に住みましょう、龍成。人間でない故、不束者ですがよろしくお願いします」
「ああ、お前と一緒なら楽しいだろうな」
良かったと、これまで見た事も無い程の笑顔で龍成は嬉しそうに笑った。
「所で龍成氏。ちゃんとログアウト出来る様になったの?」
アオイの冷静な声に龍成は自分のシステムウィンドウを開く。繰る。止まる。
「……あ!? 嘘だろおい。ログアウトボタン無ぇんだけど?」
龍成の言葉にデイジーの顔が絶妙な表情を浮かべた。怒りと訳の分からないエラーの侭にその辺りの丈夫そうな蔦を龍成の手首に巻く。解けないようにきつめに縛る。
「ログアウト不可でも所在さえ掴めてればどうとでもなるんですよ。ええ」
渦巻く怒りの熱は、未だ下がらぬまま。
――掴んで離してやるものか。貴方がまた消えてしまうのは、嫌だから。
私にとって、貴方は大事な。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
パラディーゾは退き、龍成と結弦は無事に確保されました。
龍成は所在を留めるため、ヒイズル燈堂家の監視下に置かれる事となりました。
MVPは『友人』のために頑張った方へ。
今後の重要な情報を少し纏めます。
・テアドールの正体は『アバター被験者管理システムAI』であること。
・バグに侵されており、龍成を殺したのもこのテアドールと同一人物であること。
・テアドールは複数存在すること。
現実世界の『本体』テアドール・ネフライト。
その『アバター』テアドール・アクチノライト。
R.O.Oの『コピーNPC』テアドール・ジェダイト。
・ヒイズルで遮那の傍に居たのは、龍成を殺害した個体とは別であること。
・龍成のログアウト不可は解除されていないこと。
次の展開にご期待ください!
GMコメント
もみじです。龍成達を助けに行きましょう。
●目的
・パラディーゾの撃退
・龍成と結弦の保護
●ロケーション
昼間の翡翠の森の中です。広い場所なので、戦闘に支障はありません。
パラディーゾ達と龍成達が戦っている所に割り込みます。
ある程度ダメージを与えればパラディーゾは撤退します。
しかし、油断は禁物です。ジョアンナと竜二は強敵でしょう。
●敵
○天国篇第四天 太陽天の徒『ジョアンナ』
不明になっているレイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)さんのデータを収集解析し、バグを取り込んだ『パラディーゾ』です。
世界の歯車たる語り部である事に重きを置いています。
敵には容赦の無い攻撃を仕掛けてきますが、双子の妹を大切にする心優しい面も持っています。
パラディーゾの目的は大樹を攻撃することですが、邪魔な龍成達を先に排除しようとしています。
手にした神書で魔術を放ちます。
神秘攻撃力がとても高く、注意が必要です。
○天国篇第二天 水星天の徒『竜二』
不明になっている澄原 龍成(p3n000215)の『パラディーゾ』です。
やさぐれて狂犬染みていた頃の龍成を思わせます。
大切な人達を得られなかったままの凶暴さなのでしょう。
手にしたナイフで襲いかかってきます。
物理攻撃力がとても高く、EXAもそこそこあります。
●NPC
○『翡翠に居る』龍成(p3y000215)
不明になって消息をたっていました。
テアドールに罠に嵌められデスカウントは現在24。
データ収集解析され、パラディーゾの元にされました。
結弦を守りながらパラディーゾと交戦中です。
○神路結弦(かみじゆづる)
燈堂廻のネクストNPCです。
儚げな青年で、結界を張ったり弓を使って応戦しています。
ネクストの住人なので死亡すれば戻りません。
○ファディエと暁月
イレギュラーズと共に龍成と結弦を助けに来ました。
ファディエはアバターなので死んでも生き返りますが、暁月はネクストの住人なので気を付けてください。 自分の身は自分で守れるでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●重要な備考
<Closed Emerald>には敵側から『トロフィー』の救出チャンスが与えられています。
<Closed Emerald>ではその達成度に応じて一定数のキャラクターが『デスカウントの少ない順』から解放されます。
但し、<Closed Emerald>ではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。
●重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
●『パラディーゾ』イベント
<Closed Emerald>でパラディーゾが介入してきている事により、全体で特殊イベントが発生しています。
<Closed Emerald>で『トロフィー』の救出チャンスとしてMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
但し、当シナリオではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。
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