PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Closed Emerald>響界で咲くメロディア

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●??の旋律
 翠風に吹かれ、この地は何度でも芽吹く。
 大地も野の美も、変わらないもの。けれど此度の風は、いつもと違う旋律を運んでいた。
 ――螟懊↓縺上f繧区ュサ縺悟菅繧呈ィ。縺」縺ヲ。
 木々のざわめき、誰かの靴音、お喋り。それらが混ざり合い、奇妙な文字列として翡翠の民へ届く。
 両の手で耳を塞いでも、聞こえる。意識に文字が、浮かぶ。
 ――螟「縺ョ豬ョ縺肴ゥ九r騾壹k。
 なんて読むのだ。なんて言っているのだ。
 動揺を口にする人々の言葉は、理解できるのに。
 曲なのか歌なのかすら判らぬ音色が、住民だけでなく、村を襲う大樹の断末魔をも惑わせた。
「ヴィオラ! ヴィオラ無事か!?」
 音にも襲撃にも構わず、一人の青年が部屋へ通じる木戸をいささか乱暴に押し開ける。
 そして広がる光景に一瞬、息が止まった。
「チェロにいさ……ん……」
 絞り出された妹の声は、吐息に近い。きらきらした眸も半分閉ざされ、涙で洗ったように艶めく睫毛は震えてやまない。彼女の首を絞めあげているのは温厚そうな面持ちの青年で、それがまた兄妹の恐怖を掻き立てた。
「だ、誰なんだアンタ! ヴィオラを離せッ!」
「天国篇第七天、土星天の徒アズハ。教えたところで、意味はないだろうね」
 瞼を落としたまま淡々と紡ぐアズハに、チェロも青褪めながら踏み込もうとして気付く。床に転がるのは試験管や植物たち。いずれもヴィオラが研究用に集めていたものだ。踏むのを避けてアズハへ飛び掛かった兄の手はしかし、妹に届かない。触れられない。
 ――譛晄律縺ァ遨コ縺檎區縺ソ。
 音が、文字が、迫った兄の腕を焼く。
「ぐあぁぁあぁ……っ!」
「にぃ、さ……」
 兄へと伸ばしたヴィオラの細腕もまた、夢叶わずに垂れて。
 俺には効かないんだ、とアズハが唇へ笑みを刷く。
「そうだ、眠るといい。瞼を閉ざして、嘆きを鎖して、ゆっくりとな」
 アズハの声が流れる中、走る激痛に耐えられず膝を折ったチェロが、腕を押さえながら仰ぎ見れば。
 妹の大きなまなこは、すっかり見えなくなっていて。
「っあ、あァ……ヴィオラ、ヴィオラァ!」
 ――蜻ス縺ョ遽晉↓螟ア縺帙l縺ー。
 ――縺ェ縺斐j縺ョ轣ー縺ッ鄒弱@縺剰干縺イ繧峨>縺ヲ。
 まだ、見えてしまう。聞こえてしまう。
 届いたものはやがて、チェロの命の篝火をも吹き消していく。生温い翠の風となって。

●緊急クエスト
 いったい、あの音は何なのか。
 突き止める余裕はないだろうと、イシコ=ロボウのアバター、岩山花子(p3y000130)は云った。
「パラディーゾのアズハさんの能力。理解しようとしたり、解析しようとすると呑まれるかも」
 パラディーゾ――彼女が発した言に、イレギュラーズもざわつく。
 ログアウト不可となったイレギュラーズのデータが解析されたことで、バグ陣営の兵となった存在の呼称だ。
 今回赴く村落には、アズハ(p3x009471)に酷似したパラディーゾの姿がある。
 見かけはアズハと変わらないが、バグゆえに違う一面もあり、そして特殊な力を持つ。
 前述した『音』だ。
 布や草を洗う水流、葉の擦れ、誰かの歩み、打ち鳴らした手、鳥のさえずり――確かに『音』と呼べるものたちが合わさり、重なり、狂ったように溶け合った響き。厄介なのは、同時に意識へ届く奇怪な文字列だ。
 視覚的には視えないのに、見えてしまう文字列となった『音』は、個々の感情(データ)を揺さぶり、狂わせていく。この『音』はパラディーゾのアズハ自身を護る結界でもあった。
「普通に攻撃しただけじゃ殆ど通じないし、仕掛けた側が焼かれる」
「バリアか。よりにもよって音とはね」
 アズハ本人はそう呟くと、もどかしげに唇を引き結ぶ。
 彼の様相をじいっと見た花子は、くるりと辺りを見回して。
「ちがう音を使うとか、流れ続ける音を利用するとか……」
 ちらとアズハや仲間たちを見やって、花子はそっと微笑んだ。
「音に関わる力を持つ人、きみたちの中にもいろいろ居たら。工夫して戦うことも、できるかも」
 そう告げた花子は、此度の舞台について話し出す。
「これは、穏健派からの救援依頼。村へ急いで向かってもらうけど、襲撃開始には間に合わない」
 しかし兄チェロと妹ヴィオラを救うことは、できる。花子はそこの語気を強めた。
「ヴィオラさん、『石花病』って病気の研究を進めていた一人だから、狙われてるみたい」
 そのためパラディーゾのアズハは、他を配下に任せてヴィオラの元へ向かう。
「パラディーゾのアズハさん、大樹の嘆きを従えてる。大樹の断末魔って呼ぶ翡翠の人もいるね」
 双葉や四つ葉の姿をした『大樹の嘆き』は、パラディーゾの意向に沿った行動を取る。
 パラディーゾさえ退ければ、性質も本来の『大樹の嘆き』に戻り、所構わず暴れ回るだけになるだろう。
「お願い。ヴィオラさんを助けて、パラディーゾと大樹の嘆きを追い払ってきて」
「わかったよ。俺も、黙って見過ごすなんてできない……いや、したくないな」
 そう返したアズハの声音は、いつもより少しばかり――烈しい感情を燈しているようだった。

GMコメント

●目標
 ヴィオラの生存と、パラディーゾのアズハ&大樹の嘆きの撃退

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●状況
 村では警備隊が戦闘を開始し、住民が村の奥へ避難しているところ。
 チェロは友人らに「妹のとこへ」と促され、村外れの家……ヴィオラのいる家へ戻る途中。
 チェロは早めに動いた為、傷つきながらもどうにか自宅へ転がり込めますが、イレギュラーズは家へ直行しようにも大樹の嘆きに阻まれます。
 ヴィオラもすぐには死にませんが、急ぐ必要はあるでしょう。

●敵
アズハ(パラディーゾ・土星天の徒)×1体
 アズハさんを解析したことで造られた、バグデータ的存在。格闘も得意。
 奇妙な音と文字列の能力は、彼がここにいる限り村に響き続ける。
 この力が正常に機能している間は、バリアに守られていてこちらの攻撃が通用しにくい上、戦闘行為を仕掛けると身体が音に焼かれる。
 かといって彼の音や文字列を理解したり、解析したり、共鳴を試みるなどすると、バグによってこちらがダメージを喰らい、狂わされる。
 ……それでも、試みますか?

大樹の嘆き×12体
 人間サイズの双葉または四つ葉の、魔物とも精霊とも呼びがたい存在。
 パラディーゾアズハの支配下に置かれており、彼の邪魔をする者を最優先で狙う。
 次に、嘆きや悲しみに触れる音の紡ぎ手を狙う。
 双葉7体は接近戦タイプ。四つ葉5体は中~遠距離攻撃タイプ。

●NPC
ヴィオラ
 石花病を研究している女性。まだあどけなさが残る、十代半ばの外見。
 彼女が口ずさむ夢の歌は、身も心も癒す歌だと村で評判。

チェロ
 ヴィオラの兄。警備隊の一員で弓術士。妹に関してはやや過保護。
 彼の矢は、ドレミファソラシドのいずれかの音と色を連れて飛ぶ。

翡翠の民
 村人たち。警備隊も10名いるが、避難する人々を守るだけで手一杯。
 彼らだけでは、大樹の嘆きを押し返すことも侭ならない。

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

●重要な備考
 <Closed Emerald>には敵側から『トロフィー』の救出チャンスが与えられています。
 <Closed Emerald>ではその達成度に応じて一定数のキャラクターが『デスカウントの少ない順』から解放されます。
 但し、<Closed Emerald>ではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。

●『パラディーゾ』イベント
 <Closed Emerald>でパラディーゾが介入してきている事により、全体で特殊イベントが発生しています。
 <Closed Emerald>で『トロフィー』の救出チャンスとしてMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
 MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
 指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
 但し、当シナリオではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。

  • <Closed Emerald>響界で咲くメロディア完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年11月08日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

梨尾(p3x000561)
不転の境界
ロード(p3x000788)
ホシガリ
マーク(p3x001309)
データの旅人
ミドリ(p3x005658)
どこまでも側に
ブラワー(p3x007270)
青空へ響く声
ファントム・クォーツ(p3x008825)
センスオブワンダー
アズハ(p3x009471)
青き調和
フィオーレ(p3x010147)
青い瞳の少女

リプレイ

●壱
 森が不安と恐怖で霞み、緑陰に滴るのは悲鳴ばかり。かれらが着いた時にはもう、翡翠の村落を満たす要素に、大自然が魅せる美は当て嵌まらなくなっていた。なり振り構わず突っ込んできたのであろう『大樹の嘆き』によって壁や木戸は崩れ、散乱した花弁が目立つ。
 だからそれぞれが地を蹴った。『AzureHarmony』アズハ(p3x009471)や『ホシガリ』ロード(p3x000788)のように、迷わずヴィオラ宅へ急ぐ仲間もあり。
 双葉や四つ葉として親しむには、あまりに大きな『大樹の嘆き』たちが行く手を阻むというのに、殆どの仲間は速度を緩めない。端緒を開く機会こそ今だと判っているから、鳴り止まぬ木々と大地をゆくのみだ。
「では、ここから作戦通りに!」
 遠吠えのように凛と『燃え尽きぬ焔』梨尾(p3x000561)の声が響く。
 もふりと尾や耳を揺らして梨尾が展開したのは、人家を守るための方陣。そこへ陣を張るや、離れた所で一部始終を目撃した警備隊と思しき青年が呼びかけてきた。
「アンタらだけで大丈夫か!? 幾ら何でもこの数……」
「お任せを。ただし避難が済んだら、手負いの大樹から片付けるのを手伝ってください!」
 梨尾からの要請に、青年たちからの返答は即響くも、大樹の嘆きが生み出す種々の音に呑まれていく。只でさえ騒がしいのにと、梨尾が頭を振る一方。『マルク・シリングのアバター』マーク(p3x001309)は連携の加護を得ながら、騎士らしく声をあげた。
「さあ来い。その嘆きは、僕が受け止めてみせる!」
 それを聞いた蠢く大樹の嘆きから、ざわざわと葉の擦れる音が響く。
 もしも葉の上を渡る風声が、静かだったのなら。
 冷たい空気に触れて落ちる泪に音が無かったのなら。
 それは冬枯れの寂しさと、何ら変わりない。
 ――悲しいなあ、悲しいなあ。
 ――つらいなあ、つらいなあ。
 押し寄せた『大樹の嘆き』から零れるものも、音の一種に思えて、『青い瞳の少女』フィオーレ(p3x010147)が走りながら喉を鳴らす。
「マークさま、梨尾さま、お願いいたしますの!」
 云うが早いかフィオーレも、仲間たちも敵陣へと消えていく。
 マークとは半数ずつ受け持とうと、梨尾が錨型の火を撃ち込む。
「兄妹のこと、お願いします!」
 梨尾が、嘆いてやまない大樹へ炎を纏わせながら吠え猛る。
(家族が死に別れるだなんて、そんなことは……!)
 させまいと梨尾の起こした朱が、哀れな樹を憤らせた。
 全員が怒りに囚われなくとも、ある程度の数を引き付けていれば上々。
 こうしてかれらは、パラディーゾ・アズハの音に招かれた双葉たちを避けて、ヴィオラの家へ急ぐ。
 釣れた大樹もあれど、半数を担うのも厳しい。悲嘆に暮れ、絶望に瀕した大樹らの気を惹くのは、容易くない。分かっている、とマークは静かに呼吸を整える。すべてがうまく運ぶなど、よほどの奇跡でないと起こらない。
 ――それでも、耐え抜いてみせる。
 彼が世界と交わした意志は、覚悟は、誰にも負けないものだ。
 そして一方、バグデータのアズハを追いながら『センスオブワンダー』ファントム・クォーツ(p3x008825)は考えていた。
(パラディーゾはヴィオラさんを執拗に狙うはず。なら……)
 二人は、そこにいる。
 沈思していたファントムの傍で、うわぁ、と『青空へ響く声』ブラワー(p3x007270)がぴょんと跳ねた。
「これがその文字列に音かぁ」
 理解のできない歌だと頭で分かっていても、パラディーゾが村にいる間はずっと響くのなら、無視はできなくて。だからブラワーはぶんぶんとかぶりを振るう。
(……うん、何でもいい)
 敵の歌は関係ない。ブラワーはただ、皆を支えるため歌いに来たのだから。
 いつしか仲間たちの起こした連なりは、線となって風を惑わす。
 パラディーゾの力は厄介そうだと、仄かな苦みを食んで『どこまでも側に』ミドリ(p3x005658)が囁いた。
(正直、こういうのは解析を試みたいところなんだけど……)
 理解してしまえば、どうなるか分からない。ぞっとする響きに腕をさすり、ミドリは腹の底まで息を取り込んだ。
 こうして先に家へ転がり込んでいった仲間の姿が、見えなくなった頃。
 マークはどうにかヴィオラの自宅前へと飛び込むも、ここぞとばかりに大樹らの集中砲火を浴びる。梨尾と二人、「決して倒れぬ」という自負と力で以て、大樹を引き受けていた。オーステイカーがそんなマークの志を汲み、敵陣の渦中で彼を奮い立たせる。
 それでも文字列が浮かぶ。音が聞こえる。
 へたりと耳を垂らした梨尾は、迫りくる大樹の嘆きと、その音に抗う。二色のまなこから霞むナニカを打ち払おうとする。
「みんなが、みんなが守られるように……どうかっ!」
 低く地が唸る。梨尾の響かせた張り裂けんばかりの咆哮が、そうさせたのか。分からないながらも二人は、パラディーゾ・アズハの音と文字、そして大樹の断末魔にうなされながら務めを果たそうとしていた。

●弐
 お邪魔します、との挨拶はない。木戸にベルも無ければ迎えの人物もない。
 ここが正にヴィオラの家。パラディーゾに狙われた家主の住み処だ。
 とはいえ決して狭くはない家の中。響いてやまぬ音源を辿り、アズハは先導していたというのに。
「いらっしゃい」
 もう一人のアズハは一驚するでもなく、本物を出迎えた。
「ヴィオラ様!」
 フィオーレの声が悲痛に響く。
 すかさずヴィオラとパラディーゾの間に割り込もうとしたアズハだが、察知したかの者に一蹴される。
 嗚呼、これはとても――複雑だ。
 は、とアズハが短い息を落とし、襲撃者を睨む。見かけは確かに、瓜二つ。
「やはり、俺なら来るってわかってたんだな」
「云うまでもなく。もう一つ、この子から離れるつもりもないよ」
 パラディーゾの示す『この子』は勿論。
「う、ぐぅ……に……にいさ……」
「ヴィオラ! やめろ、いったい、何がしたくてこんな……!」
 ヴィオラが苦しさから逃れたくて暴れる。今にも飛び掛かりそうなチェロをファントムが抑え、瞬く間にセットしたスピーカー二つを盛大に鳴らした。
「さあ盛り上がっていきましょ」
 ファントムのスピーカーから流れるのもまた、音。溢れる爆音が、ヴィオラ宅を震撼させている間に、フィオーレがヴィオラの真横へと迫った。パラディーゾへ直接仕掛けるためではなく、研究員の少女を庇うために。引き剥がそうとするも、無理に引っ張れば掴まれている首からすっぽ抜けてしまいそうで、下手に動かせない。
 そして肝心のパラディーゾは、大音量の最中でも平然としていた。
 ふと幼子めいたロードのまなこが、獲物を手放すつもりのないパラディーゾを捉える。彼が知るのは命の色。命が点す彩りを覗き混むのは、ロードが得手とする術でもあって。
「なんだ、あれは……んん?」
 明らかなクエスチョンを頭上へ浮かべて、ロードは再度確かめるも。
「……やっぱり変わらない。赤だ」
「赤、なのです?」
 フィオーレがきょとんとすると、ロードは違和感を覚えたまま「赤はバグだ」と答える。
 でも何故だか不思議でならない。ロードの胸の内で誰かが警鐘を鳴らしている。触れるな、近づくなと声がして。これが音の力なのかとも思い、ロードは瞬きさえも忘れるぐらい、標的を織り成す色彩を見つめた。
 よおし、とここでブラワーが気合いを入れ直す。
「皆に届いて響かせて、ボクの歌を!」
 道の世界への標となる歌を、ガンガンにかかっているロックミュージックに乗せる。ヴィオラの研究室はもはや、ちょっとしたライブ会場だ。
「ボク達が手を組めば、道は拓ける! みんな、行くよ!」
 ブラワーの掛け声に、チューニングを済ませたミドリが逸早く乗る。
 そしてミドリは結ぶのだ。ラン・コードを。
(ぼくだって戦う意思を……護りたいって想いを、歌にも、一撃にものせる!!)
 何度自身へ呼びかけても変わらない願いを、今は、今だけは歌へ篭めるために、術式を編み込んだ。
 こうして響き渡るロックな音楽が基盤となり、フィオーレもブラワーとパートを分けて歌いだした。ざらつく音が絶えず阻んできても、広がる文字の並びが邪魔をしようと、歌うのをやめない。
 意外にもそんな彼女たちの光景に、パラディーゾ・アズハは怪訝そうに眉根を寄せた。
「……正気か?」
 気を狂わす能力を行使しておきながら、信じられないとでも言いたそうだ。
「俺の知る音が、癒しの歌が聞こえるだろう? 視えるだろう?」
「癒しとかではないですけど、ほんと全然止まらないのです!」
 捕まったままのヴィオラをぎゅっと支えながら、フィオーレが空色の瞳を揺らす。誰もがその耳で知っている。ナニの音とも判断つかない音が、ざわざわと奥へ届くのも。得体の知れない文字に苛まれるのも。
「ボクの歌は、そんな音や文字に負けないんだから!」
 ナニカが体の内側を這うむず痒さがあるというのに、ブラワーは笑顔をなくさない。
 隣で同じ状態にあるミドリも、こくこくと頷いて。
「そうだよ、皆で紡いだ『音』だから。負けない」
「何よりボクはカワイイ!! カワイイはね、狂気なんかに負けないよ! 絶対!」
 ミドリに続いて、ブラワーの叫び声がこだました。だからミドリも頷く。
「打ち破るよ、ぼくが。ぼくたちが」
 音の能力で築かれたバリアだって、砕ける予感がしていた。だからたとえ狂気に苛まれようと、手の届く範囲を守りたいと――心身のすべてを刃と化すことを決めたミドリの芯が、ぶるりと震える。
(……止まったり、しないから……一歩でも前へ……!)
 熱を帯びた二人の眼差しを受け、怪訝というより不思議そうに男が薄く唇を開く。
「わからないことを云うんだな、そうか、つまり……」
 かれがブラワーとミドリへ点したのも、音のひと欠片。
「こんな所で死ぬんだ。かわいそうに、死を積み重ねるしか出来ないなんて」
 結わえた言の葉に、ブラワーは躊躇なくこう繋いだ。
「死ぬこと前提の戦いなんて、カワイくないんだからっ」
 死ぬつもりはないと断言したブラワーへ、アズハの残響が染み渡っていく。
「これだけ……皆からいろいろ受けとったのに……わからないの、かな……?」
 一方ミドリは双眸を真ん丸にさせて驚いた。バグだから、理解できないのか。それとも知ろうとしていないのか。一驚しながら彼女は、パラディーゾから与えられた苦悶に溶けていく。
 かれの能力を打ち破るには、あと、少し――。

●参
 まるで水の滸を歩いているかのように、足への力が入らなくなってきた。
 木枯らしがビュウと叫ぶたび、マークも梨尾も時間の経過を痛感する。
(ッ……数が数だけに、きつい……)
 双葉からのビンタを焔傘で押し返し、梨尾は一度周りを見やった。火結神で生命力を吸いながらでも、抑えの困難さは身に染みている。
 倒れたかと思えば立ち上がり、僅かな余力がまたマークを仰臥させようとする。この繰り返しがやまぬ中、マークのフォム・ダッハは復讐心の刃となってもう大樹の嘆きをひとつ、眠らせた。ふ、と一息吐いたところで、村の警備隊が戻って来るのが見える。残りはもう、弱った断末魔しかいない。ならばとマークが踵を返した、そのとき。
 梨尾は紛らすように歌いだした。詞に力が篭るのか、力が詞となったのか。
 定かでない現状で、呑まれると解っていても。解決する為に必要ならば。
 ――朝に落ちる光が君を照らす。
 瞼を開けて今を進め。
 命の炎が消えぬよう。
 我が焔が火の粉を撒こう。
 開いた眼に綺麗な火花が映るように――。
「……あれ?」
 ぱちりと梨尾が瞬いだものだから、警備の村人たちへ後を任せていたマークが、どうしたのかと心配そうに顔を覗く。
 四顧して耳を立てた梨尾は、首を傾ぎながらもどかしく告げる。
「ほんの少しの間、視えなくなったんですよね、あの文字が」

 これまで奏でていた様々な音が減った中、ロードは耳鳴りと眩暈とで頭の中が掻き乱されていた。
「っ、はぁ……厄介なノイズだな」
 やはりあの文字列と音へ対処しなければ、前へ進めない。
 そう時間したロードが送り届けた力こそ、暁解。
 役立てる時が来なのかもしれないと、襲撃者の手へ切りかかれば、ヴィオラはフィオーレに無事抱き留められて。
「まさか分からない、なんてことはないよな。俺が知るこの音は、人を狂わせる」
「狂う? ははは。おかしな話だな」
 肩を竦めて笑ったのは、どっぷり能力で深みを覗いたロードだ。
「狂っても狂っても立ち上がれるのが俺の強みなんだよ!!」
 倒れぬ者だと宣言して、いよいよロードが迫撃を重ね始める。一撃贈れば手足が音に焼かれるというのに、ロードは構いやしない。何故だ、何故立ち続けられる、と男が問うもロードの返答は同じもの。それがよりロードの攻勢に拍車をかけた。
 生じた隙を利用し、ファントムがチェロへ一言を捧げる。
「チェロさん、ヴィオラさんをおぶって逃げられる?」
「ああ、だが……どこへ。村はもう」
 大樹の断末魔が襲い来る様子を、チェロも目撃していた一人だ。蒼白くなった顔色が、彼の心境を物語って。
「ヴィオラさま! チェロさま! 嘆くのはまだ早いですの!」
 突如降ってきたフィオーラの声は、よく透った。
「石化病で苦しんでいる人たちをフィオは知っています。だから……」
 諦めないでほしいと、願いを託せば。後押しされて、意を決したチェロはぐったりしたヴィオラを背負い、部屋を飛び出した。
 獲物を必死に追うかと思いきや、パラディーゾは何事か沈思するように黙したまま、イレギュラーズの行動を眺めていて。
「俺なら、やらない」
 アズハの一声がここで、同じアズハへ刺さる。
「能力をそう使うのも、首を絞めて奪うのも『アズハ』の名に反する」
「名前、か」
 男は特に気にするでもなく繰り返した。
「かわいそうにな」
 何を、と告げかけたアズハだが、風を浴びて声はかき消える。
 男が調子づかないうちにと、ファントムは眉根を寄せた。
「アナタの音、奪わせてもらうわ」
 前へ。たとえ音と文字列に心身を裂かれようとも、前へ進むことをファントムはやめない。物怖じしないその姿勢は間違いなく、男の顔色を青白くさせた。
「アナタのために技を磨き直してきたのよ。どう?」
「その程度、俺の音の前では消えるだけだよ」
 パラディーゾのアズハにとって、悪しきを弾く守りは固く、安心しきっているようで。けれど。
 仕掛人は、ファントムひとりではない。
 無骨な兵装で跳んだアズハからの一撃を受け、音に守られてはいたものの、男が少しばかりふらつく。
「アズハ……俺の名前の由来を知ってるか?」
 凍てつく力を編み上げながら、アズハが伝える。
「アズールハーモニー、青き調和。お前の音は融けて狂っただけで、調和じゃない」
 打音、切り裂く時の音色、すべてが歌や曲と共に紡がれてきたもの。
 わからないか、とアズハが問う。
 俺は理解したいのだと、アズハの唇が震える。
 だから尋ねた。聞かせてくれと。あの文字の並びは何なのか。
 すると男は、わかりやすい溜息をつく。
「やはり、誰にも読めないんだな」
「何?」
 今度はアズハが訝しがる番だった。
 しかし男はどこか残念そうにアズハの兵装ごと、『音』の反響で振り払うだけで。
「……悪趣味ね」
 端的に不快感を示したファントムにも、パラディーゾは動じない。
「とても残念だよ」
 ちっとも残念そうではない声で応じたかれを最後に、より濃い『あの音』と『あの文字列』が浮かぶ。きりきりと総身を掻きむしるような感覚が、イレギュラーズを襲った。
「ちょっと!」
 身動きままならぬ中、ファントムが叫ぶ。
「ワタシとしてはもっと穏やかだったり、心が勇み、振るわせる音や文字が好みよ。覚えといて!」
「善処するよ」
 声が、一段と鮮やかに聞こえた。

●終
「穴さえ見つけたら、いける」
 正気を取り戻したロードの一言は、この上なく真っ直ぐ放たれた。
「バリアか加護かは分からないが、あの赤さは淀みなかった。……だからこそ穴が作れそうだった」
 狂気に冒されていた時間を、はっきりと覚えていないらしい。額を抑えながらロードは放す。自分たちの様々な音が調和し、それが力となって重なっていたときの色彩が、心なしか揺らいで見えたと。
 睇視したフィオーレが、思い出したように綴るのは。
「音に狂わされている時に、変だと思ったのです」
「あ、ボクも。なんだろ、聞こえて来る音、足らない感じが」
 ブラワーも続けたところで、ああ、と梨尾が手を叩く。
「外でも聞こえていましたから、音階のシのことかと」
 シ。同じ響きを仲間たちが連ねる中、絶対音感を持つ梨尾はくるりと瞳を動かす。
「音の方で、なんとなくシを使っていない気がしたんですよね、なんとなく」
「……どういうこと?」
 ファントムが尋ねると、mいど利が唸る。
「いろんなやり方があるのかもしれないね」
 ミドリがくるくると大きな瞳を彷徨わせて、一緒に考える。音の使い手たるアズハも、先ほどから首肯を寄せている。『音』という存在は明瞭でも、此度のパラディーゾの力は基準から明確でない存在だ。手段を絞るか強めるかすれば、次こそは――。
 ふと、マークは考えて重たげだった瞼をそっと持ち上げてこう囁く。
「次は、きっと倒せる。倒すんだ、必ず」

成否

成功

MVP

ファントム・クォーツ(p3x008825)
センスオブワンダー

状態異常

ミドリ(p3x005658)[死亡×2]
どこまでも側に
ブラワー(p3x007270)[死亡×2]
青空へ響く声
アズハ(p3x009471)[死亡]
青き調和

あとがき

 お疲れ様でございました!
 ロックンロールな流れは予想外でしたね、ふふ、ってなりました。
 ご参加いただき、誠にありがとうございました。
 またご縁がつながりましたら、そのときは。

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