シナリオ詳細
Al cuore non si comanda.
オープニング
●
「ご機嫌よう。……レオーネくんの件は、対応を有難う。気に病まないでね。私が皆に斡旋した仕事だから」
困り眉でそう言った『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス (p3n000115)はぎこちない笑みを浮かべるだけだった。
幻想のとある村の話だ。
盗賊団はある村を襲った。勿論、略奪略取のためである。
だが、その情報は盗賊団から齎されたのだる。村を襲った不届き者がローレットに助けを求める。
その理由というのが、彼等はその村から命辛々逃げ伸びた。両親と子供一人の三人家族の家を襲った時、彼等は直ぐに盗賊団を壊滅させた。
――それは、その両親が『魔種』であったからに他ならない。
子供達を護る為に強欲にも力を欲した彼等。それを責められる謂れはない。幼い子供と、その当時は腹の中に居た生まれる間近の娘を護る為だった。
だが、リア・クォーツ (p3p004937)が死した魔種の母の腹からとりあげた娘は『反転』していた。
故に生まれたばかりで目も見えぬ『リリアン』の命を天へと還した。そうすることがこの世界にとっての最善であると。
それを『普通の少年』が理解出来るわけもあるまい。魔種と言う存在も知らず両親と生まれたばかりの妹を殺した悪しき存在であると。
イレギュラーズに恨みを募らせた少年は保護された先を抜け出して、家族の下へと戻っていた。
変わり果てた姿となって。反転した彼を傷付きながらも受け止めたアレクシア・アトリー・アバークロンビー (p3p004630)。
そして、彼を殺す事を告げ、全てを受け止めると堂々と宣言したマリア・レイシス (p3p006685)。
思い出すにも苦しい話であっただろう。救いもない。幸福だった家族を壊したかのような喪失感。
「――仕事だろう」
ぴしゃりとシラス (p3p004421)はそう言った。仲間達が背負い込んだ重荷を下ろすような冴えた声音である。
フランツェルは頷き返した。ローレットのギルドでの依頼斡旋では人殺しだって日常茶飯事だ。
それが『日常』になって仕舞わぬようにと杖を握ったフラン・ヴィラネル (p3p006816)には辛い話であろうが、仕事として一度受諾した以上は遂行せねばなるまい。
「彼等を反転させた魔種が分かった、と言えば?」
「――! 本当に!?」
身を乗り出した炎堂 焔 (p3p004727)の瞳には僅かな怒りが滲んでいた。彼等のささやかな幸せを壊した魔種が見つかったというのか。
今までも現場近くでそうした存在が観測されたとも言われていた。だが、その尾を掴めたというならば。
「これ以上のことがないように倒さねばなりません。フランツェルさん、お話をお伺いしても?」
クラリーチェ・カヴァッツァ (p3p000236)は静かな声音で言った。魔種は積極的に声を掛け、その『呼び声』を響かせているのだろう。
愉快犯であったら――? その相手を殺す?
フランの口内に唾液が滲んだ。緊張か。肩をぽん、と叩いたベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)はフランツェルに話を促す。
「ええ。幻想の……その村の近くに廃村があるの。この場所にはお屋敷が一つあるみたいでね。
どうやら『彼女』はそこで過ごしているようなの。名乗っているのは『ハリエット=ド=パジェンヌ』」
「パジェンヌ?」
シラスが何かが引っかかったとでも言うようにフランツェルを見遣る。アレクシアは「シラス君?」と首を傾いだ。
リアはパジェンヌと幾度か繰り返してからふと、思い出す。
「ああ、聞いたことはあるわ。パジェンヌって没落した男爵家でしょ? 自領で絹織物を生業にしてたとかいう……」
「ええ。そうなの。パジェンヌの絹織物は有名だったのだけれど、ある時にパジェンヌ産の絹織物だと詐ったものが市場に流れてね……」
その結果、王家にパジェンヌ産の絹織物を献上した貴族達が贋作であったとパジェンヌ男爵を糾弾した。彼が贋作騒動を収められなかったのが悪いと袋叩きにし、温厚な気質で心が弱かったパジェンヌ男爵は夫人と共に自死したのだという。
「確か、令嬢が居たとか聞いたけど……」
「それが、ハリエット?」
問うたアレクシアにフランツェルは「どうなのかしらね」と渋い表情を浮かべた。
「何か煮え切らないね。フランツェル君」
「そうね。ハリエットは公式な記録なら亡くなって筈なの。手酷い扱いを受けて……。
妹令嬢が居た筈だけど、そちらは消息不明。彼女が『どちら』なのかは分からないけど、魔種であるなら……」
『どちら』であれど家族の幸せを幻想王国に壊された魔種の意趣返しなのだろう、と。フランツェルはそう言った。
魔種が何処から始まったのかは分からない。自然発生する訳ではないのだからハリエットとて『誰かに反転させられた』可能性もある。それを幾つも追ってはいけまに。
「……レオーネくんを反転させた魔種を、倒すのが依頼だね?」
アレクシアは問い掛けた。フランツェルは「……『殺す』のが依頼よ」と言い換える。
魔種であろうとも、もとは普通の人だった。
そんな存在を『殺してきて欲しい』――依頼をする側とて、送り出す心苦しさは拭い取れない。自身も誰かの手を借りて人を殺したという傷を背負うようにフランツェルは言った。
「私からのオーダーは『ハリエット=ド=パジェンヌ』男爵令嬢を名乗る魔種の『殺害』。……よろしくね」
●Al cuore non si comanda.
滑稽の一言で表せる人生だっただろう。
ささやかな幸せの貧乏男爵家。細々と少数生産の絹織物を売買して何とか生計を立てていた。
所詮は何代に成上がっただけだったのだ。その成功は何時までも続くまい。
高価な絹織物は貴族達の中でだけの楽しみで、各国の技術が伝われば廃れていく者だと知っていた。
「ハリエット、それから『■■■』、二人は幸せにおなり。二人が嫁ぎ先を見つけるまでは父さんも頑張るよ」
姉のハリエットが「私も家のことを手伝うわ」と告げる横顔をあたしは何時も見て居た。
穏やかで気品もある姉ならば直ぐに嫁ぎ先が見つかるだろう。あたしはと言えばマナーも何もかもが抜けた『残念令嬢』だ。
「姉様が素敵な殿方に見初められて家が潤うかも知れないわ?」
「もう、『■■■』ったら。貴方にも何時か素敵な殿方が見つかるわ」
……そんな、ささやかな幸せが壊れた。父は母と共に首を吊って死んだ。貴族達は指さしてあたし達を笑った。
貧乏男爵の令嬢なんて引き取り手もないだろうと姉は娼館へと売り払われた。あの清純な姉は直ぐに心が壊れた。
あたしは、そうなる前に逃げた。姉を置いて。走って、走って――
――『ハリエット』はしあわせにならなくちゃならなかったんだ。
そうだ。みんなもあたしと同じ不幸になれば……『ハリエット』をあんな酷い目にあわせないでしょう?
- Al cuore non si comanda.完了
- GM名夏あかね
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年10月11日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
依頼書に無情に踊っていた文字列を追いかけてから『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)の唇が戦慄いた。
全ては繰り返しだ。追いかけても、自身の心に傷を作ろうとも、何度も繰り返し続けるだけなのだ。それが魔種という存在であることをマリアは知っている。何もしないという選択肢は何処にもなかった。何か為さねば、その『繰り返し』は更に広がってゆく。
ただの一人でも良い。自身が救いの手を伸ばせばその手を握り返すような誰かが――苦しむ誰かが減る事を夢に見る。
「……レオーネくん」
名を呼んだ『緑の治癒士』フラン・ヴィラネル(p3p006816)の心は揺らいでいた。幼い少年の泥で汚れた手足。我武者羅に訴え掛けてくる命の尊さ。生まれて間もない妹を奪った悪辣なる『正義の味方』を誹る最大限。
――お腹の中の子を絶対に助けてみせるし、絶対兄妹元気に暮らしてもらうから。
嘘だった。そんな未来が存在していなかった事を知っている。
――どこか、遠くに行きなよ。
それは、責任逃れだった。マリアが向き合うならば、フランは逃げたかった。逃げ続ける道を選ぼうとしていた。故に、フランツェルが意を決し『はっきり』と殺害を依頼して来た理由は分かっていた。向き合わなければならない。弱いままで居たくないならば魔種を、殺さねば。
「両親とレオーネに救ってみせると言って取り上げたリリアンを殺したのも、レオーネを救うだけ救って、目を逸らし、導かなかったのも。
そして、彼を殺したのも……すべてあたしの罪。それを、誰かに責任転嫁するつもりはない。あたしに魔種は救えない」
『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は臆することなくその言葉を口にする。魔種を救いたいと願う『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)にとってはやけに現実的な冷めた言葉に聞こえただろうか。それでも、その言葉を否定することは出来ない――何故ならば、この場の誰もが魔種を救い殺さずにすむ方法を知らないからだ。
「もしかしたら救える人が居るかもしれないけど、あたしには無理なの。だから、殺すしかないのよ。ハリエットをここで倒せば、少なくともこれ以上――」
悲劇は起きない。脚が竦んでいる。フランと気持ちは同じ所に居た。その時々で探し続けた最善の道は、果たして。
最善を模索し、遂行し続けただけの『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)にとって、最短での幸福の作り出し方はハリエットと名乗る魔種を殺すことだった。
「倒しに……ううん、『殺し』にいかないといけないんだね……。
相手は魔種、それに……どんな事情があったとしても、誰かの人生を弄んだことに変わりはない……だから……ここで決着をつけるよ」
彼女のかんばせを一瞥してから『竜剣』シラス(p3p004421)は目を伏せた。アレクシアはいつだって希望に向かって歩いていた。そんな彼女が、その結論を前に心を決めたのだ。自身が彼女に問いかけることはない。
『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は黙した儘、目を伏せていた。
(……そうだとも、俺はそれが必要だからと人を多く殺して来た。
背景がどうであれ、その事実に変わりは無い。迷わないと言えば嘘になるだろう。だが、それと同時にハッキリしている事もある)
分かりきった結論を目の前に、どのように心を持つべきかを戦士として認識していた。彼女を殺さなくては不幸がまき散らされる。
不幸の連鎖を止めなくてはならない。この国を、騎士として王冠輝く栄光の下に平和を捧げなくてはならないのだ。
『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は旧パジェンヌ領に立っていた。寂れきった廃村は嘗ての面影を残している。
ついに見つかったのだ。レオーネ達へと『手を差し伸べた』魔種を。幸せに暮らしていたはずの家族を反転させた極悪人だと思いたかった。思うだけならば容易だ。だが、レオーネ達は『反転していなかったら』賊に殺されていた可能性さえある。
どうなることが幸せであったのかは済んだ話では結論も出まい。それでも、リアが背を押せば焔は小さく頷いて扉を開くだけだった。
「こんばんは、良い月夜だね。キミが、ハリエットちゃん――?」
●
藤色の髪に朱色の瞳。両親から受け継いだ、姉妹おそろいのそれはとても気に入っていた。優しくおっとりとした姉と快活で野山を駆けずり回る妹。
正反対ながら、調和のとれた二人きりの姉妹を不幸に陥れたのはこの国のいつも通りのあり方だった。
『幻想王国の不幸をよく知る』シラスにとっても、元凶を可哀想になど思ってはやれなかった。傷つけば人の痛みが分かるなんて言葉が真っ赤な嘘であることしか分かりやしない。
これまで3人――いや、4人。たったのそれだけの標的を殺してきただけであろうに途方もない長い時間を感じていた。
ハリエットと焔に呼ばれた女が外套の下から朱色の瞳を覗かせた。ざっくばらんに切られた藤色の髪は性別も、彼女が『姉妹のどちらか』であるかも隠しておきたいが為のように感じられる。だが、前情報からしても、それは妹の方だろう。姉を騙った、妹。
「……誰」
凍てつく声色にフランがびくりと肩を跳ねさせた。シラスの前に立っていたフランはその姿を凝視する。なんてこと無い、普通の少女がそこに居る。
ベネディクトは「イレギュラーズだ。ローレットの」と端的に自己紹介をした。端的すぎる言葉であろうともハリエットには『嫌と言うほどに』伝わる。
「ああ、ローレットの! 魔種になった妹を生かしてやるなんて嘘を吐いて子供を騙くらかした奴らね。
どうせ、あんた達はあの人達を殺したのに。綺麗事ばっかり言って、人を殺すことが罪だというのね」
鋭利な刃物で胸を抉られたかの感覚をマリアは感じた。憤るハリエットの朱色の瞳が焔のように燃えている。
「私たちが来た理由、分かっていらっしゃるならば話は早い。どうぞ思うがままに暴れてください。受けて立ちましょう」
クラリーチェは静かにそう言った。本音を言えば、彼女の感じた嘆きも、怒りも、全てその身で受け止めたい。だが、前線に出ることは自身には荷が重すぎる。其れを悔やめども、悔やんでいる時間も無いのが現状だ。ハリエットは「理由?」とクラリーチェを睨め付ける。
「言われなきゃ分からないか? そうだよ、殺しに来てやったぜ」
シラスはまっすぐに拳を構えた。ハリエットは「やっぱり!」と手を叩いて笑った。魔種である以上、ローレットから齎されるものは最初から理解の範疇で。
「ごめんなさい、ハリエット。貴女も殺すわ。魔種だから」
リアは淡々とその言葉を吐き出した。彼女を殺すのは罪だ。罪の十字架を背負うだけだ。
「どうして謝るの?」
「どれだけ綺麗事だって言われようと、人は殺しちゃいけない! 誰かの生命を、未来を奪うなんて、あってはいけないんだよ! ――だから、」
ハリエットの問いかけにアレクシアは食い入る勢いで叫んだ。だが、それでも『自身が彼女を殺すこと』は決まっている。
「私は人じゃないって事?」
「そうじゃ、ない。君は魔種だ。けれど魔種になる前はきっと人間だったはずだ……私達はね、今から君を殺す為に全力を尽くす」
「魔種だって人だって事、『ちゃんと』教えてあげるわよ!」
ハリエットが、地を蹴りマリアの元へと飛び込んだ。アレクシアも、マリアもその意味を理解している。
ハリエット=ド=パジェンヌは『人を殺してはならない』と説かれた。魔種だから殺して良いと言われた。それを、魔種は人に非ずとイレギュラーズが論じたように聞こえたのだろう。ベネディクトは故に、此方を綺麗事だと詰るのかと槍先をハリエットへと向ける。
「君は聞きたく無い事かも知れんがな。そうだとも、綺麗事を言いに来たんだ」
「私を人扱いしない奴が、そんな言葉を吐けるって?」
「ああ。今の君を止めないという事は誰かの不幸を認める事だ。
それはかつての君かも知れないし、未来の誰かかも知れない。誰かが声を上げなければならないんだ。それは間違っていると、そんな事は認められないと――故に、君を止めるためにその命を貰い受ける」
そう、とだけハリエットは呟いた。ベネディクトを見つめた朱色の瞳には諦観が漂っている。彼女は理解しているのだ。幻想王国で活動している魔種であったならば、彼らを見て『その実力』が分からぬほどに阿呆ではられない。
殺されるのならば足掻いてやると言わんばかりにシラスへ向けて叩きつけられた痛烈なる一撃。重く、そして叫声の如く脳を揺らがす悲痛なる声。
フランはぐっと息をのんだ。シラスが全力を出せるように彼へ向けられる攻撃全て受け止める。それが、護るための戦いだった。
――護るために、力が必要だった!
その声は、重い。護りたくて殺した人たちと、人を殺したから殺す自分たち。その違いはなんだったのだろう。
此は罪滅ぼしでしかなくて、八つ当たりでしかなくて、エゴでしかなくて。嗚呼、それに合う『言い訳』ばかりを並べ立てる己が酷く恐ろしい。
「君を憎むことは……怒りに任せて君をただ殺そうとすることは簡単だ……!
だけど私は君達魔種のことが知りたい! 君は何故魔種になった? 何故レオーネ君達を巻き込んだ? 君のことを聞かせておくれ!」
心までは、怪物になりたくはない。彼女の命を奪おうとする罪人であろうとも――それが、自身のエゴだと彼女に笑われても。
マリア・レイシスは我武者羅に彼女の元に手を伸ばした。
●
「皆様の回復はなるべく受け持ちますが、手が回らないときはご助力お願いいたします」
クラリーチェは彼女を見つめていた。絶望に慟哭。怒り。更には暴虐や恥辱。その様は『私と同じ』だと。そう感じては戒告の如く、永訣が響く。
『私だって』暴れたかった。非道な行いで家族を失った自身はその声には身を委ねてはいられなかった。
「苦しいね」
焔は彼女に叫んだ。リアはそのかんばせを横目で見遣る。彼女のようにまっすぐに言葉をかけてはやれない。自分は、決めてしまっていたから。
「……いつだってそうね。そうやって手を差し伸べるのは自分に利があるとき。貴方たちは私を殺したという事を背負うが為に私の話が聞きたいんだ。
私は、誰かの重荷になりたかったんじゃない。……『ハリエット』は幸せに、普通の女の子にならないといけなかったのに!」
自身の身の上など今更意味も無くなった。このままでは幸せな女の子になんてなれやしない。自身は彼女たちにとって『世界の敵』でしかなく『人間』としても扱われていないのだから。
「キミは聞いたよね。人じゃないのかって。ううん、あの『人』達を殺したのは、ボク達だ。
あのままにしておけば周りの人達も魔種になっちゃう、だから倒さないといけない。
他の人達の普通の幸せな日々を守るためにって、あの家族の幸せな生活を終わらせたのはボク達だよ。
今までだってそうしてきたし、これからだって……きっと、そうする。きっと殺された方はボクを恨んだり憎んだりしてるんだと思う」
焔は震える声音でそう吐き出した。マリアが距離を詰める。吠える雷が地を走る。紅き気配を纏わせて、その髪がふわりと宙を踊った。
「どんな理由があったとしてもそうやって殺してきた以上、いつかボクもその罪を償わなきゃいけなくなるんだろうね。
それでもボクは、どんなに罪を背負ったとしても!まだ守れる幸せを守るために戦うんだ! だから!
これ以上悲しい思いをする人を増やさないために、ボクは、キミも――!」
「綺麗事にしないで! 『ハリエット』が不幸になってしまう! 幸せに……今度こそ――!」
呻いた少女の言葉にシラスは「で?」と低く問うた。僅かな苛立ちが言葉の端々から滲み出る。
「見捨てた償いのつもりか? 心が壊れても人間は死ねない。それを置いてお前は逃げた。そうだろ、『オリエンヌ』」
シラスは逃げやしなかった。ずっと寄り添って、手を繋いで。壊れた心が自分を映していなくとも。自分が壊れてしまいそうになるその刹那まで。
脳裏にちらついたのは白い肌。紅い血潮。そして、それに塗れた己と雨の匂い。
「……ッ、」
「ええ。けれど、貴女は何一つ悪くないのです。『オリエンヌ』さん。善良に生きた貴女のご家族も勿論。
貴女の不幸を作ったのは、紛れもなく外部要因。ですが、貴女が置き去りにしたその人は、貴女にとっての後悔となった。
その後悔に、同じく善良に生きた家族を巻き込んだことは、貴女の『罪』。それは償わねば」
クラリーチェは淡々と彼女に向き直る。オリエンヌ=ド=パジェンヌ。ハリエットのただ一人の妹の名を呼んで。
少女は、魔種はその瞳に苛立ちを宿した。生き残らねば――『ハリエット』が幸せになるために。魔種は蹴散らすように声を張り上げる。
「生きたいんだろう? 幸せになりたいんだろう? だ普通の女の子になりたかったのだろう!?
個人的に君への憎しみがないとは言わない! でもね! 君達を悪とは思わない! これはただの魔種と人類の生存競争だ!
滅びの運命を回避する為に私達は決して魔種の存在を許すことできない! 和解は……不可能なんだ。だから……遠慮はいらない!」
マリアはただ、まっすぐに向き合った。アレクシアは息を飲む。唇を噛み、花開くように魔力を奔らせる。
「私も、自分が潔白だなんて思っていない。『殺すしかない』と、多くの生命を手にかけてきた!
でも、その現実から目をそらせば、もっと多くの人が不幸になる。
だから私は……全部背負っていくんだ! 私が罪を負えば、誰かが救われるのなら! それでいい!」
全部背負っていくと決めた。それがアレクシアの、リアの選んだ道だった。
シラスにとっては綺麗であったアレクシアの手が汚れてゆく。死が糧となり、道を開く訳もない。死はただの屍を積み重ねるだけであったと言うのに。
彼女は一つ一つに心を痛めて、向き合おうとするのだ。
「――どうすることもできないじゃない!」
その言葉が、彼女の本音なのだろうとクラリーチェは感じていた。さぞ、悔しかっただろう。
彼女は奪われた者を取り戻したかっただけだった。八つ当たりで、罪滅ぼしで、エゴで。奪われた者を誰かから奪い返す。
そうして自身を満たしてゆくのは『どちらも同じなのだから』
「そろそろ、お別れにしましょう?」
彼女が罪を重ねようとも、幸福になど、なれやしない。
●
強くなりたい。強くなって、護りたいものは沢山あった。
ベネディクトは、魔種へと向き直った。姉の名を借りて、姉の幸福を作るように不幸に身を落としてゆく彼女。
失ったものは指の数じゃもう足りないほどに。それでも、間違った強さに手を染めることなどベネディクトは出来なかったから。
彼女の悲痛なほどの呼び声を遮るように、黒狼は直走る。
「ごめんなさい」
フランは、彼女の名前を呼べやしなかった。こんな時、なんて言えば良かったのだろう。
シラスのように現実を突きつけることも、リアのように心を砕くことだって、出来なくて。
シラスを庇うフランは傷だらけであった。だが、そのおかげでシラスは自由に動き続けることが出来たのだろう。行く手を遮るアレクシアはベネディクトと交代し、それでも最後まで食らいつく。
魔種の命を奪うときは自身らも傷を負う。それだけ強力な存在であること位分かっていた。
それでも、彼女たちがただの人間であった事をイレギュラーズは知っている。だからこそ、せめて『救い』が与えられたら。
――死ぬ前に、何か、一つでも。
打ち倒した少女の体が地へと叩きつけられる。起き上がることさえ出来ぬ、華奢な体。
切り刻んだ藤色の髪が、痛ましい。
「最後に一つ……貴女の口から名前を教えて? ……あたしはね、これからもきっと罪を犯して生きていくわ。
だからせめて、相対する人の旋律を、物語を、決して忘れない様に刻み付けたいの。
あたしが自分の罪を忘れない為にも。そしていつか、この世界の悲しみを断ち切る事ができるよう、足を止めない為に」
リアが差し伸べた手に、少女は唇を震わせた。朱色の瞳から、生気が失われていく。命の気配が、薄く涙に濡れた頬が白くなる。
『リェー』
ハリエットが、姉が愛おしそうに呼んでくれた秘密の愛称。リェーと呼んでクラリーチェがその頬に手を添えた。
「姉様、今度こそ、一緒に、逃げよう? 私、が、逃げなかったら、ずっと手を繋いでいたら――姉様は幸せになれた……?」
シラスは「さあ」とだけ小さく呟く。縋るように、焔はその手を取った。彼女を救ってやることは出来ない。そんな、方法を知りやしないから。
「ねぇ、アレクシア先輩……魔種って、悪い人なんだよね、殺さなきゃいけないんだよね?」
「フラン君……」
一緒に遊ぶことは出来ないのだろうかと呟く彼女は善性だ。人の命など、背負ってはいけないはずで。
「……そうだね、魔種は殺さなきゃいけない。でも……悪い人、じゃないんだ。
彼らも生きている、想いがある、私達と変わらない。だからそうだね……必ず、一緒に笑えるようにするんだ。その時まで……少しだけ、待っててね」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
リクエストテーマが『心を抉る』シナリオシリーズであったため、最後まで沢山考えて傷ついて頂けるようなシナリオでしたら嬉しいです。
それぞれの考え方はそれぞれの者で、とても、個性というものを感じました。
GMコメント
夏あかねです。『皆で悩んで苦しんで、心に傷が残るような依頼』の、シリーズ3本目。最後。
『legame di famiglia』で家族を、『Ognuno ha la sua croce』で少年を反転させた魔種との邂逅。
●目的
『ハリエット=ド=パジェンヌ』男爵霊場を名乗る魔種の殺害
●難易度
当シナリオは魔種との戦闘シナリオです。Hard相応となります。
●『ハリエット=ド=パジェンヌ』と名乗る魔種
旧パジェンヌ領に存在する古びた屋敷。廃村となったその地に棲まうている魔種だそうです。
短く切り揃えられた藤色の髪と朱色の瞳、一見すれば少年とも思える体のラインを隠したマントを身に纏って居ます。
実年齢は定かではありませんが外見年齢は15才そこそこです。
『彼女』は恐らくはパジェンヌ男爵家の令嬢です。フランツェルの調査結果でもパジェンヌ家は藤色の髪に朱色の瞳を持っていたそうです。
ですが、『彼女』が姉妹のどちらか――姉『ハリエット』、妹『オリエンヌ』――なのかははっきりとしていません。
本人はハリエットを名乗っているようですが……。
非常に強い呼び声を発します。誰かを護る為に力を得るべきでしょうとささやきかけるのです。『強欲』の魔種。
戦闘は前線でのスピードファイター。やや打たれ弱い面もありますが、一撃一撃は重たく、舐めてかかって良い相手ではありません。
『彼女』は『Ognuno ha la sua croce』や『legame di famiglia』の結果がどうなったのかを知っています。
「どうせ、あんた達はあの人達を殺したのに。綺麗事ばっかり言って、人を殺すことが罪だというのね」
彼女は唯、しあわせになりたかっただけでした。
一世一代のやつあたり。逃げ出した自分の罪滅ぼし。『ハリエット』はしあわせにならなくっちゃ。
普通の恋をして、笑い合って、誰かに手を引かれる甘い、普通の女の子になりたかった。
●現場情報
旧パジェンヌ邸。月明りが差し込んだ、薄汚れた廃館です。割れた窓硝子や、壊れた家具が散乱しています。
ふかふかとしたベッドに腰掛けている『彼女』と相対することが出来ます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
それでは、いってらっしゃい。
Tweet