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シナリオ詳細

罪禍の証明、優しさの結末。或いは、鳴らなかった夜明けの鐘…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●2つの扉
 夏の気配も遠ざかる、どこか肌寒い夜。
 幻想のある街、ある廃屋の地下室でコルネリア=フライフォーゲル (p3p009315)は不機嫌そうに煙草を吹かす。
 埃だらけのソファーに腰を落ち着けて、対面に座る小柄な女へサングラス越しの視線を向けた。
 長く伸びた前髪と、二ット帽で目元を隠した奇妙な女だ。
 くすんだ金の髪はパサついている。
 また、ニット帽の上から付けたヘッドホンで耳を覆っているのはなぜか。
「ま、どうでもいいが……面子が揃ったんなら、そろそろ本題に入るのだわ」
 ふぅ、と吐き出した紫煙がランタンの明かりに照らされて、地下室の天井へと立ち昇る。
 停滞し、淀んだ空気に煙草の煙は良く馴染んだ。
 コルネリアにとっては慣れ親しんだ、陰鬱な空気だ。
 そして、ニット帽の女にとってもそれは同様であるらしい。少なくとも彼女は煙草の煙に文句をつけるつもりはないらしい。
 しかし、それを良しとしない者もいる。
「コルネリアさん、換気が十分でないところでの喫煙は少し……」
 着物の袖で口元を覆い小金井・正純 (p3p008000)は言う。
 どこかバツが悪そうに、コルネリアは足元に転がっていた酒瓶に吸いさしの煙草を押し込んだ。
 そんな2人のやり取りを、ランタンの向こうに座った女は面白そうに眺めている。
「そんで? アンタはどこのどなた様で、何のためにアタシらをここに呼んだのだわ?」
「カタギの人間じゃないわよね。纏う雰囲気がそんな風だわ」
 腰の剣に手をかけながらリア・クォーツ (p3p004937)は問う。
 出入口が1つしかない地下室だ。
 もしもこれが罠だったら、と思うととてもじゃないが警戒を解く気にはなれない。
 チラ、とリアは視線を炎堂 焔 (p3p004727)へと向ける。
 リアの視線に気づいた焔は、ツインテールを揺らしながら首を大きく横に振った。
「ボクは何も知らないよっ!?」
「疑っているわけじゃなくって……何があっても不用意に炎を出すなって言いたかったの」
 目は口ほどに物を言う。
 あれはきっと嘘だ。少なくとも、リアの視線から焔はその意図を図ることが出来なかった。
「別によぉ、取って食おうってわけじゃねぇんスよ。だからそんなに警戒しないでほしいっす」
 そう言って小柄な女はわざとらしく両手を顔の横へと上げた。
「あー、私の名前はイフタフ・ヤー・シムシム。これでも裏の世界じゃ名前の通った情報通って奴っす」
「裏世界の情報屋? そんな人が一体何の用事なのですか?」
 眼鏡をの位置を直しながら、クラリーチェ・カヴァッツァ (p3p000236)は問う。
 周囲をぐるりと見まわせば、集められた面々はどうにも聖職者ばかりのようだ。
「悪魔祓いでもさせる気ですの?」
「うん? イフタフさんは悪魔に憑かれているのだわ? たしかに発育不良というか、身体が細い気がするのだわ? ちゃんとご飯、食べている?」
 ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ (p3p001837)、そして華蓮・ナーサリー・瑞稀 (p3p004864)が口を開いた。
「背が小さいのも、発育不良なのも気にしてるんで放っておいてほしいっす」
 わざとらしく機嫌を損ねた風を装いイフタフは言う。
 なるほど確かに、イフタフの背は150に届かない程度と非常に小柄だ。
 着ている派手な柄のパーカーは体のサイズに比べて随分とオーバーに過ぎる。
 一方で、パーカーの袖口から覗くイフタフの手は小さく、そして細かった。
 肌の色が妙に白いのは、日に当たらない生活を続けているせいか。
「悪魔祓い。惜しいっすね。当たらずとも遠からずってところっす。テストだったら余裕で合格点だし、サービスで満点にしてあげてもいい」
「持って回った言い方をしてんじゃないのだわ。依頼? だったらさっさと詳細を話すのだわ」
「あー……でも、その前に1つ、皆さんにお聞きしたいんっす」
 コルネリアの剣呑な視線を受け流しながら、イフタフは顔の横に掲げた両手で何かを摘む真似をした。
「皆さんの目の前には2つの扉。そしてここには2つの鍵。でも、皆さんが選べる扉と鍵はそれぞれ1つだけ」
 そう言ってイフタフは右の手を僅かに持ち上げる。
「右の扉は白い扉。その先にあるのは明るい世界。そっちへ進んだ皆さんは、家族や友人に囲まれて、幸せな人生を送り、いずれ惜しまれながらこの世を去っていくんす」
 次にイフタフは左の手を持ち上げる。
 くっくと肩を揺らして笑い、イフタフは嘲るような声音でもって言葉を紡いだ。
「左の扉は黒い扉。その先にあるのは淀んだ掃き溜めみたいな世界。そっちへ進んだ皆さんは、時に誰かの想いを踏みにじりながら、憎悪と悪意の渦巻く世界を生きるっす」
 さぁ、どっちを取ります?
 イフタフは問う。
 つまり、この選択肢によって依頼を出すか否かを決めるということだろう。
 皆が口を紡ぐ中、前に出たのはアリシス・シーアルジア (p3p000397)だ。
 音を鳴らして床を蹴るように歩く彼女は、イフタフの眼前に立つと迷いなく左の手を取り告げた。
「既に私はこちらの道を選んでいます。さぁ、疾く扉を開いてください」
 その応えは、果たしてイフタフにとって満足のいくものだったのか。
 にぃ、と不気味に口角を吊り上げ、彼女は告げる。
「イフタフ! ヤー! シムシム! かくして扉は開かれたっす!」

●鳴らない鐘
 イフタフが差し出したのは、日に焼けてくすんだ一枚の写真。
 映っているのは修道院か。
 写っているのは、優し気な笑みを浮かべた都合6人のシスターと13人の子供たちだ。
「ここが今回、皆さんに行ってもらう場所っす。とある高台にある修道院。もう誰も居ない筈のそこに入ると、勝手に扉が閉まるっす」
 一度、扉が閉まってしまえば、修道院の内部はこの世界から隔離させると、イフタフは言った。
 閉まった扉を開けることは出来ず、また破壊することも叶わない。
 扉が再び開くのは、修道院の内に住み着く亡霊の用事が済んだ時だけだ。
「神の与えた試練に耐えられれば、貴方の罪を赦しましょう。閉鎖された修道院で、皆さんはそう問われるでしょう。声のした方向へ視線を向ければ、そこには1人の美麗なシスター」
 彼女の名はシスター・クレランス。
 写真の中央付近に移る、歳若く美しいシスターだ。
「試練を受けるか、それともそこでの出来事を忘れ修道院を去るか。皆さんは選択を迫られるっす」
 シスターの提案を受け入れれば、世界はぐるりと一転する。
「そこは【業炎】が渦を巻く、まるで地獄のような世界っす。燃える修道院に、人の肉が焼け焦げる臭い、そこらに散らばる誰かの部品は炭化して、触れれば脆くも崩れ去るっす」
 業火の渦巻く中より歩み出てくるは、顔面も肌も焼け焦げたシスター・クレランス。
 そして、周囲より起き上がる幾つもの死体。
 その数は大人が10人、子供が12人。
 意味のない言葉を繰り返し口にするだけの亡者たちだ。
「大人の数が写真に写っている人数と合わない? じゃあ、あれだ……そこで死んで、亡者の仲間になった連中がいるんっすよ」
「その世界へ足を踏み入れた方たちは、皆、罪人だったのですか?」
 そう問うたのは正純だ。
 イフタフは嘲るような笑みを浮かべて、正純の顔を指さした。
「生きるってのは、実に実に罪深い行為っすよ。生きることは奪うことっす。知らないんすか」
 イフタフの言葉に正純は声を詰まらせる。
 彼女とて、他者の命を奪ったことが無いわけではない。
 ある少年の家族を射ったあの日のことを生涯忘れることは無いだろう。
 正純だけではない。
 その場に集った全員に、思い当たる“罪”がある。
 誰かを撃った。
 誰かを斬った。
 誰かを焼いた。
 誰かの命を奪ったことも、誰かの命を守れなかったこともある。
 そんな罪を背負いながら、彼女たちはここまで来た。
「修道院から元の世界に帰還するには、シスター・クレランスを倒すほかに術はないっす。もっとも彼女を含めた亡者たちは【紅焔】を纏い、【呪い】を振りまき、皆さんを【狂気】に陥らせることでしょう」
 身を隠せるような場所はない。
 亡者たちを退けるには、彼らを再び殺すしかない。
 女も男も、大人も子供も区別なく、撃って、斬って、炎にくべる。
 修道院で過去に起きた出来事は、きっとそんな風だった。
 だから、これはありし日に起きたよくある悲劇の繰り返し。
 あの日、夜明けの鐘が鳴らなかったから。
 彼女たちは、今も業火の盛る夜にいる。
「あぁ、神様。これは罰なのでしょうか? それとも試練なのでしょうか? だとしたら、あまりにも惨い。あぁ、神様、この試練を乗り越えろとそうおっしゃっているのでしょうか? 試練を超えたその先で、我らの罪は赦されるのでしょうか? ってね」
 そんな風にイフタフは何かを嘲笑する。
 それから、肩を竦めて言った。
「目を閉じて、耳を塞いで生きて来た者の馴れの果て。だけど優しい人でした。さぁ、そんな優しい人に、皆さんは何をしてくれるんっすか?」
 目を閉じて。
 耳を塞いで。
 喉が裂けるまで声をあげて。
 それで何かが変わるはずもなく。
「しっかり見て、聞いて、終わらせてきてほしいっす」
 なんて、言って。
 ヘッドホンとニット帽を取り去って、イフタフは初めて素顔を晒す。
 彼女の目から耳にかけては焼け爛れ、瞼と耳はすっかり燃え尽き塞がっていた。

GMコメント

※シナリオリクエスト、ありがとうございますと病み月が言ってます。

●ミッション
・シスター・クレランスの討伐
※半数以上が戦闘不能に陥った段階で、任務は失敗となります。

●ターゲット
・シスター・クレランス×1
美しい修道女。
しかし現在、彼女の顔や体は焼け焦げ、炭化しかけた筋繊維が露出している。
業火に燃える修道院は、彼女が造り出したものだ。
そのため、彼女を討伐せねば元の世界へ帰還することは叶わない。

誰にも届かない手:神至単に特大ダメージ、紅焔
 差し伸べられたその手に触れれば、貴女はたちまち燃え上がる。

声が聞こえる:神中範に中ダメージ、狂気、呪い
 耳元で誰かの声がする。掠れて、渇いた微かな声だ。


・焼け焦げた亡者たち×23
大人が10人、子供が12人。
業火に焼かれる亡者たちは、時折身体から火炎を噴き出す。
その度に彼らは苦悶を叫び、痛みと熱にもがき苦しむ。
どういった理由からか、彼らは生者へ手を伸ばすのだ。

何かを掴もうとする手:神至単に大ダメージ、紅焔
 縋るように。その手に触れれば、貴女はたちまち燃え上がる。

声が聞こえる:神近範に中ダメージ、狂気、呪い
 耳元で誰かの声がする。掠れて、渇いた微かな声だ。

●フィールド
燃え盛る修道院。
修道院跡地でシスター・クレランスに出会うことで、貴女たちはその世界へと連れ去られる。
世界そのものがシスター・クレランスの能力なのだろう。
修道院から外に出ることは出来ず、また炎に触れることで【業炎】の状態異常を付与される。
身を隠せる場所はなく、また炎が邪魔で視界も悪い。
足元には瓦礫や燃えた木材が転がっている。

粗末な修道院が1つ。
礼拝堂が1つ。
半径200メートルほどの範囲内にある建物はそれだけだ。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。  

  • 罪禍の証明、優しさの結末。或いは、鳴らなかった夜明けの鐘…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年09月20日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤

リプレイ

●幸福であれと、そう願ったはずなのに
 夜の闇に朱が揺れる。
 気管を焼く熱気と、木材の焼ける黒い煙。
 それに混じる、人の肉が焼ける異臭。
 業火に燃える修道院から、男とも女とも判別の付かぬ誰かがよろりと歩み出る。
 焼け焦げた皮膚が剥離し零れた。
 それでも誰かは生きていた。
 否……生きていた、という表現はきっと正しくないのだろう。
 彼女たちは既に故人だ。
 けれど、その魂だけは未だこの世に囚われたまま、明けない夜で苦しみ続ける。
「神の与えた試練に耐えられれば、貴方の罪を赦しましょう」
 火炎に巻かれた女が言った。
 彼女の名はシスター・クレランス。
 明けない夜の元凶にして、かつては優しく、美しかった修道女の馴れの果て。
「……罪を赦す、か……死者が随分と出しゃばるじゃねーのよ」
 咥えた煙草を業火の中に投げ込んで『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)はそう言った。
 
『生きるってのは、実に実に罪深い行為っすよ。生きることは奪うことっす』
 イレギュラーズをこの場に呼んだ情報屋……イフタフ・ヤー・シムシムと名乗る女はそう言った。
 人は喰わねば生きていけない。
 喰うとはつまり、他の生き物の命を己の内に取り込むということだ。
「ええ……動植物も、人も、生き物は天命を全うするその日まで罪を重ねる生き物でしょう」
『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)とて、それは決して例外ではない。
 己の意思を通すため、他者の意思を踏みにじったこともある。そのこと自体に後悔は無いが、だからといって一切合切、気にしていないわけではない。
 けれど、それは彼女が自分で選び、行ったことだから。
 後悔はない。謝ることもしない。
 そして、歩みを止めることも……。
『神よ』
『贖罪を聞き入れて……あぁ、神よ』
 身体を炎に包まれた歩く死体が1つ、2つ……次第に数を増すそれを、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)はただ沈黙して見つめていた。
 伸ばされた腕は、生者を冥府へ引き込むためのものだろうか。
 それとも、助けを求めているのか。
 ふぅ、と小さな吐息をひとつ。
「疾うに捨てた職故、昔取った杵柄に過ぎませんけれど――それでは、告解を始めましょう」
 身体の前に構えた槍を中心に、放たれた光がアリシスの視界を真白に染めた。

 肉の焼ける音がした。
「っつ!?」
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の左腕に激痛が走る。まるで神経に直接、1000本もの針を突き立てられたかのような鋭く耐え難い痛みであった。
 咄嗟に左の腕を引き、直後ヴァレーリヤはそれに気づいた。
 業火に焼かれる修道女たちは、この痛みに今もずっと晒され続けているのか、と。
 その事実に気づいた瞬間、背筋は粟立ち、白い頬に冷や汗が伝う。
「……大丈夫。もうこれ以上、苦しむ必要はございませんわ。主は、きっと貴女達を迎え入れて下さいます」
 1つ。
 口の中で聖句を唱えた彼女は、ゆっくりとメイスを頭上へ掲げる。
 助けを求めるように差し伸べられた誰かの焦げた手が、ヴァレーリヤの頬に届いて肌を焼いた。痛みに耐えて噛み締めた歯がミシと軋んだ音を鳴らす。
「せめて自分の手が届く範囲の人達だけは、幸福であれと。そう願ったはずなのにこんな結末になって」
 ぐしゃり。
 振り下ろされたメイスは正しく、亡者の頭部を砕き潰した。

 慣れ親しんだ炎の朱が、今日は自棄に目に染みる。
 手に灯した魔炎を前へと投げながら『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は思案する。
 いつも通り。
 炎を操り、敵を焼く。
 傷つけ、殺して、きっと彼女の小さな手に染みついた血はいくら洗っても拭えない。
 それでも、彼女はこれから先も、その小さな手を血で汚し続けるのだろう。
 誰かを救け、守るために。
 それが必要なのだとしたら、きっと迷うことは無い。
「……ここであなた達の仲間になってあげるわけにはいかないんだ」
 謝りはしない。
 ただ、己の意思を……炎のごとく燃える己の意思の火種をこれからも絶やすことが無いよう。そんな決意が鈍らないよう。
 そしてせめて、これ以上彼女たちが苦しむことがないよう、持てる火力の全てでもって、亡者を灰へと還すのだ。

 降り注ぐ矢が、渦巻く炎を貫いた。
 炎の掻き消えた後には、眉間に1本の矢が突き立った亡者が1人。
 苦悶の声をあげるそれを一瞥し、『未来を願う』小金井・正純(p3p008000)が言葉を紡ぐ。
「神の試練? 罪を赦す? 神も星も、人に何も与えません」
 彼女の声は亡者の耳に届かない。
 けれど、それを終わらせることは出来るだろう。
 弓に矢を番え、キリリと弦を引き絞る。
 そんな彼女の左右から、業火の壁を突き破り2体の亡者が迫り来る。伸ばされた腕は、しかし正純に届くことなく、無数の弾丸に打ち砕かれた焦げた肉塊へと変わる。
 コルネリアによる援護射撃だ。
 正純は彼女へ目礼を送ると、番えた矢を亡者の眉間目掛けて射った。

 露出した筋繊維が火に燃えていた。
 美しかった顔はすっかり黒く焦げ、渇き血走った眼球はどこを向いているのかも定かではない。
 纏った修道服の裾が、灰となって風に舞った。かつてはよく手入れされていた髪は、燃えて縮れてしまっている。
 シスター・クレランス。
 此度の異変……終わらない夜の元凶である。
 重たい動作で伸ばされた腕を、受け止めたのは『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)だ。ごうと音をたて勢いを増す炎が彼女の腕を焼く。
 肉を焼かれ、短い悲鳴を零しながら、しかし華蓮はクレランスの腕を離さない。
『己の罪から目を逸らさず向き合いなさい。それが神のご意思なら、然るべき罰が与えられることでしょう』
 修道院を包む業火は己に与えられた罰だと、クレランスはそう言った。
「知っていた……知っていた……でも、見ないふりをしていたのだわ」
 静かに、華蓮はそう返す。
 彼女の言葉は、きっとクレランスの耳に届いていない。
 己の罪に苛まれ、魔物と化した今の彼女に人の言葉は届かない。
 けれど、伝えずにはいられない。
「あたしを見ろ! シスター・クレランス!」
『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)の突き出した剣が、クレランスの胸を突き刺した。人を刺したにしては、あまりにも軽い感触だ。
 どこを見ているかも分からないクレランスへ、強い言葉を吐きかけて、燃える顔に己の頭部を打ち付ける。
 額が焼けた。
 神経を刺す強い痛みに、歯を食いしばる。
「貴女の焔を、あたしに預けなさい!」
 クレランスは、もう十分に苦しんだ。
 死者には永久の安らぎが与えられるべきだ。
 誰かを想い、何かを犠牲に支払って、苦しみ続ける。
 それは、生者にのみ許された特権だ。

●地獄の業火に焼かれながら、それでも天国に憧れる
 夜の闇を切り裂くように、一条、黒に奔る真白い閃光。
 一瞬。
 けれど、鮮烈に。
 流星のようなそれに見惚れて、亡者の1人が足を止めた。それは小さな子供の姿をした亡者。炎に焼かれ、痛みと熱と渇きに喘ぐ以外のことを思考できなくなったはずのその子の脳裏に、かつて聞いた優しい声が木霊する。
『流れ星を見つけたら、お願い事をしてみましょう。きっと、星が神様のところに、貴女の願いを運んでくれるわ』
 誰の言葉だっただろうか。
 もう思い出せない。
 だけど、きっと……自分はあの人の優しい声と、綺麗な笑顔が好きだった。

『神様。どうか、私を助けて……』
 差し伸べられた小さな手を、正純が取ることはなかった。
 ストン、と。
 軽い音が鳴り、空を見上げた亡者の額を矢が貫く。
 倒れる亡者は、灰と化して熱波に吹かれ消えていく。
「死者は灰に還るもの。そして、新たに星の祝福を受け生まれ変わるもの。だから、今日ここできちんとあるべき所へ還りなさい」
 救いを求める手を取ることは叶わない。
 けれどせめて……次は幸せな人生を、そう祈らずにはいられない。

『貴女の罪を赦しましょう』
 女の声が耳朶を擽る。
 鳴りやまない。ずっと、炎が家屋を焼く音に紛れて、その声は脳裏に響き続ける。
 気がおかしくなりそうだ。
 罪など数えきれないほどに背負っているに決まってる。
 だから、どうした。
「アタシが罪を背負ってるなんてのは分かってんだ、分かって此処に立ってんだ」
 後退しながら、ガトリングの弾をばらまき続ける。
 伸ばされた腕を肉片に変えた。
 苦悶に歪む誰かの顔に風穴を開けた。
「償い方なんざ死者に決められてたまるかよ、死人が赦しを与えられるか!」
 神は子供らを助けたか?
 業火に焼かれ苦しむ子供を助ける力も持たない神が、何を偉そうにほざくのだ。
「何時だってテメェを赦すも罰するもテメェ自身だ! 何もしねぇ神に何時までも囚われてんじゃねーぞ馬鹿野郎が!」
 頬が焼ける。
 唾を飛ばしてコルネリアは叫ぶ。
「うん。そうだ。そうだね。ありがとう……でもボクにはまだ許しは必要ないよ」
 鉛弾を浴びながら、やっとのことでコルネリアの元へ辿り着いた小さな亡者を、火炎の魔弾が撃ち抜いた。
 ごう、と燃えて、亡者は地面に倒れ伏す。
 それを放った焔の背後で、踊るように猛火が吠えた。
 赤い髪を靡かせながら、焔は頭上に手を翳す。
 そこに灯るは炎の魔弾。
 人が人を救うのだ。
 人が人を殺すのだ。
「焔……あんた」
「大丈夫! それくらいの罪で潰れたりなんてしないよ!」
 いつものように元気な声で。
 影になったその表情は窺えない。
 けれど、彼女の声は少しだけ震えていたのではなかったか。
 炎の魔弾を亡者へ向けて放った焔は、小さな小さな言葉を零す。
「ここで潰れてしまったら……それこそ今まで犠牲になった人達に顔向けできないもん」

 古いけれど、掃除のしっかり行き届いた修道院。
 貧しいけれど、笑顔の絶えない子供たち。
 優しく、時に厳しい修道女たち。
 在りし日の光景は、きっとそんな風だっただろう。
 クラリーチェ自身の記憶に残る、似た光景と目の前の惨状が重なり合う。
「ここにいると、記憶の底に閉じ込めていたものが引きずり出されそう……」
 りぃん、と。
 胸の前で腕を組み、静かに祝詞を唱えればどこか遠くで鐘の音が鳴る。
 降り注ぐ淡い燐光。
 それは、アリシスの負った火傷を少しずつだが癒していく。
「終わらせてあげてほしいと、彼女はそう言いました」
 槍を振るう。
 業火を散らし、それは亡者の胸を抉った。
「罰も試練も、終わらぬ懺悔は……もう良いでしょう」
 光刃が亡者を焼いた。
 灰となりゆく子供の亡者は、暖かな光に包まれて、ほんの一時、あの日の記憶を取り戻す。
『あの日……ぼくがあんなことをしなければ』
 掠れた声に耳を澄まして、クラリーチェは問う。
「貴方がたの嘆きも、怒りも、受け入れましょう。その魂に遺されている感情を、燻ぶるものを、すべて吐き出してごらんなさい」
 アリシスが槍を引く。
 亡者は脚の先から灰になっていく。
『怪我をした男の人を連れて帰ったんだ。クレランスも、皆も、いいことをしたな、って褒めてくれて……』
 炎が消えて、顕わになるのは焼けた顔。
 渇いた瞳には既に何も映らない。
『手当をして、夜になって、あの人はイフを攫おうとして……修道院に火を、つけて、それを……それを、クレランスが、木材で』
「やはり“彼女”が数の合わない子供の最後の1人、たった1人の生き残りですか」
『イフは……無事、なの?』
 良かった。
 そう呟いて、少年の身体は崩れ去る。
 ほんの僅かに残った灰も、風に吹かれてどこかへ消えた。

 亡者を数体、打ち倒しヴァレーリヤが地に伏した。
 赤い髪は煤に塗れ、白い肌には夥しい火傷。血と脂、肉の焼け焦げた匂いが立ち込める中、彼女は【パンドラ】を消費し、立ちあがる。
 自身に回復術を行使しながら、落ちていたメイスを拾い上げた。
「終わらせてあげましょう。“これ以上”を重ねるのは、きっと本当の望みではないはずですもの」
 クラリーチェとアリシス、そして少年の声は彼女の耳にも届いていた。
 シスター・クレランスは優しい人だ。
 だからこそ、大切な家族を救うためとはいえ、人を殺めた事実に耐えきれなかった。
 炎に巻かれる修道院から、子供たちを逃がすことが出来なかったことを悔いた。
 怒りと、悲しみと、神に対する信仰心が彼女の想いを歪めてしまった。
 正気でいられなかったのだろう。
『目を閉じて、耳を塞いで生きて来た者の馴れの果て。だけど優しい人でした』
 クレランスはきっと、この世に渦巻く悪意から目を逸らして生きて来た。
 けれど、それは罪なのか。
 優しいことが罪なのか。
 否。
 断じて、否。
「何も取り戻してはあげられないけれど、貴女の願い、いつか必ず実現して見せますわ」
 足を引き摺り、痛む身体を無理に動かし、ヴァレーリヤは前へと進む。
 業火の中で、クレランスが泣いている。
 今なら彼女の声が聞こえる。
 そして、その声はきっとリアや華蓮の耳にも届いているはずだ。

●主よ、どうか彼らの旅路を照らし給え
 業火の柱が立ち昇る。
 火炎に巻かれた華蓮とリアは、唇を噛み締め、悲鳴の1つも零さない。
 黒き魔力に覆われた腕を、華蓮はクレランスの腹部に刺した。
 瞬間、クレランスが罅割れた絶叫をあげる。
 悲鳴をあげながら、クレランスは腕を伸ばした。ギリ、と華蓮の喉を燃える手が掴み締め上げる。
 じゅう、と薄い喉の皮膚が焼けた。
 華蓮の口から、咳と一緒に血が溢れだす。
「花蓮さん!?」
「……いい、のだわ。これは、私の」
 血を吐きながら、華蓮はリアの身体を押しのけ前へと進む。
 業火に包まれながら、華蓮とクレランスはもつれるようにその場に倒れた。
 身を挺して仲間を庇う。
 けれど、それは覚悟ではない。
 彼女の単なる自己満足。
 仲間のために傷ついたという事実を作るための行動。
 そんな自分の行いを、華蓮は自嘲し、嫌悪する。
 けれど、しかし……。
「お休みなさい。誰かを救いたくて、でも救えなかった優しい人」
 ヴァレーリヤの振るうメイスが、クレランスの腕をへし折ったことで華蓮を包む火炎も消えた。
 彼女が己の業に潰され果てる日は、きっと今日ではないのだろう。

 身体が燃える。
 降り注ぐ燐光が、傷を癒す。
 その繰り返し。
 絶えず襲い来る痛みにももう慣れた。
 クレランスの感情は、耳障りな不協和音となってリアの脳を揺らす。
 痛い。
 頭が割れそうだ。
 それがどうした。
 慣れたものだ。
 何のためにここに来た。
 剣を振るい、クレランスの胸を刺す。
 ヴァレーリアの振るったメイスが、クレランスの肩を潰した。
「悪い夢は今日で終わりです、シスター」
 正純の矢が膝を貫き、コルネリアの撒く弾丸がクレランスの逃げ場を無くす。
 一閃。
 軽やかに振るう剣により、クレランスの胸に十字の傷が刻まれた。
「ただ、貴方の罪を受け止めましょう。誰にも届かなかったその手を、向けてこい!」
 耳障りな音に負けないよう、声の限りリアは吠えた。
 クレランスの腕がリアの頬から首にかけてを抉り、焼いた。
 焦げた皮膚が剥がれた後には、薄いピンク色の真皮が覗く。
 助けを求めるように、或いは、誰かを助けるために、その手はかつて伸ばされたはずだ。
 他者の命を奪うために、振るわれて良い腕ではないのだ。
 だから、リアは流れる血を拭うこともせず、大きく1歩、踏み出した。
 クレランスの喉を、剣で貫く。
 サクリ。
 終わりは案外、あっさりとしたもので。
『私は、赦されないことをしました。私は、間違っていたのでしょうか』
 なんて。
 掠れた声で、震えた声で、彼女はそんなことを言う。
 だから、リアは剣を手放し、代わりに燃えるクレランスを抱きしめた。
「貴女の焔は確かに受け取りました。だから、貴女達の罪を赦します。どうか、安らかにお眠りください」
 りぃん、ごぉん。
 どこか遠くで鐘が鳴る。
 西の空が白く光った。
 夜が明けて、朝が来る。
 あの日、鳴らなかった鐘の音色を聞きながら、クレランスは消えていく。

 そこは夜明けの修道院。
 燃えた家屋の残骸の中、1人の女が地面に膝を突いていた。
 彼女の名は、イフタフ・ヤー・シムシム。
 此度の依頼人であり、そして在りし日の修道院の様子を知る、おそらくただ1人の人間。
「神は罪を赦されない。罪とは背負うもの、罰とは自身で課すものです」
 イフタフの前に立った正純が、そんな言葉を口にする。
 それは果たして、誰に向けての言葉だろうか。
「貴女がどんな十字架を背負って生きていくのか、あたしには分からないけど……でも、覚えておいて」
 顔をあげたイフタフへ、リアが手を差し伸べた。
 炎に焼けた黒い手だ。
「人は皆、愛される為に生きているの。貴女が何かに縋ろうと手を伸ばすのなら、あたしはその手を必ず掴む……必ずよ」
 優しい言葉ときれいな笑顔。
 そして差し伸べられた手に、優しい彼女の姿が重なる。
「だったら、どうか……一緒に、祈ってほしいっす」
 なんて。
 震えた声で、イフタフは己の願いを口にした。

成否

大成功

MVP

アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先

状態異常

華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)[重傷]
ココロの大好きな人
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)[重傷]
願いの先

あとがき

多くは語るまい。
依頼人も、シスターも、きっと皆救われました。
依頼は大成功です。

この度はリクエストありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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