シナリオ詳細
狭間の緑奏
オープニング
●
茶色い板張りの廊下が奥まで続いている。
切れかけた蛍光灯が明滅し、蛾がちろちろと飛んでいた。
夜の静けさの中に、何処からか梟の鳴声が聞こえてくる。
茹だるような暑さのはずなのに、背筋には冷たい汗が流れていた。
「も、ほんと、ねぇ……! 待って? マジで? こんなリアルって聞いてないしィ!?」
ぶるぶると震えた声を出すのはエイル・サカヅキ (p3x004400)だ。いつも以上に大きな声を出しているのは怖さを紛らわす為だろう。
「本物に見えますね」
廊下の窓に近づいた『猫のしっぽ』廻(p3y000160)は目線より上の硝子から外を見ようとぴょんぴょん跳んでいた。
それを後ろから抱き上げたのはホワイティ (p3x008115)である。視界が上がり硝子の向こうに見える風景に不安げに眉を寄せる廻。
寂れた木造の校舎、広い運動場には雑草が生えて、夜空には月が浮かんでいる。
学校の外は山や田んぼしかなく、民家のようなものは無かった。
「入って来たドアも無くなってるし。此処は何処なんでしょう」
――――
――
「ベルは、廻さんと、龍成さんと、是非ご一緒したい、です」
広場に集まった廻と『刃魔』龍成(p3y000215)の手を引いたのは小さな縫いぐるみの姿をしたベル (p3x008216)だ。
「んー? どこに行きたいんだよ?」
「えっとですね、お化け屋敷です!」
夏の間ヒイズルの常磐公園には、大きなお化け屋敷が建てられるのだという。
小さな子供は泣き出し、大人でも怖がってしまう本格的なものらしい。
「お化け屋敷……」
廻はごくりと喉を鳴らす。夜妖の専門家とはいえ、暗い場所は怖い。特にこの猫しっぽのアバターは何故か感情のコントロールが難しく、びっくりして子供みたいに泣いてしまうかもしれない。
「廻君はお化け屋敷が怖いのかね? 怪生物(おばけ)が直ぐ傍に居るというのに」
真読・流雨 (p3x007296)は廻を抱き上げて頬をむにむにと摘まむ。
「怪生物の時の流雨さんは可愛いですし」
「大型犬みたいに?」
「はいっ! ふさふさというよりぷるぷるですけど」
アメジストの瞳を細め廻は流雨に抱きついた。
「それで、ベル氏お化け屋敷は何処にあるの?」
小さなベルと目線を合わせる為に座り込んだアオイ (p3x009259)は、現実世界と同じアバターでログインしていた。今居るメンバーだと現実世界と同じ方が馴染みがあるだろうと判断したのだ。
「はい! ヒイズルの常磐公園ですね。この広場から直ぐ近くなので行ってみましょう!」
「よお、待たせた」
ベル達に手を上げるのはヨハンナ (p3x000394)だ。
いつもの銀髪も美しいが燃える様な赤い髪のアバターもとても良く似合っていた。
「ヨハンナさん!」
「悪ぃ、ちょっとログインに手間取った。時間には間に合ったとおもうが」
「はい! ばっちりなのです!」
その場でくるんとエフェクトを出しながら回ったベルにヨハンナも微笑む。
デイジー・ベル (p3x008384)は先日遭遇した天香遮那に肌を触れられた時に感じた妙な違和感の正体について考えていた。あれはどういう原理だったのだろうか。
自分で触っても何とも無い。他人からの接触でしか得られないものなのだろうか。
龍成に聞けば答えは得られるだろうか。後で聞いてみようと先に歩いて行くエル達を追いかけた。
――――
――
「一体ここは何処なんだ?」
ヨハンナは周囲に視線をめぐらせる。
公園に建てられたお化け屋敷に入った一行は、気付けば『旧校舎』の廊下に佇んでいた。
大正ロマンの建築物ではない。どちらかというと希望ヶ浜の田舎にありそうな校舎である。
「もしかして、夜妖のしわざ?」
「かもしれねぇ。クエスト画面見て見ろよ」
――新規クエスト『狭間の緑奏』発生。
夜妖の領域狭間の緑奏を踏破せよ。
この夜妖は『直接攻撃』は行えず、また向こうからも攻撃は来ない。
ヒント:この夜妖は恐怖や悲鳴を食べている。思いっきり怯えるといいらしい。
「何だこのクエスト」
龍成が眉を寄せてアオイに顔を向けた。アオイはこういったネットゲームに詳しいと踏んだからだ。
「そうだね。多分、書いてあるままなんじゃないかな? 龍成氏がガタガタ震えて怯えながらこの校舎を進んで行けばいいんだよ」
「いや、俺はお化けとか怖くねーし」
「ほーう。龍成はお化けが平気なのか」
ヨハンナはアオイと龍成を交互に見遣り口の端を上げた。
「龍成氏……」
「何だよ! 怖くねーよ!」
デイジーが龍成の首筋をそっと撫でれば「うわあああ!?」とその場で飛び上がる龍成。
「ヒャワァ!? なに!? 何なの!?」
龍成の声にエイルも驚いて辺りを見渡す。そこには涙目になる龍成と床に伏せたベル。耳を横にした廻が震えていた。
何処からともなくクスクスと笑い声がエイルの耳に響く。
きっとこれは夜妖が楽しんでいるのだろう。
お化け屋敷に潜む夜妖は、おそらく怯え怖がる場所という他者認識と、本物が居たらどうしようという恐怖により作り上げられた願望のようなものなのだろう。
夜妖の領域を踏破するには思う存分、恐怖を味わうしか無いのだ――
●
延々と続く廊下を歩きながら燈堂門下生である湖潤・仁巳は流雨に振り返った。
「ねえ。最近暁月さんが変なんだよ」
「また唐突だね。どう変なんだい?」
仁巳の言葉に流雨とエイルが耳を傾ける。仁巳の顔は真剣で、思い詰めた様な表情だった。
「多分ね、しゅうとあまねのせい」
「あまねが?」
どういう事だと首を傾げる廻に仁巳が視線を向ける。
「あの子達の顔。詩織さんにそっくりなんだよ」
「詩織さんって……暁月さんの恋人だった人?」
廻の問いかけに仁巳は頷いた。仁巳は五年半ほど前から燈堂家に住んでいる。
その頃はまだ詩織も生きていて、よく遊んでいたのだという。
子供の頃の一日は長い。出会ってから二年という月日で仁巳は詩織に懐いていた。
「私は、さ……居たんだ。詩織さんが死んだとき、その場に居た」
絞り出す声。後悔するように震える指先。
今から三年前のその日。仁巳の目の前で、暁月は詩織を殺した。
(ふーん……やっぱり、そうなんだ)
一行の後ろ、夜妖の気配に隠れて『しゅう』が視線を逸らす。
暁月の様子が徐々におかしくなっているのはやはりこの顔のせいかとしゅうは思った。
喰らった中で一番強かった者の顔。龍成が現れるまでは一番大好きだった詩織の顔。
あまねには渡さなかったしゅうと詩織だけの記憶はいまでも心に残ってる。
(潮時なのかな)
しゅうは龍成を見つめ、その隣にいるデイジーに視線を移した。
(……まだ遊びたかったな)
けれど、龍成の心の隙間はきっともう無くて。
夜妖が入る隙間なんてもう無いのかもしれないと紫銀の瞳をを伏せたのだ。
デイジーは少しぼんやりと歩いている龍成の袖を引く。
「どうしました。熱でもあるんですか? あまりゆっくり歩いていると置いて行かれますよ」
「んー、いや。この前の花火大会(ローレットトレーニング)の帰りの事思い出してた」
「ああ。そういえば『澄原晴陽』を送って行きましたね」
闇の中に花火の音が聞こえた気がした。
――――
――
夜空に花火が咲くあの日。
燈堂の家に帰る途中、人混みの中に居るはずの無い『澄原晴陽(あね)』の姿を見つけた俺は、人違いかもしれないと思いながら彼女を追いかけた。
「ぁ……なぁ」
「……」
近くまで駆け寄って呼びかけたのに彼女は気付いた様子も無く人混みを歩いて行く。
こんなに近くに居るのに、自分の声は届かなくて。
また、冷たくあしらわれるのでは無いかと感傷が蘇った。
伸ばしかけた手が落ちて行く。
何を言われた訳でもない。ただ、姉の目線は自分を責めているように見えた。
優秀な姉からすれば、大学にも通っていない俺は出来の悪い弟なのだろう。
何も言わないのは、喋りたくも無いからだと思っていた。
その鋭い視線に晒されたくなくて、極力合わないようにしていたのだ。
「龍成、早くしないと見失いますよ」
隣から声がした。視線を上げれば、ボディの姿があった。
背を叩く手は何なのだろう。俺が姉を追いかけている間、ずっと傍に居たというのか。
「何で……お前居んの」
「私も同行すると言いましたよね」
燈堂家の中庭で、殴り合ったあの日。
「間違えたって、何度でもやり直せば良いと言ったはずでしょう」
お前はそう言って、俺の柔らかい所に踏み込んで、手を伸ばしてくれた。
「諦めてどうするんですか」
今日もまた、背中を押してくれる。
「わーったよ!」
――俺は何度、お前に救われるんだろう。
「なあ! 姉ちゃん!」
「……龍成?」
怪訝そうな顔を向ける姉は、相変わらず綺麗な顔立ちをしていて、その視線が突き刺さるけど。
それでも、諦めたら隣に居る親友に怒られるから。
声が震えるし、胸が変な感じだけど。
「えっと、さ。病院、帰るんだろ? 人多いし、送ってく」
「そう」
僅かに視線を落した姉はゆっくりと踵を返し帰り道を歩いて行く。
要らないと言われるかと思っていたから、案外肯定的な言葉が返ってきて安堵した。
分かりづらいが。多分、了承してくれたという事なのだろう。
姉と並んで歩くなんて、何年ぶりだろうか。話す事を模索する。
「あ、あのさ。俺。燈堂一門に世話になってんだけどさ、今」
「燈堂……」
分かりづらい姉の表情が明確に歪んだ。これは、地雷らしい。
暁月てめぇ何があったんだよ。
「いや、まあ」
「どうしたの?」
少しだけ俺に視線が向いた気がした。
今なら言える気がする。許してくれる気がする。
「……ごめん、な。姉ちゃん。今まで」
「何、がです?」
「えっと、その色々。ごめん」
確かに。何に謝ってるのかこれでは伝わらないだろう。
でも、他に言いようも無かった。
「これまで、迷惑をかけたこと。家に帰らなかったこと。姉ちゃんと会話してこなかったこと。向き合わなかったこと。機会なんて作ろうと思えば、幾らでも作れたのに。億劫で。それを全部無視して、ないがしろにした」
涙が出そうだった。言葉にしてようやく分かった。
こんなにも、俺は姉ちゃんに『許されたかった』のだ。
「龍成。謝って貰わなくても良いで――……良いわ」
「……ごめん。そんなん急に言われて、はいそうですかって許せるもんねもねぇもんな」
「そうね、ええと……どう言えばいいのかしら。迷惑を掛けられた覚えがないんですよ。心配はしているのだけれど」
「うん? 何で? 姉ちゃんいつも怒ってたじゃん。迷惑そうに俺の事見てただろ?」
俺の言葉に心底不思議そうに首を傾げる姉に目眩がした。
「いいえ?」
「嘘だろ!? 俺の事出来損ないの弟って思ってたんじゃねぇのかよ」
「龍成、私は貴方のことをそんな風に見た事は一度も無いですよ」
真っ直ぐな瞳が俺を射貫く。この目だ。いつも俺を見ていた目。でも、不思議と嫌な感じはしない。
嘘だろう。姉ちゃんはいつも俺を睨んでいたとおもっていたのに。
「少しいいですか、龍成。澄原晴陽」
隣で聞いていたボディがしびれを切らしたように声を掛けてくる。
「機械の私から見ても、貴方たちはそれほど仲が悪いようには見えません。お互いがきちんと相手を思い遣っている。言葉が足りないのは否めませんが、貴方達は十分『仲良し』ですよ」
ボディの言葉は俄には信じられなかったけれど、それを肯定するように少し嬉しそうに目を細めた姉ちゃんが俺の頭に手を乗せて「仲良しですって」と言うのを聞いて、がっくりと力が抜けてしまった。
- 狭間の緑奏完了
- GM名もみじ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年09月13日 22時05分
- 参加人数7/7人
- 相談8日
- 参加費300RC
参加者 : 7 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(7人)
リプレイ
●
真っ暗な廊下にランタンの灯りが揺れている。
妖しい月の光。軋む床板に『ノスフェラトゥ』ヨハンナ(p3x000394)は肩を跳ね上げた。
「おいおい、マジかよ。お化け屋敷にしちゃ滅茶苦茶造りがやべぇ気がするンだが!」
ガタガタと揺れる窓硝子へべったりと血が張り付く。
「……別に怖くないぞ? 俺、医者だし。血とか見慣れてるし。怖くない! 怖くねぇよ!! びびってないからな!! あんなの風の音だろへいきへいきなにいってんの、このおれがびびるわけないだろははは!」
「べべべっ、ベルは勇者ですから、たとえ怖くても、頑張って進みます!」
ヨハンナの声にぷるぷると震える『ちいさなくまのこ』ベル(p3x008216)は精一杯腕を振り上げる。
「なので皆さん、着いてきて……あわわわっ、上からぬるっと、触っちゃ、めっ、ですよ!?
……あれ、今のは、誰だったのでしょうか?」
ベルが振り返った先にには『エンジョイ勢』アオイ(p3x009259)の顔。視線の先はアオイの頭上で。
「何があったの!? ベル氏!?」
「分かりません!」
「……僕、ホラー苦手なんだよね。でも友達が行きたいなら頑張ろうと思うじゃん! 更に強化イベ行われるのはないでしょ!?」
頑張って叫ぶから早くクエストクリアして帰りたいとアオイは眉を寄せた。
それにしても床の具合が酷いとヨハンナと顔を見合わせるアオイ。
「……えー、取り敢えず行くぞ!」
「イヤイヤマジログアウトダメ?」
ヨハンナのかけ声に首を横に振ったのは『???のアバター』エイル・サカヅキ(p3x004400)だ。
夜の学校が怖いことはよく知っている。自分の前に『猫のしっぽ』廻(p3y000160)を置いて後ろには『刃魔』龍成(p3y000215)を配備するエイル。
「いやほら前は怖いし後ろも怖いし!」
自分の足音に「ヒィ!」と声を上げるエイルに廻はくすりと微笑んだ。
「もぉ、笑わないでよぉ……」
エイルの瑞々しい恐怖の声に『機械の唄』デイジー・ベル(p3x008384)は「成程」と頷く。
怯えるということはデイジーにとって難しい。この夜妖は強敵だと息を吐いた。
「えぇ、依頼目的のためにも努力してみましょうとも……怖がることはまだ未学習ですけれど」
デイジーの直ぐ傍で鳴り響いたラップ音に背筋を凍らせたのは『ホワイトカインド』ホワイティ(p3x008115)だ。
「こ、怖くなんかないよぉ? わたしは騎士さんだからねぇ、皆を守るのが使命だからねぇ?」
ぷるぷると震える手を廻が握る。しかし、廻とて足が震えている。
「だ、大丈夫……わたしはやれるよぉ。えーいセルフ『勇気の灯火』! セルフ『勇気の灯火』!!
――よし!!!」
『恋屍・愛無のアバター』真読・流雨(p3x007296)はこの所のキナ臭さを感じ取り眉を寄せた。
その中心は廻か、繰切か。因果という名の輪が絡み合い、今はまだ全貌が見えない状態に歯がゆさを覚えてしまう。真性怪異と無限廻廊の綻びもそうだ。簡単に破れてしまう揺り籠に留まり続ける意味は何だ。
「……何にせよ『知る』という事は武器になる。そして僕も色々と背負っていく必要がありそうだ」
流雨は背後に感じるしゅうの気配に視線を流す。
「という訳で廻君。何かあったら直ぐに呼んでくれたまえ。ホワイティ君達もいるゆえに。早々何かもないだろうが。少々僕は席を外す事になりそうだ。ああ、その前に仁巳君。ちょっといいか」
流雨が仁巳に声をかけるのと同時にエイルの真横にある教室のドアが開いた。
「おお、今あそこで何か動きましたよ」
「どこだよ?」
デイジーの言葉に龍成が教室のドアの前に立つ。
エイルは恐る恐る教室を覗き込む龍成の背を、デイジーと一緒に「わっ!」と押した。
「ギャア!?」
「やっば情けなw でもいーじゃん、萌え?」
くすりと笑うエイルの耳元に呪詛のような言葉が聞こえてくる。
「ヒェエェェエ!?」
「っはああ、わああ!?」
エイルの叫び声に、ベルが飛び上がった。エイルはコロコロと転がってくる瓶に視線を向ける。オレンジ色のアレが転がってくる恐怖。カサカサとまあるいアレが床を滑る。
「えっ」
「きゃー!!!!!」
龍成の腕をぎゅっと掴み、腹部に力を入れて、叫び声を上げるデイジー。『怖がる』という事を精一杯してみせる。
「お前の声にびびるわ!」
「うーん、難しい」
けれど他の人達の怖がる様子は参考になるなとデイジーはエイル達に視線を向けた。
「わたしは夜目が効かないし、探索は廻君のランタン頼りになりそうかなぁ。た、頼りにする分ちゃんと守るからねぇ!」
ホワイティは廻の傍で周囲を警戒しながら進んで行く。
普段見慣れたような学校の校舎。その分怖さも増すようで。
ガシャンと窓硝子の割れる音にホワイティが振り向いた。
「……ひっ今ガラス割れなかった!? ドア叩く音もしたよねぇ!? うえぇ、勘弁してよぉ」
それでもホワイティは勇気を振り絞って笑顔を見せる。
「あ、もしも地下に落ちちゃった時は助けを呼んでねぇ」
糸を飛ばして掴まえたり、人助けアンテナで迎えに行けるからと拳を握った。
「ベルも不思議なポケットにロープあります。懐中電灯はこうして暗いところでも、明かりがあれば、足元をに気を付けて、落ちる事を防げるって、ベルは思いました」
「確かに灯りは沢山あった方がいいね。流石ベル氏」
ベルはアオイの言葉に嬉しそうに身体を揺らす。
流雨は仁巳の隣に歩調を合わせ話しを切り出した。
「仁巳君。何があったか話してくれまいか。三年前に何があったのか。しゅうの『親』として、僕は知っておくべきだろう」
「うん……あのね」
仁巳が口を開いた瞬間、エイルの叫び声が聞こえ、すぐ傍の教室のドアから廻達が飛び出してきた。
何かの意志に邪魔をされたのだろうと流雨は視線を教室の中へ向ける。
「今は時期ではない、か。焦らされる……」
●
アオイは後ろから着いてくるしゅうに振り返った。
「あれは……しゅう氏? 元気なさそうじゃない? 龍成氏、何かしたの?」
「特に喧嘩とかはしてねぇけど」
「だって君、割と親友と二人っきりの世界を作るし……」
嫌みを隠そうともしないアオイの言葉に龍成は眉を寄せる。
この友人は辛辣な物言いをする分、こちらも気兼ねなく言葉を発する事が出来るから楽だった。
「何だよ。二人っきりの世界って」
「僕は別に良いんだけど……でも、一番長く君を大切に思ってきたしゅう氏は違うでしょ?」
「そうだな。大切っていうか執着っていうか。潮時って事なんだろうな。あいつの性格はよく知ってる」
「後は……しゅう氏達の人間姿のモデルかな。だって僕もアバター作る時、何かを元にしたし。君に似てないなら、前の憑依者を元にして揉め事になったとか……?」
先ほど仁巳が言ってた事をアオイは気にしてるのだろう。
龍成とアオイの話しにベルも頷く。
「しゅうさんも、アバターを、作られたのですね。しゅーさーん!」
呼ばれたしゅうは壁からひょっこりと顔を出して、照れくさそうに歩いて来た。
「何?」
「えへへ。アバターがあれば、この世界で、龍成さんと、たくさん遊べますよ。この間は、夏の海が、とっても楽しかったので、ベルはしゅうさんも誘って、とったどー! って、してみたい、です」
ベルはしゅうの周りをまわって海の中の様子を再現する。
「龍成さんも、そう思いませんか? 楽しいイベントが、あったら、ベルはお誘いします」
「そうだな。皆でイベント行こうぜ」
しゅうはベルと龍成の顔を交互に見遣り頷いた。
「ねえ。しゅう氏聞いて……僕の母さん、本当の僕を見ると発狂するんだ」
「え?」
「僕、父親似らしくて。その人に対して罪を犯したから、罪悪感で押し潰されるんだろうけど……それでも母さんと一緒に居たかったから、今の僕の見た目になった」
アオイを見上げしゅうは悲しげな顔を見せる。以前より表情が豊かになったのだろう。
「顔の印象を変える方法なんて沢山あるし。君は龍成氏に怒って良いし、我儘言って良い。最近、本当に親友LOVEが凄いしね
「うん」
「だから君が今、悩んでる事を教えて。僕は龍成氏を大切に思ってる君が居なくなるのは寂しいから。きっと龍成氏だって君と一緒に居たいはず。でしょ? 龍成氏」
「まあ、死んだりするのは絶対に許さねぇけどな」
「少なくとも、今は居て欲しい。だって僕は多分、怖がるとパニクって走りそうで。君が居ないと絶対バラけると思うんだよなぁ!」
ヨハンナと龍成は廊下を二人きりで歩いていた。これも夜妖の仕業だろう。
「よう」
手を上げたヨハンナに龍成も同じように声を上げる。
「アバターをリアルの容姿と同じに弄るか、ギリギリまで迷ってなァ」
「まあ遅刻してないから良いんじゃね?」
「……思ったよりも、この容姿に悪い感情は無さそうなンで良かったぜ」
赤い髪に蒼い瞳。龍成が勿忘草でヨハンナに見せた『妹』の姿そのものだったから。
双子だから似ているのは当然だけれど、それでも龍成が気に病まないかが気になったと告げる。
「俺は別に気にしねぇよ。それよりも、お前が気にしてねぇか? 優しいじゃん」
思ったよりも柔和な返答にヨハンナは目を瞠る。前まではあんなに不器用そうだったのに。
これなら少し踏み入った事も聞けるだろうか。
「なぁ、龍成。姉貴と上手くやれてるか? 姉貴だけとは限らないけど。デイジーとかしゅうとか、大切な人の手はしっかり掴んでおくんだぞ」
幾夜、後悔を紡いだだろう。
妹が死んだ。生きているかもしれない。死んだ。生きている。
望みはあれど。混濁し、昔のようには笑えない事だけは解ってしまう。
そんな思いはしてほしくないから。
「絶対離さないように」
気付けば知らない教室の中にホワイティと廻は居た。
「あれ? 皆は?」
「もしかして、夜妖の仕業かなぁ? あれ? 廻君、元の大きさに戻ってるねぇ?」
バグだろうか。それとも夜妖の仕業か。廻はいつもの学ラン姿になっていた。
ホワイティは教室のドアに手を掛けるが開かない。こんな時こそきちんと支えにならなければ。
このネクストでは騎士の姿を取っているのだから。
しかし、用具入れが大きな音を立てて開くのにホワイティは飛び上がる。
「きゃーーー!! なんでひとりでに用具入れが開くのぉ!?!?」
「び、びっくりしましたね……何か這い出してきてる!?」
ホワイティは自分を守るように手を広げた廻の肩をぎゅっと握った。
「……えーっと。その。ご、ごめんねぇ……少しだけすがっても良いかなぁ」
「大丈夫ですよ。ホワイティさんは僕が守ります!」
背中に隠したホワイティを必ず護るのだと言い聞かせ這い出してくる黒い影に廻はランタンを振り回す。
黒い影がばくりと大きな口を開けた。廻はホワイティを守るようにぎゅっと抱きしめる。
「シルキィさんは渡さない!」
「めぐ……」
ホワイティの声が途切れて闇の中に消えた。
ベルはぬるりと落ちてくる影にびっくりして飛び上がった。
「ひゃわわ、わわーわわーーーー!!!! エ、エルは美味しくありませんよっ!? あわわ、違いました、ベルです、ベルですよぉぉっ!!!!」
黒い影がドロドロと解けるのに、ベルは涙目になりながら震える。
しかし、その中から出て来たのはホワイティと猫耳を生やした廻だ。
「あれ? ホワイティさんに廻さん!?」
「戻って来た……こ、怖かったよぉ」
「は、はい。僕も今になって震えが」
ぷるぷると震える二人をベルが優しく包み込む。
●
デイジーは嗅ぎ慣れた匂いを感じて覚醒の兆しにゆっくりと瞼を開けた。
「起きたか」
頭の上から龍成の声が振ってくる。
「龍成……? ここは?」
見渡せば見知らぬ場所。所狭しと書籍が置かれ、大きなソファが在る。何かの準備室のようだった。
「気付いたらここに居たんだ。怪我無いか? 起き上がれる?」
龍成を下敷きにして落ちてきたらしい。夜妖の仕業なのだろう。幸い着地点が大きなソファで助かった。
「あ、あの……龍成」
歯切れの悪いデイジーの言葉に首を傾げる龍成。デイジーの様子が変だ。落ちてきた時に怪我でもしただろうかと注意深く観察する。
「その、ですね。先日に行った依頼で初対面の男に……体を触られまして」
「はぁ!?」
突拍子も無いデイジーの台詞に龍成は少女を抱えたまま上半身を勢い良く起こした。
「何かされたのか!? 大丈夫か?」
「その時に生じた感覚というのが、未知でして。人から触られてまた同じ感覚になるのかを検証したくて」
心配そうに眉を下げる龍成はデイジーの不可解な言葉に何を言いたいのかと次句を待つ。
「……ですので、私に触ってくれませんか?」
龍成の上に乗ったまま、スカートを上げて触られた場所を露わにするデイジー。
自分の意志で接触するなら龍成が良いとデイジーは思考した。そう導き出した。理由は分からない。
あの時と違って、デイジーの体温が高い。心拍が上がって、特に頬周辺に血液が集まっている。
予期せぬエラーを吐いている。デイジー側の基礎値が正常ではない。これでは正しい検証なんて出来ないのではないか。息苦しさに小さく息を吐いた。龍成のアメジストの瞳が近づいてくるのを見上げる。
龍成の指先がデイジーの肌に触れた。感触自体は同じなのかもしれない。けれど伝わってくる感覚は全く別種のものだ。もっと知りたいと探究心が顔を見せる。
されど、ビリっとした痛みにそれは遮られた。柔らかな白い肌に爪のひっかき傷が滲む。
「痛いです」
彼の顔を手で押し返したデイジー。その手首に龍成は歯を立てた。
龍成の瞳には苛立ちが見える。何故、龍成が怒っているのかデイジーには分からなかった。
痛みと怒り。理由は不明。ただ、知りたい事だけが増えていく。
落ちた先にしゅうとエイルは佇んでいた。
「だいじょうぶ? こわくない? ママじゃないけど、まー手なら繋ぐよ」
「えぇ?」
初対面の相手に警戒をするしゅう。それを感じ取ったエイルはにへらと笑みを零した。
「あー、まーキミとは初めましてじゃなくて『私』は何度か会ってるかしらねぇ、しゅうくん。でも今はこっちの喋り方で、本当の名前は秘密にしてね?」
しゅうはエイルの中身がアーリアだという事を悟る。
「アタシはさ、まー遊びで作ったこの姿だけど結構嫌いじゃなくて。普段言えないことも言えるし、出来ないことだって出来る」
「うん」
「キミの姿が誰かに似てようが、キミはキミだってアタシは思うから。だからさ、まーふわっとでもいいから聞いていい?」
エイルはしゅうと手を繋いで地下の暗い道を歩いて行く。
「ねえ『キミ』が、この先本当に欲しいのは何? 我儘なんていっぱい言っていーんだよ、子供なんだもん、キミはさ」
「欲しいもの――」
それは。
考え込んでいる内にエイルの居た場所に流雨が立っていた。
「まったく、君は僕より人間の様だ……僕と一緒に暮らさないかね?」
流雨の言葉にしゅうは目を瞠る。どういう意味だと首を傾げた。
「燈堂家も良い所だが。親子水入らずというのも良い物だろう。つもる話もあるだろうし。
依り代が必要なら、僕にしておけばいいさ。少々人間離れしているが、その辺はご愛敬だろう」
「いいの? 僕は夜妖だし代償もあるんだよ?」
「何だそんな事か。言っただろう。僕は君の親だ。親が子供に責任を持つのは当たり前だろう?」
しゅうの頭を撫でて僅かに笑みを浮かべる流雨。
「らぶあんどぴーすとは戦って勝ち取るモノ。それが僕の変わらぬ生き方で。僕の『親』から受け継いだ家訓でね。だから、この先何があろうと君を守る」
「愛無……っ!」
涙を浮かべ流雨へと抱きつくしゅう。
代償があっても良い。不出来でもいい。ただ、生きていてくれる事が嬉しいのだと言われた気がした。
存在を許された気がしたのだ。
エイルの言っていた欲しいものが目の前にある。それは心の揺り籠。
――――
――
「だからね。龍成、僕は愛無と一緒に行くよ」
ネクストから現実世界へ帰って来た龍成を待ち構えていたしゅうの言葉が降り注ぐ。
「……そうか。世話になったな。あの時助けてくれてありがとな」
拳を突き合わせ、温もりが離れて行くのと同時に龍成の中から夜妖の気配が消えた。
同時に自分の中に溢れていた力が消失するのが分かる。
弱くなったと実感する。夜妖憑きの能力は無くなり、只の龍成になったのだ。
僅かな付き合いだったが、寂しさはある。それでも、以前ほどそれが悲しくはない。
それはボディや廻、エルや昼顔達と共に成長してきたから。
「じゃあ、俺も燈堂家に居る意味が無くなっちまったな」
「確かにそうだね。僕はあまねから離れられないから燈堂家には出入りするけど。龍成はもう自由だね」
暁月が居る時は愛無の中に潜っておくけどと言うしゅうの言葉に龍成は天井を見上げる。
「……今更実家に帰るのもな」
「寂しがりだもんね。実家殆ど会話無いし。……ボディと一緒にシェアハウスすれば良いんじゃない?」
「あー、そうだな。色々落ち着いたらそれも良いかもな。ボディなら気兼ねないし」
くだらない事を言い合い笑いながら暮らす日々はきっと楽しいに違いない。
しゅうは龍成の横顔が嬉しげに輝いているのを見て安心した。
もう自分は必要無い。龍成はしゅうが居なくても歩いて行ける。それが嬉しいと思えるのはしゅうにも愛無が居てくれるから。お互い依存していたけれど。此処で終わる事ができる。
「じゃあ、さようなら。龍成」
「ああ、今までありがとな。じゃあ……またな」
龍成は『また』と言ってくれるのだ。再会を願ってくれるのだ。
あんなに辛そうだった龍成が。笑顔で手を振ってくれる。
その背を見えなくなるまで見つめた。
生きているからこそ成長していける。嬉しいのだとしゅうの瞳から涙が溢れてくる。
だから、だからこそ。同時に。
「ごめんなさい……」
今まで奪って来た命の重さに心が耐えきれない。
龍成が成長したように、しゅうもまた心を育てたから。
「大丈夫。君が罪を背負うなら、僕も共に戦うゆえに」
愛無はしゅうの背中を撫でて『我が子』の涙を掬った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。如何だったでしょうか。
変化の兆し。移ろう天秤。
MVPは揺り籠となった貴方へ。
GMコメント
もみじです。突然のクエスト発生。
お化け屋敷の中には夜妖が潜んでいる。
思う存分きゃーきゃー言いながら楽しみましょう。
OPの澄原晴陽と龍成の小話はおまけです。
●目的
・クエスト『狭間の緑奏』のクリア
●ロケーション
夜妖の領域です。現代の旧校舎を思わせるエリア。
肝試しには持って来いの雰囲気です。
夜間なので、真っ暗です。一応月明かりはあります。
廻のランタンがありますので一緒に歩く分には問題ありません。
もちろん別行動でもOKです。
●●●<<<夜妖の仕業で二人きりになったり合流したりできます!
大丈夫! 細かい事は気にしないで楽しみましょう!>>>●●●
ギシギシと鳴る床板。木の枠に嵌められた硝子。
所々に広がる血痕。校庭には雑草が生えています。
スタート地点は校舎の入口。木製の下駄箱の辺りです。
チカチカと明滅する電灯がある部分もあります。
突然、教室のドアが叩かれたり、硝子が割れたりします。
トイレには夥しい血液が滴っています。
職員室は誰も居ないのにドアが開いたり仕舞ったりしています。
教室は机のある部屋と無い部屋。掃除用具入れが突然開きます。
理科室には割れたホルマリンの瓶が転がっています。何がが逃げ出した?
全体的に床は脆く、地下に落ちる恐れがあります。
地下に落ちると何故か戻れません。
地上に出るには前に進むしかないです。真っ暗です。足下気を付けて。
●敵
○夜妖『狭間の緑奏』
このエリア全体が夜妖の領域です。
ダメージが入る攻撃は仕掛けてきません。
(怪我をしない程度に押したり引いたりはするかもしれません)
また、こちらからの攻撃も届きません。
怯えたり怖がったりするのを糧とするものです。
きゃーきゃー言いながら踏破しましょう!
●NPC
○『猫のしっぽ』廻(p3y000160)
大正ロマン風の袴に身を包み暁月の代理としてゲームのイベントに参加しています。
現実世界の掃除屋の能力は使えません。
カンテラで周囲を照らしてくれます。
おばけも暗い所も苦手です。始終ぷるぷる震えています。
○『おばけなんか怖くない』龍成(p3y000215)
廻の付き添いとしてゲームのイベントに参加しています。
おばけなんか怖くないと言い張っています。
最近少しだけ姉の晴陽と仲直り(?)しました。
前よりは実家に帰っているようです。
○湖潤・仁巳、しゅう
流雨さんの関係者と獏馬の成れの果て。
何かあれば話しかける事ができます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ROOとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
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