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シナリオ詳細

<半影食>カクリガ様のお腹の中

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●家出少女と赤い世界
 肩を怒らせ、少女は夜の道を往く。
 学校の方角でも家の方角でも、まして学習塾の方角でもなかった。この先になにがあるのか、少女――アイナも知らない。
 それでも進むしかなかった。車を拾うには財布の中が心もとなさ過ぎるし、そのへんの男性に声をかけて一晩とめてもらう、なんて火遊びをする勇気もないのだから。
 どこか夜を明かせる場所。ここじゃないどこか。自宅以外ならどこでも。
「ほんっと、むかつく!」
 食いしばった歯の間から怒りと怨嗟が洩れた。
 発端はアイナが今日の塾をさぼったことだ。同級生なら手足の指の数だけじゃ足りないくらい皆やっていることだが、アイナの父母はたった一度のサボタージュを容認しなかった。
 放課後、ファストフード店とカラオケを梯子して、ちょうど塾が終わって帰ってくるくらいの時間に帰宅したアイナをしこたま叱りつけたのだ。
 それにキレたアイナは、家を飛び出した。
 持ち物はスカートのポケットに入れっぱなしだった財布だけ。他は鞄ごと置いてきてしまった。友人たちとも連絡が取れず、さらに落ち込んでしまう。
「ぬぅー」
 頭が冷えてくると、自分が悪いことをしたのだから、という気持ちもこみ上げてきて、なおさらやるせない。
「はああ」
 大きなため息が、こぼれて。

――ぬるい風が頬を撫でた。

「……え?」
 なにかが変わったことに気づいて、少女は顔を跳ね上げ、絶句する。
 知らない場所だった。
 闇雲に歩いていたから、ではなくて。

 空が赤かった。
 並ぶ建物はそれほど珍しいものでもない、ビルとマンションの群れなのに、赤いフィルムを通しているように全体的に血の色だった。
 不吉な、赤。
 アイナの他には誰もいない。しんと静まった空気を、荒くなっていく呼吸音だけが揺らす。
 半袖の制服から覗く細い腕には鳥肌が立っていた。冷や汗がうなじを伝う。
「どこ、ここ」
 看板に躍る意味をなさない文字、そもそも文字化けしているものすらある。
 道路標識に描かれた子どもは頭部が溶け、にぃと口許にだけ不気味な笑みを浮かべていた。
 本能が悲鳴を上げ、アイナは走り出す。
「誰か! 誰かいないの!? だれ」
 か、と最後まで声にはならず。
 足はぴたりととまった。
「なに、これ」
 ここがこの世界の果てとばかりに、眼前に立ち塞がったお屋敷を前にして。

 ぽっかりと門どころかその先の引き戸まで開いた木造建築に、アイナは震えながら足を踏み入れる。
 引き返すという選択肢は浮かばない。
 この先が出口かもしれないという希望を捨てられなかったし、実は自宅のベッドでふて寝していて、これは夢かもしれないとも思ったし、なにより招かれている気がした。
 玄関で靴を脱ぐ。
 誰もいない、真っ暗な廊下がずっと先まで続いている。
「お」
 お邪魔しますと、言いかけて。
 そこでアイナの記憶は途切れた。

●カクリガの噂
「初めまして、親愛なるイレギュラーズ。ああ、話が終わったら『僕のことは忘れておくれ』」
 カフェローレットで優雅に珈琲をたしなみながら、『空漠たる藍』ナイアス・ミュオソティス(p3n000099)は微笑んだ。
 さて、と情報屋は切りだす。
「希望ヶ浜学園の女の子がひとり、行方不明になった。昨夜、両親と言い争いになって家を飛び出し、そこから先の足取りが掴めない。
 恐らく、希望ヶ浜で頻発している『怪事件』が関係しているんだろうね」
「異世界に迷いこんだか」
「そう」
 集まったイレギュラーズのひとりが、苦い声で言う。ナイアスは困った顔で肯定して、
「学園にも聞きこみに行ったら、カクリガ様じゃないかって話がたくさん出てね」
「カクリガ様?」
「家に帰りたくない女の子をかくまってくれて、落ち着いたら解放してくれる『家』だそうだよ。まぁ、都市伝説というか、一年生の女の子の間でちょっと流行っている噂というか」
 この情報が役に立つとはナイアスも思っていないようで、口振りは雑談のそれに近かった。
「それじゃあ、くれぐれも気をつけて。行ってらっしゃい、イレギュラーズ」
 願わくは、少女の無事な姿を両親に届けられるように。

GMコメント

 はじめまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
 このおうちはきみをぜったいにきずつけないからあんしんしてね。

●目標
・家出少女アイナと一緒に帰ってくること

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●シチュエーション
 希望ヶ浜をコピーしたて作ったような異世界内部。そこに立つ巨大な和風のお屋敷です。
 皆様は招かれざる客なので、門も引き戸も閉まっています。破壊するなりこじ開けるなりしてお邪魔してください。

 磨き抜かれた廊下には行灯、行き交う怪物。膨大な数の部屋を区切る障子戸はぴたりと閉じられ、真っ暗な室内をうかがい知ることは難しいでしょう。
 アイナはいずれかの室内で震えています。

●Danger!(狂気)
 当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●敵
・『カクリガ様』×1
 家そのものがカクリガ様だと女子生徒たちは噂しますし、それも間違いではありませんが、核となる存在がいずれかの部屋に鎮座しています。
 非常に強力な個体であり、『見てはいけないもの』です。
 発見してしまうと狂気に陥る可能性がぐっと高くなります。

 かくまった女の子が心の底から帰りたいと願ったとき、そのすべての能力を失いお手伝いさんともども消滅します。

 見つけても手を出さない限りなにもしてきませんし、自分から出てくることもないですし、倒す必要もないので無視して構いません。

・『お手伝いさん』×??
 廊下を行き交う黒い人影です。倒してもきりがないです。
 前掛けのエプロンをしていたり割烹着をつけていたり、鉢巻を頭にしていたりします。
 迷いこんできた女の子をもてなす存在です。
 ただし皆さんのことは敵だと認識しているので、問答無用で襲ってきます。

 行動はたいてい三人一組。
【体勢不利】【停滞】【麻痺】を付与する攻撃を使用します。
 また、『外見年齢が少女の方を部屋に引き摺りこむ習性があるようなので注意してください』。
 引き摺りこまれてなにをされるかは不明です。

●NPC
・『アイナ』
 救助対象。どこかにいます。
 軽い気持ちで学習塾をさぼって両親と喧嘩、異世界に迷いこんで噂の『カクリガ様』に囚われました。
 あるいは『かくまわれた』のか『嫌な世界から隔離された』のか。

 めちゃくちゃ怖がっていますが、今のところ帰りたい半分、帰りたくない半分です。
 帰りたくないが上回りつつあるのはカクリガ様の能力です。時間が経てば経つほど、帰るのが嫌になります。
 百パーセント帰りたくないになるとカクリガ様に精神と肉体を消化され、つまるところ死にます。

 死ぬ前に助けてあげたいところですが、アイナが帰りたいと心から願うか、カクリガ様の核を壊さない限り、誰もこの家から出られません。
 皆様のご参加お待ちしています!

  • <半影食>カクリガ様のお腹の中完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年09月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
來・凰(p3p010043)
機械仕掛の畜生神

リプレイ


 希望ヶ浜に類似していながら、あまりに赤く、看板には意味をなさない文字が連なる世界に。
 なんの前触れもなく、その屋敷は建っていた。
 ぴたりと閉じられた門の中央を『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が静かに霊刀で両断する。
 一行はできるだけ音を立てないように進み、間もなく引き戸に到達した。
 直後、汰磨羈と『激情の踊り子』ヒィロ=エヒト(p3p002503)、『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)が激しい頭痛に襲われて思わず身を折る。
「なん、か聞こえたっ」
「招かれているようね」
「なるほど。年頃の少女を標的としているというのは本当か」
 微妙な顔でこめかみを押さえている『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)を横目に、『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)は腕を組む。
 風牙がひらひらと手を振った。
「オレに関してはカクリガ様も審議中らしいぜ」
 冗談めかした口調で言っている間に、各々の頭痛が収まる。汰磨羈の表情は複雑だ。
「少女などという時期は、とうの昔に過ぎたのだがな……!」
「見た目で判断されているな」
 苦笑しつつジェイクは二匹の蝙蝠を召喚し、屋敷を見上げる。汰磨羈が息をついた。
「全く。迷い家の亜種――というには悪質すぎるな、こいつは」
 この屋敷そのものが夜妖。
 家の中とはすなわち、夜妖『カクリガ様』の腹の中に違いない。
「にしても、親への反発なー。あるある。分かるなー、オレも……」
 頭の後ろで両手を組み、気を取り直した風牙が遠い目になった。
 隣のヒィロも、警戒心を強めながら頷く。
「帰りたくないって気持ち、ボクも分かるんだよねー」
「家出先にしても、ここは最悪の選択よ。ぱぱっと見つけて帰りましょ」
 禍々しい屋敷に『あの虹を見よ』美咲・マクスウェル(p3p005192)が眉根を寄せた。
 目を閉じた『機械仕掛の畜生神』來・凰(p3p010043)が細く息を吸う。
「リオウ」
『はいはい。ってことで、オレが対応しますよ……っと』
 凰の対話用人格であるリオウが表層に出て、ついでに姿も変えた。
 神々しい外見が、練達によくいる若くて優しそうな男性になる。柔和な雰囲気は自然と相手の警戒を解くだろう。
『さて、やりますか』
 蝙蝠を一匹、ジェイクと交換した『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)が真剣な表情で、小夜に小指を差し出す。
「絶対に連れ去られたりしないでよ、小夜」
「ウィズィも心配性ね。私はそんなにやわじゃないって知ってるでしょう?」
「知ってる。それでも約束して」
 小夜は微かな笑みを口の端にのせて、素直に小指を絡めた。
「全員、準備はいいな」
 再び汰磨羈の霊刀が振るわれ、引き戸にかかっていた鍵を突き壊す。

 自らの中に入りこむ者たちの気配を、夜妖は確かに感じとった。
 うまそうなのは喰らう。他は殺してしまおう。
 夜妖の口が三日月を描く。暗闇の中、音もなく。

 二班に分かれ、探索を開始しようとしたところで美咲が不意に口を開いた。
「あ、屋敷の奥」
『ん?』
 なにが、とリオウが首を傾ける。美咲は廊下の奥を指さした。
「アイナさんがいるところ。多分、屋敷の奥よ」
「ふむ。妙な間取りになっているということか?」
 客人は客間だろう、と予想していた汰磨羈が、行灯だけが光源となっている屋敷内を一瞥する。
「逃げ出さないように、だと思う。万が一、獲物が逃げようとしても、ここに着くまでに一番、時間がかかるから」
「帰りたいと思わない限り、どうせ逃げ出せないんだろ? ……ああそうか、心を折るのか」
「半端な気持ちで奥の奥からここまで逃げて、戸は開かない。もうだめだって思わせて、つけ入る」
 得心した風牙は顔を歪め、ウィズィが「いい性格してる」と吐き捨てた。
「カクリガ様の居場所は、見当がつく?」
「真ん中のあたり、かな」
 常と変わらない視界の中、小夜は冷静に問う。美咲が悩みながら答えた。
「カクリガ様には絶対に関わらないように」
「奥を目指して、真ん中に気をつけて、進めばいいんだね!」
 二匹の蝙蝠の状態を確認したジェイクと、張り切るヒィロが締めくくり、イレギュラーズは家出少女の捜索を開始する。

 ヒィロは聴覚を研ぎ澄ます。仲間たちの足音、潜められた息遣い。屋敷を行き交う者たちの、微かな音。
 その中に少女の声を探していた。人は、ひとりで悩んだり怯えていたりすれば、ひとりごとで気を保とうとするのだ。スラムで独り生きていたヒィロの持論だった。
「いる」
 微風のような小声でジェイクが告げた。先頭を行く風牙とヒィロがとまり、美咲、ジェイクとともに障子戸に背をつけ気配を殺す。
 目の前の廊下を、黒い影のようなお手伝いさん三人組が横切った。
「よし、行った」
 そっと顔を覗かせて確認した風牙が吐息とともに報告する。天井の闇に隠れていた二匹の蝙蝠も高度を落とした。
 姿勢を低く保っていた美咲が立ち上がろうとして、
「待って!」
 できるだけ声を抑えて叫んだヒィロが、床と並ぶ障子戸の間を足場にして美咲の背後に移動する。そのままの勢いで忍び寄っていた敵に空中から足を振り下ろした。
「見つかった……!」
 反射的に振り返った美咲の魔眼が蒼く染まり、敵を吹き飛ばす。
「正面からもきたぞ!」
 現れたお手伝いさんたちに先制攻撃を仕掛けた風牙が鋭く告げる。風牙の援護をしながら、ジェイクは表情に苦みを走らせた。
「直に追加がくるな。突破した方が早い、走れ!」
「いたぁっ」
「ヒィロ!」
 倒れたお手伝いさんがヒィロの足首を掴んで引き倒し、部屋に引き摺りこもうとする。
「はっ、離してぇっ!」
 思いのほか強い力で掴まれ、半狂乱でヒィロが暴れた。美咲が即座に敵を吹き飛ばし、ジェイクが放った黒顎魔王がその頭を食いちぎり、霧散させた。
「大丈夫、ヒィロを連れて行かせたりしない」
 力強く宣言した美咲の手を、涙目でヒィロは掴んだ。
「向こうも戦闘に入ったらしい。……手練れ揃いだ、やられる心配はないだろ」
 磨き抜かれた廊下を走りつつ、預けた蝙蝠から得られた情報をジェイクが伝える。三人が同意を返し、先頭の風牙がとまった。
「どうする?」
 左右は壁。
 前方にはぴたりと閉じられた障子戸。
 幸い追手は撒けたらしく、今のところ背後は静かだ。
 上がった呼吸を整えて、美咲が静かに口を開く。
「アイナさんを呼びながら走ってきたけど、反応はなかった」
「行こう」
 ヒィロは即断即決だった。ジェイクも頷く。風牙が障子戸に手をかけた。念のために四人とも俯く。
 室内は真っ暗だった。風牙が廊下の行燈を低く持つ。真新しい畳が見えた。ゆっくりと踏み出す。急に閉まること懸念して、ジェイクが障子戸を押さえた。
「アイナー?」
 室内で呼びかける。返事はない。灯りと視線を徐々に上げていく。部屋の隅々まで、慎重に調べる。
「大丈夫だ。あっちに抜けられそうだぞ」
 もう一枚の障子戸を風牙が指す。ようやく顔を上げた三人が部屋に入った。
「また廊下だ。どんな造りだよ」
 カクリガ様の直視を防ぐため、爪先を見つつ閉じられていた障子戸を開いた風牙が唇を尖らせる。障子戸には印をつけておいた。
「進もう」
 蝙蝠に素早く部屋を横切らせ、ジェイクは肩を回す。正面と左右に伸びる廊下を、美咲とヒィロが見回した。

 そこがどれほど暗かろうと、小夜にとってはいつも通りでしかなかった。
 いつも通り、肌で風の流れを感じ、足音の反響音で周辺を把握する。
「くるわ」
「やりすごせるなら、そうしたかったのだがな!」
 息を潜めていた四人を、六体の影が挟撃した。霊刀を手にした汰磨羈が早速、前方のお手伝いさんに斬りかかる。
 腕を飛ばされたお手伝いさんの背後から、二体分の手が伸びて汰磨羈を掴んだ。
「この……っ!」
『待った待った!』
 開け放たれた障子戸にぐいぐいと引っ張られる。頬を引きつらせたリオウが慌てて汰磨羈からお手伝いさんを引き剥がしていく。
『大丈夫か!? なにこれこわっ! って白薊さんも!?』
 援護役として回復を行いながらリオウが悲鳴じみた声を出す。後ろでは小夜が両手をお手伝いさんに捕まれ、黒々とした部屋に引き入れかけていた。
 怒りで目尻を吊り上げたウィズィが拳を振りかぶる。
「小夜に手ェ出すな!」
 お手伝いさんの顔面にマギウス・シオン・ジャナフが炸裂した。右手の拘束が緩んだ隙に小夜が左手のお手伝いさんの首を刎ねる。
「助かったわ」
「気をつけて! 本当に! 興味本位とかで触らせんな!」
「そんなつもりはなかったのよ」
 本当にね、と小夜は首を傾けた。
「敵の腹の中で、無限に湧く化け物の相手などしていられるか。アイナを探すぞ!」
『無事でいてくれよ……!』
 先陣を切って汰磨羈が走り出す。リオウも続いた。
「あっちも同じ結論らしいよ!」
 連絡用の蝙蝠から報告を受け、小夜に前を走らせながらウィズィも駆ける。
 気づけば廊下は細くなり、左右に壁、目の前に障子戸という空間に出ていた。つい先ほど、ジェイクからウィズィに共有された情報と一致する構造だ。
「同じ部屋?」
「左右対称になっているということか」
 これまでの光景とウィズィの報告を頼りに、汰磨羈は頭の中で屋敷の地図を作る。
「私が入るわ」
 小夜が名乗り出て反対意見が出る前に障子戸に手をかけた。
 ウィズィが奥歯を噛んで目を逸らし、リオウは俯きながら緊張した手で障子戸を押さえる。汰磨羈も目を閉じた。
「なにもないわね」
 わずかな気配も、音も。においは真新しい畳のものだけだ。
 恐る恐るリオウは顔を上げ、部屋が暗すぎると汰磨羈は行燈を掲げた。ウィズィは安堵の息を吐く。
『向こう側に出られるらしいね。行こうか』
「そうね。猶予はないでしょうから」
 堂々と小夜が障子戸を開く。廊下は左右と正面に伸び、先は闇となっていた。


 明かりひとつない部屋だった。
 怖い。帰りたい。どこに。だってここは安全な場所。ここにいればアイナは傷つかない。
 カクリガ様が守ってくれる。
 部屋の隅でアイナは震える。廊下を行き交う怪物たちの影がときどき見える。数が増えている気がする。
「助けて」
 ひく、と少女はしゃくりあげた。――直後。
 音を立てて障子戸が開かれる。
 少女は悲鳴を上げようとして、口を開いたまま固まった。
 行燈を掲げ持った者の顔が、化け物のそれではなかったからだ。
「安心しろ、お主を助けにきた」
 見惚れるくらい美しい、猫耳の彼女はそう言って。
「ちゃんと聞こえたよ!」
 狐耳の少女らしき彼女は、満面の笑みで胸張り。
「よっ、あんたがアイナ? オレの名は新道風牙。希望ヶ浜学園高等部二年! あんたが怪しい家に入っていったって聞いて、探しにきたんだ」
 その後ろからひょっこり顔をのぞかせ、風牙は笑い。
 背後を警戒しつつ、さらにぞろぞろと人が入ってきて。
 八人全員が入り、最後に近所の優しいお兄さんといった風貌の彼がそっと戸を閉めるころには、安心したからかびっくりしたからか、アイナの涙はとまっていた。

「怪我ない? 怖かったよね!」
 放心しているアイナの右隣にウィズィは腰を下ろす。汰磨羈は行燈をできるだけアイナの近くに置いた。暗いより、明るい方がいいだろう。
「チョコとか食べる?」
 左隣で膝を抱えた美咲が綺麗な包みをとり出し、小さく頷いたアイナの手にのせた。掠れた小声の礼が家出少女の唇から発せられる。
「さて。初めての家出の感想はどうかしら? と言っても、状況が可怪しすぎてそれどころじゃないわね」
「……うん」
 素直なアイナの返答に小夜が肩を竦めた。
「けれど、不安で怖くて堪らないんじゃないかしら? だって私も家を出たときはそうだったもの。どうしようもなく不安で、怖くて、けれど私はもう、帰ることができなかった」
 少女が小さく息をのんだ。ウィズィが優しく問いかける。
「事情は聞いたよ。どう、お母さんとお父さん、まだ許せない?」
 唇を固く引き結び、アイナは俯いた。
「なんで帰りたくないのかな。怒られるから? 分かってもらえないから?」
「全部」
 絞り出すようにアイナが応じた。
「親御さんが叱ってくれるのは、アイナちゃんのことをとっても大切に思ってくれてるからじゃないかな」
 リオウと一緒に室内を隅々まで調べたヒィロが、明るく笑う。
「本当に愛してくれなきゃ、真剣に心配してくれなきゃ、叱ってくれたりなんてしないよ」
「私、を……?」
「ヒィロの言うとおりだ」
 障子戸の外を警戒するジェイクが、ちらとアイナを見て告げる。
「君には帰る家がある。そして、君を心配し、愛してくれる親御さんがいる。正直に言って、俺は君が羨ましい。叱ってくれる親がいるなんて、ありがたいことじゃないか」
「迎えてくれる場所がちゃんとある。それは素敵なことよ。ああ、ここは別」
 小夜も言い添えた。
 内にいるなにかとせめぎあうように、アイナの目が忙しなく動き出す。
 別のところからも押すべく、美咲が話しかけた。
「最近、仲間内で評判のコミックとかある?」
「う、ん」
「続き、気にならない? そういえばステァバが来月、新作のフラペチーノ出すって知ってた?」
 希望ヶ浜学園の女子生徒に人気の、テイクアウトメインの喫茶店の名前を美咲はさらりと出す。
「友だちと、飲みに行こうって……」
『じゃあ、やっぱり帰らないと。みんな、きっと心配してるよ』
 朗らかにリオウが笑んだ。
『塾とかすっごい退屈だし、家出とかってすっごい帰るの怖いけど。それでも友だちとかとご飯行ったり、遊んだり、「またあした」ができないのって、嫌じゃない?』
「そうだな。ま、なんだ。二度と会えない、ってのはさ、やっぱ辛いもんだぜ」
 できるだけ軽く聞こえるよう、風牙は口調に気を配る。
「わた、し、帰っても、いい、のかな」
「いいに決まっている」
 即答するジェイクは手振りで室内の全員に合図を送った。
「君が親元を出ていくのはとめない。ただし、それは君が精神的に自立してからだ。今回の件は、君の精神の未熟さが招いた結果だぜ」
 さり気なく美咲とウィズィがアイナを守る配置につく。各々が臨戦態勢になった。アイナの呼吸が早まる。
「そう、だね」
「今回は帰って、もっと大きくなってから、円満に出て行けばいいさ」
 外から障子戸が勢いよく開かれた。
「往生際が悪い!」
「カクリガ様も必死のようだな」
 殺到する怪物たちに風牙が気を叩きこむ。室内に入れまいと、汰磨羈と小夜が前に出た。二人を捕らえようとする腕にジェイクの弾丸が命中する。
「邪魔させないんだから!」
 飛び出したヒィロができるだけ敵を引きつけ、持ち前の速さで攪乱していく。
『アイナちゃん……!』
リオウも背後を気にしつつ、回復に専念した。
「さぼ、っちゃった」
 懺悔を、ウィズィは眼前の乱戦などないかのように、優しく受けとめる。
「なんで? 疲れてた? しんどかった? アイナちゃん真面目そうだもんねぇ。普段サボったりしないんでしょ?」
 すでに座ることも難しく、畳に這ってぜえぜえと息をするアイナが顔の動きで肯定した。
「だから、お父さんとお母さんも期待しすぎちゃうのかな。……よし。今から親に文句言いに行こうか!」
「う、え?」
「不安なら私も一緒について行くし、大丈夫!」
「私も行くよ。みんなで行こう」
 イレギュラーズの守りを抜けてこようとした怪物を吹き飛ばしつつ、美咲が勇気づける。
 初めは小さく、すぐに大きく。
 家が揺れ始めた。
「オオオオァアアアアアア!」
 お手伝いさんの格好をした怪物たちが一斉に吼え、頭を抱えて悶絶する。
 戦意を喪失した群れの中から、風牙が抜け出し身を翻した。
「立てるか? もしかして、怖くて腰が抜けちまったか?」
 眼球を上下左右に激しく動かし、涎を口の端から流すアイナに、風牙は上体を折って手を差し伸べる。縋るように伸ばされた冷え切った少女の手を、しっかりと掴んだ。
「なんなら背負ってやろうか。ははは!」
「わた、し、わたし、わたし」
「やりたい事、やるべき事を思い出せ。大丈夫、私達が手助けするから」
 汰磨羈の言葉が、最後の一押しとなって。
 ぴた、とアイナの焦点が定まった。

「かえりたい」

 嗚呼、嗚呼。
 憎らしいと夜妖は歯噛みする。もう少しで食事にありつけたのに。
 願われた。『カクリガ様』を拒絶された。
 無人の屋敷となった自らが崩れていくのを感じながら。
 夜妖は声にならない叫びを上げた。


 よく覚えていないけれど。
 気がついたら八人組がいて、イレギュラーズだなんて言うからびっくりして、サインをねだっちゃった。
 なぜか私が家出したことを知っていて、両親との話につきあおうか、なんて言われたけど、さすがに申しわけなくてさっきお別れしたの、やっぱりちょっと惜しい。
「もっと話したかったな。……あ、このチョコおいしい!」
 謝るための勇気をもらおうと思って、口に入れたチョコに思わず声を上げちゃって。
 玄関から飛び出してきた両親に、私はすごくびっくりしたのでした。

 少女の帰宅をこっそり見守っていたイレギュラーズも、帰路につく。
「この手の輩を屠れる手段を、早く見出したいところだな……」
 深い息とともに吐き出した汰磨羈に、それぞれが同意を返す。
 なにごともないような、静かな夜だった。

成否

成功

MVP

ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。

カクリガ様は誰に見られることもなく朽ち、家出少女は無事に両親の元に帰りました。
それでも、夜妖との戦いはまだまだ続くのです――。

ご参加ありがとうございました

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