PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>仮想贋作神殺し

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●封印解除
 希望ヶ浜学園旧校舎。蜘蛛の巣のはった木造の廊下を歩く足音が、二人分。
 第三資料室と書かれたドア札の前で立ち止まると、ひどく不吉そうな男――『希望ヶ浜学園校長』無名偲・無意式 (p3n000170)は紫スーツの内ポケットに手を入れた。
 取り出したのは古びた鍵。ピンシリンダー方式の鍵だが、不思議なことに鍵に一切の凹凸がなかった。その代わりに、持ち手部分に奇妙な文字が彫り込まれている。
 持ち手の穴に神社のお守りが結ばれたそれを、無名偲校長は顔の高さまで持ち上げた。
 肩越しに覗き込む糸目の男。
 今にも競馬に全額賭けてきそうな胡散臭い雰囲気を放つ彼は、咲々宮 幻介(p3p001387)という。
「そんな鍵で開くんでござ――コホン」
 幻介は咳払いをすると、再現性東京で自然さを演出する(と本人は思っている)口調に切り替えた。
「工場出荷状態の鍵だよな、それは。間違えて持ってきたのか?」
「いいや、これで間違いない。『鍵』というのは、開くべきものが持たなければ本来意味をなさない呪術だ。体系化されすぎて、『鍵を所持する』だけで猿でも効果をもつようになってしまったがな」
 開くべきもの? という疑問形のつぶやきをのべた幻介の眼前に、無名偲校長は鍵をぶら下げた。
「使ってみろ。お前なら丁度良いだろう。『因子』も『縁』も充分だ」
「…………」
 幻介は顔をしかめ、無名偲校長の横顔を凝視した。
 わけのわからないことを言いながらわけの分からないことをやらされようとしている。誰だってこうなる。
 顔を左右非対称にして、笑っているんだか煽っているんだかわからない表情を作る無名偲校長。幻介は顔をしかめたまま鍵を受け取った。
 受け取って――。
「こ――」
 これはなんだ、と言おうとして止まった。
 ただの鍵なのに、幻介はそれを手にした瞬間それを『刀である』と認識できた。
「自発的に咲々宮の才を使っていないのに、『引っ張られた』……と言ったところか?」
「…………何をした」
「なあに、たいしたことは無い。その文字盤をみてみろ、異界の言葉で『神殺しの剣』を意味する銘が刻んである。世界はこれを刀であるとなかば認識しているわけだ」
 幻介はぷるぷると腕を、そして鍵を震わせた。
 そのへんの鍵に銘をうちこんで刀と思い込ませるなど――。
「詐欺じゃねえか!」
「詐称だが? 悪いか?」
 深くは追求すまい。今から競馬で一発逆転しようとチャリにのった幻介をここまで引っ張ってきたのだ。意味があるはずだ。少なくとも、自分とローレットの仲間達の利になる形で。
 幻介は軽く呼吸を整えると、鍵を鍵穴に――サクンと差し込んだ。
 なんの凹凸もないはずの鍵が『何か』を斬ったのを、幻介は本能で感じる。そしてゆっくりと回すと、ガチャン……と錠の開く音がした。

●もうひとつの希望ヶ浜
 希望ヶ浜地区という場所について、説明しなければならない。
 ここは混沌の練達国、その中でも『再現性東京』というエリアに作られた現代日本をモデルにした仮想都市だ。欺瞞都市といってもいい。
 この街の人々は他の再現性東京市民と大きく異なる点として、この世界を自発的に『日本のどっか』だと思い込もうとしている。平和な日常が続くと、コンビニでおにぎりとコーラ買ってスマホでSNSをやる毎日が続くと思い込もうとしている。
 それが常識という名の結界となって、実際に彼らを守っているようでもあった。実際、希望ヶ浜が外部から大きな破壊や干渉を受けたという話はない。
 だがその一方で、『夜妖』という独特の怪異が生まれていた。一見一般的なモンスターと変わりないそれは、日常の裏に現れる『常識のひずみ』として顕現することがある。
 病院にすまう幽霊だの、廃屋に現れる殺人鬼だの――だ。
 ありもしない江戸時代の亡霊やおきてもいない連続殺人の被害者だのが、形をもって現れるのだ。
「日出神社の『異世界』もその一環だと?」
 第三資料室に集まったローレット・イレギュラーズたち。その中に混じった幻介が鍵を無名偲校長に返しながら言った。
 部屋の中は一般的な教室のそれとかわらず、資料室とは名ばかりの物置だった。古くなってぼろけた机や椅子が窓際に積み上げられ、昼間だというのに部屋をいっそう暗くしている。
 無名偲校長は椅子をひとつ手に取ると、床に置いて前後逆にまたがるように座る。
「そうだな」
 ROOの研究に協力した希望ヶ浜市民がバグによって意識をとらわれた事件を、希望ヶ浜では勝手に佐伯製作所大量行方不明事件と呼んでかすってもいない真相予想がSNSや動画サイトで日夜盛り上がっている。その中でも奇妙に説得力を持って語られるのが、『日出建子命の異世界に迷い込んだのだ』という都市伝説だ。
「信じる者が形を作り、常識が実を伴う。実際、日出神社はゲート化してもうひとつの希望ヶ浜を作り出している。あまりに不完全なものだがな」
 調査隊の報告によれば、空は真っ赤に染まり看板の文字も『ちあええ』といった具合にバグっていて、希望ヶ浜地区のどこかであるようなそうでないような、不気味な不安感におそわれる場所であったという。
 肩をすくめる幻介。
「希望ヶ浜のパクリとはな」
「そうだな。劣化希望ヶ浜……もしくは生まれたばかりの希望ヶ浜か。だから、様々なものが不完全にうつしこまれている」
 そこまで聞いてから、幻介はぶるりと震えた。
「そうか、この部屋……この封印!」
 何かに気付いた幻介にこたえるように、無名偲校長は部屋のすみにある掃除用具入れを開いた。
 そこに入っていたのはモップでも雑巾でもなく、無数のお札によって封がされた複数本の刀であった。

●偽阿僧祇霊園と『餓者髑髏』
 希望ヶ浜地区には、ある夜妖が封印されている。
 あまりに強大であったがために、戦闘行為におよべば周辺被害が大きくなりすぎ常識の維持が困難となる『捲られたベール状態』がおきるとし、やむなく封印処理を施した夜妖だ。
 名を『餓者髑髏』といい、人の抱く死への無念や『どこかの誰かの死』といった曖昧な概念が長年蓄積し、生まれたものであるという。
 事実、混沌には弔われぬ死者など夥しい数がおり、その霊魂は未だ世界に沈殿している。彼らが都市伝説をよりどころとして凝固したものであるとも、言われていた。
 その力は『小さな神』に匹敵するとされ、戦闘になれば周辺への物理的被害は免れないだろう。
「それが、『異世界』に現れたと」
「幸いあっちには日常生活も一般市民もいないんでな。迷い込んだ人間は保護しなければならないが……」
 刀を手に取り、ぽいっと投げてくる無名偲校長。
 不思議なことに刀の封はあなたが手に取った時点で焼けるように消え、すらりと鞘がおちた。
 おちたと述べたのは、柄から先――つまりは刀身が一切存在しなかったからである。どうやって鞘がくっついていたのかすら不思議なほど。
「『餓者髑髏』を封印するための儀式道具だ。幸い現地には一般人が紛れ込んではいないが……紛れ込んでからでは遅い。いますぐに現地へ向かい、偽りの怪異を斬れ」

GMコメント

●おさらい
 希望ヶ浜にあやしげな『異世界』が出現しました。
 ちらほらと一般人が迷い込んでおりその探索・保護が行われていますが――今回はやや特殊な案件の様子。
 本来は封印されている筈の強力な夜妖『餓者髑髏』が異世界に生成され、犠牲者をいまかいまかと待ち構えています。
 もしここへ一般人が迷い込めば保護する余裕すらなくくびり殺され、取り込まれてしまうでしょう。
 無名偲校長から借り受けた儀式道具を用い、偽りの怪異を斬り殺すのです。

●特別ルール:封刀
 PCにはひとりに一本ずつ儀式道具である『封刀』が与えられます。
 刀身のない柄だけの剣ですが、儀式魔術を開始すると本人にふさわしい刀身が現れ、刀が一時的に『銘』をもちます。
 今回はあなた専用の刀として、名前とその形状、ふるったさいのエフェクトなどを考えてみましょう。
 普段つかう刀をそのまま再現してもよし、いつもの戦闘スタイルにちなんだものにしてもよし、思い切ってイメチェンしてみてもよしです!
(現在お手元の武器は装備したままでOKです。ステータスもその状態を参照します。見た目だけ刀装備っぽくなります)

・コピペ用テンプレート
銘:
形状:
エフェクト:

●フィールド:偽阿僧祇霊園
 阿僧祇霊園の広い墓地を摸したエリアです。日出神社から侵入可能な異世界のなかにあります。
 空は赤く、すべての墓石の名はバグっています。墓石は大小様々ですが、みな和風のものです。
 『餓者髑髏』は中央にぽつんと立っており、犠牲者をいまかいまかと待っています。

●エネミー:餓者髑髏
 片手で一般的な人間の大人を掴める程の大きさであり、愚鈍ながらも巨体に見合う凄まじい頑強さをもちます。
 基本的に近距離戦闘に優れているように見えますが、破壊の規模が大きいため離れた距離からも容易に攻撃が行えるようです。
 まともに戦うとかなりマズイ相手ですが、『封刀』を用いて戦うことで対等に渡りあうことが可能です。
 そして今回は封印するどころか斬り殺すことも可能です。

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●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

●Danger!(狂気)
 当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <半影食>仮想贋作神殺し完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月25日 21時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

鳶島 津々流(p3p000141)
四季の奏者
咲々宮 幻介(p3p001387)
刀身不屈
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
三國・誠司(p3p008563)
一般人
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
すみれ(p3p009752)
薄紫の花香

リプレイ


 手になじむ鎖の感触。『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)は手のひらでそれを無意識にもてあそんでいた。
 希望ヶ浜学園のロッカーに使われる鍵には、細く長いチェーンがついている。金色のそれはコイル仕掛けのフックによってズボンのベルト穴にひっかけるようにできており、ポケットへと伸びる鎖を手のひらと指で追うのがついくせになりつつあった。
 そしてそれは、決まって考え事にひたるときだ。
(神様って言葉に釣られたが偽モンか……まぁ人襲うって話だから勿論手は抜かねえけど。
 しかし仮想現実解放と一緒に裏世界が現れるってどういう繋がりなんだか)
 かぶっていた帽子。首にかけたヘッドホン。
 夏の終わりも間近な街の、ひとけのない公園のそば。不自然に地蔵のたったその場所に、彼は立ち止まった。
「怖いモン思い浮かべてたら現れるなんてやってられんな、ホントに」
 新生再現希望ヶ浜世界行き第028ゲート。
 スマホに表示された位置情報データには、そうタグ付けされていた。

「希望ヶ浜そっくりの異世界かあ。人々が異世界を信じたから生まれた……そんなに都市伝説って早く広く拡まるものなんだねえ」
 公園に続々と集まってくるイレギュラーズ。そのなかに『四季の奏者』鳶島 津々流(p3p000141)はいた。
 用務員がきるような作業着をまとい帽子を被っているが、ほのかに花のいい香りがした。
 希望ヶ浜には用務員が沢山いるという都市伝説(もしくは七不思議)があるが、その中でも津々流は花壇でよく見かける用務員であった。
「何やら良くないものがその異世界に現れたんだよね。せっかく周りの被害を考えなくていい所に出てきてくれたんだ、この機会で倒せれば……」
 あえて考えを口に出したのは、周りの面々も同じことを考えていたからだ。それを共有するように、マカライトや『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)が頷く。
「何の因果か祟神の討伐か……神を超える刀、いずれは自分の手で作りたいところだ。
 だが異世界に迷い人が来る事があるとなれば急がなくちゃな。
 今はこの儀式道具で予行練習ってところだな」
 どうやら錬には錬の目標や考えがあるらしかったが。
「おや、皆さんおそろいですね」
 日傘をさした『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)が彼らの会話を区切るようにして声をかけた。
 綾姫の後ろには『太陽の沈む先へ』金枝 繁茂(p3p008917)たちが揃っている。公園へ集まる途中でたまたま合流したのだろうか。
 綾姫がちらりと視線を向けると、公園の奥にひっそりと佇む石碑が黄色いキープアウトテープで囲まれているのがわかった。一見してただの石の塊だが、目を細めてみると空間にわずかな揺らぎがあるのがわかる。
 風の流れも奇妙だ。
 そして、どういう理屈だろうか、綾姫には明確な『死の香り』がそこから漂っているのがわかった。
(死への無念、どこかの誰かの死。世界を滅ぼしたこの身に、いかほど纏わりついているのか)
 近づいてみると、元々は何かが彫り込まれていたような跡があるのがわかる。すっかりそぎおとされたのか、これが石碑か何かであることしか分からないようになっている。
 『事前に説明された』手順で石碑に触れると、トプンと手が石の向こうへ沈んだ。
 まるでやや粘性のある液体に手を浸したような、それでいて向こう側の少し蒸し暑いような気温が手に伝わるような。
「行きましょうか」

 入ってみると、そこは既に墓地だった。
 広い広い敷地の中に、整然と同じような形の墓石が並んでいる。
 繁茂と、そして『しろきはなよめ』すみれ(p3p009752)が保護結界を展開してやった。
「ここが異世界じゃなければ霊魂を墓場に持って帰って供養してあげられたんだけど。
 持ち帰ると余計ややこしくなりそうだからここで成仏してもらうしかないんだよね。だから……」
「ええ。必要な戦いとはいえ亡くなられた方を弔う場を荒らすわけにはいきません」
 墓石をひとつひとつ眺めてみると、彫り込まれた文字はすべてが奇妙にバグっている。どれひとつとして正しく読める文字はなかった。
「私は皆様よりも混沌世界に来てからの日が浅いですから敵を全くの他人として見れますけれど……過去に友人等『親しい人』を亡くしたことのある方は気をつけてくださいね?」
 その言い方に、繁茂と綾姫がスッと視線を返してくる。
 だがそれ以上のことは言わずに、すみれはサッパリと話題を変えてしまった。
「今までは封印されていたそうですが、このまま生かしておく理由がないですし殺してしまいましょうか。
 此処で殺されて自らも餓者髑髏の構成体になるなど笑えないですからね」
「あー、で、あれかな」
 『一般人』三國・誠司(p3p008563)が指をさす。
 言われるまで気付かなかった(どういうわけか気付けなかった)が、墓地のなかにぽつんとたつ人型の実態があった。並ぶ墓石が今目の前にあるのと同じだと仮定すれば、身の丈はおよそ3mはあるだろう。
 人型をしてこそいるが、どちらが前だかわからないほど赤黒い闇に覆われだらんと頭をたらすように背を丸めている。
 微動だにしていないのに、今にもこちらを殺しにきそうな殺気に溢れていた。
 なぜこれだけの存在を、指摘されるまで気付かなかったのかは、甚だ疑問ではあるが……。
「アレを倒すってわけ? 幻介くん胡散臭い見ためのわりにちゃんと仕事してたんじゃーん。じゃ、あとは幻介くんたちに任せて――」
「まて」
 回れ右しようとした誠司の襟首を掴む『傷跡を分かつ』咲々宮 幻介(p3p001387)。
「封印の儀式だけだったらこんなに沢山いらないんじゃないの?」
「さては分かって言ってるな?
 あの校長、いつも一番大事な事は黙ったまま仕事に連れだしやがる。今回だって『封印しろ』ではなく『斬れ』と言ったんだぞ」
「……だね」
 雲行きの怪しさに、誠司は声のトーンをおとした。
 幻介が校長から預かってきた『封刀』を握る。刀身のない、柄だけの剣だ。ちょっと重たくて固い金属に布を巻いた物にしかみえない。使い道があるとしたら文鎮くらいだろう。それもまるくて不安定な。
「『餓者髑髏』の話は聞いたが、こいつがその同一個体だとは思えん。この異世界ができあがるのと同時に『模写された』個体かもしれん」
「けど、性質まで模写してたら」
「そうだ。この場所で死やその畏れが膨らむほど強化される。倒すなら今しかねえ」
 こちらに気付いているのだろうが、振り返りすらしない餓者髑髏。
 こっちを見ろとでも言わんばかりに力強く足を踏み出すと、幻介ははじめからトップスピードで駆け出した。


 砂利道を踏み込む一歩で宙へ舞い、二歩目で空を踏み、宙返りをはさんだ三歩目で餓者髑髏めがけ空を両足で蹴って『跳躍』した。
「解封抜刀――『響命』!」
 振り抜いた刀の柄。閃きの光が文字となり、存在しない剣に虚偽の銘を刻み込む。
 欺かれた世界はそれを、封刀『響命』と認めざるを得ない。
 幻介の手の中から柄が消え、代わりに全く同じ速度で跳ぶ和装の少女めいた存在が現れた。
 無言で幻介と全く同じ反転モーションをとると、全く同時に餓者髑髏へとキックを繰り出した。
 ただの蹴りではない。自らを刀と定義した『突き』である。
 餓者髑髏はそれを腕で振り払――おうとしてピタリと止まった。両手を突き出し二人の突きを受け止める。
 大きく広がった手を肘まで貫通していく二人。地面を激しくえぐりながら2mほどの並行ラインを砂利道に刻み込むと……幻介はチッと舌打ちした。
 なぜなら。餓者髑髏にとってそれが致命傷ではないと手応えで解ってしまったがためである。
 振り向く幻介。餓者髑髏が両腕すらないにも関わらず胴体のひねりだけで振り返り、大きく口を開いて迫るのが見える。
 首から上がドッという衝撃にかわり、人型刀の響命が防御姿勢で前へ出るも一瞬で吹き飛ばされ墓石の間をピンボールのようにバウンドしていった。
 保護結界が施されたために墓石が壊れていないが、普通だったらいくつもの墓石を粉砕していたことだろう。
「幻介くん下がって! 僕が足止めする! この手口は得意なン――!?」
 後を追って誠司が二本指をこめかみにあててリーディングスキルを発動。餓者髑髏にコネクト――した瞬間、誠司の鼻から血が流れた。かと思えば両目から血が流れ、無意識にびくんとのけぞった彼はその場に転倒し白目を剥いて気絶した。
「うわっ、そんなもんに思考接続するな! ブラクラ踏むようなもんだぞ!」
「よ、よくしってるね幻介くん……さては踏んだことある……?」
 気絶した、かと思いきや必至に意識をつなぎ止めていた誠司が起き上がった。精神ダメージは免れなかったのか頭を振っている。ここは任せてと言って彼に手をかざし桜花の幻影を発生させる津々流。
 その間にマカライトと錬がフォローするように前へ出た。
「行くぞ、錬。まずは奴のアドバンテージを削る」」
「ん、了解。たとえ贋作でも、俺の刀が神殺しに足るって証明になってもらうぞ」
 二人は同時に封刀を閃かせると、自らを通して銘と力を顕現させた。
「解封抜刀――『楔』」
「解封抜刀――『壱狐』!」
 鎖模様の美しい波紋が刻まれた刀。鍔元から垂れた鎖は途中からちぎれ、マカライトが振ると『じゃらり』という鎖の音と共に構成された光の鎖がマカライトの周囲を蛇のように回り始める。
「生憎神様は封印したことねえが……斬って殺せるなら神でもなんでも相手になってやる」
「ま、あれは神ってより『概念』って感じだけどな」
 錬の作り出した刀は一般的な太刀に見えたが、彼が式符をかざすと刀身の色が太陽のような赤い色に輝いた。
 その場で豪快に振り込むと、まるで砲撃でも放ったかのように餓者髑髏を爆発が襲う。
 と同時にマカライトの振り込んだ剣から編み込まれた『鎖の龍』が餓者髑髏へと食らいつく。
 餓者髑髏はその両方をまともに食らってのけぞったように見える。錬とマカライトは同時に急接近を仕掛けた。
 まっすぐ走ることなく左右にバッと飛び退き墓石の列の間に身を隠すと、身を低くしたまま走り餓者髑髏の左右より出現。
 式符をかざして今度は深海の氷のごとく蒼く輝く剣にした錬が豪快な斬撃を繰り出し、反対側からはマカライトの繰り出した刀から無数の鎖が伸びて餓者髑髏へとまとわりつき、激しい熱を鎖へと流し込む。
 両腕を拘束された形になった餓者髑髏。
 繁茂は封刀をトンと額に押しつけると、両目をくわりと見開いた。
「寄刀『悪鬼』!」
 肉色の何かがドクドクと鼓動する柄。額から先に刀が深々と刺さったかのように接続され、繁茂は肉体から赤と黒の残像をぶわりと残しながら飛び出した。
 豪速でせまる繁茂に、拘束された餓者髑髏は文字通り手が出せない。
 繁茂は握りしめた拳を顔面へと叩きつける。
「死にぞこない同士仲良くってはいかなそうだねェ!! 残念残念残念ザンネェェェェェン!!!」
 それも一発や二発ではない。目にもとまらぬほどの速度でラッシュをかけ餓者髑髏の顔面を殴り続け、やがて餓者髑髏の顔面どころか首から上が吹き飛んだ。
 拳を振り抜く姿勢でフウと息を吐く繁茂。
 だが、不思議な手応えに顔をしかめた。
 倒した筈。それも一方的に叩きのめしたはず。なのに。
 餓者髑髏は、こちらの攻撃に対して一切抵抗を示さなかった。
「――ッ!」
 嫌な予感に腕を引っ込め――ようとした矢先に再生した首があんぐりと口を開き、繁茂の腕を食いちぎった。次に再生した両腕が伸びて繁茂を掴み、『おにぎり』みたいに握りつぶそうと圧迫をかけた。抵抗しようと片腕でつっぱる繁茂。
「んぐぐぐぐっ! 純粋な力比べだと、ちょいキツぅ!」
「解封抜刀――お願い、『花酔路(はなよいみち)』……」
 津々流が呼び出した剣は桜花の幻影を纏い、起こした花吹雪が繁茂を敵の手から奪うようにして攫った。
 風が刀を通り過ぎるたびに笛の音がなり、音に宿った力が繁茂の肉体を再生させていく。
「アリガト、助かったぁ……」
「いいや、助けきれてはいないみたいだ」
 津々流はどこか悲しそうに目を伏せると、刀をスッとあらぬ方向へ向けた。
 途端。すべての墓石がボッと音を立てて砕け散りそのすべてより赤黒い煙のような物体が吹き上がった。
「餓者髑髏。死の概念……。あの人型の個体が餓者髑髏だったんじゃない。『この場所すべて』が餓者髑髏だったんだ」
 自動車を鷲掴みにできそうな程巨大な手が形成され、津々流たちへと襲いかかる。
 津々流は『花酔路』を叩きつけるようなフォームで桜花の幻影を展開。周囲を聖域結界化すると餓者髑髏による掴みに抵抗した。
「どうも、敵側の火力が高すぎるみたいだねえ。こういうときは……」
 花酔路を握り直し、津々流は十字に空を切るように振り込んだ。それによって桜花の幻影が嵐を巻き起こし、餓者髑髏の腕を巻き込んでいく。
 が、更に無数の『巨大な餓者髑髏の腕』が飛び出し錬やマカライトたちへと襲いかかる。
 それに対抗したのは綾姫たちだった。
「解封抜刀――『滅喰七支(ほろびぐいななつさや)』」
 綾姫が作り出した七支刀は黒い霧のようなものを纏い、まるで意志をもつかのように巨大な死神の手を形作った。
 餓者髑髏の手と滅喰七支の手ががしりとつかみ合いになり、たがいをむしり取るように破壊し合う。
「これは滅びを斬り続け、その果てに滅びを齎したつるぎ。
 いえ、違いますね……私が滅ぼすために振るったのでした」
 綾姫は深く呼吸を整えると、豪快な横一文字斬りによって餓者髑髏の手を一本切り裂き消滅させた。
 周囲の物体が物理的に風化する一方で、餓者髑髏の『死の概念』が風化し消滅したのである。
 その勢いで次々に仲間達の封刀が餓者髑髏の手を破壊していく。
「解封抜刀――『曇暗』」
 すみれは紫の刀身をもつ薙刀を作り出すと、ぐるりと振り込み白影の幽鬼を呼び出した。
「あなたが『死』だというのなら、それは『私』の天敵なのでしょう。けれど、まだ浅い。あなたの死は、私の縁をわかつまでにない」
 曇暗を美しく舞うように振り回せば、両手に包丁を抜いた幽鬼が餓者髑髏の腕を次々に切り裂いていく。
「しかし、折角保護した墓石がこうも直接的に破壊されるのは、いささか……」
 ブンと振り込み突きつける形になったすみれの曇暗。
 紫の刀身がギラリと光ると同時に瞬間移動した幽鬼が餓者髑髏の巨大腕を二刀流交差斬撃によって切り裂いた。
 パッと霧散する赤黒い煙。
 やがて煙は一点に集まり、すみれはその方向へと身構えた。
「お先にどうぞ。あなたは『まだ』でしたよね……誠司様」
「たすかる」
 誠司は顔を乱暴に服の袖で顔を拭うと、封刀の柄を振りかざした。
「さあ、ぶっ放そうか――『撃留(ウチドメ)』!」
 生まれた黒い刀身は身の丈ほどの巨大さで、その刃からはバチバチと火花が散っていた。それも色鮮やかな七色の火花が。
「景気よくたたき込むぞ。死者ってのはそうやって送るもんだ!」
 誠司、突撃。障害物がなくなったからと豪快に真正面から突っ込むと、振り払おうと伸ばしてくる餓者髑髏の腕を次々に払い落とす。
 剣を叩きつけるたびに派手な花火のようなエフェクトがはじけ、刀身も熱をもったかのように赤く変色した。
 地面に叩きつけドンという打ち上げ花火の音と共に跳躍すると、七色の爆発を背景に剣を振りかざした。
「こっちとら一般人なんだ。
 神殺しできる英雄でも、戦いに秀でる武士(もののふ)でもない。
 だけど、誰かが、僕がやんなきゃしかたないってんなら……やるしかねぇだろう!」
 剣が文字通り白熱し、光の噴出と共に大回転した誠司の剣が餓者髑髏へ叩きつけられる。
「派手に納めろ、撃留ェ!!」
 強引に叩き潰し、ドンという爆発を起こす誠司。
 打ち上がった花火が柳型に火花を散らし、バチバチと音をたてながら落ちていく。
 そして、それきりだった。

 気付けば幻介たちの手には刀の柄だけが残っている。
 柄には封印のお札が過剰なくらいに張り付き全体を埋め尽くしていた。
「役目を終えた……ってとこか」
「『死』は人間社会から切り離せない」
 声がした方向へ反射的に振り返ると、そこには無名偲校長が立っていた。
 ぴんと背筋を伸ばし、両手をぶらりと下げている。
「忘れること、あるいは納得することでしか冷静に向き合うことができないそれに、文明は『餓者髑髏』という怪異をあてはめることで納得しようとした。だがそれすら牙を剥いたなら、『忘れる』しかない。その刀は……死を忘れるための刀だ」
 いずれまた必要になるだろう。
 無名偲はそう言ったような、気がした。
 気のせいだ。
 誰もそんなことは言っていない。
 無名偲校長も、その場にはいない。
 どころか――

 はたと気付いた時には、幻介たちは公園にいた。こっちがわの世界の公園だ。ゲートのあった石碑は崩壊し、小石の群れになっていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――儀式魔術、完了。

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