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シナリオ詳細

ディズリー遺跡の潜影

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 消灯された屋敷の中を、女は静かに歩いていた。
 聞こえるのはただただ床を踏む靴の音と、動物や風の音。
 照らすのは穏やかな月明かり。閉め切られた窓のおかげで、夜とはいえ夏の室内はじっとりと汗をにじませた。
 月明かりを差し引いても迷いない足取りから暗視の類を用いているのは直ぐに分かった。
「……ここね」
 ぴたりと立ち止まり、視線を扉の上へ。
 書室と記されたそこが、女の目的地だった。
 カチャリと音を立てて開く鍵の音が無音の廊下に響く。
 そのまま中に入った女は、再び迷いない足取りで突き進む。
 背丈より高い本棚を数えながら、奥へと進んである本棚で立ち止まった。
 最下段、本の数を数えて一冊を中途半端に引っ張り、その後ろの壁に触れてもう一度何かを引っ張る。
 その一連の動きを4つの本棚で繰り返して――女は半歩後ろへ下がる。
 女の前で、本棚が動き出した。壁がせり出すようにして動いた本棚の後ろ、1つの扉が姿を見せた。
「やっぱり……ってことは、この奥に禁書室があるってことだろうけど……」
 独り言をつぶやくと、女は一つ溜息をついた。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。
 サイズさん、ロロンさん、マルクさん、お三方は数ヶ月前の魔獣騒動のことを覚えておいでですか?」
「たしか、オルトロスの亜種が村を襲っているので撃退してほしい……という内容のものですね。
 撃破した後、オルトロスの遺体には外的な変化の要因はなく、怪王種の可能性が高いと判断しました」
 少し考えたマルクがそう答えると、こくりとテレーゼが頷いた。
「これまで数ヶ月間、この魔獣の件は後回しにしてまいりました。
 優先事項ができた……ミーミルンド派が内乱を起こしたためです」
「あの後、継続調査をするように言ったボクたちが呼ばれたんだから、それに関係する何かが起きたんだね。
 やっぱりもっと賢い奴がでてきたとか?」
 ロロンの問いかけに、テレーゼは小さく否定の意を示すと、視線をイレギュラーズの後ろに向けた。
「イレギュラーズの皆様にご協力いただき、ミーミルンド派との戦いは進んでまいりました。
 そこで、私は新しく人を雇って、とりあえずの調査を続けておりました。……カルラさん、こちらへ」
 そう言ってテレーゼが手招きをすると、イレギュラーズの後ろに控えるようにして立っていた女性が前へ出てくる。
「ここからは私が説明するわ。雇い主……テレーゼ様に命じられて調査を始めた私は、既に没落して消滅したディズリーって貴族に目を付けたの。
 この貴族はいわゆる魔術師の家系でちょっと後ろ暗い研究もしてたって話だったわ。
 調べたらブラウベルク家が屋敷の管理を任されてるって話だったから、テレーゼ様にお願いして鍵貰って潜入したってわけ。
 それで……禁書室からこれを見つけたのよ」
 そういうと、女――カルラは一冊の禍々しい本を取り出した。
「調べてみたところ、その本は研究成果をまとめている物でした。
 分かりやすく言うと、それには後天的に魔物を作る方法が記されています」
「……後天的に、魔獣を作る方法?」
 マルクが思わず聞き返せば、テレーゼがしっかりと頷いた。
「あれ? でも、あの時の魔獣には外的要因での変化はなさそうだったはず……」
「そうですね、サイズさんのおっしゃる通り、外的要因ではなさそうでした。
 だからこそ、今回の件を皆様に追加でご依頼する可能性がある、と判断いたしました」
 サイズが前回の時の記憶をふと思い出すと、再びテレーゼがしっかりと頷いて、そう切り出した。
「……皆様には魔獣たちの巣の1つを潰していただきたいのです。
 実はこの巣、この禁書の研究者が当時使っていた研究施設の跡地との推測を立てています。
 そうだとすれば、中にいる魔獣にはより一層と危険なものがいる可能性もあります。くれぐれもお気を付けください」
「場所がちょっとわかりづらいから、行くまでは私もついていくわ」
 テレーゼにつなぐように、カルラはそう言った。

GMコメント

 こんばんは、春野紅葉です。
 8月に入って1本目となりますね。
 アフターアクションを戴きました3名様には大変お待たせいたしました。
 それでは、さっそく詳細に入りましょう。

●オーダー
【1】魔獣の撃滅
【2】遺された研究資料の獲得

●フィールド
 ディズリー遺跡と呼ばれる小さな遺跡です。
 西洋風のお城が時を経て風化して骨格だけを残したような姿をしており、魔獣が住み着いています。
 フィールド奥には朽ち果てているものの健在の部屋が存在しているようで、
 どうやら魔術的な処理(非戦の保護結界のようなもの)が為されているようです。

●エネミーデータ
・バシレウス=オルトス
 二股に分かれた蛇で出来た尾を持ち、全身から猛毒を滴らせる双頭の犬。
 見上げるほどの高さを持ち、それ故にブロックに2人以上必要です。
 強靭な牙を持ち、瞳には石化の邪眼を持ちます。また、巨体ゆえにただの体当たりも強力です。

 前回(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4963)のシナリオで出てきたオルトロス達の母親(感染源)に当たります。
 舐めてかかると普通に痛い目にあう程度には強いです。また、多少の知性も感じられ、傲慢な性格をしています。

 豊富なHP、高い反応、物攻、神攻、防技、EXAを有します。

 毒顎四連(A):2つの口で同時に対象に食らいつきます。
 物至単 威力大 【スプラッシュ2】【猛毒】【致死毒】【追撃】

 黒犬廻闘(A):戦場を駆け抜け、脅威的な猛攻を行ないます。
 物遠範 威力中 【万能】【移】【飛】【致死毒】【体勢不利】

 ポイズン・フォールアウト(A):広域に自らの毒をまき散らします。それはさながら炎の如き熱を持つでしょう。
 神自域 威力大 【猛毒】【致死毒】【廃滅】【業炎】【炎獄】

 魔犬の邪眼(A):一帯を睨み据える邪眼は動きを封じ、焼き付けるような呪いを吐きます。
 神遠範 威力中 【万能】【炎獄】【石化】【呪縛】

 毒皮(P):全身に帯びる毒性は触れる者全てを傷つけるのです。
 【反】【毒無効】

・アルラウネ〔亜種〕×3
 ディズリー遺跡に巻き付いた大小さまざまな植物が魔獣化したモノ。
 蔦で出来た女性のような姿をしています。
 戦場各地に巻き付いているため、全て焼き払う必要があります。
 【火炎】系のBSを付与する攻撃により2倍のダメージを負います。
 回避能力はありませんが、高い防技と抵抗力を有します。
 【毒】系列のBSの他、何故か【凍結】系列のBSを用います。

・オルトロス〔亜種〕×3
 言わずと知れた双頭の犬。身長は2m~3m程度あります。
 獰猛で攻撃的、遠吠えによる意思疎通も行っているようです。
 弱そうな相手や鈍そうな相手から優先的に狙っていくようです。
 高い反応、回避、神攻、物攻を有します。
 HP、抵抗は並み、CTや防技は低め。

・リンドドレイク〔亜種〕×3
 2~3mほどの蜥蜴の胴体にワニの顎と牙、鏃のような尾をもつ魔獣。
 獰猛で狡猾、ワニのように噛みついて身体を捩じり獲物を捩じ切り喰らうとされます。
【致命】【出血】系列、【痺れ】系列を有します。
 物攻が高く、反応値も高めですが、防技や回避能力は低め。

●NPCデータ
・カルラ
 画面右側に立つ槍使いの女性です。ブラウベルク家、特にテレーゼに属する間諜です。
 ばれても逃げおおせることができるようにするためか、腕も立つようです。
 高めの反応とEXA、平均よりやや上の機動力のスピードアタッカーです。
 きほんはふわっと戦闘に参加しています。特別に何かさせたい場合はプレイングの指示をお願いします。

●怪王種(アロンゲノム)とは
 進行した滅びのアークによって世界に蔓延った現象のひとつです。
 生物が突然変異的に高い戦闘力や知能を有し、それを周辺固体へ浸食させていきます。
 いわゆる動物版の反転現象といわれ、ローレット・イレギュラーズの宿敵のひとつとなりました。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ディズリー遺跡の潜影完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月24日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

サイズ(p3p000319)
妖精■■として
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る
袋小路・窮鼠(p3p009397)
座右の銘は下克上
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔
ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)
開幕を告げる星
アルトリウス・モルガン(p3p009981)
金眼黒獅子

リプレイ


 カルラの道案内を受け、イレギュラーズはディズリー遺跡の入り口までたどり着いていた。
「ここよ。今は外に魔獣はいないみたいね」
「カルラさん、改めてよろしくね」
 ざっと見渡して告げたカルラに声をかけたのはマルク・シリング(p3p001309)であった。
「ええ、こちらこそ」
(僕はR.O.Oで会ってはいるけど、こっちのカルラさんはそんなこと知る由も無いよね)
 彼女ならざる彼女に出会ったことのあるマルクに、カルラはあくまで今回のことと考えてなのか、自然に頷いて返す。
 マルクはその傍ら、ファミリアの鳥を遺跡の方へと飛ばした。
「作られた魔獣ね……俺は金属と俺を作った妖精の血を元に作られた妖精武器だが、
 作られた魔獣は既存の生命を変質、組み換える感じだから禁忌扱いになるんだったけ?」
 今はまだ鮮血の如き輝きを放たぬ自らの本体を見上げ、『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)はぽつりと呟いた。
「禁忌扱いにするかどうかは、人によるだろうとは思うわ。
 でも、害にしかならないことをわざわざ研究することを良しとするわけにはいかないんでしょ、多分ね」
 カルラはそう言って肩を竦めた。
「危険な魔獣と、後天的に魔物を作る方法の研究。どちらも放置はできないよ」
 頷いて『テント設営師』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)は自らの杖を握り締める。
「目的の資料以外にも何かあるのですよ? それもちょっと気になってるのでして!」
 大型の魔導銃を握る『にじいろ一番星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)はぴょんと跳ねて主張すれば。
「なんにせよ、ワクワクするじゃねえか。いつだって物語の裏側を覗き見る時こそ面白いもんだ」
 庭の烏を空へ飛ばすと『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)は不敵に笑う。
「はは、探索ってのもそうだが、男心が擽られるような外観だなァ、オイ」
 黒い鬣を流して笑えば、『新たな可能性』アルトリウス・モルガン(p3p009981)は愛剣を抜いて構える。
「聞いた話にゃ、魔獣の団体さんがお出迎えってか? 大変結構」
 泰然とした様子を見せるのは『座右の銘は下克上』袋小路・窮鼠(p3p009397)である。
(聞く限り、以前の懸念より状況は悪いようだねぇ)
 人型の造形を取る『無垢なるプリエール』ロロン・ラプス(p3p007992)はのほほんと構えている。
 それは、確かな自負があるゆえ。
「今度こそ、完璧に始末をつけよう」
 ロロンの言葉に、仲間達が頷き、各々の準備を整えていく。
 そんな中、ジェイクとマルクは飛ばしたファミリアーで遺跡の内部の様子を観察する。
 内部はおおよそ2部屋に分かれているようだった。
 エントランスのような前面にはリンドレイクが3匹、聖堂のようになっている奥にはオルトロス3匹と、それを上回る大きさの魔獣が1匹。
 そいつらを全員、引き付けようと試みるが、これは上手くいかなかった。
 この風化の進む廃墟では、野生動物の類などそう珍しくはないのか、あるいはそう調教でもされているのだろうか。
 それらの情報を共有してから、改めてイレギュラーズは中へと向かっていく。


 遺跡の入り口に入ってすぐ、魔物が姿を見せた。
 それらはまるで、遺跡に眠る何かを守るかのように。
「さっそくお出ましみてぇだな」
 3匹のリンドドレイクが各々わめきながら姿を見せたのを確認するや、窮鼠は一気に肉薄すると、うちの1匹めがけて掌底を叩きつけた。
 掌に組み込んでいた極小の術式が爆ぜ、衝撃波を以ってその一匹を一気に吹き飛ばす。
 続けて疾走するはサイズであった。
 その手に握るカルマブラッドが鮮やかな血の色を放ち、鮮血の顎がリンドドレイクの身体に食らいついた。
 魔性の顎は蜥蜴の如き身体を刻み、激しい傷跡を描く。
『ぎゃおぎゃお!』
 吹き飛ばされた1匹以外の2匹が猛り、仇討ちとばかりに窮鼠の身体へ噛みついて、ぐるりと身体を捩じる。
 致命傷が窮鼠の身体に刻み付けられ、血がだらだらを零れだす。
 フォルトゥナリアも一連の動きに続くようにして前へ。
 詠唱と共に、天へ掲げるようにして持った杖が温かな輝きを放ち、もたらされた状態異常を打ち払う。
 ついでとばかりに、自身を含む動き出していた3人の魔力を幾らか回復させていく。
 ジェイクは窮鼠に食らいつくリンドドレイクめがけて引き金を弾いた。
 寸分狂わぬ正確なる狙撃は、リンドドレイクの首筋辺りへまっすぐに炸裂し、血飛沫があふれ出す。
 防御を意味為さぬ正確無比なる狙撃に、そのリンドドレイクは口を開けてジェイクの方を向いた。
「オレが相手だ!」
 愛剣を掲げるようにして構え、アルトリウスが宣誓の言葉を告げる。
 自らを鼓舞するような堂々たる宣誓の言の葉に、リンドドレイクの視線がアルトリウスの方を向いた。
『ぎゃおぎゃお!』
 叫ぶリンドドレイクめがけて剣を突きつけるようにして構え、敵の注意を引き付ける。
 アムネジアワンドを握り締めたマルクは食らいついていたリンドドレイクの片方を中心に据えて術式を構築する。
 淡く輝く杖の先端より放たれたるは神意の閃光。瞬く神聖の光はリンドドレイクの身体を焼き付けた。
 烈しく瞬く閃光に怯んだ2匹は体勢を乱し、叫び声一つ。
(念のために後ろも見ておくのですよ)
 戦場、ルシアは後ろを見ていた。
 入り口の付近、壁面に大きな蔦が巻き付いている。
 そこが不意に人の姿を取った。
「いくら硬くてもルシアの破式魔砲は貫けるのでしてー!!」
 片膝をついて体勢を整え、構えた魔導銃の銃口に、魔力が集束して――炸裂する。
 暴威の名に相応しき破壊の魔砲が姿を見せたばかりのアルラウネへと注がれる。
 前へ。ロロンは自らの身体を騎士を模したモノへと変質させると、前衛へと進み出た。
 手を横に払い、自らの分身の幾つかが槍を作って疾走する。
 深手を負うリンドドレイクの身体から夥しい血があふれ、1匹が地面へぐたりと倒れこんだ。


 リンドドレイク3匹をひねりつぶしたイレギュラーズは、フィールド同士をつなぐ廊下へと足を進めていた。
 廊下の先、幾つもの蔦が絡み、壁のようになった場所があった。
 そこから、ぬっと姿を見せたのは2匹のアルラウネ。
 微笑んでいるようにも、真顔のようにも見えるそれらは、両腕の蔦をイレギュラーズめがけてけしかける。
 範囲内を包み込む棘は、ある者の身体に毒性を齎し、神経を冒して身動きを封じる。
 その様子を見て、改めてアルラウネが笑った。
 直後、窮鼠は走る。
 文字通り時間を置き去りにする最速の拳をアルラウネめがけて叩きつけた。
 最速で打ち込まれる打撃は防御のタイミングを一瞬ながらずらし、強烈な打撃となって混乱を生む。
「俺には毒は効かないぞ!」
 続けるように、サイズが動いた。肉薄と同時、鎌を振るう。
 真紅の魔力を帯びる鎌の斬撃があり得ざる軌跡を描いてアルラウネの身体を削っていく。
 フォルトゥナリアは一つ深呼吸をする。
 集中――。
 この場にいるイレギュラーズの中で、唯一あらゆる状態異常への対処法を持つ。
 倒れるわけにはいかない。
 輝く光が再び仲間たちの異常を取り除き、疲労感をいくらか軽減する。
 ジェイクはそこでアルラウネの人間体と蔦の間に向けて弾丸をぶち込んだ。
 精密なる狙撃の下で打ち込まれた弾丸が真っすぐにその辺りを貫くと、アルラウネの蔦がたわむ。
「どうやら本体は蔦の方みたいだ」
 あの人間体の部分は一種の疑似餌のような物か。
 アルトリウスは自らの身体を押し立てるようにして前衛へと立ちふさがると、再び宣誓の言葉を告げる。
 威風堂々、掲げられたレーテを用いて鍛えられた漆黒の剣が妖しい光を放ち、アルラウネの注意を引き付ける。
 そのアルラウネめがけ、マルクは杖を振り下ろした。
 裁きの閃光が苛烈な瞬きを放ち、悲鳴をあげるように蔦が軋みを上げる。
 炸裂する輝きに怯んだ蔦目掛け、ルシアは銃口を構えた。
 再び放たれたより効率的に破壊を為す魔砲が真っすぐにアルラウネを貫き、そのまま蔦をも貫通してみせた。
 死に体のアルラウネの片方へ追撃を仕掛けるロロンのファランクスがまとめてアルラウネを削れば、傷の多い方が潰れていく。


 アルラウネをも突破し、イレギュラーズは遂に奥の部屋へと足を踏み入れた。
『――騒々しい』
 低い声がした。
 声の主は、部屋の中央にて寝転ぶ1匹のオルトロスである。
『――頭を垂れよ、人類』
 立ち上がれば、その巨躯は見上げざるを得なかった。
『――まぁ、貴様らにそのようなことをいうても詮無きことか。アレと同じよ』
 双頭の片方が睥睨し、唸るような声を上げる。
『全く、貴女はどこまでも傲慢なのですね。……ですが、私の領域に足を踏み入れるのです。相応の覚悟はよろしいですね』
 もう片方が、明確に別の理性を覗かせて声を上げた。
『――起きよ、我が子ら。不届き者を誅滅すると時ぞ』
 傲慢な声の方がそう言って、遠吠えを一つ。その声に弾かれるように3匹のオルトロスたちが飛び起きた。
『我が名はバシレウス、王の名を戴く者』
 雄叫びが轟き、全身から酸性の毒が地面へと落ちていく。
「どうせ継戦能力もやれることも大してねえんだ。
 思う存分嫌がらせしてぶっ倒れてやるよ」
 急速で術式を組んだ窮鼠は、バシレウス=オルトスを包み込むようなキューブを構築。
 そのまま中心にバシレウスを置いて、上下から圧し潰すようにして術式を行使した。
 キューブはバシレウスを包み込み、あらゆる痛みを刻み付ける。
『ォォォォ!!』
 キューブから解き放たれたバシレウスは地の底から響くような声を上げ、眼を見開いた。
 睨み据える魔眼が、窮鼠を中心とする一帯を焼き付ける。
 それだけにとどまらず、突如としてその姿が掻き消え、天井から窮鼠めがけて飛びかかる。
 その瞬間、窮鼠の身体は後方へすっ飛んだ。
 変わるように前へ飛んだのは、サイズである。
 美しき血色の刃を真っすぐに走らせて、連撃とばかりに打ち込んだのは血色の顎。
 魔王を冠する斬撃がバシレウスの身体を刻んだと思った直後、片方の頭部がサイズに食らいつく。
 フォルトゥナリアは杖を地面に突き立てるようにして構え、詠唱を続けている。
 詠唱は願いに変わり、温かく包み込む光になって可視化すると共に、仲間たちの疲労感を和らげていく。
 それに伴い、身体の一部に生じていた石化が紐解かれる。
 オルトロスが一斉に動きロロンへ喰らいついていく。
 一斉の猛攻を受けたロロンは重装鎧の状態であったことが幸いして致命傷を受け流していた。
 盾で防ぐような動きの後、腕を払って再び槍衾を発動させれば、至近距離にいたオルトロスを3匹ともに巻き込むに十分だった。
「こっちを見ろ! オマエの相手は俺だ!」
 オルトロス達へ宣誓を告げるも、オルトロスたちの注意を引きつけられた気はしなかった。
「何度も言わせるな、オレが相手だつってんだろ!」
 振り抜いた斬撃を叩きつければ、1匹がアルトリウスの方を向いた。
「いかに回避力が高くても追い詰めて食らうだけだ」
 ロロンへ殺到するオルトロス目掛け、ジェックは銃を撃ち抜いた。
 回避に遅れたオルトロスの身体に銃弾が食い込み、くぅんと鳴く声がした。
「いくら硬くてもルシアの破式魔砲は貫けるのでしてー!!」
 堂々と構えた魔導銃に、魔力が集束していく。
 1つ、2つ、3つと層を描いては集束を繰り返す。
 引き金を弾いた瞬間、爆ぜるように放たれた直線上を焼く砲撃は真っすぐにオルトロスの1匹と共にバシレウスを捉えた。
 マルクは杖を指揮棒のように持ち直すと、指揮を奏で始める。
 指揮はやがて旋律になり、大天使のもたらす福音となって重い傷になりつつある窮鼠の身体の傷をいやす。
 深かったキズが瞬く間に回復の一途を多ぞれば、窮鼠が再び立ち上がる。


 イレギュラーズとバシレウス=オルトスとの戦いは続いている。
 イレギュラーズは苦戦を余儀なくされていた。
 作戦の幾つかに穴があり、もっとも危険な敵が野放しになっている時が多々あった。
 パンドラもいくつか開いている。
 それでも徐々に不利を覆して、バシレウス=オルトスのみにまで追い込んでいた。
 マルクは静かに呼吸を整えていく。
 ふらつくバシレウスと自分を一直線に。
 急速に収束する魔術はマルクの最も慣れた魔術の一つ。
 収束する魔弾を真っすぐにバシレウスへと叩きつけた。
 雄叫びを上げたバシレウスが、一瞬ながらたたらを踏んだ。
 ロロンは流体ボディをゆっくりと蕩けさせると、一気に肉薄。
「ぷるるーんぶらすたー!」
 バシレウス・オルトスの身体へ纏わりつき、加速増幅させた魔力を爆発させる。
 傍から見ると自爆攻撃にも見える激しい攻撃に対する反撃の蛇の首がロロンの身体に牙を突き立て、決して軽くな傷が刻まれる。
 ルシアは再び銃口をバシレウス=オルトスに向けた。
 収束する破壊術式の魔砲が真っすぐにバシレウス=オルトスの身体を貫き、うめき声がした。
『ォォォォ!!』
 苦悶の雄叫びの後、反撃の毒の槍がルシアの身体を貫いた。
 続けるように、ぶるぶると身体を震わせた。
 それはあたかも水浸しになった体を払うような仕草で――けれど、それによって舞い散るのは唯の水に非ず。
 死を齎す毒性の打撃が、至近距離で戦うイレギュラーズへ襲い掛かる。
「火も毒も俺には通じない!」
 もう一度、叫ぶように言ったサイズはバシレウスへ飛び込んだ。
 慈悲をもたらす美しき軌跡を以って斬り払った勢いそのままに鮮やかな斬撃は下から上へ食らいついて切り刻む。
 フォルトゥナリアは呼吸を整えた。
 次の魔術が、一旦の弾切れになることは、分かっている。
 あらん限りの魔力を杖の切っ先に合わせ、振り抜いた輝きは温かく、近くにいた仲間たちに魔力を分配する。
「楽に死ねると思うなよ――」
 跳躍するように疾走するジェイクは、二丁拳銃の両方から同時に弾丸を撃ち込んでいく。
 それはくちづけよりも熱く激しく。狼のように苛烈にバシレウスを追い立てる。
「いい加減に、沈め!」
 アルトリウスは黒剣を握りなおして突貫するや、傷を負っている部分へと上段から真っすぐに斬り降ろす。
 バシリウスの鮮血が舞い散り、じゅう、と毒が身体をおかすことを厭わない。


 戦いを終えたイレギュラーズは、バシレウス=オルトスの背後に存在していた保護結界を壊してその中に入っていた。
 部屋の中は存外大きかった。出入口を除いた四方の壁を10段の棚が防ぎ、禍々しい薬品やら魔導書の類がぎっしりと並んでいる。
 部屋の中央には魔方陣が浮かび、そこからやや奥には簡易ではあるがバリケードが作られ、机が用意されていた。
(今までの話からして作られた魔獣が怪王種になって、外的要因がわからなくなるほどに肉体を変質させた……なんて可能性もありそうだよな)
 少しばかり飛んで、棚の一番上にある本を幾つか取りだしながら、サイズは考えていた。
「気を付けないと駄目だが……生物は専門外だ」
 少しばかりの溜め息を漏らす。
(怪王種は自然発生的に生まれた強力な個体のモンスター。人為的な痕跡がないとするなら……)
 机の上にあった書物を紐解くマルクは解読を試みていた。
 それは、持ち出す資料の厳選のためであり、同時に持ちだせそうにない物を写し取るためだった――が。
「……これは」
 見る見るうちに青年の顔は険しくなっていく。
 一方、フォルトゥナリアは部屋の中の隠蔽工作の類を見つけるために注意深く周囲を見ていた。
「あれ? ここ、棚を動かしたみたいな痕があるよ」
「向こうに何かあるのかもな。よっし、どけてみるか」
 フォルトゥナリアの言葉に反応したアルトリウスとジェイクも手伝い、それを退けると、そこには奥へ通じる扉が一つ。
「奥にも部屋があるみたいだな」
 ジェイクはつぶやくや、扉に手をかけて開こうと試みるも、動かない。
 鍵がかかっているわけではない。単に立て付けが悪いのだろう。
 扉を蹴り飛ばして奥へ。そこには人が寝泊まりできそうな一室があった。
 それだけなら、何の問題もない。ただ――問題が1つ。
「……誰かが最近まで使ってたように見えるんだが?」
 ぽつり、誰かが呟いた。
 そう、使っているように見える――埃っぽさがまるでないのだ。
 それこそ、少しばかり前までここを使っていた誰かがいたような。
「おーい、さっさと運び出そうぜ」
 窮鼠は馬車へと運びながら声をかけた。
 魔獣の件はひとまず片が付いた。
 それでも解決ではない――情報の整理は、帰ってからになりそうだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

袋小路・窮鼠(p3p009397)[重傷]
座右の銘は下克上

あとがき

辛勝、ですが勝ちは勝ちでございます。
お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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