シナリオ詳細
それじゃあ、バイバイ。
オープニング
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まだ、キスしてくれる?
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「あ、ああ……っ!」
目の前で彼女が呻く。
酷く苦しげで、此の世の終末を彷彿させる声色。
「にげ、て……っ!」
彼女は必死に僕を逃がそうとする。
遂に”その時”が来てしまった。
華奢で色白だった彼女の肢体は、徐々に魔物のそれへと近づいていく。
たった一つの傷が。
彼女をここまで蝕んだ。
「僕は……」
「はやく、にげ……て……っ!」
「……僕は……」
「じゃない、と……っ!」
不意にベッドから立ち上がった彼女は、半分はヒト、半分は魔物へと変わり果てた相貌に、悲哀と好奇を宿らせ、僕の腕を掴んだ。
「―――このままじゃ、殺しちゃう」
そこから先の事は、分からない。
僕は余りに、無力だった。
血の味がする程に走って。
森を抜け、村に帰るだけで精一杯だった。
●
村に伝わる一つの言い伝えがある。
森に棲むと云われる人狼の魔物。その魔物に負わされた傷は軈て躰を蝕み、ヒトを魔物に変えてしまうのだと云う。
そんな昔話など当に皆が忘れていたというのに、森へ花を摘みに行っていた彼女が人狼に襲われるという事件が起こったのは、およそ二週間前。
彼女は村を追われ、森の中の小さな小屋へと移された。
最初は只の―――とは云っても、背中を大きく抉られる重傷だったが―――傷があったに過ぎなかった。
傷は次第に癒え、痛々しい跡が残ったが、言い伝えなど所詮はまやかしに過ぎないのだと、希望を持った。
一週間が経った頃から、彼女の意識を何かが蝕み始めた。
一週間と三日を過ぎた頃から、彼女の躰を何かが蝕み始めた。
そして今日。
彼女は滔々、かの人狼と等しき魔物へと変わり果ててしまった。
村の人々は言う。
「運が悪かった」
「森には近づくな」
他人事。余りに他人事だ。けれど実際、他人事なのだ。
しかし、愛する者を奪われた僕にとっては。
―――他人事とすぐに割り切れるほど、簡単な問題では無かった。
それに、月日が経てば、言い伝えは薄れ、また森へと向かう村人が現れるだろう。
そして、彼女は次の”人狼”を産み出すだろう。
……抑々、本当に彼女は、もうヒトに戻れないと云うのだろうか?
そんな確証は、何処に在る?
僕は非力だ。無力だ。
けれど、彼女の世界で生きる意味を……、今はまだ、持ち合わせていなかった。
●ローレットへの依頼
ある村に住む男性からローレットへと依頼があった。
人狼に負わされた傷の呪いにより、自身も魔物へとなってしまった恋人の討伐をして欲しい、と云う。
一度躰を蝕まれた者は、死ぬことでしかヒトに戻る術が無い、と言い伝えられているそうだ。
依頼者の男性は、その点については聊かの疑問を有してはいる様だが、これまでの若干の事例からヒトへと戻った現象は確認されてはいない事から、高い確率で事実だろう。
イレギュラーズは、指定された森へと向かい、人狼に変貌した女性を討伐してきて欲しい。
- それじゃあ、バイバイ。完了
- GM名いかるが
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年07月07日 21時50分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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鬱蒼と生い茂る草木の中。
八名のイレギュラーズと、一名の青年が道なき道を進んでいく。
(……聞くに悲しい話ですが、私にできるのは、これ以上の被害を増やさないことだけです。
残された者が、これ以上この事件に苦しめられぬよう……彼女を討伐させていただきます)
『白き渡鳥』Lumilia=Sherwood(p3p000381)が真白い体躯を揺らしながら、揺れる瞳で先を見詰める。成る程此度の依頼は、ルミリアの云う通り、悲劇に相違ない。
見様によっては正に“人狼”とも云える『迷い込んだ狼と時計』ウェール=ナイトボート(p3p000561)の胸中は如何ほどだろうか?
(身体の半分が人狼となっても、魔物の本能に負けずにニダルさんを逃がしたなんて強いな……。
心中という選択もある中、アガーテさんは、ニダルさんに生きていて欲しいから逃がした)
少しでも可能性があるのなら、呪われの人狼型魔物―――アガーテを救いたい。
(……魔物になっちまったから討伐する、か
“伝承”に則ればそうなっちまうのかもしれねぇが、あまりにも悲劇的すぎるぜ。
俺にできることなんてタカがしれてるが、できる限りのことは試したいな)
漂う陰気な雰囲気の中、『不屈の』宗高・みつき(p3p001078)がウェールとほぼ同じ心情でニダルを見遣った。その青年は、恐怖と緊張とを混ぜ、必死に押し込んだ様な面持ちでイレギュラーズ達を先導していく。
(依頼は“アガーテの討伐”だけれど、依頼人の願いはそれだけじゃないよね。
そこはなるべく汲んでやりたいところ。せめて最後にお別れを交わすことでも出来たらって思うよ。
……だから色々と試してみるつもり。望みが薄いなんてことは言われなくても分かってる。
でもやらないで後で後悔するよりマシだぜ)
『鳶指』シラス(p3p004421)にはそのための二つのアイデアがある。―――それはまだ、アガーテを無力化してからの話になるのだが。
人狼化の発症例。残念ながら事前にそれを調査する余裕はイレギュラーズ達には無かったため、『特異運命座標』エリザベス=桔梗院=ラブクラフト(p3p001774)の希望には添えなかったものの、簡単な村人へのヒアリングからは凡そ百パーセントであることを伺わせる。しかし、それが伝説の類であれば、“絶対”と云い切れる者は居ないだろう。―――イレギュラーズの様な、“特異点”を除外して。
(味方も少し試したいことが有る様じゃ、先ずは生け捕りとしよう。
少し骨が折れるが、やってみるかの)
『アマツカミ』高千穂 天満(p3p001909)と『ボクサー崩れ』郷田 貴道(p3p000401)は、どちらかと云えば冷静に状況を分析するタイプだろう。奇跡は奇跡であるが故に、その尻尾を露わにしない。
(呪いとは言い伝えられていますが、口伝を鵜呑みにするのは危険です。
真に『そういう呪い』であればそれまでですが。
思考停止から、救える命を取りこぼすような真似は避けたいものです)
『希望を片手に』桜咲 珠緒(p3p004426)の可憐な相貌が、不意にニダルを捉え、口を開く。
「ニダルさん」
「……はい?」
「貴方が今回の依頼をされるまで、それは悩まれたことでしょう。
桜咲は、その決意へ敬意を示すと共に、よりよい結末への尽力を誓います」
ニダルは苦渋を含ませた複雑な表情で深く頷いた。その珠緒の言葉こそが、十名のイレギュラーズ達の共通意識かもしれない。
貴道も静かに頷く。彼はドライだが、同情心がない訳ではない。だが、情を見せるのは顔見知りだけ。
……もっと言うなら、彼は気を遣うべきは無事であるニダルの方だと考えている
(とはいえ、助かるなら助かる方がいい。
バッドエンドよりハッピーエンドがいいに決まっているからな)
「さあて、仕事といこうか」
―――視線の先には、一軒の、古びた古屋が見えてきていた。
●
その小さな小屋の中に、一台の寝具がある。
寝具の上には一枚のシーツ。
大きく盛り上がったそれは、何かを覆い隠そう様に―――。
「来るぞ」
天満が言うと同時に、イレギュラーズ達はニダルを庇いながら外に出る。
……直後、大きな瓦解音と共に、小屋の壁を破壊しながら、一体の“人狼”が姿を現した。
「アガーテ……!」
エリザベスに抱えられたニダルが悲痛な声を零す。ああ、これが“件の彼女”なのだろう。
身長凡そニメートル五十センチ。隆起した腕脚、生えた銀の毛並み。
―――そしてまだ所々に残る、元の人間の影。
「さあ来な、ウルフレディ? ミーが相手だ」
そう言った貴道を筆頭に、天満、珠緒の三名が最前衛、ルミアリを中距離に挟んで、みつき、エリザベスが後衛に位置取った。
「ニダルさんは、こっちへ」
「は、はい……!」
貴道の言の通り、依頼主のニダルを危険に晒す事は本意では無い。ウェールが今回ニダルに張り付いて、彼を守る役目を果たす。二人は距離を取る様にして立ち位置を変えた。エリザベスも同様にニダルのカバーを意識しており、彼ら二人寄りの位置に立っている。
「さあて、雑魚の方も湧いてきたみたいだな」
シラスの視線が周囲の木々へと向かう。風も無いのに蠢くその姿は、森そのものの性質なのか、それとも、“ルー・ガルー”と呼ばれるこの人狼化現象に影響を受けたものなのか―――。
ともあれ、一体一体の驚異が低くても、それが連なれば話は変わる。シラスはアガーテらから少し離れ、その駆逐への体勢を整えていた。
「う……あ……」
アガーテの口から呻き声が漏れ出す。相貌は凡そ半分半分で人狼と人だ。獣の濁った瞳と女の美しい瞳が同居し、イレギュラーズ達を睨みつけた。
「祈りを此処に。全てを越えゆくために」
宣告した珠緒は、手にしていた聖遺物を身に突き立てる。顕現するは、禍々しく赤い、大型の爪を備えた手甲―――“赤朱紅”。
そのまま、彼女の華奢な体躯からは想像できない威力で、疑似神性を付与した鏚手甲を薙ぐ。
「……!」
アガーテはその一撃を左腕で受け止める。獣の瞳が、珠緒を捉えた。
「成る程、人狼化した上では、そう簡単には倒せないのですね」
貴道が拳を構える。
「キツいのいくぜ、覚悟はオーケーかな?」
拳を回転させて放つパンチ。至近距離から放たれたその一撃がアガーテを襲う。
迫りくるその拳を、アガーテは向かう拳で払いのけると、そのまま躰を捻らせ、蹴撃を繰り出した。
「っと……!」
寸での所で貴道が回避する。が、彼の頬に一筋の血跡が見えた。
「HAHAHA! 悪くない!」
「こっちも始めるから、流れ弾に気を付けてくれよ!」
シラスの少し張り上げた声にルミアリがこくりと頷いた。周囲には、魔物化した植物がイレギュラーズ達へと迫り始めていた。
シラスは己が捻れ七竈と鵺鳥の印―――そしてそれは、魔導の魔石で強く増幅されている―――により、術式を展開する。そして、少し離れたニダルの方に視線を向け、
「どうか彼女に……アガーテに、声をかけ続けてくれないかな。
人間に戻れた話なんて無いけれど、正直俺らにも良く分からないんだ。―――アンタと同じさ」
過度な期待をニダルへ与えるのを慎む、というのは今回のメンバーの間での約束だ。シラスもその約束に則り、後ろ向きに、けれど前向きな提案をする。
「……分かりました!」
瞬刻の後、ウェールの後ろから、ニダルが肯定の返事を返す。シラスは「おっけ!」と返すと、迫りくる木々に再度視線を戻した。
「片端から駆逐していくぜ―――!」
シラスから放たれる多数の光球。それは浮遊し、散逸し、―――次の瞬間、炸裂する。
小爆発の連続。『誘う者』に対して、その攻撃は極めて適性が高いと云わざるを得ないだろう。
徐々にヒートアップする戦場の中、美しい歌声が響き始める。甘く切ないバラードは、中衛位置に立つルミリアから発せられるものだ。そして、白銀のフルートにより奏でられる“剣の英雄のバラッド”。
アガーテは違う事なく強敵だろう。しかし、ルミリアの支援術式は確実に戦線の能力を底上げする事に成功していた。
「素晴らしい演奏ですわ。それでは、わたくしも任務を全ういたしましょう」
エリザベスが『愚者』のカードを放つと、アガーテを苛む魔弾と化す。正位置か、逆位置か―――、それは結局見えなかったけれど。
「グゥ……ガァ……!」
防御態勢を取ったアガーテの身を削いでいくエリザベスの魔弾、そして、大きく神性を増幅させた天逆鉾を構えた天満がここぞとばかりに追撃する。
「殺さずに倒すとは、難儀なことじゃな―――」
放たれるは聖なる光―――不殺の攻撃はアガーテを襲うと、彼女は呻くように後退した。
「グルゥ……!」
「アガーテ……!」
一際大きな咆哮を上げるアガーテ。安全圏から声を掛けるニダルと共にその様子を見遣るウェールには、それは悲痛な叫び声にも聞こえた。
「反撃が来そうだ! 構えた方がいいぜ!」
遠距離から戦況を見極めているみつきが張り上げて言った。その咆哮に、アガーテの強力な狂性を見出したのは、アコライトのクラス―――仲間たちを支援することに特化したみつきならではの英断だろう。
「分かりました」
珠緒が振り返らずに頷き、貴道と天満を含めた前衛陣が警戒する。
直後、
――――アアアアアア!――――
アガーテから発せられた奇声が、イレギュラーズ達の耳を劈く。
「……っ!」
少し距離のあるルミリアやエリザエスの顏でさえ、その禍々しい音色に思わず耳を抑え、表情を歪めた。そして、前衛陣の三名は、特にその影響が大きかった。
一瞬生まれた間隙。そこを、アガーテは見逃さなかった。
「まずい……!」
掃射攻撃を続けていたシラスが同じく貌を歪めながら吐き捨てる。アガーテは、前衛陣を突破し、ウェールと共に居るニダルへと向かい始めていた。
「させるか!」
みつきが療術を施し、戦線を維持させる。そして、
「……グゥッ!」
「ニダルさんには触れさせない」
「ええ。少なくとも“今のままでは”、ですが」
ウェールとエリザベスがアガーテの前に立ち、攻撃を繰り出すと、堪らずアガーテは進撃を止めた。
そして彼女の後方からは、貴道ら前衛陣が戦線に復帰し、挟み打つ格好となった。
(ニダルさんを標的にした今の行動。まだ彼女には、人間の意識が残っているのでしょうか)
エリザベスが思考する。そうであるならば、まだ残っている彼女の意識は、如何ほどに苦痛な事であろうか。
「逃げ場はねぇぜ、ウルフレディ。さあ、第二ラウンドへゴーだ」
貴道が拳を突きつける。
何れにせよ―――アンタは無力化しなければいけないんだからな。
●
数を増す木々の魔物たちを、シラスの放つ炸裂と、ルミリアの放つ氷鎖が無慈悲に駆逐していく。この二人の迎撃によって、対アガーテとしては殆どその外部の影響を鑑みる必要は失われていた。
一方で、アガーテの強力な攻撃に少なからぬ傷を負うイレギュラーズ達であったが、今では誘う者の対処に回っているルミリアの補助術式に依る継戦能力の向上、そしてみつきによる療術が功を奏し、回復手段を有さないアガーテは次第に体力を削られていった。
「人助けセンサーも、反応なし、か……」
ウェールが少し落胆した様に漏らす。そんな中、エリザベスはこの周囲の環境から情報を得られないかを試していた。
(この森自体が魔性を帯びている様子。人狼化を解除する突破口があるかもしれません。
過去の犠牲者の霊がいらっしゃってお話を伺えれば手っ取り早いのですがね)
「過酷な運命に立ち向かおうとするニダル様のお覚悟、何とかしたいと願う宗高様や他の方々の想い。
―――わたくしも一矢報いとうございます」
……この世界は応えてくれるでしょうか。
植物・霊魂・そして精霊に精通する彼女は、眼を閉じ集中する―――。
(……ノイズが酷いでありますね。しかし)
“悲”の感情が渦巻き、エリザベスの思考が多量のノイズに犯される。
顔を歪めたエリザベスだが、
<傷を負った者は、二度と元の姿には戻れない>
<“オリジナル”は、生きている>
<その娘は、手遅れだ>
<お前達は、“異物”だ>
<森は“オリジナル”を、逃がしはしない>
その中から、幾つかの情報を得ることに成功した―――悲観的な情報が主であったが。
天満が放つ聖光が、アガーテを後退させていく。貴道は、これまでのドリルスクリューブローから、ボクシングへと攻撃の手段を変えた。不殺攻撃を有さない珠緒は、療術に徹し、その最後の攻撃を、貴道に託した。
「ラストスパートだ、ウルフレディ。
どっちが最後に立っているかな―――」
「グルルゥ……!」
貴道とアガーテが正面から拳を打ち合う。
それは正に凄絶な打ち合いで。
その果てに、立っていたのは。
「―――ここからはアンタ次第……。
俺たちにやれるのは、“ここまで”だ」
●
「……どうして、こんな……」
ニダルがアガーテの体躯を眺めながら思わず言葉を漏らした。
イレギュラーズ達の不殺の徹底により、アガーテを殺さずに無力化することに成功していた。
今、アガーテは、馬車に乗せられて森の外へと運ばれている。
(変に思った。
どうして人狼は森の外に出ないのか、どうして植物が魔物化するのか。
ひょっとして森自体が何か関係しているのかなってさ)
少なくともニダルによる声掛けは、大きな効果を産み出しては居なかったが、その声にアガーテが反応している素振りは確認できている。
「傷から侵食、死んだら戻る。
何かが入り込みヒトを変質させているような印象なのです」
珠緒は、一つの仮説を提示する。
「誘う者のような魔物化が、ルー・ガルーの近くで起こるとしたら、
『呪いの進行を抑えるために、傷を負ったら森に近づくな』の、
“最後以外”が失伝した可能性もあるのかもですね」
しかし、エリザベスが入手した情報は、むしろ森と人狼化を切り離している様に見える。
「或いは寧ろ、この森自体が人狼化を―――。いえ、これも類推に過ぎませんが」
エリザベスが首を振る。そして続けて、
「ルー・ガルーは、今も生きている。
彼あるいは彼女は、何を思うのでしょうね―――」
●
やがて一行は森を抜け。
其処で、イレギュラーズ達は解呪を試みた。
みつきはキュアイービルで正に字の如く“解呪できないか”試したが、変化はなかった。
一方、ハイ・ヒールに関しては、再度のアガーテが復帰する可能性を鑑みて、実施を避けた。
「……駄目か」
瞼を閉じ方を落すみつき。エリザベスは無言でみつきの肩に手を置いた。
「森を出すってのも、効果は無いか……。
考えてみれば、元々受傷後には村に戻っていたから、そこは関係ないか。
なら、何故森の外へ出ないのか―――」
シラスは顎に手をやり考え込む。その点は、エリザベスの得た情報と併せて発展させることが出来そうだった。
「ニダルさんにお願いがあるんだ」
ウェールがシンと張りつめる空気の中、意を決した様にニダルへと向く。
「彼女に、口づけをして貰えないかな」
―――その時のニダルの貌を、ウェールは暫く忘れないだろう。
悲痛に表情を歪めたニダルに、ウェールは続ける。
「おとぎ話でよくある呪いが解けるキスではなくて……。
アガーテさんが人狼のままでも生きていて欲しい、
君がいる世界で一緒に生きていきたいという思いを込めてもらったキスを……」
死ぬ事でしか肉体が人に戻れなくても。
心だけは生きたままヒトに戻れるかもしれないのではないかという可能性にかけて。
ニダルが貌をアガーテに近付ける。
まだ残る半分は、幸せだったころの彼女のまま。
―――まだ、キスしてくれる?
その口づけはまだ温かく、そして、甘く。
長く続いた幸福の残滓は、すぐに霧散して失せ。
涙を零すニダルの視線のその先で、アガーテが元の姿に戻る事も、意識を戻す事も、無かった。
●
「奇跡は起きませんでした。
とても残念ですが、命を終わらせ、弔いを捧げましょう」
珠緒が静かに言った。
お伽噺のような奇跡は、起きない。ルミリアも静かに瞼を閉じた。
「やれやれ……悪いが、仕事は続行だ」
貴道が頭を掻きながらニダルの前に立った。
「止めてもいいが……そう簡単に俺を止められると思うなよ?」
そう凄む貴道の態度は、心底悪辣であっただろう。
(……せめてニダルが自分を恨み、生きる気力に繋がればな)
だが貴道の想定に反し、ニダルは微笑んだ。
哀しい微笑みだった。
そして、彼が笑う事が出来たのきっと……。
イレギュラーズ達が、最後の最後まで、彼女を救おうと必死になれたから、であろう。
「―――善き貌じゃ」
天満の呟きに、凄んでいた貴道もふ、と力を緩めた。
「目と耳は瞑ってな。
―――これで、本当にお別れだ」
●
「皆さんのことは、忘れません。
僕は次の被害を出さない為にも、人狼化現象を、ルー・ガールのことを、調査します。
……また何時か、手伝って貰えますか」
ニダルが失意から回復するには時間が掛かるだろう。
だが、イレギュラーズ達の気持ちは、その時間を短縮したに違いない。
燃え盛る炎は、アガーテの遺体を火葬するもの。
ルミリエがフルートを吹く。―――この音色は、悲喜が共存している。
哀しい煙と音色を背に、イレギュラーズ立は村を去った。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
皆様の貴重なお時間を頂き、当シナリオへご参加してくださいまして、ありがとうございました。
結果として人狼化を回避する手立てを見出す事は出来ませんでしたが、
皆様の最後まで諦めず人狼を救おうとする姿勢は、
大きく依頼者の心情を変えたものと理解しています。
素晴らしいプレイング、ありがとうございました。
ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『それじゃあ、バイバイ』へのご参加有難うございました。
GMコメント
●依頼達成条件
・人狼型魔物『アガーテ』の撃破
●情報確度
・Bです。OP、GMコメントに記載されている内容は全て事実でありますが、ここに記されていない追加情報もありそうです。
●現場状況
・≪幻想≫郊外の森。
・時刻は昼間です。森の中で若干暗いですが、視界不良と云う程ではありません。木々が生い茂り、足場は若干不安定です。
・シナリオは森の中の小屋で後述のアガーテと相対する時点からスタートします。小屋は戦闘行動を実施するには狭すぎるので、外の森がメインの戦場と成ります。
●敵状況
■『アガーテ』
【状態】
・元は純種の人間種の女性。肩までの栗色の髪と、華奢な体躯の美しい女性でした。
・後述の人狼型魔物ルー・ガルーから受けた傷により、彼女自身も人狼型魔物へと変貌しています。
・容姿は八割方が人狼と成り巨体化が見受けられますが、二割は元の人間体が残っています。
・地元に伝わる言い伝えでは、この状態からヒトへと戻った事例は零であり、撃破が要求されます。
【傾向】
・基本的に魔物の本能に支配されており、感情、思考能力は低いです。
・基本的に会話は可能出来ませんが、若干の意思疎通は出来る可能性があります。
【能力値】
・人間種だった時と比較して、大きく身体能力が向上しています。
【攻撃】
・完全に人狼化した右腕に伸びた爪による斬撃
・半分だけ人狼化した口から発せられる奇声による精神攻撃
・完全に人狼化した強靭な下半身から発せられる蹴撃
■『誘う者』
・人狼型魔物に呼応する様に、付近の木や葉が一部魔物化し、イレギュラーズに纏わり付きます。
・突き攻撃や飛んできた葉に依る斬撃などが想定されますが、個体毎の能力値は非常に脆弱です。
■『ルー・ガルー』
・アガーテを襲い傷を与えた、人狼型魔物。
・オリジナルなのか、人狼の呪いの犠牲者なのかは分かりません。
・戦闘に関与しないので、対応をする必要はありません。
●味方状況
■『ニダル』
・アガーテの恋人であった青年。依頼者。
・本シナリオでは、森の中の小屋までの案内役を務めます。
・戦闘能力は殆ど有しませんが、させたい行動が在れば指示させることが出来ます。
・或いは邪魔なので退場させることも可能ですが、出来るだけアガーテの最後を見届けようとするでしょう。
皆様のご参加心よりお待ちしております。
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