シナリオ詳細
宵闇のブルーバード
完了
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オープニング
●夜の塔のチルチル、ミチル
薄暗い廊下に2人の息遣いだけが響いている。
木の棒きれを持った女性と、彼に手を引かれるがまま走る白いワンピースの少女。
裸足で長く走りまわってきたのだろう。足は泥が付いてボロボロで、ついに少女はぐらりとその身を傾げて立ち止まった。
「大丈夫か、ミチル」
ミチル、と呼ばれた少女はふるふると首を横に振り、繋いでいた手を離そうとして――女性にぐいと引き寄せられた。
『――!』
「体力が回復するまで、私が背負おう。ここで休憩するのは危険だ」
ゆらり、廊下の松明の炎が揺らめく。廊下の先から影のような人影が迫り、女性は少女を背負ったまま、ジリジリと後退しはじめた。
「くっ。万事休すか――」
もと来た道を戻れば、撒いたばかりの追っ手と再び顔を突き合わせる事になる。ごくり、緊張と共に唾をのみ込み鋭く見据える女性。
被害を覚悟で、異形の群れを突っ切るしかない。腹に決めて一歩踏み込もうとした瞬間"その女"は現れた。
「度胸だけは合格。けれど……勇気と希望は別のものよ」
闇の中から黒いイバラが生え伸びて、強かに異形を穿つ。バラバラに引きちぎられたソレが足元で蠢く様を見て、助けに入った『境界案内人』ロベリア・カーネイジは舌打ちひとつ。
(やはり私の力では、蜘蛛の子散らすのが精一杯……!)
「走って。やつらはすぐに再生するわ!」
●さがしもの
「助けてくれてありがとう。私の名はチルチル=ブルーバード。メーテライト王国 第二騎士団副長だ」
凛とした立ち居振る舞いで敬礼して見せたチルチルは、確かに女騎士らしき威厳があるが、姿はどう見ても就寝前の乙女だ。
薄桃色のネグリジェ姿で足元は裸足。武器と思しきものといえば、そこらで拾ったであろう木の棒っきれが1本のみ。
「ずいぶんと戦場をナメきった武装なのね?」
「ちっ、違う! 目が覚めたらこの塔の地下室にいて、服も就寝時のものだったというだけだ!」
ムキになって言い返すチルチルと、からかうような笑顔のロベリア。2人のやり取りを黙って見ていた少女が、クスクスと小さく笑う。
「こちらの不思議なお嬢さんは?」
「ミチルだ。……多分」
多分、とチルチルが付け足したのは、ミチルと上手く言葉を交わす事が出来なかったからだという。
地下室で目覚めた時、ミチルはチルチルに膝枕をして起きるのをじっと待っていた。
それから口の動きや身振り手振りでなんとか得られた情報は2つ。
1.少女の名前はミチルという事。
2.少女はこの塔のてっぺんにある何かを探しているという事。
「脱出しようにも、この塔には出口がないみたいだからな。とりあえずミチルの願いを叶えてあげる事にしたんだ」
しかし、と俯くチルチル。地下室から抜け出してすぐに、影のような魔物達が現れて襲いかかって来るようになった。
それらは何故か、ミチルばかりを襲おうとするのだという。
「状況は分かったわ。すぐに助けを呼びましょう」
「ロベリア嬢の他にも、この塔に人がいるのか?」
「いいえ。今から"召(よ)ぶ"の。――さあ、登るわよ特異運命座標!」
- 宵闇のブルーバード完了
- NM名芳董
- 種別ラリー(LN)
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年07月08日 15時35分
- 章数1章
- 総採用数15人
- 参加費50RC
第1章
第1章 第1節
「あなたはうさてゃんのファンだよね?」
開口一番、卯月がそう問うものだから、ミチルはどんぐりの様な大きい目をいっそう大きく見開いた。
『うさ…?』
「嘘でもいいから頷いてくれる?」
こくり、小さな頭がすぐ縦に揺れる。問いかける卯月の瞳は真っ直ぐで、見る者の心を掴んだまま離さない。
気づけばミチルは卯月の行方を視線で追うようになっていた。
「ファンを傷つけたいアイドルなんて、アイドルじゃないわ。だから私は、これで彼女を傷つけられない」
現れた異形が竪琴を持ち、不穏な旋律を紡ぎだす。不協和音の洪水へ向き合う卯月は――人差し指を真っ直ぐ前へ。
刹那、バチンッ! と爆ぜる音と共に闇の月が顕現し、Lのサインを彼女はそのまま半捻り。
「ねぇ、影たち。狂気がいいなら【ダークムーン】はいかが? あなたたちを暗い運命で照らしてあげる!」
ウィンクを織り交ぜてバーンっ! と一発、身体と心、闇の力とファンサの力が貫き照らす!
「大丈夫よ、ミチルさん。私たちには影と違って明るい未来しかないから、さぁ一緒に進みましょう?
元"トップアイドル"な私が、頂きに連れて行ってあげる」
首を再び縦に振るミチルは、とっても嬉しそうで――本当にうさてゃんのファンになったようだ。
それにしても不可解な事がひとつ。
このミチルという少女、アイドルのような天性の魅力を持っている訳でもない様子。
ごく普通の少女が狙われている理由とは――?
成否
成功
第1章 第2節
「どういう事だロベリア殿! オークと女騎士といえば組み合わせ的に対立すべきお約束セット!なのにゴリョウ殿は――」
「ぶはははっ、何だか分からんが塔を登るわけだな! オーケー、手伝うぜ!」
「めっっちゃくちゃ爽やかないいオークではないか!」
「何でチルチルはそんなに複雑な顔なのよ?」
女騎士チルチルの言う"お約束"はさておき、敵はすでにゴリョウの手中だ。
重みを感じさせるゆったりとした動きで影達へ振り向き、鋭い眼光で威圧をすれば…暗がりから引き寄せられる影の多いこと!
「招惹誘導――こっから先は通行止めだ!」
雄々しい声と共に放たれた『フォースオブウィル』が影を粉微塵に砕いて散らし、生き残ったものも皆、狂気にかられ明後日の方向へゆらゆら逃げていく。
『――!』
「うん?」
ミチルが何か叫んだ気がしてゴリョウが足元へ視線をやると、床から滲み出た影がじわじわ足元から"憑いて"くる。
「なるほど…こいつぁ確かに厄介だねぇ。感情が相当に捻じ曲げられてる感じがするぜ」
「ゴリョウ殿、危な――」
「フン!」
スバシュ!!
「え」
ゴリョウが身体に力を入れた瞬間、憑いてた影があっという間に消し飛んだ!
なにせ彼はタンクとして混沌で山ほど揉まれたオーク。圧倒的な抵抗力でBSの類は受け付けない!
「こういうのは仕事の達成を優先するよう心に棚を作りゃあ割と行けるもんだ。仕事を優先すれば依頼人への殺意は後回しに出来るってな!」
成否
成功
第1章 第3節
「まずはチルチルとミチルの安全を確保しよう。キミ達、頼めるかな」
「ひと仕事の後に一杯あるなら、それなりにやるっすわ」
カティアの指示で酒蔵の聖女がふわりと塔の中を漂い、辺りを探りはじめる。パーティーの先頭を行くアーマデルもまた、周囲を見渡し塔の様子を訝しんだ。
「出口がない…というのも驚いたが、窓も無いな。何の為に作られた塔なのだろう」
「外に向かって壁抜けもできないっすわ」
「幽霊さえも通れない壁…何か結界が張られているか、あるいは外のない閉ざされた世界か――」
集まった情報を組み上げはじめるカティア。しかし思考の整理がつくまで敵は待ってくれやしない。
影が行く手を阻み、アーマデルはいつもの様に亡者の霊を呼ぼうとして…ぴた、と一瞬動きを止めた。
(霊が集まらない…?)
ざわっ!!
不穏な旋律と共に影を引き裂く不協和音。影の動きが鈍った隙に、パーティーは道を走り抜けた。
「カティア殿、この塔の中には霊らしきものが殆どいないようだ」
いつもなら恨み辛みをぶつけようと、幾つもの怨念がアーマデルの元へと集う。それが今宵ばかりはどうだ。寄り付く気配がない。
つまり、あの怨念じみた影達も厳密に言えば"霊ではない"。
「霊魂の類ではないとなると、何なんだろうね。もっと植物的な自我の薄い何かなら――」
『…っ』
ふいに足元をふらつかせるミチル。彼女をチルチルが抱きとめると、カティアがすぐに駆け寄った。
「僕は戦うのは得意じゃない。回復もあまり強くないけれど、早めに治療していくからね」
「きっとミチルも疲れているんだ。地下室からほとんど休まず走りっぱなしだったから」
「休憩を取ろう。階段の先は影のような黒い気配が渦巻いているけど、後ろからはさほど感じない」
先刻走り抜けたばかりの廊下に、もう影の気配はなかった。酒蔵の聖女に仲間の安全を託し、アーマデルは闇の中を嘗めるように駆け戻る。
ふと、通過した時は何もなかったはずの廊下に見知らぬ扉がひとつ。後から追って来たチルチルも扉に見覚えが無いらしく、怪訝そうに眉を寄せた。
「こんな扉、見覚えがないぞ!」
「俺もだ。…それよりチルチル殿、その格好では防御が薄すぎる。マント使うか?」
「私から見ると、君の方が防御が薄い様に見えるが…」
マントからチラリと見える褐色の肌に頬を赤らめ、明後日の方向へ視線をやるチルチル。
どうして目を逸らされたのかアーマデルは不思議がるが、今は安全確保が最優先だ。警戒しつつドアノブへと手をかけた。
(せめて2人の靴、できれば装備が手に入るといいんだが)
重たい扉を押し開け、部屋の中に踏み入ってみる。物色して出てきたのは――ゲーミングスニーカー!
「おい」
宇宙猫になりながらスニーカーを抱えるアーマデル。
「世界観とか趣とか、あるだろう? こんな時まで要るか?ゲーミング補正」
ツッコミは石畳に吸い込まれるだけだったが、防具を得たのは僥倖だ!
成否
成功
第1章 第4節
私の唯一、私の心の拠り所、私の全て。
目を閉じればほら――柔らかな笑顔を向けてくれる。
「ご機嫌よう、ミチルさん」
優雅なしきみの一礼にワンテンポ遅れからミチルが礼を返す。
『……?』
「私は獄人、名を花榮しきみと申します……あなたを誘いたく、参りました」
さそう。
繊細な唇が言葉をなぞるように動いた。しきみから差し出された掌に己の掌を重ね、細い指同士が絡み合う。
「私はお姉様の気配を纏う故に心に魔が付け入る隙など無いと自負しています。けれど、あなたは違うのでせう?
なら、手を……ぎゅっと握っていて下さいませ」
『……っ』
言われるがままに、ぎゅっと。幼い手は貧弱で簡単に振り解けてしまいそうな力だが、冷たかったミチルの手は共に歩いて進むうち、ほんのりと温みを持ちはじめる。軽く手を揺らしてやると、はにかみながら揺らし返して――彼女は花のように笑った。
「蜜杯は飲み干すことさえ恐ろしい愛を満たしております。
普段はお姉様のため――と思っておりましたが、今日だけはあなたを照らすカンテラになりませう」
この暗闇で迷わぬように、違わぬように。
迫りくる影に魂ごと、飲み込まれてしまわぬように――
ざわ、と空気が騒いだ。震えて寄り添うミチルを守る様に胡蝶の夢の抜刀し、しきみは鋭く眼前の影に殺意を向けた。
『……!!』
「落ち着いて。わたしは、あなたが手を握って応えてくれるならば……来る者全て打ち払いませう!」
成否
成功
第1章 第5節
「随分と登ったはずだが、頂上はまだ――」
ぐきゅるるぅ。
真面目なチルチルの台詞を遮って腹の虫が切なく響く。お腹を押さえて真っ赤になった女騎士に視線が集まり、彼女は逆ギレ気味にぎゃんぎゃん吠えた。
「し、仕方ないだろう! ずっと走りっぱなしだったのだ。腹くらい減るっ!」
「ぶはははっ! そうかい。じゃあ飯にするか!」
「そんな簡単に言われても、食べる物なんてどこにも…」
「ほらよ」
ゴリョウが取り出した包みを解くと、ほっこり湯気が立ち昇る。
粒立ちのいい白いお米で握られたおにぎりは、鮭とおかかと昆布の3種類。ごろごろ野菜と豚肉いっぱいの豚汁と合わせ、チルチル達に配られる。
「俺がめっちゃお薦めする『おにぎり豚汁セット』! なかなかの長丁場になりそうな道程だ。腹にしっかり物入れておかねぇとバテちまうぜ!」
「どういう事だロベリア殿! ゴリョウ殿がこんなに手料理上手なんて……あ…あまりにも美味ーーいっ!!」
「だから何でチルチルはそんなに複雑な顔なのよ?!」
花嫁修業より修練に身を投じた女騎士、オークのゴリョウに完全敗北である。家事力的な意味で。
「涙を流すほど美味ぇならよかったぜ! さて」
仲間がご飯を楽しむ裏で、迫りくる影をすかさずマーク。
食事中に襲い掛かろうとする無粋な影を衝撃派で叩き出し、ゴリョウはそのまま漢らしく仁王立つ!
「シッシッ! ゴリョウ亭営業中だぜ、営業妨害は他所でやってくんな!」
成否
成功
第1章 第6節
「何なのだ、それはッ!」
気付いたきっかけはチルチルの叫び声だ。辺りを警戒していた酒蔵の聖女とカティアが弾かれた様に現場に向かい、そしてーー
16万色に光るアーマデル(のスニーカー)を見て、全てを悟ったような顔をした。
「そんな『またか』みたいな目で見るな」
「いや…うん」
何にせよ、素足を守る装備が増えたのは喜ばしい。アーマデルは靴を一度試し履きして異常がないか確認した後、裸足の二人にそれらを配った。
初めて見る16万色の輝きに、ミチルは頬を上気させながら軽くステップを踏む。つられる様にチルチルも頬が緩んだ。
「ありがとうアーマデル、凄い色だが…履き心地は悪くない。次は君の腹巻を探そう」
「俺の格好は普通の戦闘衣装だ、無防備なチルチル殿の方がよっぽど危ういと思うぞ」
「では腹巻4つだ。皆お揃いなら文句あるまい!」
「その前に一休み入れようね。先は長そうだし油断は禁物だよ」
カティアの統率で簡易ながらも休憩スペースが確保され、仲間の傷が彼の手により順番に癒やされていく。
その中で、ふとカティアはある事実に気づいて首を傾げた。
「アーマデルとミチルはそれなりに怪我をしているけど、暴れている割に、チルチルさんが一番傷んでないみたいだ」
「女騎士たるもの、大抵の傷はツバを付けておけば治る!」
フンとチルチルは胸を張っているが、残念ながら彼女に再生能力があるようには見えない。
疑問はそれだけで尽きなかった。アーマデルが見つけたゲーミングスニーカーだ。カティアがミチル達の足元に視線を注いでいる事に気づき、アーマデルが口を開く。
「…防具、特に靴を探す事を考えて戻ったら扉が出て靴が出た」
「アーマデルが探したらゲーミングな靴が見つかるって、ちょっと出来すぎだよね」
いくつか予想を出し合って、最終的に2人が出した推論は"塔が中にいるヒトの思考や願望を読み取っている"という物だった。
ミチルはゲーミンググッズを初めて見たかの様に楽しそうで、チルチルも初見で「何だそれは」と不審な物を見る目をしている。少なくとも、この世界の住人には見た事のない珍品だったという事だろう。
「もし、この塔かそれを管理するモノが僕たちの思考を読むなら…あの影もヒトの心にその源がある、とか?
恐怖とか、迷いとか…ヒトは暗がりに、闇に、恐れを抱くものだからね。だから敵は、影という形を模した」
カティアがそう呟いた直後、すいーっと彼の後ろを酒蔵の聖女が漂った。警備のために外に待機していたはずの彼女が小部屋へ入って来た事に、アーマデルは口角を下げる。
「おい、外を警戒してくれと頼んだだろ」
「どうせ誰も襲って来ないっすわ。この数時間、文字通り影も形もないもんで」
影は休む者を襲撃せず、道を戻る者も襲わない。登る時のみ姿を現し、こちらを襲撃しているとしたら――
「もしかしたら、この塔の管理者は僕達が登る事を拒絶しているのかもしれないね」
成否
成功
第1章 第7節
「塔の中では影の異形が――」
「なんだか分かんないけどここを登ればいいのね??」
状況を説明していた境界案内人のロベリアは、京の一言で本能的に何かを悟って言い直した。
「前進、突撃。以上」
「それだけハッキリしてればモーマンタイ! さあ、着いてきなさいお嬢さん! この京ちゃんに任せとけー!!」
『……!?』
突然手を引かれ、ミチルが目を白黒させる。気合十分な一行を阻む様にさっそく群がる影の異形。憑こうと手を伸ばすソレに、京はフンと鼻を鳴らす。
「とり憑くなんていやらしい、お里が知れちゃうぜー??
ま、やれるもんならやってみなさい、近づけるんなら……ねっ!」
自慢の脚で繰り出す蹴りはまさに弾丸! 出鱈目に放たれた蹴撃が空間で跳ね回り、影の群れに風穴を空ける!
「どいつもこいつもぶっ飛びやがれー、リコシェット・フルバーストの大盤振る舞いじゃーい、あっはっはー!」
「いっけー京殿! ぶっとばせー!」
チルチルは京の弾丸っぷりに惹かれたようだ。ミチルと共に応援していたが……京が攻め手を突然止めると共に、殺意を抱いて振り向いた事で凍りつく。
「京殿っ!?」
影に背中を侵食され、敵の意思のままに脚を振り上げた京。超人的な渾身の一撃は、間一髪。ミチルの目の前の床を深く抉るまでに留まった。
『……! ……!?』
「セーフ!! 正気に戻るのがあと少し遅かったらヤバかったよねー実際。……ちょっと怖い思い、させちゃった?」
成否
成功
第1章 第8節
守って欲しい人がいる――ロベリアにそう頼まれて快諾した2人は、早速現地に向かってみたが。
そこで出迎えたのは、足元がなんとも眩しい2人組だった。
「なぜにゲーミングスニーカー!? これ逆に敵にねらわれやすくなるんじゃ…」
「それについては私に策がある。狙われたら倒して進む。作戦は以上だ!」
(このチルチルっていう人、残念なタイプの騎士だ…)
「でも素足で歩くと危ないからね。ないより断然ましだよね」
後半のフォローは史之自身が自分を強制的に納得させるため口にしたものだ。
先が思いやられるが、依頼を受けた以上は守りきるしかない。何より――
「三人ともおなかふくれましたか」
『…!』
「よかったですね。それではここから先はしばらく僕たちにお付き合いください」
睦月とミチルが早速打ち解け、仲良さそうに笑い合う姿は見ていて心が癒やされる。
このてぇてぇ光景は、どんな影にも侵させない!
「お目覚めになられませ祭神よ、贄をば流し奉る」
凛とした声が廊下に響く。紡がれた祝詞は史之の精神を極限まで研ぎ澄まし、迫る影の弱点を瞬時に捉えた。
振り下ろされた不知火に重なる様に現れるのは黒の大顎。影よりも更に濃密な闇が敵を貪り、原形を留めぬほどに貪り尽くす。
「凄いな、史之殿は。武人として動きが洗練されている…おまけに何だ、あの超人的な治癒力は!?」
ヴァルキリーオファーで自らを癒やし、次の獲物を容赦なく刈り取る。攻守一体の完璧なバトルスタイルに、騎士のチルチルも興奮を禁じえない。
「行きましょう皆さん。敵はしーちゃんが倒してくれるから…かっこいい…さすが武家…」
「むつきどのー」
「…あ、いえいえ大丈夫です! 煩悩に浸ったりしません」
どう見ても浸っておりましたが? という視線を背に受けつつ、睦月はパーティーの移動ルートを先行して探りはじめた。
「僕が歩いた後を追って進んでください。影の攻撃も激しくなってきましたし、どこかに罠があるかも」
「罠って、もしかしてアレの事かしら?」
ロベリアが指差した先を視線でたどると、大きな籠とついたて棒のベタすぎる罠が行手を阻む様に鎮座している。
罠自体は至極単純だ。問題なのは、罠にかけるため籠の下に置かれた餌の方。
「しーちゃんと僕の…薄い本?!」
「あの絵は見覚えがあるわ。蒼矢の新刊ね」
「駄目だよカンちゃん、ああいうのはあと一年待ってから!」
見たい誘惑と葛藤しつつ、何とか罠を解除した睦月。達成感に満たされながら、仕掛けた犯人について考える。
(こんなピンポイントな餌を仕込んでくるなんて…敵は僕達の思考でも読めるのでしょうか。それとも仲間の誰かが?)
確かめるため、現れた影に対峙する。睦月はそのまま幽世の瞳で影の瞳を探りーー真っ白な記憶を覗いた。
「しーちゃん、この影…見た目は禍々しいけど、怨霊の類じゃないみたい。守るために今生まれたんだ」
「守るって、何を?」
「…幸せの青い鳥」
成否
成功
第1章 第9節
放たれた通常攻撃が鳥型の影に当たると、暗き輝きをもってセーマンが浮かび上がる。足止、業火ーー結界は様々な厄災で蝕み、最後に放たれた式符の毒蛇が毒に浸して貪りきる。
「手慣れたものね」
声をかけたロベリアは、すみれの事を何故か驚いた様な目で見ていた。
「…何か?」
「何でもないわ。多分気のせい」
ミチルが何故影の異形に狙われるのか、チルチル様はどうしてこの塔にいるのか、最上階には何があるのか…疑問はつきないが、この境界案内人も何か隠している様な。
「我が使命はミチル様のお護りし先に歩む手助けをすること。
眼前の敵を捌いて天への道を切り開きましょう」
『……』
「ですが、ひとつだけ」
エネミースキャンで弱い者から効率よく倒して歩み始めてから数刻。ようやく敵の気配が薄れた頃、すみれはミチルへ静かに話を切り出す。
「あの影は幸せの青い鳥を守るために今生まれた、と。
守るためにミチル様を狙うのなら…ミチル様、あなたは一体何者?」
仲間達からの視線が集まり、白き少女は戸惑いながら一歩後ずさる。
『わたし、は…』
紡がれた声は、すみれにはっきり聞こえた。そして言葉の意味も感じ取れる。チルチルには異国の言葉で伝わらない言葉も、特異運命座標には崩れないバベルで感覚的に意味が伝わるのだ。
『いつもお腹が減っていた。寒くて、凍えて…苦しくて。だから青い鳥を探している。
すみれ。幸せを探すのって…いけない事、なのかな?』
成否
成功
第1章 第10節
「今までの証言をそのまま並べれば…塔の最上階には幸せの青い鳥がいて、ミチルさんはそれを手に入れるためにこの塔を昇っているんだね」
深く頷くミチルから視線を外し、じゃあと史之はチルチルを見た。
「チルチルさんは何のためにこの塔を?」
「へっ?」
チルチルはまさか自分に白羽の矢が立つとは思っていなかった様だ。腕を組んだ後、キリッと一言。
「ミチルが登りたがっているからだ!」
「巻き込まれただけなんですね。……うーん。どう思う? しーちゃん」
「靴が見つかったり、休憩室があったり、ということは温かい食事や居心地の良い部屋も願えば出てくるのかな?」
「可能性はあるかもね。この塔は僕たちの心を読んでいる。この塔自体にその機能があるみたいだけど…これも全部、青い鳥の力なのかな?」
睦月の仮設はもうひとつ。この塔を登る事に対して誰かが嫌悪感を持っているのかもしれないという事だ。不明点はまだあるものの、状況が分かってきたのは前進と言えよう。
「もっと情報があれば、分かる事があるかもしれません。チルチルさん、ミチルさん、ここへ来る前はどうしていましたか?
あなたたちが何者なのかがこの塔攻略の鍵になるかも知れません」
「私は敵国との決戦に備えていた…と思う。これでも戦場では百戦錬磨の騎士なんだぞ! 君達の強さには心底驚かされているが」
『とても冷たい所にいた』
短く答えて俯くミチルに、目線を合わせようと膝を折る睦月。
「どうかそのまま、隠し立てせずに話してください。どんな過去でも僕は受け入れます。だてにかみさまをやっていたわけではありませんので」
『睦月…』
唇を開いたミチルが『あっ』と声を零した。2人を横切り史之が先へ行こうと歩き出すのを見て、睦月も何か嫌な予感を覚える。
「しーちゃん待って、一人で行くのは危ないよ!」
「調査の一環だよ。もし俺だけでも襲われるなら、この塔は登る者全てを排除しようとしてることになる」
「でも――」
二の句を告げる前に、ふわ…と頭に降る温もり。
――ああ、ダメだったら。この温かさは反則だよ!
「だいじょうぶだよ、ちょっと様子見てくるだけだから」
微笑んだ後、歩き出す背中。あんなに大きな負けフラグを立てた史之を呼び止める事が出来なかったのは、心の何処かでまだ、先日の悪夢を引きずっているのかもしれない。
(しーちゃん…置いていかないで…!)
ぎゅ、と祈るように睦月が手を組んだのと、遠くから駆け下りる足跡が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
「皆、逃げて!」
「しーちゃ…待っ!?」
がばぁ! と唐突に睦月の身体が持ち上がる。大量の影に追われて逃げ戻った史之。
その手にしっかり自分の"大事なもの"を抱えながら、仲間が各々逃げているのを確認する。
「あの量は流石に一人じゃ捌けないよ! カンちゃん、しっかり捕まってて」
「……ん」
間近に感じる温もりは、それだけで彼女の心を癒やす――特別な"青い鳥"。
成否
成功
第1章 第11節
傭兵ゆえに、愛無はひたすら突き進む。
不明瞭な青い鳥の存在、ミチルが襲われ続ける理由――未だ点と点を繋ぐには、情報が足りない。
――だからどうした。
まぁ、何にせよたいした問題ではないのだ。
依頼はこなす。依頼人は守る。障害は排除する。
「その後の事は……その時考える」
中性的な少年が、石畳の天井へ顔を上げてだらりと両手の力を抜く。
好機とばかりに襲いかかった影達は――次の瞬間、大きな腕に殴り散らされた。
ずる、と粘液に塗れた黒い身体が闇の中で伸び上がる。己自身の犠牲も厭わない徹底的な破壊衝動に見を委ね、悪魔めいた姿に違わぬ圧倒的な力をもって、迫りくる敵をねじ伏せる。
――僕は傭兵ゆえに。
影の存在に興味が無いでは無い。されど邪魔をするならば、叩き潰して進むだけだ。
寄り集まった影の兵士を咆哮で吹き飛ばし、粉微塵に散らせた後で、ふと足元に小さな影が残った事に気づく。
取り憑かれる前に倒して対処を続けてみはしたが、同化して吸収すれば、何か掴めるかもしれない。
ず、ず、ず、ず。
影よりも暗い黒で塗り潰す様に少しずつ取り込んでいくと、同化しはじめた右手が"異物を殺せ"とミチルに向かって蠢きはじめ、左腕で抑え込む。
同時に伝わる漠然としたイメージ。この影は――夢で出来ている。
「純粋に僕達を全滅させようとするなら、まず僕を狙うのが定石だ。
ミチル君は僕達以上に、ここに居る事を許されないのだろう」
成否
成功
第1章 第12節
●幸せの青い鳥
「これが……塔の頂上」
ついに至った、とチルチルは達成感に拳を握った。
多くの特異運命座標の協力を得て、ようやくたどり着いた先は――満点の星空広がる屋上庭園。
足元に咲く小さな白い花達は幻想的でありながら、不思議と懐かしい。
(嗚呼、そうだ……この花を私は見たことがある。子供の頃、故郷の近くに咲いていた)
ある特異運命座標は言った。ミチルを襲おうと迫る影は"夢"で出来たものなのだと。
他の特異運命座標もまた、気づいた。影たちは去る者を追わず、"塔の頂上へ近づく者"を排除しようと襲いかかって来ていたのだと。
小さな羽音が耳元に近づく。チルチルの肩に停まったのは、紛うことなき幸福の青。淡く輝く小鳥が一羽。
「黄沙羅殿。この塔はもしや、私の夢の世界……なのだろうか」
「本来であれば、そうだった。外から少しばかり介入が入ったせいで、君だけの夢ではなくなっているけれど」
夢とは常に不安定なものだ。そこに特異運命座標の強い願いが交われば、具現化する事もあった。
チルチルの足元で輝くゲーミングシューズがその例だ。しかし、それ以上に歪な形で、彼女の夢に介入した者がいる。
「もういいでしょう。すべて、分かったんでしょう?」
そこではじめてミチルはチルチルの国の言葉で話し、隠し持っていた短刀を震える手で構えてみせた。
怯えるような、それでいて何かを訴えるような――強いミチルの眼差しは、青い鳥を真っ直ぐ捉えている。
「わからないな。ミチル殿、なぜこの青い鳥を狙いに私の夢へ?」
「その青い鳥はチルチルの幸福。羽を毟って殺してしまえば、貴方は幸せを失って……生きる事すら出来なくなる」
「つまり、私を殺すためという訳か」
「そうよ。私は貴方がこれから戦争を仕掛けようとしている国の道具」
冷たい地下牢で虐げられながら、私はこの日を待ち続けていた。
敵国の有力者を殺せば、奴隷の生活から解放される。その青い鳥さえ、殺してしまえば。
なのにチルチルは優しくて、理由も聞かずに守ってくれた。助けに来た特異運命座標だって、守りながら影を退けてくれた。
おいしいご飯を食べさせてくれたり、素敵な歌を聞かせてくれたり。
温もりのある温かな手で、この冷たい手を握ってくれた――
「ミチル殿、こちらへ」
そう言ってチルチルは優しく微笑むと、肩に乗せていた青い鳥をミチルの前へ差し出した。
怒るでもなく、恨むでもなく、純粋な笑顔と共に。
「どう、して……」
「ミチル殿が苦しんでいると、私も苦しい」
……嗚呼、そうだ。彼女は確かにそういう人だ。私が塔を登りたいと望めば、理由も聞かず助けてくれた。
そうやって今までいろんな人を助け続けて今の地位まで上り詰めた、誇り高い人なのだろう。
「……敵わないなぁ…」
ミチルの手からナイフが滑り落ち、大粒の涙が足元を濡らした。
泣きじゃくる彼女を優しく抱きしめて、頭を撫でてやるチルチル。2人の姿を遠巻きに眺めつつ、黄沙羅は帽子をかぶり直す。
「本当の幸せは、実は身近にあるものだ。気づいて踏みとどまれたのは……特異運命座標。君達の力あっての事だろうね」
●夜が明けた先に
その日、とある国のとある奴隷少女が姿を消した。だからといって騒ぐ者は誰ひとりいない。
変化があった事といえば、彼女の主人が舌打ちをしたぐらいだろうか。
彼はミチルを愚図だと罵った。きっと呪術が上手くいかず、自身にかえって来たのだろうと。
仕方のない事だ。この異世界の住人のほとんどが、境界案内人なんていうイレギュラーな存在に気づけない。
黄沙羅の計らいによって国を抜け出したミチルは今――チルチルの騎士団で使用人として働いている。
「チルチル、本当に戦にいくの?」
「勿論だ! 特異運命座標の強さを見ていたら、私も負けられないと思って。
何より……早く終止符を打ちたいんだ。君のような奴隷暗殺者を解放するためにも、私は敵国に攻め入ろう!」
いつだって、チルチルの瞳は曇らない。
幸せの青い鳥――その輝きが、胸の内にある限り。
NMコメント
今日も貴方の旅路に乾杯! ノベルマスターの芳董(ほうとう)です。
塔を登るのがこれから流行るって聞いたので、予行演習していきませんか?
◆目標
塔の最上階までミチルを護送する
◆場所
とても大きな塔の中です。チルチル達は便宜上これを「夜の塔」と呼ぶ事にしています。
壁も床も石造りで、全体的に暗いですが松明が所々にあるため視界ペナルティはありません。
螺旋の階段をのぼりながら上を目指していく事になります。時間帯は恐らく夜でしょう。
◆敵情報
影の異形達
暗闇からぬるぬると現れる異形の者達です。大きな鳥の形をしていたり、人の形をしていたり、姿は様々。
BSをかけてくる事はありませんが、嘴でつついたり剣を振り降ろしたりとこちらに攻撃をしかけてきます。
また、どの影も特殊な攻撃として『憑りつく』という技をもっており、とりつかれると何故かミチルへ殺意を向けたくなってしまいます。
◆その他人物
ミチル
今回の護衛対象。うっすらと白い光を纏った白いワンピースの賞与です。
なぜか影の異形達に命を狙われています。
チルチル=ブルーバード
ネグリジェ姿の自称女騎士。なぜこの塔にいるのか、どうしてミチルと一緒だったのか記憶がありません。木の棒っきれでギリギリ自衛はできるようです。
『境界案内人』ロベリア・カーネイジ
今回の依頼で皆さんを呼んだ境界案内人です。自衛はギリギリできる様子。
皆さんのサポート役として、相談があれば可能な限り対応します。
◆情報精度
この依頼の情報精度はCです。依頼人からの情報に嘘はないようですが、探れば出て来る真実もあるかもしれません。
◆捕捉
一章完結、オープニング一覧から消えるまでプレイングを受け付ける予定です。
気に入って戴けましたら、何度でもご参加いただけます。
とりつかれて狂気に恰好よく抗うもよし、狂気にあてられつつミチルを守り抜くもよし。
同行者の装備を整えたり、非戦スキルを活かして異形から逃げたりするのもOKです。
とにかくミチルが先へ進むためのプラスになれば成功判定となります。
純粋な戦闘ロールも勿論大歓迎ですので、スタイリッシュに戦いましょう。
他のPC様とご同行の際は、プレイングの一行目に【】でグループタグを記載して頂けるとスムーズに対応できます。
どうぞご活用いただければ幸いです。
説明は以上となります。それでは、よい旅を!
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