シナリオ詳細
黄泉還る修羅:刀鬼猛葬
オープニング
●悪鬼、死の淵より返ること
「無念である」
老爺は死の淵にてそう語った。
「無念とは」
子供が言う。赤い目をした子である。男であるとも女であるともつかぬ。印象のぼやけた顔であった。目をはなせば、次の瞬間には群衆に紛れ、はていかな顔であったかと思い起こすことすらできぬような顔であった。
ただ、瞳は赤かった。
赤い、赤い。彼岸花の様な。或いは血の様な、
赤である。
「人を」
老爺は言った。
「斬りたい」
老爺は、にぃ、と笑った。
狂った笑みである。
「我が剣の腕は、極意に到達したり。されど、我が身体、衰えるが故にその極意を存分に振るうこと能わず」
ほう。と。
子供が唸った。
「つまり――爺さんは、思う存分人を斬りたいと」
「嗚呼、斬りたい」
老爺は嘆いた。
斯波法兼(しばのりかね)。それが老爺の名であった。神威神楽でも名の知れた剣客である。
実際、腕は立つ。いや、立った。分かりしころは幾多の人を斬り、妖を斬り、己が才覚を十分に披露した。
「今や、衰えるばかりのただの爺だ」
法兼は言った。
ほう。と。
子供は唸った。
「事実そうであろうな」
子供は笑った。三日月のように口の端をあげて。
「人を、斬りたい」
法兼は言った。
「もはやそれ以外に……我は己の業を表す術を知らず。我が生涯、殺人剣にこそ見出したり。今は見えぬ。ああ、それのなんと歯がゆい事か! 人を斬りたい。人と斬り合いたい。ああ、いずれ朽ち果てるなら、人に斬られてこそ死にたかった」
法兼は嘆いた。
目の端に涙を浮かべ、口の端から血の泡を吹いた。
憤激である。
法兼の無念さが、昏く熱い情動となって、血を吐かせた。
「一つ、手はある」
子供は言った。
「冥府魔道に堕ちる事。それが唯一、我が差し出せる道である」
「冥府魔道。すなわちそれは、人ではなく」
「修羅となる事をさす。爺さんは、恐れるかい?」
「何を」
「人でなしになる事さあ」
子供は笑った。
法兼はきょとんとした顔を見せて。
それからすぐに、笑った。
「我はすでに剣鬼なれば、人にあらず」
ごほ、と、法兼は血を吐いた。
「いまさら人の道を外れようと。我剣の外道なり。我が業、永らえるなら何とて厭わず」
「では爺さま。『声』を聴け」
「声、とは――」
「声である。呼び声である――」
子供は言った。
声が、聞こえた。
呼ぶ声が、聞こえた。
法兼は迷わず、その声に身を委ねた。
それだけの、話である。
斯波法兼が姿を消したのは、その日の夜のことである。
●悪鬼、村を赤に染めること
赤。
赤である。
赤の中にいる。
ふと、もはやかをも思い出せぬ子供の目を思い出した。
顔は思い出せぬが、赤い色をしていた。
すぅ、と。
法兼は息を吸い込んだ。
血臭が、した。
心地よい香りだった。
「なぜ」
ごぽ、と、足元の男が言う。
法兼の刀で、胴深く斬りつけられた男であった。
「なぜ、このような」
「試し斬りだ」
法兼は言った。
「今やこの肉体は、全盛期の我の力を越えている。故に、試したかった」
すぅ。
法兼は息を吸い込んだ。
「どこまで斬れるのか。どこまで斬れぬのか。藁束(にんげん)で、試したかった」
はぁ。
法兼は息を吐いた。
「斬れた。佳く斬れた。お前を斬るのに、ほんの一瞬の力も込めなかった。それなのに、お前の身体の半分はもうない。佳い。とても佳い」
「そんな、ことで」
「そんな、ことでだ」
法兼は笑った。
「大切な事だ。これから己(オレ)は、斬ったはったをしなくちゃならない」
ごぼ、と。男は血を吐いて、死んだ。
死んだのは、男だけではなかった。
爺が死んでいた。婆が死んでいた。男が死んでいた。女が死んでいた。子が死んでいた。
皆、皆、皆。
斬られて死んでいた。
「佳い」
法兼は頷いた。
「では、なおのこと、斬ろうぞ」
名刀・灯篭切康鷹の血を振り払うとゆっくりと歩き出した。
日にあたりあらわとなるその身体は、老爺のそれではない。若々しいものであった。
法兼は、既に人にあらず。
魔の者と。修羅となり果てていたのである。
●神使、修羅を討伐すること
「神使様方、一大事にござる」
奉行所の男は、集まった神使……イレギュラーズ達へと向けて、そう言った。
何でも、近頃村々を回り、村人を惨殺して回る剣客が現れたのだという。
お上も対策のため、サムライを派遣したものの、その全てが返り討ちに逢ったのだとか。
「悪鬼の名は、斯波法兼と言う高名な武士であった。しかし、彼はすでに齢80を超えているはずなのだが」
若かった、と言うのである。
まるで20か30そこらの男のように。
法兼は派遣されたサムライたちを斬り捨てると、件の村で、何やら瞑想を始めたまま、数日動いていないのであるという。
「今は動いておらぬが……いつまた動き出し、別の村へ行くかわからぬ。すでにいくつもの村が潰されており、これ以上の被害は……」
容認できない、と言う。
故に……切り札でもある、神使、ローレット・イレギュラーズたちへの依頼が決定した。
「非情に危険な相手であるが……どうか、無事に任を果たしてくれることを祈っております……!」
そう言って、奉行所の男は頭を下げた。
- 黄泉還る修羅:刀鬼猛葬完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年07月13日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●修羅迷妄
その時、血河の中にて瞑想を続けていた斯波法兼は、接近してくる八つの気配に気づいた。
気配を消せぬ間抜けではない。そう言ったものの気配は、自身を討伐すると息巻いていた役人どもで嫌と言うほど味わった。
それとは、明確に違う。
気配を消せるのに、消さずにやってくる。
おそらく――その気になれば、自身の不意を打つ策とることも可能であっただろうに。
正面から。堂々と、彼らはやってくる。
「好い」
法兼は静かに瞳を開いた。果たしてやってくるのは、八名の討伐者。
「神使か」
それは、魔種たる彼に宿った本能のようなものであろうか。それが己と相反する者、すなわちイレギュラーズであることを、法兼は本当的に察した。
ほう、と。
法兼はため息をついた。
好い。とても良い。
切り結ぶには最上の相手である。
目の前には、青年と言うべき年齢の男が一人。地に直接座り込み、こちらを愛し人でもあるかのように見つめている。その足元にしみこむ液体の後は、おそらく血だろう。死体の類はなかったが、濃密に香る死の匂いは、ここでもまた、多くの命が失われたであろうことを、イレギュラーズ達に理解させた。
「俺たちイレギュラーズを待っていたんだろう、巻藁を切るのに剣技は不要だからな?」
挑発するように言うのは、『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)である。目の前の青年、斯波法兼は、ほう、と笑って頷いた。
「然り。良き相手と巡り会えたこと、天に感謝しようか」
「御冗談を」
『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)が言う。
「御身はすでに羅刹なれば。天などが微笑むことはないでしょう。
羅刹に微笑むは魔か鬼か。あなたに微笑んだのは魔のようですが」
「そうか……」
法兼は頷く。
「違いない。我ら剣鬼にとって、導くそれが天であろうが魔であろうが大差はあるまい。
逢うものすべてを斬り、屠る……其れこそが喜びではないか」
「……いち剣客として、斬り結びたいと思った事はあれど――人を斬りたい、と思った事はありませぬ」
法兼の視線を感じた『一人前』すずな(p3p005307)が言う。
「剣の道を究めることと、人を殺すことは違いますよ。
そこから既に、私とあなたは乖離しています。
あなたは、私とは決して相容れない――外道の刃です」
「まだ青いか」
法兼は嬉しそうに言った。
「しかし……武芸とは究極、如何に人を壊すかに尽きる。
振るわなければ、刀はさびる。お主はとても良い剣客だ。解る……ああ、我よりもずっとできる相手とも切り結んだのだな、なんと、なんと羨ましい――!」
「だまりなよ、お爺ちゃん」
『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)が、法兼をにらみつける。
「かっこいいごっこは子供の頃に卒業しなよ。アナタの自己満足で、何人殺したわけ?」
「佳き剣士は九。藁束は覚えておらんな」
「アナタ……そんなに斬りたかったの、ヒト?」
京が、ぎり、と奥歯をかみしめた。
「だから、こんなことしちゃったの?
剣士だったんでしょ? 楽しかったの? こんなことして? 本当に?
弱かったでしょ、アナタが斬ったヒト達みんな?
……お爺ちゃんよぉ? トサカに来ちゃうぜ?
アタシはそういうの、大っっっ嫌いなんだから!!」
ごう、と噴き上がるは京の闘気。法兼はうっすらと笑う。
「佳い。剣士にあらずとも、その意気やよし」
「私は人殺しが嫌いです」
『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)が静かに言った。
「生きていれば、大抵は何とかなると信じているから。
その可能性を奪う死は、それを与えようとする者は。
……けれど、誰かのために……何かを守るために、奪う事を選ぶ、そう言う想いがある事も知っています。
けれど、魔種、貴方は違う。貴方には、そんな想いはない」
朝顔は静かに、構えをとった。
「教えてあげます。貴方に足りないものを」
「教導か。我に何を指導する」
法兼は笑う。ゆっくりと、立ち上がった。立ち昇るは剣気。ゆらり、とした所作に宿る人を捨てし者の気配。
「私は武道の事は詳しくないけれど、道を極める過程で道を外した人の物語なら知ってるよ。
まさにそんな感じだよね? 物語の挿絵でも、今の君みたいに怖い顔をしてた!」
『希望の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は不敵に笑った。
「でも、大抵の物語なら、そんな人は討たれて終わるんだよ!」
「そう言うわけだ。
せっかく鍛えた力に泥塗って、無様なヤツだぜ、斯波法兼!
……いや、いや、魔種に目をつけられたのが不運なのか?」
『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)が槍を構える。すぅ、と息を吸い込み、仲間達へ視線を向けてから、再度法兼をにらみつけた。
「いいや、きっとアンタは、生きてる時から既に修羅だったんだろうさ。
『人の世に仇為す魔を討ち、平穏の世を拓く』
アンタのなすべくが人を斬る事なら、これが俺達の使命だ」
「魔種であるなら、ただ斬るのみッス」
『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)がすらりと太刀を抜き放ち。
「あなたの話は聞いているッス。人に斬られて死にたいのだったら、僕たちがそれを務めるッスよ。
……この国は、今静かな時を取り戻したんッス。
遮那さんのおわすこの豊穣に乱あることを、暴あることを、僕はけして許さないッス!」
ふわり、と鹿ノ子の周りに花びらが舞う。それはまほろばか、否、その鮮やかな花こそが、鹿ノ子の持つ剣気!
「佳い覇気だ! ほれぼれする!」
呵々、と法兼は笑った。
「どれも誰も斬りがいがある! 斬られ甲斐がある! さぁ始めようか。殺し、殺され、己の武を存分に試し合おうぞ!」
法兼はちり、と刃を鳴らした。
「来るぞ! 奴は速い、身構えるんだ!」
錬が叫ぶ! 同時に、ずだん、と地を蹴る音がした。それは雷鳴がごとし踏み込み。
修羅はまさに悪鬼羅刹の貌を見せながら、京へと迫る――。
●刀鬼乱舞
「アタシが一番斬りやすいって!? 舐めないでよ、お爺ちゃん!」
京が叫ぶ。一気に接近した法兼が、
「試し斬りと行こう」
その刀を横なぎに、ゆるりと振るった。京が跳躍、横なぎの刃を躱す。
「その耄碌した頭! 蹴っ飛ばしてやるっ!」
落下の速度を乗せての反撃を試みる京に、しかし法兼は笑う事もなく神速の納刀。再度抜刀の勢いを乗せて、京へと刃を振り上げた!
速い!
京は空中で無理やり体勢をひねると、背中から落ちるように切り上げられた刀を回避した。両手をついて着地、そのままの勢いで後転して距離をとると、法兼の刃が一瞬後を追って閃く。
「やるじゃない、お爺ちゃん!」
「まだまだ、小手調べよ」
「その力を、何でこんなことにつかっちゃうのさ!
戦うこと以外どうでもいいみたいに言って! それで人を殺すだけの人になって……!」
「性でな」
「バッカみたい!」
京が飛びずさる。そこへ飛び込んできたのは風牙達だ。
「速いな、見事!」
舌を巻く法兼が刀を構える。風牙の放つ刺突! 斬撃! 振るわれる五月雨のごとし連続攻撃が、法兼の刃を叩く!
「だが……荷物を持っていつまで動ける?」
「荷物じゃねぇ、託した仲間だ!」
力強く振るった風牙の槍が、それを受け止めた法兼を後方へと弾き飛ばす。同時、左横から斬り込んできた無量の刃、法兼は刀の鞘を帯より抜き放ち、鞘を持って斬撃を受け止めた。
「あなたが鬼と言うのであれば、私もかつては鬼であったことは事実です。
人を救うと誓いながら、その実人を斬る事に魅入られた私は、あなたと何の違いがありましょうや。
否、自らを偽る事の無かったあなたの方が、幾分か真面なのでしょう」
ぎり、と無量が刃に力を籠める。法兼は左手に力を込めながら、にぃ、と笑った。
「然し、私は知っている。
如何に力を得ようとも、如何に人外の如き剣を振るう事能う様になったとて、
その歓びは一瞬であり、その後に来るは虚無、そして更なる渇き。
故にこそ、真に求めるべきは心であった。
故に――私は人でありたい」
「かつて鬼となりながら、それを手放したか」
法兼が言う。
「――惜しい。
然らば鬼であるお前と斬り合いたいばかりであった」
「しかし、貴方は所望した。朽ちるならば人の手により斬られたいと。
その願い、叶えて差し上げます。
人である、私達が」
「よく言った!」
法兼が、左手の鞘を力強く振るった。刃を圧し返された無量が、あえてその力に逆らわずに、刀をしまい込む。勢いを借りて体を回転させながら、無量はそのまま距離をとる――間髪入れず、逆より斬り込むすずな!
「道を外れし事で研ぎ澄まされたようですが――私達の剣戟は、易々と捌けるものではありませぬよ……!」
横なぎに振るわれた斬撃を、法兼は右手の刀で受け止める。甲高い音共に反発するつ二つの刃。弾かれた勢いのまま、すずなは身体を回転させて再度斬撃の態勢に入る。今度は下から救い上げるかのような一撃に、法兼はたまらず身体を反らした。切っ先が、その顎の先端を切り裂き、赤い血が舞う。
「くく、惜しいなあ、女剣士」
法兼は嬉しそうに笑った。
「お前は我とは違う、と言ったな? 今はそうかもしれん。
だが、剣の道を極めるならば、我とお前は同じ穴の狢よ。
――女剣士、名は」
「――すずな」
「では、すずなよ。お前にも懸想する相手くらいは居るだろう。
ああ、照れるな。我にもいた。
烏の濡れ羽のような美しい髪の女だった。女房だよ」
すずなは無言で刃を振り下ろす。語りながらでも斬り合えるだろう、と言うふうに。実際その通りだったので、法兼はすずなの刃を受け止めながら、言葉をつづけた。
「もしかしたら、全盛期は我よりもずっと強かった……お前のようにな。我は憧れ、恋したよ。
それが所帯を持ったは、なんとも奇妙な偶然だったかな」
すずなは、法兼を追い詰めるように、斬撃を繰り返す。一撃、二撃、それは致命打には至らなかったが、すずなの役割は致命打を与える所にはない。
「――時が過ぎ、女房も婆になった。結局最後は流行病でぽっくり逝ってしまったわけだが……死んだときは悲しかった。空しかったよ。
いいや、我はきっと、ずっと悲しかったのだ。
あの強く美しい女が、醜くおいさばらえていくのが。
あの美しい剣技が、歳と共に鈍へと変わっていくのが。
我は思ったよ! ああ、あの時、どうして――さっさと斬っておかなかったのか、と。
すずなよ、お前もきっと、そうなろう」
「私は……ッ!!」
上段から振るう斬撃。それを絶対に法兼は受け止めるとわかっていたから、すずなは斬撃と同時に蹴りを繰り出した。上段を受け止めた形の法兼の腹へ、つき込まれた渾身の蹴りが、法兼を後方へと蹴り飛ばす――その隙をついて、鹿ノ子がその刃を構えて接敵!
「あなたは悪人ッス!
その歪んだ心を、武人の性とか、武道の究極とか、聞こえのいい言葉でごまかすんじゃないっ!」
振るわれるは三連撃。
猪。右肩より鋭く振るわれる斬撃――法兼はそれこそを受け止めた。
鹿。その勢いのまま、刀を返し横なぎの一撃――法兼は鞘を使ってそれを受け止めた!
蝶! 三撃目! 刃を再度振り上げ、上段から叩きつける一撃! 鹿ノ子の刃が、法兼の胸を切り裂く――!
「お……おっ!!」
法兼が目見開いた。友の、仲間達のすべての攻撃はこの布石のため。連撃に披露させたその身体に、必殺の血檄を叩き込まんがため!
「畳みかける!」
錬が投げつけた符が、法兼の背後で大爆発を起こす! 巻き起こる炎獄が、逆巻く炎で地上を舐めつくし、斬られたばかりの法兼の身体を焼いた!
「さて、この年まで刀で生き抜いて来たんだ。同じ土俵以外認めないとは言わないよな?」
錬の言葉に、法兼は叫んだ!
「術士か! だが良い、斬り様はいくらでもある!」
「まったく、それしかないのか? 借り物の力を誇るなとは言わんがな、刀一本で生きてきたなら最後までそれを貫けってんだよ!」
法兼は、刃を振り上げて、駆ける――その身体が、がくり、と傾いた。
その手に絡みつく、封印術式。
輝くそれが、拘束する鎖のように絡みつき、法兼の力を封じ込める。
「やっぱり、魔なんて、最後には助けてくれないものだよ」
アリアが、突き出した手を鉄砲の形にして、ばん、と声をあげた。放たれた封印術式が再度強固なそれを生み出す。その時、初めて法兼の顔に焦りの表情が浮かんだ。
「小娘……!」
「さーて、苦しいかな? 痛いかな?
我慢してね、それも君が与えてきた物なんだからさ!」
「剣客だなんて笑えるね、名乗ってんじゃないわよクソヤロー!」
京の追撃の蹴りが直撃する! その手に突き刺さる京の蹴撃。
「お・の・れぇぇぇぇ!」
法兼が雄叫びをあげる! 手に施された封印を無理矢理破壊して、その斬撃を京へと繰り出した。一閃が、京の身体を切り裂く。赤い血が、その眼にうつった。
「ちっ……!」
「京さん、下がってください!」
朝顔が叫び、飛び出した。
「さぁ! 私を藁束(ためしぎり)に出来るならやってみろ! 斯波法兼!!」
「よく言った!」
法兼の刃が迫る! 朝顔は構えると、振るわれた刃をその手ではじいた。
その敵意を空へと返す、徒手の業!
「見事……だが!」
弾かれた刃を、冠雪を無視するかのような無理矢理な動きで制御すると、法兼は朝顔の間隙をついて刃を突き入れた。その左肩に、食い込む刃! 赤い血がしとどに流れ落ち、朝顔は顔をしかめる――だが、朝顔は間髪入れず、自身の肩に食い込んだ刀を、己に右手で力強く握った!
法兼のその表情が驚愕に彩たれた。動かせない。その刀を、朝顔は執念で以って強くつかんで見せたのである!
刀とは、押すか引くかして初めて切れるものである。
それができぬとなれば、朝顔の手が切れ落ちることはない。
「斯波法兼! 貴方に足りないものは1つ……何かの為、誰かの為と思う心です!」
たとえ、老練の技術を持っていたとしても。
たとえ、若人の身体を持っていたとしても。
「『ただ、人を斬りたかった』などと言う貴方に!」
その言葉は、強がりであったかもしれないけれど。
しかし朝顔の身体を通して出る力が、その時、修羅を圧倒していた。
「だから私は……絶対に貴方に倒されない!」
気迫! 法兼は思わず、自身が身体を引いているのを覚えた。
恐れている?
怖れている?
畏れている?
この娘に! 剣鬼が!
「お、お、おおおおっ!!!」
法兼は吠えた。
恐怖の発露でもあった。
何か、耐えがたき程に、勝てぬ相手に――。
真に強い相手に遭遇したが故の、本能的なものである。
それを持ちえたという事は、法兼が真に鍛えた武芸者である証でもあった。未熟者に、相対する者が強いかどうかなどは解らない。相手の力量を正確に測れるが故に、法兼は強きものであるのだ。
はっきりと言えば。一対一で考えれば、その戦力差は比較にはならぬだろう。
だがこの時、法兼は確かに、朝顔を強者であると認めた――。
法兼は、刀にかけた手を引いた。
動かない。故に。
法兼は、刀を横に無理やり押し曲げた。魔種の力が、刀をへし折らせた。支えを失ったように、朝顔が倒れる――法兼は、へし折れた刀を手に、駆ける――が。
「遅いっ!」
風牙である。
この時、法兼をわずかにうわ丸ほどに速度をあげた風牙が、一足飛びにその間合いに入り込んでいた。
「あんたが掴んだ極意ってのは、据え物斬りの極意か?
それなら刀なんて握らず、包丁握ってたほうが良かったな。
まな板の上の魚なら、躱しも反撃もしないもんな!」
「侮辱を――」
「そうだろうが!」
風牙が叫んだ。
「無抵抗の、戦いに無縁の人々を斬って悦に浸ってんだろうが!
ああ、確かに悪いこと言ったな。包丁握る板前さんのほうが、食材を生かす腕があるだけ上だ!
お前はただ、命も技も無駄にしてるだけ!
棒振り回して遊んでるガキと変わりねえ!
そんなお前のつまんねえ剣なんて、オレは全部否定する!」
突き出された槍が、法兼の身体、真芯を捉えた。
法兼が、溜まらずその刀で受け止めようとする。
折れた刀は、その真の力を発揮せず。
烙地彗天の刃が、その刀を根元から砕いた。
「ごっ――」
法兼が喘ぐ。槍の先端が、法兼の肋骨を砕く。
「ぐっ……」
血を吐きながら、法兼は鞘を抜き放った。
最後の抵抗である。
「我が剣は妖刀、我が剣筋は邪道。身を鬼に窶し後に人へと廻り戻りて行くは修羅の道……其れでも猶、私は私として在る」
無量が言った。
「あなたの人としての剣……見させてもらう。せめて最後、その剣に、己を映しなさい」
法兼はゆっくりと、その鞘を刀に見せて構えた。振るわれる、鞘。無量はその鋭い一撃を、確かに己の刃にて受け止めた。
「見事です。剣士、斯波法兼」
すずなが言った。鋭く振るわれた斬撃が、法兼の首を刎ねた。
どう、と身体が倒れる。
魔の気配が、急速に遠くなる。
「……終わったの?」
アリアが言った。
「ああ。そのようだ」
錬が言った。
「皆、酷い怪我だね……すぐに治療しないと……」
アリアの言葉に、鹿ノ子が頷いた。
「動ける人達で、重傷者を連れて帰るッス!」
自身もまた傷つきながら、そう言った。
かくして修羅は地獄に還り。
魔の気配は、今は遠くに消えゆくのである。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
修羅は散り。
魔は静寂の闇へ。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
魔種に墜ちた剣客を討伐しましょう。
●成功条件
斯波法兼(しばのりかね)の撃破。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●状況
何者かによって呼び声を受け、魔種へと転じた老剣士、斯波法兼。彼は己の欲望のまま人を斬る修羅となり、手始めに村々を回り、村人たちを惨殺。京より派遣されてきた剣客を全て返り討ちにしました。
今は、全滅させたとある村の中央にある神石の上で、瞑想を行っているらしいです。
これ以上、彼の蛮行を許すわけにはいきません。
速やかにここにむかい、彼を討伐してください。
彼は魔種です。あまり呼び声は強くないようですが、念のため注意を払ってください……呼び声はもちろん、彼の戦闘能力にも注意が必要です。
作戦決行時刻は昼。周囲は開けており、戦闘ペナルティなどは発生しないものとします。
彼は瞑想中ですので、多少は隙があります。不意打ちを狙う事も可能ですが……彼の感覚は恐ろしく鋭敏である事を忘れないでください。
●エネミーデータ
斯波法兼 ×1
老衰して死ぬことを待つばかりだった剣客。死の間際に反転し、魔種とかした後は若返ったような外見をしています。
何せ魔種ですので、基本的に戦闘能力は恐ろしく高いです。こいつ一人を討伐するために、最大八人のイレギュラーズが招集されるほどですので。
基本的にEXAが高く、ほぼ確実に1ターンに複数回行動をしてくるはずです。反応、命中、回避も高水準になります。半面、攻撃に特化した剣術のためか、防御技術や特殊抵抗は低め。当たらなければ……というスタイルのようです。
対単体攻撃には長けているため、複数を巻き込む攻撃は苦手です(できないわけではないですが、他の攻撃に比べれは性能は落ちるはずです)。また、その鋭い斬撃は『出血系統』の力を持つほか、必殺の業には文字通りに『必殺』が、或いはカウンターとして『復讐』を持つスキル等も使用します。
以上となります。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております。
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