PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<ヴィーグリーズ会戦>遣い手はただ、獣より猛り狂う

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 人間の感情というのは面白いもので、恨みつらみの類は容易に理性を崩し、喜びの感情は判断力を摩耗させる。感情の振れ幅が大きければ大きいほど、人というのはあっさりと理性を手放すものである。そういう意味では、あの貴族は実に御しやすかった。
 奴隷を甚振る快楽で理性を崩し、それを失いかけた怒りで容易にこちらの言うことに耳を傾ける。
 そして自らが命を失うなど、微塵も考えぬ浅慮ぶり。実に自分好みの思考だった。
 だからこそ、さも『理性』が感情より上等なものであるかのように振る舞うイレギュラーズが許せない。
 理性と使命、そして大義などという糞の役にも立たぬものでベルケル(おもちゃ)を取り上げられた時は心から腹立たしかった。
 ……だからこそ、同じように『偽勇者(おもちゃ)』を取り上げられた貴族たちを丸め込むのは容易かった。
 言葉巧みに取り入り、その敵意を煽り、ミーミルンドに与する彼等は丁重に丁重に扱われ――そして。

 そして『餌』としてよく魔獣達の肥やしになった。

「別に、私は蛇が好きなわけでも、蛇を操るのが得意でもありませんがねえ。でも、なるほど。最初に邪魔をされた時も、蛇でしたか」
 『猛獣使い』は笑う。この悪辣な戦場、貴族の汚い謀略合戦に『勇者』の二文字で取り込まれたイレギュラーズ達の醜く愚かしくもしかし従順なそのあり方に、心からの軽蔑(けいい)をこめて。


「この間の『偽勇者』の雇い主の話が聞けるっつゥから来たんだが……聞き間違いだったかァ?」
「俺は『猛獣使い』を殺す機会を得られるなら、それでいい」
「彼奴め、鼠よろしく隠れまわっているようだな。あの所業は生かしてはおけん」
 以前、仲間の領地に攻め入った偽勇者絡みの情報を聞き出した、と情報屋から聞きつけ、レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)はその場に集まっていた。具体的には、決戦の場である『ヴィーグリーズの丘』にほど近い位置の天幕にである。そこに居合わせたのはヲルト・アドバライト(p3p008506)と咲花・百合子(p3p001385)。とある魔種と因縁深い2人の態度を見て、場違いかとレイチェルは席を立とうとした。
「間違いではありません。ですが、『偽勇者』を先導した貴族はすでにこの世にはいません。その下手人はそちらの2人もよく知っているでしょう……『猛獣使い』と名乗る魔種です」
 『ナーバス・フィルムズ』日高 三弦(p3n000097)はレイチェルの機先を制して言葉を紡ぐと、次いで主となる敵の名を以てヲルトと百合子の視線を自分に集めた。他のイレギュラーズも、三者三様の緊張感に表情を固くしただろうか。
「彼の魔種はベルケルさんから手を引いたあと、くだんの貴族に取り入ったようです。そして体よく最後まで隠れ蓑に……と。そうですね、ベルケルさん?」
「……ミーミルンドの使者がこちらに各貴族の動向を伝えてきた時、そう言っていたな」
 三弦の呼びかけに応じ、天幕の奥で身じろぎした影。それは見まごうことなく、リーモライザ襲撃に一枚噛んだ貴族、ベルケルその人だった。そんな彼と対角に身を置き、彼を値踏みするような影があることを、百合子は気付いている。
「美少女しぐさ『殺方彼否面』……場に居合わせた者全てを間合いに収めつつ後方で腕を組むことで『殺せる距離にあるが殺す意志なし』と示す高尚な誇りを示す美少女における高位の交渉姿勢……限られた機会にしか見ぬそれを熟すとは流石ヒビス殿である」
「やつがれの行いを即座に見抜く百合子殿こそ、変わりなく壮健であらせられる」
 葉合・ヒビス。百合子と同じ『美少女』であり、かの世界でもこと才女と讃えられた女性である。
「その男の父には恨み骨髄なれど、本人にその罪なし。我等の敵を共に討つ志あらば、受け容れるが美少女の流儀」
「……父の不義理と悪事の精算。確かに賄わせてもらおう」
「話が纏まりましたので、作戦会議といきましょう。魔種にスラン・ロウの魔獣多数。決して楽な戦いではありませんが……精鋭ならば十分なんとかなる敵です。腰を据えてかかりましょう」

GMコメント

 今まで特にそれらしいヒントもなかったので、その分開示情報多めです。
 ここで因縁総ざらえといきましょう。

●成功条件
・魔種『猛獣使い』撃破
・『デビルヒュドラ』『禍蛇』撃破
・(オプション)ベルケル、ヒビスの生存

●『猛獣使い』
 傲慢の魔種。その名の通り、人に仇為す特性を持つ獣をその本質を問わず操ることができる能力を持つ(毒などがあっても人に易がある場合、滅茶苦茶大雑把に定義すると『蜜蜂』でさえ操れる、という見方もできる)。彼が戦場にいる限り、出現する古代獣・魔獣は大幅なバフを受けた状態となる。
 命中がかなり高く、HP量が多いうちは『パッシブスキル:形質反転(一部BSの特性を有利な要素として扱う。HP減少→回復など)』を駆使した生存力重視の戦い方メインだが、HPが一定以下になると前述のパッシブが消えるかわりに巨大な獣姿に変貌し、マーク・ブロックは2名以上必須となる。
 攻撃力よりはEXAとMアタック込みのスキルでガンガン削りにくるタイプ。

●デビルヒュドラ×5
 『古廟スラン・ロウ』から出現したモンスター。怪王種。ヒュドラ(多頭蛇)ですが、いくつか人間の頭になっています。
 所有しているスキルはすべて「単」ですが、「多頭(Pスキル)」で「レンジ内の一定数の相手」を対象に取ることができます。
 基本的に単体スキル(レンジ~中)のみ、ですが上記の特性があるため下手なEXA型より厄介。
 名前通り毒や麻痺系統のBSがメイン。
 代わりに、HPは『怪王種のわりに』低い。

●禍蛇×30
 群れで襲ってくる蛇です。集中して一個体を襲う性質を持ちます。
 毒などは持ちませんが、集中攻撃による回避減衰は侮れない不利益となることは間違いありません。

●ベルケル
 友軍。元『偽勇者』で貴族です。
 戦闘能力はそれなり、雑魚掃討程度なら十分役に立ちますが、群がられればあっという間に散ります。
 それでもだいぶマシな戦力なのですが。基準としては後述の「リーモライザ領兵士」3~5人分の戦力となります。
(初出:<フィンブルの春>リーモライザと獣の貴族)

●葉合・ヒビス
 仏桑華コギャル双掌拳の使い手で、百合子さんと同じ世界の出身です。百合子さんの危機、そして村を襲った元凶の出現可能性を聞きつけ馳せ参じました。ぶっちゃけ滅茶苦茶猛獣使いメタみたいな人ですが、それでも結構ほっとくと危ないかも。
(初出:<リーグルの唄>一宿一飯に報いるは晴耕雨読の範なり)

●リーモライザ領兵士×20
 ヲルトさんの主人であるリーモライザ氏の兵士(扱いはヲルトさん管理領の軍事力)。
 直轄兵の為統率・戦闘力ともにやや高めです。彼等の戦い方をうまく指揮できれば咎蛇をある程度抱えても、十分いい戦いをするでしょう。

●戦場
 ヴィーグリーズの丘中腹。傾斜があるためバランス感覚が無いとちょっと足元がふらつきます。
 また、周囲の空は不気味な斑色に輝き、絶えず模様を変えます。全ての対象になんらかの不利益を及ぼすでしょう(HP持続減少系ではない模様)。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●怪王種(アロンゲノム)とは
 進行した滅びのアークによって世界に蔓延った現象のひとつです。
 生物が突然変異的に高い戦闘力や知能を有し、それを周辺固体へ浸食させていきます。
 いわゆる動物版の反転現象といわれ、ローレット・イレギュラーズの宿敵のひとつとなりました。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <ヴィーグリーズ会戦>遣い手はただ、獣より猛り狂うLv:30以上完了
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年07月06日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
長谷部 朋子(p3p008321)
蛮族令嬢
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
ヲルト・アドバライト(p3p008506)
パーフェクト・オーダー

リプレイ


「まさか、追ってた糞野郎が既に殺されてたとはな」
「あの悪辣をこれ以上、のさばらせるわけにはいかない」
 『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は足元を2、3度靴裏で叩くと重力の軛から一先ず逃れ、周囲に視線を巡らせる。相当な間合いをとって対峙した猛獣使いの表情は分からないが、しかし碌でもない感情を以て此方を見ていることは間違いなさそうだ。
「ふぅん、アレがヒビス殿の村を襲った蛇の親玉と言う訳であるか。なればこれは弔い戦であるな」
「やつがれは命を賭すべき大恩を返すべき機をまた逃したので御座います。然らば、ここは命賭して仇討たば、失った村人に笑われます」
 『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)の口元に浮かんだ笑みは、紛れもなく今から殺すべき敵に対する明確な威嚇行為であった。葉合・ヒビスも彼女の意図を察し、仇たる相手を射抜く視線はその鋭さを増す。あの日、彼女らは「猛獣使い」の真の意図を見逃した。それがゆえに、不覚を取った。だが今回は違う。真正面から搦め手なしで、己の美少女たる全力を叩き込む。魔種であろうと、知ったことか。
「ベルケルさんと猛獣使いには奇縁がありますからね。‥‥さあ、Step on it!!  碇草純情破岩拳、ウィズィニャラァム……推して参る!」
 『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)の名乗りは、ヒビスの耳にも確かに届いた。一瞬だけ獰猛さを散らし、満足げな笑みを浮かべた百合子を見れば、その真意もわかろうというもの。ヒビスは、その一瞬に感動すら覚えた。両者は、『美少女』として轡を並べるに値する仲間だと。
「……改めて、空恐ろしい乙女達だな。俺はあれを敵に回したのか」
「ベルケル様。先の戦いでの数々の不敬をお許しください」 
 ウィズィが己の名を口にしたのを知ってか知らずか、貴族ベルケルは獰猛な美少女達の姿に空恐ろしいものを覚えた。あれが敵? 冗談ではない、あれは普通なら、肩を並べることすら叶わぬ暴君だ。
 そんな彼のもとに、『幻想の勇者』ヲルト・アドバライト(p3p008506)は恭しく頭を下げ、謝意を示す。先日のごたごたで、彼はベルケルを一発だけだが殴っている。いち領主の、それも奴隷がだ。道義として正しくも、貴族社会ではどうか。ベルケルは思い出したように頬を擦ると、意地悪めかして口の端を歪めてみせた。
「リーモライザのご令嬢は中々に獰猛な従僕を手懐けておいでだ」
「…………」
「だが、その勇ましさを俺は尊ぶ。家督を、その地の者を当て擦られて、黙って礼節のみで判断する愚物を側に置かない点は傑物の器がありそうだな」
「お褒めに与ったと、思わせて頂きます」
 ベルケルの嫌味混じりの、しかし自らの考えを慮る言葉にヲルトは複雑な表情を浮かべた。父の仇と食って掛かったあの貴族が、これか。矢張り立場は人を作るというのは、強ち嘘ではないようだ。
「この悪辣をこれ以上、のさばらせるわけにはいかない」
「その通り! リディア・レオンハート推参!個人的な恨みこそありませんが、魔種『猛獣使い』――お覚悟を!」
 マルク・シリング(p3p001309)にとって、目の前の敵達に対する個人的な怒りや恨みなどといった感情は存在しない。されど、相手が魔種であり、過去から現在、今後に於いて人々を混乱に陥れるのであれば生かしておけるはずがない。『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)にとってもそれは変わらず、輝剣リーヴァテインの切っ先は迷いなく猛獣使いに向けられていた。
「面白いものですな、イレギュラーズというものは」
 唐突に、猛獣使いが口を開く。互いの言葉が十分に通る距離とは言い難いだろうに、しかし「何故か聞こえる」。空の怪しい気配が明滅するのを見るに、何かが干渉していることは間違いないらしい。
「自分が勝つ、自分は死なない、自分達こそが正義……そういう愉快な感情で戦いをすすめるその態度がこそ不愉快だというのです」
「残念だったね! あたし達はいつもそのつもりだよ! みんな、踏ん張っていこう!」
 『蛮族令嬢』長谷部 朋子(p3p008321)は原始刃を猛獣使いに突きつけると、自分こそが勝利者となることを高らかに宣言する。彼女の指揮下で戦うリーモライザの兵士達は、その声に応じるように高らかに吼えた。
「改めて、此度の戦いでは是非とも助力頂きたく存じます」
「なに、お嬢様の頼みで特異運命座標(えいゆう)と轡を並べて戦えるんだ。それだけで満足ってモンさ」
「でも、『猛獣使い』が猛獣になるんだって、ちょっと楽しみ! 間近で見られるからね!」
 ヲルトが兵士達に向けて頭を下げると、その中のひとりが冗談めかして返してきた。ヲルトにとってはとんだ横紙破りだという悔いがあろうが、相手はその限りではないようだ。そんな雰囲気を知ってか知らずか、『希望の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は敵の狂気をも『楽しみだ』と言ってのけた。ヲルト達の間にあった緊張が、それで解れたのは言うまでもなかろう。
「美少女3人揃い踏みというわけだ、益々負けるわけにはいかぬ」
「彼の猛獣を討たねば、やつがれに安息は訪れませぬゆえに」
「それじゃあ行きましょう――腹を括れ、猛獣使い!」
 美少女3人の声を開戦の狼煙とし、双方の戦力が前進する。速度に優れた百合子と猛獣使いとの間合いが瞬時に詰められ、ともすれば喉か唇を噛みちぎる距離で、双方の拳が霞んだ。


 命中精度を重視した猛獣使いの拳が、百合子の胸骨を強かに叩く。が、それは彼女が動いた軌跡であり、当てる事能わず。左拳の軽当てでリズムをとり、右拳を引き絞った百合子は叫ぶ。
「ヒビス殿! 合わせるぞ!」
「御意に」
 猛獣使いの往く手を遮った百合子、背後に回り込んだヒビス。前後に陣取った2人の美少女の拳は唸りを上げて猛獣使いの全身を打ち据え、叩きつけ、粉砕せんと迫る。さらに後方からはリディアが全力で肉薄し、アリアの術式が唸りをあげて襲いかかる。それら全てをまともに受けては、さしもの猛獣使いも無傷とはいくまい。
 いくまいが、アリアの一撃を遮るように禍蛇が一匹躍り出ると、術式を受け止めて消滅する。
「美少女、とやらの拳も中々に面倒ですが、お嬢さんの術式はなお厄介ですね。できれば受けたくは――」
「こっちに来い、蛇共! あたし達が相手だ!」
「――ないのですがね」
 禍蛇を盾に次手を組み立てようとした猛獣使いは、しかし朋子の宣言と兵士の鬨の声に遮られた。振り下ろされたリーヴァテインを手の甲で受け止め、全身のバネを用いた体当たりで弾き飛ばした彼は、憎々しげに舌打ちひとつ。深々と吐き出した呼気に混じった獣臭は、彼の本性そのものだろう。
「ギィィィィァァァァァ!!」
「倒すべき敵はここにいるだろう。オレ一人すら満足に倒せずに背を向けるのか?」
「余裕綽々だなァ。面白、ヰ」
 デビルヒュドラ達は主の受けた被害に怒りの咆哮を上げ、彼を囲む手合いめがけ襲いかかろうとした。だが、横合いからヲルトが放った血を受けて1体が無差別に暴れ狂い、他の個体も獣化したレイチェルの攻勢を受けて足を止める。
 狙いの敵を照準に収めぬうちに見舞われた突然の不幸は、しかしデビルヒュドラの勢いを減ずることはかなわない。それらは新たに敵と定めた2人めがけ、それぞれの首を以て攻勢に回り、たちまちのうちに激戦に至る。
「ベルケルさん、猛獣使いを倒すには、貴方の力が必要だ。僕の……パーティの生命線の護りを、貴方にお願いしたい」
「心得ている。『勇者』の手を煩わせるのは俺の本意ではない……機と見れば退く」
 その戦闘の隙を縫って朋子達が対峙する禍蛇へ光を叩き込み、立ち回る影2つ。マルクと、その護衛に回ったベルケルである。既に相当な激戦の気配が感じられるが、さりとて危急の仲間は居ない。一手だけでも攻めに回らんと、彼は動いたのだ。
 流れ弾のように飛んでくるデビルヒュドラの毒をベルケルがいなすと、兵士達と共にマルクが治療し、サポートする。彼を守り、盾に神経を注いだベルケルは思いの外「できる」らしい。
「示し合わせた獣を狩るだけのつまらない男と思えば、存外気張るよう。騙されたようで少し、腹立たしいですね」
「……随分と余裕がありますね。なら、もう少し付き合ってもらいましょうか!」
 ベルケルに指すような視線を向けた猛獣使いは、しかし次の瞬間、腹部に鈍い衝撃を受けた。猛攻を仕掛けた女のうち、茶髪の側を庇っていた小娘だ。ウィズィニャラアムといったか。仲間を庇って動きを止めたとばかり思えば、即座に芯に響く一撃を放ってくる……成程、「美少女」を名乗る痴れ者だけあって実力は本物ということか。
「成程、死を恐れぬなら立派なことだ。ならば、もう少し強く当たるとしましょうか――」
 小娘の細い胴は、しかしそれに見合わぬ堅固さを備えている。なれば、魔力を奪うのみ。奪われ、喪い、堕落する。人間などおしなべてその程度だ。僅かに変質させた右手の爪を叩き込み、もう一撃、と構えた猛獣使いは。
「あ、そうだ老婆心ながら一つ。……これ、結構痛いよ?」
「~~~~~ッ!!」
 次の瞬間、『避けようとしていた』アリアの術式を側頭部に受け、蹈鞴を踏んだ。
 じわりと右腕全体を獣のそれに置き換えた彼を見て、イレギュラーズは口々に「ここからだ」「後少し」と互いを励まし合うではないか。
 何が「あと少し」なものか。何が「ここから」か。この程度で、本性を晒すわけにはいかない。
 猛獣使いは深く息を吐き、反撃に拳を握った。しかし、その拳が振るわれるより早く。
「クハッ、これでも変質(かわ)らぬか」
「であれば百合子殿とやつがれ、そして皆様のご助力を以て」
「その化けの皮、剥がして見せます! お覚悟!」
 百合子、ヒビス、リディアの渾身の一撃が、相次いで突き刺さる。
 じわりじわりと変質していた猛獣使いの肉体が、爆発的な質量増加に耐えきれぬように皮膚が裂けていく。
 頭部が膨れ上がり、奇怪に爆散したかと思えばそこに残っていたのは、狼と猪の凶暴性をかけ合わせたかのような異形の容貌であった。


「Shhhhh……」
「今だ、攻めろ!」
「Iiiiieeee」
「守れ!」
 朋子はたった2つの号令を駆使し、リーモライザの兵士達を巧みに運用してのけた。禍蛇達の個体能力は世辞にも高くはない。朋子の耐久力と守りの堅さを考慮すれば、十分耐えきれる……問題は、彼女ではなく兵士達を狙ったとき。2体かそこらならさしたる脅威でもないが、群れて一人に襲いかかればばかにならない。……何より、猛獣使いの能力か、想定よりも硬いときた。
「かんたンに倒せるなんテ、思っちゃいねェよ」
 歪んだ声を吐き出しながら、レイチェルは禍蛇達を蹴散らしていく。残りわずかとなったことで、朋子と兵士でなんとか止められるだろうが、それにしたってデビルヒュドラがネックとなる。それもヲルトが足止めをしているからマシと言えるが……。
「……で、今の咆哮ってさ」
「あァ、アイツだろうな」
 朋子の問いに、レイチェルは指で指し示す。そこには獣化を終え、イレギュラーズに襲いかかる猛獣使いの姿があった。
「チッ、余裕を無くしたか。アイツを仕留めに行きたいが……」
 ヲルトは猛獣使いにぎらつく視線を向けたが、しかし改めて戦場を見渡し、歯噛みする。
「……朋子、レイチェル。雑魚の掃除が終わったらこいつらの足止めを頼む。アイツを一発でも殴らなきゃ気がすまない」
 暫くの逡巡の後、絞り出すように吐き出されたヲルトの言葉に2人は無言で頷いた。マルクの助力もあるとはいえ、ヲルトはほぼ1人でデビルヒュドラを足止めし、運命の加護に頼った上で傷を増やしている。彼の献身に報いる準備と余裕を、既に2人は得ているのだ。
「僕が領民の皆を死なせない。だからヲルトさんは決着をつけてきてほしい」
「……だ、そうだ。文字通り畜生に成り下がったヤツの始末は任せた」
 マルクの言葉にあわせるように、ベルケルは冗談めかした笑みを魅せる。浅からぬ傷跡が除くが、いずれもマルクの奇跡により癒えている。そう簡単に死にはすまい。

「強敵を前にしてこそ、地を踏む脚に力が入る……それが美少女ってもんでしょう!」
「然り、化けの皮が剥げた優男などおそるるに足らず! 吾の見せるに相応しき相手よ!」
 獣の姿を露わにした魔種に対し、ウィズィと百合子は尚も余裕ありと笑う。美少女としての有様が、強敵を前に喜びを見せているのだ。生傷の増えたウィズィの笑みは、それが本領の証であるかのように獰猛さを増し、猛獣使いに真っ先に倒さねばならぬ敵だと思わせる。
 ……そうでなくとも、群れ集まれば悪夢じみた敵ばかりだというのに。
「これから死ぬ連中にしては勇ましいが、所詮一線を越えられぬ愚物共! 私の力に、敵う筈無し!」
 猛獣使いはひときわ強く吼えると、ウィズィめがけ爪を振るう。先程にも増して鋭いそれは、おそらく彼女の腹筋ですらも切り裂くだろう。……当たるなら、だが。
「狙いましたか? そこの駄目な蛇ともども、もう少し頑張ってほしいものですが」
 くい、と指を向けて挑発した彼女に、猛獣使いと、そしてデビルヒュドラの一部は一層のいらだちを覚えた。
 それが術中にハマっているとわかっていても、感情は理性に優先されるのだ。
 怒りに意識を持っていかれた猛獣使いは、しかしいま一度と振るおうとした腕が上がらぬのを自覚した。視線を移せば、先程とは全く異なる術式を――呪いの調べを紡ぐアリアの姿があるではないか。
「ここからが私の本領発揮!  もう何もさせないよ!」
「小癪な――」
「さぁ、どちらかが先に倒れるまで、真っ向勝負といきましょう……根競べであれば、負けませんよ!」
「やつがれも、ウィズィ殿に守られた恩をここで全て報いましょう」
 リディアの強烈な一撃、それに重ねるように繰り返し打ち込まれるヒビスの拳撃は、それぞれの打撃力よりも回転力による『避けにくさ』がその余裕を削り取る。
 つまり、このタイミングで攻撃を受ければ『避ける』という選択肢は、無い。
「随分と余裕が無くなったようだな。そんなお前の攻撃は当たらない」
「糞、ガ……!」
 ヲルトの足音が猛獣使いの脳を揺らす。目の前にいる、猪口才な奴隷一匹にすらその爪牙が届かない。屈辱とはここにある。敗北とはその音だ。彼は怯えた。『怯えてしまった』。
「ユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリユリィーーーーッ!!!!!!」
 美少女の前で踵を返した者は、敵ではなくただの的だ。然らば、百合子の拳が外れる道理はない。
 最後の一撃で腹部を貫かれた獣は、そのまま後ろへ崩れ落ちた。
「よく耐えてくれました……! さぁ、あと一息ですよ、頑張りましょう!」
「全隊、死なない程度に――攻めきれ!」
 リディアの声に、朋子の大号令が重なる。敵の首魁を討ったイレギュラーズ側の勢いはいや増し、指揮統制を失ったデビルヒュドラは一層の弱体化を強いられる。この戦いで、兵の命が失われる道理はここに潰えたのだ。
「とりあえず、この戦場は抑えたということかな」
 未だ怪しく光る空は、しかし彼等の足取りを止めることはない。その場に残って戦列を支えるヒビスらを背に、彼等は決戦へと赴く。

成否

成功

MVP

ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌

状態異常

ヲルト・アドバライト(p3p008506)[重傷]
パーフェクト・オーダー

あとがき

 お疲れ様でした。
 リプレイだとなんか強者で最後まで粘りましたみたいなツラしてる猛獣使いですが……その、まあ。結果は推して知るべしな感じでした。
 デビルヒュドラの辺りに手数少ないかな? と思いましたが言うてめっちゃウィズィさんに引っ張られてるんでそんなこともなく。
 想定よりは被害少なめ、パンドラ減少も(重傷込でも)相当少ないと思います。お疲れ様でした。

PAGETOPPAGEBOTTOM