シナリオ詳細
<ヴィーグリーズ会戦>妄執にサヨナラを送ろう
オープニング
●
空の茜に見下ろされて、その屋敷はひっそりと隠れている。
切り立った丘の下にあるそれは、斜面を背中にした南向きを入り口としていて、今時分は丁度、地平線に落ちていく陽を眺めていられる場所だ。
横と奥に長く広い平屋造り。左右を積んだレンガ壁で挟み、正面に鉄柵の門を取り付けて、来客を拒む用にして在る。
そこは幻想中部、ヴィーグリーズの丘と呼ばれる地の一角だった。
知る人しか知らないこの場所では、今、二つの動きが生じている。
一つは、敷地に対して七割を占める庭部分で、多数の人が行き交う動きだ。外部から来たであろう荷馬車を整列させ、降ろした物を屋敷に入れるでもなく外で開封をしている。
「……いよいよですね」
もう一つは、それを屋敷内から眺め、満ちていく緊張感に話をする者達の動き。
「我等、ミーミルンド派の貴族が、ついに幻想を獲る時です」
壮年の男性が言う。窓から身を離し、会議用の広間に置かれた円卓、その上座に着き、集う顔触れを一度見回して一息。
「計画に"多少"の狂いはありました。ですが、今となってはどうでもよろしい」
「おぉいおい、よろしいってこたぁーねぇだろ男爵」
男爵と呼び、異を唱えるのは髭面の老人だ。
額から右頬へ走る傷痕は古く、歴戦を思わせるオーラの男は、全然よろしくねぇ、と再度続けて言う。
「用意してた手勢だって無限じゃないんだぜ? 魔物にしても、奴隷にしても、なぁ、おい?」
こつこつと指で卓を突つき、ニヤリと笑う顔に愉快さは無い。
端的に、苛立っているのだと、その場の誰もが理解していた。
「落ち着きなさいエネル殿、そう態度で示さずとも我々全員、漏れなく怒り心頭なのは同じ事……このレスティ、手持ちの奴隷の九割は減らしてしまいましたからねぇ」
「王家や三大貴族だけならまだしも、イレギュラーズという存在もあった故。我等以外の同志達含め、余力も無く。しかし、それでも――」
「ええ、それでも。
よろしいのですよ、レガート様」
フレームレスのメガネを押し上げる青年はレスティと名乗り、言葉を引き継いだ短髪の女性はレガートと呼ばれる。
答えを出した男性は再度、三人を見回して、一息。
「劣勢は、敗北ではありません。確かに我等は今、追い詰められ、あまつさえ攻め込まれる寸前の所です。ですが……いいですか?」
自信に満ち溢れた笑みを浮かべて、彼は言う。
「こちらには巨人に加え、古代獣の軍勢が丘に布陣されています。真正面からのぶつかり合いとなれば、単純な戦力でこちらが上でしょう。更に言えば、巨人の長も加勢してくれるとのこと」
「おお、フレイスネフィラ殿か!」
「然り」
それは、彼等にとって吉報だった。その名と力があれば勝利は間違いないのだ、と。
信じられる程の安心感がそこにあるのだ。
「並ぶもの無き剣の使い手、轟刃のエネル。
放つ一矢は竜を墜とす、疾風射手レスティ。
穿つ穂先を認める者無き、瞬迅レガート。
そして私、焦熱のシヴォンと……」
男――シヴォンが、自らの名乗りの後に指し示す。
円卓の下座で一人、座ったまま微動だにしなかった青年だ。
「彼こそは真なる勇者。暗君が祭り上げたお飾りではない勇者真打、ツェル・ド・コンニアです!」
それはかつて、偽物の勇者として扱われた者。
一度は身分を落とし、しかしこの度ミーミルンド派の門を潜った勇敢なる男。
頂点と奈落を味わった彼は、伏せていた顔を上げ、閉じていた瞼を開くと、静かに微笑んだ。
●
青空の下、大きな天幕がある。
浅い芝の平地に設営されたそこは、活発な往来がありつつも静かだった。
来る者も行く者も表情は硬く、滞在する者は落ち着かないのか身を揺らしている。
「見て」
そして天幕の中、通風の開口に身体を向けた『情報屋見習い』シズク(p3n000101)が声を上げた。
「ここから先が、ヴィーグリーズの丘。ミーミルンド派の貴族が集結している、決戦の地だ」
「……遂に黒幕達との決着ってわけね」
強張った声で応える『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は、浅い溜め息で緊張を整える。
……いい感じ。
張りきらず、緩みすぎず。
調律としては上出来だと、そう感じるリアはしかし、不思議に思うことがあった。
「それで? あたしが名指しされた理由がまだ説明されていないけど」
王家簒奪を目論み、魔物の頻出、レガリア盗難事件、奴隷市、領地襲撃と数々の謀略を引き起こした貴族の集まり。その勢力とのぶつかり合いに於いて、名指しで召集されたリアだ。
この場には他のイレギュラーズも居るが、他の拠点と比べればその数は少ない。
「陰で動くものが居るかもしれない」
「え?」
「と、そう君が気にしていたのを知って、動いた者がいてね」
それは、不正に勇者の擁立を企んだ貴族を捕まえた時。
もしかしたら、程度の可能性を考えた話だ。
しかしそれを本気にして、わざわざ探りを入れて来た男がいた。
「あ、来たな暴力シスター、おせーっつーの」
「貴方……!?」
入り口の幕を押し上げて入ってきたのは、事件の時にリアと行動していた偽勇者だった。
「彼がミーミルンド派に取り入って内情を探り、貴族の拠点を明らかにした。だから私がイレギュラーズに伝えるのは、丘での戦いではなく、直接敵の懐に飛び込む作戦だ」
「ああ……まあ……正直何言ってんのかわかんなくて半分寝てたけど……奴らの動きなら解るぜ」
まず第一に、その一派は明朝出立する予定だ。
丘の戦場にて魔物と合流する算段の為、そこにいるのは人間の兵隊のみ。
「先頭で引っ張るのは轟刃? のエネルとかいうジジイだったな。90人くらいの私兵を率いて行くって話だ」
前線で暴れまわり、士気を上げる目的なのだと偽勇者は言う。
それから遅れて、三人の貴族が出立する。
「弓を使う男と、槍を使う女と、魔法を使うオッサンだ。レスティ、レガート、シヴォン、つったっけな、そいつらが護衛何人かと一緒にな」
「やる気あるのか無いのか解らない記憶力ね……」
「そんなんバリバリあるっつーの! いいかぁよーくきけよ?」
指を立てた彼は強気にへへっと笑い、
「エネルって先走りジジイと兵隊は俺達がやる。セキエイの自警団や兵士に声掛けたら、二つ返事で乗ってくれたぜ」
「――はぁ!?」
「おっと勿論、お前んとこの坊主は置いてきたぜ。ふ、気遣いの出来る男だろう俺!」
……そういうことじゃないわよ!
叫びたくなる感情を抑えて、リアは息を整え、そして考える。
自領地の戦力も、遠征として割ける数は十分にあるのだ。それが、将一人加えた敵陣とぶつかり合う。
「ざっと目算で――ま、50人は集まるだろ」
「……その間に、後ろの三人を叩け、って事ね。この拠点の後ろ……斜面で勾配はキツそうだけど、あたし達なら降りれない訳じゃない」
悪くない、と、そう思う。
「俺は、俺のしたことのケジメを付ける。あんたは、あんたらにしか出来ない事をやればいい」
「うわ生意気……でも、いいわ、あたしも乗って上げる。もう幻想で、下らない騒ぎを起こせない様にね!」
こうして、丘での決戦とは別の戦いが、始められた。
- <ヴィーグリーズ会戦>妄執にサヨナラを送ろう完了
- GM名ユズキ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年07月06日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
その日、夜明け前は最も闇に満ちていた。
月と星は輝きを失って、世界は昇らない太陽を今か今かと待ち焦がれる。
ヴィーグリーズの丘に集う者達は、そんな中で身支度を行っていた。
横に五列、縦に十人程の型を整えた彼らの装備は簡素だ。肩当ての無い丸みの軽鎧は脚までをカバーするタイプで統一されているが、腰や背中に固定している武装は各々で違う。
前衛と後衛の役割で別れているからだ。境界線は大体、真ん中の一列からで、微妙に間隙もあるのは、解りやすく意識するためでもあるのだろう。
「精鋭と言えど、数じゃ負けてるわけだが」
と、不意の発言に彼等の顔がそちらへ注視する。言ったのは『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)だ。はち切れそうな巨躯の白軍服姿に、それらは怯むことなく睨みを効かせる。
自分達では不足なのだと、含みがあると捉えたからだ。
「なに、無駄に気を張る必要は無い」
だが、違った。
「制するのは俺達の仕事だが、その成功にはお前さん達の力が不可欠。この戦の要は、そっちなのだというのは、自分達が一番理解しているだろう」
軍人であるエイヴァンが言葉に含ませているのは、それを任せるに足る戦力と思っている。そういう意味合いだ。
……上手い鼓舞だ。
一人、離れて観ていたツェルは、その流れに口端を微かに上げる。兵士というより荒くれに似たセキエイの戦力達は、これからの戦いに力みがあった。それを一度自分に集め、信頼を見せる事で緩めたのだ。
存外こいつら、素直な頼りに弱いんだろうな。
「たくさんの人達の笑顔の為に。ここにいるみんなが、一緒に笑顔で明日を迎える為に。わたしも全力で、頑張るから!」
握った両拳を胸に掲げる『一番の宝物は「日常」』セリカ=O=ブランフォール(p3p001548)の続けた言葉には、彼等は笑顔すら浮かべる。
「はは、任せろよお嬢さん! どうだいこの戦争が終わったら俺と……」
「それ死ぬ奴の台詞だからどうぞ僕とですね」
「あ、あの、えーっと、二人ともごめんなさい」
少し、素直すぎるのかもしれない。振られた二人を揶揄う、ふわっと広がる雑談の種が賑やかしになってしまったのは、困ったな、とも。
「――貴方達は、元は殆どが盗賊だった」
だが、静かな一言でそれは止まる。
「でも今は、違うわね」
『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)の声だ。
「砂蠍の残党を何度も退け、竜種の襲来すら力を合わせて退けた」
彼女は、彼等の力を知っている。
「いい事? 貴方達は勇者よ。この戦いが、勇者に纏わる物であるのなら、貴方達一人一人が勇者だわ。
勇敢に戦い、そして絶対に、生き残りなさい」
彼等は、彼女の本心に気付いている。
来て欲しくなかったのだ。命に関わる危険な戦いに、参戦して欲しくなかったのだ。それでも、来てしまったのなら、どうか生きて欲しい。
「我等、優しき領主の為、貴女が望むままに」
「応。その命を全うすると、誓ってやるぜ」
そんな人だからこそ応えてみせると、意気が上がる。
「……絶対、死ぬんじゃないわよ! 全員で勝って、スラム街で盛大にお祭りしてやるんだから! そこのツェル、貴方もよ? 絶対逃がさないから……覚悟を決めてよね?」
拳で自らの額を小突き、振り払ってリアは叫んだ。その矛先が自分に向かった事にツェルは面食らい、視線をさ迷わせて、頬を掻きつつ、頷くしかない空気に首を縦にする。
「……こういうとこだよなぁ」
「リア……そういうとこじゃぞ……」
「良いこと言ってたつもりなんだけど私、非難されてる……?」
ツェルはともかく、友人である筈の『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)にまで半目を向けている。その事に解せないと言いたげなリアを置いて、動きは再開していく。
「夜明けだ」
白み始めた空の果てに、『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は目を細める。
「ええ、始まりです」
それは戦争の幕開けを告げる合図でもあった。『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は、改めて兵士達の姿を一瞥。
「貴方達を、信じます」
命を張る、その覚悟を肌で感じている。常人では出来ない心構えだ。だからこそ信を置けると、彼女は思う。
「ま、なんつーかよ」
そしてニコラスは、あくまでも軽めに言葉を吐いて、黒の巨剣を肩に担ぎ、吐息で笑って。
「そっちは任せたぜ、勇者ども」
彼等はそれぞれ、決戦の地へと歩みを進める。
●
「私達の立っているここが、岐路となります」
陽の光を仰いで、男が呟いた。拠点としていた屋敷は静かで、初めから何も無かった様に空っぽとなっている。
「いえ、無かったことになるのです」
隠れ、潜み、裏でしか生きられなかったこれまでとは違う。
これから自分は、幻想の首都で、城で、大勢の者に仰がれる地位に就く。
「そうでしょう、レスティ様、レガート様」
「シヴォン殿、浸るには速すぎませんかねぇ。エネル殿は気が速すぎて軍を連れ出立してしまいましたし、ねぇ?」
矢を指で弄ぶレスティは、天から落ちたシヴォンの視線を受けて苦笑いする。
先んじて戦場の魔物や巨人と合流し、戦いの流れを押し込みに行くという作戦は、勇者からもたらされたモノだ。ダメ押しとして勇者パーティが敵陣を切り拓く活躍を魅せるのがいいと、そういう理由を語られてこうしているのだが。
「その勇者……遅いですよねぇ」
「裏切った、あるいは逃げたと?」
来る筈の男が来ない。故に、エネルを追って彼等は出発が出来ないのだ。
「いえいえそんな。ミーミルンドに連なる我等、戦に負ければ一族郎党消される運命……土壇場での反逆は破滅と同義です」
だから来るだろうし、それでも来ないのであれば、勝利の後で探し出し粛清すれば済む。
それだけの話だ。
ただ。
「なんとなく、嫌な気配も――」
予感とも言えない寒気を覚えた瞬間、それは来た。
「ははなる うみへ すべてをゆだね」
「な」
歌だ。聴こえたと思ったその瞬間に、気付く間もなく膝を折らされる、魔の歌。
自分達を害する意思を持ったその力は、
「敵襲……!」
紛れもなく、敵の接敵を示していた。
「……!」
飛び降りるイレギュラーズ達は、一つの事に留意していた。それは、歌うクレマァダより先に落ちない事だ。
彼女の声に籠る魔力は強い。
それを遠慮無く放てるように、邪魔をしない為にと、各々が用意した飛行手段で一拍の滞空をしていた。
「敵襲だ!」
完璧に虚を突いた。だがイレギュラーズの着地が為されるより速く動いた者がいる。
「ローレット……国の走狗共め!」
槍使いのレガートだ。
警鐘の言葉で魔声を軽減させ、一足翔びで一速く落ちるクレマァダを仕留めに掛かる。
「理想通りとは行かないか、仕方ないね!」
柄のしなりで鋭さと重さを兼ねた穂先は叩き付けの勢いで振るわれる。それを阻止すべく、『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は宙を蹴って加速した。
割り込む位置へ体を飛ばし、得物と得物をぶつける形で迎撃。衝撃の瞬間に、再度の跳躍で押し返しの勢いを加えて弾く。
「喰らえ!」
続け様に放つのは上下に割けた黒の咆撃。噛み付けば砕く、逃れられない直死の攻撃だ。
「レガート様!」
しかしそれを阻む様に魔方陣が現れた。拮抗するのは一瞬で、容易く破壊される程貧弱だが、難を逃れるには十分な時間稼ぎだ。
「いいわ、関係無い!」
空中の加速でリアが行く。レガートへの対応は、こちらとしては仕方無くの動きでしかない。
本来の目標は、真っ先に潰すべきだと宛を付けていたのは、
「ここで獲る、焦熱――!」
「イレギュラーズ……!」
魔術師である男だった。
流星のように、リアは往く。銀の剣を先頭にして、ただ貫くために墜ちる。
――届く。
「いかん、リア!」
手応えの確信を抱く思考に割り入るクレマァダの声は、リアに刹那の動きを与えた。目視したのでも、気配を感じたのでもなく、ダメと判断した声への信用で、体勢を崩して自ら吹き飛ぶ。
「……っチィ!」
その足に、矢が突き立った。レスティが放った一矢なのは直ぐに理解出来る。
「後から射って届くなんて、ね」
最速に容易く的中させるその実力もだ。受け身で落ちたリアに追撃を加えようと、自主的に動く護衛の動きも相当に手慣れていて、
「護衛か、良いだろう」
止めなければ。
状況をそう判断した『名を与えし者』恋屍・愛無(p3p007296)は、打ち合わせ通りに行動を起こす。
「動くが良い。僕の爪から、逃げ切れるモノならば」
着地からダッシュまでのロス無く移行し詰め寄り、敵の狙いを自分に向けさせるのだ。重要人物である三人の貴族を護る者達を、自由に動かせない為に。
接近と共に、鋭く伸ばした五爪を開いて斬撃にする。
「させはせんぞ邪魔者が!」
まだ体勢の整わないシヴォンを護る二人が、魔力障壁を具現化させながら前へ立つ。袈裟の軌道で繰り出される爪に一人が壁をぶつけ、
「っ、へぇ」
上側へ弾かれ、上体を曝け出す形となった愛無の胸へ障壁がぶちこまれ、身体が回りながら飛ぶ。
「落ち着くのだ守護者、役割を忘れるな」
「はい!」
追撃へ逸り動き出しそうな脚を、レガートの声が制する。護衛の動きはほぼ回復したと見ていいが、その隙にリアは片足跳びで戻った。
「……難しい、相手ですね」
「ああ、優秀だな、全く」
奇襲のアドバンテージは活きている。ただ、護衛を引き剥がし、厄介な相手から叩き潰すという狙いがハマり切らなかった。
「道を作ります、エイヴァンさん」
「解った、任せろ」
しかしそれは、予測の範囲内。だから、次の動きだ。
「行きます」
細身の片刃剣。柄の尻に握りを込め、シフォリィは障壁を維持する護衛へ迫る。同時に、エイヴァンも狙いを定めていく。
「オオ……!」
獣の雄叫びを漏らし、大盾の先で地面を削りながら進む。それは、シフォリィとは別の、しかし複数の護衛に存在感を刻み込む気迫を背負っていた。それは、冷静だったレガートに、焦りの感情を与えることにもなって、
「援護だ守護者! 奴は今、ここで殺れ!」
複数の攻撃が、囲むようにエイヴァンを狙う。
「易々と通るとは思っていない。が、易々と抜かせるとも思うなよ……!」
それらは魔力弾だ。誘導か、または操作可能な、複雑の術式で編まれている。
エイヴァンが振るう力任せの盾に弾かれ、しかし勢いは衰えずに急な角度で再射出。体毛を貫き、鮮血を舞わせた。
「お」
だが前進は止まらない。
「オオオオ――!」
攻撃してくるわけでもなく、負傷を気にせず突っ込んでくる威圧感は、貴族派の動きを言い知れぬ恐怖で一瞬止めた。
「畳み掛けますよ」
「!?」
護衛は、障壁を叩く痺れに我へと返る。視線を向けた瞬間に、さらに痺れ、その正体を見た。
「一突き、行きます」
シフォリィの剣だ。遊びの様な小突きが、雑に障壁へ挑んでいる。
「舐めるな!」
その刃が、肩の高さで水平に引かれた。渾身の一撃が来るとわざわざ予告しているような動きに、護りを任された彼は怒りを覚える。
それなら、完全に防いでやろう。
そう考え、ありったけの魔力で硬化させた分厚い壁を前面にし、
「は」
構えを取った途端に意識ごと吹き飛ばされた。
●
その時を、二人は待っていた。
逆手にした魔剣を縦に突き出して、精神の集中を高めたセリカ。
爆発的な強化の一歩手前、踏み締める様にして丹田に力みをいれるニコラス。
クレマァダの初手から、敵の気を引き付けるエイヴァンの流れをただ待ち、そしてシフォリィの強烈な一撃で吹き飛ぶ護衛がシヴォンの足元へ転がっていくその瞬間。
「光、弾けて!」
視界を焼く閃光が、倒れる護衛を基点に広がった。
それはシヴォンを、レガートを、護衛を四人も巻き込む。勿論シフォリィとエイヴァンも範囲内だが、セリカの手に委ねられた力は仲間だけを害さない。
「どんだけ堅かろうがよ」
二人は、待っていた。
「まとめて貫いちまえば、守りなんて関係ねぇよなあ!」
それぞれの一撃が効率良く、そして最大の効果を発揮する瞬間を。
「ぶち穿つ!」
光に焼かれ、一列の並びの前にニコラスは立っていた。その直線上を、ひたすらに貫く魔弾は、壁と纏めて標的を過たず捉える。
「ガッぁ」
「シヴォン殿!?」
腹部に出来た空白は、男の膝を地に着けた。意識の刈り取られた瞳は光無く、そのまま上体も倒れ伏していく。
「ふざけるな」
しかし男の意志は未だ、死んではいなかった。この戦いでイレギュラーズ達の多くは、相手を殺さないと言う思考が片隅にあって、急所を撃ち抜く様な致命の一撃が無かったのだ。
だから、
「ふざけるなぁ!」
叫び、シヴォンが行くのは、身体の先にあったヴェルグリーズだ。最早身体は、一直線にしか進めない。
「押し通る!」
彼はそれに真っ向からの打ち合いで応える。奇襲でも使用し、しかし会心とはならなかった黒顎を形成。
「――!」
投げ付ける様に渾身の塊を放つ。シヴォンを丸ごと呑み込む漆黒は、潰す水音を発して閉じられた。だが、その次の瞬間、ヴェルグリーズの眼前に赤光が現れる。
「タフ過ぎじゃろ貴様」
それはシヴォンが突き抜けた証。両腕に纏う焔で殴り抜いたのだ。咄嗟に防御の構えをしたヴェルグリーズの前身を焼いたそれに、クレマァダは呆れたように呟いてから行く。
抱擁する動きを伏せて潜り、緩く開いた掌を鳩尾へ当て、通す。
「グボッ」
肉の内に入る衝撃に、男の口から濁った血が吹き出した。
だが未だ。
「ま、だ、だ」
四肢を焼失させる程の火力を自身に与え、クレマァダもろとも自壊する余力がある。
「ミーミルンドが、カつタメにィ!?」
死んでも敵は殺すという意志だ。
焦げ付き乾く身体、呼吸器系が焼かれる感触にありながら、クレマァダは。
「天晴、と言ってやる」
並べた両掌を胸に叩き込む。体内に溢れていた焔が衝撃で弾け、シヴォンを爆散させた。
きっとそれが、彼等なりの覚悟だったのだろう。
実質的なリーダーを失って、護衛も半分まで削られて、それでも勝ちを意識した戦いを続ける敵を見て、リアはそう理解した。
「疾く投降したまえ。素直に殺してやる程、僕は優しくない」
「断る!」
愛無の言葉に耳を貸そうとはしない。致し方無しと放つ狂気を含んだ絶叫にも、無理を通して進もうとしてくる。
「死が力になる奴らだった、ってことか」
「やれやれ、喰いもしないモノは殺さぬ主義なのだが僕」
「……言っても聞かない、とは思ってたわよ」
根幹の部分で間違っている相手だ。しかし、この戦いに全てを懸けた想いは、余りにも真っ直ぐだった。
「けれどそんなんじゃ、たくさんの人達の笑顔には繋がらない……一緒に頑張れる、きっとみんなで笑顔に、ならる道が、あるはずなのに」
それを見て、セリカの様に割り切れない感情も、人は抱くかもしれない。
「それでも事実、国へと反逆している以上、拒むと言うなら容赦は出来ません」
シフォリィの様に、高潔さ故の厳しさで相対するのも正しいのだろう。
「戦、じゃからな」
様々な人の、様々な思惑がぶつかり合う。行き着く所まで行き着いたこの場所で。
「止まらねぇ、止められねぇなら、俺達が止めてやるしかねぇだろうよ」
●
「残りの護衛は俺と愛無殿が対処する!」
シヴォンの次に倒すつもりだったレスティの護衛二人が健在である以上、その抑えが必要となる。
ヴェルグリーズが言うか速いか、愛無の身体は剣を携えた相手の前にあった。
「狙いが解っていて殺らせると思うか……!」
「ああ、思うね!」
当然レガートはそれを阻止しようとする。だが、行く手を阻むのはエイヴァンだ。槍の攻撃は重いが、盾と斧を構えた巨躯を相手にするのは、シンプルに相性が悪い。
「おのれ、イレギュラーズ!」
神速で放たれる正確無比な一矢。だが正面からでは、その力は活かせるはずもない。
「私の奴隷を奪い、地位を奪い、なお飽き足らず夢すら潰すかぁ!」
紡がれる悪態も既にただの逆恨みと化し、怨恨の隠った矢はシフォリィの剣に真正面から割断される。
そして、更なる踏み込みから一太刀。
「今更派閥争い等にかまけるほど、暇ではありませんので」
上段からの真っ直ぐな攻撃に合わせ、
「その在り方は、好ましくねぇな」
ニコラスがすれ違い様の撫で斬りが両断した。
「レスティ殿!」
「あんたの相手はこっちでしょ!」
明らかな絶命に、レガートの逸れた注意をリアが引き戻す。
「そこを退けぇ!」
穂先で肉を抉る突きに、銀剣を添わせて急所を外し、肩を裂かれる。最初に負った脚の傷も合わせて、リアは不利になっている筈だった。
「なぜ追い付かれる!」
だが実際は違う。最初は反応出来なかった動きを、今は完全に捉えている。追い込まれてこそ真価を発揮するタイプだ。
「く、そぉッ」
その焦りが、大振りな攻撃を誘引させてしまい、
「俺を忘れるなよ!」
エイヴァンの斧が、槍を破壊する機会を与え、
「これで、終わりよ」
銀の閃きを以て、幕引きを為された。
●
セキエイの兵士達は、遠く、黒煙を見た。
それは彼等の領主と仲間が、目的を達成した合図だ。
同時に、敵対していた兵士達も、その光景を見る。
信じていた、自分達より強かった者達が負けた。
その事実を受け止め、あるいは認められず、しかし戦意を失って崩れ落ちていく。
「終わったか」
「ああ、俺達の勝ちだ」
その中で、ツェルは膝を付いている。その前には、両腕を失ったエネルの姿もあった。
「直にアイツらが来る。投降するなら、兵士達は殺されはしないさ」
「だろうな……だが国は、我々を許さねえぞ。俺も、お前の一族も、ミーミルンドの系譜が今後どうなるのかわからん」
「かもな」
それはこの戦いを終えた話。まだ丘にいる巨人や魔物をも駆逐し、勝利を得たその後。
「地獄で、先に待ってて、やるよ、勇者さまよ、ォ……」
上がる勝鬨と、勝利を伝えるイレギュラーズの帰還を以て、この地の争いは終結を迎えた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
こちらの戦いはこういった結末でした。
敵にも救い様の無い奴とか歪んでるけど真っ直ぐ捻れた性格の奴とかいるといいなぁって思いました。
ご参加ありがとうございます、また機会があれば、よろしくお願いいたします。
GMコメント
お世話になっております、ユズキです。
今回の補足は以下。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
敵の実力に不透明な部分があります。
●依頼達成条件
ミーミルンド派の貴族達を倒す。
●現場
ヴィーグリーズの丘、その一端に構えられた拠点。
背後には高低差20mの直角に近い斜面。
●状況
拠点から出撃した敵勢力、轟刃のエネル率いる兵士達90人と、イレギュラーズに協力する勢力、元偽勇者ことツェルとリアさんの領地、セキエイから駆け付けた兵士50人が戦闘しています。
離れている為、拠点で出撃準備を終わらせている貴族達には、未だ気付かれていません。
●出現敵
【疾風射手レスティ】
弓による中~超距離を得意とする青年。
【瞬迅レガート】
槍による至~近広範囲を得意とする女性。
【焦熱のシヴォン】
炎魔術による至~遠距離を得意とする男性。
【護衛】
三人の貴族に二人ずつ付いています。
それぞれが苦手とするレンジを埋める目的で配置されており、レスティには近距離得意が、レガートには遠距離得意が、シヴォンには魔術発動を補助する守護が、という感じです。
●士気ボーナス
今回のシナリオでは、味方の士気を上げるプレイングをかけると判定にボーナスがかかります。
以上、幻想を騒がせた者達と決着を付ける一つとなります。
よろしくお願いいたします。
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