PandoraPartyProject

シナリオ詳細

其は名も無き御伽噺

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――あの無限の如き森の中へ、ただ一人で足を踏み入れちゃいけないよ。

 ――木々は君達を惑わし殺し、彼の国の民と出会わなくば、きっと生きて帰ってなんてこれないんだから。

 ――さぁ、あの大きな樹の下までいこう。森が君達を待っている。

 ――君達を呑み、暗い、さざめくように笑いながら、君達が死んで溶けて還るのを待っている。

 ――さぁ、森の中に住まう美しき森の民よ、どうかこの子を見つけて頂戴。

 ――あなた達の足元に眠るこの子の事を。

 ――さぁ、高き木々よ、この子を見つけてかえして頂戴。

 ――まだ幼いこの子はあなた達に殺されてなるものか。

                        ――――出典不詳、ラサ・アルティオ=エルム国境に詠う。


「スティアさん、ようやく、ご報告いただいていた『彼』の調査に進展がありましたよ」
 ローレットの情報屋アナイスに呼び出されたスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は、顔を見せて直ぐにアナイスからそう告げられた。
「彼って……もしかして」
「はい、三ヶ月ほど前ですか。植物で出来た男のような声をする純正肉腫の足取りについてです」
 とある事件で遭遇し、『名などない』と言い切って逃亡したその純正肉腫の足取りについて、スティアは調査を願い出ていた。
「ええ、足取りについて……と言いますか、正確には『何故その純正肉腫が名などないと言い切ったのか』、ですね」
「どうしてだったの?」
「えぇ、当初は名を知られては困るからとも思っていたのですが、名前なんてないというのではヒントが無い。
 ――というのは事実なんですが、もしかすると逆なのではないかと思ったのです」
 アナイスが続けた言葉にスティアは首を傾げた。
「ザントマンは『ザントマンという奴隷商の御伽噺』でした。
 ――つまり、『そもそも名前が付けられていないような御伽噺、或いは概念のような物であれば。』
 その純正肉腫には果たして名前があるのでしょうか、と」
 そういうとアナイスは1枚の資料をスティアに差し出した。
「森への名も無き恐怖――それこそがあの純正肉腫の正体です。
 そして、そう仮定して調査をしなおしたところ、アルティオ=エルムの南東部に小さな森が新たに広がっていることが分かりました。
 迷宮森林より分離し、植物が自生しないような砂漠の中に。十中八九、この純正肉腫によるものでしょう。
 その森の中心部にあったとされる村で詠われていた童謡が、その資料の歌なのです」
 言われてから、スティアは視線を資料に落とす。
 確かにそこには、出典不詳とされた詩が記されていた。
「調査して、何もなければそれでよろしいですし、もし中に彼がいれば、戦闘により討伐してきてください。
 詩の内容から考えるに、迷わないように注意が必要かもしれませんが」


 ――名などない。
 ――名などないのだ。この身には。
「――忌々しい、忌々しい、犯してやる。くろうてやる。冒してやる。
 少しずつ、必ず……必ず」
 それは窪んだ洞のような眼?らしきの部分を北西に向ける。
 そこに広がるは、大森林。豊かなる迷宮の森。
 振り払っても振り払っても絶えずソレへの憎悪は尽きない。

GMコメント

 さて、そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 深緑において、純正肉腫が再発見されました。
 ぶち殺してやりましょう。

●オーダー
【1】毒性森林の踏破
【2】純正肉腫『名も無き呪い』の討伐

●フィールド
 名も無き呪いによって生み出された小さな森です。
 中央に存在する村落の跡にはかつて人々であったであろうミイラが多数見受けられます。
 中は複雑怪奇な迷宮のようになっており、実際の規模感である『半径70mほどの円形状』よりはるかに大きく感じられます。
 油断していると前後不覚に陥り、脱出が困難になりかねません。
 毎ターン開始時にBS判定が起こり、抵抗に失敗すると1Tの間【足止め】【泥沼】が発生します。

●エネミーデータ
・名も無き呪い
 名前のない純正肉腫です。
 枯れ木が人間の姿をしているかのような形態をしています。
 物攻、命中、EXAが高く、反応、HP、防技、抵抗は並み。それ以外はやや低め。

<スキル>
樹槍(A):腕を樹木の槍のように変えて対象を貫きます。
物遠貫 威力大 【万能】【致死毒】【致命】

樹爪(A):腕を爪のように変質させ、対象を切り裂きます。
物至単 威力大 【致死毒】【感電】【麻痺】【スプラッシュ2】

波打つ樹枝(A):自らの身体から無数の枝を波のように放出し、範囲内を抉り取ります。
物超扇 威力中 【万能】【変幻】【邪道】【追撃】【スプラッシュ3】

大地冒す大樹(A):体の一部を大槌のように変質させ、大地に叩きつけて衝撃を加え、大地の生命力を奪い取ります。
物自域 威力中 【飛】【ブレイク】【攻勢BS回復】【HA回復】

望まぬ恩恵(P):
【背水】【反】【復讐】

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 其は名も無き御伽噺Lv:30以上完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年06月25日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
サイズ(p3p000319)
妖精■■として
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
グレン・ロジャース(p3p005709)
理想の求心者
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者
マヤ ハグロ(p3p008008)

リプレイ


 鬱蒼とした木々は空を覆い、木漏れ日は周囲を見せる程度。
 曲がりくねった木々は方向感覚を失わせ、不安感のようなものをあおる。
 足場は砂が多く、それだけが異質にここが『砂漠の只中にある』と知らせてくれる。
「森が、おそろしいというのは、わたしにも、わかる気がしますの。
 ……ねじくれた木々が、どことなく、不気味なものを、感じさせますの。
 ……まるで、海面まで埋めつくす、ジャイアントケルプの林のように」
 緩やかに空中を行く『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は周囲を見ながら行く。
「人は得体の知れないものを恐れます。
 故に、それを克服しようと恐怖の対象に名を与えたり、お伽噺に擬えたりします。
 ザントマンも然り、この森然り……」
 葬送の鐘を持ち、『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)も同じように周囲を見ながら頷く。
「でも……おそれていては、きっと、肉腫に、力をあたえるだけなのでしょう……
 ですので……わたしなら、やれると、信じてみせますの!」
「えぇ、そうですね……私達ならきっと出来るはずです」
 ノリアの言葉にクラリーチェが同意を示す。
 クラリーチェは視線を巡らせ自然会話を試みる。
(そもそも『名もなき呪い』が生み出した森ですから正確な情報は得られないやもですが)
 木々に向けた問いかけには、なにも返答のようなものを感じ取れない。
 ひとまずは、近くにあった木へ布を括り付けて目印としながら、足の身をそろえて歩いていく。
(名前のない呪いか……随分と厄介な。
 呪いの名前は呪詛の方向性や力の規模を示すような物だ。
 強力な物は言ってしまえば呪われる……なんてものもある。
 それが無いというのは力の規模や呪いの方向性が無差別ということだ……
 気を付けないと呪われそうだな……まあ、俺は最初からカースド武器だから問題はほぼないけどな)
 静かに歩む『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)はカースド(呪われた)武器として呪いについて思うところがある。
 考えを置いて視線を上げる。
 氷の障壁の向こう側、まだ敵の姿は見えない。
 そのサイズの動きを見上げていた『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は、彼の動きからまだ変化がないことを見越して、少しだけ溜息をついた。
(それにしても、まさかまだ肉腫が残ってるとはな……
 豊穣の一件で大分数が減ったとは思ったっスけど、中々無くならねぇもんスね……)
 とはいえ、肉腫は自然発生しうる存在である。
 滅びのアークが増大するかぎり、どこから出現するか分からないというのもまた道理なのだ。
「――まぁ、いたところで何の利益にもならん奴らっス、早いトコ潰してやるか。
 薄気味悪ぃ童謡もさっさとただの作り話にしてやんねぇとな」
 呟き先頭を行く足は、足並みをそろえる為にやや遅く。
(ザントマンのように伝承から生み出された化け物……
 放置しておいて力をつけて困るし、今のうちに倒しておくべきだよね。
 カノンさんの時みたいな悲しい物語を増やす訳にはいかないから……絶対に解決して見せる!)
 静かに燃える『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は木々へ問いかけながら進む。
 ザントマンが引き起こした悲劇。
 同じ深緑において産まれた肉腫ゆえに、その事件の事を自然と意識せざるをえない。
 だからこそ、かつてのような悲劇を生まぬためにも、まだ対処しやすい今のうちに倒すべきだ。
(森への恐れが肉腫と化した、か……
 そう考えると、幻想種が外を恐れた結果生まれたザントマンと、根本的にも似たような存在ではあるんだね)
 同じようにそれを思うのは『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)だ。
 深緑――アルティオエルムを故郷に持つ幻想種としては、複雑な思いもある。
(ある意味で閉鎖的な深緑の責任でもあるかもしれないね…… 第二のザントマンとしないためにも、きっちり決着をつけるよ!)
 歩くのにつれてふわりと揺れる髪を抑える髪飾りは今回の為に持ってきたファルカウの花の一部を使って仕立てた物。
 その足取りにはゆるぎない覚悟のようなものがあった。
(森で生まれ、森と共に成長してきた。
 いつでも共にあった森が、今回は敵とはね。
 正確には森への恐怖から生まれた呪いだけど……ちょっと複雑な気分だよ)
 アレクシアと同様に深緑を故郷とする『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)も複雑な思いを胸に秘める。
(とはいえ相手は純正肉腫。決して相容れない敵だ。放っておくわけにはいかないね)
「やれやれ、陰気な森だぜ。この森自体が肉腫の腹ん中と言っても良さそうだ。
 こりゃ普通の森歩きと考えないほうがいいな。木々が動いたり、地形すら作り直されかねねぇぜ」
 盾を構え『不沈要塞』グレン・ロジャース(p3p005709)は油断なく森を睨むように見わたす。
 そしてその言にはあながち間違いではないといえる。
 本来なら木々――森のようなものが生まれるはずもない砂漠の中に姿を見せたこの森は、十中八九が件の肉腫の力で産まれたと推察できる。
 まさしく腹の中、敵のテリトリーそのものと言って差し支えない。
「今回の獲物(ターゲット)は名前の無い方ですかー。
 脚を手に入れた時管理に困りますねー、その時はテキトーに名付けちまいましょーかねー」
 今日も今日とていつも通りの『《戦車(チャリオット)》』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)はそう呟く。
「そもそも脚あるのかどーかも本人見なきゃわからねーですが」
 話を聞くには人の形をした枯れ木のようであるらしい。
 それを木というべきか足と呼べるような物なのかは会ってみなければ分からない。
 各々の思いを抱くイレギュラーズの後ろをマヤ ハグロ(p3p008008)は黙々と進んでいる。


 どれくらい道を進んだだろうか。
 グレンが懸念していた通り、まるで森自体が動いて作り替わっているかのような錯覚を帯びるほど、独特な雰囲気を突き進んでいた。
 アレクシアが使っていた感情探知は、確実に肉腫の『憎悪』を感じ取っていたが、そちらを真っすぐに進んでいるはずなのに、なかなか距離が縮まらない。
「うん? ……あれは――」
 サイズがそれに気づいて声を上げた刹那――真っすぐに地上から伸びた丸太を粗削りしたかのような槍型の何かがサイズの身体を打つ。
 咄嗟に張り巡らせた氷の障壁がソレの勢いこそ殺すもの砕け散り、体を貫いた。
「――あっちか!」
 サイズの方を見ていた葵はそれを視認するや走り出す。
 ――同時、横からピリムが爆ぜるように駆け抜けた。
 潜り抜けた森の向こう側――待ち受けていたソレが姿を見せる。
「なるほどー。脚はあるみたいですねー」
 真っ白な足を走らせて、姿の見えた人型の樹木――身を屈めて懐へ。
 足を払うようにして蹴り払う。
「我の領域に入り込む鼠共が――」
 肉腫が忌々し気に口走る。
 その言葉を聞きながら、ピリムはもう一度蹴りを叩き込んだ。
 続けるように、葵が放ったグローリーミーティアSYが身体を揺るがせた肉腫の身体に叩き込まれた。
 着弾の衝撃は肉腫の身体を貫通するが如く鋭く、衝撃を受けたボールが宙を舞う。
 その瞬間に葵は既に跳躍していた。
「――もういっちょ!」
 オーバーヘッドキックで叩きだされたボールは再び弾丸となって肉腫の身体に突き刺さる。
「間違いなくあれだね……」
 ウィリアムは会敵したソレの様子を見据え、一気に至近する。
 握りしめたグリンウッドに自らが魔力を収束させ、踏み込みと同時に一閃。
 それは霊樹が放つ霊気を反映するかの如く美しき光を放ち、横薙ぎの閃光をもって肉腫の身体を焼き付けた。
 伸びた剣閃、それを返すようにしてそのまま第二撃へ。
 翻る剣身が肉腫を斬り下ろす。
 騎士盾を構え、グレンは肉腫の下へ姿をさらすようにして剣を構えた。
「よう、アンタがこの陰気な森の主か?」
 騎士を思わせる出で立ちで堂々と構えるグレンに、敵の視線が微かに向いた。
 それと合わせるように、握る聖剣へ自身の精神力の限りを籠める。
 気高くあらんとするように振り抜いた剣から飛翔した斬撃は真っすぐに肉腫の身体を刻み付ける。
 サイズは鎌を身体の前でぐるりと振り回した。
 血色に輝く切っ先は陣を描いて、その身を護る障壁を築き上げる。
「二度目だな、肉腫。名のあるカースド武器として……名もなき呪い……――排除する!」
 サイズが握りしめた鎌を砲台のように構えれば、とりつけたユニットに急速に魔力が集束していく。
 聞き慣れた音声が耳を打つ。真っすぐに構えて、視線と射線を合わせる。
 限界まで収束された魔力が爆ぜ、飽和した血色の燐光が散りながら真っすぐに走り抜けた。
 スティアもセラフィムを起動させながら戦場に到達すると、視線を攻撃を受けたサイズの方へ向ける。
 幻想の音色をサイズに齎すと、視線を肉腫に向ける。
 合わせるようにして、肉腫の眼?がこちらを向いた。
「――見覚えがある、見覚えがあるぞ、貴様ら3人……そうか、貴様らは……イレギュラーズか」
 こちらが何なのか気づいた様子を見せた肉腫が忌々し気に声を荒げた。
「……貴方の犠牲になった人たちのためにも、ここで貴方を止めるよ!」
 視界のちらほらと見えるミイラ化した遺体と肉腫を合わせるように、スティアは静かに宣誓を告げる。
「吠えたな、娘!」
 肉腫は槌のようになった腕を地面へ叩き下ろして衝撃波を起こすと同時、爆ぜるようにスティアへ至近。
 瞬く間に変質した腕を槍のように変えて貫き、勢いに任せてそれを爪のように変質、振り抜いた。
 それらの猛攻はしかし、淡く輝く花弁の結界に阻まれ、勢いを殺されていく。
「あれが『名もなき呪い』ですか…」
 グレンの近くへと近づき、クラリーチェは敵を視認する。
 枯れ木がヒトの形を取ったような姿――間違いあるまい。
 同時、スティアの身体に止まらぬ傷痕が滲むのを見て、葬送の鐘を鳴らす。
 その音色は独特な色を放ち、天使の福音のような力を帯びて傷跡を癒していく。
「貴方に……言葉は通じるのでしょうか?」
 ぽつりとつぶやく。少なくとも、人語は理解していることは分かる。
 過去の調書のこともあるが、こちらを視認して言葉を語っている以上は分かること自体はそうなのだろう。
 続けるようにして到着したノリアは、一気に肉腫の方へと至近する。
(身近で見ると……本当に不気味な感じがしますの……
 でも、わたしなら抑えきれるはずですの……)
 ノリアが真っすぐに走り抜けて構えるや、肉腫が警戒心をあらわにしたように感じ取れた。
「……わたしがお相手いたしますの……」
 ぞわぞわと全身を打つ寒気のようなものを感じながらも、ノリアは肉腫と視線を合わせた。
 マヤはそれに合わせて動き、剣を振るって肉腫に傷を増やす。
 アレクシアはそこが集落のようになっていることに気づいて、呼吸を入れた。
(あれが……)
 ひしひしと感知で感じ取れる憎悪が、あれがそうであることを教えてくる。
 2つのブレスレット型が淡い輝きを高めていく。
 周囲を可視化した魔力の奔流が鮮やかな黄色の花弁を彩り舞い散って、やがて紫色に変質していく。
 それは真っすぐに肉腫の身体を穿ち、紫色の花を咲かせた。
 踊る紫の花に、肉腫の顔がこちらを向いた。


 ノリアは熱水噴出杖を握り締めた。
 自らが持つ魔力を杖へと注ぎ込んでいく。
 筒状の杖に充実した魔力が熱水へと変質する。
 それを自身を覆う海水の球体に向け放出。
 熱水流は海水球と交じり合い、より鋭利な反撃の棘となって形成されていく。
「……何度でも、前に立ちますの……」
 不気味な彼と正面に立つに当たって、それはこれ以上にない頼もしさだ。
 水球に浮かぶ少女の姿に、逆に肉腫がおののいたようにも見えた。

 ピリムは体勢を起こすと同時にまっすぐ走り抜けた。
 再び肉腫へと跳びこむと同時、強かに蹴りつけてその身体を揺らすと、その勢いを殺さぬままに走り抜け、グレンの背後へ着いた。
「それじゃあ、グレンたそー私の事庇ってくださいねー」
 グレンの身体に隠れるようにして後ろに回り込むと、そのまま普段の調子で告げる。
 肉腫との間合いを開けるようにしてドリブルして走り抜けた葵は、ある程度の場所まで来るや、軸足をくるりと回す。
「ここからなら狙えるだろ!」
 腰を入れる――静かに、脚をボールへ添えて――飛ばす。
 回転を持たぬボールが文字通りの弾丸と化して真っすぐに走り抜けた。
 ブレるようにして揺らめく不確かな動きの弾丸に、肉腫が気づいたように反応を示す。
 刺さる用に突き立ったボールに、敵がまたうめき声をあげた。
 ざわつくような憎悪を真っ向から受けるように、アレクシアは視線を肉腫に向けた。
「とても強い憎しみだけど……それじゃあ私は倒せないよ!
 森に生きる人も、木々も草花も、私が護るんだから!」
 鮮やかな花弁の輝きと三角の魔方陣が黄色の輝きを強めていく。
 可視化された魔力はやがて薄紅色に変質を始めていく。
 それを齎す先は今のところ一番傷が深い仲間へ。
 美しき薄紅色の花弁が包み込み、傷を癒していく。
 ウィリアムは吹き飛ばされた場所から一気に走り抜けた。
 風に溶けるような特殊な歩法で走り抜け、大気中の魔力を剣身へ。
 緩やかに纏われた刃は渦を巻きながら幾重にも層を作っていく。
「あの時よりも随分と感情的だね?」
 たしかな踏み込みと同時、ウィリアムは剣を走らせた。
 撃ちあげるように抜けた剣閃が肉腫の樹皮を散らせていく。
「邪魔だ――小娘!!」
 アレクシアを庇うように立ち塞がるノリアを嫌うように、肉腫が猛る。
 どうと再び大地へ槌状になった腕を振り下ろせば、強烈な衝撃波がノリアの身を打ち据え吹き飛ばす。
 同時、ノリアの身体を包んでいた水が爆ぜるようにして棘を放ち、肉腫の身体に強かな傷を刻む。
 跳躍した肉腫は立ち位置を移動させる。
「沈め――!!」
 瀑布のごとく広がる無数の枝が、戦場を貫いていく。
 ノリアより放たれた反撃の棘が肉腫の身体を打つことなど気にしていないようだった。
 射程に巻き込まれたグレンはルキウスを構えた。
「――ッ!!」
 無数の樹脂の重さがルキウスを撃ち、激しく揺れる。
 一部が盾を越えて身体を貫くが、所詮はその程度。
「その技……気に入らねぇが、こと防御技術に関しちゃヤワな鍛えられ方しちゃいねぇぜ!」
 崩れ落ちかけた身体を踏みしめるようにして半歩前に出て、体を起こして敵を見据えた。
(しかし、あれでBSを振り払われると厄介だな……けど)
 剣を振り払うように振るって、盾の下部分を地面に突き立てるようにして押し立てる。
「俺は如何なる災厄、如何なる呪いをも跳ね除ける絶対不可侵の盾ってな!
 やれるものなら倒してみな!」
 突きつけるように剣を向ける。
 こうすれば、少なくとも後ろの2人に視線は行くまい。
 サイズは再び砲口を肉腫へ向けた。
 けたたましく鳴り響く警告音が嫌にうるさいが、それを無視して、急速な収束。
 あらん限りの魔力を全て砲撃に変える。それが今回のサイズがやるべきことだ。
「そう……いつも通り……俺の刃は……妖精の為に使うだけの話だ!」
 収束する血色の魔力をどんどんと集めていく。
 鮮血を思わせる美しき色を帯びた魔力の砲撃が再度爆ぜ、真っすぐに駆け抜ける。
(あの地面を殴るやつを使われると厄介かも……運よく冷静になられると何が飛んでくるか分からないや)
 先程はたまたま射程外だったが、そう何度も受けたい技ではなさそうだ。
 スティアは前衛の方へ近づいてセラフィムに魔力を籠める。
 充実したセラフィムの魔力が飽和して周囲を包み込み、美しき天使の羽根が舞い踊る。
 淡く輝く光は傷の増えた仲間たちの身体を癒していく。
 クラリーチェはグレンの影から視線を戦場に巡らせた。
 傷の深い者は多い。中でも重そうなのは――それを見定めてから、静かに葬送の鐘を鳴らす。
 美しき音色に導かれた魔力は指向性を伴い傷の深い仲間を癒す音色となって降り注ぐ。
 回復手の矜持とは一人でも多くの者を倒れさせないようにすることだ。
 それこそが攻撃をする者の数を増やすことにつながるのだから。


 肉腫の雰囲気が変わっていた。
「死が近づくと力が増すタイプですかー、フフ……私と真逆ですねー
しかし今宵は力を温存してましたー。この瞬間のために」
 ピリムは一気に速度を跳ね上げた。
 斬脚緋刀を握り、飛ぶように駆ける。
 残像を引いて走った勢いのままに肉腫を蹴りつけ、着地。
 ――その刹那には刀を走らせた。
 それは最速。刀において最も早い撃ち抜きとされる居合。
 それを以って対象の足を切り落とす最速の剣閃。
 軌跡すら読ませぬ圧倒的速度の太刀筋が肉腫の身体を削る。
 それと同時、肉腫の身体から反射的に生まれたかのような枝がピリムの身体を強かに撃つ。
 傷を受けながら、後退する。
 葵は動きを見せるウィリアムを見て、ボールを置くと静かに後退する。
(――ここっスね!)
 走り、打ち込むハードランチャー。無回転で駆け抜けるボールは横殴り的に肉腫の身体を打ち据える。
 大きく体勢を崩したその姿を見て、確かな隙が出来ていることを確認するのとほぼ同時、次の一手が肉腫の前へいた。
 反撃で飛んできた枝が身体を微かに傷つけることなど気にしない。
 それは木漏れ日で作られるカーテンのような輝きを帯びている。
 ウィリアムは静かに強かに剣を振るう。
 真っすぐに伸びた斬撃は大きく体勢を崩した肉腫の身体を大きく削り、微かに砕けた。
 ぐらつく敵へ魔剣に秘めた魔力を爆発させるように押し付ければ、より深く傷ができる。
 同時、肉腫の身体から生えた粗削りの枝の切っ先が身体を貫いた。
 グレンは眼を閉じていた。
 剣の側面を顔に向けて立てるように構えた。
(盾たる俺より先に誰も倒れさせねえ、そして――)
「俺は絶対に倒れねえ!」
 深呼吸と共に宿すは不滅の概念。
 残る魔力は少ない。静かに力を籠めて、聖剣へ魔力を籠める。
 仲間の支援があるとはいえ、撃ててあと3発か。
 だが――きっとそれで十分だ。
 振り抜いた精神力を乗せた斬撃が肉腫へと炸裂する。
 サイズは一気に爆ぜるように駆け抜けた。
 血色の魔力が切っ先に充足していく。遠心力と推進力を片手に叩きつけるは血色の獣。
 血色の鎌が牙の如く魔力を帯びれば、上段から振り下ろす。
 振り抜かれた持ち手をそのままくるりと翻して勢い任せに振り上げれば、描かれるは獣の牙。
 合わせるように伸びた反撃の枝が傷を生む。
「ぐぅぅ……おのれ、小賢しい……さっきから、そこの幻想種の小娘……」
 洞が見据えたのはアレクシア。
「……いいえ……指一本だって触れさせませんの……」
 大海の熱水に満たした水球の中、ノリアは真っすぐに肉腫を見据えた。
 ノリアはずっと感じていた不気味さが少しばかり薄れているのに気づいた。
 ――いや、うすうす気づいていた。この不気味さは、恐怖から来るものだ。
 恐怖はまだある。それでも、アレクシアの存在は戦いの要の一つ。
 絶対に倒されるわけにはいかないのだ。
「ならば――その球体ごと飛ばしてくれる」
 そう言った肉腫の槌が水球を打ち据え、強烈な熱水が肉腫の身体を貫いていく。
 熱水の層が爆ぜ、身体が吹き飛ばされる。
 槌状の腕が爪のように姿を変えていくのを、アレクシアは見上げるように見据えた。
「あなたは恐れから生まれただけ。恐れを生んでしまった私達にも責はある」
 その憎しみに抗うように、睨み返すように、真っすぐに見据えた言葉に、肉腫の動きが一瞬だけとまった。
「――でも、だからこそ」
 装束に施された美しき花弁の障壁が2つのブレスレットの力を受けて鮮やかな光を放つ。
 ふわりと可視化された魔力が風のように舞いあげ、ぱたぱたと髪が浮き、『それ』を魅せる。
「深緑に、あの森に生きる者として、あなたのことはここで倒させてもらうよ!」
「――貴様ッ!!」
 もしも彼に瞳というものがあったならば、きっと血走ったのだろう。
 憎悪に満ちたのだろう。そう感じられる洞から瞳を放さない。
 凄絶なまでの一撃が術式を裂き、無数の枝がアレクシアを包み込むように貫く。
 パンドラの輝きが枝の内側から漏れ輝いた。
「――負けないよ」
 顔を上げて、啖呵を切る。もう後はない。それでも、もう少しはもつのだ。
「――させない!」
 スティアは声を上げて、セラフィムに魔力を注ぎ込んだ。
 全力で稼働する魔力は鮮やかな光となって、パンドラの箱を開いたアレクシアの身体に癒しを与えていく。
 セラフィムの効果である美しき天使の羽根の舞い散る様と福音を告げる幻想の音色が響き渡る。
 アレクシアの持つ花弁と相まって、その絵はより一層と幻想的でさえある。
「貴方に、名前を差し上げます。この戦いが終わればですが……」
 スティア同様に鐘の音を以ってアレクシアを癒しながら、クラリーチェは敵の注意を引くように声をかける。
 ささくれ立つ肉腫の肉体を静かに見据えた彼女の言葉に、肉腫が顔を上げる。
 名も無きままに死ぬ。それはきっと、あまりにも虚しい。
 ――たとえ彼が『良くないもの』なのだとしても。
 死にゆく時になら、謚のひとつでも渡すべきだろう。
 それはせめてもの救われるべきことだろうから。
 ノリアは自分の身体が良く動くのを感じ取ると、思いっきり頭突きを叩き込む。
 その瞬間、肉腫が後ずさりしていく。
 アレクシアを庇うように再び立ちながら、ノリアは敵を見据えた。
 気づけば、思ったより怖くなくなっていた。


 戦いは長期化が進んでいた。
 だが、徐々に敵を追い詰めることができている。
 クラリーチェはきっと最後になるであろう音色を響かせた。
 静かな、人の心を落ち着かせる美しき音色は、激しく疲弊するピリムの傷を癒していく。
 視線を肉腫に向けた。疲弊する肉腫の身体は既にそこら中がボロボロだ。
「貴方の魂の道行きに、幸多からんことを」
 静かに、自然にその言葉が出ていた。
 それを聞いた肉腫の瞳がこちらを向く。
 ピリムは爆ぜるように駆ける。
 残像を引き、蛇行するようにして駆け抜ければ、敵が視線?で追っている。
 跳躍と同時にそれを蹴り飛ばして、くるりと身を翻す。
 着地するとそこは傷だらけの肉腫の腰が見えた。
 ――反射的に、緋刀が躍る。
 ピシリと、腰当たりが大きくひびを入れた。
 ウィリアムも最後とばかりに飛び込んだ。
「同胞達の平穏のためにもここで仕留めさせて貰おうか」
 集束させた全身全霊の魔力は美しき輝きを放ち続けている。
 淡く輝く燐光と軌跡を描きながら、魔剣が魔力の刃を以って肉腫の身体を強烈に刻み付けた。
「これで終わりだ――」
 サイズは再び魔力を籠めた。
 収束した血色の刃は層を為して牙のように形作られていく。
 勢いをつけて一気に走り抜け、刃を振るう。
 牙、或いは月のように軌跡を描く血色の刃が肉腫の身体を削り落とす。
 葵は爆ぜるように前に出た。握りしめるは真紅のガントレット。
 禍々しき漆黒の模様を抱くそれで拳を作り、踏み込むと同時に思いっきり肉腫を殴りつけた。
 ただの拳。けれどそれは最速に近い圧倒的な速度を引き連れて叩きつけられる拳。
 ぴしりと、肉腫の身体が罅割れる。
 そのひび割れを見据え、スティアはセラフィムに残りの全魔力を注ぎ込んだ。
 天使の羽根が数多く舞い散り、残滓は美しき羽根から、鋭利な刃へと変質していく。
「これで――おしまいだよ!」
 手を肉腫目掛けて払う。
 それに釣られるように、魔力の刃が肉腫へと殺到し、ひび割れを致命的な物へと落とし込んでいく。
「ぉ、ぉ、の……ぉぉぉぉ」
 そのひび割れは徐々に大きくなっていき、体中を這いまわる。
 それが肉腫の体中を覆いつくすと、ぱらぱらと砕けて散った。
「あ、脚がー」
 砕けて原型を持たなくなった脚らしき部分を見ながらピリムの声が森に響いていった。
 勝利にふっと息をついたその時、足元の光が増えているのに気づいた。
 思わず上を見上げる。すると、そこには煌々と輝く陽の光が見えた。
「森が……晴れていく?」

 ――さぁ、高き木々よ、この子を見つけてかえして頂戴。
 ――まだ幼いこの子はあなた達に殺されてなるものか。
 詠われた最後の詩を象徴するかのように、開かれていく。


 戦いを終えたイレギュラーズはまだ村の中にいた。

「吸いつくした結果か……亡骸を法治とは、むごいことしやがるぜ」
 一箇所に集められたミイラを見つめ、ぽつりとグレンは呟く。
 いかに人外たる化け物であれ、何もない砂漠に位置から森をつくるのなら、相応以上の力を使わねばならない。
 それを、自分ではなく別の何かで代用したというのは、あり得る話だった。
 クラリーチェはそれらのミイラを土に反して、そっと祈りを捧げていた。
 それが修道女――送り人ととしての自分の役割なのだ。
 晴れてゆく空に照らされながら、静かに祈り続ける。
 その背に視線のようなものを感じて――それにゾッとする寒気を覚えた。
 祈りの言葉を終えて振り返れども、そこには誰もいない。
 ただ、村の廃墟が陽光に照らされ寂れているだけだった。
(気のせいでしょうか……いえ、ですが、確かに何かを感じたような……)
 小さく、修道女は首をかしげる。
 スティアは集められていたミイラの冥福を祈るのに一区切りをつけると、その脚を村のはずれに向けた。
 そこには純正肉腫だったモノが集められていた。
 見た目はただの枯れ木の端にしか見えない。
「野ざらしのままにしておくことなんてできないからね……」
 そっと埋葬して、小さな墓を作り、花を添え――その前で少しばかり目を閉じる。
 出来る限りの事はしたいと、そう思って。

成否

成功

MVP

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女

状態異常

ノリア・ソーリア(p3p000062)[重傷]
半透明の人魚
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)[重傷]
蒼穹の魔女
グレン・ロジャース(p3p005709)[重傷]
理想の求心者
マヤ ハグロ(p3p008008)[重傷]

あとがき

ステージギミックへの対処法、お見事でした。
長期戦の分だけ傷が深くなってはいますが、素晴らしい戦果だったと思います。
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
MVPはアレクシアさんへ。
深緑出身者としての思いに。

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