シナリオ詳細
海淵の呼び声
オープニング
●コン=モスカの娘
――僕の大好きな君達の、旅路をきっと『聞かせて』欲しい。
モスカの加護が、どうか皆に届きますように。いあ ろぅれっと ふたぐん♪
少女は夢を見る。
その夢を見たのは偶然であっただろうか。夢など、縁起が悪い。
コン=モスカの祭祀として生を受け、旧き血の『業』を継いだ娘は『あの日』の夢を見た。
――昏い。
悲壮な程に鳴く風の中、猛る荒波が白き泡沫をも飲み込んでゆく。
――昏い。怯える程に、昏い。
海と空、その交わる狭間の美しき地平。世界の底にまるで大穴でも空いたかのように全てを呑み込む濁流は、地平の栓が抜けたかのようだった。
影が見える。強大な、虚空さえ飲み喰らう様なものだ。
神聖なる絶望の青――見渡す程の美しき聖域に嵐の獣が存在しているのだ。
闇が喰らう。全てを。この世界の終わりを思わす様に、大口を開いて。
喉奥から、張り裂けんばかりの叫び声が溢れ出した。止めて、待って、駄目。幾つもの言葉が溢れ、そして毀れ落ちて行く。
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)が見た夢は、嘗ては絶望と呼ばれた海を越え行くその刹那。
大切な片割れ(カタラァナ)が濁流と共に消えゆくその姿。
●ゆめみるままに
コン=モスカ島の礼拝の間にイレギュラーズが並んでいる。それは嘗ての彼女では想像がつかない事で。
イレギュラーズなんて嫌いだと、危険な所へ進む『怖いもの知らず』を恐れた怖がりな娘。心配なのだと素直な言葉を紡げなかった彼女も今やイレギュラーズとしての宿命を背負っている。
「来たか。……何、我が言わずとも皆、気付いて居るだろう。
丁度、一年経つのじゃ。何から、と。……ああ、いや、その様な悲痛な顔をするな。困るじゃろう」
予知を始めとしたモスカの巫女としての力は喪った彼女にとって、その地で祈りを捧げるのは随分と久しいものだと感じていた。
それ程に己が同胞(イレギュラーズ)達と長い冒険をこなしてきたことに気付く。もう一年、されど、まだ一年。
今だ心の傷は癒えることはない。だが、立ち止まっても居られない。
忙しなく駆け抜けてきた日々を思い返してから、クレマァダは「我と共に来て欲しいところがある」と口を開いた。
「モスカの聖地の一つ孤島『オパール・ネラ』。
ローレットが廃滅病に対抗する――いや、『進行を少し遅らせる』為に宝珠を集めに向かった場所じゃ。
その地にモスカに伝わる宝の一つ『竜のうたごえ』を奉納しに行きたいのじゃ」
そう告げて、クレマァダが手にしたのは小さな貝殻であった。それをコロコロと転がす度に調子が外れた歌声が響く。
コン=モスカでは幼い『器』にこの貝殻を持たせ竜に奉ずる歌を学ぶ事があるらしい。
双子であり『祭司長』であったクレマァダは手にしたことはないが姉、カタラァナは幼い頃は気に入っていた、と。
「御父様――ああ、いや、コン=モスカの総主祭司も此れをオパール・ネラに奉納なさい、と。
祀るべき神々の傍に在るべきであろうと……そう、仰られた。
嘗ては絶望の青と呼ばれた海域にある。我一人では安全無事に奉納することが出来るかも分からぬ。……共に、来てはくれまいか」
我(カタラァナ)のもとに、持って行ってやりたい。
そう声を潜めて告げたクレマァダは「頼む」と頭を下げた。
強がりで、意地っ張りで。どこまでも気高きコン=モスカの祭司長は震える声音で共に、と願った。
●ソング・オブ・カタラァナ
嵐が来るよ。とびきりの嵐だ。
おおうず こうず うみのうず くうても やけぬ おのれらを
つどわせ ちらすは こん=もすか おそれよ おののけ こん=もすか
夢を見たんだね、僕(クレマァダ)。
恐ろしかったんだね、僕(クレマァダ)。
もう大丈夫。僕はおねえちゃんだから。泣くのはお止し。
僕は僕(クレマァダ)の幸のためならば僕のからだなんか百ぺんやいてもかまわないんだ。
僕にはそんな心、必要なかったはずなのに。
それでも、そう思うんだ。僕(クレマァダ)。おねえちゃんが、ずっと、ずっと――
- 海淵の呼び声完了
- GM名夏あかね
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年06月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
♪――なみまに さかなが おどるのが すき
うみに おひさま きらめくのが すき――
そうやって。歌しか知らないなら、歌で語りかけようと。そう思ったのは、いつであったか。
調子外れな潮騒に、昏い海へと沈んでゆくような静寂の眠りの気配を返した『竜のうたごえ』は『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)に応えを返すことはない。
「まだ、1年しか経っていなかっただなんて」
クレマァダの誘いを受けて『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は驚いた様にオパール・ネラを見遣った。此の地でイレギュラーズが活動したのは冬の寒さも感じさせる二月のことだったろうか。滅海竜を相手取った初夏の湿った風の気配さえも遠い昔のようにも、隣人の如き昨日のようにも感じさせる。
「1年も、1年しか。うむ、色々と人によって受け止め方は違う。……のんびり参ろうか」
囁いたクレマァダのかんばせを見てもノリアは彼女とカタラァナを間違えることはなくなった。瓜二つのかんばせに乗せられた感情のいろは大きく違っていたにも関わらず、ふとした仕草が片割れである事を思い出させる。彼女が歌えばカタラァナさんと呼び掛けたくなる事もなくなった。
(……わたしは、)
大切な誰かを思う仲間達。クレマァダの為ならばとぎこちなく微笑んだ『こそどろ』エマ(p3p000257)を見ても、吟遊詩人の真似事は苦手だけれど今日ばかりは語り部になっても良いと微笑んだ『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)を見ても、ノリアの不安は増すばかり。
(わたしは、カタラァナさんのことを、お友達だとばかり思ってましたのに……。
でも、もしかしてわたしは、自分で考えていたほど、カタラァナさんのことを、大切に思ってはいなかったのではないでしょうか……!)
不安ばかりが増して往く。カタラァナもクレマァダも裏切ってしまったような居心地の悪さがノリアを包み込む。
「どうかしたのかい?」
「……な、何にもありませんの」
行く手を示した『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)にノリアは首を振った。ああ、バレないで。こんな裏切りのような気持ちが転び出るおそろしさなんて、感じたくないから。首を振って口を噤んだノリアの傍らで縁は「一年」と呟いた。
「……そうかい、あれからもう一年も経ったとはなぁ。不思議なモンだ」
彼にとって、生など幾許か残されただけの消化時間であった。あの日、あの海でリーデルに再会する刹那まで、十夜 縁は停滞の澱に居た。
「……一分一秒が、まるで永遠みてぇな長さに感じられて、一年の時を巡るのもただただ億劫だったってのに。
それが今じゃ、感傷に浸る暇もねぇくらいに毎日を忙しく生きているときた」
可笑しな事だ。目まぐるしい日々。リーデルと対峙した時も、リヴァイアサンと戦ったときも、コン=モスカの歌声は響いていたのだ。
「……偶然と言やぁそれまでだが、あの歌のおかげで、俺はこうして前に進めているんだろうさ。だから、行くか」
「ああ。そうだね。まあ、僕には正義感なんてない。世界を救う義理も無ければ暴力を止めなくては鳴らないという使命感ももってない。
……だけど僕は歌という文化が暴力に打ち勝つ瞬間を目撃したんだ。なら、墓参りくらいはしてやるのが道理だろう?」
ダンジョンアタックではないのよ、と揶揄うように笑ったイーリンに『観光客』アト・サイン(p3p001394)は分かっているさと笑い返した。
「司書、君が思うより僕は存外、学びには貪欲なんだよ。彼女は僕に歌という文化が暴力に打ち勝つ事を教えてくれた」
「あら。それなら良かった。なら、お礼を言いに行きましょうよ。どうやら、下らなくてはいけないようだから」
指し示したイーリンにアトは頷いた。海の中へと繋がるような、暗澹たる道。置くより感じられる紺碧の気配は深海のようだと縁は息を吐く。
海種である己には水中の苦しみなんて感じられないが、それでも閉塞感は存在して居る。あの日、己の愛した人が消えていった愛(つみ)の在処を暴くような心地で。
●
「儂は一年前の決戦は知らぬ。そもそもその時はまだこの世界にはおらんかったからのぉ。
……じゃが、こうして会ったも縁じゃろう。儂にも手伝わせてはくれんかのぉ?」
『怪力乱心の鬼蜘蛛』アリア・ネフリティス(p3p009460)はカタラァナ=コン=モスカを知らない。だが、彼女を追悼したいという気持ちは持っていた。
災禍の娘であれども、命の尊さと儚さは知っていた。人は何れは死ぬ。故に、生ける者がその思いを繋いでいかねばならないのだ。永きを生きてきたからこそ、アリアはそう知っていた。
「彼女の事、戦いの事、そして守られた者たちが何を成したのか。何も知らぬ儂にも共有させてはもらえんじゃろうか?」
聞いてみたい。彼女がどの様な人物であったのか。どのように活躍をし、『何を護ったの』かを――
アリアの言葉に小さく息を飲んだクレマァダの横顔を『放浪の騎士』フェルディン・T・レオンハート(p3p000215)は見詰めていた。
フェルディンとてカタラァナと直接言葉を交したことはない。生前の彼女との縁は無く、カタラァナを詳しく知る機会は無かったのだ。
だが、彼女が成した事は、その目と耳が憶えて居た。彼女の偉業だけをなぞれば英雄譚のできあがりだが、フェルディンはそれ以上に知りたかった。
彼女の真意や決意。それに触れることが出来るだろうか。自分たちは、遠い地で無事を祈ることしか出来なかったクレマァダ=コン=モスカ(いもうと)より彼女の死に近い位置に居たのだから。
「さぁ、参りましょうかクレマァダさん。此度も、どうか供をさせて下さいませ」
護衛の最中にお酒を、と揶揄うことも無く。騎士としてフェルディンはクレマァダをエスコートした。そっと手を差し伸べれば――いつかの日は、おずおずと手を乗せたと言うのに――重ねられる掌は冷たい。
「クレマァダさん、頑張りましょうね。誰かが戦っている横から失礼してブスリと行くのがお得ですね、ひひ……仕掛けるのは任せて下さい」
へらりと笑ったエマにクレマァダは頷いた。彼女がとも似てくれたことは心強い。
そして、自身を先導してくれる騎士がいることも。ひとつひとつ、確かめるように岩肌を下りながらクレマァダは呟いた。
「ネラとは黒という意味。磨き抜かれた火成岩……この島が、火山活動によって生まれたという……いや、そんな話は今は良いか?
しかし我とあれの話とは、畢竟コン=モスカという家、我ら鯨の海種、そしてこの海の語られざる歴史……そういったもので構成されて居るのじゃ」
コン=モスカという『特異』さに育まれた双子の言葉を聞きながら縁は一歩進むごとに思い返されるあの海に思いを馳せた。
――あいとは なぁに? こいとは なぁに?
それは きっと ひとのよの しずけき ことを にくむもの――
あの歌声が伸びやかに女を包み込んでいた。敵を呼び寄せた縁の前に少女が滑り込む。
罪滅ぼしをするようにノリアは盾となってモンスターより仲間を庇うと決めていた。カタラァナをクレマァダと間違えなくなった。カタラァナを思い続けない己が、コン=モスカの二人を裏切っているかのような恐ろしさ。
そんな恐ろしさなんて、何処にもありやしないのだと縁は天下御免の一閃を叩き込む。
「……なんせ歌が聞こえなくなっちまうんでな。いつもより雑なのは見逃してくれや」
酒でも煽って思い出話に花咲かせようかと揶揄う声にアリアは「良いじゃ無いか」と瓢箪を振った。
「楽しい宴会、というわけにもいかんじゃろうが、笑い声を届けるというのもいいもんじゃろ?」
暗い顔で送るよりも笑って見送ってやりたい。酒が飲みたいだけだろうと問われればソレも間違ってはいないが、笑顔で贈りたいという言葉にも間違いは無い。
自分以外が飲めば瓢箪が『拗ねて』しまう気もするが今日くらい許してくれとアリアは己の手にした瓢箪に笑いかけた。
「酒を飲める者は飲むのじゃ! 良き思い出を肴に、楽しい声を送るのが一番じゃろう!」
一行は進む。生者の行進は、死者を送る葬列よりも華やかに。言葉は尽きることも無く。
「さ、何を教えてくれる?」
「我とあれの話……いや、違うか。くだらない歌ひとつで良い。そうじゃな?」
それが、コン=モスカ。海淵の一族。竜に捧ぐ唄い手の器を有した辺境の――
●
――敵は我らを苦い物で飽かせ、苦蓬を我らに飲ます。
敵は小石をもって、我らの歯を砕き、灰の中に我らをころがす。我らの魂は平和を失い、幸福を忘れた。
それはイレギュラーズの道が苦難で満ちていたことを、苦難の中で安らぎを失った事を。アトは聖句を呟いた。
――我らは、栄えはうせ去り、天主に望むところのものも失せ去った、と語る。
どうか、我ら悩みと苦しみ、苦蓬と胆汁とを心に留めよ。我らの魂は絶えずこれを思い、わがうちにうなだれる。
苦しみを忘れるな、悲しみを忘れるな。失われた色は二度と戻らず、空白が己の中を満たす。だがそれでいい。
それでいいのだ、何故ならば――アト・サインは目を伏せた。
「―――しかし、我らはこの事を心に思い起す それゆえ、我らは望みをいだく」
静かに締めくくったアトは苦しみを心に思い浮かべるからこそ、望みも未だ浮かぶ。失われるものなくして希望は無いのだと締めくくりヴァイオリンを手に取った。
さあ、カタラァナ。聞こえるだろう? ここが『最奥』、君の眠る場所だ。さて、とアトは振り返る。
吟遊詩人の『司書』に思い出語りは任せておこう。彼女の思い出こそ、カタラァナ=コン=モスカを体現しているとそう思えるからだ。
アトと視線が交わって、イーリンは頷いた。柄じゃないからと控えていては始まらない。朗々と語らうその声をどうか。
――ある日街角に現れた、妙ちくりんな詩人が一人。勝手に歌って何もねだらず、ぷかぷか笑って帰るのです。
おかしいね、そうかな。でもそう思われるのも癪なので、旅人はお手紙一通送ったよ。詩人だって手紙が相手じゃ歌えない。
そんな詩人と旅人は、引潮満潮ずんどこずずず。北も南も砂漠も森も――ああ、もちろん海だって、行くよ進むよ星を見に。
だけど詩人と旅人は、お互い友達なんて思っちゃいなかったのです――
「何でだと思う?」
苦いチョコレートでも齧っては如何ところりと転がされたそれを手にしながらクレマァダは「何故」と問うた。
積る話は沢山。尽きることないから。イーリン・ジョーンズはからしき悲しみなんて見せない笑顔で柔らかに応えた。
「それはね、お互いのことなんて見ちゃいなかったからよ」
小さく笑ったその顔に、茶目っ気だけが滲んでいた。誰も何も分かりやしない。エゴイズムを内包したまま、海に沈んでいくような。
そんな曖昧な思いを胸に抱いて、イーリンは「エマ、貴女の話を聞きたいわ。ご無沙汰していたでしょ?」と手招いた。
「そう、ですね……一周忌……ですか。長い長い一年でしたね。
カタラァナさんはよく私をからかって遊んでいました。なんだかんだ私もそれが心地よかった節はありました。
ともだちを喪って……歩みは一度完全に止まり、鈍いながらも再び歩き出しましたが――やはり、一年経ってもさみしいですね」
へらりと笑ったエマの言葉にノリアが息を飲んだのは何故か。悟られぬように口を噤んだ彼女に縁はチョコレートを食べなと手渡して何も言わずに。
「それから……最近は私、どちらかというと本業の盗みの依頼を積極的に探して回るようになりました。
元々得意ではありませんでしたが、最近はいよいよ私の腕では戦いについてこれなくなったというのもありましてね」
カタラァナが知らない『彼女の死後の噺』をするのは何処か不思議な感じがした。
「他に変わったことといえば……領主不在だった小さなスラムを取りまとめて、何とかやりくりしているとか……えひひ、私もいつの間にか領主ですよ。領主というか、首領ですけどね」
「あら、凄いじゃない。ねえ?」
くるりと振り返ったイーリンの目線の先にはオパール・ネラの最奥の祠。まるで、そこに彼女がいるような。そんな自然な仕草で。
アリアはイーリンに習って「酒が駄目ならチョコレートで構わぬか?」と問い掛ける。答えなんてない、さざ波だけが聞こえているのに。
「イーリンさん、お話の続きは?」
「ええ、じゃあ聞いてくれるかしら」
――詩人と旅人は、竜が荒れ狂い、死病が満ちた海の上、初めて目と目を覗いたんだ。
お互いのことを見たら、なんてことない。お互いちっぽけな火を抱えた女の子でしかなかったのです。
二人はわんわん泣きました。怖いから、ううん、嬉しかったから。流した涙が二人の心を満たす頃、二人はその海に挑んだのです。
そして一人は――今もうたわれる星となったのです。
「もう一人? さぁ、旅人やってるんじゃない? 案外勇者になったりしてたり、ね」
くすくすと笑った彼女にクレマァダは不思議そうな顔をした。
自身と『あれ』を見間違えなくなった噺も。『あれ』がわんわんと泣いたという噺だって全てが全て、肌にしとしととしみつくような湿度でありながらシャコガイのように足を取って来たりはしない。
「あの、クレマァダさんは……」
「うん? ……ああ、我とて、哀しんでいるし、寂しがっているが、どこか乾いた懐かしみがある。我らは、正しく死者を弔えているのだ」
ノリアははあと息を吐いた。クレマァダを見て、漸く分かった気がしたのだ。
(そう、そうなのです。きょうのクレマァダさんだって、カタラァナさんのことを気にかけて見えるのは、ほんの、かぎられた時だけ。
ようやく、クレマァダさんの言葉が、腑に落ちましたの……。
わたしが、カタラァナさんを思い出さなくなったのは、わたしが、カタラァナさんのせいで苦しむことが、なくなったということ
それはきっと、カタラァナさんにとっても、よろこばしいことなのでは、ありませんでしょうか……!)
あなたに囚われるわたしが居なくなることが。あなたにとって、悲しいことばかりでないならば。
ノリアは「ふふ、おふたりは、お顔は似てらっしゃるのに、表情が、ぜんぜん、違いますの!」と意地悪をするように笑いかけた。
●
「どうやら、その話を聞くだけで、簡単に掴ませて頂けるようなお人柄では無かったようですけどね」
小さく笑ったフェルディンにイーリンは「残念ながら語り尽くせないほどの『可笑しな子』だったわ」と小さく笑う。
――ひどいや、いーちゃん。僕は普通さ。
ああ、そんな反論聞こえやしないくせに。潮騒があなたの声に聞こえてしまうから。目を細めたイーリンにフェルディンは何も言わずに頷いた。
誰も彼もが彼女を愛していた。救国の英雄? 世界を救う伝説? ああ、そんな事じゃない。
ただのカタラァナ=コン=モスカ。歌が好きな変わり者。彼女の事が好きだと十分すぎるほどに伝えってきて。
「……そんな彼女があの時唄った唄は、本当に綺麗だったな」
歌。そうだ、彼女の歌を思い出す。あの時、響いた歌声が海を震わせたのだ。カタラァナ、とアトは小さく名を呼んだ。
「……君が好きだった歌は、人の文化だった。文化が大海嘯の暴力を打ち破った。
暴力の応酬の中でしか生きられなかった僕にとって、この一年は見識を広げるには十分だったのさ」
暴力なんてない平穏すぎるその場所で、縁はそっとノンアルコールカクテルを祠へと供えた。皆で飲む酒が一人だけ飲めないなんて寂しいでは無いか。
「きっと俺はこの先ずっと、あの歌を忘れることはねぇだろう……ありがとよ、コン=モスカの嬢ちゃん――いや、カタラァナ」
初めて、読んだその名前は、どこか乾いた気配がした。
「カタラァナさん。せっかくあなたのおかげで拾った命です。どうにか長持ちさせて、使い道を考えていきますよ」
「ええ。死んでなんかやらないわ。歌でも歌ってあげましょうか?」
くすりと笑ったイーリンにアリアは「どれ、聞こうか」と小さく笑う。
フェルディンは仲間達の声を聞きながらゆっくりと膝を突いた。祠の前で、クレマァダが立っている。
(以前よりも貴女に、尊敬と――憧れが入り混じったような気持ちを抱いたんです。
ボクはこの世界で、誰と交わり何を為せるのか……いや、何を為したいのか。聞こえの良い大義名分、そんなものじゃなくて、ボクは――)
――『竜のうたごえ』は、これひとつではない。
ずらりと並んだその貝は歴代の御子の命そのもの。そこに一つを並べながら、見遣る。一つ隣のそれを指さして「御母様」と呟くその目は濁りもなけば輝きも無かった。
「……御母様。カタラァナが戻って参りましたよ」
答えなんてあるはずもない。
海原の様に澄んだ、美しい蒼。傍らの彼女を見詰めれば、かち合った眸に穏やかな色味が乗った。
あまりにあどけない少女のかんばせに、フェルディンは『まるでそっくりな誰かが彼女に乗り移ったような』気持ちになってから「いいえ」とぎこちなく笑って見せた。
――ふんぐるい むぐるうなふ くつるふ るる・りぇ うがふなぐる ふたぐん ゆめみる ままに まちいたれ♪
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
双子なのに道を擦れ違った、あの日に。
クレマァダさんが、真っ直ぐにリヴァイアサンを見たあの時に。
何かを堪えるような、リヴァイアサンを真っ直ぐに見詰めた泣き出しそうな僕(クレマァダ)に。
「やだな、僕(クレマァダ)。そんな顔似合わないよ――ねえ、笑ってよ。僕(クレマァダ)。僕(クレマァダ)には、笑顔が似合うよ」
なんて、彼女は笑ったのでしょうか。
GMコメント
2020/6/6――リヴァイアサンの切り札『大海嘯』を受け止め、カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)さんが死亡しました!
●目標
オパール・ネラに『竜のうたごえ』を奉納する。
戦闘はそれ程重視しなくて大丈夫です。彼女の為に、お納めに。
●聖地オパール・ネラ
孤島オパール・ネラは絶望の青の入り口に位置するコン=モスカの聖地です。
現在は静寂の青と呼ばれていますが、未だに残党であるモンスターの影は見られます。
入り口は陸にありますが、階段を下るにつれて深海洞窟に繋がっていきます。道はカタラァナさんなら分かるでしょう。
ゴーレムはカタラァナさんが居る事で反応をしません。コン=モスカの正当なる後継者として認められているかでしょう。
最奥には祠が存在しています。その祠にお供えをしてください。
道中にはモンスターの出現が予測されます。モンスターはさほど強くありません。
奥に行くにつれて、さざ波の音が歌声のように聞こえます。
最奥の祠付近では何かの気配を感じます。其れが何か、触れることも見ることも出来ませんが、それでも、確かに何かが。
●『竜のうたごえ』
ほら貝を思わせるコン=モスカの宝の一つ。幼き頃に『竜の器』が竜に奉ずる歌を学ぶ事に使われていました。
竜と共に眠った器のため、聖域オパール・ネラに奉納しましょう。
耳を近づければ調子の外れた潮騒のような、それでいて、昏い海に沈み行く静寂が喉を締め付けるような何とも言えぬ気持ちになります。
屹度、彼女を思い出すからでしょう。
●カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
クレマァダ=コン=モスカさんの姉。
全体シナリオ『絶海のアポカリプス』にて滅海竜リヴァイアサンの大海嘯を一人で受け止め、死亡しました。
詳細につきましては『これまでのお話』→『絶海のアポカリプス』にてご覧下さい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
もう一年が経つんだ。
すきなものを、すきだったものを、沢山の思い出話を、もっていってあげよう。屹度喜ぶから。
よろしくおねがいします。
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