PandoraPartyProject

シナリオ詳細

未だ、咲き残る金鳳花

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――多くを救った人が居るのだと聞いた。
 総てではない。けれど、本来その手で抱えるには余りにも多い人々の命を背負い、それらの願いを成し遂げた人が居たのだと。

「その人は、今はどうしているの?」

 そう問うた私に、母は哀しそうな顔で、それでも小さく微笑んだ。
 多くを救って、それでも、より多くを救おうとして。
 その人は、最後に沢山の魔獣に殺されてしまったのだと。そう言いながら。

「……何だか、可哀そうな人だね」

 意味も解らず、ただ何となく呟いたその一言に、母は驚いた顔をした。
 驚きながらも、次の瞬間には苦笑いを浮かべて。眼前のこの人は、私を優しく抱きしめる。
 ――否定はできないのだろう。きっとその人は、救いを乞うた者たちの所為で、誰かを救うという行為に憑りつかれてしまって、自らの『分』を見誤ってしまったのだろうと。
 けれど、それでも。そう言葉を続ける母に、私は頷く。

「うん、わかってるよ」

 それが、ある種の妄執の果てであろうと。利己を目的としたものであろうと。
 数えきれないほどの『たくさん』を救ったその人は、間違いなく、尊ばれるべき人なのだ。
 母はそう思ったのだろう。私も、そう思う。
 だから。

「救われた私たちは、その人の事を忘れないようにしないとね」

 笑いながら、私は母の腕から飛び出した。
 ……蔓を生やした花のオブジェ。それを腕に結び付けながら。


「恨むぞ」
「……。まあ何だ。悪い」
 平時のそれより明らかに顔色の悪い情報屋の短い抗議に対して、気圧された『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン (p3p000394)が両手を上げつつ応えた。
「手記一枚で書き手が暮らしていた場所を探してくれ、とはな……。
 お陰で只でさえ少ない睡眠時間が丸侭削れてくれたわ」
「でも、分かったん、ですよね?」
 ずい、と身を乗り出したのは『護るための刃』アイラ・ディアグレイス (p3p006523)である。
 渋い表情をしながら、それでも情報屋はぽつりぽつりと話し出す。
「……書き手がその地域に於いて、多少は名の知れた存在だったからな」
 曰く、その場所はラサの片隅に位置する小さな村だという。
 周辺の町村との交流も多い其処は、その起源を古くしている。少なくとも、ファルベライズの遺跡群が全盛期として活動していた時代まで。
「元は一人の老人が住まう東屋に過ぎなかったらしくてな。
 当時からして大規模な街からは距離を取っていたその場所は、少なからずモンスター等の被害を被ることがあったようだ」
 それでも、老人は従人でありながら自らの知恵を活かし、一切の被害を出すことなくモンスター達を退け続けていたらしい、のだが。
「……やがて、その噂を聞いた者たちが身を寄せるようになってきた。
 身分や財産、或いは何らかの罪を犯して、大きな街には居られない者達がな」
 他者を護るということは、自分一人を護るより遥かに難儀だ。その数が多ければ多いほど、担う負担も加速度的に増していく。
 それを理解しながらも、老人はしかし、その者たちを拒まず、温かく迎え入れたという。
「最終的に、その老人は集まったモンスターに殺されてしまった、という話らしいがな。
 それでも、数十は居たモンスターの大半を単身で屠り、被害を僅か数名に抑えたのは恐るべき手腕だろうが」
 ――そうして、その老人に救われた者たちはモンスターの被害を潜り抜け、流れ着いた先で一つのコミュニティを構築した。
「……それが、さっき言ってたその村?」
「左様だ。彼の村では、現在でも老人の『英雄譚』が口伝として語り継がれているらしい」
 墓こそ存在しないがな。そう言った情報屋は、袂から折りたたんだ一枚の地図と……数枚の『依頼資料』を取り出した。
「……間が良いのか悪いのかは知らんが。
 つい先日、この村から依頼が届いた。内容は『村を襲うモンスターの討伐』だ」
 ――さて、どうする?
 若干意地悪くも、そのように視線で問い掛ける情報屋に対して、二人の答えは決まっていた。


「奥さん! またモンスター共だ。最近どんどん増えてきやがる!」
 ――小さな村の家屋で、一人の男性が声を上げる。
「また? 此処最近は多すぎるわ。今までは年に一度か二度だったのに……」
「『ローレット』にも依頼を出しちゃいるけど、一先ずはこっちで何とかするしかない。
 獣除けの香を総がかりで焚く。効き目が出るまで俺たちが時間を稼ぐから、奥さんらは家の扉をしっかり閉めて……」
 ……奥さん「ら」の辺りで、民家の中をざっと見まわした男性は、其処に本来居るべき住人が居ないことに首を傾げる。
「……あれ、娘さんは?」
「え? ……っ、あの子ったら、また……!」

 ――英雄はもう居ないのだ。
「……う、うーん。中々な数じゃない?」
 コウモリのような翼を生やした獣たちが、村中を飛び交う姿を見て、私は張る相手も居ない虚勢を呟く。
 手には短剣。肩にはルーン石を等間隔で結び付けたロープを提げて、ただ、これから向かう先を見つめている。
「昔話のおじいさんみたいに、上手くはやれないだろうけど……」
 それでも。そう呼気を整えて、私は獣たちの坩堝に足を踏み出す。
 嘗て、救われた者たちの末裔。
 その私たちが、今もまだ、救われることを乞うだけの存在でいることは、決してあってはならないのだ。
「ギィィィ!!」
「っ!」
 滑空しながら向かってきた獣をやり過ごしながら、すれ違いざまに短剣を振るう。
 傷は浅くとも、その挙動は確かに揺らいだ。……毒は効く。問題ない。
「……やっ、やあやあ、異邦の魔獣たちよ! 我が名はクレマチス・オールドアージェン!
 汝らの横暴、この地に住まう者として見過ごせぬ。先ずはこの身を拉がせて見せるがよい!」
 昔、どこかで見た英雄譚の踏襲。意図を介したわけでは無かろうが、大声を放つ私に獣たちは視線を寄せた。
 ――これでいい。これでいいんだ。守れなくても、救えなくても。
「めっっっちゃ怖いけど……それでもさあ!」
 何かを変える、一助にはなれる。
 救われるだけの『お荷物』から、幾多の年月を経た私たちは、一歩程度を踏み出せたのだと、そう伝えることは、きっとできる。
「カァァァァァァッ!」
 群で襲い掛かる獣たちに対して、私はロープを放り投げる。
 結んでいたルーン石が起爆して、幾らかはその数を散らす。即席の爆導索は予想以上に効いてくれた。
 それとて、僅か数体を怯ませたのみ。
 未だギラギラとこっちを睨む獣たちに対して、私もまた視線を逸らすことなく。寧ろ朗々と声を上げた。
「『救い手』よ! 父祖に等しき者よ、どうぞご照覧あれ! 現在(いま)の私たちは……」

 ――『私たちは、抗えるのだ』と。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエストいただき、有難うございました。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『翼獣』の全討伐。

●場所
『小村』
 ラサの首都、ネフェルスト近郊。ファルベライズ遺跡群の一部を近くに置く小さな村。
 砂漠地帯におけるオアシスを中心にしており、作物等での農作業も活発。付近の町村とも交流しております。
 シナリオ開始時に於いては下記『翼獣』が村内を飛び交っており、対して村人の殆どは(獣除けの香を準備している屈強な男衆を除いて)家の中に入っております。
 時間帯は昼。参加者の皆さんと村までの距離は自由に決めていただいて構いません。

●敵
『翼獣』
 背中からコウモリのような翼膜を生やした虎のようなモンスターです。数は15体。
 攻撃と防御、耐久力が大きくない反面、命中と回避に恐ろしく長けています。また、見た目通りに飛行能力を備えていながら、高度によるペナルティを全て無視するスキルを有しています。
 思考能力は獣並ですが、本能から相手の脅威を察する程度は出来ます。厄介だと思った相手からは距離(高度)を取って安全圏に逃げ、他の対象を狙う等も可能でしょう。
 シナリオ開始時、これらは全個体が村内を好き勝手に飛び回っています。

●その他
『村人』
 上記『小村』に住まう村人たちです。今回の場合は「家の外に出ていて、獣除けの香を焚いている男たち」の事を指します。
 彼らは上記『翼獣』が与えるダメージが少ないことから、分厚い衣服を何重にも着込んでダメージを軽減しながらも作業に従事しています。
 この香が焚かれている場所の範囲10m以内に於いて、『翼獣』達は命中と回避にマイナス補正を受けますが、その反面この場所にはあまり近寄りたがりません。

『少女』
 上記『小村』に住まう一人の少女です。本名はクレマチス・オールドアージェン(蔓花と古銀)。年齢は十代半ば。
『村人』達の獣除けの香が十分な効果を発揮するまでの時間稼ぎを行う算段。戦闘能力は高くありませんが、その穴を即席の道具で埋めているために一応戦えている様子。
 独自スキルは対象に[毒][出血]を付与する「ボタンヅル」、遠距離貫通対象に大ダメージを与える「テッセン」、[飛][無]属性を持つ「カザグルマ」の三種類(いずれも物理攻撃)。
 シナリオ開始時、『少女』は『翼獣』2体を近距離に於いて交戦中。PCの皆さんが指示を与えればそのように行動します。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、リクエストいただきました方々、そうでない方々も、参加をお待ちしております。

  • 未だ、咲き残る金鳳花完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年05月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談9日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
※参加確定済み※
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶
※参加確定済み※
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
長谷部 朋子(p3p008321)
蛮族令嬢
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
チヨ・ケンコーランド(p3p009158)
元気なBBA
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)
砂漠の蛇

リプレイ


「……大丈夫?」
「はいっ!?」
 邂逅は唐突。
 複数の翼獣に纏わりつかれて苦戦していた少女……クレマチスに接近すると共に、傍らの翼獣を叩き伏せた『恋する探険家』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の言葉に、返された答えは困惑交じりのものだった。
「ご安心を。私達は『ローレット』です。村の方々からの依頼を請けて此方に参りました」
 タン、という足音一つ。
『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)が少女の前に立ち、身にまとう鎧を構え、呟く。
「後は私達に任せて、きっと守り抜いて見せますから」
「……。それ、は」
「ま、そう避難を急くことも無いさ。致命的な被害も出ていないしね」
 受け取り手にとっては「非戦闘員はさがっていて」と言う意図にも思える言葉に対して狼狽する少女へ、言葉を割り込ませたのは『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)だった。
「女手一つで頑張るね」と苦笑交じりに声をかけた彼女は、サルヴェナーズと共に飛び交う翼獣たちに狙いをつけては黒銃と魔術所を双手に携えながら。
「土地が問題か伝承の某さんが余程魔物に嫌われでもしたのか。
 ……まあ真偽はさておき、討伐の手伝いと洒落込みますか」
「うん、村の事情とかは全然知らない。
 あたしはあくまでただの助っ人、依頼でやってきただけの人間だから」
 自身たちは、あくまで『依頼を受けた冒険者』に過ぎないのだと、『蛮族令嬢』長谷部 朋子(p3p008321)が言葉を継いだ。
 無論、それは凡そこの場に居る理由としては十分すぎるもの。ただ、そうでない者も少しばかり居ると言うだけの話で、だから。
「でも、自分達でなんとかしようと立ち上がって、立ち向かったことは尊敬する!!
 だから、あたしたちにも戦わせてね!」
「うむ!わしら老ぼれはの!!! 子らの未来のためなら極自然に!!! 戦うぞい!!!!!」
 ……朋子の、そして『元気なBBA』チヨ・ケンコーランド(p3p009158)の言葉は、少女、クレマチスに対してのみ、向けられたものではない。
 返答に言葉は無く、確かな首肯一つだけ。それでも、朋子は傍らに立つ『護るための刃』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)に対し、莞爾と笑顔を浮かべる。
 ――――――何時か、叶えられぬ願いを見た。
 それを諦めきれぬ魂の映し身に寄り添い、けれど、願い叶わぬまま終わってしまった想いを、彼女は、仲間たちは、悔いることしかできなかった。
 けれど、しかし、それでも。
「貴方は……?」
「……クレマチスさん。どうか、その一歩にさちあれかしと祈りをこめて」
 或いは、真の終わりなど、何処にもないのかもしれない。
 誰もが無為と謳うような意思でも、その想いを継いだ人はきっとどこかに居て。嗚呼、それらに辿り着き、あまつさえ手を貸せる自分は、どれほど幸せなのだろうと、アイラは少しだけ口元を緩めた。
「たたかいは、怖くて、苦しいから……頼ってね。ううん。支え合おう」
「……はいっ」
 告げるアイラに、応える少女に。
『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は、ちらと笑いながら大弓を双腕に担った。
(──ラナンキュラス、デルフィニウム、ニゲラとアネモネ)
 戦場であるこの村が生まれるきっかけとなった一人の老人。その者が救えなかった四つの命に、レイチェルは希う。
 今こうして、魔物たちによって滅ぼされようとしている彼らを、どうか彼岸より見届け、助けてくれないかと。
 ……『その意思』を。震えて待つのみではなく、立ち向かい、抗う姿を見せた、同胞の末裔を。
「うし、一緒に戦うぞ。クレマチス!」
 戦いは、始まりを迎えたばかり。
 何もかもが不透明な戦場と戦況の最中で、それでも、レイチェルはこう続けるのだ。
「アンタの名乗り、格好良かったぜ」
 その想いを、必ず遂げさせて見せると。


「英雄譚に触発され、新たな未来像を掴もうとする……うーん素晴らしい、応援したくなっちゃうね!」
 ぎゃあぎゃあと喚く翼獣たちの最中に於いて、しかし『希望の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は朗々と声を上げる。
 戦闘は始まって間もない。彼我の力量差を量れていない獣たちは未だその分布を広げても固めてもおらず、アリアはその中で特に翼獣たちが集まっている個所を目指して疾駆する。
「よっし、この依頼私も全力全開だよ!」
「キラッ★」と決め台詞を口にしながらポーズをとるレイチェル。指先から発された小さな煌星が獣の一体を叩けば、それに怒った獣が咆哮とともに爪牙を以て迎え撃つ。
 挙動は二回。事前情報にある通り威力自体は高くないが、その精度とアリア自身の耐久性の低さも相まって些少なダメージと呼べるものではなかった。
 ……それが幾度も続くものであるならば、だが。
「折角調べてくれた情報だ。成果には報いてやらなきゃな」
 赫炎が、空を貫いた。
 禁術・憤怒の焔。己の血に濡れた煙管を、レイチェルが指先で手遊ぶというそれだけで、火皿から吹き上げたそれはアリアに向かう翼獣の身を大きく削っていた。
 これもまた、情報屋が教えてくれた敵の弱点。速度に特化した敵は、その耐久性能が極端に低いということ。
 当たれば、脆いのだ。それを最初から理解している得意運命座標たちの動きは、ゆえに一切の惑いがない。
「アイラさん、誘導は!?」
「一体、出来ました!」
 敵がその名を冠するように、飛翔しつつの戦闘を得意としていることから、少なくとも遠距離攻撃以外では射程上の問題が出てくることは言うまでもない。
 それゆえの誘導。怒りの状態付与を以てして自分たちと同じテリトリーに敵を誘い出して後、それが解除されるよりも早く、アイラと朋子は積極的な攻勢を畳みかける。
「クレマチスさんも合間合間に攻撃して、牽制していってくれると助かる!」
「了解、ですっ!」
 朋子の言葉を受けて、毒液入りの鞘から抜き放った短剣を振るう少女。
 無論歴戦の冒険者たち同様、容易く当てては切り裂き、等と上手くいかないものの、その動きを妨害するという意味では十分な効果を示せているだろう。
「本当は村人の統制もしたいところだけど……」
「煙の効果で、少なくとも現在目立った被害は出てません。それに……」
 ――あの人たちが、もう辿り着いていますから。
 言って、アイラが視線を向けた先には……今も獣除けの香を焚く村人たちと、その援護に回るルーキス、そしてサルヴェナーズの姿。
「……『効き』が悪いね」
「場所が悪いこともあるんでしょうか。ただ、まあ……」
 全くの無為というわけでもない。そう言って、自身の幻影魔術――ペイヴァルアスプによって呼び寄せられた翼獣たち数体を前に、サルヴェナーズは頭上の光輪を妖しく輝かせ始めた。
 元は村に近づけまいとして村人たちが焚いた獣除けの香。その元へと逆にスキルを介して誘導させることで、精彩を欠いた動きで向かってくる魔物たちへと二人が各々の得物を構える。
「ギ、ギギギギギッギィッ!」
「やれやれ、耳に障る高音だ」
 嘆息交じりで黒銃の引き金を引くルーキス。銃声は無く、代わりに響いたのは雷の轟音。
 香によって動きを制限された翼獣たちを魔術の雷が灼いて……しかし、止まらない。
「幾ら脆いとて、一撃では沈みませんか……!」
「ならば! この老ぼれが止めを貰うぞい!!!」
 傍らから聞こえてきた声に目を丸くするよりも早く、サルヴェナーズめがけて食らいつこうとする翼獣を、チヨの拳骨が文字通り「粉砕」した。
 アーリーデイズ。利き腕全体が拳を放つ瞬間だけ残像を残して掻き消えるほどの速度。そして威力を撃ち込まれれば、死に瀕した獣一体からすればたまったものではない。
 鎧の上に来た割烹着が朱に染まる。まともに反応を返すこともできないルーキスたちに代わり、後から追いついてきたフラーゴラが若干困った様子で声をかける。
「横入りしてごめんね。そろそろ、地上に降りてくる個体が少なくなってきたから」
「……と、言うことは」
 うん、と一つ頷いて、フラーゴラは上空で飛び交う数体の翼獣たちを見ながら呟いた。
「そろそろ、面倒になってくるかもしれない」


 翼獣は、知性こそないものの、その本能という点においては戦闘にて『面倒な相手』と言われる程度には厄介な挙動を取ってくる。
 その最たるものが、「脅威と思われる相手に近づかなくなる」ことだ。
 もちろん、それはあくまで自発的な行動に於いて、という話に過ぎない。スキルを介して敵の動きを誘導し、特異運命座標らのテリトリーに持ち込めば、戦闘は引き続き継続して行うことが可能ではある。
 ――が、それは逆に言うと、「スキルを行使しなければ敵との戦闘に持ち込むことは難しい」という意味でもあるのだ。
 状態異常は即座に解除されるようなものではないものの、事実上、怒りを付与する味方の行動が不定期ながらそれに縛られた状態で戦闘を継続しなければならなくなる。
 これによって引き起こされるのは、戦闘の長期化。もっと言うと。
「っ、痛った……」
「クレマチス、さんっ!」
 村人たちへのダメージの蓄積、である。
 先にも言った通り、翼獣たちの行動指針は「脅威と思われる相手に近づかない」ことだ。
 それはつまり、「脅威に思えない程度の相手」には、これまで通りの攻勢を取るということ。
 片腕を裂かれ、よろめく少女を支えつつ、剣を薙いだアイラ。しかし翼獣の側は嬌声のような鳴き声を上げては再び上空へ飛んでいく。
 ――特異運命座標たちの作戦は、堅実策としては確かに有効であるが、その反面でこうした「自分たち以外への被害」が蓄積するという点では一手が足りていなかった。
 傷ついた村人たちのカバーリングや回復に回る味方が増えれば、それに比例して攻撃の手もまた減る。
 時間経過とともに与えるダメージが削られていく戦況の最中。それでも特異運命座標たちは前を見る。
「向こうの数は減ってる! ただ香を焚くだけじゃなく、全体に行き渡るように仰いで!」
 戦闘が開始してから現在、余裕を見ては村人の統制を図る朋子は、この依頼におけるファインプレーヤーの一人であろう。
 獣除けの香が向かう方向、翼獣の位置を避けるような村人の配置誘導等で、現在においても彼らの被害は本来のそれより十分抑えられているのだ。
 そして、同時に――敵の数も、確実に削られつつある。
「クレマチスさんは、こんな所で倒れるの悔しくない?」
「……そう、ですね……」
 負傷をカバーしながら、しかし今なお戦う少女へと、フラーゴラは静かに問う。
 顔色を青ざめながらも笑う少女に、フラーゴラは小さく頷いて言葉をつづける。
「キミが今もその思いを抱き続けているのなら、ワタシはそれを応援するよ」
 残る翼獣は片手で余る程度。
「こっちに来なよ」と呟いた。フラーゴラのただそれだけで、目の色を変えた獣が再び上空から彼女めがけて襲い来る。
「……チヨさん!」
「応とも! ほぉあああああああ………!!」
 次いで、砲声。
 チヨのオーラキャノンが飛来する獣に命中する。影響で半ば墜落するようにしながら、それでも未だフラーゴラを狙う翼獣に。
「一撃で、良い……!」
 当たって。そう祈った少女の短剣は、確かに落ち行く獣に致死の一撃を見舞った。
「……うん、お見事」
 十分だ。そう笑ったルーキスもまた、残る翼獣の一体にダイヤモンドダストを浴びせかける。
 怒り、しかし凍る獣。複数の状態異常に苦しむ翼獣に対して、贈られたのはサルヴェナーズの舞踏。
「……ええ。怖くて逃げ出したかったはずなのに、よく頑張りましたね」
 戦いの始め、少女は言った。「私たちは抗えるのだ」と。
 その意志を。違うことなく目にしたサルヴェナーズは、口元を少しだけ綻ばせて。
「俺も負けちゃいられないね。……アリア!」
「もう『呼んでる』! レイチェルさんの方こそ準備オーケー?」
 精霊疎通を介して翼獣たちの位置を常時ある程度つかめているアリアのサポートによって、討伐数では最も貢献しているレイチェルとアリアのペアは、そうして再び獣の一体を呼び寄せた。
 充填能力を持ちながらも、そもそもの消費量が多いスキルの連発でレイチェルの気力は枯渇寸前だ。それでも彼女は笑いながら大弓『月華葬送』に矢を番える。
(――あの『ホルスの子供』は、俺を庇ったせいで死んだ)
 それを、再び見ないためにも。接近する翼獣を前にレイチェルは、右半身の紋を限界まで励起させつつ、魔力を込めた矢を射って。
 片翼に穴が開いた。地に付す翼獣は、しかし残る四肢を使って今なおアリアを睨み続け。
「……悲劇の歌唱は、ここで終わらせないとね」
 アリアの呪言によって、睨んだ姿のまま、石と化して朽ちていった。
 残る個体も一体。そして、それを倒さんとする今この時こそが胸突き八丁。

 ――――――!!

 大天使の祝福。歌声が、響き渡った。
 敵を呼び寄せ、仲間や村人を癒し続け、気力も体力も何もかもを使い果たすアイラの、それは身を切るかのような切なる願いの体現。
(ボクは、おじいちゃんが大切にしていたであろう場所を護るだけ)
 何時か、救えなかった人の想いは、今もこうして繋がっている。糧になっている。
 その具現を。この場所を。守るために……今のアイラは、此処に居るのだと。
「ガガガガガガッ!!」
 その声を。まるで耳障りだというかのように。
 翼獣が食らいつく。首元に迸る血しぶき。燃焼したパンドラがそれを癒せば、アイラは躊躇いなく剣を構える。
「この喉が二度裂けようと、知ったことか」
 気づいた獣が逃げるよりも、剣閃は遥か早く。
「ボクは、未だ此処に居る――ッ!!」
 一つの村を襲った悪夢。
 その最後が今、胴と頭を、分かたれた。


「……本当に、ありがとうございました」
 深々と頭を下げる村人たちに、特異運命座標らが見せた反応はそれぞれ違うものだった。
 翼獣の討伐を終えて後。結果としていくらか傷を負った者たちこそ居たものの、重傷者や死者はいない。
 この辺りは特異運命座標たちが負傷した村人へのサポートを怠らなかった部分が大きいだろう。
「うむ! みなよく頑張って耐えたのう!」
 現在においても「わしも被害の確認と片づけの手伝いをするぞい!」と村中を駆け回るチヨに対して、村人は感謝しきりである。
「クレマチスさんも結構ケガしてたけど、大丈夫だった?」
「ちょっと、貧血になった程度です。
 ……寧ろ、あの後お母さんに貰ったお説教のほうが、ダメージ大きいくらいで」
 朋子の言葉に対して、かたかたと震える少女。それを見てルーキスは軽く噴き出してしまう。
「いい教訓になっただろう。次から出掛ける時は、お家の人にきちんと伝えましょう! OK?」
「はい……身に沁みました」
「ともあれ、良かったです。お二人が生きてちゃんと再会できて」
 言葉を返したのはサルヴェナーズだった。
 親子の再会を祝う言葉の傍らで「――私も、また会えるでしょうか」と、小さく零したそれに、気づいたものがどれほどいるかはわからないけれど。
「まあ、こういうことがこの村に何度も来るかはわからないけれど。
 よかったら、今後時々稽古をつけてあげてもいいよ?」
「本当ですか! ……あ、いや。とりあえずお母さんに許可貰ってからで」
 大事なことである。フラーゴラは頷き、そうして冒険者たちは二人を残して村を去っていく。
「……ああ、そうだ。あなたのお母さん怒ったかもしれないけど」
 去り際、アリアが振り返り、笑いながら口を開く。
「英雄譚は確かに信仰にも似た拠り所になるよね。でも、それに胡坐をかくのはただの怠慢。
 貴女はそんな人たちに、立ち向かうことで新たな道を示した。そう、思うな」
「……? あの、貴方たちは」
 村の『英雄譚』は、あくまで村人たちだけが知る小さな口伝だ。
 それを知っているかのようなアリアの言動に首を傾げたクレマチスたち村人は、そうして、残る二人に視線を向ける。
 村の祖となった老人。彼に縁があることを伝えたレイチェルとアイラに、少女はひどく驚きながらも、しかし。
「……なら、認めてもらえた、ってことなんですかね」
 貴方達という助けを通じて、踏み出した、『一歩程度』を。
 そう言った少女に、レイチェルは笑って言った。
「……今の『金鳳花』達は抗える。
 天国の御老人に、アンタは立派な姿を見せてやれたと思うぜ」
 そうして、恥ずかしげに笑う少女へと、レイチェルは最後の問いを向ける。
「最後に、聞きたいことがある。……彼の名は?」
「……村の祖先様に対して言うべきじゃないんですけど。
 ちょっと怖い名前、ですね」
 厳冬を指すその名前を、少女は苦笑混じりに口にした。それを何度か繰り返したアイラは、
「……おじいちゃん、なんて、烏滸がましかったかもしれないけど」
 捨てられた少女。家族無き少女は、自身が口にしたその呼び名を何処かくすぐったそうに笑い、しかし。

「ボクは、あなたのひかりに、なれていましたか――――――」

 教えられたばかりの名を言って、そう問いかける。
 穏やかな風が、二人の頬を微かに撫でた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、有難うございました。

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