シナリオ詳細
からっぽの砂糖壺
オープニング
●ある聖女の残滓
目が覚めたとき、天井は知らない色をしていた。
レースのカーテンが光をすって膨らんで、入り込む春のかおりが甘いチョコレートクッキーの香りに混じっていく。
ふとベッドサイドをみれば、瓶いっぱいにチョコレートクッキーがつまっていた。
新しいもののようだが、手をつけた形跡はない。
いたむ頭を手で押さえながら、身体を起こす。
そんなタイミングを見計らったかのように、部屋の扉が開いた。
「やあ、目が覚めたかな――ジェニファー・トールキン」
美しい、ブルーベリーのような目をした少年だった。
春風のテラスに、蜂蜜と紅茶とアップルパイがあった。
見るも無惨な顔をした神父がトレーに砂糖壺を持って現れ、向かい合って座る少年とジェニファーの間においた。
神父は二人の顔をそれぞれ見ると、何も言わずに建物へと戻っていく。
瓶に手をつけ、ひらくと、角砂糖がわずか一個ばかりしか入っていなかった。
「オレはマルコ。マルコ=フォレノワ。ここへ無理矢理連れてこられたんだ。あんたもそうなんだろ? そういう顔してるぜ」
残った角砂糖を奪って自分のカップへ入れると、スプーンでかき混ぜていく。
話をするたび、痛みの中から記憶がまろびでるように思えた。
「あんた、聖銃士だったんだろ」
その言葉で、急速に。そしてそれまで抜けていたのが嘘だったかのように記憶たちが蘇る。
「そうよ」
額からスッと手を下へなぞると、眼帯にあたった。
天義という国への、憎しみの象徴。アドラステイアという都市からの、救いの象徴。
「私はローレットの連中に負けて、殺された……はずだったけど」
「そうじゃないらしいな」
マルコは無表情のまま、砂糖壺を突き出してきた。中身は空っぽなのだが。
●スナーフ異端審問会・特別秘密教会
教会のようにも修道院のようにも、はたまた山のホテルのようにも見えるその建物は天義国内にありながら天義正教会に対し秘密裏に建設、運用される施設である。
過激な原理主義または正義主義に傾倒した天義の思想から保護するべくして保護されたごく少数の者たちが、この特別秘密教会には収容されている。
彼らにとっては天義という国そのものが毒であるため、静謐な場所にかくまわれているという表現が正しいだろうか。
この場所を運営するスナーフ異端審問官もまた、表向きには左思想の強い審問官であり国内外問わず異端者へ断固とした鉄槌を下す――その一方、こうした施設を作り『本来断罪すべきでないグレーな存在』をかくまっている。
そうしたグレーゾーンへの対応はしばしば、世界的中立ギルドであるローレットに依頼されることが多いのだが。
「今回は逆に、依頼される形になってしまったな」
椅子に座り、事務仕事を一通り終わらせたスナーフ神父がファイルを閉じる。
特別秘密教会の事務室に、アーリア・スピリッツ(p3p004400)とココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はそれぞれ呼び出されていた。
いや、二人だけではない。
彼女を含めこの件に興味をもった、ないしはもしものための護衛としてたまたま居合わせたイレギュラーズたちが全部で8名ほど、この場所へ集まっている。
「その節は、大変お世話になりました……」
普段の口調とは随分かわった、たいへんしおらしい雰囲気でアーリアが頭を下げる。
対するスナーフ神父は手をかざし、頭を上げて座ってくれと返した。
「メディカの事は、むしろ私の落ち度だ。信頼できる仲間にも調査させている。続報が入り次第君たちにも伝えよう。それより……」
「うん、あの聖銃士……ジェニファーのことよね。それと、マルコ君」
聖銃士ジェニファー・トールキンはアドラステイア関連施設襲撃の際交戦し、ココロたちは彼女を生かしたまま捕らえこの施設へと収容した。
一方でマルコ=フォレノワはアドラステイア実験区画フォルトゥーナへの調査の際発見。親元でもなく国外でもなく、このスナーフ特秘教会へと収容された。
彼らはいずれも『望まずに』この施設へと入れられている。
そういう人間は実際の所少なくない。デリケートなのもまた、この場所ではザラだ。
しかし今回の場合は特にローレットとの関わりが深く、そしてアーリアやココロを含め彼らの状態を知りたがる人間がそれなりに多かったこともあって、今回の――。
「『面会を求める』……だったかな」
そう。面会を、求めたのである。
- からっぽの砂糖壺完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2021年05月05日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●チョコレートクッキー
ピアノ演奏が聞こえる、日の差す庭。
麦わら帽子を被り雑草をむしる作業服の男性には、酷い疵痕があった。顔一面に拷問の跡があり、軍手を脱げば爪が一枚もない傷だらけの手が見える。
だが皮膚の剥がされた顔には、どこか優しい目があり、振り返る彼は『もうしばらく待ってくれ』と言って手を振った。
案内されるまま屋外のカフェテーブルにつき、紅茶のポットを手に取る『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)。
そそいだ紅茶の……ローズヒップだろうか、甘酸っぱい香りが立ち上る。
香りとピアノ演奏の、よくあうこと。
アーマデルが目を閉じて演奏に耳を傾けていると、トレーにスコーンをのせた『天地凍星』小金井・正純(p3p008000)がやってきた。
「あの演奏は、誰のものだ? ジェニファーやマルコの?」
「どちらでもないですよ。もっと前にここへ収容された子だそうです。名前は教えてくれませんでしたが……」
そう語る二人へ、着替えたスナーフ神父が戻ってくる。
白い手袋と僧服。顔の傷はさらけ出したままだが、不思議と恐怖は感じなかった。
「君たちは、付き添いかね」
「まあ、そんなところだ。少なくとも宗教問答をしに来た訳じゃない」
カップを置いて立ち上がろうとするアーマデルに、スナーフは『そのままで』と手をかざした。
「君がどこのせかいのどの神を信仰していても構わない。ここはある意味、そういったものと真逆にあるからな」
話を聞くに、このスナーフ特別秘密教会は天義におけるい不正義断罪から隔離する形でかくまうための施設であるという。
国外に逃がしたところで徹底的に追い詰めるというのがスナーフ派異端審問会のやり方であるために、『手が届き安全な場所』をスナーフ自身が作る必要があったのだった。
「君は、君なりの話があるのではないか」
「ああ……」
カップを両手で包むようにして、アーマデルはもう一度窓のほうを見た。
カーテンが風にめくれ、ピアノをひく少女が見えた。腕にひどい火傷のあとがあったが。
「アドラステイアのことは知っているな? 俺はあそこの子を保護している。子供達だけの傭兵部隊だ。ラサに派兵され壊滅状態だった所を保護したんだが……」
「アドラステイアの、外部傭兵部隊……オンネリネン計画か」
話が早い、と頷くアーマデル。
「あれほど分かりやすく人の命を浪費し続けているものへ、恭順するしか選択肢がない。
せめて自分で考え、悩み、選べるよう、他の選択肢を与えてやりたい。
他の子らも助けてやって欲しい、と望まれたのもあるが……」
「私からも、いいですか」
それまで聞くに徹していた正純が小さく手を上げた。
先を促すアーマデルとスナーフ。ピアノの音がやんだ。
「今回はこのような場を設けていただきありがとうございます。この数ヶ月、アドラステイアに関わってきた身として少しでもあの都市の内情を知ることが出来るのは大変良い機会ですし。
天義にこのような場があることには驚きましたが。……あの義父は本当に口の割に過保護なんだから」
最後のあたりは独り言だったが、なにを言っているのかわかっているかのように、スナーフ神父は小さく笑った。
咳払いする正純。
「彼ら、とくにジェニファーは継続的にイコルを摂取してきました。かつて禁断症状のような状態になる子がいたという話もありましたし、ここで何か状況に変化はないのでしょうか」
「ああ、それは俺も気になっていた。隔離するにも、禁断症状が出てはつらいだろうからな」
「ふうむ……」
スナーフは口元に手を当て。
「今のところそういった症状は出ていない。が、仮に禁断症状に苦しんだとしても、『あえて苦しめるままにする』というのが私の方針だ。それ以外に苦しみを断つ方法はなく、そしてそうしなければ再び同じ快楽を求めてしまう。それはイコルにかかわらず、禁断症状や中毒性の高いものでも同じ対応をするだろう。
少なくとも健康維持は行うが……薬を求めて暴れ回る者を押さえつけるという戦いが、どうしても必要になるのだ」
「そう、ですか……」
うつむく正純。
「治療とはそういうものだ。苦しみも悲しみも立ち所に消し去ってくれる薬物など存在しない。イコルが『そう』だとうたっているのが、皮肉なほどに」
再びピアノ演奏が聞こえてくる。今度はどこか穏やかな、夜の月のような曲だった。
スナーフは演奏する部屋のほうを見て、目を細める。
「私は現実の後処理を……実現したことの後処理をすることしかできない。
奇跡を起こすのは、いつでも君たちだ。その後処理ができることを、私は光栄に思う。
だから、『思うようにやるといい』。君たちの起こした奇跡が、現実になるのだろうから」
●ジェニファー・トールキン
ぼくはたぶん、ジェニファーのことをきらいじゃないと思うけど
ジェニファーは旅人なぼくのことをすきじゃないと思う
でも、話さなきゃ
ジェニファーは自分のやってることに迷ってたもん
迷って、苦しそうにしてた
迷ったままはずっと苦しむってことだよ
ぼくは、そういうのはいやかな
『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は、ジェニファー・トールキンに割り当てられた部屋の前に立っていた。
お土産に持ってきたマカロンをバスケットに入れて。
『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)と『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)も同じようにドアの前に立ち、そしてノックすべきかどうか迷っているようだった。
掲げた手を、ドアにコンと当てるだけのことが、こんなに難しいとは。
(イコルは人をおかしくする。もうジェニファーに触らせたくない。
わたしはあの子を助けたい。前を向いて生きてもらいたい。
この世界は思っている程昏くはないのだから)
意を決し、拳を握ってドアを叩こうとしたその途端、ドアが内向きに開いた。
布のシャツとパンツというラフな姿をしたジェニファーが、ため息交じりに三人を見た。
「ずっとそこに立っているつもり?」
「今、ノックをしようとした所よ」
イーリンが持っていたトレーを小さく掲げて、肩をすくめた。
部屋には甘い香りがして、ベッドサイドにはお菓子で一杯の瓶があった。
いわく、前の住人のものであるという。
住人がいたというわりには部屋に生活感はなく、ベッドと椅子だけがある。綺麗に飾られたのはベッドサイドデスクの上だけだ。
「テーブルはそこにしかないし、椅子もひとつだけよ。地べたに座るなり窓から飛び降りるなり好きにして頂戴」
投げ槍な悪態に、しかしイーリンは安堵した。
口を引き結んで対話を拒絶するよりずっといい。ある意味それだけ、彼女が『聡い』ということだ。
イーリンはドカッと地面にあぐらをかくと、ティーポットをのせたトレーも同じように床に置いた。
「友達でもない子には名乗る名前はなくてね。司書と呼んで頂戴。『貴方の信じる神』の言う、害悪の旅人よ。
さて聖銃士さん? そこのチョコレートクッキーのかけらで私を刺し殺して逃げる? なんなら瓶もあるわよ」
挑発的な物言いに、ジェニファーは同じくドカッと床に座ってみせた。トレーを挟んで。
「私は司書、この子は弟子のココロ。趣味は読書と遺跡探索。冒険者と言うとわかりやすいかしら。家族はこの世界には居ないわ」
「そう、奇遇ね。私もいないわ。殺されたから」
けんか腰になるということは、それだけ対話の意思があるということだ。
イーリンは『大丈夫よ』という目でココロを見た。
頷き、そして意を決して床にどかっと座り込むココロ。
リュコスはといえば、割と当たり前のように床に座っていた。
「ぼくはジェニファーともっと話がしたいよ。ジェニファーに旅人全部がきらいでいてほしくないし、逆になんでジェニファーが旅人をきらいになるか知りたいよ」
リュコスの言い分に、ココロも頷いた。そしてどう答えるのかも、なんとなく分かっている。
「別に好きも嫌いもないわ。家に虫が湧いたら駆除するでしょう? 『いるだけで』世界を壊すのだから、駆除することにそれ以上の理由なんかないわ。むしろ、そういう存在を抱え込んでまで擁護するあなたたちの正気を疑うわね」
「それでも。此処からわたし達が何をしているかを見て。知って。
あなたの憎しみの根源を知り、打ち消す為の調査を必ずする」
真正面から受け止めたココロに、ジェニファーは言葉に詰まった。
「お願い」
そう重ねるココロから目をそらして、うつむく。
「どうしてよ」
問いかけられることは、分かっていた。
どう答えるかも、決めていた。
ココロ、イーリン、そしてリュコスも。
用意しておいた花束を差し出す。
「ジェニファー、わたしたちはあなたと友達になりたいの」
しばらく黙った後、ジェニファーは花束を受け取った。
●マルコ=フォレノワ
深い森があった。
鳥のさえずる木漏れ日を、一人の少年が歩いている。
しかしふと、少年が足を止めた。
振り返れば、木の陰に人。
ロングコートを肩からひっかけ、ウェスタンハットをかぶった男。
「この先へ行っても、教会からは逃げられないぜ」
『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は葉巻を咥えると、口角をあげて紫煙を吐いた。
「弟サンとやらのところへ行きたいか? あのイコル狂いどもしかいない掃き溜めに?」
片手で葉巻をつかんではいるが、もう一方の手は懐に入っている。
少年は……マルコ=フォレノワはため息をついて手を顔より高くあげ、持っていた果物ナイフを地面に落とした。
「別に抵抗なんてしない。あんたらに簡単に倒されるくらいだから、俺はこんなところに閉じ込められたんだろうからな」
聞けば、マルコはこれまで幾度も教会からの脱走をはかったという。
理由は当然ながら……。
「弟のところへ行きたいんだろうぜ。無理矢理引き離されたと、そう思ってんだろう?」
「仮にそうでなかったとしても、オレは戻る。エヴァのところへ」
教会のホールへ連れてこられたマルコは、悪びれることもなくそう答えた。
「エヴァはたった一人の家族だ。俺たち兄弟が幸せに暮らすには、必要なことなんだよ」
「その弟が怪物になってもか」
重く囁くヤツェック。
と同時にホールの扉が開き、『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)と『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)がやってきた。
話し合おうと部屋へ向かえば、はずしたカーテンをロープにして窓から垂れ下がっていたのだからその慌てようといったらない。
『教会からの脱走』という点に置いて、アーリアはことさらデリケートに反応するものである。
マルコがベンチに座っているのをみとめ、ほっと息をつくアーリア。
「さ、お茶会にしましょう。それとも、珈琲が良かったかしら?
お話ししたくないというのなら、それでもいいの。何か話したいことがあるのなら言ってくれればいいし、無いなら私の話を聞いてくれるだけでもいいのよ」
ヴァイスはあらためてトレーを手にすると、マルコのそばへと腰掛けコーヒーカップを手渡した。
おとなしくそれを受け取って、コーヒーに口をつけるマルコ。
ヴァイスが聞いていた限り、マルコはアドラステイアの環境から逃れた……というより戦闘行為によって気絶させられ拉致されるというかたちで引き離された子供だった。
特に彼のいた環境は特殊で、すべの子供が毎日イコルを服用し続け、ひどく荒廃した街であるにも関わらず美しく清らかな街だと幻覚したまま子供達が幸せに暮らすという場所だったらしい。
イコルが優れた行いをした子供にだけ与えられる特別な品であることを考えれば、破格の優遇と言えるのかも知れないが、この区画自体がファーザー・バイラムのおこなう『実験』でもあるという。
何の実験かは、おおむね想像がつく。
だがヴァイスはあえて、その話は切り出さなかった。
しばらくは好きな食べ物や天気の話を、黙ってきくマルコへ語りかけ続けるのだ。
そうして時間が過ぎていった、ある頃。
やっとアーリアのほうが口を開いた。
「……ごめんなさい」
はじめに切り出す言葉の重さに、ちらりとヴァイスが視線を送る。ヤツェックもだ。
そしてとうのマルコは、それを追求しなかった。
しなかったから、先へと進めるしかない。
「どうして君は、イコルを飲まなかったの」
問いかけに、マルコは肩をすくめて一秒。ため息をついてから口を開いた。
「なにかと思えば、そんな質問か。簡単だろ、オレには必要なかったからさ。オレにはエヴァがいればそれでいい。けどエヴァは、オレがそばに居るだけじゃだめだった。イコルが必要だったのさ。だから――」
「だから、倍飲ませたんだろ」
足を組み、葉巻を灰皿にとんと置いて、ヤツェックが左右非対称に笑った。
「ワルだねえ。ファーザー・バイラムからイコルをちょろまかして弟にがぶがぶヤクを飲ませる。するとどうなる? あの街でひとりだけ『正気』だったアンタなら当然知ってるはずだ。イコルを飲み続けた奴は、怪物に……聖獣になるんだろ? アンタは弟を怪物にしたかったんだ」
「ちょっと」
止めようとするアーリアの手を払い、ヤツェックはマルコの襟首を掴んでひっぱった。
「アンタの弟は見事に怪物になったぜ。それも人間と怪物のミックスにな。ヘラヘラ笑いながらそこの酒色のねーちゃんを食いちぎろうとしたんだぜ。よかったよなあ。アンタは――」
引き留めようとするアーリアとヴァイスを更に振り払い、そして。
「アンタの望み通り、もうエヴァを誰も傷つけられねえ!」
話を、要約しよう。
マルコはアドラステイアの実験区画フォルトゥーナへと送り込まれたなかで、ひとつの事実を知った。
イコルという薬物を投与された人間は多幸感に満たされどんな環境でも幸せに過ごせるようになる。
ただし長期間ないしは大量に投与された人間は多くの場合聖獣化してしまう。
が、ごく稀に。
聖獣の力をもちながら人間の姿を維持できる本当の怪物に変化する個体が現れる。
「エヴァは最初からなにも持っちゃいなかった。だからすべてを失ってもよかったのかもしれねえ。むりろそれで怪物のパワーが手に入るなら儲けモンだったかもな。けどよ――」
ヤツェックは、うつむくマルコの前に屈んで視線を合わせた。
「エヴァには一番大事なものが欠けちまった。アンタだ。アンタも、一番大事なエヴァを欠いてる。
それは距離がはなれたって意味じゃねえ。
互いに街と教会に隔離されたって意味でもねえ。
エヴァがアンタを忘れちまうって意味だ」
忘却は完全なる死であるという。
たとえ離れていても、たとえ目覚めぬ眠りについたとしても、互いが覚えているなら、それはまだ『繋がっている』と言えるのだろう。
けれど……。
「兄弟が離れ離れになるなんて……つらいことよ」
少女のようにうつむいて、アーリアはそうこぼした。
「元に戻せるかどうかは、分からないわ。
けど……私達はあの聖獣たちを『倒そう』とは思ってない」
「そうね。敵だとも……今は思えないわ」
ヴァイスはそういって、空になったカップをトレーに置いた。
「アンタらガキ共を守るのが、大人の本当の役目だ。おれはアンタを捨てはしない」
マルコは何も言わなかった。
言葉にできる感情では、なかったのだろう。
ヤツェクはその肩をぽんと叩いて、ホールの扉へと歩いて行く。
「地獄の悪鬼に誓うぜ」
しばらく見守ろうとしたアーリアとヴァイスだが、ヤツェックが『もう行くぞ』と手招きをするので仕方なく立ち上がり、ホールを出て行く。
その背に。
「 、 」
マルコの囁きが、聞こえた気がした。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――依頼完了
――マルコとジェニファーは引き続き教会で保護されます
GMコメント
このシナリオはローレット・イレギュラーズが捕らえたアドラステイア関係者二名との接触、ないしはインタビューを目的としたものです。
戦闘要素、ないしそれに準ずる備えや警戒は必要ありません。
依頼内容はジェニファーとマルコへのメンタルケア及びケア要員の護衛ですが、必ずしもそれが達成されなければならないというわけではなりません。
●プレイング、および行動指針
今回は参加者を二つにわけ、『ジェニファー側』と『マルコ側』で別々に接触するプレイングをかけてください。
接触自体は両方とできていることにはなりますが、リプレイ上ではどちらかを描写する扱いとします。
場合によっては『どちらとも接触するつもりがない』という方もいらっしゃるかもしれませんので、その場合はスナーフ神父とお茶するなりこの場所のなりたちなりを尋ねたりすることになります。
・ジェニファー
『浄化計画』に参加していた聖銃士。
いまだアドラステイアのファルマコンこそが正しいと信じているが、ココロによる度重なるアプローチの末、直接的に敵対することに迷いが生じている模様。
今のところローレットに対しては敵対的で、旅人が魔種同様世界をおかしくするという『旅人害悪説』にとらわれている。
【関連資料】
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4340
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5258
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/1324
・マルコ
アドラステイアの実験区画フォルトゥーナにてイコル製造工場作業員として働いていた少年。
イコルの摂取を偽り、ただ一人正気のまま狂った街で生活していた。
元の家では迫害されていた弟が唯一幸せに暮らせるのはイコルによる幻の中だけだと考え、操られるふりをしてイコル製造に関わり続けた。
ローレットは当区画への潜入調査の際にマルコを発見。話し合いなどはせず無理矢理眠らせて拉致。スナーフ特秘教会へと収容した。
【関連資料】
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4806
https://rev1.reversion.jp/guild/1/thread/4058?id=1225504
●補足解説
・スナーフ特別秘密教会
天義で要職につきつつ(PL的かつローレット的に)常識をもっているスナーフ神父が、その立場をうまく利用して作ったグレーな収容施設。
天義国内では過剰に断罪されそうな者をかくまう形で収容する。
脱走は難しく、仮にできたとしても天義やその外に居場所がない人間が多いためそうそう脱走は起きない。
【関連資料】
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/19
https://rev1.reversion.jp/page/religiousstateofnemesis
・スナーフ神父
天義国内にいくつかある異端審問会もうち一つを束ねる権力者。
審問官たちは大体左過激派正義主義者で彼らの前では同じように振る舞っているが、実は常識人。グレーな案件をこっそりと処理することに長けている。
時には審問官たちでは街ごと燃やしかねないような案件をローレットに依頼し、適切な外科手術的処理を行う。
特秘教会の運営もその一環で、今回はあえて依頼という形でローレットを招いた。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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