PandoraPartyProject

シナリオ詳細

例え大地が覆い隠そうと

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●悪事は必ず白日の下に曝される
 銃声が響く。
 それは林の中だ。ここは、とある貴族の私有地であり――見渡す限り広がる木々は近くに一切の民家はおろか人気が一切ない事を物語っている。こんな所うっかりと迷い込んでしまえば出るにも困難だろう。
 尤も私有地となれば本来、柵なりなんなりがあるものだ。
 近くに至る者はあれどその中にまで迷い込む者はいない――
「うわああ……あああああ――ッ!!」
 しかし、今この森には在り得べからざる『余人』がいた。
 足を抑えて絶叫を響かせる子供が一人――激しい出血が彼の歩む力を奪い取っている。
 その身なりはどう見ても『普通の子供』だ。この地を所有しているような貴族の関係者とは思えぬ『余人』……その背後より迫りくるは獣の足音。
 狼――
 いや、狼によく似てはいるがその尾は強靭な刃の様に尖っており、全身の毛も逆立っている様を見ればむしろ魔物に近い印象を受けるか。鋭利な牙を月明かりに晒しつつ急速に、痛みに嘆く者の下に向かって。
「や、やめろ! うあああ助けて! 誰か、誰かッ――!!」
 追いつけばその肉へと牙を突き立てる。
 ――しかし一撃で仕留めようとはしない。
 あえて首や心臓などの部位を狙わず、腕などに嚙みついてそのまま引き摺る様に。
 さすれば牙が食い込む。肉に、その内側に深く、深く。
 その度に響くのは再なる絶叫だ。
 死ねぬ苦しみ。死にたくないが故の轟く声。
 ……それでもその声はどこにも届かぬ。先程述べた様にここには人気がないのだ。
 偶々途中を通り掛かる旅の者もいなければ、貴族の私有地となればましてや憲兵など……

「ここまで逃げるとは、今宵の獲物は中々活きがよいものであったな」

 同時。子供を貪る狼の様子を見ながら一人の男が姿を現した。
 その手には猟銃。腰には一つの短剣を身に着けており……まるで狩猟を行う狩人の様な格好をしている。散策しやすい様な衣類を身に着けている様子からもその印象が強く――
 しかし実際に狩っているのは獣ではなく人だ。
 ――彼はリヒター。リヒター・オランド子爵。
 この地を統括する貴族にして『人狩り』を楽しむ老齢なる人物である。
「サーシャ、他の子らがまだ来てないだろう。まだ仕留めるではないぞ」
「あ、ああ……たす、たすけ……たすけて……!」
「駄目だな。お前は逃げ切れなかったのだ――その代償は支払われなければならん」
 救いを求める子の懇願を嘲笑う様にリヒターは口端を歪めるものだ。
 ――ああいつ見ても良い。追い詰められてどうしようもなくなった者達というのは。
 ……かつてリヒター卿は鉄帝との戦争の折に、幾度も積極的に前線へと向かった武闘派の人物であった。特に敵の陣形の崩れや士気の低下を見抜き突撃を掛ける事が上手く――武勲も立てていた。
 しかし段々と『敵を追い立てる』事自体に悦を見出す様になってしまった。
 老いてからは更に歪となり、こうして子供の様な弱者を集め人狩りに興じる様になってしまい……この子供も犠牲者の一人だ。生き残りたくば全力で走って林から抜け出してみよと。
 だが子供の足で狩人から逃げられようものか。
 ましてやこのような魔物じみた狼もいるというのに。
 そして、サーシャと可愛らしく名付けられた悪魔が如き狼が甚振る様に子の傷だけを増やしていれば――やがて更に狼達が現れた。二匹、いや三匹……いずれもサーシャと同族だろうか。似たような毛並みを持つ彼らがのしかかる様に群がれば――やがてか細い声すら咀嚼音の中に掻き消える。
 この催しももう何度目だろうか。
 リヒター卿の悪癖は年々酷くなる。犠牲になった者らはもう、両手では数え切れず……
「おお、どうしたどうした次が欲しいのか? うむうむ、しばし待て。
 在庫はまだあるからな」
 そんな彼に甘える様にすり寄って来る狼達。
 奴らは人肉を好む、もはや魔物に近い邪悪なりし獣。
 満月の夜にはいつも――人が死んでいる。


「――ここか。リヒター卿の、例の『狩場』というのは」
 天を見上げれば満月があった。
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)が訪れたは――件の林。
 ……『情報』通りならば今日もここで貴族による『狩り』が繰り広げられている筈だ。
 彼らイレギュラーズはそれを止める為――否。
「はぁ、はぁ……そうだよ間違いない。
 ここが……前に殺されかけた場所なんだ……!」
 依頼により、復讐をする為にここへと訪れたのだ。
 ベネディクトらに帯同しているのは一人の少年だ。十代後半程度だろうか……
 名はテトラという少年。彼は――リヒター卿の『狩り』の被害者の一人だ。
 運よく……いや、共に捕まっていた人物の身を呈する献身により助かった彼はずっと復讐の機会を窺っていた。
 いざやそれを実行しようした段階で彼の目的はイレギュラーズ達に阻まれた――のだが。
 命までは奪われなかった彼は逆にイレギュラーズ達に依頼をしたのだ。
 ――リヒター卿を倒してほしいと。
「……嫌な臭いがする場所だね。この先は、よくない気配で溢れてるよ」
「やっぱり――そうだよね。私もなんとなく感じるよ……」
 そして、かつて少年を止めた一人がベネディクトであり――更にサクラ (p3p005004)とスティア・エイル・ヴァークライト (p3p001034)もそうであった。
 少年を止めた者が、次は少年の依頼を受けて此処へと。
 ……しかし訪れてみれば件の場所は随分と『嫌な気配』が充満していると、即座に気付いた。
 ここには死が溢れている。
 見かけだけで言えば只の林であるが――されど魂が警鐘を鳴らしているのだ。
 数多の悲鳴がこの木々に残っていると。数多の悲痛を大地が覚えていると。
「はぁ、はぁ……」
「――大丈夫? やっぱり残っていた方が良かったんじゃ」
 同時。ここまで案内をしてきた少年の息が、やけに荒い事を笹木 花丸 (p3p008689)が案じる。
 彼は――以前、復讐の為に己が肉体を強化すべく薬物に手を出していた。
 ……その後遺症が彼を蝕んでいるのだ。
 肉体は悲鳴を挙げて、しかしそれでも。
「いやどうしても……どうしても、俺も来たかったんだ……!
 もう……こんな状態じゃ、俺じゃ無理かもしれないけれど……!」
 それでもあの男は殺さねばならないのだと。
 その意思は――まだ死んでいない。
 彼は生かされた。わざと囮になった妹に、サーシャに救われて。
 その日からずっとあの男の首を取る事だけを目的に生きてきたのだ。
 ――今日ここで全てを終わらせる。

 例え大地がお前の罪を覆い隠そうと。
 悪事は必ず白日の下に曝されるのだ。

GMコメント

 リクエストありがとうございます。
 本作は『凍りついた胸に、復讐の熱い石炭を』(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4662)と設定的な繋がりがありますが、必ずしも読んでおく必要はありません。
 邪心抱きし貴族に鉄槌を。よろしくお願いします。

●依頼達成条件
 リヒター卿の撃破。
 (殺害でもいいですし、打ち倒すだけでもどちらでもOKです)

●フィールド
 リヒター卿の私有地である林。
 時刻は夜ですが美しいばかりの満月が光り輝いていますので視界にはさほど問題ないでしょう。リヒター卿は狩りを終え、帰還しようとしている真っ最中の様です。
 なお周囲には人気はありません、が。リヒター卿の帰還が遅れれば彼の配下の兵などが様子を見に来る可能性はあります。そうなれば増援と言う形で敵の戦力が増えますので、その前に決着をつける事が出来ると良いでしょう。

●敵戦力
●リヒター・オランド
 幻想貴族。
 元々若い頃は鉄帝との戦争でも積極的に前線に出て、それなりに活躍した武闘派の人物でもあったらしいです。特に敵の陣形が崩れたり怯んだ際の攻勢には定評もあったとか……
 しかしそういった武勲を立てる経緯となった『敵を追い立てる』事に快感を見出してしまい、年老いてからは歪となって『人狩り(特に弱者)』を楽しむようになってしまったとか……彼の狂気により犠牲になった者は、少なくとも両手では数え切れません。

 若い頃は剣一本の人物でしたが、最近は片手に猟銃を抱いたスタイルの様です。
 猟銃は主に『狩り』の為。剣は万一の護身用……と言った感じです。
 年老いているからか長期に渡る戦闘には不得手ですが、短時間であれば老人とは思えない技量を発揮できるようです。多くの戦場で培ったその経験は決して侮れる様なモノではないでしょう。

 幻想の貴族の一人ですが、彼の悪癖には流石に親族も多少苦い顔をしている様です。
 その為殺害されても積極的に犯人探しなどが行われる事もないでしょう。

●獣×5
 リヒター卿の狩りを手伝う狼の様な個体達です。
 狼……とは称しましたが、その尾は鋭くまるで刃の様に武器として扱う事が出来る様です。分類的には動物と言うより魔物に近い様ですが、なんらかの手段により教育されたのかリヒター卿には従順です。
 人肉を好み、奴ら自身も狩りを楽しんでいる節があります。
 牙で噛み【出血系列】のBSを付与して来たり、獲物を逃すまいとのしかかる様に【乱れ系列】のBSを付与してくることがあるようです。

 全ての個体にそれぞれ名前が付けられておりリヒター卿も可愛がっている様です。
 ――なおその名前は、以前にそれぞれ狩った少年少女から取ったのだとか。

●少年テトラ
 かつてリヒター卿の『狩り』の対象となり、しかし生き延びた数少ない人物です。
 相手が貴族であったが故に憲兵など味方にならず……その為復讐の牙を研いでいました。が、復讐者がいる事に勘付いたリヒター側が彼を妨害するためにイレギュラーズに依頼。その結果彼の目的は阻まれました。
 ――しかし命は奪われなかった彼は、今度はイレギュラーズに依頼を。
 リヒター卿の打倒を彼は願い、道案内も務めた次第です。

 以前は戦闘能力を保持していましたが、当時使用していた強化のための薬物に体を苛まれ、大きく能力が低下してします。全体的な体調の悪さも続いているなど、動くのも辛そうですが……怒りと恨みに突き動かされ、付いてくる様子を見せています。
 説得して留めても、強引に気絶させても、はたまた戦場に共に連れていってもOKです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 例え大地が覆い隠そうと完了
  • GM名茶零四
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年04月30日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
※参加確定済み※
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
※参加確定済み※
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
伊達 千尋(p3p007569)
Go To HeLL!
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
※参加確定済み※
蛇蛇 双弥(p3p008441)
医神の双蛇
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
※参加確定済み※

リプレイ


 ――貴族とは高貴なる者の責任が伴う。
 それを、ノブレスオブリージュと言う。
「貴族に許された多くの権利は……人々を守るためにあるんだ。
 そんな席についている人がこんな非道な事をするなんて……」
 これじゃあ只の外道だよ。
 森の中。突き進む中で『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は思わず呟かざるを得なかった。今、再度聞いても信じがたい出来事がこの先で行われて――いや。
 ずっとずっと行われてきたのだという。
 止めねばならない。止めた後『どうするか』は『彼』に委ねられるとしても。
「いるぜ。この先だ……悠々と歩いてるみたいだぜ」
 と、その時。眼前の更に奥の方に目標がいると知覚したのは『蛇に睨まれた男』蛇蛇 双弥(p3p008441)だ。彼の温度を見極める力で、闇夜の中に明らかに周囲とは異なる体温を持った存在がいると勘付く。そして――
「――んっ?」
「失礼。リヒター卿とお見受けする」
 辿り着いたのは『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)だ。突如として現れた存在にリヒター卿の近くにいる獣達が警戒の姿勢を見せる――
 その口端に、赤き血糊を付けながら。
 思わず眉を顰めるものだ。やはり今日も行われてしまったのかと。
「……余計な言葉はいりますまい。これ以上の残虐非道は止めさせて頂く」
「先日はどうも。私達が満月のこの夜に現れた意味――貴方ならもう分かるよね?」
 構える武具。同時に『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)も言葉を紡ぐものだ。
 以前は彼から依頼を受けて暗殺者……いや復讐者たる『彼』を止める為に動いた。
 けれど今、立場は逆。
「成程――暗殺者にでも絆されたか。存外、イレギュラーズ殿はお優しい様だ」
「……どうかそれ以上、何も囀ってくれるなであります。この期に及んで笑みまで見せるとは……」
 どうやら積極的に死にたいようだと『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は受け取った。そもそもここに至るまでに――もうエッダは限界なのだ。
 ずっと手綱を握りしめ続けて。
 いつコレに行き場が生まれてしまうのかと。

 もう……私には、彼をどう殺すかという事しか考えられない。

 互いの距離の間に流れるは一触即発の気配。
 あとはどちらが口火を切るか――最早その程度の薄皮一枚だ。
 温い風が誰かの首を撫ぜた、瞬間。
「行くぜ」
 短く。言葉を切って誰よりも早く跳躍の動きを見せたのは『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)だ。
 風牙は……この依頼事態に思う所が無い訳ではない。
 どこか胸の奥がモヤモヤするのだ。
 それは復讐に加担する事の是非だろうか。極論、どんな理由があれ人殺しの手伝い。
 ――正しいのか、それは? やっていいのか、これは?
「だけどよ、止めなきゃきっと……『次』が生まれるんだよな」
 ただ分かる事もある。目の前のこの男は止めねばならぬ存在だ。
 それだけは間違いない。だから――風牙は往く。
 遠間から一瞬で間合いを詰める歩法をもって速度と共に。狙い穿つは周りの獣。
「天義の聖騎士、サクラ・ロウライト。貴卿に裁きを下しに参りました」
「ほう――天義の正しい騎士様とやらは随分と暇なようだな。この様な他国にまで」
 貴女の国は完璧なのかな? と、挑発する様にリヒターは紡ぐが『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は一切顔色を変える事無く、瞳に意思を携えている。このような……上に立つ者としての義務を果たさぬ輩の言動などなんの力も持たぬのだとばかりに。
「――さぁ来い! 獲物はここだよ!」
 同時。彼女の剣が光り輝く様に獣たちへと。
 彼らにとって煩わしいばかりの煌めきが目に付けば戦いは始まり――
「おぅ少年。お前さんはゆっくりと見てな」
 だが、イレギュラーズが負けるなどと万に一つも『Go To HeLL!』伊達 千尋(p3p007569)は思っていない。彼はサクラ達が交戦している現場からは少し離れた所で『少年』と共にいるのだ。
 『彼』に流れ弾が飛ぶことが無いように。
 『彼』が逸る気持ちと共に――飛び込んだりしないように。
「だから我慢しろよ。お前さんの本懐ってやつはぁ、今まで待った時間に比べればすぐさ」
「はぁ、は、ぁ……」
 それは少年テトラ。
 リヒターに全てを奪われた少年は今、千尋に守られながら――戦いの趨勢を見守っていた。


 ――お兄ちゃん! 明日はどこ行くの!
 ――明日はそうだなぁ、隣町に行こうか。おっきな図書館があるらしいぞ!


 リヒターをどうするかはともあれ、人を狩る獣達を生かしてはおけなかった。
 奴らは少なくとも人の味を覚えているケダモノ。
 ――いやある意味でリヒター自身も既に『そう』か。
「どれだけ殺したの」
「さて。少なくとももう両手の指では数え切れんな……だが戦場に比べれば大した数ではない」
「命のやり取りをする場と、命を一方的に狩る場を同一視してるつもり?」
 碌でもない、とリヒターに言いながら向かうのは花丸だ。
 老人とはいえ多くの戦いを経験した強者にはまた違いないのだろう。だから、少なくとも誰かが抑える必要はあるとして向かうのが彼女だ。名乗るように、或いは言葉を投げかけ挑発するように花丸はリヒターの気を引く。
 その五指に込められた力が意識せぬ内にも強まりながら。
 ――放たれる銃弾。銃口の先と引き金を絞り上げるタイミングを見据えて躱し。
「花丸の邪魔はさせねぇよ……お前たちの相手は俺だッ!」
 同時。そんな彼女へと獣を向かわせぬ様に立ち塞がるは風牙だ。
 奴らの牙足り得る鋭き尾が突き出されるが――己が槍の穂先にて凌いで交差一閃。
 腹部を割いて出血を促す。
 狼一体一体は俊敏であるが、数からしてイレギュラーズの方が上だ。
 落ち着いて対処すればそこまで脅威ではない……それもそうか。元々これらの戦力はあくまで狩りをする為の頭数。子供を追う為の獣と考えるなら妥当な数である――
 胸糞悪い。
「魂まで腐り果てたか。武人としての心を失った者と考えれば当然であるが」
「はっ――ま、んな奴だからこそ『復讐』の対象ってね。納得するもんだよなぁ」
 槍の乱撃。ベネディクトが隙を見せた獣を横から薙ぎ払いて全体の俯瞰を。
 今の所増援が現れる気配はなさそうだ。万一現れる様子があればそちらへの対処も考えいていたが……双弥の一撃も加われば獣達の掃討にもそう時間はかからなそうだ。彼の『神の牙』たる拒絶の矢が地へと降り注げば、一筋の火線が場に生じて。
 横薙ぎに払われる獣達――思わず痛みにより絶叫が轟け、ば。
「む! エリック、サーシャ! 貴様ら……私の可愛い子らを、よくも!」
「サ、サーシャ……!?」
 瞬間、リヒターが思わず激昂する勢いで紡いだ言葉が風に乗って――テトラへと届いた。
 サーシャ、サーシャ? なんだそれはなんの名前だ。
 それは――それは己の妹の名前では――まさか――貴様――!!
「お~い少年~? 今すぐリヒターとかいうジジイをブッ殺したいだろうけど我慢しろよ~? 今のお前さんじゃどう足掻いても足手まといが精々だぜ。流れ弾すら躱す余裕がねぇだろ?」
「分かってる……分かってるよ、けど!」
「そんなら、もうちっとばかし見ときな。
 あそこのベネディクトって凄い奴がさっさと片付けてくれるからな」
 なにせアイツは俺の一の子分さ――千尋は今にも飛び出しかねないテトラの頭を押さえて、同時に戦場から彼を狙う一撃や流れ弾が飛んでこないかと注意を続けている……えっ? なんだってあいつが凄い事は知ってる?
「……そうさ、だって前に、俺を止めたんだからな」
「そうだろうそうだろう、あいつぁ俺程じゃねぇが男前でタフだからな――心配しねえで待っとけ。な?」
 テトラをあやすように千尋は言葉を紡いで引き続き事態を見守る側だ。
 この少年は危なっかしい。誰かが見ていなければ確実に飛び出すだろう。
 ――復讐をやめろなんて言わないが。しかし無謀は避けるべきだと。
「……もしかしてその獣達に付けてる名前は、殺した相手なの?」
「よく分かったな。初めて上手く殺した奴の名前をな、思い出として……」
「貴方はッ!! 何をそんなに嬉しそうに語るの!!」
 まるで我が子が初めて立ち上がった瞬間を嬉しがるように。
 心の底からの歓喜を――狂気と共に吐き出している。
 思わず腹の底から声を出してしまったサクラは、己に向かって来た獣を一撃で斬り裂いて。
「どこまで腐ってるの!! どうしてそんなに喜べるの!!
 ――ああもういい。もう黙れ。お前はもう己の臓物が腐ってる事にすら気付けない外道。
 そんな相手の言葉を聞くのは耳が! 魂が腐る!」
 何もかも理解できぬ嫌悪が彼女の脳裏を満たしていた。
 そもそも子供を狩る事自体何百歩譲っても理解できぬのだが。
 それに輪を掛けて『殺した獣に名前を付ける』など狂気の沙汰。

 今、改めて確信した。こいつは生きていてはいけない人間なのだと。

「外道に加えて気も狂ってるなんて……今までしてきたことに自覚もないんだろうね」
 そして親友たるスティアもまた、リヒターの危険性を感じ取っていた。
 周囲の味方に活力を齎し、獣の牙によって傷を負えば治癒を施そう。
 そうしていれば万全だ。後はほんのり――リヒターがテトラのいるほうに気づかないように。或いは気づいても庇えるように位置取りも気にして。
 攻め立てる。
 獣達はサクラに引き寄せられ、そこをベネディクトや双弥、風牙によって集中的に攻撃されている。奴らの牙は出血を促し、のしかかろうとしてくれば動きが制限されそうにもなるが――そこはスティアの治癒が行き渡りもすれば押される程ではなかった。
 獣は一体、また一体と悲鳴と共に倒れていく。
「楽な狩りに慣れ切ったな。心に贅肉が溜まっている……弱者を狩る事しか考えぬ輩に、元より未来はないものだが」
 ……可哀想に。
 エッダはまた一体、サクラの引き寄せから漏れ出た個体に拳を繰り出して。
 完璧なる死角から投じられる一撃は――その身を粉砕す。そして。
「チィ――おのれイレギュラーズ、私の可愛い子らをよくも! 許さんぞ!」
「――そう言いながら逃げる様子を見せるとは性根も腐り果てたか」
 リヒターの様子を常に観察していたエッダは、逃げる姿勢を見せたリヒタ―へと即座に追いついた。簡易ながらにも飛行して跳躍。残存の狼を飛び越えて奴の前へと。
 さすれば振るわれる斬撃があるものだが――一撃程度でなにするものか。
「まずは足だ」
 その節操無き足を砕いて進ぜよう、と。エッダは遂にその全霊を振るう。
 容赦も。
 手加減も。
 ――何もかも不要とばかりに。
「ぬ、ぅ、ぉ!」
「逃げられないよ。ここで貴方は終わるんだ。貴方の悪趣味な出来事も――全部」
 次いで花丸も背より一撃。
 それは竜撃の一手から紡がれる――続けざまの二撃。
 傷つけ、壊すことしかできなかった少女の拳は。
 今。数多の無念を晴らすためにこそ振るわれる。
 リヒターの骨に衝撃が走り、砕かれるような音がして。
「ぬ、ぅ、ぁあああ! おのれ、おのれ下賤なる者が、この私にぃぃい!!」
 同時。猟銃を無茶苦茶に振るうようになるリヒター。
 ――獣たちは倒され、自身も追い詰められ、遂に錯乱気味になり始めたか。
 もう彼の終焉などすぐそこにあるようなものである――が。
「そいつをやるべきは、俺たちじゃねぇんだよなぁ」
 双弥は言う。トドメの一撃足りうるモノを振るうのは。
 あの少年以外にはいないのだと――視線を寄こしながら。


 ――お兄ちゃん、大丈夫だよ。二人で別の方に逃げれば助かるから!
 ――大丈夫! 私は大丈夫だよ! お兄ちゃん、一緒に生きようね!


「妹は……サーシャはそう言って、自分から捕まりに行ったんだ」
 林の中。草と、落ちていた枝を踏む音がする。
 あの日の事は忘れた事が無い。あれは、サーシャの言は、自ら囮になる為に……
「テトラ。復讐はいけない事だと、俺は君を止める気は無い。だが――忘れないでくれ」
「……うん、分かってるよ」
 一歩一歩近づくテトラへとベネディクトは言葉を。
 戦う前。ベネディクトとテトラは約束をしていたのだ。如何なる結末になるにせよ……
 必ず、生きて共に戻るのだと。
 復讐の為に薬物にも手を染めていたテトラの身はボロボロであり、いつ限界が生じてもおかしくない身。しかし安静にすればまだ未来はあるかもしれず……そして未来があると確信しているからこそかつてベネディクトたちは命を救った。
 これで終わりではないのだ。
 君は、君が助けられなかった人達が見られなかった。
「触れる事が出来なかった風景を見て……生きて行って欲しい」
 きっとそこに君が生きた理由があるのだからと。
 ――リヒターの戦闘能力は既に奪われている。
 エッダにより自害も封じられる形で。猟銃は取り上げられ、手指は潰され……
「……戦場の技を貶めた事、弱き者を弄んだこと。
 命を嬲り己が悦に興じて多くを巻き込みそして止めねば次も続けたであろうその性――
 どれもが許し難く、ただ死ぬことすら生ぬるい」
「――エッダさん」
「分かってるでありますよ、サクラ」
 それでもトドメは己ではないのだと、サクラに止められた。
 ……正直助かった思いもある。
 もしも彼女に止められなければどこまで突き進んでいた事か。
 身体の端から少しずつ削いで行ったか――それとも子らと同じく山野に晒して獣の餌としたか――憤怒と憎悪と嫌悪が入り乱れ、真っ赤に染まった己が視界。悪鬼が如き様相へと変貌していたのであろう恐らくは。
「……トドメは皆さまにお任せするであります」
「復讐か。復讐ね。イイぜ、そういうの。お行儀よく『復讐は何も生みません』なんて言わねぇよ。体に無理させてまでやろうとしたことだ――出来なきゃもう一歩も動けねえんだろ、坊主?」
 体のみならず心がと、歩くテトラへと双弥は言葉を繋いで。
「殺すならその手でやってやんな。坊主が殺さなくても、そこのおっかない連中がやってくれるぜ」
「……うん、だけどこれは俺がやりたいんだ」
「はは――そう言うんなら好きにしな。なんなら再起不能にしちまうのもオススメだぜ?」
 もしも生かす方向なら、と彼は紡ぐ。
 手足の腱を切るのはマストで。あぁ、人ってのは生きがいがないとボケが早まるものだから。双弥自身60をとうに超えた身であれば――『分かる』ものだと。
「おいテトラ。お前がやりてぇなら止めるつもりはねぇし、そもそも権利もねぇ。
 言いてぇことがあるならぶちまけちまえば良いし――ただ、まぁ、なんだ」
「後悔だけはしない選択を選ぶべき、だよね」
 そうそうそれだよソレソレと、千尋はスティアの言に相槌を打つように。
 復讐しても良いと思うし、罪を償わせたいと思うのならそれでも良いとスティアは思っている。ただ重要なのは――行動に対して心残りが無いか。本当にそれでいいかという確かな決断。
「コイツが死んだらお前の生きる理由が無くなったってのは勘弁だぜ」
「はは――それはないよ。こいつを殺す理由はあっても、俺が生きなくなる理由はない」
「おう! その言葉だけは、忘れんなよ」
 でももしも。
 もしもやっちまった後にどうしても駄目になったなら。
「俺んとこに来い。
 バイクでカッ飛ばして腹いっぱいメシ食えば、大体の事はどうでもよくなるさ」
「ああ或いは鉄帝でもいいでありますよ。歓迎するであります」
 年下を導くのも年長者の務めだと千尋は笑顔と共にテトラの背を叩き。
 曲がりなりにも貴族を害すれば幻想では生きていけぬやもと――エッダは己が地へも誘って。
 往く。
 もはやあと数歩。刃を振り下ろすに十分な距離まで到達すれば。
「ぬぅぅ……おのれ小僧がァ! 誰だ貴様は、私をこのような目に合わせおって!」
「――テトラ、好きなようにしな」
 風牙も今更止める事はしない。
 ……ただしやるにしても苦しめるなどという事をするなら止めよう。
「お前が憎む外道と同じになるな」
 殺しを楽しむようなクソなどには。
 決して落ちてはいけないのだ。
「ああ――ありがとう」
 そんな風牙の気遣いにテトラは礼を述べて。
 ――振りかぶる。
 刃を。満月の月夜に輝かせて。
「……これは、テトラさんが始めた物語なんだ」
 だから花丸は納得する。これは、彼によって終わるべき物語なのだと。
 テトラが居なければ此処まで辿り着けなかったから。
 ――彼の心のままに時を進めるだけだ。
「悪逆非道。幾ら積み重ねてきたか知らないけれど」
 例え大地がお前の罪を覆い隠そうと。
 悪事を憎む彼の刃は此処まで辿り着いたぞ。

「うわあああああ!!」

 直後。吠える様に高々と。テトラは周囲に己が声を轟かせながら――
 長年に積もり積もらせた思いを遂げる。
 サーシャ、サーシャ――
 己の為に犠牲になった者の名を紡ぎながら。
 枯れ果てる程の涙を零しながら。
「……テトラくん」
 そんな彼の手を止める様に、サクラは。
「――帰ろう」
 優しく言葉を紡ぐ。
 遺留品が残っていないか、探すだけ探して。
 警備の者らがここに来る前に、帰ろう。

 君が生きる場所に。君がこれから――生きていくべき場所へと。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。

 ……一連の事件は遂に幕を迎えました。
 テトラの復讐は終わり――それでも犠牲者は帰ってこないけれども。
 それでも討たれた悪があったのならば、救われた未来もまた存在するのでしょう。

 ありがとうございました。

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