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シナリオ詳細

<果ての迷宮>走馬灯キネマトグラフ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●文豪斯くありて
 庭園で蛙が一匹跳ねる。
 青々と茂った露草に紛れる事も止めたのだろうか、ぴいんと脚を伸ばして軽やかに逃げ果せる。
 その姿を追う稚児はからりからりと笑っていた。
 からから、ころころ。
 からから、ころころ。

「――ねえ、センセ。センセは何を書いているの?」
 そふ問われたから幾年。
『私』は未だ書くことが出来ては居ない。
『私』は何を求めているのであろうか。其れを知る為に、無数の題材を描かなくてはならない。

 これは、未完の書である。
 これは、書を完結させるための新たな題材である。

●廿五の。
 幻想王都メフ・メフィートは勇者王と呼ばれた男の夢を中心に広がった都市である。『果ての迷宮』とその名を得た、広大なる地下迷宮を踏破するべく幻想王国を建国したとされる建国王の悲願は王家、そして幻想王侯貴族の夢のまたたき、義務だとされる。
 然して、その迷宮に挑む者は数知れず。『総隊長』ペリカ・ロジィーアン(p3n000113)を中止としたプロフェッショナル達でさえ『掘り進める』事が難しい。無数のいのちを零し続け、犠牲と言う名の『経験』の上に幻想王国は一つの可能性(チャンス)を手に入れた。
 嘗てない程の大量召喚の末、運命をその力に宿した者達はその身を駆使し英雄たり得る成果を残したという。彼らならば、建国王の悲願を叶えることが出来る。彼らであれば、果てを――何処まで続くやも知れぬ『迷宮』を攻略することが出来る。
 そうして、ギルド・ローレットへは依頼が舞い込んだ。ペリカを中心とした部隊を編成し、『掘り進めよ』――と。

 一度、進めば、地上へ戻り息を吐く。全滅と言う事態を避け、何度もトライを続ける。
 そうする事で更なる下層へと彼女たちは躍進し続ける。或る者は懇意にする貴族の名代として、或る者は恩を売るが為、或る者は自身の主が為――そうして、彼らは王侯貴族の名を掲げ、進み続けた事。土煙る穴を、闇の如き深き洞を手探りで探す様に、苦心し続けた長い長い旅の一つ、辿り着いた場所は――

「……宿?」
 面食らったとペリカは首を捻った。其処に広がっていたのは和室である。それも其れなりの広さの旅館を思わせる。
 旅の者を迎え入れるために準備されていた茶菓子は11。丁度、この階層に踏み入れた者と同じ数だ。
 奥座敷の襖はきちりと閉められていたがペリカの声に反応したようにゆっくりと開かれた。
「これまた随分とお揃いで。『私』は先生と呼ばれていまして、何、しがない文筆家です。さあさ、どうぞ。『この地』について説明させて下さいまし」
 先生と名乗ったのは男であるか、女であるか。その判別も付かぬほどに中性的なかんばせの人間であった。
 人の形を取っているが輪郭は朧。切り揃えた射干玉の、なんとも美しいいきものである。
 促されて座布団へと渋々腰掛ければ『先生』は茶を注ぎ入れてくれる。歓迎の意であろうことはペリカも感じていた。
「のんびりとティーパーティーをしに来た訳じゃあないさね。『越え方』は説明してもらえるのよさ?」
 波打つ葡萄色を揺らがせて、ペリカはまじまじと問い掛けた。犬猫でも侍らせてのんびりと過ごしている様子の『先生』はぽつりと言葉を漏らす。

「――死んだことは?」

 はあ、と。何とも気の抜けた生返事だった。
 人間はいのちは一つ限り。それも、常識も越えて自然な認識として存在する絶対の規則(ルール)である。男のくりくりとしたまなこをまじまじと覗き込めども、其処にあるのは真摯な色のみである。
「私の書を完結させる手伝いをして欲しいのです。この階層では本当に『死ぬ』事はできませぬ。
 死の体験をして頂くだけに過ぎませぬ。私の前でどうぞ、死んでは下さいませんか。10通りの死を、見せて欲しいのです」
「死に方は?」
「勿論、私にはアイデアがありませぬ。故に、皆様にお任せしたい――より美しい死に際をなさった方に私は次へ続く階段をお見せしたい」
 ペリカの視線が固く閉じられた襖へ向けられる。奥座敷の扉は『先生』にしか開けないのか。
「私は永きを此の部屋で過ごして参りました。それなりに識っております。皆様の理想の死を描かせてはくれませぬか」
 懇願する『先生』は外へ繋がる窓をそっと開いた。

「何が『見えます』か?」

 ペリカは外を見て息を飲んだ。広がっていたのは美しき日本庭園――だったはずだった。
 其処に存在したのはペリカ・ロズィーアンにとって見慣れた――

「……一層……?」
 果ての迷宮の『どうしても越えられなかった』場所。
 其れが己にとっての理想の死に際だというのか。そこで共に死ねていれば、と願ったとでも。

「『ここで死ねたなら』『こうやって死にたかった』『自分の死で購えば』――
 ええ、ええ、勿論思うことでしょうとも。強敵と戦って死にたい。死ぬなら彼に、彼女に看取られて! 誰かの代わりに!
 願うことでしょうとも。私は、それを見たいのです。ああ、どうか。

 どうか、見せてやくれませぬか」

GMコメント

 日下部あやめと申します。どうぞ、宜しくお願い致します。

●成功条件
 次の階層へと辿り着く


※セーブについて
 幻想王家(現在はフォルデルマン)は『探索者の鍵』という果ての迷宮の攻略情報を『セーブ』し、現在階層までの転移を可能にするアイテムを持っています。これは初代の勇者王が『スターテクノクラート』と呼ばれる天才アーティファクトクリエイターに依頼して作成して貰った王家の秘宝であり、その技術は遺失級です。(但し前述の魔術師は今も存命なのですが)
 セーブという要素は果ての迷宮に挑戦出来る人間が王侯貴族が認めたきちんとした人間でなければならない一つの理由にもなっています。

※名代について
 フォルデルマン、レイガルテ、リーゼロッテ、ガブリエル、他果ての迷宮探索が可能な有力貴族等、そういったスポンサーの誰に助力するかをプレイング内一行目に【名前】という形式で記載して下さい。
 誰の名代として参加したイレギュラーズが多かったかを果ての迷宮特設ページでカウントし続け、迷宮攻略に対しての各勢力の貢献度という形で反映予定です。展開等が変わる可能性があります。

●第25層『書殺館』
 この階層は和風の旅館です。広々とした旅館ですが『先生』の部屋以外の襖は固く閉じられているようでした。
 『先生』と呼ばれた存在は男であるか女であるか定かではなく。ぬばたまの髪とくりくりとした瞳の人間です。
 彼――彼と称しましょう。その方が似合うでしょう――は『人の最期』のオムニバスの書を完結させたいと願っています。

 部屋の外、窓から出れば『皆さんの望んだ死』の光景が広がることでしょう。
 その異空間で、どうか、死んできては下さいませんか。この『望んだ死』はパンドラの消費はなされません。

●望んだ死
 ここで死ねたら、こうやって死にたかった、誰かの代わりに、彼や彼女に看取られて。
 そんな無数の死のオムニバス。窓の外へ出れば望んだ死の光景が広がります。
 人によって違い、何処かの部屋であったりダンジョンであったり、自身の望んだ場所が広がるようです。
 幸福な死も不幸な死もどのような死であれども忠実にこの階層は再現してくれるのです。

●今回の特別なルール
『あなたにとっての理想の死』をプレイングに記載して下さい。
 此れがなければ迷宮を進むことが出来ず『望んだ死』を得ることは出来ません。

 どの様な死に方か、どうして死ぬのか。何を思うのか――それを沢山書き連ねることで『先生』の満足度が上がります。
 沢山書くと、『先生』の連ねた文字が道を示すために有利となります。
 心情シナリオとして考えて頂ければ幸いです。願う死をどうか、連ねて下さいませ。

●敵
 ・死の概念
 これは『望んだ死』を得られなかった者に襲い掛かる死神です。『先生』は人の死をオムニバスで綴ります。
 故に、望んだ死を描かなかった者には等しく『先生の選んだ死』が襲い掛かるようになります。

 望んだ死を適切に得た者には現われることはなく、その強さも未知数です。
 つまり、『望んだ死』をプレイングに記載していれば合うことはない存在です。

●NPC
・ペリカ・ロジィーアン
 タフな物理系トータルファイターです。

 皆さんを守るために独自の判断で行動しますが、頼めば割と聞き入れてくれます。
 彼女の望んだ死の風景は『友人と共に死ぬ』事であるかのような。そんな理想を見て、『先生』を満足させました。

・『先生』
 この階層のゲートキーパー。文筆家。オムニバスを綴り、未完の書を完結に導くために一人で籠もっているようです。
 射干玉の髪にくりくりとした瞳。性別は分かりませんがペリカがぱっと見た雰囲気で男性であると感じたようです。
 彼が死を描きたいと願い、彼が満足の行く書を完成させたら次の層に導いてくれるのだそうです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <果ての迷宮>走馬灯キネマトグラフ完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年05月04日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

鳶島 津々流(p3p000141)
かそけき花霞
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
アト・サイン(p3p001394)
観光客
ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)
黒武護
エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)
流星と並び立つ赤き備
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃

リプレイ

●書殺館
 ととん、と。音を立てる添水を一瞥し、『先生』と呼ばれたその人は「やれ、あの音を聞くと時間が経った事を感じますね」と呟いた。
 藺草の匂い立つ広々としたその場所で、座椅子に凭れ掛ることもなく背筋をぴんと伸ばしているその人は穏やかな笑顔を特異運命座標に向けていた。
 そのような姿が似合う場所ではない事を彼等は良く知っている。『果ての迷宮』――伝説に語られた勇者王が踏破を目指したその場所に到底広がるとは思えぬ宿場の風景に『行く雲に、流るる水に』鳶島 津々流(p3p000141)は山吹色の瞳を瞬かせる。
「『果ての迷宮』には初めて来たけれど、聞いた話に違わず不思議なところだねえ……迷宮なのに、この階層は旅館なんだ。
 ところで……何で『先生』は『死』を書きたいと思ったんだい? 不躾なことを聞いたなら、申し訳ないけれど、興味があるんだ」
 津々流の言葉へと『先生』と呼ばれたその人は成程、と頷いた。文筆を生業とするその人は、未完の物語の前で筆を遊ばせていたらしい。
 其処に丁度、特異運命座標が遣ってきたのだ。
 幸運だ。ツイている、とまでは叫ばなかったが先生は直ぐさまに『次』へ行く為の鍵を引渡す代わりに簡単なお願いを申し入れた。
 それこそ『死』だ。万人にとって共通する事項。この世界に於いて不死は有り得ず、異界の不死性さえ混沌では憐れにも失われる。
 故に、万人に於ける終着地点と称することが出来るであろうか。
 先生は、其れを乞うた。
「様々な文字を綴ることで私の終わらぬ物語を終えられると思っただけで御座いますよ」
「他にも書を綴られたのですか?」
 書には飽くなき探求心を抱く書庫守の娘――『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は甚く感激したと紅玉髄の色彩を宿す瞳を煌めかせた。
 王宮から始め、あらゆる図書館で果ての迷宮の資料を確認し、複製し、何度となく隅から隅まで眺めてきたドラマにとって文筆家が座すると聞けばイテも立っても居られなかった。そう問えた事を喜ぶドラマの様子をまじまじと見遣った先生は「私如きの物語で良ければ」と肩を竦めた。
 取引相手たる特異運命座標の求める事を無碍にはしないとのだろう。
「果ての迷宮はもっと硬派なダンジョンかと思っていたのだけどこういった趣の階層もあるんだね」
 ぺたりと触れて見遣れば硬質な木材の感触が掌に伝わってくる。『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が聞き及んでいた『果ての迷宮』はドラマが幾度となく読み耽った物語のような、危険が広がる場所であっただろう。
 崩れる足場や火の手、モンスターの牙迫る危機の連続。洞をカンテラで照らし――丁度、『観光客』アト・サイン(p3p001394)が好ましく思うような、そんなダンジョンがヴェルグリーズにとっての『果ての迷宮』だった。
「命の危険があるようなところに比べるとマシなのかも……いや、一度死ぬと思えばそう穏便でもないかな」
「死――」
 ふと、そう呟いた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は故郷にも似た宿場や庭園に夢中になっていた事に気づきハッと顔を上げた。穏やかな水音に心洗うような添水が何とも風雅なものであったのだ。
「え、理想の死に方ですか? それを、あの窓から……自分から死に飛び込むのは複雑な気分ですが、そうですね……。
 立場柄、普段からそれを意識していないと言えば嘘になりますし……人前で話すのは少し恥ずかしいですが、お伝えしましょう」
 決意しましたと、そう微笑んだ青年は頬を掻く。
 理想の死――それは、明確なビジョンとして存在して居るだけで、死の傍らに存在すると云う事だ。
 まだ年若い者も、活気溢れる者も多い。命潰えるにはまだまだだと笑い飛ばせる者も居る。
 それでも、だ。死は万人に訪れる。
「見せておくれ」
 乞う声音に『希う魔道士』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は「満足させることが出来るかな」と肩を竦めた。
 先生を満足させるような死を。
 先生の願いを叶えるための死を。
 その為に、乞うた自身の死を、語り聞かせるように見せようとゆっくりと目を伏せて。

●ムスティスラーフの頁
『HOSHOKU-SHA』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)にとって。
 死とは直ぐ其処に迫りつつあるものだった。老いとは、決して逃れ得ぬ命のカウントダウンだとムスティスラーフは感じていた。
 故に、死は身近に存在して居るものであった。
 長く――そうは云えども、種による『時間の感覚』は違う――ムスティスラーフ・バイルシュタインが生きてきた中で死にかけた事もある。
 だからこそ、最高の死に方だと自身が選び取るとするならば。

 ただの独り、静かに老衰で逝くことだ。

 ベッドの上で「ああ、良き運命だった」と独りで笑えるだけで良い。
 そうは思えど、心残りだと感じる者は無数に存在した。幾つもが泡沫のように浮かんでは消えゆくような、そんな淡い感覚。
『もしも』という人生の分岐。もしも、あの時こうだったならば。そう思うことだってある。
 運命の不可逆をも捩じ曲げるような奇跡で子供を助けた時に、『もしも』死んでいたならば。それは英雄と讃えられるような事だっただろうか。
 英雄として讃えられる存在に付き物の自己犠牲は自身をより格好良い存在だと昇華してくれる。
 それでも、それは唯の自己満足であるとムスティスラーフは感じていた。
 周囲の人間は彼に賞賛を。喝采を。栄光を。

 ――それは、望み望まれた事であるかのような、偽の名誉を与えながら救われた幼児に罪の意識を背負わせる。

 命を賭して他者を救った英雄――その英雄に『助けられて、殺してしまった』自分。
 子供はそれを一生背負うこととなるだろう。英雄に救われたのだから素晴らしき人になるべきだと後ろ指を指され囁かれながら。
 その重責に子が耐えられなくなる未来がないとは限らない。無論、其れ等をはね除け立派な『ひと』となる可能性もある。
 それでも。
 重荷を背負わせてしまうような死に方を、果たして美しいと言えるだろうか。
 ムスティスラーフの答えは。

 ――『否』だった。


「おとうさん」
 五文字の文字列に、込められた野はどの様な思いだっただろう。
 もし、自身が息子達を助けられたならば。それは自分にとってはどれ程の幸運であろうか。
 愛しい愛しい我が子の命を救うためならばその命を賭すのも悪くはない。
 悪くはないが――『父親』が死んでしまったならば、どんな形であれども息子達は悲嘆に暮れるだろう。
 復讐に燃え、それを生きる糧とするかも知れない。そんな道に進む息子の姿など、ムスティスラーフには耐えられなかった。
 故に、この死に方も。

 ――『否』だった。


「だから、僕が思う、最高の死に方っていうのはね、独りで、誰も悲しませることなく逝きたいんだ。
 カッコ悪くたっていい、誰も不幸にせずにそれでいて自分が幸せでいられるように死にたい。
 ……最後のそのときまで生を謳歌し満足して死にたいんだ。満足してくれるかい?」
 窓の外、問うた声音に『先生』は言葉無くムスティスラーフを眺めるだけだった。

 柔らかな光が差した、何もない白き空間に、ムスティスラーフは独りでぽつねんと立っていた。
 椅子が2つ、対面するように置かれている。何の迷いもなく片方に腰掛けて、ムスティスラーフは背中越しに語りかけた。

「生きていくと言うことは緩やかに死んでいくと言うこと。
 死と言う見えない未来に怯えて震える事だってある。
 ……だから、本当は一緒に生きて、そして死んでいける伴侶が欲しい。
 最期の時まで一緒に、それだったらきっと二人とも幸せなままに死ぬことができるから」

 何時か、その命潰えるときに。
 ああ、幸せだった。幸せだね、と眠るように。

●エレンシアの頁
 理想を語れというならば。
『至槍の雷』エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)はアメジストの瞳に勝ち気な色彩を乗せるだろう。
 それは『誰かを守っての死』であった。名誉の死、戦士である以上は何時だって覚悟をしておかねばならない未来。

 背後には敵影だ。追い縋るそれから逃れきることは難しい。
 満身創痍。足も縺れ、これ以上はどうしようもない。
 この洞を抜けて出れば広がる景色に追手がいるかも知れない。
 挟撃を避けるなら、急がねば。
 エレンシアが振り向けば、見慣れたかんばせが幾つも並んだ。疲弊の色、其れ等に滲んだ焦燥。
「どうする」と誰ともなしに聞いた、その時に迷うことなどエレンシアはしない。武器を構えて、背を向けてぴたりと足を止める。

「誰かが一人残らなくちゃ、全員共倒れだ」

 その台詞を、一字一句。間違えずに。エレンシア=ウォルハリア=レスティーユは『お約束』のシチュエーションの中でも輝いて。
 それは彼女の武そのもの。そうした極限こそが自身を更に高めるのだ。
 高みへ。最果てへ。そうして己の極限に辿り着けるなら――そして、それが誰かのためになるってぇなら願ったり叶ったりだ!

「エレンシア」と名を呼び留まることを否定する者も居るだろう。
「皆で、まだ頑張れば」と希望をなぞる言葉だって聞こえてくる。甘ったれで居られないくせに、甘ったれの言葉を紡ぐ。
「駄目だよ」と止める声は聞こえないふりをした。
 それは案外簡単だ。エレンシアは理想の前に、理屈を求めては居なかった。「駄目」だという感情論には更に打ち勝つ感情論が存在して。
「駄目じゃないさ。
 此処で誰かが一人で時間を稼ぐんだ。そうしなきゃ皆死ぬ。分ってるだろ?」
 そんな――優しい未来など、何処にもないと誰もが知っていても。如何しても希うことは止めることは出来ないから。
 エレンシアは笑うのだ。とびきり、綺麗な笑顔で困ったように片眉を下げてから。
「ここはアタシが引き受ける。なぁに、さっさと片付けてすぐに追いつくさ」
「本当に?」
 ――ウソだ、なんて言わなかった。
「本当さ」
 仲間へ続く道は全て壊して。もう、逃げ場なんて存在しない。
 続く道は死のみでも、
 エレンシアは満足げに微笑むだけだった。

「此処で、存分に敵を蹴散らした後、満足した顔で倒れる。最高じゃねぇか。自己満足だって言われても構いやしねぇ。
 やっぱ戦士として生きたからには最後は戦場で散るのが最上の望みだからな。
 ここではそれを存分にさせてくれるんだろ? だったら満足いくまで存分に綴ってくれ。それでお互い満足できるんなら願ったりだろうさ」
 自身の後方に岩が傾れ落ちた気配がした。手にした槍は折れては居るがまだ戦える。
 脇腹が痛んだのは肋骨へと走っていた衝撃によるものか。
 それでも、言葉の通りエレンシアは地を蹴った。眼前の『人間』を蹴り倒した足裏にリアルな感覚が伝わった。
 横面より、飛び込んだ衝撃に体が崖肌へと叩き付けられる。肩に走る衝撃さえも拭うように飛び込んで。

 これが、戦士で有る為の。
 これが、戦士の理想の。
 故に。

 満足いくまで綴れば良い、己の命果てる迄!

「――なぁ? 『先生』さんよ」


●ウィズィの頁
 望む死を下さいませんか。
 望む、死。
 その言葉をなぞっては『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は唇に食む。
 死とは生の対局。
 つまりは、望む死との裏返し。最も遠くて、最も近い。
『いつか』死ぬならば。『もしも』死ぬならば。そんな空想を繰り返さなくともウィズィには願望があった。

 Within your arm――名は体を表すというけれど。

 その名の通り。『ウィズィ ニャ ラァム』と呼ばれた自分の人生の意味が『これ』であればいいという願望として。
「私の、望む死は――」


 迷宮の中だ。カンテラの明りが影を伸ばす。ごうん、と何かの動く音。罠が1つ作動したのだろうか。
 近くにモンスターの気配か。それでも、此処までは追い付いてこられない。
「ああ、……へへ、何だよ」
 傍らのぬくもりが、近付いた。袖さえ無くした腕に擦り寄った髪もぐしゃぐしゃに解れている。梳いて遣らねば……。
「――ボロボロだ、“私達”」
 ええ、そうね、と悪戯めいて返す声が聞こえた気がしてウィズィはゆっくりと視線を揺らがせた。
 砂に塗れ、血も拭わない。取りこぼしたナイフを持つ手も上がらない。
 寄り添うぬくもりも、同じだ。一歩も動けないと冗談のように呟けば、彼女もそうだわと揶揄うように笑う。
 笑う声も、ひゅうひゅうと風吹くような呼吸音に変化した。息も絶え絶え、疲労困憊、膝はがくがく。膝の方が良く笑う。
「――ったく、こんな歳までこんなことやってんだから。ホント……生き様って変えられないね。

 でも、やっと、やっと……長い長い冒険の果てに、辿り着いた――貴女と見たかった、景色……」
 目に映るのは――

 雄大な絶景? 偉大な財宝? 絶大な喝采? 壮大な未知?

 なんでもいいや。
 なんでもいい。なんだって。
 これが涯て。命を賭した旅の、全身全霊で、二人で駆け抜けて遣ってきた。旅路の最後。
 二人揃って此処に来た。駆け抜けて、疲れ果てて、二人揃って「辿り着いた」と思えた終着点。
 ――私はそれで、大満足。

 不敵に笑って、目を閉じて。
「――私は貴女の笑顔が、好き……」
 そんなウィズィに彼女は「折角の景色よ」と拗ねたように言うのだ。「もっと見なさいな。自慢しなくてはならないでしょ」と揶揄って笑って。
 それはもう、十分だった。もう良かった。
『最後』に見るのは貴女の笑顔が良い。とびきりの、私だけの。一番の。

「ねえ、満足した?」 ――私と歩んだ人生について。
「さあ」
 満足してくれたなら、嬉しい。死んでしまっても良いくらいに。
 満足していなかったら……「ふふ、じゃあ、これからも一緒だ」
 彼女は何時だって悪戯っ子で意地悪で。だからこそ、どんな答えでも嬉しいから。

 その答えに口付けをひとつだけ。

「ありがとう、イーリン」

 貴女と過ごした日々。
 貴女と歩んできた道程。
 貴女と駆け抜けてきた夢。
 貴女と退けてきた苦難。
 貴女と、貴女と、貴女と――貴女との全てに、感謝を想いながら。

「ウィズィ」
 呼ぶ声に。
「ウィズィ」
 笑う声に。
「ウィズィ」
 その指先に。

 そうして、二人は最後まで冒険者として、手を握り、指を絡めて祈るのでした。
‪ ――願わくば、私達が踏破した道が、どこかに残りますように。

●ルーキスの頁
『未だ見ぬ高みの果て、巡り合った強き相手と果し合い、散る』

 武人たり得る己の、聳え立った理想の二文字。ルーキスが特異運命座標(とくべつなそんざい)になったばかりの時ならば間違いなくそう応えた。
 理想だ。
 日々技を鍛えて、研鑽する。鍛錬は『己』が為に。『己』を武人として高め押し上げるために存在して居た。
 それ以外の世界を、ルーキス・ファウンは知らなかった。
 師には何かの思惑があっただろうが、其れさえ幼き心では感じる事はできず。拾われた命を鍛え上げるだけ。

 ――けれど、今は違う。

「ルーキスさん」
 名を呼ぶ声を想えば、そのか弱さは白百合のようだと感じていた。
「ルーキス殿」
 朗々と語るその声音を想えば、瑠璃雛菊のような強かさを感じていた。
 二対を。
 人のために振るいたいと、そう想うようになった。命を賭してでも守りたい。そう思える大切なものが自身を変えた。


『人の為に刃を振るい、護るべきものの為に散る』

 それがルーキスにとっての自分の考える理想の死。場所は、きっとどこかの戦場だ。

 晴天のような瞳に、注ぐ陽の色を揺らがせた天使のような姿。
 儚くも、美しい。手折れてしまう白百合のような彼女。

 その姿が浮かんでからルーキスは首を振った。『命を賭けてでも守りたいと願った大切な人』に逢いたいと、そう想うけれど。
 それはやめておいた。
 最後に彼女が手を取って「ルーキス」と名を呼んでくれるならばどれ程の幸せであろうか。
 その幸せよりも尚、彼女の幸せを願いたかった。
 目の前で誰かが死ぬ。目の前で誰かがいなくなる。
 そんな経験ばかりを積み重ねた彼女に、目の前で誰かが死ぬという体験をもう二度とは――

「この世に生まれ落ちた『種』として。
 出会い、別れ、戦い……それら全てを糧とし、この世界に根を張り枝葉を伸ばす。
 願わくば、花咲く結果の先に――」

 エルピス。希望を名前に貰った、聖女だった彼女。
 人の業に苦しみ、神の劫と共にあった。
 彼女に笑顔と、幸あらんことを。

 例え折れて朽ちたとしても、その身が養分となり次の『種』がまた育つのならば。
 ――自分の生には意味があったと、そう思えるだろうから。

●ヨゾラの頁
 僕の願う死は、と呟いて想像する。
 これは混沌のどこかだろうか。

「願う死の形は、そうだね……。
 『願いを叶えて・奇跡を起こして死ぬ』『皆を助けて死ぬ』『状況がどうあれ笑顔で死ぬ』……。
 僕結構欲張りだから、要素が多いのはごめんね!」
 そう笑ったヨゾラに応えるように窓の外の景色が変化する。

 ウィッシュマスター、願望器志望の魔術紋。
 ひとの形を動かす魔術紋は青年の、魂なき体を自由に動かして。
 そうして、好ましく、手に届く願いは気の向くままに叶えたい。
 そう願って、歩んできた希う魔術士。

「けどね、実は僕が望む『奇跡』も叶えたいんだ。
 敵や悪辣な輩の願いは決して叶えない。
 刺されて、死にかけて、血反吐を吐いてでも……奇跡は起こす。
 仲間を逃がし、駄目元でも可能性が僅かでも願いを叶えようとする」

 ああ、それはどれ程に奇跡的で英雄めいているだろうか!
 奇跡が起こらなくともヨゾラは落胆しないだろう。死が近くとも、「ああよかった」とにんまりと笑って逝くのだ。
 敵の気持ちなんて知ったことではない。奇跡に焦がれて、奇跡の傍らで微笑んで死にゆく事の美しさ。

「もし平穏な場に戻れて、看取られる時間が僅かにでもあるならね。可愛い猫達等に見送ってもらいたいな。
『先生』は猫は知ってるかい? とても可愛くて、可愛くて……。
 そんな猫を最後の力で手を動かして撫でて、心癒されながら笑顔で死ぬんだ。もふもふとした、ひだまりの匂い。心地よい気配」
 ゆっくりと手を動かせば猫を撫でている感触が、掌へと伝わった。
 其処に、いるのかとヨゾラは小さく笑みを零す。

「僕は、魔術紋は――ヨゾラは、混沌(ここ)に生きて死ぬ。
 ……あ、そうか。僕の望む死の要素はもう1つあったんだ」

 ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンは死を目前に控えていた。もっと生きていたいと願った自分を天の恵みのように連れ去ってくれたこの世界。
 楽しいと心から笑える出来事に溢れたこの世界を――
『無辜なる混沌(フーリッシュ・ケイオス)を気の向くままに楽しんで・生きて・生きた証を残して、満足して死ぬ』

「……僕はここで幸せだったんだよ、って」

●アトの頁
「生きることこそローグにとっての使命であり、生きているからこそ勝利を掴み取れる。死は敗北であり、望めば使命からの逃亡である」
 そう告げたアト・サインは己の『生き様』を語らった。
 さて、生きるとは冒険だ。冒険とは己で。己はローグで。

「さて、どうしたもんか、そういうもんを今から探さねば。
 家庭をもって死にたいだとか、愛されるものに囲まれて死にたい、だとか……
 そういう安らかな終わりなんて最初から望んでいない。
『生きる限り、ダンジョンを踏破し、勝利する』――それが僕の最大の望みである」
「ならば、君は死ぬ事は考えないのかい?」
「いいや、元の世界では死んだら終わりではなかったんだ。死は新たなる戦いの始まりであった」
 そうだな、とアトは考え倦ねてから立ち上がる。
 手を広げ、舞台役者のように語らうは、『運命の大迷宮』――その地の底、地獄(ゲヘナ)での出来事だ。

「だからこの広大なダンジョン、運命の大迷宮の地の底。
 ゲヘナで僕は死闘を繰り広げている。
 死にたくはないが死に最も近い場所に身を置くしかない。
 そうすれば嫌でもわかるはずだ、自分はどうやって死にたいかなんてものは」
 迫り来るのはドラゴンだ。ずんずん、と進んでくる。
 地が轟かせ、声一つで空間が痺れる。肌を刺す気配から逃れることも出来ない。
 ブレスを吐かれた。だが、『この色のドラゴン』ならもう何匹も倒している。耐性だって付いたはずだ。
 利かないと鼻で笑って遣ってから、単純に殴り倒せば良い。ドラゴン程度を倒した所で喜ぶ事も無い。バッグに詰め込んだ食糧は尽きたが丁度、良い肉にありつけた。
 ドラゴンの死骸を一気に貪って、腹を満たせば歩き出せる。
 と、罠だ。
 踏めば作動した罠が肌を傷付けた。くそ、と呻いてポーションを飲み干した。乗り手がやってきた、コカトリスの卵を投げ付けて石化させ――

「……ああ、ダンジョンの中に身を置くことでわかった。
 僕が死を望むとすれば、もう打つ手がなくなったときだけだ!」
 其処まで告げてから、辿り着いたとでも言うように地獄の中でアトは手を叩いた。

「称賛してやろう、僕を殺すというのだ。
 この死は受け入れる、命はくれてやる――次は絶対に死なないために、死んでやろうか!」

●ドラマの頁
 望んだ死。
 そんな問い掛けに、ドラマは以前ならば簡単に答えられたのだとぽつりと呟いた。
 特異運命座標として『外』を知る前ならば。容易に出た言葉は何時だって『書庫』の中で終わっていた。
 深い木々に覆われた、大樹ファルカウの加護深き迷宮森林。その中に存在した書庫で過ごす日々。
 月を謳う書架守は書庫で日々を営んで。
 自由気儘に知を貪り、其の儘『外』など知らず一生を終える。
 集積された叡智を貪り、叡智と共に過ごし続けて、本棚に収められた其れ等が崩れて己の『本』と比べればちっぽけな体を押しつぶす。
 ぎゅうぎゅう、と重みに潰され死んでいく。そんな終わりも幸福だった。

 其れを変えたのは――そんな乙女に『ドラマ』を与えたのは外の冒険譚。
 外に出たいと願って、走り出す。
 今のドラマ・ゲツクはそれだけの終わりではなかった。

「色々な出会いや経験を経て、考えが増えました。
 長命種……幻想種である私は何事も無ければきっと、私の愛した人よりもずっと、ずっと後に死ぬコトになるでしょう。

 彼を失った後、私と彼が生きた証を残したい。
 どのくらいの時が掛かるか分かりませんが……私だけの、ではない私達の物語を書き上げて、それから幸せの内に死にたい。
 きっと、そう思います」

 その時に背負うことに為るのは胸の痛みだろう。
 それでもいい。
 愛した人と、私の生きた証が――いつまでも、いつまでも、残っているはずだから。

「君は書架守なのか。そうか、そうか。
 持ち出すことは叶わないが、のんびりとわたしの書を見ていっておくれ」
 そうして、その記憶を永遠へと持って行ってやくれないかと乞うように。

●津々流の頁
「死、だったかい。それを語る前に、僕ら『四季告げ』の特徴を伝えておかなくてはならないね。
 僕ら『四季告』は普通の人と違って、死が二回訪れるんだ。
 この、人間に似た体の死。そしてその死の後、かたちは元の樹に戻って、樹として生きて、死ぬのさ」
 あやかしの一種と呼ばれた四季告。己が身で四季を体現し、自然を操る樹の化身。
『先生』が「ならばあの庭の木々も君の仲間の一度目の死であったりするのでしょうか」と問うた。
 津々流は桜。春になれば爛漫に。
 優美な種なのだと感心する『先生』に津々流は「この姿で迎える死は、一度目の死は」と枕詞を置いた。
「穏やかなものがいい。
 おばあ様のように、里全体を見渡せる場所で、一人静かに座って眠り、その時を迎えたいんだ。
 樹に還っても、里のみんなを見守れるように」
 苦しみ藻掻く訳でもない。
 穏やかなる世界の終わりをの傍らで。里を見下ろし、皆を眺めて別れを告げる。
 一度目の別れは穏やかであれ。
 注ぐ陽光は暖かく、小鳥の囀りの傍らで。茫と見下ろし過ごすだけ。

「そうして、二度目の生へと進むんだ。
 ……樹に還ってどれくらい長く生きられるか分からないけど、死がやって来るまでは静かに佇んで。
 樹は、そうして生きていく。
 季節の巡りと共に花をつけ、花が散り、葉をつけ、葉が散り。
 そうしてずっと、ずっと時間が経って、やがて寿命が来たら……最後はうんと綺麗に咲いて、綺麗に散って、死にたいかな」

 春は爛漫に。狂い咲いたと称されようとも、雪の中でも美しく、優美に芽吹いて咲いて、風に散り攫われる。
 そうして、『樹』が死んだら、二度目の命は終わり逝く。
 体は枯れて乾いて、やがて土へと還るだろう。
 その土に、新しい命が宿る。
 四季告の命のおわりを継いで、新しい何かの始まりが訪れる。

「……そう考えると、「死」も中々素敵な事だよね? 僕の話はこんな感じだよ」

●ヴェルグリーズの頁
 さて、と見遣れば窓の外は戦場だ。戦場を見て怖れることもなくヴェルグリーズはそうだろうと納得していた。
「うん、やっぱり俺が死ぬならここがいい。
 背後には守るべきもの……主がいる。しかもこの主は……確か俺が守れなかった人だ」
 己は、剣だ。
 たった一振りの剣。姫気味が最愛の騎士へと託し、永き時を経て『ヴェルグリーズ』の銘だけが遺された。
 ならば、人の形は何か。
 己が護れなかった古い記憶の主人。紺碧であった髪は彼のもの。銀の瞳は姫君の希望と願いが込められた。
『また』だとヴェルグリーズは感じていた。
 眼前には無数の敵、両側は崖で前後以外に逃れられる場所も無し。――これは殿でもやるしかない。

 剣は主の身を守るためにあるものだ。
 このシチュエーションでイヤという程にヴェルグリーズは納得し、認識し、理解した。

「――俺が望むのは主を守る誉れの元に死にたかった、ということだね。
 これまで主達の多くは生きる為に俺を使ってきた。ただ、守れた命は多くは無くてね」
 肩を竦めたヴェルグリーズはただの剣だった頃は抜かれていれば良い方だったとそう笑う。
 枕元に置かれたまま冷たくなっていく主を眺めたこともある。
 剣は、道具だ。道具は使われなければ護れやしない。

「そんな一振りの剣が戦場の中で、主の命を守る為に戦って果てる。これ以上の命の使い道があるかな?」

 未練は――と、問われた言葉にヴェルグリーズは「勿論、あるとも」と小さく笑った。
「色んな主の生き様を見るのは楽しかった。死ぬってことはその先の主の生き様は見られないってことだろう?
 ……それはやっぱり嫌だな。長く生きたせいで、見届ける楽しみも知ってしまっているからね」
 誰かの命を物語として眺めるならば『特等席』に座っていた。
 それでも。
 見届けるだけでは終わらない。
『ヴェルグリーズ(別れる)』だけでは終わりやしない。
「……でも、死に際を選べるとしたらやっぱりこれしかない。
 俺は剣だから。使われない方がいいなんて言わない。
 自分の存在意義を全うしたい。それが作られた道具の本懐だから」

 ――己を否定しては、それは別の意味で己を殺す事になって仕舞うから。

●マッダラーの頁
『死に方とは生き方だ』と仲間たちは言う。
 少なくとも彼らにとってそれは鏡合わせのようなもので、生きている限りいつかは死ぬ。
 無意識のうちに己の終わらせ方との対話を済ませているのだろう。『泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)にとって其れは羨ましい事で。
「……それが出来ないのが俺たちのようなものというわけだ。
 死に方どころか生き方も定まらない、死者からも生者からも外れた者。
 君もそうなのだろう『先生』?」

 無数の死に触れて、その死を眺めてきたマッダラーは先生へと問い掛けた。
 座椅子に腰掛けて居た先生はマッダラーの前に茶器を1つ差し出した。安らぐ香りが揺らぎ、『窓』へと吸い込まれてる句。
「君が『理想の死』を求め綴るのはどうしてだ、そこに『在り方』を見出したのは、君が固執しているものは
 俺も詩人だ、人々が生み出す物語に焦がれる存在だ。だから君を理解したい。
 ――君が本当に望むのは『死に方』なのかい。
 他人の死を見つめた先に、君の『在り方』を肯定する何かは見つかるのかい」
 問いに。先生は「どうでありましょう」と言った。
 詩人と文筆家。それは似た存在で、似つかぬ存在だ。何処に辿り着くかは分かりやしない。
「俺には望む生き方が無い。
 ただ、俺が見て、聞いて、そして知った誰かの生き方を違う誰かに伝えられたら良いと思っている。俺が感じた何かを誰かに感じてもらいたい。
 だから『先生』
 今の俺が望むのは、君を見て感じた君の『在り方』を誰かに伝えきってからだ。俺がこの世からいなくなるのなら、それからだ。
 ……きっとこれは君の求めている答えとは違うだろうな」
「望む生き方がないのは正しいことでありませんか。
 人間とは無意識のうちに生きているのです。生きようと思って生きている人の方が珍しい。
 ああ、故に死を望む者が居るのです。こうして死ねたらと希望を持つ。より強い希望であればあるほどに、それは形作られて私の筆を進ませる」
 マッダラーは朗々と語る先生の声音に頷いた。
 彼との対話は自身とは対極だ。『生きているかも分からない自分』と『死ぬ事を考える相手』。
 生を自覚し、生を求める者と、死に向き在って、それを幾重にも書連ねる者。
「私は死んだことはありませぬ。故に、理想の死と言う言葉に辿り着く」
「それは?」
「生きている、と言うことですよ」
 成程、とマッダラーはテーブルをとんと指先で叩いた。
 和やかな空気の中でゆっくりと立ち上がれば『先生』が見上げる気配がする。飲み込まれそうなほどの射干玉に、マッダラーは頷いて。
「ただな『先生』
 死とは望むものではない。死とは受け入れるものだ。
 誰しも死に向かって歩いている。そこに辿り着くまでに自分を納得出来る材料を拾う旅だ。

 ――君との会話は面白かった。どうせ死ぬなら『君が望む死』で死ぬのも悪くない」

 窓の外に広がっていたのは虚空だった。
 彼もまだ望む死には辿り着いていないのだと、そう認識した掌には、小さな『鍵』が握られていた。


 そうして、筆を下ろした『先生』は「いってらっしゃい」と微笑んだ。
 彼の書が完結したのかは分からぬ儘に。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はとても素敵なお話を有難う御座いました。

 皆様の、理想の傍で。
 迷宮の踏破、お疲れ様でした。

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