シナリオ詳細
断頭台のル・ジュジュマン
オープニング
●ル・ジュジュマンは嘲笑う
どうして。
――応えない。
助けて。
――応じない。
その日は雨であった。しとしとと、音立て降り荒んだ春の雨。花も腐るかの如く降り続いた生温い温度。
その中で、一人の女が目を見開いた。神聖なる教会の椅子へとその体を横たえて、両の腕は頭の上で縫い付けられる。
「―――!」
喉の奥から響かせんとした声は、届くことはない。咥内に無理矢理詰め込まれたハンカチーフが唾液で濡れた。ローブの中で足先をばたりばたりと動かした。
「痛、」
低く憎悪の込められた声だった。腕を掴む力が強くなり、頬を叩かれた事に女は気付いた。
どうして。
――応えるわけがないでしょう。神はこの方を認められていた。
助けて。
――応じるわけがないでしょう。神はこの方を認められていた。
司祭様は良い方でした。司祭様は素晴らしい方でした。司祭様を尊敬していました。司祭様を愛してました。
けれど、その愛はこの様な下賤な行いのためにあったわけではなかったのに。
「――クラーラ!」
音を立てて、女の腕を掴んだ男の体が飛んだ。ベンチへと体を打ち付け呻いた男は司教であった。
クラーラと呼ばれた修道女にとっては従うべき存在――そして、今は己の身を穢そうとした卑しい男。
「クラーラ……! 大丈夫か」
「ああ、ああ……ヴィート……!」
騎士の青年はクラーラの親友であった。幼い頃から共に過ごした家族同然の――
●エル・コルガドは逃げ果せる
その日、司祭を殴りつけた罪によりヴィートの処刑が決定した。暴力の理由など、この国では取り合われることもなく。
天義と呼ばれた神を唯一とする国で、神に仕えし存在を害した大罪に、クラーラは申し立てた。
――司祭様の暴力は、罪にはならぬのですか。
『未遂』であった。事は起こっていない。故に、それは罰されない。だが、ヴィートは司祭を殴りつけて居た。
故に、クラーラは彼を逃した。遠く、遠く。彼がこの様なことで命を失ってはいけないと。
――ねえ、クラーラ。俺は騎士になる。皆を守る素晴らしい存在だ。
ええ。ヴィート。じゃあ私は神の徒となり皆を導きます。そして――
「修道女クラーラ。騎士ヴィートを逃した罪で、貴様を有罪とする。……断頭台に登る用意はするように」
「どうして……どうしてですか、カミラ!」
そして――カミラ、あなたは沢山の罪あるべき人の魂を良きところへ送って上げてね?
●エル・コルガドの救済
「天義の『元』騎士ヴィートという。すまない、手を貸してはくれないか」
男は頭を垂れてそう叫んだ。
騎士ヴィートには二人の親友、幼馴染みが存在して居る。一人は修道女クラーラ、もう一人は執行官カミラ。
幼い頃から兄弟の様に育った三人は仲が良く、職は違えど共に過ごすことが多かった。
――だが、ある日、事件が起きた。司教が修道女であるクラーラを手籠めにしようとしたのだ。ベンチへ押しつけられ、自由を奪われたままに事が進む恐怖。
ディナーの約束に遅れるクラーラを迎えに走ったヴィートは咄嗟のことで司教を殴りつけてクラーラを救った。
だが、それで罪に問われることとなった。司教を殴りつけた男は有罪となり処刑が言い渡された。クラーラは己を助けてヴィートが死ぬ事は許されぬと、彼を天義から遙々この幻想まで逃したらしい。
だが、罪人を逃した罪で今度はクラーラが罪に問われた。彼女の処刑は明日、行われるらしい。
「その処刑の執行官が、俺達の親友カミラだ。カミラも、クラーラの事情は分かってる。俺のことだって。
……俺は自分がしたことは間違いだと思ってない。けれど、クラーラには死んで欲しくない。カミラに、クラーラは殺させたくない!」
クラーラは屹度、逃げることはないだろう。もしも、クラーラが逃げたなら?
次は『親友』であった『執行官』のカミラが疑われ罪に問われるだろう。逃げ場の亡い彼女はそのまま断頭台に昇ることとなる。
「頼む、クラーラを……カミラに殺させないでくれ」
項垂れたヴィートは縋るようにイレギュラーズへと言った。傷だらけの掌は、僅かに震えていた。
――クラーラ、ヴィート。私は沢山の魂を導くよ。恐ろしい事だけれど、其れでも。誰かがやらなくちゃならないんだ。
――ええ、ねえ、カミラ。もし私達が罪人になったなら、どうする?
――……やな、質問だなあ。けど、それでも。私は……
- 断頭台のル・ジュジュマン完了
- GM名夏あかね
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年05月02日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
項垂れた青年は、ただ親友の幸せを願っていた。家族同然であった二人。「大丈夫、ヴィート。逃げて」と微笑んだ彼女が罪に問われたと聞いた時、青年は「もう自分では間に合わない」と気付いていたのだろう。作戦を立案し、話し合うイレギュラーズ達ならば『転移』する事で直ぐに彼女たちの所へ行けるのだ。
頭が痛いと、額を押さえた『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は「痛い」と小さな声音で呟いた。頭が割れてしまいそうになる頭痛は気のせいだ。いつもの通りやれるはずだ――そう、心に決めたリアは「ちゃちゃっと終わらせましょう」とそう言った。
「一つ良いか」
出発前に、『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)は項垂れた男の傍らに膝を突いた。傷だらけの、罪に問われた刹那から逃げてきた青年だ。
「お前が司教を殴って? 逃げたから? レディが処刑される?
……自分で殴っといて、やばくなったらレディの言うとおりに逃げて、全部庇ってもらって。彼女は処刑になって。それでいいのか?」
青年は唇を噛んだ。彼にとって『親友』が――家族が、裁かれる事となったのは不本意で。
「まずはハッキリさせろ。テメェの意志を。『裁かれるべきは誰だ?』
……答えを出すのは、辛いかもな。
でもこれ、お前が司祭を殴って逃げたことでレディ達に降りかかって、あちらは『覚悟を決め』ちまった。
それを阻めってんなら、お前も相応の覚悟を見せなきゃ、負けだぜ」
「俺を国に連れて行ってくれるのか? 俺を、二人の代わりに処刑台に立ててくれるのか」
男はサンディへと掴みかかった。「ヴィートくん!」と慌てたようにその名を呼んだ『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が青年を諫める。青年は悔しげに涙を滲ませて「間に合わない」と何度も繰り返した。
「……お前が殴ったのは、守るためだろ? 人を守るのは悪い事じゃねーの。それ位分ってる。分ってるさ」
彼はイレギュラーズではない。処刑が行われるときまでに『遙々と逃げ果せた幻想』から『天義』へ辿り着く事など無理なのだ。
「ただ、それならまずきちんと戦え、理屈を通せ、頭を使え。それが『アニキ』の役目だろうが」
そう告げたサンディの瞳には確かな期待が宿っていた。苦しんで、彼女たちのためを願った青年ならば、屹度、上手くいくはずだ。
「お前は正しく正義だよ。なんも間違っちゃいねぇ」
『死を齎す黒刃』シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)は笑みを浮かべ、青年の肩をそっと叩いた。
焔とて同じ意見だ。誰かを殴ることは良くない。だが、その理由は正義だ。間違っては居ない。罰されるべきは――嗚呼、けれど、『国』が其れを許さない。
天義という国の在り方に『猪突!邁進!』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は「そう言う国なのか」と呟くことしか出来ない。
捻じ曲がった正義の在り方が、三者三様の『大切な人を助けたい。幸せを願っている』という思いを何処までも不器用に描いている。『アサルトサラリーマン』雑賀 才蔵(p3p009175)は俯いたヴィートを唯見詰めていた。
「……一番に苦しいのは誰だろうな。屹度、ミス・カミラだ。
自分の職務を、正しさを貫こうとするのは痛い程わかる。だから止めなければいけない……過ちを繰り返させない為に」
ぐ、と掌に力を込めた。処刑を行い大切な誰かのその命を奪う事となる彼女。カミラの在り方は処刑人としては正しかった。
正しいからこそ、それに異を唱えることは出来なかった。正しいからこそ、彼女は放置しておけば執行するだろう。
ヴィートは「俺と引き換えでも良い。クラーラとカミラを、救って遣ってくれ」と乞うた。
「……だからこれだけは言っておく。この先何があろうとも、絶対に諦めんな。生きろ。お前は俺らに希望を繋げた。後は、俺らに任せとけ」
――彼が死んで二人が幸せになどなる筈がないだろうとシュバルツは肩を竦めて。
●
「罪。……いったい何の罪でしょうか。それぞれ正しい事をしたのです。少なくとも悪い事ではないでしょう。
人の心として窮地の友を救い、騎士の責務として力弱き者を救い、悪心に囚われようとした信仰者の目を覚ました。
何も間違ってはおりません。いえその後の対応はちょっとまずいのかもしれませんが……」
それでも、罪に問われるべき人間が『彼等』ではないと『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)とて認識していた。天義へと訪れ、息を潜める。
カミラとクラーラを説得し、逃すというのは『芽吹きの心』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)にとって己が此れまで培ってきた『シキ・ナイトアッシュ』という人間の価値観すべてを揺らがすような事であった。
「……それでもこんな事は命を失うような事ではありません。この処刑、全力で邪魔させていただきます!」
「そう。そうだよ。けど――カミラは……」
彼女は、彼女の在り方で生きている。それがシキという『処刑人』の在り方を否定するのと同じだと、そう思う度に何かが迫り上がる。
「……わかってる。君の在り方も。それでも私は……と、リア、大丈夫……?」
「ええ。大丈夫よ。……心配掛けたわね。シキは?」
普段よりも恐ろしい程の頭痛に苛まれながらもリアは笑顔を作った。傍らのシキを気遣ったのは、この一件が彼女にとって大きな変化に繋がるからだ。
「そう、だね。私が執行官を説得すれば、私が私の在り方を否定するのと同じこと。……不安じゃないといえば嘘になる。でも――」
「大丈夫よ、シキ。貴女の言葉で、貴女の想いを形にして」
シキとサンディの手を取ってリアは微笑んだ。ゆっくりと手を重ねて包み込む。
「もし、シキが今までの自分を見失う事になったとしても、あたしとサンディが貴女の手を取って歩くわ。
貴女が、新しいシキを見付けられるまで……そうでしょう? サンディ?」
「ああ。それが『アニキ』だろ?」
二人がいれば歩いて行ける。そのぬくもりを忘れない様にシキは「進もう」と力強くそう言った。
執行の場。断頭台。その場所にクラーラが引き摺られて行く。見下ろすカミラの瞳は冷たく、感情という気配も存在して居ない。
其れを眺めてから才蔵は唇を噛んだ。ミス・カミラ――『正しさを貫こうとする不運な女』。彼女は執行官としては正しい存在なのだ。
ブレンダと視線を交わらせる迅は『説明』を行うが為に歩み出たリアの背中を眺めて居る。直ぐさまに介入できるようにとシュバルツは影で武器を構え、息を潜めた。
「ご機嫌よう。さる方からの依頼でその二人への復讐を手伝う事になっている。我々が二人は貰い受ける。良いかしら?」
リアの言葉に何を言っているのだと護衛の男が眉を吊り上げる。焔は「だから、処刑は待った!」と飛び込み行く手を遮った。
飛び込んだ少女の姿にカミラがぴたりと止まり、クラーラは彼女たちがどうしてこの場にその姿を見せたのかを察したように涙を溢す。
「この件は先立って中央教会で審議され、承認が下りている。もし正式な抗議をするなら一旦中央を通して手続きをしろ」
免罪符を手にしたサンディはリアの口上をフォローする。納得いかないと食ってかかる護衛の前へとブレンダと迅が滑り込みサンディを護る様に武器を構えた。
「守秘義務がある。知りたければ正式に問い合わせろ」
サンディのこの言葉はクラーラを護送してきた彼等には分が悪かった。司祭はこの事件の全容を語ろうとはしない。故に、詳細については彼等も知らないのだ。
「大丈夫か」と囁いたシュバルツは引き摺られ擦りむき傷が痛々しいクラーラをそっと立たせる。清純なる気配を纏わせた女は「ヴィートですか」と小声でシュバルツへと問い掛けた。
其れで済むわけもない。処刑を終えるまでは自身らの職務だと一滴カヌ護衛達にブレンダは声を張る。握るは吹き荒れる風を纏う刀身
「我々はイレギュラーズ、クラークとカミラ両名に用があってきた。彼女たちを受け渡してもらおうか」
――これは八つ当たりだ。どうせ、口で言っても分からないならば互いの信じる正義をぶつけ合うだけだと金の髪を靡かせる。
「邪魔をするのなら押し通らせてもらう。ふっ、貴様らの正義とやらを見せてみるがいい」
ブレンダの言葉が青年にとって撃鉄を起こすのと同義であった。地を蹴って魂(こころ)の儘に拳を突き出した。迅は獣の如き気配を宿した瞳で護衛を睨め付ける。
風だ。鋭き風が護衛達の前へと服。
加速し、姿が眩む。刹那――迅の拳が護衛へと叩き付けられた。
ブレンダとて莫迦ではない。故に、彼らの正義であると気づいていた。故に、これは八つ当たりなのだ。正義と正義をぶつけ合う。
あの断頭台も誰かの為に使うものだ。其れは否定しないそれでも――今ではないと壊してしまいたい衝動にも襲われて。
「……彼女たちは連れていく。上には死んだと伝えておけ」
――それが我儘だと言われても、甘んじてその謗りを受け入れるだけの決意はしてきたのだから。
●
「お前はカミラの為を思って自分が犠牲になるつもりなんだろうが、それがカミラを未来永劫苦しめる事になるって分かんねーのか?」
擦りむいたその躯を支え起して、焔が「大丈夫」と問うたクラーラはシュバルツの言葉に息を飲んで俯いた。
「ええ、けれど……此れが一番でしょう」
一番、と。その言葉を呟いてから焔の目が赤く染まる、涙を浮かべ、唇を噛んで。クラーラの手をぎゅうと強く握りしめて。
「どうして全部受け入れて殺されようとしちゃうの! 貴方達は誰も間違ったことをしてないって、そう思ってるんでしょ!
お友達の為にって言うなら生きてよ、諦めないでよ……悪い事をしてないって思ってるお友達を殺したらカミラちゃんも今まで通りじゃいられなくなっちゃうよ!」
声音が、徐々に、徐々に小さくなって行く。
「ヴィートくんもクラーラちゃんもいなくなった場所でそんなカミラちゃんが一人で生きていくなんて、悲しすぎるよ…そんなの嫌だ!」
「けれど――」
「どうして、k逃げ場がないなんて決めつけちゃうの、死ぬ覚悟なんかが出来るなら死ぬ気で皆が生きていける方法を探そうよ!
どうしたらいいのかなんてわからい、わからないけど、こんなのは嫌だもん! 絶対間違ってるもん!」
子供のような、それでいて直情的な感情が真っ直ぐにクラーラへとぶつかった。私も、と簡単に返す事ができれば良いのにと唇を噛み締める。
「まるで悲劇のヒロインさんね。貴女が犠牲になれば2人とも救われる……本当にそう思っているのかしら?
……だとしたら、傲慢にも程があるわ。貴女は死んでそれで終わり。でも、残された二人の路はこれからもずっと続くの」
「ですが、誰かがそうならなくては! 此度の事は解決しないではありませんか!」
「けど、二人には傷が残るわ。親友を死なせたという、咎を永遠に背負う事になる。
本当に大切な人を救いたいのなら、生きなさい! もっと足掻きなさい! 生きて、大切な人の心を、守り通しなさい!」
リアが叱りつけた言葉に、クラーラは俯いた。藻掻く事を忘れた修道女は神の路に従わねばならないと、涙を溢し続ける。
「綺麗な儘で死ねる? ふざけんな。友を処刑し、残されるカミラの気持ちにもなってみやがれ。
お前が死んだ後、カミラは幸せになれるのか? 笑って過ごせるのか? ――いいや違うね、俺はそう断言する。
……残された側の気持ちはよく分かるさ。俺がそうだったんだからな」
「あなたも――」
呟いたクラーラは「ごめんなさい」と小さな声で呟いた。
●
茫然とその様子を眺めていたカミラの前へと歩み出た才蔵は「ミス・カミラ」と彼女の名を呼んだ。凜とした空気を纏った執行官は処刑剣の在処を確かめるように一度、後方へと視線を移して。
「突然の非礼、申し訳なく。とある方の依頼で此処へと来たイレギュラーズだ」
「……先程仰られていた『復讐』のご依頼ですか?」
冷静に言葉を選んだカミラへと才蔵は首を振った。礼儀正しく、非礼を詫びた青年にカミラは居住まいを正し話を聞く姿勢を取る。その様子からも彼女は正しく職務を全うしようと考えて居るのだと感じていた。
「クラーラの処刑を止めて欲しい」
「それはなりません」
カミラは首を振った。きっぱりと言い切るその言葉は、正しい在り方だ。それはシキにとっても『当たり前』の姿である。
「ふふ、そうだよね。私ね、君はクラーラの首を斬れると思ってるよ。
だってそうやって生きてきたから。処刑人に心はいらない。愛や情で刃が曇ることは許されない……私も昔、そうやって大事な人の首を落したから」
シキの言葉にカミラは確りと頷いた。才蔵の問う「処刑は正しいものなのか。事情はどうあれあくまでも法的にはこの裁きは間違いでは無い。……だが、俺が問いたいのは君自身にとってこの裁きは正しいのか」という問いにも彼女は頷く事しかしなかった。
「誰かの為となると、執行人の在り方だと…覚悟を決めていると言うのであれば、失礼だがそんな言い訳のような簡単に崩れる覚悟は捨ててしまったほうが良い。
己の職務に忠実であろうとして、心を殺し大事ものすら捨てる事に何の意味なんて無い。その結果後悔の果てに己の愚かさを延々と呪い続ける事になる……俺のようにな」
「私は貴方を知りません。ですが、これが私の生き方なのです」
「いいや、カミラ、君は俺のようになるな……自らの職務を全うする為に大事な人を手にかけ己を呪い続ける日々を送るそんな人間に」
カミラが息を飲んだ音を聞く。クラーラは泣き崩れカミラの様子を見つめているのだと気づいた。彼女が決意するなら、まだ、その命を差し出すつもりなのだろう。
(……あなた達の音色はこんなに美しいのに……どうして、こんなにも、頭が割れそうになるの)
――美しく、愛おしい、音色達。聞いている自身の頭がこれだけ痛む理由が分からなくて。リアはクラーラをその場に縫い留める。
「そも、処刑自体が間違っているでしょう。
罪があるなら司祭殿でしょう。体は傷つかなくとも心が傷つきましたし、正しき道を歩む他の聖職者の方々の名誉が傷つきましたが」
迅は肩を竦めた。そうだ気持ちの上では皆の言う通りなのだ。
カミラは処刑をしたくはない。クラーラは二人の為に死なねばカミラが死ぬかもしれないと怯えている。ヴィートとて、これから苦しむ事になる。
だから、迅は問いたかった。
「どう考えても、貴方は罪人ではないでしょう?」
「ですが……教会が……!」
「真に裁かれるべきなのは誰なのかお前自身分かってんだろ。
天義という国の為? 執行官であるという誇りの為? 仕方がない、って諦めたのか? 俺が言ってやるよ。そんなのは間違ってる。正義なんかじゃない」
シュバルツはカミラの誇りの前でそれなど捨てろと言った。苦々しく言葉を紡ぐ。シュバルツの言う通りだ、とシキは感じていた。
カミラは、昔の自分の様で。何も感じないなんて、出来なくなったら脚は勝手に走るようになる。殺し続けた心に、芽が出て躊躇う事を知った。
ぎゅ、とクォーツのロザリオを握りサンディを盗み見る。彼とは知った時間を思い出してから、シキは困ったように笑った。
「……心を殺すなんて結局できなかったよ。だから――君の心を見ていてくれる人を、殺しちゃだめだ」
処刑人、執行官。そうした立場から逃げた時、その立場を喪った自分に残るのは人殺しであったという歴史だけだった。
「雨は、降り続けるよ。後悔って言うんだって。それは……心があるからこそ、出来る事らしい」
処刑剣を地面に置いてから、シキは困った様に肩を竦めた。
「沢山の人を殺したよ。いつか逝く先はきっと地獄だ。でも……今は、思うままに走ったっていいんじゃないかな。――それが今の私の在り方だ」
手を取って。
願うシキの声に、カミラはまだ手を伸ばせない。シキと手を重ねる様にサンディは「立てよ、ヴィートが待ってる」と微笑んだ。
「育て親すらいねえ俺には『誰も何も俺自身について教えてくれなかった』!
今だって正直よくわかってねえよ、俺自身が何なのか、なんてさ。
――それでも、サンディ・カルタはここにいるんだ。飛ばされそうなら、手をしっかり掴んでやるぜ!」
まだ行く先はあるでしょうと。願う。
「……ヴィートは」
ぽつり、とクラーラが呟いた。
「彼は、無事に皆さまの所に辿り着いたのですね」
彼女の頭を乱雑に撫でてからシュバルツは「希望を繋げたんだ、アイツは」と小さく呟いた。
嗚咽が響く。修道女の縮こまった体を抱きしめて、焔は「大丈夫だから」と囁いた。
才蔵もブレンダも気づいていたのだ。選択に手を貸せば、彼女達の未来は変わる。この地に踏み入れることは二度と出来ず、元の生活など失われてゆく。
「幻想に戻ったらヴィートにも聞いてみるけど、ウチの領地で暮らさない?
今度スラム街に教会を建てるのだけど、人手が足りなくて困っていたの。だから、3人にそれを手伝ってもらえると、とても嬉しいわ」
柔らかに、光を指したリアは頭痛を感じながら微笑んだ。
そうして、生きて征く道を示すことが出来たなら――屹度、まだ、生きていける筈だと。
願う事は、悪い事ではない筈だから。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
クラーラにとって、正しいと思っていた事が誰かを傷つけた。それは屹度、これからの彼女の心を悩ませる事でしょう。
ヴィートも、カミラも同じ。全員が何らかの傷を背負って生きていくのだと思います。
GMコメント
夏あかねです。部分リクエスト有難うございます。
●成功条件
『執行官が執行するのを防ぐ』
この成功条件からお分かり頂けるかと思いますが、本シナリオはクラーラ、ヴィートの生死については成功条件に含みません。
あくまで、執行官カミラがクラーラとヴィートの両名を手に掛けないことが成功条件となります。
つまり、一番簡単な解決方法は『クラーラを死亡させる』事です。
●現場状況
執行の場。断頭台。クラーラが引き連れられています。周辺には護衛役が5名ほど。
戦闘が起こるとするならば彼等です。オールラウンダー。油断しなければちょちょと倒せる程度です。
カミラはクラーラの処刑を行うために、覚悟を決め、一歩一歩進んできています。カミラと戦闘を行い無理矢理止めることも可能です。
また、『未遂』であった司祭は療養として引き籠もっています。『有り得ないこと』ですが、彼が自身の罪を白状すれば、あるいは……。
●執行官カミラ
女性。クラーラとヴィートの親友。家族同然に過ごしてきました。処刑を担当しています。
様々な感情に揺れていますが、親友を手にかける覚悟を持っています。ですが、手にかけたらきっと「完成」する事でしょう。
いざとなれば処刑剣を握り戦います。状況次第で戦闘になる事は留意して下さい。
「けれど、私は。誰かの為となると信じてこの剣を振り下ろす。それが、執行人の在り方だから」
●修道女クラーラ
心優しき修道女。女性。カミラとヴィートの親友。
司祭に襲われた際にヴィートに助けられました。ですが、それでヴィートが罪に問われたことを気に病んでいます。
彼を逃したことは間違いではないと認識しています。罪人と言われようとも芯の強い女です。
彼女は、カミラのために逃げません。隠れません。カミラが自身の代わりに罪に問われることなきように堂々としています。
「――わたしは、わたしの責をしっかりと抱き締めます。わたしは、綺麗な儘で死ねるのです。
ですから、あなたもカミラもどうか、傷付かないで」
●騎士ヴィート
男性。クラーラとカミラの親友。二人の兄貴分です。
傷だらけで幻想まで逃げ延びてローレットへと依頼を行いました。カミラに手を汚させたくないという気持ち、そしてクラーラの性格も全て分った上での依頼です。
もしも、この一件でクラーラが犠牲になったとしても。彼は納得するでしょう。
「俺の一歩が、何かを変えたのだろうか。悲しいくらいに愚かに。俺は、まだ、自分の行いが間違いであったと思えない」
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。人は言葉を信じるだけ、ですもの。この断罪だって。
それでは、行ってらっしゃい。
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