シナリオ詳細
<フィンブルの春>鏖殺の野
オープニング
●いざ、バランツ家へ
「お集まりいただき感謝いたします、皆さん」
『幻想大司教』イレーヌ・アルエ(p3n000081)は、招集に応じてくれたイレギュラーズ達を前に、感謝の言葉と共に一礼する。
「今回の招集は、件の、バランツという貴族の件でしょうか?」
ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)がそう尋ねるのへ、イレーヌは頷く。
「はい。先日の大奴隷市。そして偽造されたブレイブ・メダリオン。これらの件の首謀者の一人として、名が挙がったのがバランツ……クローディス・ド・バランツという貴族です。彼はミーミルンド派に属する貴族の一人ですが、相応の権力を持っているのが実情です」
ふむ、とイレーヌは口元に手をやった。昨今幻想を騒がせている一連の事件だが、その発端となったかのように思われる大奴隷市。そして、フォルデルマンの思い付きから始まったブレイブ・メダリオン配布に呼応して起こった、メダリオンの偽造事件。
その裏にいるのがクローディス・ド・バランツであるという情報は、ローレットのイレギュラーズ達の活躍によりもたらされた。
「私たちは彼に接触を試みましたが、すべて拒否されています。穏便に行きたかった所ですが、こうなっては仕方がありません。私たちは騎士団の承諾を経て、彼の屋敷への強制調査に出ることにいたしました」
「なるほど、それでボクたちローレットの出番、になるわけだね!」
セララ(p3p000273)が、元気よく手をあげながら言った。イレーヌは微笑む。
「はい。それに、とりわけセララさんとヨハンさんのお二人は、ブレイブ・メダリオンのランキングでも上位に位置する方。悪を断罪する旗印としては申し分ないかと」
「なるほど、僕らは今回は警察犬(マスコット)扱いですか? がうがう、わんわん!」
おどけるように、ヨハン=レーム(p3p001117)が言う。
「実力を買っている、と思っていただければ幸いです。相手も、ただで受け入れてくれることはないでしょう。どうか皆様、お気をつけて」
「分かりました。吉報をお待ちください」
志屍 瑠璃(p3p000416)がの言葉に、イレーヌは深く頷いた。
●バランツ家にて
家主――クローディス・ド・バランツがガタガタと貧乏ゆすりをするのを、ウィルフレッド・フォン・ジーグは冷めた気持ちで見つめていた。
バランツ家に招かれたウィルフレッドを迎えたのは、クローディスによる詰問だった。曰く、近くお前が派閥から抜け出そうとしているという噂を聞いた――との事である。ウィルフレッドは涼しい顔でごまかしたが、しかし派閥からの離脱を目論んでいることは事実であった。
簡単に言うが、派閥からの離脱とは、庶民が仲良しクラブから抜けるのと同じようにはいかない。派閥とは、魑魅魍魎の互助会であり、明確な派閥への忠誠を求められる。
極論、派閥の長が破滅へと突き進むなら、仲良く崖から飛び降りる忠節が必要なのである。バカバカしい、何でそんな、噂に聞く異世界のネズミみたいな真似をしなくてはならないのだ、とウィルフレッドは思っていたが、しかしこれがこの魑魅魍魎共の常識であり――仮令、ウィルフレッドが派閥を抜けたとして、裏切り者たるウィルフレッドを受け入れてくれる派閥があるかと言えば、それもまた怪しい。
が。
(……ミーミルンドは、最近特に怪しい)
ウィルフレッドは差し出された紅茶を口にしながら――まさか毒殺などはされまい――そう思う。昨今の大奴隷市。そこから始まる幻想の動乱。その後ろにはどうにも、ミーミルンドの名がちらついて見えた。
確証があれば、とウィルフレッドは思う。離脱の事を起こせるのだが。しかし今は……。
と、思考は突然のノックの音で中断された。ウィルフレッドが音の方を見てみれば、ドアの前に立つのは、ウィルフレッドと同じくらいの年頃の、武装した少年の姿だった。
「クローディス様。幻想中央教会よりの命を受けて、ローレットの者が来た、と」
ローレット、という言葉に些かの憎しみを込めながら少年が言う。クローディスは忌々し気に頭を掻いた。
「また中央教会か! なんなんだアイツらは! しつっこいな!」
ばん、とテーブルを叩いて何かを考えるように、視線をぎょろぎょろとさせる。
「リルは……いないんだったな! くそ! あいつは本当に使えないな! もっと教育してやるんだった!」
ヒステリックにわめくその様子に、僅かな背筋の寒さを覚えながら、ウィルフレッドは無言でやり取りを見つめる。
「わかった! お前らが応対しろ! ゴネるようなら実力で追い返せ! それくらいの金は、払ってるんだからな!」
「分かりました」
少年は静かに一礼をすると、去っていく。
「金を払っている、とは?」
ウィルフレッドが尋ねると、クローディスはひひ、とひきつるような笑い声をあげる。
「勇者候補生にするように、傭兵を雇ったんだよ。オンネリネンとか言ったかな。子供だらけだけど、腕は立つ」
(傭兵だって? ぼくと大して変わらない年齢の子じゃないか!)
ウィルフレッドがわずかな吐き気を覚える。傭兵を雇う奴も、結成した奴も、まともな思考をしていない……!
ウィルフレッドの思考は再び、強制的に中断させられた。というのも、ずん、というとと共に、大地が揺れたのである。
何があった、と二人は窓へと走り出す。外を覗いてみれば、邸宅の入り口で一触即発の様子を見せる、ローレットのイレギュラーズと、傭兵部隊オンネリネン子供達の姿があったが、ローレットの背後、その遠くに、およそ5mほどのサイズの、4体の巨大な人影が現れたのである。
「そんな……巨人!? どうしてこんな所に!?」
ウィルフレッドが驚愕する。クローディスも目を見開いた。だが、二人の顔に浮かぶ感情は違い、クローディスの浮かべたそれは、喜びに近かった。
「やった! やっぱりベルナールは僕を助けてくれるんだ!」
(ベルナール……ミーミルンドの? 何を言っている……?)
ウィルフレッドが疑問符を浮かべる中、クローディスは部屋から立ち去ろうとする。
「どちらへ?」
「決まってるだろう! 今のうちに逃げるんだよ!」
「馬鹿な! あなたの部下が戦ってるんでしょう!?」
「雇っただけの傭兵だろう!?」
クローディスが吠えた。
「そんなにあのガキどもが心配なら、君がここに残ればいいだろう!? 僕は逃げる……僕はまだ必要とされてるんだ!」
クローディスが、あわただしく部屋から出ていくのを、ウィルフレッドは唾棄すべき思いで見つめていた。
「クローディス……! でも、これはチャンスか……?」
屋敷にやってきたイレギュラーズ達。その中には、ウィルフレッドの部下から報告を受けていた、優秀なイレギュラーズの姿も見える。
「ここで彼らと接触できれば、ジーグ家が生き残る芽ができる……」
ウィルフレッドは、応接室から飛び出すと、外で響く戦闘音を聞きながら、廊下を歩き始めた。
「逃げるならいいさ、クローディス。けれど、身一つで逃げだしたのは失敗だ。あなたの裏の顔、証拠の類、ここで見つけさせてもらうよ……!」
その顔に確かな決意の色を乗せて、ウィルフレッドはまず書斎へと足を踏み入れた。
- <フィンブルの春>鏖殺の野完了
- GM名洗井落雲
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年04月30日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●前に立つもの、後ろより来るもの
簡単に言おう。イレギュラーズ達は挟み撃ちの態勢をとられていた。
背後より迫るは、四体の巨人たち。前面には、明確な殺意をぶつけてくる15人の子供達……傭兵部隊『オンネリネン』の子供達。
彼らは協働関係にあるわけではない様だが、しかしその狙いがイレギュラーズ達であることは共通しているようだった。
バランツ家へと続く広い草原の道、周囲に一般人の姿が見えないのが幸いか。充分に全力で戦えるという事ではあったが、援護などは見込めないという事でもある。
「やれやれ、挟み撃ちか。黒幕の……クローディス・ド・バランツだっけ? これはそいつの運がいいとみるべきかな? それとも」
『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)が武器を構えつつ、皮肉気に笑った。
「必然の状況であるとみるべきか。つまり、クローディスが巨人の出現に関わってるんじゃないかって見方なんだけど」
「何らかの関係はある、とみてもよいかもしれませんわね?」
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が言った。天使の翼を模ったメイス、それと手にしっかりと構え、いつでも敵に対応できるように、意識を張り巡らせる。
「それにしても、巨人、ですわね! あらあら、豆の木が見当たりませんわ。さっさと切り倒して帰りたい所ですけれど」
「豆の木は、そうですね。きっと隠されてるんでしょう。後で見つけるチャンスはあるかもしれません……この場を生き残れれば、ですけど!」
『無限循環』ヨハン=レーム(p3p001117)が答えた。真実が何処にあるにせよ、ここを切り抜けられなければ、その真実に触れることすらできまい。ヨハンは巨人、そしてオンネリネンを順にみて、続けた。
「どっちもやる気充分。連携こそしてこないでしょうが、敵の敵は味方、って奴になりますね。
これは提案なんですが、僕たち10名を2チームに分けて、それぞれ対応、ってのはどうでしょうか?
避けたいのは、片方に集中してるときに、もう片方に背中を刺されることです。
これが多分、今僕らが取れる最善の一手です。
あの子供達って言うのは……多分、話通じないでしょう?」
ヨハンが言うのへ、答えたのは『騎士の忠節』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)である。
「あいつらはアドラステイアが母体だ。経験上、素直に話を聞くようなガキじゃねぇ」
「それは俺からも断言できる」
『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が頷く。
「一度アドラステイアの環境から放して、ちゃんと接してやれば落ち着くはずだ……けど、今は。マザーやティーチャーの洗脳が強すぎる」
「なんにしても、戦う事は避けられねぇぜ。ヨハンの策に一票だ。異論はあるか? だが、議論してる暇はないと思うぜ。最悪なのは、ここでぐずぐずして両面から押しつぶされることだ」
アルヴァの言に、『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)が答えた。
「是非もないわ。今はとにかく動くしかない。
前門の傭兵、後門の巨人。
立ち塞がるならそれを喰い破るのが青薔薇流儀。
お互い出口のない袋小路。
残るはさて、どちらの骸かしら」
「おっけー! 今回は魔法少女フィーチャリング青薔薇流で行こうか!」
『魔法騎士』セララ(p3p000273)が声をあげた。
「セララちゃん、巨人は任せた!」
ヨハンが声をが得るのへ、セララが頷く。
「そう言おうと思ってた! ボクが手の大きい巨人を抑える! みんな、ついてきて!」
ダッ、と駆けだすセララ。
「では、私も巨人の対処に向いましょう」
『遺言代筆業』志屍 瑠璃(p3p000416)が声をあげる。
「巨人の動きが少し怪しいですから。あのまま放置して、バランツの屋敷を破壊されでもしたら、こちらも証拠が握れない。優先すべきだと考えます」
「了解だ、行ってくれ」
『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が言った。
「瑠璃のいう通り、なるべく巨人は早めに潰しておくべきだ。オンネリネンの相手は、俺と、そうだな、ヨハン、それからイズマ。これで耐えられるはずだ」
「わかった」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は頷いた。
「巨人と、ナイフを持った子供達か。どっちを相手にするにしても厄介だけれど、まぁ、巨人を倒す間は耐えられるさ」
「では、我(わたし)達も向かうわ。くれぐれも気を付けて!」
レジーナの言葉に、一同が駆けだす――しかしヨハンは、アーマデルだけを捕まえて、抑えるようにこう言った。
「アーマデルさん。多分僕は、あの子供達を殺しますよ」
「……そうか」
「僕は英雄じゃない……きっと全部は救えない。僕は、僕の仲間を助けるために、きっと、彼らを手にかけます」
「俺には、それを非難することはできないよ、ヨハン殿」
アーマデルは頷いた。
「なるべく早く戻ってくる。傷つかなくて済むように」
アーマデルはそうとだけ言うと、背を向けて走り出した。
傷つかなくて済むように、と、アーマデルは言った。
誰が? 子供達が? それとも、ヨハンが? あるいはその、両方なのかもしれない。
英雄か、とヨハンは思った。勇者か、とヨハンは思った。集めたメダルが、ずしりと重く感じるような気がした。集めたメダルと勇者という称号が、少しだけ、重く感じた。
ヨハンはそれを見送りながら、さて、と手に力を込めた。
「ああまで言ったんですから、ここで全滅したら恥ずかしいですよね!」
「そうだ……だがな、ヨハン」
マナガルムは言った。
「この作戦を選び、戦う事を選んだのは俺たちだ。仮に子供達の命を奪う事になったとして、その罪を背負うのは俺たち全員だ。だから、一人で背負い込むんじゃないぞ」
「そう言う事。俺だって、死にたくはないからね……彼らが死ぬまで戦うというのなら、俺は彼らを手にかけてでも生き延びる。そう思ってる。だから」
イズマは、頷いた。
「皆で生き残ろう」
ヨハンは頷いた。
メダルがあろうとなかろうと。今この場に集ったもの達は、英雄であり、勇者なのだ。己の選択に覚悟を持ち、己の選択を背負って生きていけると信じているもの達だった。
背後から迫る敵の気配が、イレギュラーズ達感じられた。お互いの背をお互いで守りながら、イレギュラーズ達は鏖殺の野へとその身を投じた。
果たして散る命は、いずれか。
●戦いの野で
「巨人は味方じゃない……けど、ローレットの味方というわけでもない様だ」
オンネリネンの少年、リーダーのサロモンが声をあげた。前方はるか遠くに巨人たち。ローレットは部隊を分けて、巨人と、そして背後からの奇襲を警戒して、オンネリネンへの対策に分けたようだ。
「ならこれはチャンスだ。巨人と戦えばあいつらも消耗する。戦ってる最中に背後から攻撃を仕掛けることもできる……あいつらに殺された仲間達の仇が取れる!」
仇、とサロモンは言った。どうやら彼らには、ローレットの活動が歪んだ形で伝えられている様だ。例えば、ローレットと遭遇したオンネリネンの部隊は、すべて殺害された、といった具合にだ。
それはもちろん誤解であり――不幸な衝突は起こり、救えぬ命もあったにせよ――イレギュラーズ達は、彼らの多くを救っていた。それは間違いない。だが、その真実も、彼らにとっては知らされることはなく、植え付けられた偽りが、彼らの憎悪を掻き立てている。
「全員、攻撃を開始するよ! まずはあそこに残った三人を仕留める! ぼくに続け!」
サロモンが剣を掲げながら叫んだ。オンネリネンの部隊が、一気に突撃してくる。追い返せとは雇い主に言われていたが、そこには前述の誤情報から憎しみが、確かに込められていた。
「……来るぞ」
マナガルムが手に短槍を構えた。
「目がぎらついてる。子供にあんな視線を向けられるとはね」
イズマが嘆息しつつ、オンネリネンの陣容を即座に観測する。
「前衛が9、後衛が6、って感じだ。前衛で足を止めて、後衛から魔術で打つ。オーソドックスな戦い方をしてくると思う」
「それだけ傭兵としてのドクトリンがしっかりしてるって事ですか。嫌ですね」
ヨハンが言って、構える。
「オンネリネン、僕は君たちのために涙を流そう。
これから戦い……死に逝く者のために」
「俺が先に出るぞ! イズマは続いてくれ! ヨハンはサポートをメイン! なるべく敵は抑えるが、最悪は自分の身を最大限に護れ!」
マナガルムが短槍を掲げた。おお、おお、鬨の声をあげる。
「俺はベネディクト=レベンディス=マナガルム! お前達の命を奪いはせぬ、だが──大人しくはして貰うぞ!」
駆けた。騎士の突撃! 正面からぶつかる騎士と子供達! 騎士はその短槍をぐう、と引いて。
「未完の業だが、しかし威力は充分と知れ!」
紅の闘気と共に、力強く突き出した! 稲妻の如きその鋭い一撃! 放たれた闘気がまさに稲妻となりて、オンネリネンたちを打ち払う。オンネリネンたちは悲鳴を上げるが、
「怯むな! 攻撃を続行するんだ!」
サロモンが痛みを耐えながらが叫び、突撃。刃を振るいて、マナガルムへと斬りかかる。振り下ろされる斬撃。一撃。二撃。マナガルムは短槍を振るい、それを受け止める。
「成程、確かに士気は高い。だが──向かって来るならば容赦はせん」
明確に膨れ上がる、マナガルムの気配。それは、殺意。戦場に立つものの放つ本気の殺意が、この時サロモンの肌を打った。叩きつけられたそれに、サロモンは刹那、怯む。が、サロモンとて――悲しい事だが――だてに傭兵としての訓練を受けていたわけではない。すぐさまそれを振り切る様に雄たけびをあげると、マナガルムへと食い下がる。
「一対一じゃ勝てない! 援護を!」
マナガルムの短槍に己の刃を食いこませながら、サロモンが叫ぶ。オンネリネン達が続いた。四方から迫る刃に、マナガルムは短槍を振り払って、後方へ跳躍。
「援護はさせない!」
入れ替わりに飛び込んできたイズマが、細剣を振るった。目にも止まらなぬ乱撃。援護のために集まっていた子供達を分断するように放たれた乱撃が、オンネリネン達を打ち据える。突き出された刃が、オンネリネンの一人、少女の肩を貫いた。鮮血がほとばしり、少女が痛みに悲鳴をあげる。
「ちっ……!」
イズマは舌打ちしつつ、刃を引き抜いた。間髪入れず振り下ろした細剣が、少女の意識を奪う。倒れ伏した少女は生きているのか。死んでいるのか。今は確認する余裕は、こちらにもない。
「さぁ、俺はここだ! 逃げもしない。容赦もしない。俺達は戦うぞ! だから、来い!」
イズマの口上に、オンネリネンたちの注意が向く。同時に、仲間達を包み込むのは、ヨハンの頌歌である。
「僕は誓ったぞ、誰も倒れさせないと。そのためなら、誰かの犠牲もいとわないと!」
ヨハンは詠う。高らかに。それは必然、イズマの引き付けから漏れた敵の攻撃を誘う事にもなる。
「あいつを狙うよ! 術士隊、用意!」
術士の少女が声を張り上げた。途端、生み出された火球がヨハンへと殺到する。ヨハンはとっさに息を止めて、身を包むようにその手をかざした。月の外套がヨハンの身体を包むみたいに翻って、間髪入れずに叩き込まれた火球がヨハンを打ちのめす。
「ぐ、うっ!」
ヨハンが呻いた。痛みと熱が、身体を叩く――同時に、突撃してきた剣士が一人、ヨハンを切りつけた。鮮血が、その身体から迸る。だが、ヨハンはにぃ、と狂気を演じて見せた。
「家族の為に戦うお前らに、戦う為にここにいる僕に勝てるわけがない。
最期まで戦うというのなら……。
終焉の帳を下ろそう。死と向き合い、届かぬ生を願え。
世界の終りの狂気に包まれて、死ね!」
ヨハンの周囲を、紫色のとばりが包んだ。途端、訪れる不吉が、剣士の身体を包み込み、その身体を激しく痛めつけた。知覚できぬ不吉という攻撃が、剣士を叩き、打ちのめし、そして意識を奪う。
倒れ伏した剣士を一瞥し、ヨハンはその瞳をオンネリネンたちへと向けた。
怯んでくれれば、と思った。
足元の子供は死んだのだろう。
――他人事みたいにいうな。殺したんだ。
自嘲しながら、しかし届かぬ思いに、ヨハンは奥歯をかみしめる。
「無理するなよ」
イズマが声をかける。いくつもの意味で。イズマは些かドライな所はあったが、しかして仲間の不調を捨ておくほど渇いてもいない。
「……無理するな」
もう一度、そう言った。
「分かってますよ。まだまだ戦いはこれからですから」
ヨハンの言葉に、イズマは頷いた。同時に、これからも、こんな思いをする事が有るのだろうか、と寒い気持ちになった。
「セララ! ストラーッシュ!!」
振るわれる刃。撃ち放たれる閃光。セララの放つ剣閃が、二体の錬鉄の巨人を貫く。ちゃきっ、と聖剣を掲げて、セララは吠えた。
「ボクの名は魔法騎士セララ! 勇者王アイオーンに憧れ、勇者を目指す者!
さあ、邪悪な巨人さん。君達の相手はボクだよ。
二人がかりで来なよ。それでも勝つのはボクだからね!」
ごう、ごう、と錬鉄の巨人は吠えた。どたどたと地響きを立てて5mの巨体が地を疾走する。振り上げられる拳が、セララへと撃ち落とされた。インパクトの寸前、セララは飛びずさる。拳が大地を抉った。ぼん、と土煙が噴き上がる。その噴煙を切り裂いて、セララは跳躍。空中から錬鉄の巨人の腕へ、刃を振り下ろす! がぎん、と音を立てて、刃が弾かれた!
「いったた! かったい!」
セララが悲鳴をあげる――同時に、残る一体の錬鉄の巨人が、その腕を振るった。振るわれる巨大な「フック」に、セララは身体を無理矢理回転させて、刃を巨人の拳に叩きつけた。弾かれる剣。その反動を利用し、セララは拳を回避、距離をとる。
「ふっふっふーん、やったとおもった? 残念! ボクはその程度じゃ……おっと!」
ぴょん、と飛びずさるセララ。そこにさらに拳が叩き込まれる。錬鉄の巨人の攻撃はシンプルな打撃だが、それ故に、直撃した場合のダメージは計り知れないだろう。それらを器用に回避しつつ、セララは攻撃を叩き込んでいく。
「皮膚の堅い方は魔法騎士(セララ)に任せて!
我(わたし)たちはあの顔色の悪い方を集中するのだわ!」
レジーナが叫び、跳ぶ。手にした魔術書から離れた閃光で、神秘的・物理的な斬撃を、顔色の悪い方――毒素の巨人を加える。切り裂かれた毒素の皮膚から、ぶしゅう、と緑色の煙が噴き上がった。それはすぐに空気中に溶けて無害となったが、アレが毒素の巨人の体内に蓄えられた毒素だろうか? レジーナは鼻を鳴らした。
「毒の風船のような形かしら? ぶくぶくと膨らんで、醜悪極まりない――」
「ならその毒風船、俺が足を止める!」
アルヴァが叫び、狙撃銃を構える。わずかなポイントの後に放たれた弾丸が、毒素の巨人の腕を貫き、ぼす、と緑煙を吐き出させる。
「たく、こんな時に巨人……いや、こんな時だからか。
ここは通行止めなものでね、通すわけにはいかないんだ。
こっちだ、毒風船!」
アルヴァがアピールするように叫び、走り出す。乗ったりとした様子で、毒素の巨人がその後を追った。
「とりあえず、巨人の足止めはうまくいったようね。先に片付けるのならば毒風船と見たわ」
「毒を吐かれて暴れられても厄介なのもあるけれど、あっちの堅そうなのに比べたら、殴りやすそうではありますわね!」
レジーナの言葉に、ヴァレーリヤが頷いた。手にしたメイスを掲げ、僅か、祈りをささげる。
「私達の行く先に主の御加護があらんことを! さぁ、続きなさい! 御伽噺の巨人狩り、今ここに、神の名の下に再現して差し上げますわ!」
ヴァレーリヤが駆けだす。赤毛の聖女、信仰の突撃! 毒素の手前で跳躍する。狙うは顔面! 一撃浄化!
「シンプル、ストレートに! どっせぇぇぇぇぇぇいっ!!!」
気合の雄たけび一つ、聖女はそのメイスを振るった! メイスに纏う、聖なる焔! 赤き一撃が毒素の巨人の顔面を殴りつけ、傷次から吹き出す緑煙が、メイスの炎に着火して爆炎をあげる。
「あら――あなた、毒の巨人じゃなくて火吹きピエロでしたのね?」
小ばかにするような笑みを浮かべて、ヴァレーリヤが毒素の巨人の肩を蹴り飛ばし、跳躍、距離をとる。其れと入れ替わる様に空中ですれ違い、アーマデルが接敵した!
「喉が渇くだろう? 酒はどうだ」
小さな瓶のコルク蓋を開けて、その液体の『香り』を流すアーマデル。自身は腕で口元を覆い、その香りを吸い込まぬように注意を払っていた。
漂う、焼けつくような甘い香りは、石榴酒の香りである。だが、その石榴はただの石榴ではない。此岸と彼岸、この世とあの世の境目に生るとされるその石榴から作られた、真っ赤な酒の香りは、死神の加護なき者には、香りだけで毒となろう。
「まぁ、匂いだけなんだが。堪能してくれ」
がぶ、がぶ、と毒素の巨人は喉をかきむしった。激痛が、巨人の喉を焼く。ひゅう、ひゅうと呼吸をするたびに、体内の毒素が少しずつ吐き出された。それから少ししたのちに、大地には薄汚れた毒袋が横たわっていた。毒袋は、ぼす、ぼす、と少しずつ緑煙を空中へ放ち、やがてしぼんで消滅していった。毒素も、空中に流れた際に分解され、無害なものに変わったようである。体と同様に、消滅した、のだろう。
一方、残された毒素の巨人が大きく息を吸い込み、刹那、一気に吐き出した。醜悪なにおいをまき散らす緑のブレスが、イレギュラーズ達を包み込む。
「毒だ! 吸い込むなよ!」
ランドウェラが叫ぶ。多くのモノはその毒素を無効にする力を持っていたが、しかし吸い込まない方が精神的にもよろしいだろう。耐性のないものには、仮に吸い込まずとも、皮膚をピリピリと刺すような毒の痛みが走っていたに違いない。
「厄介な手だが、相手が悪かったな!」
ランドウェラの右手が、弓を引き絞る。右腕に走る痛みに耐えながら、ランドウェラはその矢を放った。亡、妄、暴、怨念の呻きめいた弦音が響き、矢が宙へと放たれる。とん、と静かな音を立てて、それは毒素の巨人の右目を貫いた。
ああ、があ、と毒素が吠える。体内に駆け巡る激痛。それは呪殺の痛み。
「捕えます」
瑠璃がその手を掲げた。途端、巨大な黒い棺が、中空へと出現した。それは毒素の巨人を内にのみ込み、ゆっくりと蓋を閉じる。その内部で何が行われているかは不明ではあるが、およそあらゆる苦痛がその中でもたらされているだろうという事は、毒素の巨人の雄たけびから想像はついた。
「これで、お終いです」
がん、と棺のふたが開いた時、倒れ伏したのは毒素の巨人だった。そのかを吐く通と恐怖に歪んでいる。巨人はぶすぶすと煙をあげながら、消滅していく。
「行きましょう、引き続き、大腕の巨人を撃退します」
一行が錬鉄の巨人へと向かう。
「セララ、片方は俺がひきつける!」
「おっけー、ありがと!」
ぴょんぴょんと飛び跳ね攻撃を避け続けてきたセララだったが、しかしその身体にはあちこち傷跡が残っていた。数発の打撃は貰っていたのだ。アルヴァの交代の声に、セララは頷く。
「一発でかいのをぶつけておくか。セララ、それにアンタら、斜線に入るなよ!」
アルヴァは狙撃銃を構える――その弾倉には、特殊な弾丸が仕込まれている。バレット・カルネージカノン。敵を蹂躙する炎獄の、それは銃撃ならぬ、砲撃。
「撃つッ!」
アルヴァが叫び、トリガを引いた。肩口に、反動が食い込むように圧し掛かった。放たれた砲撃は錬鉄の巨人を飲み込み、その身体に焔を走らせる。
「いいぞ、続け!」
アルヴァの言葉に、仲間達は頷いた。セララは大剣に雷を纏わせ、上空から勢いよく、錬鉄の巨人へ向けて刃を振り下ろす!
「追い詰められてからが、魔法騎士の本番なんだ! 全力全壊! ギガセララブレイク!」
振り下ろされた雷の刃が、錬鉄の巨人を切り払う。大上段から振り下ろされたそれが、錬鉄の巨人を真っ二つに切り裂いた。左右に分断されて崩れ落ちるその肉体が、風に溶けて消滅していく。
「敵はだいぶ固い……なら、内部から叩きましょう」
瑠璃は手を掲げる。再び念じて、黒の棺を現出させた。
「ランドウェラさん、ヴァレーリヤさん、行けますか?」
「ああ。スロースターターなものでね。ようやく体があったまってきたところだよ」
ランドウェラが弓を構えた。ぎり、と、亡者の呻きが聞こえる。
「私が動きを止めますわ! 確認したら、棺で閉じ込めて!」
ヴァレーリヤが叫び、駆けだした。掲げるメイス。紡ぐ聖句。すなわち。
『主よ、慈悲深き天の王よ。彼の者を破滅の毒より救い給え。
毒の名は激情。毒の名は狂乱。
どうか彼の者に一時の安息を。永き眠りのその前に』
聖句と共に放たれた衝撃波が、錬鉄の巨人を揺るがせた。大きく体を震わせる。足が止まる。
「このまま封じます……狙って!」
ぐ、と瑠璃は手を握りしめた。途端、黒の棺が錬鉄の巨人に突撃し、その内へと飲み込んだ! ――刹那! 放たれたランドウェラの矢が、風の尾を引いて、錬鉄の巨人の胸へ突き刺さる!
ごう、と錬鉄の巨人は悲鳴を上げた! 内部に爆発する、呪いの本流。筆舌しがたい苦痛が、巨人の身体を駆ける!
棺がひらいたとき、そこには絶命した巨人の姿があった。
「外側だけを守る奴は、内側に潜られたときに弱いものさ。なんてね」
ランドウェラが、静かに呟いた。巨人の死体は風に吹かれて、塵となって消えて行った。
一方で、オンネリネンとの闘いも、決着の時を迎えていた。
「……無事が、二人とも」
傷ついたマナガルムが言う。確かに相手の力量は、こちらに劣る。だが、イレギュラーズ達をはるかに上回る数という力が、イレギュラーズ達を確かに傷つけて行った。
「ああ、何とか。残りは彼だけか」
イズマが言う。残っていたのは、リーダー格であるサロモンだった。命を惜しんで引っ込んでいたわけではない。偶然彼が残ったに過ぎない。
「やれやれ、護り通しましたよ、僕は」
ヨハンが言う。足元には無数の倒れた少年少女たち。何人が生き残り、何人が死んだのか。今はまだ確認するほどの余裕もない。
「――大丈夫か」
ふと、三人に声がかけられた。気づけば、巨人を討伐した仲間達が、こちらへ駆け寄ってくるところで、声の主はアーマデルだった。
「……遅くなった。すまない」
「いえ。充分速かったですよ」
ヨハンが言う。
「下がってくれ。それから治療を。後はこちらで」
「分かった」
マナガルムが頷く。
「……あの子を頼む」
イズマが言う。彼らが下がっていくのを、サロモンは疲れに息を荒らげながら、見つめていた。
「ラサへ派遣された部隊を知っているか?」
アーマデルは声をあげた。
「戻らなかった子は死んだ事になっているそうだな?」
サロモンは答えない。
「知っているよ、今君に、この言葉は届かない。だけど言わせてくれ」
アーマデルは、ぎこちなく微笑んだ。
「確かに、救えなかった者もいて……でも、俺達の保護を受け入れてくれた者もいる。
……他の子も助けてやって欲しい、というのがその子の願いだ。
ミーサという。知っている名前かい?」
サロモンは少しだけ目を丸くして……それから口をつぐんだ。
「そう易く信じられはしないだろうが……『死んだ』事にして、別の生き方をしてみる気は無いか。俺は……今からでも、君たちを救いたい」
サロモンは、ゆっくりと剣を構えることで答えた。
「無駄でしょう。彼は戦士よ」
レジーナが、静かに言った。
アーマデルは、少しだけ悲しげに頷いた。
レジーナが、声をあげた。
「10歳の子供と侮るつもりも、軽蔑もしないのだわ。
我が故郷においては12で成人として扱われるものだもの。
己が傭兵の矜持を語るなら、当然その末路も折り込み済みでしょう。
――汝(あなた)達、捨て駒よ?
その上で聞くわ。
此方に降るつもりは?」
サロモンは刃を構えた。
言葉は、無い。
「よろしい。
我が青薔薇のタナトスの紋章に誓い。
――鏖殺するわ」
サロモンが、走る。刃を手に。
レジーナが、迎え撃った。その手に術書を構え。
翻る、刃。煌く、魔術の衝撃。
交差する、二つ。倒れるのは、ひとつ。
「運が良ければ、生きるわ」
レジーナが、書物を閉じた。サロモンが、倒れ伏した。
「我(わたし)も、とどめを刺すほど暇じゃないの……介抱なりなんなり、すればいいのだわ」
レジーナが肩をすくめる。
いずれにしても。
イレギュラーズ達は、この窮地を突破したのであった。
●戦いの後に
屋敷の外ではヴァレーリヤによる、生き残ったオンネリネンの子供達への手当てが続いていた。
「……これでひとまずは、大丈夫ですかしら」
ヴァレーリヤが言う。サロモンの傷は深く、しばらくは絶対安静が必要だろう。とはいえ、彼は命を取り留めた。
……だが、それでも、失われた命は多い。すべてを救って勝てる戦いではなかった。誰が悪いというわけではない。ただただ、状況が悪かっただけなのだ。
「……それでも。少なくない命を救えたのは、皆の力あってのことですわね」
「亡くなった子は、これで全部だ」
イズマが、毛布に遺体を包み終えて、言った。
「……運搬やに連絡して、連れて帰らないといけないな。埋葬してやりたいって奴もいるだろう?」
「そうですわね。それに、けが人も連れて帰らなければなりませんし」
嘆息する。
「アドラステイア、ですか。つくづく、気分の悪い事をしてくれますわね」
「アドラステイアも、幻想も、問題は山積みか……」
イズマがため息をついた。とはいえ、一歩一歩、問題を解決していくしかない。
「……バランツ邸の方はどうなったかな? 何か情報が得られていればいいんだが……」
イズマの言葉に、ヴァレーリヤはバランツ邸を見つめた。中では、残るイレギュラーズ達が、屋敷内の捜索を行っているのだ。
「動くな。ゆっくり手をあげろ」
バランツ邸、その廊下で、アルヴァは狙撃銃を構えながら、ゆっくりと目の前の人物に告げた。
金の髪をした、少年である。身なりは豪奢であり、低い身分の者ではないことを、如実に表していた。
「バランツか?」
アルヴァが尋ねるのへ、少年は頭を振る。
「いいえ。ぼくはウィルフレッド。ウィルフレッド・フォン・ジーグと申します」
ゆっくりと手をあげたまま、抵抗の意思はない事を告げる。
「バランツの手の者か?」
「派閥は同じくミーミルンドとするものですが。ぼくも今日はおしかりを受けて呼び出されたもので。ああ、クローディス殿なら随分と前に屋敷を立ち去りましたよ」
「だとして」
瑠璃が言った。
「あなたはここで何をしているのですか? まさか火事場泥棒などをしているような身分には見えませんが」
「半分正解です」
ウィルフレッドが言う。
「あなたの事は存じています、志屍 瑠璃さん。部下から、ローレットに有能な人間がいると報告がありましてね。タイミングがあえば、直接お話して、ジーグ家の勇者候補生をお願いしたい所でしたが」
さておき、とウィルフレッドは言う。
「半分正解、と言いましたね。ぼくはここで、クローディスの悪事の証拠集めをしていました」
「クローディスの悪事? 奴隷市の開催とか、偽造メダリオンの話ですか?」
ランドウェラが尋ねるのへ、ウィルフレッドは目を丸くした。
「そんなことまでしてたんですか!? あの人!?」
「……という事は、まだまだ余罪があり、ですか」
ランドウェラが嘆息する。どうやら誠、クローディス・ド・バランツとは救えぬ男らしい。
「ぼくが探していたのは、巨人の関係です」
ウィルフレッドが言った。
「あいつは、先ほど巨人が現れた時に、確かにこういいました。『ベルナールが助けてくれた』と」
「ベルナール……ミーミルンド家の代表だったな」
アルヴァが尋ねるのへ、ウィルフレッドが頷く。
「ぼくはこう読んでいます。巨人の発生に、ミーミルンドが関わっていると。クローディスも一枚かんでいる可能性がありますから、その証拠があれば……その」
些かばつの悪そうな顔をしつつ、ウィルフレッドはつづけた。
「派閥を抜ける際にも、何か、良い手土産になるんじゃないかなぁ、と」
「派閥を抜ける気か? それは、まぁ」
マナガルムが、あごに手をやり、唸った。
「一筋縄ではいかない問題だろう? フィッツバルディ派で構わないなら、手土産さえあれば、俺から懇意の貴族に口添えが出来る可能性もあるが……」
「いえ、これは我が家の問題ですので。腐っても栄光のジーグ家、人の手は借りません。……お気持ちは、大変ありがたく」
「それで、証拠は見つかったのですか?」
瑠璃の言葉に、ウィルフレッドは頭を振った。
「いえ、それがまだ……前言を翻すようでお恥ずかしい話ですが、皆さんのお手をお借りしたい状態です」
「ふふん、それなら大丈夫! ここ、ここを見て!」
セララが笑って、廊下の壁を指さした。一同が視線を送るが、変わった所は見当たらない――いや。
「ここだけ色が違う?」
ウィルフレッドが尋ねるのへ、セララは頷いた。
「そうなのだ! で、ここの燭台をぐっ、と引っ張ると!」
がちゃん、と音がして、壁の一部がせり出してきた。いや、これは扉なのだ。燭台を引くことで開ける、隠し扉。
「すごい、よく気づきましたね」
「魔法騎士としては、これくらいの罠の看破は当然だよ!」
セララが胸を張る。
(まぁ、ほんとは普通に透視しただけなんだけど! 感心してもらってるから黙ってよう!)
と思っていたことはさておき。
中に入ってみれば、そこはどうやら書斎のようだった。壁一面に本棚、奥に机。
「明らかに、何か隠しています、と言わんばかりだわ」
レジーナが嘆息し、使い魔にあたりを探らせる。帳簿。タイトルのない本。日記。奴隷。メダリオン。ベルナール。ミーミルンド。そんなものをキーワードに探索を続ける。
「これ……奴隷のカタログが?」
こんぺいとうを齧りつつ、ランドウェラが取り出したのは、おそらくは奴隷のカタログであろう。作りは粗雑であり、おそらくクローディスが手作りしたものと思われる。中には、練達製のカメラで撮ったであろう写真がスクラップされている。
「なんか褐色の男の子ばかりだな……趣味か?」
ランドウェラが苦笑しつつ、ぱらぱらとページをめくり……そこでいったん、止まった。そこには、大きく丸の描かれた一枚の写真があった。スカイウェザーの少年である。
「なんだこれ。こいつが欲しかったのか……?」
ランドウェラがそう呟くのへ、
「あ!」
と、声をあげたのは、ヨハンである。
「アーマデルさん! この子! ほら、あの時の!」
「……リズックラー殿が護送していた、奴隷の少年か! 確か、名前は――」
「アンジェロさん! アンジェロ・ラフィリア! どうしてクローディスがこの子を……?」
「まって、こっちのページ……こっちの赤丸ついてる子! リルさんです、リル・ランパート!」
瑠璃が顔をのぞかせた。アンジェロの隣には、クローディスの配下のスパイであった、心優しいブルーブラッドの少女、リルの写真もあった。
「クローディスは、この二人を狙っていた? どうして……?」
瑠璃が首をかしげるが、当人がいない以上、これ以上の情報を得ることはできない。
「こっちにも新発見だ。日記の類がある」
マナガルムが声をあげる。そこには、レジーナの使い魔が見つけた日記の類があった。
「今から内容を検めるのは骨だな。一度ローレットに持ち帰って調査することになるが……」
「それで構いません」
マナガルムの言葉に、ウィルフレッドが頷いた。
「皆さんの反応を見るに、クローディスの……というより、ミーミルンドの悪事は確実なようです。となれば、ぼくの方でも内部調査を行ってみます」
「大丈夫ですか? お手伝いできるならそうしますが」
瑠璃の言葉に、ウィルフレッドは頭を振った。
「ありがたい申し出ですが、内部に侵入するなら身軽な方が気楽です。もし皆さんの手が必要ならば、必ず連絡します。どうかその時は……格安でお願いしますね。ジーグ家も懐が厳しいもので」
ウィルフレッドは年頃の少年らしい、茶目っ気のある表情で、そう言った。
かくして、イレギュラーズ達は生き残り、バランツ邸に残された情報を持ち帰ることに成功した。
その情報が何をもたらすのか。
クローディスの行方は。
まだわからないことが多いが、真実に向かって、イレギュラーズ達は確実に一歩一歩を進んでいるのであった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆様の活躍により、クローディスの残した何らかの証拠を確保することができました。
これらの証拠はローレット、および幻想中央教会へと送られ、内容の確認作業が進んでいます。
クローディスの行方は不明ですが、ミーミルンド関係の何処かへ潜んでいるものと思われます。また、ウィルフレッドが独自調査を開始しました。
また、オンネリネンの部隊は、生存しているものは手当てをされ、それぞれ保護施設へ送られています。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
バランツ家での戦いに勝ち残りましょう。
●成功条件
すべての敵を倒す
●失敗条件
巨人のバランツ家への到達
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
イレーヌの依頼を受けて、バランツ家への強制調査に訪れたローレットのイレギュラーズである皆さん。
しかしバランツ家当主クローディスは、調査を拒否。雇った傭兵であり、バランツ家の勇者候補生でもある『オンネリネン』の子供達をけしかけてきました。
一触即発の状況の中、さらに状況は変動します。後方より突如現れた巨人たちが、バランツ家目がけて進軍。イレギュラーズ達へと攻撃を仕掛けてきます。
こうなっては、すべての敵勢力を撃退するしか生き残る手はありません。
そして、皆さんはこのすべての敵を撃退し、バランツ家の内部調査を行う事になります。
作戦決行時刻は昼。戦場は街中になっていて、周囲は石畳により舗装されています。
戦闘開始時点で、戦場には西側から巨人たちが進行、東側にはオンネリネンの部隊が待機し、その後ろにバランツ邸があります。
イレギュラーズ達は、両者のちょうど真ん中に配置されています。
●エネミーデータ
オンネリネンの子供達 ×15
剣や魔術所で武装した、10歳前後の子供達。
ひとりひとりの実力は皆さんには劣りますが、数が多い事と、巨人と戦う際に背後をつかれる可能性がある点に注意してください。
剣による『出血』系統のBSや、魔術による『火炎』『氷結』系統のBSも行ってきます。
また、全員士気も戦意も高く、基本的に説得の類は通用しません。死ぬまで戦うでしょう。
錬鉄の巨人 ×2
鋼鉄の皮膚持つ巨大な怪物です。両腕の皮膚が硬質化しており、防御技術と物理攻撃力の高さがウリになっています。
その攻撃をまともに受けてしまえば、『乱れ』系統のBSを付与されてしまうかもしれません。
毒素の巨人 ×2
体内に毒袋を持つ巨大な怪物です。吐き出す毒のブレスは神秘属性を持ち、広範囲に様々な毒をばらまきます。
その毒には、文字通りの『毒』系統のBSが含まれるほか、『Mアタック』によるAPへの攻撃も行ってくるようです。
●その他NPC
ウィルフレッド・フォン・ジーグ
志屍 瑠璃(p3p000416)さんの関係者さん。
ミーミルンド派に所属する貴族ですが、派閥の行く末には懐疑的。
現在はバランツ家に一人残り、クローディスとミーミルンドの『裏の顔』探っているようです。
敵全滅後、合流すれば、調査を手伝ったりできるかもしれません。
クローディス・ド・バランツ
ミーミルンド派所属の貴族。大奴隷市を開いた黒幕であり、偽ブレイブ・メダリオンを作り流通させようとした黒幕でもあります。
現在は逃走中。今回のシナリオの範囲で追う事は難しいでしょう。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングをお待ちしております。
●ブレイブメダリオン
このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
このメダルはPC間で譲渡可能です。
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