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シナリオ詳細

<フィンブルの春>フノスの誘掖

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●シャロウの愚策
「ほんとに上手く行くんですかねぇ」
「上手く行かせるんだ。お前たちがな」
 成金趣味の応接室で、男は芋虫のように太い指を組んだ。十指を飾るごてごてした指輪が、派手すぎるシャンデリアの光を眩く反射する。
 それに目を射られ剣士が一瞬だけ不機嫌に眉を顰めた。だが相手は依頼主だ、文句は言わない。
 右隣の女魔法使いの視線は指輪の宝石に熱く注がれていた。左隣の弓使いは硝子テーブルの菓子を見つめる。もっと食べていいものか、遠慮した方がいいのか、悩み始めて早十五分だ。
「できるだろう? 果ての迷宮の攻略隊に選ばれたことのある、イレギュラーズたるお前たちなら」
「もちろんです。魔物の一体や二体、敵じゃないですよ」
 剣士はにこやかに答えた。魔法使いの目が泳ぐ。弓使いは微かに震える手でティーカップを持った。
「問題なのは、同じイレギュラーズが邪魔してくるんじゃないかってことです」
「まさか。お前たちは金さえ払われれば裏の仕事を請け負い、戦争もするんだろう?」
「ええ、善も悪も国家さえ関係なく、我々は平等ですよ」
「ならば儂のような貴族に雇われ、『偶然現れた』魔物を倒し、ブレイブメダリオンを得て勇者になったところで、不服を申し立てる者はいまい」
「……そうですね」
「この策を知るのは一部の者のみ。外部に漏れることはまずない。お前たちは名声を、儂は勇者の後ろ盾という地位を得る。そうだろう?」
「おっしゃる通りです」
 ぶくぶくと太った男が、微笑んだ剣士の回答に満足げに笑った。
「そろそろ作戦の時間だ。配置につけ」
「かしこまりました。……ほら、行くぞ」
 剣士が他の二人を急かして席を立つ。成金の男(一応、バルツァーレク派の貴族だ)は見送るつもりもないらしく、焼き菓子をつまんで口に放り込んでいた。品性の欠片もない仕草で。
 やけにスカート丈の短い服を着た侍女たちに見送られ、三人は王都メフ・メフィートの郊外に向けて出立する。

 未だ続く古廟スラン・ロウと神翼庭園ウィツィロからの古代獣の襲撃、どさくさ紛れの悪行に奴隷商人の暗躍。勇者総選挙と――間近に迫ったブレイブメダリオンの最終集計日、『約束の日』。
 新たな勇者を擁立し、政治的有利を得たい貴族、エイランダ・マーガは考えた。
 魔物を倒してメダルを得られるなら、魔物を作ってそれを倒し続ける人材を用意すればいいと。
 密かにその人材を募ったところ、食いついたのがあの三人だ。
 ローレットだけで行われるはずだったメダル争奪戦は、今や勇者への憧憬と志願と、そして欲望が渦巻く動乱へと姿を変えている。

●ライアの真相
「なああんであんな嘘ついちゃうかなぁ!」
「だってああするしかなったろ! 村から出てきたばっかりの冒険者ですぅ、勇者になりたいですぅ、って言って誰が後ろ盾になってくれるんだよ!」
「ですけどぉ! やっぱりイレギュラーズを名乗るのは無理があ、ああぁっづ!?」
「ひいいい焼けてる! キュッテのお尻焼けてる!」
「怖い強い速い無理無理!」
 森の中で女魔法使いと剣士と弓使いが絶叫しながら走り回っていた。
 そのすぐ後ろを十数体の魔物が追いかける。
 石と泥と特殊な魔術で作られた魔物が町を襲い、『偶然近くを通りかかった三人がさっそうと助けに入る』というシナリオは、開始十秒で崩壊していた。
 残念なことに魔物たちは三人を追いかける。倒せないなら逃げるしかない。幸か不幸か、町からは遠ざかっていた。
「こんなん使ってくるとか思わんじゃん!? もっと弱いのがぽつーんっていて、剣振り回しときゃ終わると思うじゃん!?」
「ばーか! ほんとアンタってばーか!」
「っていうかなんか増えてません!? 最初、一体しかいませんでしたよね!?」
 そう、エイランダに雇われた三人はイレギュラーズなどではない。実力は下の下、一か月にも満たない旅の途中で出会った、ぷよぷよした無害そうな魔物からすら逃げ出すレベルだ。
 自分より大きくて獰猛そうな魔物なんて、直視すらできない。
「ラランお前ちょっと魔法でなんとかしろ!」
「はい残念、無理でーす! アタシ、ヒールしか使えませーん!」
「あの擦り傷が辛うじて治るやつかよ!」
 剣士フーレドは絶望感に天を仰いだ。
 勇者になりたい。ただそれだけだったのに、取り入った貴族とついた嘘がまずすぎた。

 さんにんのぼうけんはここまでだ!

「……って、なんだあれ?」
「なんでもいいので飛びこみましょう! このままじゃ死にます!」
「やだー! こんなところで死にたくないー!」
 女魔法使いラランの絶叫で三人の進路は決まった。

●フノスの誘掖
「……ん?」
 自分の領(なんか果ての迷宮の隅っこの切れ端あたりと繋がったEX1階層・通称アナグラ)にて、『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は顔を上げた。
「どうかなさいましたか?」
「いや、なにか聞こえた、ような」
 アナグラを担当する執政官に、エクスマリアは首を傾けながら応じる。彼女が不在の間にあった出来事の報告をしている執政官も、不思議そうな顔で窓の外を見た。
「とまぁ、大きなことはなかったです。新しい階層に繋がったという報告も、今のところありません」
「そうか」
「ローレットに戻られるので?」
「ここで、マリアがするべきことは、特にな……」
「ご報告申し上げます!」
 引きつった声とともに勢いよく扉が開かれる。
 言葉を中断したマリアと、びっくりして書類を落とした執政官がなだれこんだ男に目を向けた。
「アナグラに突如、魔物が落ちてきました! 三名が追われているようです!」
「なに!?」
「……予定、変更。マリアは救助に、向かう。避難誘導と、イレギュラーズに連絡、してくれ」
「かしこまりました!」
 声を揃えた執政官と男が足をもつれさせながら走っていく。
 エクスマリアは窓を開いた。
「厄介なことに、なったな」

GMコメント

 初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
 欲と嘘と深い深い穴の底。

●目標
・三人組の確保
・魔物の殲滅

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●シチュエーション
『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の領内、『アナグラ』と呼ばれる果ての迷宮・EX1階層です。
 深い深い穴の底。なぜか役所があり、人々が普通に生活しています。

 市街戦になります。
 三人組と魔物たちは町を縦横無尽に駆け回っています。当然、避難できていない人々が被害に遭っていたり、今から被害に遭おうとしていたりします。

●敵
・大きなゴーレム×1
 土と泥で作られた巨大な人型の人形。硬そうに見える。
 その実、エイランダお抱えの魔術師が二時間くらいで適当に作ったものなので、イレギュラーズであれば秒で倒せます。

・パンチ(物・至・単)

・火焔鬼×7
古廟スラン・ロウから現れたと推測されます。途中で三人組と合流してしまったのでしょう。
 物理攻撃力・体力・防御技術に優れ、回避低め。

・火吹き(神・近・範):【炎獄】
・殴打(物・至・単):【背水】
・戦闘狂(物・自・副):【HP中回復】

・『氷宝巨人』ノルズ×1
 全身に冷気を纏う氷の巨人。火焔鬼と同じく古廟スラン・ロウから出現したと推測されます。
 非常に強力な個体です。
 特に物理攻撃力・防御技術・特殊抵抗・EXAに優れます。

・通常攻撃(物・近・列):【重圧】
・凍吐息(神・中・域):【絶凍】【停滞】
・自己治癒(神・自・単):【HP中回復】

・冷気帯びる者(P):【凍結無効】【痺れ無効】【棘】

●NPC
・『三人組』
 剣士フーレド(攻撃力1)、女魔法使いララン(頑張れば擦り傷を治せる)、弓使いキュッテ(命中1)の三人。
 勇者総選挙の話を聞き、子どものころからの夢だった勇者になりたくて一緒に村を飛び出してきた幼馴染。
 後ろ盾欲しさに果ての迷宮踏破にも参加したイレギュラーズだって嘘をつきました。

・『エイランダ・マーガ』
 成金貴族。バルツァーレク派。趣味が悪い。
 マッチポンプで次期勇者を作って擁立、政治的有利を得る気でいる。
 まさか雇った三人組が嘘をついているとは思っていない。つめがあまい。

●ブレイブメダリオン
 このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
 ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
 それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
 このメダルはPC間で譲渡可能です。

 皆様のご参加お待ちしています!

  • <フィンブルの春>フノスの誘掖完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年04月26日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
八田 悠(p3p000687)
あなたの世界
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
アト・サイン(p3p001394)
観光客
リック・ウィッド(p3p007033)
ウォーシャーク
紅迅 斬華(p3p008460)
首神(首刈りお姉さん)
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと

リプレイ


 時間短縮のために窓から飛んだ『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が着地すると同時、声をかけてきた者がいた。
「やあ」
「アトか。なぜ、ここに」
「果ての迷宮の一階で自主トレしてたんだ。そしたら急に騒がしくなってね」
「侵入者だ」
「なるほど」
 ふむふむと考える素振りを見せ、『観光客』アト・サイン(p3p001394)は口の端を上げた。
「ここは丁度いい休憩所なんだ、壊されたら困る。ということで僕も手を貸そう」
「助かる」
 転がるように正面扉から出てきた執政官に、ひとり追加で、とエクスマリアが告げる。彼女の命に従い、小脇に丸めた地図を抱えている執政官が何度も頷きながら厩舎に向かった。
「だいたいの地形は知ってるけどね。道中にでも詳細を詰めようじゃないか」
「ああ」
 二人の視線が、轟音とともに黒煙を噴き上げた一角に向く。

「重力は首♪」
 元気いっぱいの声で宣言した『首神(首刈りお姉さん)』紅迅 斬華(p3p008460)が大太刀を振るうと、その華奢な体が高く浮いた。赤い振袖の袂が翻る。
「いますね、いました。見つけましたよ!」
 斬華がさす先を目指し、足場の悪さをものともせずに駆けるのは『恋する探険家』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)だ。
「敵をおびき出して、十字路に誘導……、だよね……?」
「ああ。そこで、総力戦とする」
 フラーゴラのすぐ隣を、髪を使って走るエクスマリアが肯定した。昏い黄金の髪の一部が炎のように揺らめき、怒りを表している。
 騒ぎが大きい方へと三人が向かう中、『希う魔道士』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は急に立ちどまって顔を上げた。
「待って」
 跳ね上がった呼吸を整えながら、五感を研ぎ澄ます。
「うわこれやば、うわ」
「なんだなんだ?」
 頬を引きつらせるヨゾラと真っ直ぐ前進する仲間たちの背中を見比べ、『ウォーシャーク』リック・ウィッド(p3p007033)は動揺した。
「あっちもまずいけど、たぶんこっちもまずい!」
「あっおいこら!」
 言うが早いかヨゾラが走り出し、リックが追う。
 二人が向かったのは斬華たちの目的地から、筋を二本挟んだ通りだった。
「でっ……、か!」
 ぎょっとしたリックから素直な感想が漏れる。
 全身から冷気を放出させる巨人が、まさに拳を振り上げたところだった。
「古廟の魔物!」
 悲鳴じみた声でその出所を口にしながら、ヨゾラは納得する。『興味のあるもの』――それも『大物』だからこそ、自身の直感(ギフト)に引っかかったのだ。
 巨人が拳を振り下ろす。それだけで複数の民家が崩れた。痺れるような重圧が、余波として襲ってくる。
 声を上げながら逃げようとしていた住民たちが膝を突いた。すかさずリックとヨゾラが手を貸し、立ち上がらせる。
「僕らで引きつけるしかない」
「だな。みんな逃げろ! 真っ直ぐ行ったら音楽が聞こえるから!」
 住民に避難指示を出し、さてと二人は巨人に対峙した。
「お前の相手は僕らだ!」
 立ち塞がった二人に巨人が吼える。
「あらら、本命はあちらでしたか?」
 すっぱりとゴーレムの首を切り落として土塊に戻した斬華が、残念そうに大太刀を振った。
「炎に、氷か」
「……急ごう。被害、拡大する……」
「ですね♪ 走れますか?」
 巨人と同じく古廟スラン・ロウから出現したと思われる、炎を纏う鬼たちを前に、斬華は緊張した様子もなく背後に問う。
 尻もちをついていた三人組が慌てて首を上下に振った。
「なら、走れ。追いつかれれば、喰われるぞ」
「ひぃぃっ」
 手足をばたつかせた三人組はどうにか立ち上がり、走り出した。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪」
 斬華、エクスマリア、フラーゴラも三人組と途中で合流した住民たちの背を守る形で進む。火焔鬼が追い、その後ろをリックとヨゾラが全力疾走していた。巨人の足音は一定の間隔で響く。

 十字路に美しい音色が響く。
 魔力を帯びたそれは、ときに英雄を讃える詩であり、ときに世界を魔性に変える詩だった。
「悪くない音だ」
 この音色が脱出口だと言われて逃げてきた者たちは、ゆっくり耳を傾ける余裕などないだろうが。
 目蓋を半ば閉ざしていた『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の妖瞳が、暗がりの中で怪しく光った。
「なァ!」
 誰に同意を求めるともなく、叩きつけるように叫ぶ。途端にその姿が銀狼へと変貌し、鋭い爪が振るわれた。
 人々――特に先頭を走っていた三人組を追ってきた魔物たちが攻撃を受けて絶叫し、あるいは立ちすくむ。氷の巨人の硬い装甲さえ、銀狼の爪牙は傷つけて見せた。
「待ちくたびれたよ」
 なんてね、と小さく付け加え、レイチェルが攻撃範囲から外れたタイミングを見計らい、『あなたの世界』八田 悠(p3p000687)は旋律を変える。
 それは浸透し、変換し、存在を改竄する音色。音による攻撃を受けた火焔鬼数体が悠に殺到し、巨人も凍える息を吐き出す。
「オォォオ!」
 嵐のような攻撃から逃れた火焔鬼が、顔面から転んだ剣士に襲いかかる。吐き出された炎が剣士に直撃する寸前、その姿が『掻き消えた』。
「残念、それは幻影だよ!」
 は、と鼻で笑ったアトが真後ろから攻撃を加えた。ギャ、と短く鳴いた火焔鬼の体が揺れる。
「住民の、避難は?」
「後ろに逃がした。正真正銘、ここが最終防衛ラインだ」
 陣形を整えつつエクスマリアが問い、アトが軽い調子で答えた。
「例の三人組には監視もつけたぜ。いらん世話になるとは思うがな」
 右腕を中心に緋色の光を纏うレイチェルが、ゆるりと瞬く。眷属である蝙蝠との感覚共有は上々だ。
「マリーの街を……、アトさんの休憩所を、壊して……。許せない……」
「本当に。民への被害は見過ごせないよ」
 静かに怒るフラーゴラに、自身も静寂の青に領地を持つ悠が首肯する。
「さて、それじゃあ魔物退治を行おうか」
「おうよ。油断すんなよ!」
「待ってました♪ まずは周囲の鬼さんたちからですね」
 ヨゾラが構え、リックが喝を入れた。うずうずしていた斬華が真っ先に躍り出る。

 火焔鬼の炎が奔り、巨人が周囲の全てを凍らせる息を吐く。
 足元に迫った氷を一歩後退してかわし、エクスマリアは前方を『見据えた』。
 視界にとらえられた魔物たちが途端に苦しみ出す。自らの傷を塞ごうとしていた火焔鬼が、狼狽えるように視線を動かした。
「治癒は、発動しない」
「つまり、おしまい……!」
 タイミングをあわせたフラーゴラが手負いのままとなった火焔鬼に彗星の速度で接近、そのまま勢いを殺さず、敵を貫いた。
 一体目の火焔鬼が倒れる。同じく負傷していた火焔鬼が逃亡しようと背を向けた。
「おっとそうはさせない。この地を襲撃し、人を襲う輩……。君たちの願いは、叶わない!」
 願いの魔術師――『願望器志願の魔術紋』であるヨゾラが高らかに宣言する。怒りに呑まれた火焔鬼がヨゾラに向かって跳躍、太い腕を振りかぶった。
「横から失礼♪」
 別の火焔鬼の頭を蹴って斬華が跳ねる。下から上へと弧を描いた大太刀はヨゾラを殴打しようとしていた腕を斬り飛ばした。
「アァアア!」
 体勢を崩した火焔鬼がヨゾラの足元で倒れる。なおも立ち上がろうとした鬼の首を、斬華が刎ねた。
「助かったよ」
「援護、頼みましたよ♪」
 お茶目に片目をつむった斬華が反転する。
「後ろは任せろ! どんどんやれ!」
 指揮棒を握り締めるリックは、後衛として戦場を見回す。負傷を癒し、仲間を呑みこむ炎を鎮静化し、氷を溶かしていく。悠との位置取りは常に念頭にあった。
 その悠は一心に音色を紡いでいる。治癒のため、力を与えるため、戦いを有利に進めるために、演奏の手はとめられない。
「椅子磨きが仕事じゃないって、偶には示さないとね」
「なんだ、普段は椅子磨いてんのか? 領主なのに?」
「色々とあるんだよ」
 目を丸くするリックに悠が肩をすくめる。
 右から左へと吐き出される業火を、アトは普通に歩くような足どりでかわした。その姿が霞んだ、と錯覚した途端、鬼の腹が鮮血を撒く。
「首を斬ったつもりだったんだけどね」
「アトさん、すごい……華麗なステップ……!」
「ああうんありがとう。とどめ任せたよ」
 よろめいた火焔鬼の後ろに迫っていたフラーゴラが、目を輝かせながら敵を沈黙させた。
「ハイ次」
 素っ気なく言いつつ背後からの攻撃を回避したアトに、フラーゴラはときめきながら頷く。
「アトさん……。あの……、この戦いが、終わったら……。ワタシと、果ての迷宮で……」
「で?」
「あの……っ、あ、あとで……っ!」
 首を縮めたフラーゴラがものすごい速度で敵に突進していった。不意を突かれた火焔鬼が呻く。
「やる気があるのはいいことだ」
 にぃ、と口の端を上げたレイチェルが力を解放。姿が霞み、銀狼になった。
 爪で火焔鬼を裂いて回り、四足で地に波打つ炎を蹴散らし氷の巨人に迫る。鋭い牙が並ぶ口を大きく開き、右肩に食らいついた。
「――!」
 冷気を纏う身体はダメージを受けながらもレイチェルを凍らせようとする。顎の力を緩め、巨体を蹴って銀狼は後ろに跳ねた。着地するころには人の形に戻っている。
「冷てぇ」
「巨大な、氷菓子」
「まさか。不味すぎるだろ」
 悠の歌声に治癒されつつ、レイチェルとエクスマリアは巨人を前に言葉を交わす。巨人が大きく息を吸おうとするが、叶わない。
「よく効くだろ?」
 重低音を発する巨人が忌々し気にレイチェルを見た。すかさず間にエクスマリアが割って入る。
 伽藍の瞳と氷の巨人の瞳が、交わった。
「――!」
 視線を重ねることで発動する連鎖破壊が巨人を襲う。
 次の一手を繰り出そうとしていたエクスマリアが、はっとして振り返った。
「ヨゾラ。左だ」
「ん? あ!」
 這う這うの体でたどり着いた五人の領民が、左の崩れた建物の影から現れた。すかさずヨゾラが治癒をかける。
「こっちだ! 走って!」
「ひぃいっ!」
 悲鳴を上げながら走り出した人々に、火焔鬼が目を向けた。
「だめー♪ お姉さんと遊んでね♪」
「アァァア!」
 領民に向かって火を吹こうとしていた火焔鬼が、斬華の攻撃を両手で受けとめて声を上げる。その隙に領民は避難していった。
「まだいるんだろうか?」
「分からない。無事を、願う」
「助けに行く余力はないからね」
 落ち着かなくなるヨゾラにエクスマリアは素直に応じる。アトは淡泊に現実を突きつけ、
「だからこそ」
 と、悠が接いだ。
「早く終わらせて、三人の事情聴取と生存者の捜索を行おう」
「……うん」
「だな」
 フラーゴラとリックが改めて気を引き締め、
「目標は全員生存。単純明快で分かりやすい!」
 レイチェルの魔力が、緋色の光の奔流となって炎に混じる。

 振り下ろされる拳を紙一重でかわし、アトは三メートルの棒の先を胴体と永遠にさよならしていた(斬華にさせられた)火焔鬼の口に突っこむ。
「そーれっ」
 氷の巨人、ノルズが息を吸いこんだタイミングでそれをぶん投げた。棒から離れた生首がノルズの額に命中。
 できた一瞬の間を突いてアトが前進、火焔鬼の血が付着した棒の先でノルズの顎を撃ち抜いた。
「――!」
 仰け反ったノルズの足がもつれ、半壊していた民家に肩から倒れる。
 即座に起き上がり咆哮した巨人の頭上に、人影。
「肩は、首♪」
 自重をのせて斬華がノルズの肩に刃を突き立てる。間一髪で刃を手のひらで受けとめたノルズが苦鳴を漏らした。
 巨人の硬い皮膚と斬華の刃が火花を上げながら拮抗している。首刈りの愛らしい顔には笑みがあった。
「ああ、素敵ね。とっても刈り甲斐のありそうな方♪」
 ず、と刃が進む。
「手のひらも、首♪」
 ついに斬華の大太刀が巨人の手のひらを貫通した。すぐさま刃を引き抜き、地上に後退する。凍える息が逃げ遅れた髪の先を凍らせた。
 そのままとまらず、斬華は巨人の足の下をくぐって後退していく。すぐ傍らを、銀狼が駆け抜けた。
 しなやかな体が巨人の足を駆け上がり、深い傷に牙を立てる。巨人が絶叫し銀狼を払い落そうと手を振るった。銀狼が優美な円を描きながら自ら離れると、巨人は金縛りにあったように動けなくなる。
 レイチェルが離れた位置に着地するのを見計らい、フラーゴラはナイフを手にした。
「マリーの領地を……、アトさんの休憩所を……、よくも……!」
 怒りをのせた刃は銀色に眩く光りながら、ばら撒かれ乱れ飛ぶ。くすぶる炎が、半ばから折れてなお明かりを保っていた外灯が、きらきらと反射した。
「――!」
 傷だらけになってなお、巨人は拳を振るう。自己治癒を行おうとして失敗していることが、傷口付近で明滅する氷の欠片のような魔力から察せられた。
「しぶといなぁ!」
 足下に及んだ氷を溶かしつつ、ヨゾラは背に広げた光の翼を羽ばたかせる。舞い散った光の刃が巨人に殺到した。
「いやほんとにな! あとちょっとだよな!?」
 少し不安になったリックのクェーサーアナライズが広がる。演奏と歌声で仲間たちの負傷を癒した悠の声音にも、わずかな苦さがあった。
「こちらも消耗しているんだ、そろそろ終わりたいね」
「終わらせるさ。なぁ、エクスマリア!」
「ああ」
 棒を捨てたアトが剣を握る。自らに振りかかるダメージを顧みない一撃が、巨人に炸裂した。
「眠れ」
 底なしの伽藍洞を思わせるエクスマリアの双眸が、巨人を捉える。
 一際重い怒号と体が頽れる重低音が響き。
 静寂が訪れた。


 避難していた住民たちによる救助活動が始まった。
 話を聞いたEX第二階層からも応援がきて、第一階層はちょっとした賑わいを見せている。執政官たちが手分けして指揮を執っていた。
 大きな傷を癒したイレギュラーズの前には、正座する三人組がいた。役目を終えたレイチェルの蝙蝠は姿を消している。
「それで? どうしてこんなことに?」
 首を傾けた斬華から順にイレギュラーズを見た三人は、口々に事情を説明し始めた。最初はよどみながら、次第に熱を帯びた口調で。
 勇者になりたかったこと。そのためにバルツァーレク派の成金貴族エイランダ・マーガと取引したこと。
 巨人に怯えて逃げている間に、古廟スラン・ロウから出てきたと思われる魔物にまで追われていたこと。エクスマリアの領地を見つけ、飛びこんでしまったこと。
 一通り聞いたアトは、退屈そうに一度、天井を見上げた。
後始末は任せて果ての迷宮に戻っちゃダメかな、という顔だった。
「どうする。この三人を助けたはいいけど、このままだと官憲に捕まって縛り首か、追手を放たれて山に埋められるぞ」
「ひっ」
「い、嫌です! それは嫌!」
「僕も嫌です!」
 三人が身を寄せ合って震える。憐れんだリックができるだけ優しい眼差しで三人を見た。
「大丈夫だ、冗談だから。ただなー。やっぱ実力不足だったのは否めないよな」
「はい……」
「イレギュラーズも、トレーニングとかラド・バウの闘技場とかで訓練してるんだぜ。実力はコツコツつけようなー」
「イレギュラーズも?」
「なんだ、最初から強いって思ってたのか?」
 そんなわけあるかと、レイチェルが笑った。
「なぁ、勇者ってどんな奴が相応しいと思う?」
 突然の質問に、三人は瞬く。
 顔を見あわせて、結論を出したのはリーダー格の剣士だった。
「強くて、後ろ盾もあって、名声もあるやつ?」
「それもひとつかもな。……俺は、民の為に必死で働ける奴が、真の勇者だと思う」
 息をのんだ三人が周囲を見る。イレギュラーズも視線を方々に向けた。
 戦闘により、傷ついた領地。火は消され、氷は砕かれ――民家は崩れた。
 幸いなことに、今のところ死者の名は上がっていない。
「この地も古代獣によって荒らされた。だから、その復興を手伝うとか。勇者を目指す上で出来ることは、あるんじゃないか?」
「……俺たちが、ここに逃げこんだから……」
「その事実は、否定しない。だが、ここに逃げこまなければ、お前たちは、死んでいた」
 平坦な声で言い放ち、エクスマリアは三人を見る。
「だから、マリアは、怒らない。誰も死んでいない、ようだしな」
「勇者の壁が厚いなら、冒険者という手もありますよ♪」
「斬華の、言う通りだ。諦めないなら、ローレットへの口利きもできる。まあ、まずは鍛えてから、だが」
「冒険がしたいなら……稽古をつけてもいい。ただし、エイランダさんとは縁を切ること……。どう?」
 フラーゴラの提案に三人組が腰を浮かせた。
「いいんですか!?」
「わ、私たち、強くなれます?」
「弓あたるようになります!?」
「……努力次第……」
 現状はそれしか言えない。
「嘘が全部悪いとは言わないけど、全責任が自分たちにくることは、よく覚えておいてほしい。……っていうのを前提としてなんだけどね」
 前置いて、悠はふと思いついたことを口にする。
「ここらに居づらいって感じるなら、僕の領地にでも来ればいいよ。広い海の辺境だけどね、いい場所なのは保証できるから」
「ありがとうございます。俺たち、今度こそちゃんと勇者目指します」
「もう変な貴族と手を組まないです……」
「がんばりまず」
 弓使いはぐすぐすと泣いていた。
「本当の意味で優しく頼れる勇者になることを目指すなら」
ヨゾラが穏やかに笑う。
「君たちの願いは、きっと叶うよ」
 ――それはきっと、魔法の言葉だった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です、イレギュラーズ。

三人組は成金貴族と手を切り、復興支援と訓練に励むようになったそうです。
当の貴族がその後どうなったかは、また別の話。

ご参加ありがとうございました!

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