シナリオ詳細
Almost everyone is mad here.
オープニング
●皆、皆、おかしいのさ
誰かが嗤っているような気がする。
違う。
誰かが泣いているような気がする。
違う。
誰かが怒っているような気がする。
違う。
誰かが愉しんでいるような気がする。
違う。
違う、違う、違う。
どれもこれも違うんだ。まぼろしだ。幻覚だ。そんなものわたしは見ていない。気のせいだとちゃんとわかってる。
この世界にヒトは1人。わたしだけ。それが真実。
気づけば雨が降っていたらしい。全身ずぶ濡れになってしまって、酷く寒かった。
ねえ、ほら。ちゃんと身に起きてることがわかってる。『大丈夫、わたしは正気』。
目を向けた先は――形容し難い。形容したくもない。そんなものが佇んでいた。一応は風景の一部なのだろうけれど見慣れないものは見慣れない。
(でも……アレはいない……)
蠢く化け物――倒しても倒しても湧いて出てくるそれを思い出してふるりと震える。嗚呼、けれど。
手にしたのはずっと持っているハンカチ。いや、一時は失くしてしまったのだけれど。ハンカチはメッセージを包んで戻ってきたのだ。
――逃げる者は違う。殺さないで。
――逃げて、戦うよりも生き延びて。
どこにいるの、と叫びたい。けれど、けれど、そんなことをしたらまたあの怪物たちが来てしまう。
(何が、違うの……? 殺してはいけない……?)
分からない。何故そんなことを告げるのか分からない。彼女が――詩織がこの世界に来ているのなら、そんなことを言う前に一緒に逃げて欲しいのに。
「……詩織、ちゃん。どこ……?」
応える声はなく。再び降ってきた雨に、その体は濡らされようとしていた。
●誘え、深緑へ
「――あら、モーヴな空気ね」
「ワタクシが、でございますか?」
『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)の言葉にヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は薄く笑みを浮かべた。
「ヒッヒッヒ……ご冗談を」
「そう? そういうことにしておきましょうか」
プルーはヴァイオレットの向かい側に腰掛け、持ってきていた羊皮紙を彼女へ提示する。なんとなしに視線を向けた彼女はぎく、と顔を強張らせた。
「その子、まだ見つかっていないのでしょう?」
「……そのよう、ですね」
視線をさらに、羊皮紙を見るより落としたヴァイオレット。だってそこに記されていたのは、彼女自身の過去と因縁がある少女であったから。
一度。ヴァイオレットはこの混沌で、その少女と再会を果たした。声は届かずかと思われたものの、その後行方を絡ませた彼女はグッと足取りがつかめなくなったのだ。
ヴァイオレットが忍ばせたメッセージを読んでのことなら喜ばしい。彼女が罪なき人間を殺す必要なんてないのだから。
けれどもそれによって今、どこにいるのかがわからない。次の一手をどう打てば良いか、これが悩みの種であった。
「けれど、彼女を見つけられたとしても……ワタクシにはどうしたら良いのか、なんて」
「……だから言ったでしょう? モーヴな空気ね、って」
プルーは小さく笑みを浮かべ、また別の羊皮紙を差し出した。
「……? これは?」
「今のあなたには必要なんじゃないかしら。もちろん、為すにはコーラルでしょうけれど」
またよくわからない言葉を混じらせて、プルーは立ち上がった。未だ意味のつかめぬヴァイオレットへにこり、と微笑みかけ。
「――そこの大切なお友達と、一緒に行ってみたらどう?」
「え?」
振り返った先には新緑の瞳を瞬かせた夢見 ルル家(p3n000016)が立っていて――否、立ち尽くしていて。それはほんの少しばかり聞いてしまった、バツの悪そうな顔で。
見つめ合った彼女らに、プルーは優しく目を細めた。
「心が頑なに現実を拒んで、閉じこもってしまっているのなら……そこから助け出してあげれば良いと、思うのよ」
●曰く――
結月 文。ヴァイオレットと同じ世界から訪れたという旅人は、しかし罪なき人々を殺して回っていた。しかしヴァイオレットが忍ばせたメッセージに気付いたのか、殺害の目撃者がとんと減っている。ならば、プルーは文自身の心自体はまだ死んでいないと推測した。
見ず知らずの誰とも知らないメッセージを鵜呑みにするような状態ではないだろう。そしてそれに気付いていないとは思えない報告を、数少なくなった足取りと共に受けている。
文は明確に『ヴァイオレットからのメッセージだと認識して実行している』。
「探偵ではないけれど、この予想はそれなりに自信があるの。だからこそ、その情報よ」
「ええとなになに……『心に忍び込む』?」
ヴァイオレットの横に腰かけたルル家がその文字を読み上げる。プルーは静かに頷いた。
深緑のとある集落が、『精神世界へ入ることができる』品物を崇めているのだと言う。それは精霊の持ち物であり、畏敬の念を送る集落の民はさながら番人と言ったところか。
「色々な人が訪れて、それを貸してくれたこともあれば、貸してくれない事もあったそう。精霊の気分次第、と言った所かしら」
「それをお借りして、閉じこもっている子を連れ出してあげようってことですね?」
そう、とプルーは頷いた。勿論それで文が必ずしも助かるとは限らないけれど、このまま手をこまねいてはいられない。彼女の心に巣くった狂気は精神を削り、痛めつけ、消滅させんとしているだろう。
確実とは言えない。けれど――それを探し求める猶予も、少ないのだ。
- Almost everyone is mad here.完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年03月15日 22時02分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
深緑の奥深く、迷宮森林内に存在する集落のひとつ。精霊を崇めるその場所へ8人のイレギュラーズが向かっていた。プルーが示した『心覗の球』が存在する場所である。
「心に忍び込む……まさかこんなお誂え向きのアイテムがあるとは、幸運ですねヴィオちゃん!」
「ええ……本当に。何としてでも認めて頂かなければ」
振り向いた『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)に『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は神妙な面持ちで頷く。渡りに船――いや、流石は情報屋の手腕といった所だろうか?
「アタシ達に任せておきなさいな、絶対にお願いは叶えてあげるさね!」
にっこり笑う水の精霊種『大海に浮かぶ月』アウレリア=ネモピレマ(p3p009214)は集落の民へ挨拶をしてくると一足先に入っていく。近しいモノのよしみで頼み込むというわけではないが、礼節は弁えておかなければならないだろう。
以前よりは緩和されたものの、深緑はまだまだ閉鎖的な土地だ。この集落も他と比べれば余所者が多く訪れるのだろうが、それでもその理由が分からなければ賊の類と思われてしまっても仕方がない。
(反省しているから、で済むようなもんじゃないかもしれないけど……だからってあの子の気持ち、アタシは踏みにじれないさね)
「大丈夫ですよ、ヴィオちゃん。必ずお借りして文殿を助けましょう!」
「その通りです! その為であれば――我が魂と命以外でしたら如何様にもお使いくだされ! ですぞ!」
『正気度0の冒涜的なサイボーグ』ベンジャミン・ナカガワ(p3p007108)がルル家の言葉へかぶさる勢いでヴァイオレットへ語り掛ける。彼からしてみればヴァイオレットは"俺だけの神"に近しい"波長"を持っているのだと言う。その発音のみ何やら日本語と異なるようであるが――まあ、意味は伝わるので良しとしよう。
何はともあれ、ベンジャミンは"従兄弟様"の化身と思しきヴァイオレットへ非常に肯定的なのである。例えその思想が何者にも理解されずとも、自身がそう信じているのだからそれで良い。
さて、アウレリアの挨拶周りが進む中で一同も遅れて集落へと踏み込む。集落に住まう幻想種たちの視線からして、アウレリアの説明で納得してもらえているようだ。
あてなく進もうとしていた一同の元へアウレリアと、集落の民らしき者がやってくる。精霊の元まで案内してくれるという言葉に従い、一同はその者の先導に従った。
「他者の心に踏み込む神具と、それを持つ精霊……信仰を集めるのも当然ですね」
『天地凍星』小金井・正純(p3p008000)は集落の様子を見ながら呟く。心というのはとても繊細なものであり、使い方で国を傾ける事すらできるだろう。そんな力を崇めながらも、この集落の民は特に驕ったような様子も見受けられない。その在り方に正純は小さく口元へ笑みを浮かべた。
(私も最大限、力を尽くしましょう)
友人が、大切な友人を救いたいと言っているのだ。力を貸さぬわけにはいかない。
集落の奥へと連れていかれる一同であったが、その途中でこちらへ向かってくる神官らしき姿を認める。その耳は尖っておらず、ハーモニアというわけではなさそうだ。先導していた者が膝をつき頭を深く下げ、いち早く『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)も倣う。
例え己が奉る神でなくとも、『神』という存在がそもそも敬うべき存在であるが故に。ここが海ではなく森の中だとしても、敬意を表すのは当然のことであった。
「精霊殿とお見受けいたします」
『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)の言葉に神官姿の青年――否、精霊は頷いた。遠目に見ればどこか頼りない風貌の男であるが、身に纏うものは人のソレでない。
「『心覗の球』を借りたいと伝え聞きました。しかし、軽く貸せるような代物ではありません」
「試練が必要ならば、立ち向かいます」
精霊の言葉にヴァイオレットが即答する。迅も頷いて拳を握りしめた。戦えと言うのならばこの拳を振るわんと言うように。
「……出来れば、誰も傷つかずに済むと良いですね」
「全くの無傷とはいきますまい」
示すべきは『力』と『想い』。何を為すつもりであるのかと問いかける精霊の周囲で集落の民が武器を持つ。どうやらこの広場のような場所がそのまま試練の場として使われるらしい。
「おいそれとお貸し頂けるものとは思いませぬ。しかし何卒――彼女の為に」
「あなた方の想いと力が見合うならば、認めましょう。全力を示されたならば、応えましょう。
さあ……武器をとりなさい。想いを言の葉に紡ぎなさい」
(狂気に囚われる『彼女』は幸福か、否か)
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は精霊の言葉を聞きながら長い前髪の下で目を細める。彼女――結月 文を心覗の球で正気付かせたとして、それが果たして幸福か。今のまま狂気に囚われて、現実を見せない方が幸福か。
どちらも幸福ではないかもしれない。一見の善(これ)とて、地獄への舗装路かもしれない。
(それでも、その目を開かせるべきなのだろうね)
望む者がいるから――愛する隣人が、より善い結末の為に踏み出そうとしているのだから。
正しき行いが、正しき結果を招くとは限らないように。瑕ちを起こした者が、悪しきものであるわけではない。
少なくともクレマァダはそう思う。正しさとは『見定める』ことではないのだと。
(そう――常に正しくあろうと迷う心こそが、尊いのじゃ)
だから、彼女を後押ししてあげたいのだ。
何はともあれ、まずは力を示さねばならない。人の心、その防衛機構を直接相手取れるだけの実力があるかの見定めだと武器商人は認識しながら武器をとった集落の民へ突っ込んでいく。振り払い、振り払い、それでも振りほどけないような己が内からの声は、非常に抗いがたい。
弓矢による攻撃のいくらかを受け持った武器商人を横目に、ヴァイオレットは戦場という盤上を見下ろす。ゲイムの始まり――傷付けず、耐え忍ぶべく立ち回るにはどうしたら良いか。
「あなたから手は出さない、と?」
「はい。ワタクシは文ちゃん……罪なき人を殺めざるを得なくなってしまった友達を助けたい。なればこそ、この場にいる方々を害して得た力で救いなど謳えない」
暴力の上に成り立つ救いなど、誰よりも自分が認められないから。民の攻撃を受け流し受け止める彼女はそれでも尚、手は出さない。仲間たちにもその傾向は強く見られた。
「攻勢に力を示せというならば拙者たちもそうしましょう。けれどここに居る誰も、積極的に傷つけたいとは思っていませんからね」
精霊の前へ立ちはだかったルル家は真っすぐに相手を見つめる。どこまでも見通すようなそれに精霊はふっと笑みを浮かべた。
「それもまた、あなた方の選択と捉えましょう」
不殺攻撃を中心にしながら祈祷の一片を歌い上げるクレマァダ。アウレリアは少しでも相手の攻勢を削ごうと辺りへ冷気を満たす。
「ヒャッハー! 大人しくしてもらいます! ですぞ!」
ガシャコンとどこからか取り出されたロケットランチャーでベンジャミンは巨大なネットを打ち出していく。不殺で鎮圧していく作戦も"従兄弟様"――ヴァイオレットの御意向ならば、喜んで!
それでも手を抜こうものなら認めてもらえぬと、正純は神弓を力強く引く。闇夜に光る眩き星のような一矢は空から降り注いだ。
(彼女の友人、それを救うのは並大抵の力では足りない。心も……力も)
故の試練なのだろう。心覗の球を使い、本当に『救えるのか』と。であればそれが叶う事を全力持って示すのみだ。
「とはいえ、このままでは劣勢ですね! 少々お覚悟を!」
迅は拳を握り、そのモーションを瞬時に加速させる。最も威力を出せる一撃は、しかし確実に命を奪わないと分かっていなければ放てない。
「おっと」
武器商人はなるべく遠距離攻撃の使い手たちを引き付け続けながら、金と銀の輪が解けた隙を狙う彼らをいなす。向こうを見れば、アウレリアが威嚇術で1人昏倒させたところであった。
「拙者達は人を助ける為にここへ来ました! 無益な傷害は望んでおりません! 勝負あったとあらばお下がりください!」
叫ぶルル家をヴァイオレットが癒し、その周囲で正純や迅たちが下がらぬ民を気絶させていく。本当に、どうしようもなく武器を振らねばならぬときだけ。
「ふんぐるい むぐるうなふ くつるう るる=りぇ うがふなぐる――」
クレマァダの歌が辺りに響く。響く。傷を負いながらもイレギュラーズたちと対峙するはもはや精霊のみ。はじめに口を開いたのは――。
●
「我(アタシ)たちは、狂気に囚われている者を正気に戻したい」
武器商人は淡々と、明確な事実と目的を伝える。
正気付けば彼女はこの世界を認識できるようになるだろう。ヴァイオレットのこともまた、認識できるようになるだろう。今より善い結末を模索することができる。いいや、武器商人はそう『させたい』。
「どんな結末になろうと、愛することには変わりないけどねぇ」
「それでも、そうさせたい理由は?」
「愛する隣人が――ホロウウォーカーがそう願っているからさ。この場での想いを視るのならば、ホロウウォーカーに比重を置くべきと我(アタシ)は思うよ」
少なくとも、彼女の心が折れてしまわない限り武器商人はその力を貸すつもりがある。彼女たちの結果を見届ける為に。
「そうです! "俺だけの神"の御身内が欲しがっているから、俺も欲するのです!」
ベンジャミンは何の疑問もなく、ごく当たり前のように言い放つ。
誰かから愚かだと笑われてしまうかもしれない。
誰かから愚かだと嗤われてしまうかもしれない。
――けれど、それがなんだと言うのだろう?
「俺を『愚か』と嗤うならば、それは貴殿の民を嗤うことと同義ですぞ? まぁ俺は"俺だけの神"に嗤われたとしても喜んで嗤われますが――それは貴殿を慕う民も同じなのではないですかな?」
例え、自身が敬う者から嗤われたとしても構わない。神の傀儡のようにだって見えるかもしれないが逸れもまた構わない。この心はベンジャミン自身のものだ。神を信仰し、従わんとするこの心に偽りはない!
「――彼女……文殿は今、狂気に囚われています」
迅はヴァイオレットの友人を想う。独りきりで、近づく誰もに怯え、混沌中をさまよっている彼女を。例え知人に、友人に会ったとしてもそれを認識できないなんて、悲しいではないか。
誰もが予想しているように、彼女が正気付けば『犯した罪の重さ』がのしかかるだろう。酷く苦しむだろう。けれどその時、彼女は力になろうとしてくれる友の存在も知ることができる。
「失ったはずの絆を取り戻す機会など巡ってくるだけでも奇跡なのです。それくらいに人生は長いようで、短い」
幻想種も、そしてきっと精霊も長命だ。深緑の外とは時間の感覚が異なるかもしれない。故に迅は奇跡のようなタイミングを掴みたいのだと。未来は不確定で、必ず救えるなんて約束もできないけれどその『可能性』を手にしたいのだと。
「そうね。……伝えられるときに伝えなかったまま、人は簡単に失われちゃうから」
アウレリアはどこか遠くを見るように告げる。本当に想っていたことを後から『あの時に言えば良かった』なんて、そう思った時にはもう遅いのだ。悔いても悔やみきれない。それが相手の別れ際なんかであれば、尚更。
頭を小さく振ったアウレリアは精霊へ視線を向ける。ほんの少し、自らの過去へ引きずられそうになってしまったけれど。今伝えるべきは自分のことではなく、ヴァイオレットのこと。
「アタシと違ってヴァイオレットちゃんのは『伝えられないから伝える為の手段が欲しい』だからね」
「拙者たちとて、心覗の球で文殿の狂気を払って終わり……などとは思っていません。けれど『そこから』なのです」
アウレリアから言葉はルル家へ。彼女は小さく目を伏せる。
ヴァイオレットの大切な友人なのだ。正気付いて事実を知れば深く傷つき、強く後悔するだろう。それはきっとヴァイオレット自身の心にも沢山の傷を付けて、血を流していく。
それでも。そうなることで。
「ようやく、過去から脱却できるのです。文殿が正気に戻ってくれることで、2人とも未来へ歩みを進めることができる!
それが茨の道だとしても! ヴィオちゃんが傷つけば拙者が助けます! 文殿の傷も後悔も癒して見せます!!」
自分だけではない、ここに居る誰もが、ここに来ることのできなかったローレットで待つ者たちだって力を貸してくれるだろうとルル家は目を開き、精霊へ訴えかける。
そうしてようやく、心優しい少女が流す悔恨の涙を止めてあげられる。その涙を拭ってあげることができる。そんな未来を――。
「――完全無欠の、ハッピーエンドをもぎ取りに来たのです!!」
誰もが幸せな結末。それを掴むと言うならば、より一層厳しい道となるだろう。しかし躊躇いなく言い切るルル家の言葉を精霊は静かに聞いて、視線をヴァイオレットへ向ける。
いつしか、戦いの手は止まっていた。誰もがその場に残る言葉に耳を傾けていた。
「あなたは?」
ヴァイオレットはその問いかけに、小さく顔を歪めた。
ずっと、ずっと、考えていた。文の心を覗けたとして、忍び込めたとして、どうしたいのだろうと。
(彼女の内にある狂気は、私が齎してしまったもの。彼女の人生を狂わせたのは……人を殺めさせてしまったのは、私)
そう、思っていた。紛れもない事実で、逃れようのない現実だ。
「私が救いなどと訴える事じたい、身勝手極まりない想いかもしれません」
だけど、とヴァイオレットの唇が動く。
化け物である自分に、"友達"を想う心を信じて良いと教えてくれた人がいた。
そして今こうして、一緒に来てくれた仲間たちが力を貸してくれている。ヴァイオレットの背中を押し、文を助けんとしている。
「救われた私が、後悔ばかりしている訳にはいかないんです」
何もかもを剥いだ、ありのままの"私"が言う。
「私は、文ちゃんを救いたい。例え身勝手でも、私は……友達を諦めたくはありません」
彼女の心を取り戻せるのなら、この身を呈してでも取り戻そう。
彼女が犯した過ちは、自分が業として背負おう。
非難も、罰も、その後であればいくらだって受け入れる。
「――我には、姉が居りました。誰よりも人の愚かさを愛していた……人でなしの姉でした」
ヴァイオレットの懇願に次ぐ沈黙を破ったのは、静かなクレマァダの声。よく似た、けれど正反対の亡き姉が多くの人を救って果てたのだとクレマァダは告げる。彼女が選んだのは、友の明日だったのだと。
「我はことの仔細は存じませぬ。されどこの友を存じております。我は、彼女もそうであると……信じています」
友の為に身を投げうてる人。それが例え悪を語る者であるとしても、善くあろうとするその心を信じたいのだと。
「どうか。どうか、お聞き届けくださいませ」
彼女の願いを。皆の想いを。
精霊はクレマァダの想いを聞き――「最後ですね」と正純へ視線を向ける。あくまで全員の想いを聞き、受け取るまでは答えが出ぬものらしい。精霊へ正純は対話を許してくれた礼を述べ、その目元に影を落とした。
「私も、具体的には何も知らないのです。今回の事態も、先の事件が起こった後にその顛末を聞いただけです」
全く持って関わりがない。彼女の身に起きた不幸は正純が出会う以前のことであり、友人との間に起こっていることも全て後から聞いたのみ。ヴァイオレットが救いたいと願う友人とは会った事もないのだと。
「ですが――ええ。友人が困っているのであれば、その手助けをするのは当然の事。これは星の声も、信仰も何も関係ない、私自身の意思です」
「たとえ、罪人であるとしても?」
「彼女の友人、でもあります。彼女と、その周囲が笑顔であれるように、神具の御力をお貸し頂きたい」
友人に連なる誰もが笑顔の未来のために。そう告げた正純はヴァイオレットへ視線を向ける。
「それに――彼女は己を化物だと嘯きますが、偉大なる精霊よ。今の彼女は貴方にはどう見えますか?」
目を瞬かせるヴァイオレット。精霊は彼女へ視線を向けて、それからふっと目を閉じた。
「――もう、良いでしょう」
その言葉に未だ残っていた集落の民たちが武器を下ろす。イレギュラーズたちはそれを見て、それから精霊を見つめた。
答えは、どうなった。
「……何者であったとしても、悩み、苦しみ、選択する……あなたは人らしく見えますよ」
持って行きなさい、という言葉と共にヴァイオレットの前へ淡く光る球が出現する。それはどこか占いで使われる水晶玉にも似ていた。
「これが……?」
「使う時は気を付けて。他者の心の中で、自分も迷ってしまわぬように。もしも迷ってしまいそうなときは――仲間を、道標にしてください」
これだけ想ってくれる者たちがいるなら、きっと大丈夫。精霊はそう告げて、柔らかに笑った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
心を覗くための秘宝は手の内に。
またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●成功条件
精霊に認めてもらう事
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。不明点もあります。
●概要
精神状態の危うい旅人『結月 文』を救うため、深緑の集落に向かいます。そこではアイテム『心覗の球』を欲する者へ集落の民と精霊自らが戦闘を挑んできます。
全員倒しても貸してもらえないこともあるでしょう。逆に、全員倒さなくとも貸してもらえることがあります。
皆さんが試されるのは力、そして心です。
『心覗の球』をどのように使うのか、使った相手をどうしたいのか……等。貸すにあたり納得のいく想いとその力がなければ、精霊は力を貸してくれないでしょう。
●エネミー
・精霊×1
この集落の社で崇められている精霊であり、『心覗の球』の力を司るモノ。倒しても死にません。
その姿は神官の衣装を纏った柔和な男性であり、対話も可能です。見た目同様に口調も穏やかで丁寧です。
彼は風属性の神秘攻撃を得意としています。【ブレイク】【必殺】などの効果を持つ攻撃もしてくるようです。好戦的とまではいきませんが、かかる火の粉は振り払い、力を欲す者たちには試練となる攻撃を与えるでしょう。
「――さあ、お聞かせください。あなた方の想いを。『心覗の球』を用いて、何を為そうと言うのです」
・集落の民×10
精霊とその力が宿った品物を崇める集落の民です。総じて幻想種で構成されています。弓や魔法攻撃と言った遠距離タイプと、片手剣と盾、槍で攻めてくる近距離タイプが存在します。
彼女らは精霊が敵とみなした者には武器を向け、敵ではないと認めた者に対しては武器を下げます。忠実な僕に見えますが、この戦い以外においては比較的イレギュラーズにフランクです。
身軽さと高攻撃力が特筆されます。【スプラッシュ】【攻勢BS回復】などのスキルを扱います。
●フィールド
深緑の集落内です。
広場のような場所で、見通しは良く、障害もありません。
●結月 文(参考)
皆様と同じイレギュラーズであり、ヴァイオレット・ホロウウォーカーさんと同じ世界の出身です。何年も混沌中を彷徨うように移動し、殺し、レベルを上げています。しかし無情なわけではなく、その瞳には恐怖がこびりついています。
元世界でのある事をキッカケに、それ以前の記憶は定かでなく、非常に精神的な面で危うくなっています。視界に映した何もかもを正常には認識できていません。
ヴァイオレットさんが送ったメッセージを除いては。
以下、前作です。全然知らない人は読んだ方が良いかもしれません。
『Alice in …』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4721
●ご挨拶
愁です。続編お待たせしました。
戦闘アリの心情依頼です。心情依頼です。いいですね? 心情依頼です。
仲良しさんとご一緒に。さあ、あなた方の心を示して下さい。
それではご縁をお待ちしております。
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