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シナリオ詳細

聡剣橙駆

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 吹き荒ぶ酷寒は一層の雪を連れて北の地を覆い隠す。
 されど、一面の白銀に浮かぶ陽光は神秘的で、荘厳という他無かった。
 耳を擽る精霊の声も心なしか喜んでいるようだ。
『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)は朝陽に輝く雪を見るのが好きだった。

 鉄帝国ヴィーザル地方。
 雪深い大森林に覆われたハイエスタの村、ヘルムスデリーの朝は早い。
 夜の間に降った雪をかき分けて道を作らなければ、外に出て行く事すら侭ならない。
「幻想国の都市部では、もう雪解けが始まっているらしいよ」
 向かいの家から手を上げるのはギルバートの親友『聡剣』ディムナ・グレスターだ。
「まだ二月なのに雪解けか。冬が短いんだな。住みやすそうだ」
「確かにね。毎日雪かきしなくても良いのは羨ましいね……ふぁ」
「相変わらずディムナは朝が弱いんだな」
 あくびをしたディムナへ向けてギルバートが目を細めた。
 村長から『聡剣』を賜る程の剣の技術を持つディムナではあるが、実の所彼は争い事を嫌う心優しい性格なのだ。だから、こうして平和な日常の中に居る彼を見るのは安心する。

「そういえば、砂漠の国では大きな戦いがあるんだね」
「ああ、ジェフさんから聞いた話ではローレットから大勢の戦力が出ているらしい」
 ラサ傭兵商会連合で発生した色宝を巡る一連の事件。
 願いを叶えるとされる色宝を追い求め台頭してきた大鴉盗賊団との抗争の最中、『博士』が作り出した大量のホルスの子供達が現れたのだという。ホルスの子供達は記憶を元に死んでしまった人のガワを写す。
 それらの中には水晶偽竜の姿もあったという。
「ベネディクトやリゲルも戦いに赴いているようだし。僕達はここを守るのが精一杯で、彼等の無事を精霊に祈る事しか出来ないのが歯がゆいよ」
「そうだな。せっかく出来た友人に何も出来ないのは……手紙を書くのはどうだ。少しでも勇気づけられるだろう? 走り書きでもいい。ジェフさんに届けてもらうんだ」

「なになに! 何の話!?」
 朝陽にオレンジ色の髪が煌めく。
 にっかりとした笑顔で目を輝かせるのは『橙駆』ルイス・シェパードだった。
 子犬のようにギルバートとディムナの周りをぐるぐると回る。
 雪の上を難なく走り回れるのは彼の天性の才能だった。
「砂漠の国で大きな戦いがあるからリゲル達に手紙を送ろうと思ってな」
「ええ!? リゲルさんに!? お、おおお……俺も書く!!!!」
「ルイスは文字が書けるのか? 前は苦手だって放り投げていただろう」
 ギルバートの翠瞳がルイスを見遣る。
「ふふ。リゲルに手紙を書きたくて練習したんだよね」
「うん! 俺、めちゃ練習したんだ!」
 満面の笑みでギルバートとディムナにピースサインを送るルイス。
 昼前には出立する予定の『雪原の商人』ジェフ・ジョーンズ手紙を託すため三人は自宅へと舞い戻る。

 ――――
 ――

「おい! ディムナそっちはどうだ!?」
「問題無いよギルバート。それより……ルイスは大丈夫かい?」
「まだやれるよ! もう、逃げたりしない!」
 ギルバート、ディムナ、ルイスの三人は魔獣の群れと対峙していた。
 手紙を託したジェフを見送って一週間は経っただろうか。
 あの日から魔獣を村の周辺で見かけるようになったのだ。
「くそ……何処から来てるんだ」
 日に日に増えていく魔獣の数。倒しても倒しても次の日にはヘルムスデリーの周辺を彷徨いている。
 このままでは狩りに行く事も、ジェフが再び巡回する事も出来ない。
「村長が張った結界で村の中にまでは入ってこないようだが……」
 ヘルムスデリーの村長グリフィス・ベルターナは精霊の加護を受けしドルイドだった。
 白い翼と緑瞳は『調停の一族』とも呼ばれるベルターナの特徴。
 ギルバートの母もベルターナの血を引いており背には美しい白翼とエメラルドの瞳を持つ。
 つまり、村長はギルバートの伯父にあたるのだ。

「……ディムナ、鳥は何処まで飛ばせる」
「媒介次第だけど。スチールグラートまでは厳しいかな。それだけに集中すれば何とか」
 剣檄の最中、ギルバートはディムナへ視線を向ける。
 ディムナは魔法的媒介に魔力を流し込み動物などの形を取らせ、簡易な命令を聞かせる術を使えるのだ。
「だが、これでは村長の体力が持たない。強力な結界を張り続けるのは命を削るようなものだ」
「そうだね。村長が居なくなったら僕らも困るからね……ルイスと二人で戦えるかい?」
「其れしか方法が無い。頼むぞ」
「俺も頑張る! ちょっとは強くなったからな!」
 ディムナは魔獣をなぎ払い、後ろへ跳躍する。
「じゃあ、こっちは任せたよ!」
 ギルバートもルイスも多少の傷は負うかもしれない。
 けれど、村の皆が全滅する事態は避けなければならない。
 そのためには、助けが必要だった。
「また、ローレットの世話になってしまうね。でも、なりふり構ってられないから」
 ディムナは自室の引き出しからトルクを取り出し祈りを込める。
 それは彼が大切にしていた装飾品だったけれど。
 だからこそ。きっとスチールグラートまで届く希望の鳥になる――


「すまねえな。急がせちまって」
『雪原の商人』ジェフ・ジョーンズはイレギュラーズに頭を下げる。
 彼はヘルムスデリー村のディムナから受け取った救援信号を掌に握りしめていた。
 雪の上を走る商船の中、イレギュラーズは大丈夫だと首を振る。
「どうやら、ヘルムスデリーが魔獣の群れに襲われてるらしくってな。急ぎで乗って貰ったんだ。
 スチールグラートまでこの救援信号を送るのは相当の魔力を消費する。それこそ命を削るようなものだ。
「それ程、ピンチってことなんだな?」
 イレギュラーズの問いかけに頷くジェフ。

「以前、ヘルムスデリーの周辺に魔獣が現れた事があったんだが……そういえばお前さんも居たな」
 ジェフはリゲル=アークライト(p3p000442)に視線を送る。
「ああ。ルイスとギルバートを助けるため、魔獣ブリーズライカンを倒した」
「どうやら、そのブリーズライカンの血族が攻め入っているらしいんだ。まあ敵討ちってヤツだな」
 大切な者を殺された恨みは膨れ上がり牙を剥く。
「だがな、ヘルムスデリーの奴らもブリーズライカンに殺されている。何年も前の話だ。その時にギルバートも大怪我を負ってな。ディムナが剣を取ったのはその頃からだ。思う所があったんだろう」
「ディムナが……」
 青い瞳を伏せて、ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は友人であるディムナの想いに考えを巡らせる。
 心優しい友人が剣を取ると決意した理由は、ギルバートや村の人を守りたいと思ったからだろう。

「まあ、これだけ集まれば大丈夫だろう。村につき次第、魔獣を蹴散らして合流する」
「村にたどり着けるのか? 囲まれているんだろう?」
「そこは、任せとけ! こう見えて運転は得意だからよ!」
 魔獣の包囲網が薄い部分を、精霊の声を聞き見極め、村の中に入るのだ。
「だから、お前さん達は何も気にせずに戦ってくれればいい。んで、倒しちまったらパーッと打ち上げだ!」
「分かった。任せてくれ」
 ベネディクトとリゲルは頷き、視線を上げる。
 ヘルムスデリーに辿り着くまであと少し。急げ、急げと思いは焦る。

GMコメント

 もみじです。『騎士語り』シリーズ。
 敵を倒して、ヘルムスデリーの観光をしましょう。

●目的
 魔獣の撃退
 ヘルムスデリーの観光

●ロケーション
 ヴィーザル地方、ハイエスタの村ヘルムスデリー。
 日中です。足場は雪ですが、フレーバーです。

●敵
○ルーンジェイル
 魔獣ブリーズライカンの兄弟。
 血族を殺され、怒りに満ちています。
 人語を話し、恨みを人間にぶつけてくるでしょう。
 大きな牙と爪を持ち、二足歩行でとても俊敏です。獰猛で人間の血肉を喰らう魔物です。
 強力な個体です。
・氷爪(A):物近列、凍結、流血、ダメージ大
・ライジングブリーズ(A):物遠範、凍結、感電、ダメージ極大
 他スキル等は不明。
 高い統率力と、高HP、高EXAを持ちます。

○ガルムス×10体
 そこそこの強さの魔物です。野蛮な獣です。
 大きな牙と爪を持ち攻撃を仕掛けてきます。そこそこ俊敏です。
 ルーンジェイルの指示の元、複数で一人を集中攻撃してきます。

●NPC
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
 ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
 正義感が強く誰にでも優しい好青年。
 翠迅を賜る程の剣の腕前。
 ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
 守護神ファーガスの加護を受ける。
 以前イレギュラーズに助けて貰ったことがあり、とても友好的です。

○『聡剣』ディムナ・グレスター
 ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。村一番の剣の達人。
 ベネディクトやギルバートをして、戦場に立つには優しすぎる男。
 輝神フィンの加護を受けており、精霊の声をよく聞く。
 幼い頃から聡明で賢く、首都スチールグラートの学者か役人になりたかったらしい。
 しかし、彼は騎士になる決意をした――
 イレギュラーズに対して友好的です。
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)さんの関係者です。

○『橙駆』ルイス・シェパード
 ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリー子供。騎士見習い。
 元気でやんちゃ盛り。大人達に混ざって背伸びしたい年頃。
 以前イレギュラーズに助けて貰ったことがあり、とても友好的です。
 リゲル=アークライト(p3p000442)さんの関係者です。

●ヘルムスデリーについて
 ヴィーザル地方、ハイエスタの村。雪深い村です。
 装飾品のトルクやアミュレットがあり、お土産にいいでしょう。
 ヤギのミルクで作ったシチューは絶品。
 他にも沢山の料理で歓迎してくれます。
 ワインや果実酒。干し肉を手に飲み語らっても。
 夜になると美しい星空が広がります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 聡剣橙駆完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護

リプレイ


 ホワイトスノーの飛沫を上げながら雪上船は進んでいた。
 動力炉は最大出力で蒸気を吹き上げ、赤く熱を帯びる。
 それを後押しする風の精霊も船が壊れるギリギリのラインまで推進力を注いでいた。
 船底は雪上から僅かに浮き上がり、最低限の接地面で進んで行く。

『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の青き瞳はヴィーザルの大森林に向けられる。木々に阻まれ落ちて行く船の速度に焦りが募った。
 その手に握られているのは『聡剣』ディムナ・グレスターからの手紙。
 友人が窮地に追いやられているというのなら、助けに行く事こそベネディクトの本懐なのだ。
「……そう何度も、友を失うわけには」
 思わず口に出た言葉にベネディクトは唇を噛みしめる。友を失う絶望は味わいたくないもの。
 そして、誰にも味わって欲しくないもの。
「──頼む、間に合ってくれよ」
 ベネディクトの呟きに『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)も胸元で指を握りしめる。
 ディムナが命を削ってまで寄越した急文。それ程までに事態は深刻なのだろう。
 他でもないベネディクトの友人なのだ。仲間として自分に出来る事があるのなら手を差し伸べたい。
「ベネディクトさん達のご友人、助け抜いて見せます」
「ありがとう。リンディス。他の皆も……」
「ギルバート達が窮地に陥っているというのであれば、見捨てるわけにもいきませんからね」
 ベネディクトの声に優しく応えるのは『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)だった。以前ブリーズライカンとの戦いで『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)と共に『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)を助けたのが彼女なのだ。
 この船に乗るのも二回目。それだけ過酷な場所に住んでいるということなのだろう。
「待っていて頂戴ね、すぐに助けてあげますから……!」
 ヴァレーリヤの言葉にリンディスも頷く。
 漂う緊張感に押しつぶされそうになりながら『淑女の心得』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)は僅かに瞳を伏せた。
 ギルバートと交わした幾度かの手紙。その中で語られるハイエスタの村ヘルムスデリーの風景。
 素敵だと思った。彼が見ている風景を自分も見てみたいと思ったのだ。
 そんな彼等が窮地に追い込まれているというのだ。
「ハイエスタの村の皆さんの為、それに大事なお友達のギルバートさんの危機ですもの。
 全力でお助けしなくては」
 ジュリエットは指を組み祈りを捧げる。
「ヘルムスデリーの騎士か……一体どんな人達なんだろう」
『不退転』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)はまだ見ぬギルバート達に思い馳せた。
 極寒の地に住まう騎士。どれだけ強いのだろうかとシャルティエは息を吸い込む。
「僕は騎士というより見習いだけど……ううん、それすら名乗るのもおこがましいかもしれないけど。
 村を守る為剣を取る、高潔な彼の人達の助けくらいには……なってみせなきゃ」
 自信はないけれど、助けを求める人が居るのならば全力でそれを救ってみせると拳を握るシャルティエ。
 それはきっと十分な『騎士の素質』であるのだ。

 窓の外に見える木々を『飢獣』恋屍・愛無(p3p007296)の瞳が見つめる。
 これから倒す相手魔獣ルーンジェイルは、復讐を望み、他者を殺す一方で、仲間を慈しむ。
 それは喰らうためというラインからは逸脱しているようにも見えるのだ。
 ただの知性の無い『魔物』ではない。彼等と自分との間に何の差違があるというのだろう。
 果たして彼等/自分は『人間』なのだろうか。それとも人間ではないのだろうか。
 口の中が乾く。喉の奥から『喰った』ものが出てきそうだ。
 彼等/自分を彼等は殺すのだろうか。何を思い線引きをするのだろう。
 大切な人(人間)を喰らったこの身は彼等にとって倒すべき存在なのではないか。
「……僕には解らない」
 答えはまだ暗闇の中にあるのだ。

「つまり、マナガルム卿やリゲルさんのご友人がピンチであると……」
『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)はアクアマリンの瞳を上げる。
「なら、さっさと片付けてしまいましょう」
 ベネディクト率いる黒狼隊に入って初めての依頼。仲間に入る事が出来たという実感がハンスを包む。
「これは腕が鳴っちゃうというものです。さぁ、騎士物語に細やかな青を添えに行きましょうかっ!」
 ――今日という日の花を摘め。
 明日があるとは限らない。容易く枯れる花を惜しむのならば。この刹那に目を瞠れ。
 ヴァレーリヤが解き放った鳥が船の前を飛んで行った。


 轟音を立てながら船が雪を割る。
「迂回とか言ってませんでしたぁ!?」
「姉ちゃんのお陰で、真っ正面から行けるって分かったからなぁ! しゃらくせぇ!」
「もう! まぁ、でもその方が私達らしいですわ! ――このまま突っ切れぇ!」
 ヴァレーリヤの号令にジェフ・ジョーンズが舵を切り魔物の群れに突入した。
 怯んだガルムスを圧倒しながら、船はギルバート達の前に滑り込む。

「よく持ちこたえてくれた! 魔物達を蹴散らすぞ!」
 船の中から現われたリゲルの青いマントが翻れば『橙駆』ルイス・シェパードの瞳が潤んだ。
 挫けそうな時にいつも助けてくれる憧れの騎士の姿。
「リゲルさん――!!!!」
 ルイスの歓喜の声に、もう大丈夫だとリゲルは力強く頷く。

「何だ、お前達……!」
 突然現われたリゲル達に怒りを向ける魔獣ルーンジェイル。
 リゲルはハンスへと視線を流した。ハンスが小さく息を吸い込み。
「――かかれェ!!」
 戦場に響き渡る号令と共にイレギュラーズが船の影から飛び出した。
 敵が怯んでいる隙に動き出すハンス達。貫くは花の道しるべ。
 渇望する明日の為に。今という時間を摘み取る。
「嗚呼、此方に気を取られていたら危ないよ?」
 ガルムスに叩きつけられる鮮烈なる青の閃光。白い雪の上に赤い命が散った。
「俺がブリーズライカンの仇だ! かかってこい!」
「……お前がそうか。あ、あ。そうだ……あいつの無念の匂いがしやがる。お前がぁ!」
 リゲルへと走り出すルーンジェイル。雪の上を足爪が掻きむしり、迫り来る牙を剣で受け止める。
 怒りに満ちた魔獣の力はリゲルの剣に拮抗した。
 狩るか狩られるか。リゲルは人間として、人々を守らねばならない。
 命を奪うことに抵抗が無いといえば嘘になるが。それでも油断したら殺られることも知っている。
 特に自分を慕ってくれている若いルイスの元へは行かせない。
「これ以上仲間を傷つけさせてなるものか!」
 リゲルの剣が光を帯び、ルーンジェイルを押し返した。

「復讐を捨て去り退くと言うなら追いはしない。執り成しが必要ならそうしよう」
「誰が……!」
 愛無の声にルーンジェイルが牙を剥く。
 ここで引けるのならば、怒りに任せ危険な戦闘を仕掛けるはずもない。
 愛無の姿がドロリと溶けた。黒く光る異形へと変ずる愛無の口元が三日月に歪む。
 戦うのならば容赦はしない。牙を剥くなら「理由」が出来る。
「僕は忠告した。あんまりはしゃぐなよ。喰い殺したくなる」
 愛無から殺意が溢れ出せば、ガルムスがそこへ襲いかかった。殺られる前に殺る。自然界の鉄則だろう。
 食い込む牙に笑みを零す愛無。痛みが今は心地良い。戦う事以外を忘れられるから。
「俺の名はベネディクト。我が友の窮地とあっては馳せ参じぬ訳にもいかぬ
 ──ブリーズライカンの血族達よ。我が槍がお相手しよう」
 ガルムス達は魔獣故の素早い動きを見せるだろうとベネディクトは読んでいた。
 だが、ハンスの号令と共に飛び出したイレギュラーズの方が先手を取ったのだ。
「ディムナ、ガルムス達は俺達が抑える。やれるか?」
「ああ、もちろんだよ。ベネディクト。君が居てくれれば心強い」
 思った通りだとヴァレーリヤはメイスを握る。
 ブリーズライカンをリゲルが殺したという事実。それにルーンジェイル怒りを覚えるであろうこと。
 読み通り、敵はリゲルを執拗に狙った。
 怒りに我を忘れ、隙だらけの身体にメイスを振りかぶる。
「どっせぇえええええい!!!!」
 ヴァレーリヤの怒号と共にルーンジェイルの骨の折れる音が響いた。
 雪の上を転がる敵は瞬時に翻りヴァレーリヤへと飛びかかる。

「ギルバートさん達、大丈夫かい?」
 シャルティエはギルバートの元へ駆け寄り、彼の傷の具合を確認した。
 多少の傷はあれど、動けないということは無いだろう。
「ああ、ありがとう。助かるよ」
 シャルティエはギルバートの背後に襲いかかるガルムスの牙を盾で防ぐ。
「一旦体勢を立て直した方が良いね。ジュリエットさんの所まで下がって回復をしてもらって」
「ジュリエット……?」
 ギルバートは戦場の後方に居るジュリエットへと視線を向けた。
 ジュリエットという名前には覚えがあった。幻想に住む姫君の名だ。彼女と文を交していたことがある。
 彼女本人なのだろうか。雪の精霊の様な可憐な美しさに見惚れてしまいそうだ。
 しかし、ここは戦場。紡ぐ言葉は後に残しておこう。
「傷が深い方は私から離れません様、お願い致します!」
「ああ、済まない。お願いする」
 ジュリエットの周りを漂う真素がギルバートの頭から流れる血がゆっくりと癒していく。

「うわっ!」
 ルイスの声に振り向けば、三体のガルムスが少年に食らいつこうとしていた。
「大丈夫ですよ」
 儚き声と共にルイスの前にアガットの赤が飛び散る。
 ルイスを庇ったリンディスの華奢な身体に突き立てられるガルムスの牙。
「ひっ! お姉ちゃん!?」
「問題、無いです……!」
 痛みはあれど。この身は何度でも立ち上がる。この少年を助けられない事こそ辛いから。
「私は大丈夫です、しっかり立て直して反撃しましょう……!」
 リンディスの言葉にルイスは奮い立った。
「う、うん! 俺、頑張るよ!」
「その調子だ! ルイス。突出せず身の安全を計りながら皆に合わせて攻撃して欲しい。まずはガルムスからだ」
 ルーンジェイルを相手取るリゲルがルイスへと指示を飛ばす。


 リンディスは瞳を瞬かせ、戦場を見渡す。
 イレギュラーズが加わった事で戦況は一気に傾いた。
 見事なコンビネーションでガルムスを打ち倒していくイレギュラーズが優勢だ。
 彼女の周りを回る魔法陣は雪上にオーロラピンクの色彩を移す。
 指先から解ける真素の奔流。仲間を鼓舞する言葉の魔法だ。
 視線を流せばジュリエットが血を流すヴァレーリヤに回復の詩を届けていた。
 二人が織りなす回復と援護の旋律は前に出る仲間の士気を高める。
 たとえ傷を負ったとしても仲間が居てくれる。それがどれだけ心強いか。
 この戦場に居る誰もがそう思っていた。
 それはリンディスの的確な回復量の采配と、ジュリエットの癒やしの力が成せる技だった。

「お前達の相手は俺だ、その牙と爪。俺に何処まで通じるか見せて貰うとしよう!」
 ベネディクトは雪の戦場に響く声でガルムスを挑発する。
 襲い来る牙と爪を銀槍で払い、その遠心力で身体をひねり追撃を叩き込んだ。
 獰猛な声を上げ再度飛びかかるガルムス。
 ベネディクトの腕に噛みつく瞬間に左右からディムナとギルバートの剣が交差する。
 二人が居るからこそ、ベネディクトはわざと自分の懐にガルムスを引き込んだのだ。
 シャルティエはジュリエットの回復で戦場に舞い戻り剣を振るうギルバートの背を追う。
 剣技は冴え渡り、ベネディクトやディムナたちと上手く連携していた。
 その姿にシャルティエは剣の柄を握りしめる。奮い立つ。
「……僕も、あの人に負けない様に頑張らないと。ギルバートさんや皆の様に、立派な騎士にはなれないんだとしても……僕は僕の精一杯で……!」
 仲間が作り出した傷に剣を重ね。シャルティエはガルムスの喉元を切り裂いた。
 シャルティエの倒したガルムスで最後。残るはルーンジェイルのみ。

「その程度か? ブリーズライカンはもっと手強かったぞ!」
「くそ……っ!」
 頭を振りながらリゲルを睨み付けるルーンジェイル。
 完全に怒りで我を忘れている。
「どっせぇえええええい!!!!」
 ヴァレーリヤのかけ声にルーンジェイルが身構える。しかし――
「引っかかりましたわね」
 彼女の声に反応し守りを固めたルーンジェイルの反対側から愛無の拳が叩き込まれた。
「な、に」
 幾度も響いたヴァレーリヤの声と高威力にルーンジェイルの身体は反応した。
 だから今回も声のする方から攻撃が来ると思い込んだのだ。
「オーダーは撃退だ。退くと言うならば深追いはすまい。どうかね?」
「おめおめと逃げ帰れと? 巫山戯るなよ」
「まあ、そうだろうな」
 黒き拳が雪上を走る。

 ――――
 ――

「リゲル、待たせたか」
「問題ありません!」
 ベネディクトの言葉に首を振るリゲル。
 交わされる青き視線。一足先に動くはベネディクト。
 穿たれる槍の一撃はルーンジェイルの心臓を狙ったもの。
 避けなければ即死となりうる攻撃を寸前の所で躱す敵。それを見計らいリゲルの銀剣が閃く。
 アガットの赤が吹き上がる雪上に、それでもルーンジェイルは闘志をむき出しにした。

 黒き怪物は思考を放棄し、魔獣に食らい付く。
 今は何も考えたく無いのだと愛無は牙を立てた。
 それを振り払うように薙いだルーンジェイルの爪を愛無は交わし、その影からシャルティエが走り出す。
 突き立てられるシャルティエの剣と、左方から振り下ろされるヴァレーリヤのメイス。
 ディムナとギルバート、それにルイスも畳みかけるように剣を振るった。

「さあ さあ 恨んでいるのでしょう 怒っているのでしょう」
 ハンスの声が雪上に木霊する。
「血の連鎖は、貴方の血で雪がせて貰います。この蹂躙を以て終わるのです」
 青き閃光が戦場を覆う。誰も止める事など出来ない高みへ至る路。
「花を供えに行きましょう。強く哀れなルーンジェイル。さよなら、だよ――」
 咲き誇る光。眩き調べ。命は儚く。雪の上に散って行った。

「ルイス! 村長さんに勝ったと伝えに行くんだ! 結界の負担を少しでも減らすために。
 足が最も速い君だからこそできることだ。頼んだぞ!」
 ルーンジェイルを倒した余韻に震えていたルイスの肩を叩いてリゲルは微笑んだ。
「……うん! 分かったよリゲルさん!」
 元気よく駆け出して行く少年の背中を見つめ、イレギュラーズは戦闘が終わったのだと安堵した。


 村へと戻ってきたイレギュラーズを、村の住民達は歓迎する。
「ディムナ、間に合ってよかった。彼達が話に聞いていたギルバートとルイスか?」
 ベネディクトは友人であるディムナに手を上げる。以前、ディムナから聞いていたヘルムスデリーの騎士達に会いたいと思っていたのだ。
「ベネディクトだ、宜しく頼む。ディムナの友人であるならば我が友も同じ。仲良くして貰えたら嬉しい」
「ああ、こちらこそ。ディムナから聞いているぞ。よろしくなベネディクト」
 固く交わされる握手。同じ騎士として、村を守ってくれた同志として親愛の眼差しを向けるギルバート。



「この村を救ってくれて、ありがとう」
「ありがとう!」
 ディムナとルイスもイレギュラーズに頭を下げる。
「ヤギのミルクで作ったシチューが絶品だと聞いた。皆で食べないか? 興味があってな」
「良いですね」
 ベネディクトの言葉に頷くのはリンディスだ。

「僕はアミュレットなんかを見たいな」
 折角だからとシャルティエはお店に足を踏み入れる。
「自分用と、それに友達に贈る分も!」
 そういえば、誕生日にプレゼントを渡せていない人が居るなと思い悩むシャルティエ。
「どれなら一番喜んでくれるんだろ……」
「全部良い物だろ?」
「ええ。どれが良いか迷っちゃうかも。えっと……白い髪と赤い瞳の、綺麗なブルーブラッドの女性に贈り物がしたいんですが、オススメはありますか」
「おっ、彼女かい? いいねぇ」
「えっと、その……」
 頬を染めたシャルティエに差し出されたのは繊細な銀細工の髪飾り。そこにはエメラルドが嵌っていた。
「赤い瞳を引き立ててくれる色さ。きっと良く似合う」
「じゃ、じゃあそれでっ!」
「あいよ!」
 小さな小箱に入れられた髪飾り。喜んでくれるだろうかとシャルティエは口元を綻ばせた。

 温かな室内に、シチューの香りが漂う。
 オレンジ色から紫へと変わっていく空を見上げヴァレーリヤは愛しき人を想った。
「良い所ですわね。今度マリィも一緒に連れて来たいですわ」
「ふふ、以前もそうおっしゃられて居ましたね。大切な方なのでしょうね」
 酒杯を手に、手当をしてくれたセシリア・リンデルンと語らう。
「そうですわね。大切ですわ」
 誰よりも何よりも愛おしい人。早く帰ってその頬に触れたいと想う程に。
 だから今は勝ち抜いた事に祝杯をあげよう。
「皆の道行きに、どうか主の御加護がありますように……」
「ええ」
 ヴァレーリヤの声にセシリアも頷く。

「怪我は大丈夫かい? また会えて嬉しいよ」
 リゲルはルイスの頭をわしわしと撫でる。雪合戦は明日の朝にするとして。
「ルイスは食べ盛りなんだ、どんどん食べると良いよ。それにしてもルイスは足が速いんだな」
「えへへ。雪の上を走るのは得意だよ! あ、ヤギのシチューが美味しいんだよ!」
「そうか。俺も楽しみだよ。あとは、ここならではの果実酒を頼んでみたいな。ギルバートはどんな酒が好みなんだい?」
 ギルバートへと視線を向けるリゲル。
「俺も果実酒が好きだな」
「俺はまだ飲めないよ!」
 ギルバートの答えに割って入るようにルイスが顔を出す。それにリゲルが拭きだした。
「お酒はあと7年後かな? 共に飲める日がくるのが楽しみだな」
「うん!」
 リゲルと話せるのが余程嬉しいらしい。その光景を周りの騎士達が微笑ましく見守っていた。
 きっと、この村は良い村なのだろうと愛無は彼等の声を聞きながら窓の外に流れる星を追う。
 何時かも星に願った事があった。あの時の空は綺麗だと思った。
「例え手が届かなくても――」
 アメジストの瞳は昏く揺蕩う。苦い想いが愛無の腹の内側を這った。
「今は、それも解らなくなりそうだ」
 先の見えない、思考の廻廊から抜け出せない。
 けれど。それでも帰りたいと思う場所は――

 ハンスはベネディクトの前に手を差し出す。
「マナガルム卿――いえ、ベネディクトさん。皆さんもお疲れ様でした」
 彼の手を取ってベネディクトは微笑んだ。
「精霊の加護を持つという騎士のお話、興味があったんですよね」
「そうか。語る程のものでもないが、他の場所から来た君には珍しいのだろうか」
 ベネディクトの隣に居るギルバートに視線を向けるハンス。
「物心ついた頃から精霊の声が聞こえていたからな、特別な事は何もしていないんだ」
 精霊と密接に関わり合いがあるドルイドの血が流れている者が多いヘルムスデリーの人々。
 ディムナやルイスも精霊の声を聞くのだという。

「想像していた以上に沢山の星がキラキラと綺麗で、感動してしまいました」
「それは良かった……窓辺は冷えるだろう。これを掛けると良い」
 星が煌めく夜空を見上げているジュリエットにギルバートはブランケットを手渡す。
「あら、ありがとうございます……ふふ。改めてご挨拶するのもおかしな気持ちですが。
 初めましてギルバートさん。お手紙だけでなく、こうしてお会い出来てとても嬉しいです」
 手紙をやり取りした事を覚えているだろうかと紡ぐジュリエット。
「忘れるはずが無いよ。俺も君に会いたかった。実際に会ってみて、想像以上に可憐で美しくて雪の精霊が舞い降りたのかと思った程だよ」
 微笑むギルバートはジュリエットの傍に寄り、窓の縁にアミュレットを置いた。
 白い遊色のオパールが嵌ったネックレス。
「もし、よかったら貰ってくれないか。この村で作った魔除けの御守なんだ。
 君に降り注ぐ厄災から守ってくれるものだ。俺も同じものを戦いの時に身につけているから」
「……まぁ、ありがとうございます。着けてくださいますか?」
「ああ」
 ジュリエットが髪を片方に流し、後ろに回ったギルバートがアミュレットを掛ける。


「また、来るといい。夏になれば草木も茂り、避暑地には最適だ」
「ええ。その時は、また」
 紡がれる言葉は星空の窓に跳ね返った。

「――温かい村。救えて、よかった」
 夜空を見上げるリンディスに頷くのはベネディクト。
 他の黒狼隊の人達も今度連れて来たいなんて、思ってしまうほど。
「ああ、今度は本当に観光で訪れたいな」
「そうですね」
 沢山のお土産を持って、ルイスやギルバートたちの笑顔を見に。
 満天の星空に平穏祈るのだ――

成否

成功

MVP

ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 無事にヘルムスデリーを救う事ができました。
 ギルバート達も感謝しているようです。

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