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シナリオ詳細

<グラオ・クローネ2021>想蜜林檎を、君に

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●想いの蜜を
 深き夜霧が目の前に立ち塞がったら、紅き林檎が燈り、明けの方角を知らせてくれる。
 ほうら、迷いがあるなら林檎を月夜に掲げてごらん。きっと助けをくれるだろう。
 悲哀の沼に足を取られてしまったなら、果実で橈んだ強靭な枝が支えとなってくれる。
 ほうら、身動きがままならないなら、枝に触れてごらん。きっと力を齎してくれるだろう。
 ――そうしてこの地の林檎は人を、人の持つ想いを慈しみ、たっぷりの蜜を生む。
 だから寒さが春を思い出す頃合いになると、里の人々はこの林檎を使って想いを伝え合うのだ。
 それが自分の、さらには誰かの支えになると信じて。

 カムイグラにある里の往来は、いつもの林檎だけでなく、チョコレートの香気を漂わせていた。
 さくりと噛めば、滴らんばかりの蜜と甘さが頬へ流れ込むアップルパイ。
 甘さ控えめで、パンや肉に添えれば瞬く間にお洒落な料理の立役者となる林檎ジャム。
 爽やかな香りと舌で踊るほのかな甘味が絶妙な、林檎酒や林檎ジュース。
 煮た林檎をほろ苦いチョコレートでくるみ、甘酸っぱさが際立つチョコレート。
 それらに使われている『想蜜林檎』は里の特産だ。生で切り分けても絶品で、冬に林檎目当てで訪れる旅行者も珍しくない。
 こうして、あどけない少年少女から歳を召した男女まで多くの人で賑わう通りを、一人の青年がゆく。仕事を終え、里を再び訪れた珠は、行きに見た光景とは色も光も異なる様子に目を丸くさせていた。先日も、出店には林檎の土産が様々に並んでいた。しかし今日は、菓子類が明らかに増えている。
「あら珠さん、おかえりなさい、お疲れ様。すごいでしょう、数日でもうこんな調子よ」
 顔見知りとなった宿の女主人が声を弾ませるも、珠は状況が理解できず首を傾ぐ。
「祭の告知とかあったか? すごい賑わってるな」
「ああ、なんせ老いも若きも浮き立つグラオ・クローネとやらが間近だからねえ」
「グラ……コロ……?」
 耳馴染みの薄い単語に珠が瞬ぐと、女主人と周りにいた宿泊客が揃って笑う。
「コロでなくてクロですよ。御伽噺に因んで、ちょこれいとや甘味を贈り合う日でもあるそうで」
 人里離れた集落だが、恒例行事『感謝の日』と重なっていることもあり、グラオ・クローネはすんなり受け入れられていた。
 では『感謝の日』とは何か。思い入れのある相手と再会する時間を作り、感謝の印として贈り物をする日だと女主人は言う。里で採れる甘く香しい『想蜜林檎』をそのまま、または料理に用いて食す。その際、「想いを伝えたい相手と共に過ごす」のが習わしだ。
 客人からの一言に、へえ、と珠は感嘆の声を零す。大小問わず祭事の多いカムイグラにおいて、寒さ堪える今の時期、楽しむのを忘れない人々の姿は――記憶を持たぬ者でも分かるほど温かい。想いかあ、と珠が顎に手を添えて唸っていると、客人はひらひらと片手を泳がせて。
「何も恋慕や思慕に限りませんよ。思い入れのある人へいつもありがとうとか。これからも宜しくとか」
「ついでに土産が飛ぶように売れると嬉しいね!」
 客人らもころころと言葉を踊らせ、感謝の日を――グラオ・クローネを楽しむつもりでいるようだ。
 一人旅に身を寄せてきた珠は、それなら暫くここに滞在するのも良さそうだと考える。
(……思い入れのある相手、かあ)
 ふと浮かんだ、とある少女の顔。林檎が好きなら喜んでくれるだろうか。
 連絡を入れようと思った直後、慌ただしく通りへ転がり込んできた村人たちの姿に、珠の思考は途切れた。
「い、いつもよりデカい蜜荒らしを見かけた!! ありゃあまた来るぞ。それも大量に……!」
「蜜荒らし、ってなんだ?」
 駆けつけた珠が尋ねると、青醒めた村人が震えたまま声を搾り出す。
「蜂だ! ただの蜂じゃねぇ、化け物だ! 毎年のように来るんだが、今回は異常でよ……」
「俺が行ってくるよ。山の中だよな? 退治仕事は慣れてるんだ」
 困り人あらば見過ごせる筈もなく、珠が山へ意識を向ける。
「いやいや兄さん、異様に繁殖してたとしたら、ひとりじゃ流石に」
 引き止めた村人を前に、ああそれなら、と口火を切ったのはやはり珠だ。
「ローレットに助太刀を頼むのがいいな。良い人たちばかりだから」

GMコメント

●目標
 蜜荒らしを退治して、おいしい林檎を堪能する!

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●状況
 普段は里の人も出入りする山の中、果樹園に敵が出現しています。
 まだ木に成ったままの林檎もありますが、収穫の済んだ木が殆ど。
 ただ敵の羽音が非常にうるさく、互いの声なども間近でないと聞こえにくい戦場。

●敵
・蜜荒らし×20体
 巨大蜜蜂型モンスターです。全長30センチほどと、かなり大きめ。
 イレギュラーズが苦戦する相手ではありませんが、数が多くて面倒。
 毒針での突き刺し、体当たり、高い機動力と連携で翻弄してきたりします。

●想蜜林檎について
 晩生の種で、深みのある紅色の皮と、濃厚な甘酸っぱさが特徴の林檎です。
 里では既にいろいろな林檎料理が作られていますし、そのままでも食べられます。
 ですが、宿や店の台所を借りて、好きに調理することもできます。
 オススメのレシピを里の人たちへ伝授すると、喜んでくれるでしょう!
 思うところがある方は、オープニング冒頭の言い伝えに沿ってみるのも良いかもしれません。

●NPC(味方)
・珠
 里の近くで怨霊退治などをしていた、記憶喪失の男性。
 真面目な好青年ですが、やたら何かに巻き込まれやすい体質。
 オデット・ソレーユ・クリスタリアさんの関係者さんです。

 それでは、林檎三昧を味わってきてくださいね!

  • <グラオ・クローネ2021>想蜜林檎を、君に完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月05日 22時16分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
ディバイン・シールド
エリス(p3p007830)
呪い師
ドゥー・ウーヤー(p3p007913)
海を越えて
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
節樹 トウカ(p3p008730)
散らぬ桃花
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼

リプレイ


 人の賑わいから遠いというのに、山の果樹園は囂然たる雰囲気の中にあった。
 蜜荒らしなる巨大蜂の化け物が姿を現したのが原因だが、もうひとつ。
 果樹園の手前に鎮座するは、これまたたいへん大きな林檎であった。
 桃から生まれた桃太郎もたまげる林檎そのもの――に扮して丸まった『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)だ。もちろん彼の体躯では、かの果実が織り成す丸みを再現するのは難しい。だからこそ鎧の曲線と塗装が重要となっていたのだが、神使は難関を突破するすべを心得ていた。
 色艶と陰影の魔術師たる『はらぺこフレンズ』ニル(p3p009185)が、細い指で器用に描き上げた作品だ。ニルの筆捌きによって表現されたゴリョウ林檎は――少なくとも知性の低い魔物には――大きさが段違いな林檎にしか見えない。ただただ林檎が落ちているだけなら現実味が薄れるものの、かれらの作戦はこれだけに留まらない。
 『木漏れ日妖精』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)と珠、そして『薄桃花の想い』節樹 トウカ(p3p008730)が里より持参した不揃いかつ腐りかけの林檎たちが、強烈であろう匂いを場へ漂わせていた。虫型の魔物からするととんでもない匂いだろう。
 蜜荒らしが何を目印に襲撃しているかは謎だが、見慣れぬ巨大想蜜林檎がデデンと転がっていても、群集はさして疑問に思わない。近づく羽音。唸る空気。
 それはそれとして想蜜林檎とやらの味を想像していた『海を越えて』ドゥー・ウーヤー(p3p007913)の喉が、こくりと鳴る。
(素敵な言い伝えもあるんだ。だからこそ、蜜荒らしには退場してもらわないと)
 ドゥーが唇を引き結べば、芸術的な林檎の塗装に協力した『呪い師』エリス(p3p007830)も、近くでこくりと頷く。
 ちょうどそのとき、『赤い頭巾の悪食狼』Я・E・D(p3p009532)が敵の塊を感じた方角を、指し示す。同時に『はなまるぱんち』笹木 花丸(p3p008689)の優れた感覚も、羽音を早い段階から捉えた。仲間たちが木の陰から、微動だにしない大きな想蜜林檎を見守る。
 しめしめとばかりに待ち構えていたゴリョウは、標的との間合いを、空気を震わす翅の音から判断した。
 まもなく彼は轟かせた。力強い声音と、突き刺す眼光の鋭利さを、襲い掛かってきた羽音の主めがけて。
「ぶはははっ、美味そうに見えたか!? 残念だったなぁ!」
 ひりつく感覚に蜂の群れが、羽音とは別のざわめきを起こす。総身を突き刺す苦悶から逃れたくて、かれらの一部はゴリョウを狙った。
(美味しく見えますよね。ニルの自信作ですから)
 誇らしげに胸を張ったニルが、保護結界で果樹園への被害を抑えようとする。
 更に、よおし、と意気込んだ花丸が、爛々とした眼差しで木の陰から踊り出た。
「食は戦争っ! おいしいもののために、負けられないんだからっ!」
 花丸は、トウカたちが用意した餌も四辺に投げつつ、蜂を煽る。
「どっちが蜜にありつけるか勝負だよっ! 蜜荒らしさんっ!」
 揚々と挑む花丸と違って、とある少女――オデットはぷりぷりと頬を心なし膨らませていた。
(全くもぅ!)
 蜂への不満を覚えながらオデットが顕すのは、無限の紋章。永遠にも近しい目映さで己を鼓舞し、熱砂の嵐を巻き起こす。
「ブンブンうるさい羽音ごと飛んでっちゃいなさい!」
 彼女の叫びも件の羽音に溶けていったが、嵐は見紛うことなく蜜荒らしを飲み込んだ。
(こうなったら、あとで珠に美味しいものたくさんおごってもらうんだから!)
 戦いの後の楽しみを目標に、オデットは害虫退治に精を出す。
 一方エリスは、林檎なる存在へ想いを馳せていた。林檎と言えば酸っぱくて、甘くて、ひんやりして、かじった先から香りと瑞々しさが弾けるような果物だと、エリスは思っている。種類により、色も味も様々なのは知っているが、想蜜林檎がどの部類に入るのかは、まったくもって予想がつかない。
(どんな味がするのでしょうか……)
 焦がれる胸の高鳴りに合わせて、彼女は大天使の祝福をゴリョウへ降臨させる。そして。
「蜂にしては確かに大きいですね。美味しく林檎を食べるためです。早めにやっつけてしまいましょう!」
 羽音に紛れながらも、彼女の心意気は仲間たちに伝わった。
 つい先日までたわわに実っていた果樹園を前に、山中は今や蜂と羽音に占拠されたも当然の状況だ。
 けれど神使一行に、油断の二文字はない。
(皆でこれだけ準備して臨んだんだ。大丈夫)
 そんな思いを力に、ドゥーが招いた土壁は蜂の四面にそびえ、災厄の力をもって敵を阻む。なおも蜂は抗い続けた。蜜を求め、蜜以外のものを壊そうとして。
 ここでふわりとニルが歩み出し、掲げた片腕で映したのは深く昏い闇の月。
(傷ついて今のリンゴが駄目になるのも、これからがあるリンゴが駄目になるのも、ニルは嫌です)
 ニルの祈りに似た闇を連れて、戦場へと月光がくだる。
 連ねて後列からЯ・E・Dが魔砲を撃ちだし、翅の音ごと一掃した。
 そこへトウカも腰を低くし、構えた二振りで迫る蜂の群れを、薙ぐ。
(先輩二人が体を張ってるんだ。俺も……!)
 捻ったのは身か腕か、はたまた軌道か。清かな冬の終わりの風に乗せ、トウカはかのものらへ囁く。
「悪いな。恨みは無いんだが」
 彼の手腕により散った色は、鬼灯のごとくぽとりぽとりと。砕けた翅は薄氷のごとくぱらぱらと、ただ地へ落ちていく。


「ふふん、こっちは花丸ちゃんにお任せあれっ!」
 得意げに能力を高めた花丸が、毒針の嵐にも負けじと拳を向ける。蒼き天へ伸ばすかのように、真っ直ぐ、迷わず。朗々と弾む花丸に心奪われた蜂がまとわりつくも、蜂の合唱に負けじと、エリスが天使の歌を紡ぐ。澄み渡る歌声は花丸たちを支えた。
(しっかりと癒してみせます……蜜荒らしさん、あなたの思い通りにはさせませんよ)
 そっとエリスが敵を見据える一方、高らかに響く笑声もある。
「ぶはははッ! 林檎狙いたぁふてぇ蜂どもだ!」
 声の主ゴリョウは、赤々と照る彩りと共に、多くの蜂に苛まれながらも頑強なる林檎としての務めを果たす。守りを固めた彼は、いかなる蜂にたかられても色褪せない。
 そして無数とも呼べる軍勢も、仲間たちの手により着実に数を減らしていた。
「蜜を食べた蜜蜂って、蜂蜜みたいな味がするんだと思う」
 思うだけで、真実はわからないからこそ食欲は止まない。試したいという気持ちも湧き続けた。
 だからЯ・E・Dは、肌膚から噴き出した黒き波動で、喰らい付く。眼前の巨大蜂に。果樹園を荒らさんとする魔物に。林檎という蜜を奪うだけでは気が済まぬ相手なら、Я・E・Dは遠慮なぞ欠片も持ち合わせなかった。遠慮の代わりにЯ・E・Dが有するのは好奇心――さあて、あなたはどんな味?
 舌鼓を打つには程遠い化け物の終焉をЯ・E・Dが見届ける頃、まだ果樹園内で燈る赤を狙おうと、翔ける蜜荒らしがいた。
 だが真っ先に気付いたエリスが指で示すと、気付いたЯ・E・Dも同じく指差し、視界に入ったかれらの促しを元に、ドゥーが矢を引き絞る。
(よし、あれだね)
 ふらつく蜂を狙ったドゥーの一矢が、羽音の狭間をかい潜り、相手を風葬した。
 神使の気勢は、立ち止まることも振り返ることも知らない。
「ぱぱっとやっつけるわよ。美味しい想蜜林檎が待ってるもの!」
 減ってきた翅の叫びを鎮めるように、オデットが魔曲・四重奏で招かれざる楽団の幕を閉ざす。
 幾重にも響く魔術の調べに繋げたのはニルだ。ニルの青い衝撃波が、生き延びた蜂を弾き落とす。
 やがて、トウカが力強く踏み込む。自らの呼気が羽音より鮮明に聞こえる中、向かいくる毒針ごと巨体を斬る。閃光のような一瞬の出来事に、蜂も自身に起きた事態を把握する前に裂けた。蜜を抱えるはずだった体を失い、羽ばたく力も忘れたかれらに、成すすべはない。
 沈黙は短い間だった。呼吸を整えた神使たちが顔を見合わせ、倒れた魔物の数を確かめていく。
「ふふ、おいしそうでしたよ、ゴリョウ様!」
 ニルにそう告げられて、林檎に扮していたゴリョウがぶわはははとまた一際豪快に大口を開けた。
「下拵えもバツグンだったねっ!」
 里の人から譲り受けた廃棄寸前の林檎たちを一瞥して、花丸が仲間たちへブイサインを突き出す。
 山と果樹園に、平穏が蘇った瞬間だった。


「以上! 蜜荒らし討伐の結果報告だよっ!」
 花丸が敬礼の真似をして、里の人々へ告げる。
「周りに他個体の気配もなかったし、充分懲らしめたから大丈夫だと思う」
 Я・E・Dもそう付け加えたことで、人々はほっと胸を撫で下ろした。これで安心して山へ入れる、と神使を前に拝み出す者まで現れる。ほんの少しだけ日常とは異なる風景だが、気にする人はいない。待望の『感謝の日』を迎え、里はいつになく浮足立っていた。
 神使たちも、同様に。
「林檎を使った料理、なんでも作れるんだって?」
 興味を眼差しに宿してトウカが尋ねる。するとゴリョウはどんと己の胸を叩いて。
「おお! 料理と名のつくもんは任せてくんな!」
「いいな、ひとつ頼まれてくれないか?」
 トウカからの要望にゴリョウが耳を傾ける後ろでは、手伝いを申し出た仲間たちが右往左往していた。
「林檎を煮詰めました。ここからニルはどうするのがいいですか?」
「おお、なら次は冷ましといてくれ!」
「お水いれますか?」
「ぶははは! 水は自分で飲むだけにしとくのがいいぜ!」
 一手ずつニルへ伝えていくゴリョウの近くでは、材料を切るドゥーの姿もある。
「うさぎ風林檎、おいしかったな……」
 呟きが吐息に溶ける。先ほど里の人からおすそ分けしてもらった、通称うさぎさんりんご。ああいう飾り方もあるのかと感心しながら口にした想蜜林檎。丸かじりするよりも美味しいのだと、ドゥーは村人たちから教わった。
 そしてエリスも、大きなまなこをきらきらと潤ませて、期待を抱いていた。
「あ、こちらの分量は私が量りますね」
「エリスさんも張りきってるね」
 隣で材料の山と向き合うドゥーからそう声をかけられ、エリスが小さく笑う。
「もちろんですよ、とっても美味しい林檎料理が食べられるんですもの」
 うっとりと頬を上気させるエリスに、ドゥーもただただ首肯した。


「待ってたよーっ!」
 大喜びの花丸が迎え入れたのは、仲間たちの手で完成した林檎料理の数々だ。
「想蜜林檎っ! やっぱり聞いただけで美味しそう!」
 響きから味を想像した花丸が、うっとりとした頬を手で押さえる。
「ご要望にお応えして、たんまり用意したぜ! 甘味だけじゃなく飯もな!」
 ゴリョウいわく、林檎は砂糖の代わりにすれば違う風味を味わえる、という。
 調理法にも精通した彼が卓へ広げたのは、擦り下ろした林檎を漬けダレにしたローストポーク。
 大根との千切りサラダに加えた林檎の彩りもあれば、胡瓜などの酢の物との相性を示したものまである。
 もちろん、焼きリンゴやアップルパイといった定番も勢揃いだ。
「ゴリョウさんたちの手作りなんだね」
 Я・E・Dがひょこっと顔を出す。Я・E・Dの空色の瞳が捉えたのは、色とりどりの料理たち。
 そして神威神楽の特産品である狐面をつけたトウカは、頼んでいたベッツィータルトの仕上がりに唸っていた。ベッツィータルト――それは海に出た者の無事を祈る、海洋王国伝統のアップルパイ。前から一度食べてみたかったのだと、トウカは期待と好奇心を胸にその輝きを前にした。
「おにいさん、これはなんだい?」
 顔を出した里の人からベッツィータルトについて尋ねられ、トウカは口端をもたげる。ベッツィータルトだと話はしても、すぐ理解してもらえるものではなく。だから伝わりやすいよう、言い伝えのように話し出す。
「神威神楽へ来る前の話らしいな。なんでも、神使たちがこれを食べて呪いに抗いながらも、海を渡ったとか」
 人づてに聞いた内容をトウカが語ると、おお、と人々から歓声があがった。
 一方、どれから食べようかとЯ・E・Dのそばでは、花丸が何度も頷く。
「うんうんっ! ゴリョウさんも居るから、スッゴイ楽しみにしてたんだよねっ!」
「そうだ、せっかくだから里の皆さんも、珠さんも一緒に」
 ドゥーからの一言に、オデットが料理に見入っていた珠へ声をかける。
「時間あるのよね、珠?」
「ん? ああ、せっかくだからご馳走になろうかな」
 珠と一緒に神使たちの様子を見物しにきた里の人々も、誘いに快く頷いた。
「それにしても、林檎ってお菓子だけじゃないんだ……俺も覚えられるかな、レシピ」
 感心しつつ皿に分けていくドゥーの呟きを、同じく器へ盛っていたゴリョウが笑って掬う。
「覚えて作って、忘れても作って、失敗しても作って、そうやって自分のものにしていけばいいと思うぜ!」
「……そっか、そうだね」
 挑戦してみよう、と胸の内でほんのり希望を点して、ドゥーは肯った。
 同じ頃、どれにしようかリズムをつけて選んでいたЯ・E・Dは。
「……うん、決めたよ。まずは焼き林檎からだよね」
「アップルパイとセットもおいしいよっ!」
 後ろから花丸がそう助言すると、エリスも言葉を並べる。
「あったかい林檎のデザートは、癒されますよね……」
 ほう、とエリスの吐息が蕩ける。彼女たちの発言を耳にしたニルが、おいしさと癒しの合わせ技を経験してみようと、零さぬように林檎料理を片端からよそっていく。
 それならとЯ・E・Dは、全種盛りをして器という小さな世界に一山を築いた。
(料理人と食材への感謝の心を持たなければ食通とは言えない。もちろん蜂にもね)
 食べる前には一言告げて、Я・E・Dは多くの人で賑わう里の一角で、皆と同じ美食を堪能する。
 すぐ近くの席では、ニルも頬をふくふくとさせていて。
(たくさん想いのこもったリンゴを、たくさんの想いをこめて料理したのです)
 何気なく辺りを眺めれば、嬉しそうな笑顔、笑顔、笑顔の連なりがニルの双眸に映り混む。
(皆様笑顔で、楽しそうで……ニルもとっても楽しくて、「おいしい」です)
 得も言われぬあたたかさが内側を巡るような気がして、ニルはふるりと睫毛を揺らす。
 そのとき、料理を一口ずつ味わっていたドゥーが、美味を喉へ送った後に顔をあげて。
「今日はありがとう。戦いも、今のこの時間も」
 彼からの静かな感謝に、仲間たちも一つまた一つと謝意を繋げる。
 そうした光景の中でドゥーは、ぼんやり考えた。
(こういうのも、グラオ・クローネの醍醐味なのかな)
 指先から降り立った新しき世界で、青年ドゥーが知ったものは多い。美味しいと感じる料理や、調理技術もそのひとつだ。無造作に散らした髪の下、彼が見つめているのはきっと、いつか何処かで覚えたこの世界の味と色。そして。
(お土産……喜んでくれるかな、シャオジー)
 ふと浮かんだのは、少女の笑顔。「おなかすいた」と話す彼女の声が、ドゥーには聞こえた気がした。


 ――悲哀の沼に足を取られてしまったなら、果実で橈んだ強靭な枝が支えとなってくれる。
 里の伝承を反芻し、食事を終えたトウカは物思いに耽っていた。もしも二十年程前に、自分が林檎の木の枝に支えられていたら、道は違っていたのだろうか。御役目を担う兄らの『代わり』として、眠る前に支えを得ていたら、自分はどうなっていたのだろう。
 もしもという可能性が過ぎって止まないのは、支えという言の葉の魔法によるものか。
(まあ、後悔なんて無いけどな)
 トウカはふっと息を吐く。笑いにも似たあえかな息を。
 誰かの助けになり、誰かへ差し伸べられる手が今ここにあるのは――あの日の選択と、夢で会った『誰かさん』のおかげだ。
 思い思いに神使らが過ごす中、Я・E・Dは里を練り歩いていた。言うまでもなく目当ては里の菓子類。この混沌に落ちて得た、味覚という名の刺激。それはЯ・E・Dを奮い立たせるものでもある。直感を信じて記録し、眼に焼き付けて、香りを刻む。
「美味しい物はやっぱり沢山の人に知って食べてもらわないと。あ、林檎一ついただいていいかな?」
「あいよ! 神使様にゃいくらでも差し上げるよ!」
 こうして帰り際、Я・E・Dは一つの真っ赤な林檎を、遥かな空へ掲げながら歩いていった。
 土産も土産話もたっぷりこさえたЯ・E・Dもいれば、里の人へそろりと近寄る神使もいる。
「……あの、すみません。お土産に、リンゴを一つ持って帰ってもいいですか?」
「もちろんさ、持てるだけ持ってってくれ」
 気前がいいのは、果樹園を救ってくれた礼も兼ねているのだろう。満足する分だけもらったニルは、抱えた甘酸っぱさへ顔を寄せる。
 ニルはふと思う。想いのこもったおいしい林檎が、想いの分だけ甘い蜜を滴らせるなら。
(人の想いは……甘いのでしょうか)
 想いが鮮やかな赤で意識を惹き、芳しさで誘うのなら。
 きっと赤くてまあるい想蜜林檎もまた、あらゆる存在を手招く想いのかたちだろうと、ニルは眦を和らげた。

 オデットは、あらゆる包みや袋を抱える珠と里の往来にいた。
 いずれの包みも、オデットが店先で気になったお土産でどうやら満腹になっているらしい。
「相変わらずの巻き込まれ体質なんだから、これぐらいはいいでしょ?」
「しょうがないな、他ならぬオデットの頼みだし」
「なんでここでちょっと譲ってあげました感を出してくるのよ」
 気恥ずかしさに口を尖らせたオデットを見て、珠がくしゃりと笑う。二人して機嫌が良いのは、たとえば通り掛かった人が見ても一目瞭然だろう。そのためか二人の声も、不思議と輪をかけて明るかった。そして連絡はしていても、顔を合わせたおかげでより鮮明になる――元気そうだと。お互いに。
 そうだ、と言いながらくるりと身を翻してオデットが差し出したのは。
「想蜜林檎……」
 珠の双眸が少しばかり見開かれる。
「そうよ。これからもよろしくってことで、あげるわ」
 話しながらオデットの浮かべた笑みは、珠が前に会ったときと同じで。
 彼も似た表情を乗せ、用意していた想蜜林檎を彼女へ贈る。
「ありがとう。俺の方こそ、よろしくな。……それに今日、嬉しかったよ、来てくれてさ」
 混じり気のない感謝を向けられ、オデットは受けとった想蜜林檎をぎゅっと抱きしめる。
「言ったでしょ。何かあったら、飛んでって助けてあげるって」
 甘くて、ちょっとだけ切ない香りに浸りながら、精一杯オデットは笑ってみせた。
 消えてなどくれない、何物にも換えがたい恋心を――彼が失くした想い出に隠したまま。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした! 害虫退治、無事終了でございます。
ご参加いただき、誠にありがとうございました。
またご縁がつながりましたら、よろしくお願いいたします。

皆様にも、素敵な想蜜林檎の想い出ができますように。

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