PandoraPartyProject

シナリオ詳細

埋もれ木に花咲く

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●天香の娘
 彼女の名は天香 花子(あまのか かこ)――『花衝羽根媛(はなつくばねのひめ)』と名を改めた天香分家の娘である。
 嘗ての天香一強の時代に帝の妃となるべく生を受けた時点でその先を決められていた娘は賊軍と為った生家により妃の座は絶望的になったこと、そして、霞帝の「自由に生きて欲しい」「花衝宮の未来を縛りたくない」という言葉に苦悩し続けた。
 元より自身を娶るつもりはなかっただろう心優しきお上に彼女が感じているのは恩義であり恋心ではないことは確かだ。
 神使(イレギュラーズ)の計らいにより、その身元を引受ける事となった帝は彼女が目的や目標を見つけるまでは『花衝宮』として彼女を扱い、保護し続けることを誓ったそうだ。
 ――だが、のんべんだらりと過ごすのも天香の血に恥ずものだ。少しの休息と言いながら泣き濡れた日々が自身の品格を落とすには十分であったと彼女は考える。

「神使達よ、よくぞ参った。先の呪詛の一件では神使――否、『ろぅれっと』には世話を掛けたのじゃ。
 改めて挨拶をさせてくれたもれ。妾は花衝羽根媛。花衝宮とも呼ばれて居る。本来の名は天香家の娘、花子である。
 御主等であらば好きに呼んで構わぬ。……お上が御主等の文化では名を呼ぶのは何ら可笑しくはないと申して居ったのじゃ」
 胸を張り、利発なその表情には余裕の笑みを湛えている。其れこそが、彼女が受けてきた妃教育、弱音を吐くことなく国母となるべき存在としての在り方だ。
『皇后』という立場に憧れる者は多く、要らぬやっかみを受け呪詛の標的となった彼女はその後、霞帝を始め、八扇達との雪見を楽しみ心身の不調もある程度は拭えたのだろう。雪見はどうであったかと問う言葉には「楽しかったぞ」と恥ずかしげに頬を染める。
「……その、お上が妾の為に用意してくれた衣は暖かくての。此れを着て、御主等と市中を見回ってくるのも良いと仰って下さったのじゃ。
 恥ずかしい話じゃが、妾は『外』へと余り出た事がないのじゃ。お上が信頼する御主等だからこそのお許しであると認識して居る」
 もじもじと言葉を紡いだ花衝羽根媛。詰るところは箱入り娘であった彼女の『社会勉強』として神使に護衛を頼みたいという事なのだろう。
 お上(霞帝)にしても神使は国を救った英雄だ。中務卿など「英雄殿」と呼び神使を見つける度に嬉しそうに微笑む様子が見られるほどに。
 神使だからこそ、花衝羽根媛を任せると判断をしたのであれば其れは喜ばしいことだ。さて、『護衛』とはどのような事なのかを依頼人――霞帝に問うてみようではないか。


「よくぞ参った」
 堂々たる面差しで、霞帝はそう言った。彼岸会 無量(p3p007169)は「花衝宮様がご健勝で何よりでございます」と恭しく頭を下げる。あくまでも、彼女は妃候補、花衝殿の主である。敬意を示し、彼女の復調を喜ぶ無量へと霞帝は頷いた。
「ああ、花衝羽根媛も貴殿らを大層気に入って居ってな……。誘いに応じてくれて喜ばしく思う。
 俺の方針は彼女が大人になるまでは保護者として見守ることとしたのだ。彼女の行く先が定まれば、嫁に出すも良い。女官となりたいならば、そう計らう。ただ――」
 自身の妻とする事は余り考えてはいないのだろう。幼い少女を我が子のように慈しむ霞帝にそれを共生するのも酷な話だ。
「……こほん。それで、だ。花衝羽根媛の花嫁修業というわけではあるまいが、彼女には社会勉強を積んで貰おうと思っている」
「社会勉強、ですか」
「ああ。彼女は天香分家に生を受けてから帝の妻、妃となることを決定され蝶よ花よと育てられた。
 其れなりの妃教育は受けてはいるが、こと市井の事については余りに物を知らない。聞けば外出などしたことがないそうだ。
 ……それでは彼女の此れからも困ってしまうだろう。その様な状態では目標など定まる訳もない。故に、社会勉強に外出を頼んだのだ」
 簡単な外出で『はじめてのおつかい』をしてくるだけ――なのだそうだが、少々問題がある。
 何分、彼女は『唯一の妃候補』として御所内に存在する乙女だ。妙なやっかみや『偶然を装った悪漢』が襲い掛かってくる可能性もある。何より、彼女は『賊軍』となった天香分家の娘だ。後ろ盾がない上に、此れまでの一連の出来事で天香家であるだけで不当な扱いを強いる者も居るだろう。
「――つまり、『聞きつけて』来るであろう悪漢を打ち倒して宮様の『おつかい』を完遂させてやれば良い、と言うことですね?」
「その通りだ。彼女も不遇な立場ではあるが……出来ることを少しでも増やしてやりたい。親心で貴殿等に迷惑を掛けて申し訳ないが……」
 ――花衝宮も随分とやる気に満ちあふれ、町娘の衣服をセイメイに頼んでいた位なのだ。

 そう霞帝が苦笑すれば「御前失礼致します。準備が出来ました」と町娘の衣服に身を包んで姿を現した花衝羽根媛が立っていた。

GMコメント

 夏あかねです。花子ちゃんの『はじめてのおつかい』へ。

●成功条件
 花衝羽根媛の『はじめてのおつかい』を成功させる。

●はじめてのおつかい
「雪見の際にお上がお気に召していた和菓子を買いに行きたいのじゃ!」
 晴明がある程度手を回し、分かりやすい金額で和菓子を販売してくれるようにしています。神威神楽の和菓子処『和拾月』へと参りましょう。
 お餅を中心に取り扱っている和菓子屋です。霞帝は「宮が気に入る物も購入しておいで」とお小遣いを渡してくれています。
 年頃の少女なので、お菓子より雑貨の方が気になるかも知れませんね。皆さんと一緒ならば何処へ行っても許されるでしょう。

●悪漢 人数不明
 唯一の妃候補(霞帝は本来妃候補を選びませんので天香家が用意した存在です)かつ、賊軍である天香の血族である花衝羽根媛は様々な恨みを買いやすい立場です。
 どこからか外出の報を得た悪漢が人気無い場所で襲い掛かってくる事でしょう。人数不明回数も不明です。
 護衛として、花衝羽根媛を怖がらせない程度にまもってあげて下さい。
 予測される敵勢対象は雇われた破落戸、突然何処からか放たれた獣です。

●花衝羽根媛(はなつくばねのひめ)
 アカツキ・アマギ(p3p008034)さんの関係者。
 本来の名を天香 花子(あまのか かこ)。霞帝には坐する花衝殿より『花衝宮』と呼ばれています。
 天香家の地を継ぎ長胤は叔父上に当たります。后となり天香の『望月』を強固とするためだけに娘子として生を受けてから『后教育』を受けていました。善は急げと言わんばかりに、まだ幼い彼女は花衝殿の主となり、后候補となるべく霞帝の寵愛を待ちました――が、相手にされる事はなく、『神逐』の動乱の末、宙ぶらりんな状態です。

 ・『神逐』の動乱の際に、紫乃宮・たては(p3n000190)が情報収集がてらに拷問しました。体には刀傷が残っています。
 ・『神逐』の動乱後、天香の娘が後宮に住まう事に対してのバッシングが大きくなりましたが、霞帝が後継人となることを発表しそのバッシングは鎮まったようです。
 ・霞帝に対しては恋情はありませんが、彼の寵愛を受ける事が生きる理由であったため、まだまだ宙ぶらりんな状態です。

●参考:霞帝
 神威神楽の最高権力者。花衝宮が嫁ぐはずだった先です。花衝宮に対しては父のような気持ちで接しています。
 皆さんになら花衝宮をお任せできると彼女の社会勉強のお手伝いをお願いしたそうです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。主に、花衝宮の女心に関してなど……。

それでは、花子ちゃんが幸せになるお手伝いをお願いします。

  • 埋もれ木に花咲く完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月10日 22時02分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

セリカ=O=ブランフォール(p3p001548)
一番の宝物は「日常」
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
すずな(p3p005307)
信ず刄
彼岸会 空観(p3p007169)
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼

リプレイ


 慣れない衣服に身を包む。上等な仕立てではない、町で良く見る簡素な仕立ての衣に身を包んで花衝羽根媛――天香 花子は緊張したように神使を見遣った。
「とりあえず呼び方を決めないとだけど。花子ちゃんって呼んでも良い?」
 そう問い掛けたのは『赤い頭巾の悪食狼』Я・E・D(p3p009532)。花子の衣服に倣って自身も町娘を装えば、花子は「神使は芸達者よの」と驚愕に瞬く。そんな様子が可愛らしい世間知らずのお姫様。彼女にとっては『救国の英雄』たる『ろぅれっと』が揃いも揃って自身と市井の社会見学に行ってくれるというのだ。喜ばぬ訳もない。
(これもお上のお心遣い……しかと勉学に励み立派になりましょうぞ――!)
 そんな花子の決意は他所に見送りに訪れていた霞帝を見つけて『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)はにやりと笑った。今回はあくまで裏方、花子にはその姿を見せぬようにと気を配って。
「あーー、帝のお妃候補っていう、あの子。例の騒動のときに酷い目に合わされたっていう話は聞いたな。
 ……そっか、もうお出かけできるくらいになってたんだ。良かった」
 風牙の言う酷いこととは『ちょっぴり過激な乙女』の『ちょっと過激なおねだり』で手酷い目に合ったという話であった。内情を探り、愛しの許嫁殿との話の種にするために拷問にあったというのだから花子の境遇は不憫を通り越して、同情さえ感じさせる。
(そういえばこの刀傷は……成程、そういう……自称許嫁殿はなかなかに苛烈みたいですね)
 しっかり着込んだ衣から僅かに見えた傷を隠すように上着を掛けた霞帝の気遣いを眺めながら『竜断ち(偽)』すずな(p3p005307)はそう感じる。彼女もよく知る顔である『自称許嫁殿』の恋心は言葉で言い表せないほどに情熱的である、が。さて置いて――
「……で、その『はじめてのおつかい』についていけ、と。カスミちゃん、過保護だね~~」
 小突くようにつんつんと肘をやった風牙に「愛らしいだろう、花衝羽宮は?」と素知らぬ顔で笑ってみせる霞帝。その言葉には同意だと風牙は大きく頷いた。
「ははは、冗談冗談。
 うん、任せとけ。子供は笑顔が一番! ばっちり護って、バッチリおつかい成功させて、いい思い出と経験積ませてやるぜ!」
「ぶはははっ、政のあれこれに若い嬢ちゃん巻き込むのはいただけねぇなぁ。なぁに、大船に乗った気持ちで任せてくれ!」
 幼い少女だ。彼女が笑顔を浮かべて『和菓子屋』に行くこと位はサポートしてやれずに何が神使かと。腹をどんと叩いた『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)に「成功させるからね!」と眸を煌めかせたのは『一番の宝物は「日常」』セリカ=O=ブランフォール(p3p001548)。
「花子さんのこれからのためだしね! おつかい、頑張ろうね!」
「うむ。雪見の際にお上がお気に召していた和菓子……それを購入し、さ、差し上げ……差し上げる……」
 少し声が小さくなったのは照れだろうか。生まれて直ぐに『霞帝の妻』となるべく育てられた少女には感情の機微はまだ分からない。それでも、その親愛は嘘ではないと表情が語っている。
「つい先日ぶりじゃのう、こんにちは花子ちゃん」
 にんまりと微笑んだ『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)。幸せになるお手伝いを、と求められればそれを拒絶することはない。
 花子と揃いの町娘スタイルに身を包んだアカツキは「はじめてのおつかいと聞いてアカツキ・アマギ参上したのじゃ」と胸を張る。
「アカツキ殿は、妾と変わりない容貌であるが永きを生きる種であると知っておる。その見識、どうぞ授けて下され」
「ふふ。誰しもはじめてのおつかいはあるからのう、ばっちりサポートして見せるぞ!
 妾も昔、家を抜け出してやったもんじゃ。まあ、あの土地は社会勉強には向いてない場所じゃったが……おっといかんいかん、今日は頑張るからよらしくのう!」
 ついつい思い出話に意識が散歩したアカツキがにんまりと微笑めば花子は心強いと大きく頷く。そんな彼女が微笑んで、そして外へ出るとやる気に溢れている姿を見れば『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)はあどけない少女のようで可愛らしいと感じていた。彼女は権力だけで入内し婚儀を済ませていない歴としたこの国の高位の女官である。だが、あのように表情を変え微笑む様子は普通の少女のようではないか。
「愛らしい姿ですね、花衝宮様。さて……花衝宮様は市井には疎いとの事ですが……本日参られる菓子店……和拾月までの道順は御存じなのですか?」
 はっとした顔をして『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)に助けを求めるような視線を向けた花子。
「御存じ無ければ、どうぞ知っている者に聞き忘れぬ様に。我々に今回求められたのは護衛のみ、道案内までは出来ませぬ」
「そ、そうか……うむ。護衛だものな」
 神妙な顔をした花子の傍にそっと膝を突いてルーキスは微笑んだ。霞帝が僅かに見せた心配を拭うように、天真爛漫さを取り戻した彼女を楽しいお買い物出掛けさせてやりたい。
「警備は万全ですので、ご安心を。本日は市中でのお買い物を、ごゆるりとお楽しみ下さい。
 道順は――そうですね……中務卿に地図を頂きましょう。地図の読み方であれば、我我で教えることも出来ましょう」


 やんごとなき身分、本来ならば謁見することもないような――そんな少女が町を歩いて不思議そうな顔をしている。
「すずな、あれは何と申す?」
「あれは団子屋ですよ。花子様が行くお菓子屋さんと似た所ですね。食べてみます?」
「良いのかの?」
 そうやって会話を重ねるだけでも、彼女がどれ程に市井に触れてこなかったかを感じて仕方が無い。政に関してはすずなは自身で疎いと断言するところがある。共感することは難しい。だが、市井での事ならば自身の方が花子より上だろう。
(……せめて楽しき時間になるよう、粉骨砕身で頑張る所存です!)
 護衛と遊撃に分かれ、出来る限り花子にそうした場面を見せぬようにと意識をする。無量は式神を花子の背へとこっそりと忍ばせて周辺の警戒を行っていた。
 敵勢対象の確認と周辺警戒を行っていたЯ・E・Dは団子屋に足を止めて眸を輝かせた後「お上に謹上する菓子の購入が先である」と首を振って懸命に耐える花子を見詰めて小さく笑う。
「和菓子楽しみだよね、わたしも自分の分を買うつもりだよ」
「うむ。雪見の際に頂いたけし餅も絶品であったが中務卿は苺大福なる者が妾には似合いと申しておったのだ」
 楽しみだと微笑んだ花子にЯ・E・Dはこくりと頷く。セリカは「でも、お団子も美味しいと思うよ」と誘惑するように花子に微笑んだ。
 別動班との意思疎通を図っているセリカはできるだけ花子の希望を肯定してやりたいと考えていた。
「わたしもまだこの辺りはお友達に案内してもらったばっかりで詳しくないんだ。だから、花子さんが気になるお店は行ってみたいな!」
「そうか……神使も神威神楽には慣れておらぬ者も多いのじゃったな。し、仕方あるまい。無量……よいか? 皆で団子を食してみようと思うのだが」
「……ええ、花――此処では花子さんと呼ばせて頂きますね。花子様がお望みでしたら」
 そう微笑んだ無量に花子はぱあと表情を明るくしてからセリカの手を引いて「団子を頼むのじゃ!」と店先へと駆け込んでいった。

 その様子を遠巻きで眺めて居たのはルーキス。耳を活かして不穏な物音を察知し、人間の消し去ることが出来ぬ感情を見逃さぬようにと意識を巡らせる。
「花子ちゃん、楽しそうじゃのう」
 そう微笑んだアカツキにルーキスは「そうですね」と頷いた。楽しげに歩む彼女は地図と睨めっこしながら神使たちとの会話を楽しんでいる。
 そう思えば自身も混ざりたかったけれど、とアカツキは首を振る。
「いいや、不届き者が花子ちゃんに近づく前にお話を聞かせてもらっちゃうのじゃ。
 本当なら一緒におつかいを楽しみたいが……これもお仕事、楽しみは後に取っておくとしよう」
「そうだな。花子に戦いの様子を見せたくねぇ。折角、立ち直ったんだ。血生臭いものなんて、また彼女を怯えさせちまう」
 だから、離れた所で彼女を見守っていようと風牙は心に決めていた。大きく頷いたゴリョウは擦れ違いざまに軽い会話を繰り返しながらの索敵を行っている。
 オーク姿は目立つ事を考えて、細身の青年の形で活動する彼は怪しまれぬようにと団子や菓子を買い食いしながら花子の様子を眺めていた。
「お?」
 ふと、オークが顔を上げる。ぴょんと跳ねたアカツキの姿が見えて、此れは行けないかと適当に財布の中から金銭を取り出して机へと叩き付けた。
「ちっと急ぎだ。釣りはいらねぇ取っときな!」


「花衝宮様に何かご用ですか?」
 静かに囁いたルーキスに破落戸の男は「宮を渡せば何も乱暴はしない」と笑みを浮かべる。白百合の美しき刀を構えたルーキスが「頷くわけがないでしょう」と囁く。
「この刃に懸けて、彼女には指一本触れさせません。狼藉を働くならば、ここで退場して頂きます」
 構えるは瑠璃雛菊。堂々と声を発するルーキスへと破落戸が刃を振り上げた。その傍へと放たれたのは破壊的魔術。圧倒的なその光は朱の魔力を帯びて収束して行く。
「乱暴はしない――は此方の台詞なんじゃがな。派手に燃やせぬのが残念じゃのう……妾、その辺の空気を読む女……」
 肩をがくりと落としたアカツキは「詰めが甘い奴等じゃ」と呟いた。敵襲は察知出来ており、迎撃の準備は完了していたのだとアカツキは小さく笑う。
「――何だ、お前等!」
「こっちの台詞だ! 子供一人相手に随分なやりようじゃねえか、なあ? 恥ずかしくねえのかよお前ら!」
 地を蹴って飛び込んだのは風牙。睨め付け、彗星の如く天を駆ける。その一打は一瞬の隙を付いて間合いを詰める。
 花子にそうした様子を見せないために。直ぐ様に辿り着いて見せたのは風牙が彼女を思ってのことであった。
「おっと、ここから先は通行止めだ。まずは俺を倒してからにするんだな!」
 ルーキスの元から離れんとする刺客を前にしてゴリョウが堂々と構えたのは天狼盾。攻性防禦守護獣術・『性』の一、存在感を増したゴリョウを前に、刺客達は小さく息を飲む。
 四人の神使――それも女性が多い布陣で花衝羽根媛を補佐して居るのは見えていたが、まさかそれ以上に息を潜めて此方を伺っているとは。
 刺客はゴリョウとルーキスへと襲い掛かる。
 一閃するかの如く、ルーキスが刃を振り上げれば、その背後から鮮やかなる魔力が迸る。
 紅一閃、黒狼の外套を翻したアカツキは「花子ちゃんのおつかいはそれはそれは大事な事での」と肩を竦めた。
「大人の下らぬ政の道具に彼女を使って良いわけがなかろう? ちょーっとお話を聞かせて貰ってもよいかの? 具体的には誰の差し金であるかを」
「――言うか!」
「言わないなら口を割らせるだけだ!」
 風牙が吼える。槍の穂先を真っ直ぐに刺客へ向けて地を蹴った。身を反転させて刺客が連れていた物の怪をその双眸に移し込む。
「そっち!」
「ぶははは、もしも『通れた』としても、嬢ちゃんには傷一つツケさせねぇよ!」
 ゴリョウが任せろと声を張る。物の怪の二つの眸が彼を見た。団子の串を包み紙で丁寧に包み、環境に配慮した堂々たる青年。
 その拳が固められる。ゴリョウが受け止めた物の怪へ風牙が飛び込んでゆく。
 刺客を逃すまいと刃を振り上げたルーキスは「捕えますか?」と風牙へ聞いた。
「生け捕り出来たら中務卿(せいめい)が喜んでくれそうだよなぁ」
「―――ひっ!」
 ある種でそれは死刑宣告のようなものであった。そも、『花衝羽根媛』は高位の女官であり、霞帝が庇護下に置くと宣言した娘である。その宣言が彼女を我が子のように慈しむ保護の目的で在る事を誰もが知っているが――其れにさえ、良い顔をしない者は多かった。
 彼等の『背後にある存在』がバレる事は余りに良いことでは無い。アカツキは「それも嫌がらせになりそうじゃな?」と微笑み、ゴリョウは「通さなけりゃ、どっちみち『簡単』だな!」と大きく頷いた。
 ゴリョウが『走り去った』のを見て居たセリカは花子を巻き込まぬようにと目的地へと向けて僅かに遠回りをしながら進んだ。その名目は『アッチにも美味しいお団子屋があった』とでも言うように――

「帝殿に渡す和菓子とはどんなものなんですか? 花子様がお好きなものとか?」
 其方に意識が行かぬ様に、会話を重ねるすずなに花子は「ふむ」と悩ましげに唸った。「霞帝がお好みであったのは紅梅餅やおはぎだと言うが」と続けた後、気まずそうに「すずなは?」と問い掛ける。
「私はきんつばという和菓子が好きですね! 食べたことはありますか?」
「……無いのじゃ」
 もうすぐ到着するね、と地図を見てそう言ったЯ・E・Dに花子は大きく頷いた。


 店へと到着し、「花子ちゃん!」と手を振って走り寄ってくるアカツキに「おお、何処へ行って追った」と花子が胸を張る。
「ちょっとセイメイにこき使われていたのじゃ」
 ――と、口裏合わせをすればルーキスも「中務卿殿はお人が悪い」と肩を竦める。
「買い物しようか。自分用は控えめに全種類買うけど花子は如何する?」
「むう……どうしようかのう」
 迷う指先を眺めながらЯ・E・Dは念のために彼女が購入する菓子は同じ数量だけ『代え』が聞くように購入しておこうと考えた。
「何になさいますか?」
「お上の事を考えておる」
 む、と唇を尖らせる花子にルーキスは「お上……」と呟いてずい、と彼女へと寄る。
「自分には『こいばな』や『がーるずとーく』は無理ですが、『霞帝とーく』ならお任せください!
 賀澄様の魅力については10刻程語れる自信があります……って、あれ? ちょっと引いてます? ま、まぁ花子様に笑って頂けたのならばそれで良し、です!」
「ふふ……ふふふふっ、良い、良い。お上――否、賀澄殿が其れだけ理想的な存在で在る事など妾が一番分かって……分かって……」
 分かって――いたけれど、それでもお嫁さんには。
 ぽつりと零された言葉に、無量は「花子さん」と気遣うように声を掛けた。彼女は髪飾りを新調したいと話していた。霞帝から貰った衣に合わせるのだと、恋をする乙女のような顔をして。
「……雪見の際に霞帝……失礼、賀澄さんより頂いた衣の御礼はなされたのですか?」
「あ……」
 まだでしたら、と無量は菓子を購入した後に雑貨屋に向かいましょうと微笑んだ。Я・E・Dもそうしようと大きく頷く。
「じゃあ、花子ちゃん、選んで雑貨を見にいくとしようかのう! 妾的にはこの『しっとりとした上品な甘さのカステラ』とかおすすめじゃと思うぞ!」
「う、うむ。じゃあ、それと――すずなや皆も選んでくれんかの? 其れを持って戻り、『其方等のここに来ていない仲間』と茶会の席を設けたいのじゃ」
 その言葉にすずなとセリカは顔を見合わせる。どうやらゴリョウや風牙のように姿を見せずに裏方として活動していた神使の事を聡明なる『花衝宮』は知っていたとでも言うのだろうか。
 雑貨選びは難航した。『賀澄様とーく』をするルーキスのアドバイスやアカツキやセリカ、すずなにも問い掛けるがいまいち決めかねる。
「かすみ草の花を意匠とした根付など如何でしょうか。かすみ草の花言葉は感謝、想いを伝えるには大変宜しいかと」
「想いを……」
 無量の差し出した根付を見詰めながら花子は緊張したように言葉を濁した。心臓が、早鐘を打った。
「迷っちゃう事は誰でもあるよ。でも一度くらいは思い切って気持ちを打ち明けてもいいかも!」
 セリカの言葉に、花子はぱちりと瞬いてから大きく頷いた。
 もしも『貴方が好きでした』と勘違いした幼い恋心を彼に告げたら、きっと有難うと笑ってくれる。それで、『花衝宮』の初恋は終わってしまう。
 これから『貴方の家族として生きていきます』と宣言すれば、彼は可笑しそうに笑ってくれるのだ。家族だよ、と優しい声音で。
「……有難う、と告げれば良いのだろうか。それで、……その……こわい」
 囁いた花子の背をすずなはそっと撫でた。小さな女の子だ。アカツキは「怖いのう」とその言葉を繰り返す。
「花子さん……いいえ、宮様。よく、頑張りました。此度花衝宮様は一つ、自身の成すべき事を成しました。
 それがお使いと言う小さな事でも、その一歩を踏み出すのは大変な事に御座います。
 ……これから先の事はまだ分かりません。けれど、貴女様ならばきっと、どんな道でも一歩一歩踏みしめて行けるでしょう」
「妾たちも付いて居るよ。花子ちゃん。大丈夫、だから、頑張ろう」
 微笑んで、アカツキと無量の手をぎゅっと握ってから、花子は「うん」と頷いた。まるで、何も知らぬ無垢な少女の顔をして。
「帰ったならば仲間の神使も呼んでたもれ。お上や中務卿達にも声を掛けて、茶会をしよう」
「ええ。そうしましょう。ああ、花子さん――
 親しい方と同じ物を身に付けると言うのは大層心地良い物、らしいですよ」
 そっと、無量が差し出したのは花子が霞帝に贈ると決めた根付であった。

「……『家族』の証、じゃな!」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加有難う御座いました。
初登場が突然の拷問から始まった花子ちゃんが楽しそうに笑っているだけで何だか幸せな気持ちになります。

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