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シナリオ詳細

<Rw Nw Prt M Hrw>僕は僕に出会わない

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


「……僕が死んだ?」

 その日『博士』が告げたのは、端的な事実だった――

 かつてタータリクス・ウォーリン・アンチャイルズという青年がいた。
 彼は若き少年の日に、病気がちな姉の根治を目指し、薬学を学ぶために錬金術の門をくぐったのだった。
 アカデミアと呼ばれる遺跡では、博士という錬金術師が秘密の研究を続けていた。タータリクスと博士がどのように出会ったかはまるで定かではない。そんなタータリクス少年はひどく口下手だが、器用で飲み込みが早かった。何はともあれ勉学に熱心だった彼は、博士のお気に召したのだろう。いつしか彼もまたアカデミアで、博士の助手として、学びながら働くことにしたのである。

 そんな博士の研究とは『死者蘇生』『人体錬成』『不老不死』。
 この世界では到底叶うことのない、空虚な夢想である。
 それでもタータリクス少年は、博士ならば何時の日か、それを実現出来るのではないかと考えていた。研究を続けて、万能のエリクサーを得ることが出来れば、姉の病気だってきっと良くなるに違いないのだ。

 だがある日、悲劇は起きた。
 博士の下に集う子供達のうち、ジナイーダという少女がキマイラに変貌させられたのだ。実験の助手だったタータリクス少年は、計らずとも共謀させられることになった訳である。一件を境にアカデミアは崩壊し、少年は故郷であるラサに逃げ延びたのだった。

 時は経ち、少年は心に傷を抱えたまま大人になった。
 それからとある旅人と魔種との計略により姉は殺され、彼は色欲の魔種に反転させられてしまう。紆余曲折の末に妖精郷を襲った魔種タータリクスは、イレギュラーズに討伐されたのであった。
 およそ半年ほど前の出来事である。

 ――けれど自身は生きている。
 ホルスの子供、タータリクスに似せた仮初の命は、そう考えた。
「博士。僕はこうして、生きています」
 だから言った。
 博士が言うには、かつてタータリクスは優秀な助手であったらしい。
 甦ったタータリクスもまた、再び博士の助手となった。
 ホルスの子は、ただ名を呼ばれた通りに振る舞う存在である。
 記憶もない、想い出なんてありはしない。ただ『そう呼ばれた』から『そうする』のだ。
「タータリクス。魔種とはなんだろうね」
「わかりません。本物のタータリクスが魔種だったとしても、僕は魔種じゃないから」
「ホルスの子は、反転出来るようになるのかな」
「わかりません。反転するのは純種だけであると、書物には記録されています」
「研究が進めば本物のタータリクスも、その姉も、きっと生き返るだろう。喜ぶといい」
「そうなれば嬉しいな」
 偽物のタータリクスは、そう答えた。一体全体、何が嬉しいのか、どう嬉しいのか。そんな事はこれっぽっちも考えはしなかった。博士の研究が当初の目的から完全に歪みきっていることにも、なんら気を配ることだってしなかった。ホルスの子にとっては、その必要はなく、関係もなく、意味すらないのだから。
「僕が本物の僕と出会ったら、どうなるのです?」
「どうなるのか、楽しみだね。だからさあ、研究を続けよう」
「はい、博士。楽しみです。そしていつか僕は、姉さんの身体を治すんだ」
「そう、それでこそだ。君が君となるために、これから君自身のことを学んでいかなくてはね」
「はい、博士。頑張ります」

 ――僕は僕と。いつか。出会うのか。ならばそのとき、僕は、誰だ。


「それってつまり、『博士』が全部悪いってことよね」
 アルテナ・フォルテ(p3n000007)が、椅子の上で大きく伸びをする。
 ギルド・ローレットの外は風が強いらしく、窓がかたかたと揺れていた。

 ラサで発見された『ファルベライズ』という遺跡では、願いが叶うという宝『ファルグメント』が発見されていた。同じく色宝を狙う大鴉盗賊団と争奪レースを繰り広げる中で、姿を現したのが『ホルスの子供達』と呼ばれる存在であった。色宝を利用した怪物であり、『博士』と呼ばれる錬金術師の作品である。
 ホルスの子供は死者を模した怪物を作り出すが、魔種や竜までもある程度を再現するらしい。ラサは夢の都ネフェルストに、水晶亜竜の群れが攻め込んできたのは記憶に新しいものだった。
 博士はファルベライズの最奥で、今も狂気の研究を続け、軍勢を増やし続けているらしい。これを排除せねば、大変なことになるのは必至であろう。
 そんなわけで、ローレットはラサからの依頼により、ファルベリヒトの最奥を目指すことになったのだ。

 この依頼はファルベリヒトの最奥に挑むにあたり、その道中に現れる敵を撃破するものだ。
 いずれの依頼も同様であるが、後の決戦へと繋げる重要な役割を担う。
「……タータリクス、なのね」
 情報屋によると、この戦域に居るホルスの子供は『タータリクス』を模した存在らしい。
 タータリクスは半年ほど前に、イレギュラーズに討伐された魔種である。彼の生い立ちや経緯は、情報屋によってある程度の調べがついている。どうやら少年時代に、しばらくの間『博士』の助手をしていたようだ。その後の様々な事件から反転し、妖精郷を蹂躙し、イレギュラーズに討たれたのである。

 実際のところ、ホルスの子供はタータリクスの全ては再現しない。記憶もなく『呼ばれ』そして『学んだ』ことで、それらしく振る舞うという存在だ。
 魔種となって以後のタータリクスと博士との接点は、記録に存在しない。
 つまりホルスの子としてのタータリクスは、魔種ではなく、そうなる前を引き摺っていることだろう。
 きっと『博士』から、そのように『学ばされている』に違いなかった。
 少年時代のタータリクスは平凡で善良な研究者だったようだが、遺跡の最奥に満ちる狂気は、その在り方を大きく変貌させているはずである。
 いずれにせよ危険な怪物には違いない。

「それじゃあ行きましょ。なんとかしなくちゃ、ね」
 残りの詳細が記された羊皮紙を受け取ったアルテナは、そう言って一行を振り返った。

GMコメント

 pipiです。
 お久しぶりのター君ですね。若き日の偽物。

●目的
 敵の撃破。
 生死は問いません。

●フィールド
 ファルベライズ最奥付近『水晶のアトリエ』。
 広くてきらきらしています。
 錬金術の道具などが乱雑にありますが、描写上の存在ですので気にしなくて構いません。

●敵
 この依頼の『ホルスの子供達』は、狂気状態にあるようです。
 生者に対して、極めて暴力的かつ攻撃的な行動を行うようです。

『ホルスの子供』タータリクス
 博士の助手をさせられているようです。
 なんらかの精霊力的な狂気に冒されております。
 ステータスは万遍なく高めで、神秘遠距離主体の攻撃を行います。

 姿形は、このあたりの依頼にいた(故)魔種タータリクスにそっくりですが(少し若いかも)、言動はまるで違います。
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/3939

・炎熱爆破(A):神中範、火炎、業炎
・雷撃破(A):神遠貫、万能、感電
・毒雲陣(A):神遠域、毒、猛毒

『ホルスの子供達』×4
 研究者のような姿です。
 おなじく狂気に冒されています。
 タータリクス同様の、いくらかの攻撃魔術(錬金術)を使用します。

『水銀溶』×2
 おそらく博士かタータリクス作。
 銀色のスライム状の敵です。結構強いです。
 動きは鈍いですが、ひどく硬いです。
 強烈な体当たりの他、長く伸びる棘で突いたり、毒弾を射出したりします。
 攻撃はいずれも『人間の殺害』に特化しているようです。

『オートマタ』×2
 おそらく博士かタータリクス作。
 ドレスを着た自動人形です。結構強いです。
 刀剣やチェーンソーや重火器などを、身体のあちこちに沢山内蔵しています。
 意外な素早さと精密さを誇ります。

・人工精霊『炎』×4
 おそらく博士かタータリクス作。
 燃えさかるトカゲのような炎の魔物です。
 攻撃力が高く、HPとAPが少ないです。
 神秘遠近両用。範囲攻撃あり。
 炎系のBSを保有しています。

・人工精霊『氷』×4
 おそらく博士かタータリクス作。
 透き通った少女のような氷の魔物です。
 攻撃力が高く、HPとAPが少ないです。
 神秘中距離主体の攻撃。範囲攻撃あり。
 氷系のBSを保有しています。

●味方
『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
 皆さんの仲間。
 両面型前衛アタッカー。
 Aスキルは剣魔双撃、ヴァルキリーレイヴ、アーリーデイズ、グラスバースト(神遠範:凍結、氷結、出血、流血、反動、高命中低威力)
 非戦闘スキルは呈茶、センスフラグ。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <Rw Nw Prt M Hrw>僕は僕に出会わないLv:20以上完了
  • GM名pipi
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年02月23日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
優しき水竜を想う
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
一条 佐里(p3p007118)
砂上に座す
アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)
航空指揮
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
微睡 雷華(p3p009303)
雷刃白狐

リプレイ


 このまま研究が進めば――
 もしかしたらいつか本当に死者蘇生や万能薬に行き着けたのかも知れませんわね。

 呟いた『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は知っている。
 この世界において、死は不可逆であることを。
 この世界において、反転が戻った例は存在しないことも。
 あの日あれだけの奇跡を積み上げて尚、叶わなかったことを。

 けれど彼女は――ヴァレーリヤ達は不可能を可能としてきた特異運命座標である。ならば望みを捨て去ることなんて出来はしない、一縷の希望――無限大の可能性こそが、本質であるのだから。
 そんなヴァレーリヤの言葉は、仲間達に歯車大聖堂の悲劇を思い起こさせるが、自身を案ずる気持ちを感じ取った彼女は、微笑み首を横に振った。
「……大丈夫、分かっていますわ。
 魔物を次々に生み出す彼らを、このまま放置するわけには行きませんもの。
 彼らを倒して、平和を取り戻しましょう」

 一行はファルベライズと呼ばれる遺跡の最奥近くへたどり着いた。
 慎重に回廊を進み、幾つ目かの大きな部屋にたどり着いた時、そこにはいくらかの人影があった。
 頭を掻きながら試験管を傾けていた青年と、ふいに視線が交わる。
「タータリクス……ううん、その似姿である誰か」
 述べた『砂上に座す』一条 佐里(p3p007118)の言葉通り、それはとある故人の偽物である。
 遺跡の最奥で『ホルスの子供達』と呼ばれる怪物を産み出しながら、歪んだ実験を続ける『博士』――その弟子の青年であり、魔種に反転する前の姿であり、錬金術によって模造した存在であった。

「君達、イレギュラーズだね。申し訳ないけど、殺さないとだよね」
 青年――偽物のタータリクスは胡乱な言葉を吐き、上着を整えながら椅子から立ち上がる。
 ほぼ同時に数名の研究者が顔を見合わせ、ランプから人工精霊を解き放った。
 からからと乾いた音を立てるのは自動人形か。背後でのたうつ銀色のスライムも同様――いずれも敵。
「僕は君達を殺して、本物の僕に会ってみたいんだ。
 だって、どうなるか知りたいじゃない。今までそれを観測した人は居ないんだろ。
 なら君達も殺さなきゃいけない。そうしなきゃ君達を生き返らせることが出来ないからね」
「言葉は操るようですが、話は通じていないようですね」
 眉をひそめた佐里が述べた通り、タータリクスの言葉は随分と要領を得ないものだった。
「……力が乱れているんだわ」
 呟いた『木漏れ日妖精』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が感知する限り、最奥から溢れる強烈な意思のようなものの影響で、精霊力に影響が生じていると思える。
 だからどこか落ち着かない様子の『友人』を安心させるように「大丈夫よ」と続けた。
 オデットの友人に影響を与えるようなものではない事だけはたしかだ。
 影響を受けているのはホルスの子供達、つまり偽物の生還者達だ。
 精霊力を感じていた『折れた忠剣』微睡 雷華(p3p009303)もまた思案する。
「どうにか、できない……かな」
 そうは思えど、間違いなく大精霊級の何かによる影響であり、深入りは危険だとも感じた。

「タータリクスの偽物か……」
 述べた『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)に、オデットが頷く。
「タータリクスなんて久しぶりにその名前を聞くとは思わなかったわね」
 オデットはふとドッペルゲンガーという言葉を思い出し、小首を傾げた。
 自分が自分と出会うとどうなるか――聞いた伝承によれば『見た者は死ぬ』とされていたが、案外違うのかもしれない。少なくともここに居るのは本人ではない訳でもあり、タータリクス当人とは別人と言え――
「『あなた』は、あなた自身の命を生きてきたはずじゃないの?」
「――僕、自身の?」
「そう。感情は、願いは、あるんじゃない?」
「僕は、君達を殺して生き返らせてみたいんだ」
「こんなの、まるで……」
 人形じゃないか。そんなホルスの子の言葉に、アレクシアは溜息を零す。
「僕はタータリクス。僕もタータリクス。だって博士が、そう呼んでくれたから」
「名前ってのはそいつだけのもんだ。そいつがそいつであるって証だ」
 だから『無名の熱を継ぐ者』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は、それを奪う者を許さない。
「タータリクスは敵だった。だがそんなことは関係ねぇ。
 タータリクスはとっくの昔に死んだ。
 どういう結末であれあいつの生は終わってんだ。
 紛い物、てめぇがその名を名乗るなら俺はお前を許さない」
「博士が、博士が呼んでくれたんだ。博士」
「全ての元凶って言っていい程『博士』が悪いよね、本当に」
「そうだろうな。さもなければこんなクズの所業を、平気で出来る訳がない」
 拳を握りしめた『はなまるぱんち』笹木 花丸(p3p008689)の言葉に、『騎士の忠節』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が答えた。
 そうでなければ、己が夢の為に他者を巻き添えにし、あまつさえ命を弄ぶようなことはすまい。
「僕は、僕に会うんだ」
 偽タータリクスはそう言うが、黄泉がえりなど、ありはしない。死んだ人は、生き返らない。だから――
「――貴方に、そのいつかは訪れない」
 佐里の宣言と共に、一行は得物を抜き放った。
「狂気に蝕まれたホルスの子……話が通じるなら、戦わずに済む未来もあったかもしれないけど……」
 肩をすくめた雷華は仲間に目配せして、油断なく微かに腰を落とす。
「襲ってくるなら、払いのけるしかない……かな」
「ええ。眠ってもらった方が、よさそうね」
「タータリクス。生み出されだけの今の彼に罪はないかもしれないけど――」
 それは妖精郷を蹂躙した存在の模造品。
 博士の都合で生み出されて、また助手として片棒を担がされた存在。
「それでも今また狂気に飲まれて誰かを傷つけようとしているのなら、止めてみせるよっ!」
 花丸の瞳が凛と煌めく。

 襲い来る敵の数は多いが――
「俺達はあれから片付ける。合わせてくれるか?」
「うん、任せて。それじゃ行きましょ」
 アルヴァの魔導狙撃銃BH壱式から放たれた弾丸が大気を切り裂く。
 鋭い音を立てて人工精霊の核が穿たれ、爆ぜた欠片が乱反射する。
 細剣を高く掲げたアルテナもまた、アルヴァに続き氷刃の魔嵐を敵陣へと見舞った。
「接敵間近、次は」
「うん、接近戦!」
「それじゃ、花丸ちゃん達が迎え撃ちっ!」
「……ん。合わせる。……安全確保」
 花丸へのんびりと応じた雷華の踏み込みは、その声音に反して鋭い。
 唸りを上げて迫る、オートマタの回転のこぎりをはじき返して、機械仕掛けの腕を蹴りつけ――人工精霊の吹き付ける炎を切り裂いて、敵陣の中央に制圧攻勢を仕掛ける。
 敵は最前線に躍り出た雷華へ殺到を始めるが、それこそが狙いだ。
 人工精霊達の集中砲火は、雷華を徐々に追い詰めるように見え――しかし張り巡らせた破邪の結界がその全てを受け止める。
「ほら、こっちだよ! 花丸ちゃんがマルっとお相手したい所だけど――」
 一方、花丸の狙いは水銀のスライムとオートマタである。こちらもまた敵の集中攻撃が始まった。
 ついでに雷華に向かった物も貰っておくが――
「此処には頼れる仲間が居るもんねっ! フォローお願い、アレクシアさんっ!」
「任されるよ!」
 アレクシアもまた花丸と共に、最前線の支えに入る。
 佐里は絶望の青を詠う歌声を続け、大気を凍てつかせる呪いに人工精霊が軋みを上げた。
「よし、踏み込みます……!」
「多勢に無勢はひっくり返す。そら、端から潰すぜ」
 絶望の大剣を振りかぶり、ニコラスは束ねた力を一気に解放する。
 戦場を貫く一条の光に、人工精霊数体の核がひび割れる。
「いくわよ、本当の精霊の力を見せてあげましょ! お願いっ!」
 オデットの願いに同意した熱砂の精が、灼熱の砂嵐が敵陣を切り裂き――
「主よ、天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを憐れみ給え――」
 瞳を閉じてメイスを掲げたヴァレーリヤの聖句に、炎が吹き上がる。
「行きますわよ!」
 かけ声と共に振り抜かれたメイスは爆炎と共に敵陣を駆け抜け、壮絶なまでの威力に飲まれた人工精霊の核が、早くも次々に爆ぜた。
「あー、もう。そんな壊したら博士に怒られるじゃない」
 顔をしかめた偽タータリクスに、数名の錬金術師達が頷いた。
 次々に放たれる術陣がイレギュラーズを傷つけ――
「この隙を逃すわけねぇだろ」
 だがニコラスは更に踏み込み、刹那に煌めく無間の剣が人工精霊を切り裂き――


 こうして、交戦開始から数十秒が経過した。
 戦闘は早くも、壮絶な削り合いの様相を見せている。
 敵味方ともに火力のぶつけ合いであり、はじめはイレギュラーズ側の損耗が大きく見えた。
 しかし雷華、花丸、アレクシアによる戦場のコントロールと、そこから繋がる人工精霊各個撃破の流れにより、敵の数は瞬く間の内に減ってゆき、遂に同数となった。
 攻撃能力に特化しきったヴァレーリヤとオデットはいくらか危険な目にもあったが、無論彼女等に責はなく、また盤面をバックアップするアレクシアが放つ調和の壮花によって、今のところ支えきっている。
 戦況の行方こそまだ見えないが、火力が高く比較的脆い人工精霊の早期撃破は、後々に効いてくる筈だ。

「……なぜですの。貴女達が余計な犠牲さえ出さないのであれば!」
 メイスを振り抜くヴァレーリヤの表情は、しかしいつもと違って苦い。
「研究にコストは付きものです。無駄と思える投資も、基礎研究の発展には欠かせません」
 燃え上がり吹き飛んだ研究者が、顔をおかしな方向に傾けたまま答えた。
「それが答えですのね。今のうちに、主に申し開きをする言葉を考えておきなさい!」
 これが、こうでなければ。あるいは研究に手を貸すことも出来たであろうに。
 怒りに燃え上がる緑色の瞳の奥に、あり得た――けれど閉じてしまった可能性を憂いながら、ヴァレーリヤは再び聖句を紡いだ。

 左だけで振るう刃が――タータリクスの術式が、人工精霊の炎が――
 そうでもしなければ忘れそうになる佐里の感覚を呼び起こさせる。
 轟音と共に貫く雷撃は強烈だが、しかし蝕む筈の電撃は彼女には通用しない。
「――神気閃光!」
 慣れた術を紡ぎ、その峻烈な光が敵陣を焼き払う。
「大丈夫。絶対に支えきるよ!」
「うん。頼りにしてるよ! それじゃあ花丸ちゃんは、これ!」
 白黄の花弁と共に、調和の光が花丸の背を温かく包み込む。
 漲る活力を糧に、花丸は拳を引き絞る。
 天まで貫く程の強烈な突きが、錬金術師の一人を吹き飛ばし、あるべき土塊に還した。
「このまま、一気にたたみ込むよ」
 瞬時に身を屈めてオートマタの一撃を回避した雷華は、迫る錬金術師の足を払う。俄に姿勢を崩した術士へ向けて踏み込んだ雷華は舞うように斬り付け、順手に回して突き込んだ。
 普通の生き物なら、これで終わり。だが眼前のこれはまだ動き、術陣を紡いだ。
「うん……でもそれは意味ない」
 迫る雷撃を『無視』した雷華は、再び姿勢を屈めて斬撃を見舞い、仲間にパスする。
「アルヴァさん、お願い!」
「ああ、これで終わらせる」
 アルテナの斬撃を浴びた錬金術師に肉薄したアルヴァは、その腹部に銃口を押し当て引き金を引き絞る。
 顕現しかけた術式が霧散し、錬金術師はまた一人、土塊となって崩れ去った。

 そこはもどかしさに満ちた戦場だった。
 術を放つオデットは、引き金を引くアルヴァは、メイスを振りかざすヴァレーリヤは――戦い続ける一行は、眼前の彼等を討ち滅ぼすことを望んでは居ない。
 やるせない焦燥に胸の奥を焼かれたまま、刃を振るう事を余儀なくされている。

「タータリクス君、君もどうだね。いい土質だ」
「大丈夫ですよ、また会えます。博士がそうしてくれるから」
「博士がこうなっても、博士がきっとそうしてくれるんだろうね」
「やっぱり、様子はおかしいまま……だね」
 華麗なステップを刻み、神速の連撃を叩き込み続ける雷華は溜息一つ。
 偽物のタータリクスをはじめとする錬金術師は、戦いながらもどこか上の空に、訳の分からないことを言っている。話にはまるで筋が通っていない。
「強すぎる光の精霊力。最奥から感じる」
 敵陣に攻撃を見舞ったオデットもまた、狂気の原因や解除を探ろうとしていた。
 おそらくその力は煌めきが乱反射するクリスタル迷宮の奥深く――遺跡の最奥から来るものだ。
 ここを突破して、たどり着かねばならない。そこがきっと決戦の場になる。そう予感させた。


 続く戦いは、遂に最後の錬金術師を還すに到る。
 いくらか焼いた可能性が駆けるまま、徐々に道は狭められて行く。
 人工精霊の撃破と共に、一気に傾いた力の天秤は、もう戻ることはない。
 イレギュラーズの勝利は、この時点で確定したと言える。
 だがそれは『このまま決して力を緩めなければ』という前提を持つ。
 そんなことは誰もが分かっており、その通りに行動していた。望む望まずに関わらず――

「しっかりして! 戦うことが望みなの? 『あなた』はこのままでいいの!?」
「僕、僕は――戦うのは、好きじゃないんだ。けど博士が」
「それを決めるのは誰かじゃなくて『あなた』自身なんだよ!」
「僕、自身――僕は、誰だ」
「『あなた』は、『あなた』でしょ!」
 調和の花で再び仲間の傷を癒やしながら問いかけたアレクシアの声に、偽タータリクスが頭をおさえて首を何度も横に振る。
「もし本当のタータリクスなら、こんなこと望んじゃいないと思っている」
「本物は、どうする、本物のタータリクス、なら」
 アルヴァの言葉に、タータリクスが呆然と問う。
「少なくとも、タータリクスは何かを想って反転した。誰かの言いなりに、何も考えず従う訳がない」
「博士は僕をタータリクスだと呼んでくれた。けど僕はタータリクスじゃないんだ、なぜ」
「そうでなければ、何かを想って魔種に堕ちるなんてことなかっただろう?」
「……そうか。僕は、自分のために戦ってもいいのか」
 ホルスの子供達に、どこまで意思があるかは分からない。だが仮に一つの命だとしたら尊重したい。
 したいのだが――戦場を包み込む毒霧は、轟音と共にうねる雷撃は、それを赦してくれないのか。
 ホルスの子供には、意思が見えるような気もするのだ。たとえ狂気のただ中にあるのだとしても。
「今の『てめぇ』は、スワンプマンですらねえ泥人形だ」
 飛びかかってきた錬金術師を切り伏せ、ニコラスもまた問いかける。
 物理的完全再現は、その思考さえ同じであったとすれば、果たして同一個人と呼べるか。
 ホルスの子供はそんな思考実験にも到らぬ、土塊の紛いものだ。だが――
「タータリクスは死んだ。とっくの昔にな。なぁ、スワンプマンですらない泥人形。タータリクスであろうとした紛い物。答えろ。タータリクスでない、お前は何だ」
「……僕、は。僕なのか。僕で、いいのか」
「……」
 花丸が言葉を飲む。
「今、ただの土塊に還す事だけが、正しいのか……私には分からない」
 眼前の『彼』は、ただ名を呼ばれて学んできただけ。姿形だけがタータリクスにそっくりな、子供のようなモノだ。例え今は狂気に冒されていたとしても――可能性があるならば。
 もしも彼が倒れても、それでも土塊に還らず、狂気から解放された先に正しき心を持つのなら――

 ――私は彼を助けたい。

「貴方は貴方ですよ」
 佐里もまた問いかける。
 もし仮にタータリクスが蘇ったとしても、誰かに成り代わることなんてない。
 だが戦いは終わらない。最奥からあふれ出す狂気は、それでも偽物のタータリクスを――ホルスの子を駆り立てている。猶予も余裕も、もう然程残って居ない。
「僕は、僕――」
「だって私達は、タータリクスと戦いましたから。タータリクスと貴方が違うことくらい分かりますよ」
 結局、このようにさせられるのか。

 イレギュラーズは出来る限り殺さぬように戦った。
 偽物のタータリクスの力をそぎ落とし、戦闘継続能力を奪う事に徹した。
 けれど、その身は徐々に崩れ始めている。
 人の形を失い始めている。
「だったら僕は、他の誰かじゃあないんだね」
「だから…だから、貴方として眠ってください」
 足元から砕け、それは土へと変わる。

 それは――彼は。『博士』に利用された、狂気に冒されてしまった、可哀そうな人。
 佐里が目蓋に指をそえ、閉じさせた瞳は、崩れ去る瞬間まで『人』のようだった。
「おやすみなさい」

 呼応するように、被造物達が一斉に動きを止める。
「……」
 最後の聖句を紡いだあと、遂に無言になったヴァレーリヤが、瞳を閉じて祈りを捧げはじめた。
「これが……一つの結末なのね」
 ホルスの子供達にも、人工精霊さえも。オデットは生きていて欲しいと願っていた。
 それらは仮初の命であり、本質的に命と呼べるものなのかも分からない。
 意思があるのかもわからない。それでも彼等は動き、言葉を発していた。悩む素振りを見せていた。
 そうさせてくれなかった何かが、この奥で待っている。
「必ず――報いは必ず受けて貰うぞ」
 アルヴァが拳を握る。博士を赦すわけにはいかない。

 だから最奥へ急げ、イレギュラーズ。
 諸悪の根源を絶ちきるために。

成否

成功

MVP

微睡 雷華(p3p009303)
雷刃白狐

状態異常

なし

あとがき

依頼お疲れ様でした。

HARDとしては相当にスムーズな戦闘になったかと思います。
めずらしく重傷なし。お見事です。
MVPは割と今回無双状態になっていた方へ。

それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。

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