シナリオ詳細
<Rw Nw Prt M Hrw>腐り落ちるトラモントの薔薇
オープニング
●十五本の薔薇
イレギュラーズを退けたグラーノ・トラモントという魔種は、遺跡の奥に進み続けた。
グラーノには目的があった。一つは「自分の行いのせいで亡くなった者達を生き返せる」という事だ。
この遺跡にある人形を使った死者蘇生を、イレギュラーズやラサの傭兵達は「色宝の魅せる幻に過ぎない」と口にしていた。グラーノ自身もここに至るまでホルスの子供の性質を理解し、半ば現実逃避だと理解しつつも……もう半ばは切実な事情があった。
グラーノは傍らに引っ付いている胎児の魔種の方を見る。その視線に気付いた彼女は屈託のない笑顔で『父親』に笑い返す。
この胎児の見た目をした魔種――スティルバースは、初めてグラーノと相対した時に「自分は貴方の子供だ」と、か細い声で言い寄ってきた。
グラーノの子供はこの世に生を受ける前に死産した。そして死者蘇生はこの世の理に反する事で、彼自身も魔種の言い分を信じたわけではあらぬ。
もしかしたら自身とは何ら縁の無い魔種が、他者を利用する為だけに近寄ってきた可能性さえある――それを踏まえても、その時はスティルバースの呼び声に応じるほか選択肢がなかったわけだが――。
……しかし、万が一にも本当に自分の子だったとしたら? 何かのいたずらで、自分の子が魔種として目の前に再び現れたのだとしたら?
彼女に対して自分に出来る事は何だ。与えられるはずだったものを用意するのが、父親としての務めであり贖罪ではないか。
魔に堕ちた己を正当化する為と罵られればその通りだ。それでもグラーノは「スティルバース(死産児)」へ与えられるモノを盲目的に探し求め、ついにここまで辿り着いた。
彼の視界に映ったのは薔薇の園。クリスタル遺跡の見せている幻影、そうは思っていてもグラーノは目を奪われずにいられなかった。
「マルガレータ――」
グラーノは蔓薔薇でこさえられた壁の合間に“その女性”の姿をみとめ、彼女の名前を口にこぼす。記憶していた彼女の姿よりも、ずっと若々しい。
たぶん、自分が出会って間もない頃の彼女だろう。確か、ここで彼女に交際を申し出て、それから……。
そんな事を考えながら、薔薇の中に消えていった幻影の姿を追う。まるでその姿が自分を誘(いざな)っているように思えて。
薔薇の迷路を駆け抜けた先には、一体の人形――ホルスの子供があった。
「…………」
その人形に埋め込まれた色宝は、今まで見かけたモノよりも大きく立派な形をしていて、綺麗に輝いて見えた。
きっとこれは天国の彼女が自分を導いてくれたに違いない。グラーノは薄ら運命的なものを感じ、そう合点する。スティルバースも、名を呼ぶ事を急かすように父親へ擦り寄った。
「……起きてくれ、マルガレータ」
グラーノは優しくホルスの子供に触れたのち――その人形に彼女の名前を与えた。
グラーノの望みのままに姿形を変えた人形は、その名を呼ばれて目を覚ました。
グラーノとスティルバースは、同時に感激の表情を浮かべた。ついに自分達が望んだものが手に入るのだ。そういった表情だった……だが、それはすぐに失望と困惑の表情に切り替わる。
「――――――――――!!!!」
その人形は、目を覚ますなり耐え難い奇声を挙げた――言葉にならない声をあげて意思疎通出来ない事は、他のホルスの子供が起きた直後でもままあったが――ここまで狂ったような、聞くに堪えない狂人じみた奇声を吐き出した人形を二人の魔種は目撃した事がなかった。
何かがおかしい。
彼らの心境の変化と共に周囲を囲っていた荘厳な薔薇は花弁が茶け、やがてそのことごとくが腐敗を始める。
彼らは、ひとまず引き連れていたホルスの子供達と合流しようとした。だが、彼らもまた同様に狂人じみた叫び声をあげている。
――こんな結果は、私は望んでいない。
そう考えたのはどちらの魔種だったであろうか。狂気に犯されたホルスの子供達の姿はその願いに応じるかのようにどろどろに醜く崩れ、やがては二人の魔種に付き纏う腐敗した肉の人形に成り果てた……。
●狡兎死さず、走狗烹らず
「ドーね! 皆に『ことづて』を頼まれたんだ!!」
招集されたイレギュラーズは、目の前の子供――『動物好きの』リトル・ドゥー(p3n000176)からそのように言われた。何があったのか問いただそうとすると、彼女が「むふー」とした顔で書類を渡してくる。
『行方を眩ました魔種、グラーノ・トラモントをクリスタル遺跡の奥地で捉えた。以下に必要な情報を記す――』
そのような書き出しから、その場所の事や討伐対象の情報が書き連ねられていた。イレギュラーズは、再びドゥーの顔を見る。
「んっとね! それに書いてある通り魔種さん見つけたんだって。でね、でね! 私達パサジール・ルメスのキャラバンやラサの傭兵さんが、今回の事で手伝ってくれたローレットさんに助太刀する為に、準備してて……だから、手の空いてる私が書類とか持って来て……」
彼女曰く――『その道中までの危険や必要物資はこちらで全てどうにかする。魔種を討伐する事だけに全力を尽くして欲しい』。
イレギュラーズではない彼らを、魔種と戦わせるのは無謀にほかならない。魔種と戦闘に入れば、道中とは打って変わってその一切の支援が望めぬであろう。
つまりは、ここに集ったイレギュラーズと一緒に、今度こそ二体の魔種を討たねばならぬのだ。
戦場の環境から考えて、今度は撤退は容易ではあらぬ。どちらかが死ぬ事になるだろう。それこそ、奇跡でも起こらぬ限り。
「んっと、んっと!! ドーね! イレギュラーズさんが、いきてかえってくるって信じてるよ! だから、いい子にして料理作って待ってるから! ぜったい、食べに戻ってきてね!!」
……リトル・ドゥーの応援を横に、書類の最後に視線を落とす。
『今度こそ、奴を討とう。俺達ならやれる。現地で待っているぞ――エディ』
- <Rw Nw Prt M Hrw>腐り落ちるトラモントの薔薇Lv:10以上完了
- GM名稗田 ケロ子
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年02月23日 22時14分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●序
胎児の魔種――スティルバースは枯れ果てた薔薇の園、その中央でぐずるように喚いていた。
人形のような造詣をしているこの顔は目にあたる部位がなく、いくら悲しもうが涙は出てこない。
心の中に渦巻いている感情は、ただひとえに認めがたい徒労感と絶望感だった。
長い時間をかけて手に入れた世界に一つだけの宝物を、目の前で踏み潰されたような。そんなどうしようもない感情に、対処しきれないでいる。
一方で、グラーノ・トラモントはスティルバースをあやすように抱きかかえながら静かに座り込んでいた。
その表情は全てに絶望して歩みを止めたわけでもなければ、また色宝が埋め込まれた人形探しを続けようというわけでもない。来るべき者達を迎え撃つ為に、ただその場に留まっているようだった。
「――たいじよ たいじよ なぜおどる。ははのこころが わかって おそろしいのか♪」
この庭園の入り口にあたる方から、どこか音程を外した歌声が聞こえてくる。自分達以外の気配を感じ取って、スティルバースはピタリと泣き止んだ。
「……モスカの娘」
グラーノはそう呟き、その声が聞こえた方向を見上げた。
そこにいたのはカタラァナ――違う、『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)。
「追い詰めたぞ。グラーノ・トラモント」
グラーノへそう詰め寄るクレマァダならびにイレギュラーズ。それを皮切りに、お互いの陣営は武器を構え、強化魔法の類を詠唱し始める。
「死産児の魔種にホルスの子供達の妻。哀れな箱庭だ」
周囲を見回しながら、薔薇園の状況を確認するのは『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)。その言葉を聞いて、グラーノは自嘲気味に笑う。
「哀れと思うならこのまま見逃してはくれまいか」
「そちらに逃げる気は無いようにお見受けしますが」
寛治はそのままグラーノの表情を窺った。その眼は崩壊する妻や部下を周囲にありながら闘志を失っていない。
「それよりも、生者であるフラーゴラさんと向き合ってはいかがですかね」
二人は彼女がいる方を見た――『恋する探険家』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)……!!!
スティルバースは、怒りのあまりに無表情だった顔を歪めた。先の戦いと同じくそれで開戦の火蓋を切られようとしたところで、グラーノがそれを制した。
『――っ!!』
「フラーゴラ……」
フラーゴラは二人の魔種と向き合い、臆する事なく武器を構える。
「撤退の難しいこの地形……どちらかが倒れるまで戦うなら……ワタシは、絶対に負けられない……!」
スティルバースは、今にもフラーゴラに食ってかからんばかりの態度を取る――対して、グラーノはイレギュラーズの面々に目を走らせる。
「時にモスカの娘、貴女の家族は海洋の大戦で逝去なされたと聞いた」
「…………」
クレマァダは顔を顰め、「時間稼ぎか?」という素振りで警戒した。
「貴女なら私のやっている事も理解出来るだろう。さて、そこにまだ名を与えられてない人形がある。どうだろう、『カタラァナ』の名を――」
言い終わる前に、地面が揺らいだ。クレマァダが敵陣に飛び込んで、津波のように引っかき回す。ホルスの子供らは不意を突かれ、体勢を大きく崩した。
グラーノはその衝撃を剣で受け止め、そのままクレマァダに間合いを詰めようとする。『鎧断ち』。早々にそれを仕掛けようとしたところで、間に割って入ってきたイレギュラーズに鍔迫り合いを仕掛けられ、必殺の技を阻まれる。
「『金色の牙』よ。終わらせに来たぞ」
槍と剣、二つの刃がギャリギャリと軋む。力比べを一通り終えると、お互い一旦その場を退いた。
「良い力量だ。名は?」
「騎士として名乗ろう。ベネディクト=レベンディス=マナガルムだ」
『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)。フラーゴラと共に、魔種を食い止めるべく立ちはだかる。
その気概を受け入れたように、グラーノは二人に対して剣を構え直した。
「……モスカの娘、イレギュラーズ。先の無礼は詫びよう。金色の牙、グラーノ・トラモント。いざ、参る」
●十三星座
「トーラス。スオルピオーネ。それが君達に与えられる名だ」
その名を持つ二人は、グラーノが『金色の牙』として名を馳せていた頃の部下だったと聞かされた。
他の部下と比べて、格別実力に秀でていたわけでもないらしい。それでも数多ある部下の内に、なにゆえ彼らを選んだのか。私は彼に尋ねた。
「彼らは若く、そして人一倍優しい子達だった。だから――」
「――――!!!!」
その自負を彼らが未だ保っていたのかは知らないが、開戦して早々、ホルスの子供達はすぐにグラーノへ近づく者達を排除しようとした。
「おぉっと、そうはさせません」
彼らが移動を開始する寸前、体勢を大きく崩しているトーラスに向けて極大の剣撃が飛来する。
『放浪の剣士?』蓮杖 綾姫(p3p008658)。彼女の放った異能の能力は、相手の肉体を深々と抉った。
激痛に悶えるように叫び声をあげるトーラス――だが、そのまま倒れる気配はない。
トーラスはそのままぐるりと綾姫達の方向へ向き直り、長槍を鈍器のように振り回す。
「マトモに当てたはずなのに……」
綾姫は長槍の横薙ぎを寸前に防ぎながら、驚愕したように声を漏らす。彼女の剣技は、雑魚の類であればその一撃で消し飛ぶほどの威力があるようにみえた。それを受けてアレとは……。
「勢いを殺げただけよしとするべきでしょう」
冷静に状況を判断する寛治。彼の言葉通り、トーラスに先までの気勢がない。付与されていた強化魔法が効力を失っていたのだ。
『――――っ』
先の戦いよりもイレギュラーズの数が多いこの状況。全力で対抗しなければ生きて窮地を脱する事は敵わぬ。スティルバースは、再び強化魔法の言霊を呟いた。だが、その言霊を掻き消すようにして少女の歌声が耳につく。
クレマァダ? いや、この耳触りな声はアイツのものではない。視界を遮る玉虫色の光、この不快な幻影の出所は――
「スティルバース、あなたはこんな腐った人形が欲しかったの……?」
――フラーゴラッ!!!!!
「……お母さんのお腹の中から出直して来たらどう?」
――スティルバースは、トーラス達への支援よりも目の前のイレギュラーズを倒す事を優先した。
これらによって双方の布陣はイレギュラーズの思惑通りに進む事になったのだろうが、イレギュラーズにとってそれだけで安堵出来る状況になかった。
トーラスに続いて、スオルピオーネが己らを阻むイレギュラーズに襲い掛かる。体術と表現するには乱暴すぎる体当たりを繰り出して、一人のイレギュラーズがよろけた。それを受けたのは『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)。
「くっ……逃げ場なしくらい上等っスよ!」
よろけた姿勢からでも、強靭な足腰を活かしてホルスの子供達から間合いを取る。そのまま、黄色い流星マークが刻印された銀色のサッカーボールをお返しとばかりにスオルピオーネの顔面に目掛けて蹴り飛ばした。
命中。ぶしゅりと嫌な音を立てて顔面の肉が潰れた。不快そうに身を動かしたスオルピオーネは、再び葵に接近しようとする。
「そうはさせない、至近で挑む!」
それを阻害するように『暁の剣姫』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)が立ちはだかった。
スオルピオーネは乱暴に腕を突き出して、彼女の顔面に掌底打ちを喰らわせる。その衝撃でミルヴィの上半身は後ろに大きくのけぞらされたが、その瞬間に彼女の腰から茜色に輝く光が伸びて、スオルピオーネの突き出された腕を掠めた。
「ってて……女の顔に傷つけるなんて、大きなしっぺ返しがくるよ!」
血の塊をべっと地面に吐き出しながら、目の前の肉塊じみた腕にハイキックで衝撃を与える。瞬間、スオルピオーネの腕先はバラバラになって地面に崩れ落ちた。
「おぉ、ミルヴィさんもストライカーの素質あるっすねぇ!?」
「…………」
助太刀を目の前に、感嘆する葵。鼻血を拭いながら警戒を続けるミルヴィ。
スオルピオーネは切り刻まれた腕を苦しそうに抱きかかえたが――その直後、ぐちゅぐちゅと音を立てて欠損したはずの肉が再生を始める。
「相手が体勢立て直す前に仕掛けるよッ!」
トーラスと同じく、ミルヴィはスオルピオーネの腕に付与された強化魔術をどうにか削いだ。だが、この化け物相手に一人二人で立ち向かうには限界がある。
ミルヴィの号令に応じて、他のイレギュラーズが一斉にホルスの子供達へ攻勢を仕掛ける。
「…………」
その中でイレギュラーズ側の――『章姫』は、腕をもがれようが顔を潰されようが立ち向かってくる人形『スオルピオーネ』に対して、恐怖と同情が入り交じった眼差しを向けていた。
「鬼灯くん……」
章姫の見上げる先には、『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)。彼は章姫を抱きかかえたまま、穏やかに頷いた。
「大丈夫だ章殿、フラーゴラ殿は私達が守る……それに、彼らの苦しみも終わらせなくては」
スオルピオーネ、トーラスが前線に踏み込んだミルヴィを狙う。攻撃が繰り出されようかという直前、その周囲の光がくり抜かれるようにして、不穏な闇が二体を覆った。
「……忍法、目眩まし術。しばし闇の月に惑うがよい」
「でかした!!」
鬼灯の妨害でホルスの子供達の猛攻を仕掛けたものの、芯を捉えられず、ミルヴィを仕留め切れずにいた。
この状態を好機とみて、優先討伐対象のマルガレータの元まで踏み込んでいくミルヴィ。
「――kau――n」
対するマルガレータは幽鬼のようにその場に佇んで、何事か呟いていた。ミルヴィは不穏なものを感じたように顔を顰めたが、立ち止まる事はなかった。
いくらかの交戦を経て相手の至近まで踏み入り、その優れた肢体を躍動させ、『メナス・ルーヤ』を舞いマルガレータを引き付けようとする。
かくん。
「――あ?」
今の今まで卓越した舞踏を魅せていたミルヴィの脚が、突如として糸で吊し上げられたように変な方向へ滑らせた。
トーラス? スオルピオーネ? 彼らの攻撃? いいや、マルガレータの黒魔術。
「――th――kaun」
目の前にいるミルヴィが隙を晒すのを待っていたかのように「ニヤァ」とした笑みを浮かべ、腐った手のひらで彼女の顔面に掴みかかった。
●金色の牙
私がグラーノ・トラモントという男と組む事になったのは、偶然に等しかった。
高所から崖下に転落した直後の彼は、血塗れで片腕が折れた状態にも関わらず私に剣を構えて立ちはだかった。
「……魔種め……よくも……」
頭を打って朦朧としているのか、事の原因が全て私にあるのだと思い込んだらしい。
この時の私は、彼にさして関心もなかった。そのまま彼の事を殺そうとした。
「……お前と刺し違えてでも、俺は、この子を、俺の子を守る……」
そう言われて彼の傍らをよくよく見てみると、十二歳かそこいらの小さな女の子が馬車に押し潰されていた。まだ息があるようだったが、私が手を下さずとも数分で息絶えるだろう。血をたっぷり吸い込んだ、綿菓子みたいな女の子。
そんな小汚いものを慮るグラーノ・トラモントという男は――滑稽であったが、私には、その姿勢が、酷く、魅力的な存在に思えてならなかった。
『――……じゃあ、取引しよう……』
……スティルバースは、怒りの感情に駆られてフラーゴラに接近して首を絞めに掛かった。
『――~~っ!!!』
「……ンぐッッ!??!」
フラーゴラの細首がギリギリと軋む。体格の小さな魔種とはいえ、腕力だけに限ればスティルバースの方が圧倒的に強い。
そのまま首の骨をへし折ってやろうとしたところで、マナガルムが蒼銀の手甲でスティルバースを殴り付け、手の力が緩んだところでエディが魔種の体を蹴り飛ばした。
「げほっ! げほ……」
「大丈夫か?」
「……のど、いたい」
フラーゴラの白い首筋が紫色の腫れ上がる。
イレギュラーズ三人はスティルバースの直情的な行動に動揺を覚えた様子ながらも、仲間の回復を背にし退くことはない。
追撃を加えようとするマナガルムに対して、グラーノが庇うようにして躍り出た。
「君らしくないぞ」
『――ッ! ……っっ……』
グラーノもスティルバースを諫める。フラーゴラが反射の魔術を仕込んでいたのか、スティルバースの手のひらは既にズタズタになりかけていた。
「やぁ、グラーノ・トラモント『保護者』として『ウチの子』は渡さないよ」
回復の魔術を行使しながら、グラーノへ言葉を向ける『こむ☆すめ』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)。
「マニエラ・マギサ・メーヴィン。……そうか、やり難い相手だな」
フラーゴラ、マニエラ。この二人は先の戦いでグラーノとスティルバースの『戦い方』をよくよく知っている。……特に、スティルバースへの対抗策は。
「悪いが、二度同じ要領で取り逃しはしない」
「こっちだって同じ轍は2度も踏まない。次はフラーゴラを倒れさせやしないさ。このパンドラにかけて」
そういったやり取りを交わした次の瞬間、マナガルムとの戦いを一瞬放棄してマニエラ目掛けてグラーノが踏み込んだ。
「しまっ……!」
取り押さえようとするマナガルム。だがこういった動きに関してはグラーノの方が早い。
マニエラというヤツは、戦闘において呪いや傷を取り払う役割を十全に務める。マナガルムやフラーゴラの体力を維持し続け、スティルバースを『死に体』へ抑える要である。戦術的に考えて、グラーノにとっては見過ごせない存在だ。
「ま、マニエラさん……!!」
フラーゴラ、マナガルムが彼女を庇おうとする。間に合わない。
グラーノがマニエラを至近に捉え、即座に『鎧断ち』を放つ。その瞬間、毛むくじゃらの物体が間に割って入った。
「ぐ、ギ……アァアァァ!!」
ブルーブラッドの傭兵、エディがマニエラを庇いに入り、『鎧断ち』をその身に受け――いや、『グラーノの腕を蹴り飛ばして防いだ』?
「は、ハハ。フラーゴラや私の言った通りだろ? 相手も負けられない以上、こっちをどっかのタイミングで狙って来るって! 領域・星廻。私の読みに間違いはないのさっ」
「も、もう型破りの体術なぞ御免だぞ、絶対……」
マニエラは腰を抜かしかけ、エディは痺れる脚で後退りしながら言葉を交わす。イレギュラーズ側は、何処かしらのタイミングでマニエラを庇うように打ち合わせていたらしい。
必殺にも等しい技を潰された事にグラーノは驚きと関心を抱きつつも、後ろから飛んで来る攻撃に対処すべく振り返る。
「グラーノ!!」
蒼銀の腕を振り上げ、グラーノに体術を仕掛けるマナガルム。この間にマニエラは一旦距離を取って『鎧断ち』の範囲から離れた。
マナガルムの挑戦に再び応じるように、介者剣法(鎧を纏った相手を前提とした剣術)へと戦い方を切り替える。
先の華々しい剣や槍による斬や躱しといった攻防と違い、体当たりや蹴術で相手を怯ませ、その間に鎧の隙間を刺突するといった泥臭い戦い方が繰り広げられた。
派手さはない。されど、完全にマナガルムへ狙いを定めた分、回復を上回る形でその体力を着実に削っていく。
「……グラーノよ、自らの子と仮初の肉体を得ただけのもはや人としての形を保っていないモノ。どちらが大切だ?」
グラーノはちらりとフラーゴラとスティルバース、それとホルスの子供達を見る。
フラーゴラが繰り出すはブルーコメットの高速機動による格闘戦。スティルバースはそれを回避、あるいは自身への回復によって事態が好転するまで凌ごうとしている。
ホルスの子供達についてもスティルバースの支援がない分、翻弄されている部分はある。
グラーノは視線をマナガルムに戻し、答えた。
「全てが、私にとって大切なものだ」
「……だが貴方の手に余る存在だ」
「分かっている。それでも、君を倒して助けに行く!」
グラーノは高らかに声を発し、マナガルムの腕を打ち上げるように弾き飛ばした。
ベネディクト=レベンディス=マナガルムというイレギュラーズは、この戦いに入る前から己が途中で倒れる事を覚悟していたらしい。
「――俺達はどう足搔いた所で、魔種を助け出す事は出来ない」
これまでそれを願った者も多く居ただろう。だが魔種化を元に戻した例外は存在しない。
だから、せめて、恨みや悲しいものが――イレギュラーズ側に被害が出ないように、ヤツは、その銀槍に、その蒼銀の腕に己の全てを込めて倒れるまで、戦い続けるつもりなのだ。
――それこそ、“あの時のグラーノ・トラモントと同じように、魔種と刺し違えてでも”……。
『動くなぁっ!!』
フラーゴラへの対応を放棄して、咄嗟に叫んだ。言霊の呪詛がマナガルムの体に回り、彼の肉体が凍り付く。
打ち上げられたままの腕。グラーノはそれを好機とみて、すぐに『鎧断ち』の形へ移行した。
「待っていたぞっ、『その技』を!!!」
フラーゴラから“グラーノが苦手とする戦い方”を聞き及んでいたマナガルムは、拳を握りしめるように力を込める。そこからの動作はグラーノの横薙ぎの剣を防ぐでもない。ただ彼の頭蓋目掛けて、蒼銀の手甲を振り下ろす。まるで武術の形式から外れた、“喧嘩術”。
マナガルムは、胴を断ち切られるのも構わず、グラーノの『鎧断ち』を利用する形で、彼の前頭部に蒼銀の拳を勢いよく打ち込んだ。
●トラモントの花
『……お母さんはどういう人だった?』
グラーノにそう尋ねた事がある。すごく間の抜けた顔をされた事を今でも覚えてる。
「あぁ、えぇっと、そうだな……おしとやかな人だった」
彼は、私を「娘」として扱う事に抵抗を抱いていたのだろう。だが、マルガレータの事を語る時だけは、そうでなかった。
『……お母さんに会ってみたい』
『薬の魔女の後継者』ジル・チタニイット(p3p000943)は重傷を負ったミルヴィを抱えて、一時的に蔓薔薇の陰に隠れ潜んでいた。
「hrw……m……」
トドメを刺す事に異様に執着しているマルガレータが、何事かを呟きながら近辺をうろついている。
「……あぁ、もう。倒されるの覚悟でうってでてや――」
「だ、だめっすよ……! その体じゃ返り討ちにされるッス……!」
ミルヴィを制止するジル。顔を掴まれた後、ミルヴィはジルの援護を後ろにいくらか攻撃を引き付けてみせた。
一番厄介な黒魔術を抑えたおかげで、仲間がトーラス達の攻撃を抜けて救援に辿り着けるまで、あと数十秒は掛からない。だがその数十秒が、窮地に置かれた二人にはとても長々としたものに感じられた。
「……あんなものが、グラーノさんの望んでいたモノだなんて……」
傍から礫を踏み砕く音が聞こえた。ジルはびくりと肩を震わせ、反射的にそちらの方へ振り返る。
「彼の看護も頼む。お互いよくやったようだな」
エディ・ワイルダーだ。マナガルムを救出して、一時的に撤退してきたらしい。周囲を見回してもそれ以外にいない。
「ふ、フラーゴラさんは?」
「マニエラと一緒に戦ってる。すぐ戻りたいところだが――」
蔓薔薇の壁から腐った腕が突き出される。ジルの後ろ首を引っ掴んだそれをエディがすぐに切り落とし、壁越しにマルガレータを蹴り飛ばした。
「新田達が来るまで耐えきるぞ」
「りょ、了解ッス! 何か来る時の回復は任せるっすよ!」
一方で寛治達もジル達の状況を遠巻きに察知していた。
「フラーゴラさん達が釣り餌になっている間に片付けておきたかったのですがね」
彼女らの元へ移動しようとする新田達に対して、トーラスとスオルピオーネが立ちはだかる。あるいは、薙ぎ払って吹き飛ばす。
優先的にマルガレータを討伐したかったところであるが、ミルヴィが削ってくれた事もあってスオルピオーネの方は倒した方が早そうだ。
寛治がそう判断して銃を構えるが、スオルピオーネは怯む事なく突っ込んで来る。槍の殴打をモロに受け、岩壁まで吹き飛ばされる寛治。
スオルピオーネは勢いそのまま、寛治へまた追撃を繰り出そうとした。
「……全く、戦術を理解していないというのは本当らしいですね。“目の前の敵だけしか見えていない”」
寛治に対して攻撃を加えようとしていたスオルピオーネの巨体が浮いた。「何事」と、反射的にその顔が下を向く。
「絶海拳『砕波――」
スオルピオーネへ攻撃に踏み込んだのはクレマァダ。一撃目で相手の体を怯ませる。
「段波』ッ!」
二撃目の拳で、スオルピオーネの意識を一瞬だけ飛ばした。
「――それでは、ご退場願いましょう」
.45口径の死神はそれを決して逃さなかった。スオルピオーネの『色宝』目掛けて、その弾丸が撃ち放たれる。石が砕ける甲高い音と、耳を塞ぎたくなるような奇声をあげて、スオルピオーネはついに形を保てなくなりその場に溶けてしまった。
「あぁ、まったく……手強いな」
ジルやミルヴィらを庇いながら戦う狗刃のエディ。
回復役を背に戦うとはいっても、エディにとっては相性が最悪だった。マルガレータから与えられた傷は腐り、治癒の効果が上手く働かぬ。マルガレータ自身も、察知していた通り異様に強い。
「w……wa……」
マルガレータは立ちはだかるエディへ抱擁するように組み掛かる。戦場に低い呻き声が響き渡った。
これでついに後ろの獲物に届く。そういう風に、マルガレータはジルへ迫ろうとした頃合い。鋭い牙がマルガレータの背部を穿った。それを操る術者・綾姫はブラックドッグと連携するように、死霊剣を構える。
「このように剣を飛ばし操るのが、何故かしっくりきますね……体が覚えているような感覚……」
マルガレータが振り返る寸前、ブラックドッグが穴を開けた背部に、一条に束ねた怨霊を飛ばす。苦しむような女の悲鳴。抱擁をとかれたエディは後ろに退いて、マルガレータは背後へ振り向いた。
「おぉっと、邪魔させてもらうッスよ。仲間を殺させるわけにはいかないッス」
「…………」
「トーラス殿、マルガレータ殿。これ以上その名を穢さぬよう、そのまま眠っていただく」
ホルスの子供達を対処していた者達が、マルガレータを討つべく集合した。
●望まれぬスティルバース
一番始めの記憶は、ゴミの中に埋もれていた。たぶん、私は母に望まれなかった存在だったのだろう。あるいは、単純に神が私の幸せをお望みにならなかったか。
どちらにしても、潰れかけた目はまともに見えず、呼吸も満足にままならない。誰か親切な人に気付いてもらったとしてもマトモに生き長らえるのは不可能だったろう。
生きてるか死んでるか分からない状態だった私の耳に、何者かの声が聞こえた。
グラーノはマナガルムとの交戦により思いのほか反撃を喰らい、軽い昏倒状態にあった。
――彼を助けなければ。このままではイレギュラーズに殺されてしまう。
しかし、ぐん、っと何かに引っ張られる。自分の腹にあったへその緒状の紐をフラーゴラに掴まれて、勢いよく地面に叩きつけられる。
「……一対一なら、貴方なんかに、私は負けはしない……この前の戦いで、貴方の戦い方は完全に分かってる」
紐を引っ張る形で、スティルバースの体が引き寄せられる。ブルーコメット・TS。フラーゴラは引き寄せた相手に対して体術を繰り出した。
最悪の形で衝撃を受けたのか、スティルバースの意識が一瞬飛ぶ。
マニエラのソリッド・シナジーにより、フラーゴラの加速戦術、ブルーコメットは止む事はない。無防備なスティルバース目掛けて、すぐにフラーゴラの拳が飛んできた。
金属質な体にヒビが入り、バキャリと嫌な音が立った。
――痛い。
イレギュラーズに抗う為に、言霊の呪詛を口にする。
『――望む、動くな』
「っ……イモータリティ!」
『――望む、殺し合え』
「クェーサーアナライズ!!」
だが後ろに控えるマニエラの回復魔術、フラーゴラの扱いこなす技が、泥沼にさせる。
たとえ首を絞めてくびり殺せたとしても、長期戦は必至。その間に事態は悪化するだろう。
スティルバースは歯を食いしばり、自分に治癒の魔術を唱えながら、フラーゴラの猛攻に耐えた。
「いつぞやのアルベド共もそうじゃが、ヒトの形をしたものが使い潰されていくのはあまり良い気持ちではないの」
崩壊しかけた肉の塊――マルガレータを目の前に、口を「ヘの字」に曲げるレマァダ。
先に肉親を蘇す事をグラーノに唆されたが、彼の心中を考えてみればとてもではないが使う気にはなれない。
「ミスタ・グラーノが言いたいのは、つまりそういう事なのでしょう」
「『俺のようにはなるな』か?」
クレマァダは、大袈裟に鼻で笑うように息を漏らした。
「見くびられたものじゃな」
「えぇ、見くびられたものです」
やり取りを中断させるように呪詛が飛んできた。マルガレータの黒魔法。
その狂騒は、寛治に対して向けられる。マラリア熱に罹ったような幻影。悪寒。
「フッ……獣のように、ただひたすらに手負いの者から狙いますか」
詠唱するマルガレータへデッドエンドワンで狙撃を繰り出す。悪寒で手元が震え、相手の額を掠めるように弾丸が逸れた。マルガレータは本能からか、喜び、ケタケタと嗤う。
「何を笑っているのです? そちらは――『囮』です」
寛治の放った銃声を皮切りに、イレギュラーズ達の連撃が続いた。
「鬼灯くん!」
「黒魔法か……召喚術なら俺の得意とするところだ」
先行したのは、鬼灯である。呪言を唱えて、熱砂の精を場に喚び出す。地面の砂や礫を巻き上げ、視界を潰す。
「おぉ、砂竜巻越しのシュートか! ちょーっと難易度高いけど……やってみるッス!!」
武器となるサッカーボールのキックイン体勢に入っていた葵は、悪戯っぽく笑う。
目標の位置は覚えている。熱砂の中で動き回るのは容易い事ではない。
「……そこだぁ!!」
パーフェクトバウンス。弾道、回転、速度、跳ね返り。その全てを計算して、マルガレータの体勢を崩す位置に撃ち込む。
――狙い通り!
砂風の中で殴打の音。何かが崩れ、女の悲鳴があがった。
「――――!!」
トーラスは、マルガレータを守る為か、あるいは本能のままに負傷者を討ち取る為か、何にしても追撃を加えようとする寛治に襲い掛かる。
「に、新田!」
連撃に続こうとしたクレマァダと綾姫の動きが止まる。マルガレータを討ち取る絶好の機会だが、そうすると寛治が……。
「第二幕までミセス・マルガレータを行かせてはなりません。確実に討ち取りなさい」
寛治は寒さで震える手で、トーラスに形ばかりの応射する。
「やるぞ!」
寛治の言葉を受けて、クレマァダの決断は早かった。砂風に踏み込み、悲鳴を頼りに相手の位置を割り出す。
「…………」
女性の泣き叫ぶ声。姿形は化け物のそれだったが、声質だけは人間のソレであって。耳にしていて気分が良くない。
数多のホルスの子供達、その蘇った肉親達の心境を自然と想像してしまい、クレマァダは同情に似た嫌悪感が沸き立った。
「……土に……海に、還れ!」
絶海拳『砕波段波』。先と同じ要領で、マルガレータの肉体を打ち上げる。後は砂風の中のコレを、綾姫が命中させてくれる事を祈るのみ。
「――――見えた」
砂風を見つめていた綾姫の目に、一際大きな色宝の輝きが映った。
鋼華機剣、黒蓮を一旦鞘におさめ、精神を研ぎ澄ませる。クレマァダが屈んだであろうその瞬間、励起――異能の欠片。目覚めぬ剣の身動ぎ。膨大な力が引き抜かれ、色宝の輝きを穿った。
そして、女の悲鳴が止んだ。次第、鬼灯の招来した砂風が収まり始めた。
その中には、イレギュラーズの他には、ぼろぼろに崩れた肉塊しか残っていなかった。
「あぁ、まったく……格好つけすぎましたかねぇ」
トーラスを引き受けた寛治は、トーラス側の猛攻にその場で膝をつく結果となる。
限界まで連射した45口径はカチカチと虚しく鳴る。弾切れか。
寛治は相手が未だ倒れていないところを見て、苦笑しながら「やれやれ」と肩を竦める。
そうしてトーラスの槍は、寛治の頭を貫こうとした。
「し、神気、閃光ォォ!!」
突如として慌てたような声が響き渡り、目が眩むような光がトーラスの視界を覆った。激しく瞬く神聖の光。その目眩ましが続いている内に、クレマァダ、鬼灯、葵、綾姫が次々に攻撃を仕掛ける。ミルヴィや寛治との戦闘で体力を削られていたトーラスは、そこで肉体を維持しきれず、色宝はその体からこぼれ落ちて、弾けた。
「む、無茶するっすね、新田さん……」
神気閃光を撃ち放ったのは――ジル。彼女が寸前で寛治を助けた。
寛治は、ジルの慌てた様子を見てクククと笑う。
「えぇ……ですが、計算通りです。でしょう? さぁ、次は第二幕です。健闘を祈りますよ」
スティルバースは、ホルスの子供達が討ち取られたのを感じ取った。
イレギュラーズの全員がこちらにやって来ようとしている。
体勢を立て直したグラーノはフラーゴラとスティルバースの間に立ちはだかり、一時にらみ合う。
「奥さんや戦士した仲間……過去の幻を追いかけてる。それは不変しない悲しい出来事。悲しい未来の可能性もある」
フラーゴラはグラーノを挑発的に諭した。グラーノは少しだけ眉を顰めるも、取り乱す様子なく言葉を返す。
「フラーゴラ、君は、今、幸せか?」
突如尋ねられた事にフラーゴラ側は困惑するも、その言葉へ素直に応じた。
「幸せだよ。……姉弟子……マニエラさんだっている。師匠だって出来た。そしてワタシは好きな人がいる。その人に、ついて行く……側にいるって決めたんだから……!」
「先に君が言ったように、たとえ悲しい未来の可能性があったとしても?」
一瞬虚を突かれた顔をするフラーゴラ。が、すぐにきっぱりと言い返す。
「……確かに、そう。でも、楽しい事が起こる可能性だって、同じくらいきっとある。……未来を求めないアナタに……ワタシは負けない」
「へへへ。グラーノさんよ。そういう事だから諦めてくれないか? オッドアイ銀髪獣なら此処にも居るさ。連れて行くつもりなら私を持ってけ、私なら地獄の底までついていってやるぞ?」
グラーノはフッと笑う。そうしたかと思えば、すぐにマニエラの方へ距離を縮めた。
「ならば地獄の底に付き合ってもらおう」
「……っっ!!」
先手を取ったのはグラーノだった。彼はスティルバースを抑制し続けるマニエラを冷静に狙い、『鎧断ち』を仕掛けた。
マニエラの体が一瞬揺らいだ。瞬間、血しぶきがあがる。倒れ伏す運命にある事実を、パンドラの力を使ってねじ曲げる。
「おいおい、マジかよ……」
「イレギュラーズ。殺したと確信したはずが、死なぬ。やはり恐ろしいな」
マニエラは立ち上がり、状況を分析する。目の前には強敵グラーノ。仲間が辿り着くまでもう少し。スティルバースはジルがきっとどうにかしてくれる。問題は魔種を食い止める為に負傷を負っているフラーゴラ……。
状況から判断し、相手が再びトドメを仕掛けてくる次の合間までフラーゴラへ強化や回復の魔術一切合切を注いだ。
「マニエラさん!!」
フラーゴラが彼女を庇おうとするが、その前にグラーノの刃が動き出す。
「あとは頼んだぞ」
そうニヤけるマニエラの意識を、グラーノの剣の腹による殴打が刈り取った。
●百十六の
マニエラが倒れ伏して、スティルバースが殺そうと近づく。
狗刃の傭兵、エディがそこへ割って入るように立ちはだかり、胎児の魔種へ「ガルル」と牙を剥いた。
「トラモント卿」
マニエラにトドメを刺すのを制止するようにグラーノを呼び止めたものがいた。
「モスカの娘」
「娘と呼ぶな。我にはクレマァダという歴とした名がある。……それより、彼女にとって一番良い道はないのか?」
クレマァダはフラーゴラの方を見やる。
あれは魔種であり、斃さねばならぬことに変わりはない。フラーゴラ含めて全員それは理解している顔であった。
「卿を討つ事で、何か大事なもののうちひとつが絶たれてしまう気がする」
「だが討たねばならない」
「……あぁ」
クレマァダは、内心の違和感がよく分からないが、頷くしかない。
グラーノは彼女の内にあるものを理解しつつも、ただ剣を構えてこう諭した。
「ならば、クレマァダ。なすべき事をせよ」
「……お覚悟を。トラモント卿」
鬼灯は理性的な受け答えを目の前に、だからこそ妙な恐ろしさを感じざるを得なかった。
「……かつて愛した我が子へ刃を二度も向けることになるとは。反転とは恐ろしい」
グラーノの人柄からして、フラーゴラを殺害する事は望むところではあるまい。にも関わらず、その娘へと刃を向けさせるこの因果。
おそらくは、その思惑にスティルバースが大きく関わっているのであろう。魔種本体よりもあちらの方が余程悪質と思えた。
「…………」
章姫は、鬼灯の思うところを悟ってスティルバースをムッと睨み付けた。
だがどうだ。彼女――スティルバースは親子が殺し合うこの状況をにこやかに見守っているでもない。むしろ悲しんでいるように思えた。
『…………』
そんな最中、一瞬だけスティルバースが章姫の事を酷く羨ましそうに見たのは気のせいだろうか。
「どうして、貴方はフラーゴラさんを呼んだっすか? その胎児のなれの果ての為に、『失った子供の代わり』を消してしまって、全てを一からやり直す為っすか?!」
戦いが始まる直前、ジルが我慢ならぬといった様子でグラーノを叱り始めた。
「君は…………」
グラーノは突然の事に呆気に取られた。だが、反論出来なかった。ジルの言ってる事は、グラーノの思惑を部分的に言い当てたからだ。
「もしそうなら、あなたは父親として最低っす! ただただ、妻と子供、果ては失った部下達まで自分のアクセサリーとして身に纏ってるだけっす!」
「…………」
それらの言葉を全て受け止めようと、グラーノは開戦を一旦待った。元々その自覚があったのか、彼も「君の言う通りだ」と言いかけた。
「自分の為の安寧だけを追い求めているだけじゃ無いっすか! 僕は、貴方を――」
『――黙れッッ!!!』
このやり取りをかち割るようにして甲高い声が響き渡り、グラーノとジルの喉から一時的に声が出なくなった。そしてその呪いはすぐに効力を失う。
スティルバースの振る舞いは、この期に及んでらしからぬものだった。エディと同じように「ふー、ふー」と息を荒げ、今にも噛みつかんばかりの剣膜でジルと向き合っている。
「――マニエラさんの退避を!」
スティルバースが攻撃を始めようとしているのを感じ取ったフラーゴラは、エディにそう指示を向ける。エディはマニエラの体を担ぎ、迅速に蔓薔薇の園に隠れ潜む。
「魔種二体に対して、戦えるのがこれだけか」
クレマァダは周囲を見て呟く。スティルバースの囁く呪詛を掻き消さんばかりの大声で、葵は檄を飛ばした。
「今更諦めるとか言わねぇよなぁ! 全員、もうひと踏ん張りだ、勝つぞ!」
それを合図にするかのように、彼らに魔種に対抗する陣形を取った。
●懇願
『――望む、動くな』
「……!!」
状況が動いたのはクレマァダが体術を仕掛けようとしたところを、スティルバースが彼女を捉えた。
グラーノは咄嗟にその足の甲を踏み潰し、そのまま『鎧断ち』を仕掛けようとする。だが後者は骨を断つ事が出来ず、肉を抉る程度に終わった。
芯を捉える前に目の前に繰り出されたのは白浪の、崩しの一手。それがグラーノの体に突き刺さる。彼が怯んでいる内に、クレマァダは痛む足でいくらか距離を取る。
「驚いたな。解呪の武も使えるのか?」
「……そんな器用なモノは使えん」
単純に、気合いで無理矢理動かした。言霊の呪縛とて、絶対ではない。
とはいえ、スティルバースが連続で呪詛を吐いてきたらしい。クレマァダの目の辺りから生暖かいな液体が垂れてくる。
「ち、治療するっす!!」
ジルやクレマァダが体勢を立て直す前に、仕掛けようとするグラーノ。そこに鬼灯が介入した。
「金色の牙よ。まじないの類には弱いらしいな」
「やっちゃえ、鬼灯くん!!」
鬼灯は章姫の激励を受けて印を結び、グラーノに向けて呪言を唱える。クレマァダの胴体を断ち切ろうとするグラーノだったが、脚の間接が動かなかった。
「ッッ!!!!」
グラーノの脚の関節が歪な方向にねじきられようとしている。ここでグラーノは一手は潰される。慌てて解呪を発動しようとするスティルバース。
――対多数戦において、致命的な隙が生じた。
「ここで決めなきゃなんねぇっす!」
グラーノの元へ葵が一番手に踏み込んだ。真紅のガントレットを突き出して、彼の流血を誘おうとする。
「ぐっ……!」
グラーノは、少し無理な体勢で躱した。元々葵の体術が苦手な系統に近い。
無理な体勢で躱したところで、グラーノは驚いた。フラーゴラが曲芸じみたやり方で――葵の背を蹴って、そのまま自分目掛けて墜落するように――ブルーコメットを仕掛けてきた。
「ふ、ンンンーーッッ!!!」
痛いのを我慢するような声が皆の耳に聞こえた。だが笑ってもいられない。
グラーノはまたこの前の戦いと同じように、膝をつき、気を取り戻そうと低い声で呻いていた。
前回は、これが致命的ではなかった。だが今回は状況が違う。
「自身も記憶を失いこの世界に放り出された身の上。過去に世界を滅ぼした事は朧気ながら思い出しましたが……何故滅ぼそうを思ったのか、という情動はまだ思い出せませぬ」
イレギュラーズの内で最大火力を出せる綾姫が、また黒蓮を構えた。
『――望む、動くな』
だが、綾姫はその言霊の影響力の範囲外。
『――やめて』
スティルバースの口から、そんな言葉がこぼれた。綾姫は何処かやるせない感覚を覚える。
「……しかし死者を蘇らせたい、という思いは明らかに間違えているのはわかります」
『――やめ』
スティルバースは、何故かフラーゴラに対して助けを求めるような顔を向けた。
「…………――」
痛みから立ち直ったフラーゴラがスティルバースの、彼女の懇願にどういう言葉を向けようとしたかは分からない。
スティルバースごと彼らを拒絶しようとしたのかもしれないし、グラーノだけには別れの言葉を向けようとしたのかもしれない。どちらにせよ、綾姫のやる事は変わらなかった。
鞘の中の刃を滑らせ――引き抜いた。
その瞬間、黒い極大の剣閃が生じる。周囲にいるイレギュラーズは咄嗟に伏せった。
グラーノも反応しかけたが、それも敵わぬ。意識を失いかけて無防備な状態であったグラーノの胴体を、黒い光が横一閃に呑み込んだ。
●どうか、忘れ去ってくれ
「――――…………」
グラーノは呪言に抗う事をやめて、その場に立ち尽くした。イレギュラーズはまだ生きてるかどうか警戒する。
スティルバース含めて、全員がどうなるかを窺うようにして状況は動かない。
グラーノは俯き加減に、声を絞り出すように喉から音を出した。
「フラーゴラ」
「っ」
名を呼ばれて身構えるフラーゴラ。グラーノは少し笑顔を作り、最期に何か言いかけたが――結局はそれを全部呑み込んだような顔をした。
「……フラーゴラ、マルガレータ、すまない」
そう言い終われば、ずるりと横一閃の切り傷から血肉が溢れた。そうして、倒れ伏す。
スティルバースは、治癒の魔法を詠唱しながら。グラーノの元へ駆け寄る。
『――傷よ、治れ』
傷は再生しなかった。
『――治れ』
傷は再生しなかった。
『――死なないで』
グラーノ・トラモントは死んだのだ。
『――置いて、いかないで』『置いていかないで……』『……独りにしないで……』
イレギュラーズ達はスティルバースにトドメを刺そうと武器を構え直す。
その直後、スティルバースは幼児が癇癪を起こしたように喚き立て、自らのへその緒を引き千切る。そして周囲へ呪詛を吐き散らかし始めた。
「……っっ!!」
残された魔種の最後のあがき。グラーノと近距離戦の状態であったイレギュラーズらは、目や耳や鼻といった気管から、血が溢れ始める。
「あぁ、くそっ……!」
「ま、まつッス! アレ、クレマァダさんが巻き込まれたら死ぬヤツッス!!」
呪殺の嵐を前に、ジルは負傷しているクレマァダを制止する。スティルバースやグラーノとの交戦でデタラメに傷を受けた状態だ。その渦中に突っ込めば文字通り死にかねない。
重傷、あるいは死の可能性があるイレギュラーズはスティルバースから急遽間合いを取った。遠距離攻撃を使えるものはそのまま迎撃を始めるが、スティルバースは、喚きながらイレギュラーズへ接近しようとする。
「……私が抑える」
蔓薔薇に隠れ潜み、どう対処するか各々が考えていたところ。フラーゴラが名乗り出た。
「祭司として言わせてもらう。あの怨嗟は、完全に防げる代物ではないぞ」
「分かってる……でも、他の人よりは、かなり抗える」
心配するクレマァダに対して、ディープブルー・レコードだとか、呪いに対抗出来る代物を見せた。
実際、この状況でスティルバースへ対抗出来るのはフラーゴラに限られた。
「……最悪でも、エディさんに拾ってもらえばいい。そうでしょ?」
「…………」
エディは制止する為の言葉を頭の中で考える。
「エディサンたら、やさっしーからねー。きっと他に手段があるって――」
ミルヴィから茶化されるようにいわれて、エディは反射的に頷く他なかった。
「おぉっと……」
遠距離攻撃を繰り出している綾姫に対して全力で距離を詰め始めるスティルバース。
相手から異様な殺意を感じて、少しだけ冷や汗を掻いた。片割れを討ち取ったのだから当然か。
「……させない!」
そこへフラーゴラが踏み込んだ。口の端から血が滲む。目尻が酷く痛んだ。
小さな体を抑えつけ、ブルーコメットを仕掛ける。既に回復を放棄したその胎児は、脆い。
スティルバースは目の前のイレギュラーズへ、ただひたすら呪詛を喚く。殺そうとする。
先日の狡猾じみた戦い方とは違って酷く自暴自棄に感じられる。
呪詛によってフラーゴラの綺麗だった爪の先から、血が溢れ出てくる。それを回復するジルの援護が飛んできた。
目の前の魔種を叩きのめす。味方の合図が来ると、スティルバースを盾にするようにして仲間の遠距離攻撃を当てた。それをひたすら繰り返す。
金属質な四肢が砕け、胴体も砕け始め、次第、スティルバースの声が声が弱まってきた。
やがて、ついに呪詛の声は止んだ。
「……言い残す事は?」
泥沼の戦いの果てに、スティルバースへ最期の言葉を問う。
『――お前、記憶が無いらしいな』
フラーゴラは胎児の魔種が流暢に言葉を話した事へ少し驚いた。スティルバースは構わず続ける。
『……私は、馬車に押し潰されて瀕死だったお前を助けた事がある』
「……命乞いのつもり? 事実だとしても――」
『違う!!』
スティルバースは嫌悪に満ちた声色で叫んだ。このような態度を取られるおぼえがフラーゴラにない。
『――頼まれてやった。魔種に身を堕とす事も躊躇わず、「治療してくれ」と……お前の、私の、“父”に……!!』
――エディや他のイレギュラーズとの話で、薄々そういう可能性については考えていた。だが、グラーノの最期の態度と、スティルバースの言い分を見て、確信した。
『……だが、お前は、二度も命を救ってくれた者を殺したのだ!!!』
スティルバースはフラーゴラに対して精一杯の、“呪詛”を言い残した。その怨嗟全て聞き終えてから、フラーゴラは躊躇いなく拳を振り下ろす。
「…………そうであっても、貴女を許す道理は一つもない」
がちゃりと、致命的な何かが砕けた音がした。
スティルバースは、出来の悪い人形のように動かなくなる。
――こうして二体の魔種は、御伽噺を求めた果てに、死んだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
どうか安らかに。
GMコメント
●成功条件
・『金色の牙』グラーノ・トラモントの討伐
・望まれぬスティルバースの討伐
・ホルスの子供達の全滅
●環境情報
クリスタル遺跡の最奥地。
その地の風景は様々に移り変わる幻影を見せていて、今現在は寂れた薔薇園の様相である。
蔓薔薇の群生を映したその壁や地面は、視界を阻害する程度の簡易的な遮蔽物に使えるかもしれない。手数を使えば、戦闘不能の重傷者などを一時的に隠す事にも使えるだろう。
反面、不安定なこの環境において戦闘中の撤退は容易ではない。
魔種もイレギュラーズも、一度開戦したら最後、この場で決着を付ける事を覚悟しなければならないだろう……。
●エネミーデータ
『金色の牙』グラーノ・トラモント
種族:魔種・獣種
特筆する行動と傾向:
・『鎧断ち』至・単・【必殺】【防無】
鎧断ちは超高威力。中距離以内の剣術・格闘戦を中心に使いこなす。遠距離以上の攻撃手段は持っていない。その反面、前衛アタッカーとしてのステータスが純粋に高い。
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の関係者。
望まれぬスティルバース
種族:魔種・???
特筆する行動と傾向:
・『動くな』自・域・【麻痺】【呪縛】【石化】【呪い】【識別】【無】
・『殺し合え』自・域・【混乱】【狂気】【呪い】【識別】【無】
・『死ね』自・域・呪殺
上記以外にも、味方への強化や回復の魔術を中心に使いこなす。スティルバース自身はバッドステータスに対する抵抗が非常に強く、グラーノからあまり離れずに戦う。
……また、特定のイレギュラーズを執拗に狙う節がある。
寄越された書類には「以前より感情的で、挑発(【怒】付与)の類に乗りそうな気配がある」と記載されていた。
狂化したホルスの子供<スオルピオーネ>
狂化したホルスの子供<トーラス>
種族:ホルスの子供達
以前の戦闘から生き残ったホルスの子供。北部戦線で戦死した騎士の名を与えられた。
彼らは以前より強力になった至近・近接戦闘能力と体力で、グラーノやスティルバースの敵を狂気的に排除しようとする。
それはまるで自然災害のようで、以前とは違い戦術的に味方と連携する気配は無い……。
狂化したホルスの子供<マルガレータ>
種族:ホルスの子供達
特筆する行動と傾向:
・『腐蝕伝搬』近・単・【致命】(通常攻撃)
・『狂騒召喚』超・単・【封印】【魔凶】
グラーノ・トラモントの妻の名を与えられたホルスの子供。
腐った手で触れてきたり、黒魔法の類を使って異常に高い命中率で単体にバッドステータスを与えてくる。また、全体的に水準以上のステータスを持っている。
こちらもまた味方同士で連携して戦術的に動く気配は無い。
●NPCデータ
『狗刃』エディ・ワイルダー
標準的な性能を持った前衛。近距離主体。【不殺】持ち。
また、今回は装備を調えてきたようで【運搬性能】【精神耐性】を持つ。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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