シナリオ詳細
<子竜伝>権力の子か、獣の子か
オープニング
●恋を選びたかった女
――ねえ、私は好きな人を選んではいけないのかしら。
それが彼女の口癖だった。
許嫁という存在を否定したいわけではない。その相手を拒絶したいわけでもない。
けれど、関係が先に来て「その人を好きになっていく」というサクセスストーリーは、彼女のお気に召すものではなかったらしい。彼女は「貴族らしく聡明」でありながら「貴族らしく愚か」であったので、自分は選ばれる側であることを理解しつつ、自分が選ぶ権利があるという事実を知っていた。知っていたから、履き違えてしまった。
「……以上が、私がお付きのメイドから聞き出した情報の『一部』だ。失礼ながらベネディクト殿には分からぬかもしれぬが、貴族というのは複雑なものでな」
ベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)を迎え入れたデニール・フォン・アルビレオ――フィッツバルディ派貴族の先鋭たる青年は、婚礼の儀を数日後に控えた貴族屋敷、その賓客向けの部屋の椅子に深く座り、ため息をついた。
彼とイレギュラーズ達の間に積み上げられた書類……書物か。それらは全て貴族絡みのロマンス本である。彼女自身が描かせたというものや稀覯本も含まれていることから、ドラマ・ゲツク (p3p000172)にとってはかなり垂涎の的でもあるだろう。趣向に合うかはともかく。
「元々この婚約に関しては彼女は乗り気では無かったのだろう。だがそうも言えんのが貴族社会だという物だ。彼女という存在がフィッツバルディ派における家名の繁栄を見越して育てられたもので、許嫁が政略結婚の具であったとしても‥…少なくとも、お相手は彼女を道具としてではなく妻として見初めているよ」
「つまりお相手からの求婚という面もあるのですか。……大分マシな政略結婚なのでは?」
夢見 ルル家 (p3p000016)の質問に、アルビレオは深く頷いた。おそらくは夫となる男をよく知っているのだろう。憂慮の色が深く刻まれている。
「彼は女を道具として扱う男ではない。よい家庭、よい教育を施す事ができる筈だ。会えばきっと気に入る――というのは傲慢かもしれないが、私は期待していたんだ」
そんな中、令嬢……エフィリアと呼ぼう。彼女がある夜、忽然と姿を消したのだそうだ。
「私はエフィリア嬢のことは恥ずかしながらよくは知らない。が、状況を打開する為に逃げを打つほど愚かな娘ではないと聞いている。誰かの介在があるだろうと見ている」
それ自体が、彼女への重石であるかもしれないが――。
言いかけた言葉を飲み込んで、アルビレオは一同を見据えた。
「何れにせよ、彼女の心持ちがどうあれ連れ戻されねばならない。できれば、彼女になにかある前に」
それと、とアルビレオは付け加えた。
失踪したその日、同じく姿を消した執事がいる……彼はエフィリアに懸想していなかったが、奇癖があると噂だった、と。
●愛を刷り込まれた女
「私は綺麗かしら、ツィーリオ」
「ええ、とても似合っておいでです。花嫁衣装とはこうでなくては」
アルビレオがイレギュラーズに依頼を伝えているのと時を同じくして、山間部の洞穴内。
ツィーリオと呼ばれた若い執事服の男は、『花嫁衣装』を着たエフィリアにうやうやしく頭を下げた。
そこは、領地の者達は決して近づこうとしない忌地である。なぜなら、洞穴内には人の特徴を持ちながらも酷く醜く歪んだ『亜獣』と呼ばれる者達が潜んでいるからである。
……エフィリアの衣装は、獣の皮をなめし血をまぶし臓物の匂いを漂わせた、見るも無惨な代物だ。幻想王国の縫製技術であればそんなものとは似ても似つかぬ豪奢なものを用意できように、なぜ彼女はうっとりとした目でそれを見ているのか? それは彼女の目を見れば明らかだ。
濁っている。
彼女本来の意志のない、硝子のような眼球がはめ込まれた姿はあきらかに常識や認知を歪められているそれであることが見て取れる。……そして、彼女を見るツィーリオの目は毒々しい喜色に逸る者のそれ。
「これなら『君主』もお喜びになられましょう! 貴女はかの方の愛し子を授かるべく生まれたのです!」
「まあ素敵。初めて会った時から素敵だと思っていたけれど、そう。私は私として選べるのね」
首に飾られた禍々しいアクセサリー、手首に嵌められた腕輪、そして足かせの如きアンクル。
三種の呪具を以て強力な催眠効果を得たエフィリアは、『亜獣の君主』を自らが選び取った素敵な相手だ、と刷り込まれている。
――そして。
亜獣はかつての記録の数々から、ヒトと子を成す事ができることが判明している。
ツィーリオがのこした手記、文学書などから、彼が『そういう』嗜好を好むことがこの程判明した。つまり彼の目的は、それだ。
フィッツバルディ派の凋落やエフィリアの地位の没落などどうでもよく。彼は、それが見たかっただけなのだ。
- <子竜伝>権力の子か、獣の子か完了
- GM名ふみの
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年02月07日 22時00分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●獣の懐へ
「貴族だからこその悩み……恋に恋焦がれる気持ちにつけこまれたのかな?」
「書物の恋物語に憧れる、そういった気持ちは、わからなくもないです」
アルビレオの話を一通り聞いてから、『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)と『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)はエフィリアの想いに一定の理解を示した。無論、諸手を挙げて彼女の考えに賛成、というわけではないが。現実を知らぬ子女というのは、得てして夢を見がちだ。少なくとも、『現実』を知る前のドラマもそう遠くないものだったがゆえに。直後に「それはさておき、助けましょう!」と自分の焦燥を散らすように言い直した辺り絶対色々思う所あるんだろうな、とは思う。
「貴族として生まれ育つ事の意味……というものは、まあ今は置いておきましょう。乗り気かどうか程度の感想を持つのは当然の事です」
「世間知らずの女が巡り巡ってフィッツバルディ公の手を煩わせるのは勘弁してほしいけど、原因が原因だな……流石に同情するぜ」
『春告げの』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)はしかし、と続けた。シラス同様、『失踪の原因』……使用人ツィーリオの奇癖を現実にする駒にされつつあるというなら、それは恋を夢見るどころの話ではない。シラスとて酸いも甘いも知るところではあるが、幾ら何でも限度というものがある、と戸惑いを隠せない。
「そんなものは婚姻じゃない。生贄の儀式じゃないか……!」
「そうだ、マルク。貴族である以上は家の利益のために動かざるを得ない事があるのは道理だ。だから何が正しいのか俺達が判断することは出来ない。……だがこれは、こればかりは認め難い」
マルク・シリング(p3p001309)の憤りを、『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は静かに肯定する。政略結婚も必要ではあるのだろう。それを悪いとはとてもじゃないが口にできない。ツィーリオの趣味もまた、悪趣味であれど趣味ごとであろう。――何れも、エフィリアの意志を無視しているという点では同じだ。だが、命を保証しない後者になんの正当性があろうか?
「他人の性癖に口は出したくありませんが、誰かに迷惑をかけるとなれば話は別です!」
「その性癖に付き合わされる方は実に益体も無いのですよ。我々も、フィッツバルディ派も、花嫁も。そして蹴散らされてしまう花婿側も、です」
『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)も『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)も、別に他者の趣味性癖をとやかくいうつもりもなければ立場でもない。が、それを他人に強要した時点でそれは趣味ではなく迷惑行為に格上げされる。命がかかれば犯罪だ。
「エフィリア嬢は連れ戻そう、アルビレオ。戻ったら、貴族の心構えの一つでも教えてくれ」
「少なくとも貴殿の趣味信条と合う範囲でになるだろうな」
エフィリアとツィーリオが向かったであろう場所へと出発する直前、マナガルムはアルビレオへとそんな言葉を投げかけた。アルビレオもまた、冗談めかして言葉を返す。貴族だから悪辣であれとは言うまい。誠実な貴族だって大勢居る……アルビレオだって、エフィリアの夫になるべき男だって。
「令嬢は助け、変態はしばく! 亜獣の主殿には死んで頂きます!」
「そんな悲劇なんて起こさせない。絶対に助けるんだ!」
ルル家とスティアの気合の入った言葉を背景に、イレギュラーズは一路、2人が向かったであろう洞窟へと向かう。目的地までの障害はない。全速力で向かった一同を待ち受けるのは、悍ましく『着飾った』エフィリアの姿なのだが……。
●花嫁奪還電撃戦
イレギュラーズは大なり小なり、日々の連戦で体調が万全ではないケースがままある。
然し、何事もなく最高の状態であればどうか? ヘイゼルは、今まさに「それ」であった。
「人の女にも興味がおありなのでしたら御相手致しませうか? 但し、ダンスの相手ですが」
壁際に背を寄せつつ、ヘイゼルは亜獣達目掛け挑発的な視線を向けた。敵意を励起させられた半数近くの亜獣は、我先にと彼女へ向かっていく。
「目を覚ましてエフィリアさん! 操られて好きでもない人と無理やり結婚させられるなんて……貴女はそれでも良いの!?」
「操られて、なんて……そんな悲しいことを言わないで頂戴」
ヘイゼルにやや遅れて、スティアの福音が君主の間の奥、君主にほど近い亜獣達を巻き込んでいく。
スティアの叫びは、しかし意識を操られたエフィリアには通りが悪いか。一瞬の絶望を覚えた彼女は、しかし令嬢の指先がぴくりと震えたことを見逃さない。そして、最奥から入口側へと亜獣が雪崩れこめば必然、隊列は乱れよう。
「エフィリアさんの洗脳は完全じゃないよ! 多分、今ならなんとか出来る!」
「こしゃくなことを……おお、我が君主よ! 貴方が貴き血をこの領地に正当なものとして残すためにはこの娘が不可欠! 早急にご決断を!」
スティアの声をかき消すように、ツィーリオが叫ぶ。彼がこうまで言葉を繰り返すのは、翻ってイレギュラーズの初速に彼の術式の展開が追いついていないことを意味する。つまり、彼は「遅い」。
「――貴方がツィーリオですか。好きにはさせません」
「チッ、お前達……っが?!」
リースリットは一瞬の隙をつき、一気にツィーリオに肉薄する。声を荒げ亜獣に声をかけようとした彼はしかし、遠合いから放たれた魔晶剣の一突きに対処する力を持たない。肩を深く貫かれ、苦鳴をあげた。
「全力はこの後だ……まず一発、当たれば十分!」
シラスは一息にエフィリアまで間合いを詰めると、影を置き去りにせんばかりの速度でアンクルへ一撃を放つ。本領発揮には遠くとも、当てることに際し彼が後手に回る未来はあり得ない。一撃での破壊が成るほどもろくはないが、さりとて確実な手応えがあった。
「GGGGIIIIAAAAARRRR!!!」
「俺達には悪趣味なショーを見届ける心算は無い――貴様の相手は俺だ、亜獣よ。そこの使用人も、劇作家になるには少し能が足りなかったようだな」
「何が……何が分かる、小間使い如きが! この高尚な私の想いを分かろうはずがないだろうに!」
マナガルムの明白な挑発は、ツィーリオに近づきつつあった亜獣とツィーリオの視線を纏めて釘付けにした。本来持ちうる実力や術理は、怒りの前に軽率に崩れ落ちる。汚く喚き散らすツィーリオや配下の亜獣はまだいい。問題があるとすれば、その行く手を遮った君主の手管だ。
「……手早く正確に呪具を破壊するなら、手数が多い方が良いですね」
「そうですね! 拙者が壊せなくても誰かが最後に壊せばいいのです!」
ドラマのリトルブルーが影人形の動きに同期し、連続してネックレスの鎖を斬りつける。ともすれば本人を傷つけかねない剣閃はしかし、狙い違わず呪具のみを傷つけた。続けざまに放たれたルル家の魔剣は、ブレスレットへ強かに打ち込まれ、それにほんの僅かに罅を生む。
「皆が拓いた未知を無駄にはしない……このまま一気に打ち砕く!」
進路を阻む亜獣達はそのほぼ全てが仲間に引きつけられ、マルクの足止めたり得ない。
彼の放った神気閃光はエフィリアの呪具と、その傍に控えていたツィーリオとを捉えた。聖なる波濤は呪具に深い亀裂を生み、ツィーリオはさきの刺突傷を抑えながらよろめき、膝をつく。不殺を貫く光ではあれど、深い傷を負いながら未だ意識を保っている辺り、彼が真っ当な手段で力を得たとはとても思えない。
「じゃあ、この一撃で――終わらせるぜ」
シラスはひゅう、と息を吸うと目を見開く。圧倒的な集中力は周囲の雑事すべてを置き去り、狙いの障害たるエフィリアの姿すらも排除した。見えているのは、3つの呪具のみ。
鋭い猿臂はまず最も脆いネックレスの結合部を切り離し、続く貫手はブレスレットの罅を正確に撃ち抜く。足首の左右から振るわれた拳は、エフィリアの体を傷つけること無くアンクルを圧し割った。
「流石ですね、あの一瞬で全て壊すとは」
「エフィリアさん、もう貴女は自由だよ! 抗って! 自分の思う通りに!」
ヘイゼルはシラスの手際に感服しつつ、迫りくる亜獣達の得物を捌いていく。数の暴力は確かに驚異だが、たかだか両手に満たぬ数、しかも粗雑な技しか使えぬ相手に後れを取る彼女ではない。エフィリアへと声を張り上げるスティアも然り。堅牢な守りと強靭な精神力は、刃から浸透する各種の毒、その一切を受け付けない。
「えっ……あっ、え? どこ、ここ……?」
「突然のコトで混乱されていると思いますが、貴女を助けに来ました! ここから私達がお連れします、手を!」
呪具を破壊され、ツィーリオも能動的に催眠術を仕掛けられるコンディションに非ず。正気を取り戻したエフィリアは、多くの疑問と悲鳴を差し挟む間を与えられず、ドラマに差し出された手をとった。
「お目覚めかい? 王子様のキスは帰ってから貰ってくれよ」
ドラマの方を目を白黒させながら見るエフィリアに、シラスはひと仕事片付けた安堵感から息を吐きつつ冗談をひとつ。それでも、まだ仕事は序盤、最も厄介な山場を超えたばかりだ。
「何を……なにを、する、貴様、それは貢ぎ物だ、もう取り戻させは」
「それ以上は結構です。聞く価値もない」
リースリットは、縋るように手を伸ばしたツィーリオの背を雷光の剣で刺し貫く。虫の息ながらもしぶとく残っていた彼の命は、その瞬間に燃え尽きた。
「腕力自慢のようだが、俺もそう簡単に倒されるつもりはないぞ」
「――――ッ!!」
マナガルムは常に君主の正面煮立ちながら、その猛攻を徹底して受け続けた。その破壊力は率直に言って、「受ける」と覚悟を決めた彼でも些か以上に苛烈なものだった。
突き出した蒼銀の腕でハルバードの槍部分を逸し、体を左に流すが衝撃は腕を通じ体に響く。己を狙う配下の圧力を勘定に入れても、獣の頂点にいるだけの実力者ということだ。
「ベネディクトさん、大丈夫かい!?」
「気にするなマルク、俺よりスティア達が先だ! エフィリア嬢を守ってくれ!」
ドラマの背に隠れて拙い足取りで歩むエフィリアは、放っておけば亜獣達の餌食となろう。スティアやヘイゼルが足止めしている分が全てでない以上、一瞬の油断も許されない。
「マナガルム殿に任されては拙者も手抜きはできませんなあ! こんな胸糞悪い連中は今日限りで絶滅でありますよ!」
「……っ、危なかったら何が何でも癒やすからね! 耐えて貰うよ!」
ルル家は軽妙な口調と共に己の目を見開き、スティアに群がる亜獣達を虚たる三眼で薙ぎ払う。怒りに意識を取られ群がるだけの敵は、彼女の技術から逃れる手段を持ち得ない。マルクもまた、数打ちの雑魚を一掃すべくヘイゼル側へと神気閃光をうち放つ。殺せずともよい。それは仲間が成すことだ――期せずして、ルル家が先程呪具を壊す際に告げた言葉を、生きた相手に向けて告げようとは。
「傷は私も癒やすよ! 近付いてくれれば一緒に治せるから、どんどん倒してどんどん近付いちゃって!」
「無茶を仰りますなあスティア殿は! そう思いませんかシラス殿?」
「そこ、俺に振るところだった?」
スティアの周囲は魔術書の生み出す羽根の幻影と、聖域の加護をうけ圧倒的に彼女有利の空間を作り出している。さりとて、仲間がそこに近付くとなれば居並ぶ亜獣の多くを蹴散らさねば難しい。肩をすくめたルル家はシラスに話題を振り、シラスは言葉に窮して渋面を浮かべた。
その間も、両者の持つ魔眼は次々と亜獣を捉え、その自由を奪っていく。
スティアを左右から護るように立ちはだかった両者は、いよいよもって数を減らしたスティア側の亜獣に獰猛な笑みを浮かべた。
「Gr...」
「ヒィィッ!?」
「伏せて!」
ドラマは討ち漏らした亜獣の急襲からエフィリアを庇うように動くと、リトルブルーの一突きで大きくその個体を弾き飛ばす。エフィリアは一般人だ。歩みは亀のごとく遅く、痛みに耐える神経を持ち合わせない。呪具を着けていた後遺症から意識は朦朧としており、酷い悪夢の中のよう。だからこそ、芝居がかったどらまの動きが映えるというもの。そして、亜獣の落下位置にはしつらえたようにリースリットの放った雷の鎖が振るわれる。
「ここまでの数が潜伏している場所を突き止めるというのは、どうにも解せませんね」
「背後関係を洗ったほうがいいだろうが、果たしてツィーリオはいつからこのような……っと……!」
ヘイゼルは次第に減ってきた亜獣を前に今一度名乗りを上げると、襲いかかる得物を丁寧にさばきつつ顔をしかめた。それはマナガルムもまた感じていた疑問であり、君主の猛攻を前に軽々に考える暇の無かったものではある。……そして、君主とマナガルムの攻防は烈しさを些かも緩めずして、次第に君主側の動きの精彩を欠きつつあった。マナガルムが攻めに回っていないのに、である。
理由は大きく分けて2点。マナガルム側に潤沢な治癒を回すだけの味方の余裕があったことと、彼が受けた傷の一部をそのまま君主にかえしていたからだ。一撃が重ければ、それだけ亜獣は傷を増やす。そして、相手は治癒手段を持たない。両者の趨勢が決まるには、必然の環境だったと言えよう。
「申し訳なき儀には御座いますが、貴殿には斬殺死体になって頂きます!」
「利用された事は哀れにも思いますが、もはや打ち滅ぼすのみ。覚悟なさい」
ルル家とリースリットは亜獣の残りが僅かなのを確認するや、左右から君主目掛け猛然と仕掛けに行く。ルル家が作った隙にリースリットが合わせることで、雷の剣はより深くその身に突き刺さる。それでも視線をエフィリアに残している不敵さは驚異と不気味の一言に尽きるが、振り上げ、振り下ろしたハルバードは再び持ち上がることはなかった。
「お前の相手は俺達なんだよ。お嬢様に気を取られてる場合じゃないだろ」
シラスが隙をつく形で君主の腕の腱を切り落とし、その保持力を奪ったからである。……左手でそれを持ち上げるより早く、イレギュラーズの猛攻が君主を襲う。激戦でこそあったものの、終わる時はいつだってあっさりとしたものだ。
崩れ落ちた君主はもう立ち上がるまい。そして……。
●運命
「大丈夫? 着替えならちゃんともってきたから、あと体も拭いて、酷いことはされてないから……」
スティアは嫌悪と恥辱で混乱の極みにあるエフィリアの背をさすりつつ、準備してきたものを並べて彼女を慰める。傷物にならなかったのは幸いだった。少なくとも、純潔と正気を保っているならば婚姻の話は反故にはなるまい。
「貴女の婚約者殿に頼まれて助けに来ました! さぁ、婚約者殿を安心させて上げましょう!」
「でも、でも、私、こんな、こんな……!!」
「悪い夢ですよ、忘れても大丈夫です」
ルル家とリースリットも慰めるように言葉をかけるが、混乱の際にある彼女がどの程度聞き入れたものか。困ったように顔を見合わせた一同だったが、そこにどこからか駆けてくる足音があった。
「大丈夫かい、君達! それに……君がエフィリアだね? 探していたんだ」
「あなたは……?」
すわ新手かと身構えた男性陣は、しかし荒事とは縁遠そうな優男に、得物にかけた手を下ろす。
「フリューゲル、と呼んでくれ。君の許嫁だ」
フリューゲルと名乗ったその男は、真っ直ぐエフィリアに近付くと、己の服が汚れるのも構わず彼女を抱きしめた。
「僕が君に逢わないまま結婚を決めたのが悪かった。君と親交を深めたかったが、肖像画越しに見る君が麗しすぎてこうして会いに来る機会を作れなかった。寂しい思い、つらい思いをさせたね、もう大丈夫だ」
「フリューゲル……様……!」
歯の浮くような台詞の羅列は然し、彼の心からの言葉であることを一同は察していた。
だからこそ、エフィリアも抱きしめ返すことが出来たのだろう。
「結婚はゴールじゃなくてスタート、って言うよね。これなら、幸せになれるんじゃないかな」
「かもな」
「世間知らずもここまでくると芸術だけどな……」
マルク、マナガルム、シラスの3人は肩を竦めてその顛末を見守った。それ以上は、今は不要だろう。
問題があるとすれば……ツィーリオが持っていた呪具が果たして彼自身が調達したものなのかという点だが……。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
エフィリア嬢は無事、というわけでお疲れ様でした。
リプレイに描写していない範囲で多少負傷とかその辺ありますが、初手でかなり亜獣の配下をちらしたことでかなりスムーズに解決したと思います。
多分、いい夫婦になると思いますよ。
GMコメント
夢見る少女は現実を見ないがゆえにあらぬ幻想にとらわれやすいということです。
●達成条件
・亜獣の殲滅
・ツィーリオの殺害
・エフィリアの生存
・(オプション)エフィリアの身に何も起きないうちに救出する(目安5ターン以内)
●亜獣
ぶっちゃけるとゴブリンやオークよりもより人とそうでないものの境目が曖昧かつ醜悪な造形をした存在です。
だからこそヒトとの交配がかのうなのかもしれませんが……。
エフィリアの所領内には亜獣との交配を匂わせる伝承が残っており、当然ながら母体は子の顔をみてショック死するケースが殆どと考えられます。
交配から出産までが非常に早く、母体にかかる負荷も相応とみられます。
当たり前ですが、そんなことになれば結婚は本人同士が望んでも破算、家名没落、フィッツバルディ派の権勢に「わずかながら」瑕が付きます。
○君主
リーダー格です。
非常に強力な指揮能力を持ち、怒り無効です。
HP、回避、機動が高く武器はハルバード。巨体であるため「ハイ・ウォール」か2人以上でのブロックが必須となります。
存命する限り2レンジ全周への指揮(命中・抵抗増)が発動します。
攻撃はハルバードによる斬撃(物近扇・ダメージ中。猛毒、乱れ)、突き(物近単・ダメージ大。災厄、体制不利、流血)、投擲(物超ラ・万能。詳細不明、BS2~3+呪殺)などを使用します。
一定ダメージを与えられないまま5ターン経過すると、エフィリアに手を出そうとします(ツィーリオは積極的に手を出させようとします)
○配下×20
HP高めな以外、皆さんであればそこまで脅威とはならないでしょう。
ですが数の暴力による集中攻撃の回避減衰、群がってくることによる君主へ「無策で突っ込んでいって至近スキルぶっぱ」などが困難、など基本的なところは抑えておく必要があります。
通常攻撃(近)のみ、攻撃にランダムで混乱や暗闇などが付与されます。
●ツィーリオ
今回の事件を引き起こした犯人です。
催眠術のようなものに長け、エフィリアを呪具と催眠術で操っています。
戦闘力は高くありませんが配下に庇わせたり、自身も範囲BS付与や単体回復(君主向け。【副】)などを行います。
なお、彼を殺してもエフィリアの催眠は解けません。
●エフィリア
今回の被害者。OPのとおり夢見がち。多分許嫁と会ったら即落ちすると思います。相手誠意の塊だし。
3つ在る呪具を破壊(耐久:普通。部位破壊の為命中減衰あり)しないと催眠状態から解けません。
その状態で君主達から引き剥がそうとすると碌でもないことになると思います。死にはしませんが。
●戦場
洞窟奥、君主の間。
戦場としては広く、それなりの高さもあるので低空飛行は可能です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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