PandoraPartyProject

シナリオ詳細

昏きに瞬く一等星

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 輝かんばかりの夜も、登れぬほど高い場所に造られた――しかも鉄格子もはめられている――窓では、その一欠片を見る程度しかできない。けれども女は構わなかった。窓を見上げようとさえしなかった。
 だって、彼女は『星』を持っていたから。紙の上を自由に走る星は空のそれよりもずっと綺麗で、美しく、神秘的だった。
 けれど彼女は足りないと思う。まだ、まだ足りない。自らの人生を書き切るには羊皮紙もペンもあれど、インクが足りない。

 ここは監獄島。罪人ローザミスティカの支配する治外法権の地。ここに入ったならば出ることは叶わない。
 されど罪人が必ずしも不自由というわけではない。正しい手段を踏めば外の世界にあるものだって手に入る。もちろん非合法なものでも、非合法な手段でも。
「まだ……まだ、書かなきゃ……」
 何が女をそう駆り立てるのかわからない。彼女自身にしかわからないだろうし、ともすれば彼女自身ですらわからないのかもしれない。ただ『書かねばならない』と、焦燥感と勢いに突き動かされて一心不乱に字を綴っているのかもしれない。
 彼女の背後には何枚もの紙が整えられることなく広げられ、その1枚1枚にびっしりと星のインクで字が書かれている。それは地面いっぱいに広げられ――まるで、星空のようにも思えた。



「『星纏』というインクをご存じでしょうか」
 ブラウ(p3n000090)はイレギュラーズたちへ1枚の羊皮紙をてしてしと示す。足で。仕方ないのだ、彼はひよこ故にそうでもしなければ示すことができない。
「以前、ユリーカさんが同じように依頼として出していると聞いています。監獄島という場所からですね」
 イレギュラーズが顔を見合わせたならブラウは監獄島について詳しくないと捉えたのか、簡単ではあるが説明を付け足す。
 監獄島とは通称名であり、幻想沿岸部に位置した小島のことである。アーベントロートの暗殺すらも届かない治外法権が敷かれたそこは罪人の巣窟――いや、罪人の墓場とでも言うべきなのだろうか。
 そこを支配するは貴族殺しの大罪人ローザミスティカ。元社交界の花とも言われているが、謎が非常に多い女性である。
「監獄島は脱出不可能。そういわれている場所です。けれどその分、娯楽を楽しむための決まりがあるみたいで」
 この依頼もそのひとつなんですよ、とブラウは告げた。それが最初の『星纏』なるインクに繋がるのである。
「この中だと……琴文美さんは以前の依頼に参加されていたようですね。インクについては詳しいと思います」
「そうですね……ところで、今回はその星纏がどのような関わりを持つのでしょう?」
 魅力的なインクだったことはついこの間の事のように思い出す。あれをまた再び近くで拝めるのだろうか、と視線を向けた琴文美にブラウは頷いた。
「今回も星纏が欲しいそうです。ただ、今はオークションに出ていないので……略奪することになります」
 ターゲットは星にまつわる装飾品や置物を蒐集する幻想貴族。そこから星纏を掠め取ってきてほしいということだ。多少の被害は問わないとも聞いているらしい。ブラウは貴族の屋敷がある場所と侵入当日の警備についてイレギュラーズへ共有する。
「警備は毎日、定期的な巡回と不定期な巡回があるみたいです。盗賊避けでしょうね。そして肝心の星纏がある部屋ですが――よく分かりません」
 え、とイレギュラーズがひよこを見やる。そこが一番大事な所では?
「よく分からないんですけれど、見える場所にはないということです。これは貴族本人が発言していて、恐らく隠し部屋の類ではないかと。よっぽど自身があるんでしょうね」
 つまるところ、イレギュラーズたちは警備の穴を潜り、時に昏倒させながらどこにあるかも分からない隠し部屋への通路を探すと言うことである。こればかりは現地調査――もといぶっつけ本番だ。
「皆さんなら大丈夫だと思いますが、イレギュラーズだとはばれないように。報酬は弾まれてますから頑張ってください!」
 皆さんがばれないように、切にお祈りしておきますとブラウは力強く告げた。

GMコメント

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●成功条件
 『星纏』の奪取

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に気を付けてください。

●エネミー
・警備兵
 貴族の私兵です。日中・夜間を問わず2人組で定期巡回と不定期巡回を行っています。各自での通信手段を所持しています。
 戦闘能力としては並ですが、ブルーブラッドのみで構成されているらしく不意打ちにあいません。また耐久力はそれなりにあるようです。

・番犬
 庭にいるワンチャンです。主人にはなついていますが、その分他者には酷く吠えます。客人にも吠えるそうです。
 彼らは総じて素早さと攻撃力が高く、防御技術は低めです。通常攻撃に【出血】【致命】を持ちます。

●フィールド
 貴族邸。広い前庭があり、屋敷へ繋がっています。側面には使用人口がありますが、夜間は固く閉まっているでしょう。
 皆さんで相談して頂ければそのような部屋は屹度ある事でしょう。書斎や寝室や食堂やエトセトラ。同じように隠し部屋についても推理をしてみて下さい。皆さんでどれだけしっかり推理・予想してあるかで到達のしやすさも変わります。

●星纏
 特別なインクです。瓶に詰めれば夜空のように、書けば天の川のように煌めきます。
 製法を知る者、製作者はごく僅かで一般公開されていません。厳重に守られたそれはオークション会場でのみ手に入れられる代物なのです。
 前回の依頼は以下ですが、読まなくともご参加いただけます。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/3690

●ご挨拶
 愁と申します。
 大変お待たせいたしましたが、アフターアクションを採用させて頂きました。またあの煌めきを手にしましょう。
 それでは、ご縁がございましたらよろしくお願い致します。

  • 昏きに瞬く一等星完了
  • GM名
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年01月31日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エマ(p3p000257)
こそどろ
ルルリア・ルルフェルルーク(p3p001317)
光の槍
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
シラス(p3p004421)
竜剣
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
日暮 琴文美(p3p008781)
被虐の心得
影縫・纏(p3p009426)
全国大会優勝

リプレイ


 日が陰る。藍が降る。――宵が来る。日が地平線に遮られていく様を『特異運命座標』影縫・纏(p3p009426)は無言で見つめていた。視界がだんだんと悪くなる中、彼女だけでなく他の人影もまた見えづらくなっていく。
「最早沙汰を聞くこともないと思っていましたが……」
「ああ。オークション会場の次は貴族様の屋敷だと」
 『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)と『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)の視線はすっかり日が落ちて影になった建物――今回のターゲットがあると言う貴族邸へ向けられている。遠目ながらも灯りが落とされているらしいことはわかるが、それでもまだ油断はできない。深夜とも言うべき時間まではあと少しある。
 前回、と言うべきか。同じターゲットを奪ってきてほしいと同じ者からの依頼があった。依頼人は監獄島に収監された罪人であり――その罪状は知らないが――ターゲットにいたく執着しているのだそう。希少価値の高いそれを依頼して取り寄せては文字を綴り、それがなくなりそうになってはまた依頼をしているらしい。もしかしたら依頼人が死刑執行されるまで断続的な依頼が来る、なんて可能性もありそうだ。この依頼こそがそうなのだから。
「よもや、あれを生きて使い切るとは」
 小瓶ではありましたが、と呟くクーアの耳にくすりと小さな笑みが忍び込む。視線を向けられた『被虐の心得』日暮 琴文美(p3p008781)は目を細めた。
「けれどそのおかげで、またあのお綺麗なインクを拝めるのですもの。なかなか楽しみですねぇ」
 星空のように綺麗なインク『星纏』。拝める機会はそう多くないものは、けれど確かに魅せられるものであった。またこの依頼に関われるということは琴文美にとって行幸である。
 護符の力で夜目を得た琴文美は、視線を巡らせこちらへ歩いてくる姿を認める。情報収集へ出ていた『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)だ。
「首尾は」
「上々……と言いたいところですが」
 寛治は眼鏡のブリッジを押し上げる。その表情を見るに、最善とは言い難いようだ。
(流石に主人を裏切らせることはできませんでしたか)
 幸いにして使用人の服に関しては着古して廃棄前のものがあると譲ってもらったが、見取り図や主人の動向に関しては一切わからない。これに関しては侵入班に頑張ってもらう他ないだろう。
 相手はつい先ほど接触し、一応路地裏で『眠って』もらっている。起きた頃には自身らが既に犯行を終え、逃走していることだろう。明らかに寛治と関係のある事であり、相手と接触した以上は顔が割れている――が、多少なりとも顔見知り。そして何より相手は『使用人服を渡した』という共犯者だ。伝えれば相手の首も飛ぶはずであり、恐らく密告はされないだろう。
「それでは、こちらはお任せください」
「在り処もわかんねーとなりゃ面倒臭ェ感じだが、そっちは任せたぜ」
 寛治は潜入班のメンバーに服を渡し、ことほぎは夜目が利くよう目薬を差してから顔を隠す。こちらの方面で知られていることほぎは殊更顔を見られない方が良いだろう。
 潜入班が服を手に屋敷の使用人口へ向けて移動し始め、陽動班も準備ができ次第動き出す。始まりの合図はクーアの放つ家事一犯。
「派手にいきますよ」
 燃え上がった炎が屋敷をも照らし出し、犬の吠える声がそこかしこで聞こえ始める。ことほぎは屋敷の門を壊して侵入すると、懐にしまっていたものを取り出し投げつけた。
(勿体ねェことさせるぜ)
 青薔薇の口づけと名付けられたそれは享楽的で華やかな薔薇の香水。高級品ではあるが、香水である以上嗅覚の利く犬には効くはずだ。
 しかし犬たちは素早くそれを躱し、小分けにされた小瓶たちは庭に転がる。ことほぎはマスクの下で顔を顰めてみせた。
「クッソマジでもったいねー!」
 拾い上げに行く暇もなく、犬たちが牙を剥く。先ほど上がった火に屋敷の方も騒がしくなり、警備兵が出てきているようだ。
「どうもこんばんは。おとなしく金目のモノを出していただきましょうか」
 隙だらけに彼らの前へ立ち宣言した寛治へ、何とも言い難い視線と共に武器が向けられる。先ほどの炎と無断での立ち入り、歓迎し難い相手であることは明白だ。されど、どうしてこうも隙を見せるのか。
「わたくしもお相手致しましょう。さぁさ、楽しませて下さいませ?」
 武器は未だ仮初なれど、互いに退屈な事にはならないだろう。琴文美は嫣然と微笑みながら暗器を構える。ことほぎは煙管を加え、羅宇を伝って上がってきた煙をふぅと敵へ向かって吐きだす。そしてにぃと口元を歪め、ディスペアー・ブルーを謡い始めた。
「なんだ、この歌声は……ッ」
「聞くな! 怪しい呪術の類――ぐはっ」
「おい何やってんだ!」
 ある者は苦しみ、ある者は突然味方へ切りかかる。俄然騒がしくなった前庭に警備兵は気を取られ、犬は目の前の招かれざる客に唸り声をあげ。屋敷の片隅から静かに侵入を果たした『使用人の臭いを纏った何者か』は気づかれる間もなく、屋敷の影へと姿を隠したのだった。

 時を少々遡り――陽動班と分かれた潜入班のメンバーは、寛治が得た使用人服へ着替えて再集合していた。
「ひひ、盗みがいのある依頼が来ましたね」
「ええ、パパっと盗んじゃいましょう!」
 『こそどろ』エマ(p3p000257)と『光の槍』ルルリア・ルルフェルルーク(p3p001317)視線を合わせて頷き合う。エマはターゲットについて良く知らないが、希少価値の高いブツを盗み出すなんていかにも本領発揮できる依頼である。
 ルルリアは可愛い顔をしているが、これでも元世界で盗みを働いた身。あの時は貧困層の人々の為、国から盗みを働いたが今回はインクの為である。インクは蒐集するものではなく文字を書くためのもの。インクがインクとして使われる場所へ行った方が幸せに決まっているのだ。
「あっちも始まったみたいだぜ」
 覆面をしているがゆえに少々くぐもって聞こえるシラス(p3p004421)の声。その顔は屋敷の門の方へと向けられている。今しがた大きく火が上がり、そして門の破壊されるような音も響いた。十中八九仲間たちだろう。
 彼もまた陽動班にいることほぎたちと同様、以前の星纏強奪依頼に参加した身である。あの時もインクより監獄島から依頼してきたという依頼人に興味が湧いたが、やはりそこまでして手に入れ続ける相手には興味が湧く。
 ――が。今は仕事だ。可能な限り陽動が効いている間に星纏を見つけて脱出したい。
「えひひひ……それでは、行きましょうか」
 風向きもバッチリですよ、とエマ。屋敷の前庭の方からエマ達へと流れてくる風は彼女ら自身の臭いをうまく流し、番犬に悟らせず侵入できるだろうと。
「門……には鍵がかかっていますね」
「私が開けますよ」
 盗賊の本領発揮――一般的な鍵なら朝飯前。あっという間に鍵を外したエマは、音もなく門を開けると忍び歩きで屋敷の方まで向かっていく。シラスが前庭の方向を注意深く観察するが、陽動は上手くやっているようだ。
 屋敷の使用人口もエマが鍵を解除し、ゆっくりと鍵を開ける。陽動の動きもあって遠くで慌ただしい気配はするものの、この近くには誰もいないようだ。
「……ん? 灯りはないんですねぇ」
 エマは視線を彷徨わせ、使用人口にろうそくのひとつも置いていないことに気付く。出入りの際に必要なのではないかと思うのだが、恐らく別の場所で保管しているのだろう。
『ひとまず、怪しい所としてはインクを使う書斎や寝室ですが……コレクションルームのようなものも存在するのではないかと』
 ここからは密やかに。ルルリアは2人へ蒐集品の集められた部屋の可能性を示唆する。貴族が蒐集家である以上、インクの用途は鑑賞用のはず。ならば他の蒐集品ともども盗まれにくい場所へ保管しつつも、同じ趣味の貴族を招いて紹介するような部屋が隠し部屋として用意されていてもおかしくないはずだ。
『成程。ここの貴族が見せたがりなのかはわからないけれど、可能性はありそうだ』
 何はともあれ、ひとつずつ部屋を見ていく必要があるだろう。手近な部屋へ忍び込み、3人は壁や床などを捜索してみる。
『どうです?』
『何もありませんねぇ……』
『こっちもだ』
 物置のような部屋だったので深く詮索することはせず。隣の部屋へ向かおうかと扉へ向かった3人は、ドアノブへ手をかける直前でその動きを止めた。
「聞いたか? 賊が結構手練れらしいじゃないか」
「ああ。どこの誰かはわからないが、随分な人材を雇ったみたいだな」
 巡回の警備兵だろう。その話は今しがた戦っている仲間たちの事で、恐らくまだ戦闘が続いていると思わせた。彼らの向かう先に気付いた3人は視線で問い合う。

 ――使用人口、ちゃんと閉めましたっけ。
 ――私は最初に入ったもので……。
 ――扉は閉めたけど鍵は……どうだったかな。

 そうしている間にも警備兵たちは使用人口へ辿り着き、開いていることに気付いたらしい。シラスとルルリアはひとつ頷いて部屋を飛び出し、警備兵たちへ突っ込んでいく。
「! お前たちか」
 1人は剣を抜き、1人は通信機器らしき腰の箱に手を伸ばす。そこへルルリアの放った不可視の刃が襲い掛かった。
「ちっ……!」
 防具で庇うこともできぬ鋭い刃に翻弄される警備兵。シラスも容赦なく攻撃を叩き込み、その最中に通信機器を相手から奪い取った。
「悪いね」
「少し眠って頂きますよ!」
 2人の猛攻にダウンする警備兵たち。使用人口を改めて内側から閉め、気絶した彼らを先ほどいた物置部屋へ連れて行くとその隅っこで震えるエマがいた。
「ぜ、絶対に戦闘しないつもりだったのに……」
「それはまあ、無理な話だと思うぜ」
 警備兵たちが目覚めても邪魔できないよう、その辺りにあったもので手足を縛る。陽動が頑張れば巡回自体も減るやもしれないが、完全にというのは無理だろう。しかし『何事もなかった』ように見せるのも重要ではある。
「注意を逸らすだとか、回避できそうなことは回避していきましょう」
「ああ、それはそうだね。俺たちが戦えばいつかは必ず不審に思われるし」
「この人たちが帰ってこないっていうのもその内気づかれますね」
 ルルリアは気絶した2人へ視線を向ける。さあ――より早く、見つけなければ。



「ああ……ごめんなさいねぇ?」
 今しがた切り捨てた兵を見下ろし琴文美は笑う。出来るだけ急所を外し、四肢を狙って攻撃をするものの手が滑ってということはある。それが余裕のない状態であれば、なおさら。
 傍らで炎が激しく燃え盛り雷が走り、琴文美の姿を照らす。クーアの放った大魔術によって警備兵たちが倒れて行くが、屋敷からはまだ応援が出てくるようだ。しかしそれも琴文美たちにとっては願ったり叶ったり――都合が良い。
(あの繊細で大胆な動き……見習わなければ)
 此度の同志であり先達であるイレギュラーズたちの動きを見ながらも琴文美は武器を構えなおす。ここで潰れてしまう訳にはいかない。無事に依頼を完遂し、あの綺麗なインクを目に入れようではないか。
「犬っころが乙女の柔肌傷付けてんじゃねーよ!」
 ことほぎは番犬につけられた傷の出血を止めて再度戦線へ。この程度ですごすご下がるようなタチではない。怨み返さんと言うように吐き出した煙が番犬を射抜き、監獄魔術を発動させる。その魂はもはや檻の中――自らを攻撃し始めた番犬へことほぎは嗤った。
「おい、行かせるなよ!」
「何手こずってんだ!」
 警備兵たちの怒号が交錯する。屋敷の方へ向かおうとした寛治は瞳を眇めてステッキ傘を構えた。
(それでいい)
 押し入ることが出来てしまってはこちらも困るのだ。全力で止めにかかってもらわないと意味がない。
 仕込まれた銃口から弾幕という名の驟雨が降り注ぐ。その間を縫って飛び掛かってきた番犬を半身ずらして躱し、寛治は地を蹴って後退した。追いかける素振りを見せた番犬へ度重なる雷の奔流が迫る。
「私が相手ですよ」
 自らへ番犬を引き付けさせたクーアは手心を加えたい――ところだが。視線を周囲へ走らせ、戦況は芳しくないことを悟る。敵数の方がこちらよりも多く、そして回復手も存在しない。長期戦になれば成程不利になるのは必然だ。潜入班が出てきてさえくれたならあとは撤退するのみだが、今のところはその影もない。
(まあ、見つけるのに時間がかかるのは当然でしょう)
 クーアには1点、引っかかっていることがある。
(『隠し場所』が盗人避けに誇ることなのですよね)
 この警備体制とて相当のものであろうが、それを上回るほどの隠し場所なのだと。隠し場所を知る者がその心を覗かれてしまったらどうしようもないだろうに、それでも誇れるものなのか。
 勿論それを防ぐ手段もあるが、リスクを承知していなかったのか、承知した上での発言なのか。クーアは考えつかぬわけはないと考える。
 故に――こう思うのだ。例え場所や到達手段を知ったとしても、物理的に到達できないか時間のかかる場所なのではないだろうかと。
(そうであれば時間がかかるのは必然)
 クーアたちに必要なのは考え、到達するための時間稼ぎ。潜入班が警備兵に引っかかる憂慮を可能な限り減らす事。クーアは視線を敵へ向け、より一層赤く美しい炎を放った。

『ありませんね……』
『壁の向こうは普通に部屋みたいです』
 唸るエマの前に物質透過で壁の向こう側を見に行ったルルリアが帰ってくる。隠し部屋の類はないようだ。
『だいぶ見て回ったけど、あとは書斎と寝室?』
 シラスは回ってきた部屋とその間取りから、脳内でざっくりとした見取り図を思い浮かべる。実物がないのは残念だが、そうそう目に入る場所にあるものでもない。
『プラネタリウムは流石にありませんでしたね』
 ルルリアは潜入前にことほぎが言っていた言葉を思い出す。暗い場所に置いてあるのではということだったが、地下室などにも見当たらなかった。
『ここはやっぱり……』
『ああ。書斎かな』
 エマとシラスが顔を見合わせ頷く。やはりこういう時は書斎に隠し扉、隠し部屋があるのが物語などでの定石である。
 善は急げ。3人は書斎らしき部屋へ忍び込み、本棚を順に調べて行く。エマはデスクの引き出しなどを開けてみたが、流石にスイッチなどはなさそうか。
『ここの壁、通り抜けられないんですね』
 ルルリアは本棚の向こう側へ通り抜けようとして断念する。本棚自体の厚みもあるが、壁もそれなりの厚みがあって通り抜けられない幅があるらしい。
『あれ? ここ、なんか変な感じがしますね』
 エマはふと本棚に並んだ本を見て首を傾げる。他よりもより一層汚い感じがする。別に他の棚がそこまで綺麗に整頓されているわけではないが、ここは随一だ。よく使う本ということか――或いは。
『並び変えたら何か起こる……とか』
『えひひ、本の読み過ぎだと思いますけれどねぇ』
 などと言いながらも、エマはシラスと共に本を並び替えてみる。違うのであれば戻して放置すれば良いのだ。
 これが最後――本を差し込んだ瞬間、カチリという小さな音が書斎に響く。エマとシラス、そしてルルリアは顔を見合わせた。
『……誰が本の読み過ぎだって?』
『ひひ、貴族の方も本好きなんですよきっと』
 軽く本棚を押しこむと重そうなそれは簡単に奥へ。そして随分と奥深くへ移動すると、今度は横へスライドする。確かにこの厚みであればルルリアのような物質透過持ちであってもすり抜けられまい。
「行きましょうか」
 3人は注意深く隠し通路を進んでいく。その先にあったのは――。
「……えぇ?」
 大量の星纏らしき小瓶。けれど1度インクを見たことがあるシラスはそれが恐らく贋作であろうと判断する。ここにある小瓶は暗い色合いだったり、逆に明るすぎたりとムラが多い。希少価値のあるインクがこんな杜撰な制作をされているとは思えない。
「この中に本物が……?」
「あったとしても、探すのはあまりに時間が……」
 陽動班も限界はある。それまでに脱出しなければこちらも捕まりかねない。束の間瞑目したシラスは瞼を開け、2人を見た。
「最後の手段だ」
 残るは恐らく1部屋。そこがこの屋敷の主寝室である。襲いに行くという訳ではないが、少しばかりお邪魔しようではないか。

 ――完璧に思えても、隠し場所が安全かは不安になるものですよ。

 貴族は窓際に立って前庭を見下ろしていた。そこから見えるのは侵入者たちと私兵たちの戦闘だ。見ていて気持ちの良いものではないが、その結末を確認する必要はある。
 ふと隣の部屋から物音がして、男は視線を扉へ移した。この部屋は2つの部屋が扉続きになっているが、もう1室から音がしたようだ。まさか侵入者か――扉を静かに開けた男はその目を零さんばかりに見開く。

【間抜けめ、星纏は頂いた】

 壁に直書きされたそれはあのインクによるもの。思わず部屋を飛び出した男は書斎へ駆け込み、本棚が綺麗に整頓されていることに気付く。押せばいとも簡単に開き、生じた隠し通路を通って星纏の間へ。こんな偽物たちに興味はない。見るべきは――。
「――成程、指紋で開く扉だったのか」
 そんな声が聞こえて。男は振り返る前にその意識を闇へ落とした。

成否

成功

MVP

シラス(p3p004421)
竜剣

状態異常

日暮 琴文美(p3p008781)[重傷]
被虐の心得
影縫・纏(p3p009426)[重傷]
全国大会優勝

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 星纏のインクは無事に届けられたようです。

 それでは、またのご縁をお待ちしております。

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