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シナリオ詳細

<アアルの野>鎮魂と悲哀のルフラン

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●今再び地下迷宮へ
「この子は……エートゥ。ちょっと弱気な子で……ヴェリの後ろに隠れてばかりでした。……一緒に、行っちゃったんだね」
 少女は重なる様に倒れた遺体、その瞳を、大切そうに閉じさせてやった。二人の身体は酷い切り傷が残されていて、それが近くにあったトラップによる傷であることに、よく観察すれば気づいただろう。
 ファルベライズ中核遺跡、その道中に、少女……スヴィと、朔・ニーティア(p3p008867)をはじめとするイレギュラーズ達はいた。
 スヴィは、イレギュラーズ達と敵対する大鴉盗賊団に雇われた傭兵として活動していた経緯がある。そして、彼女達の部隊が担当したのは、本隊が到着する前にルートを開拓する斥候であった。
 その道中で、スヴィの仲間達は、トラップや、遺跡の防衛システムである怪物たちの手にかかり、死んでいった――スヴィは、そんな仲間達の遺体の回収を、イレギュラーズ達に依頼したのである。
 もちろん、スヴィに依頼料を用意するだけの蓄えがあったわけではない。この依頼は、ラサの色宝対策関連機関によりサポートされ――如何に敵対していたとは、子供の遺体を放置するというのも忍びないという事で――正式に、ローレットへともたらされた依頼となっている。
 それはさておき。
「おねがいします」
 スヴィが頭を下げるのへ、
「ん。まかせて、スヴィちゃん」
 朔は頷くと、仲間達と共にその遺体を丁寧に毛布にくるんでやった。そのまま丁寧に、遺跡の外へと運んでやる。
 この往復を、イレギュラーズ達は何度か繰り返していた。スヴィが遺体を確認し、イレギュラーズ達が外に運ぶ。何度となく繰り返されたそれを、黙々と、或いは祈りをささげるような気持で、続けていった。
 『子供たちの傭兵部隊』と仮称されたスヴィは、確かにイレギュラーズ達と敵対した。さりとて、子供たちが無為に命を落とすのを、イレギュラーズ達も受け入れたわけでもない。助けられるものなら救いたかった。何人もの命を、その手からこぼしてしまったけれど、その償いではないが、遺体となった彼らを回収することは、彼らにとっても、イレギュラーズ達にとっても、心に一区切りをつけるための、儀式のようなものだった。
 ――その儀式を見守る、泥のような物体の瞳に、イレギュラーズ達はまだ気づいていない。

●下層にて
 地下遺跡の広場には、まだ真新しく感じる焦げ跡や、戦いの痕跡が残っている。ファルベライズ中枢遺跡を舞台とした先の戦いで、ここで八名のイレギュラーズ達が、スヴィ達子供たちの傭兵部隊と戦闘に入った。
 結果はイレギュラーズ達の勝利であり――何名かの子供たちの命が、ここで失われた。
「ここでは……」
「覚えてるよ。リーッタ。クスティ……きっと、優しい子だったんだろうね」
 複雑な思いを乗せながら、命を落とした、敵の少年と少女の名を、朔は呼んだ。部隊の指揮をしていた少年と少女、そして彼らに従い、最後まで抵抗をつづけた子供たちの姿を、思い出す。
 彼らは、家族を守るために、色宝を求め……そして命を失った。そのことを考えるたびに、朔の胸に、ぐちゃぐちゃとした、形容しがたい黒いものが浮かんでいた。
 スヴィが、死した子供たちの名前を呼んでいく。ひとりひとり。丁寧に。大切に。イレギュラーズ達が、遺体を毛布に包んでいく。もう安心だよ。誰も君たちを傷つけることは無い。そう伝えるように。
 と――。
 がさり、と。
 何かが、足音を立てた。イレギュラーズ達はその音に、臨戦態勢をとる。ファルベライズ中枢は、未だに何が起こるかわからない未知の地だ。そのためにイレギュラーズ達に遺体回収の依頼が出されたわけだが、その用心が的中してしまったらしい。
 遺跡の影から、それが姿を現した。それは、子供のように見えた。
「……マリッカ?」
 スヴィが思わず、声をあげた。そこにいたのは、ふわふわのブロンドの、幼い少女の姿であったのだ。
「スヴィ? スヴィ。スヴィ」
 喘ぐように――『マリッカ』が言う。スヴィは、頭を振った……ありえないものを見るかのように。ありえない。そう、あり得ないのだ。何故なら、マリッカと言う少女は、先ほどスヴィが名を呼んだ少女であり――その遺体は、先ほどイレギュラーズ達が回収したはずなのだから。
「どうして? どうして、マリッカが……リーッタ? クスティもいるの?」
 混乱したように、目を見開きながら、スヴィが『名前を呼ぶ』その都度、遺跡の影から、子供たちが現れた。
 名前を呼ぶ。子供たちが現れる。ああ、それは、確かに……此処で命を落とした、スヴィの家族たち……死亡したはずの『子供たちの傭兵部隊』達の姿だった!
 在りえぬ事象に遭遇した時に、人の反応二つに分けられる。警戒するか、全面的に受け入れるかだ。
 スヴィは――。
「皆……」
 受け入れた。その顔を、混乱のは確かに笑顔を浮かべて――。
「色宝で、蘇ったのね! 願いを、かなえてくれた……!」
 駆けだそうとするスヴィを、朔は制した。
「スヴィちゃん、待って」
「朔さん……?」
 朔は、警戒した。死者がよみがえるなど、ありえないのだ。少なくとも、現時点において、そのような現象は……多くの者がそれを求め、しかし実現していない。
「違う。あの子たちは、蘇ったんじゃあない」
「でも!」
 イレギュラーズ達には、情報があった。『ホルスの子供たち』。数種類のハーブと人体を煮込んだスープに、泥人形を漬け込み、色宝を埋め込んだ者。
 『名を呼ばれれば、その者のように振る舞う』、錬金術のまがい品。禁忌の泥人形。
 スヴィにも、その知識はもたらされていた。でも、ああ、それでも。
 目の前に失われた命がいたならば。
 可能性にすがってしまっても、誰もそれを責められまい。
 イレギュラーズ達は、しかし取り乱すスヴィを背後に押しやって、武器を構えた。
 蘇った子供たち……『ホルスの子供たち』と呼ばれる泥人形は、生前同様に手にした武器を構えて、イレギュラーズ達へとにじり寄る。
「やめて……やめてください! また、また!」
 あたしから家族を奪うんですか――。
 悲鳴のように響いたスヴィの叫びを合図に、両者は一斉に、戦場へと飛び出した。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 ファルベライズ中枢での行動中に、『ホルスの子供たち』と遭遇しました。
 これをすべてせん滅してください。

●成功条件
 すべての『ホルスの子供たち』の撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●状況
 かつて、この地で死亡した子供たち。その生き残りのスヴィ少女と共に、皆さんは、遺体回収のためにファルベライズ中枢遺跡へと足を踏み入れました。
 問題なく作業を終えていく中、皆さんは、『ホルスの子供たち』と呼ばれる錬金術の怪物と遭遇します。
 その姿は、先ほどまで皆さんが回収していた遺体の姿と……スヴィ少女のかつての仲間であり、家族であった子供たちと、まったく同じ姿をしていました。
 まるで子供たちがよみがえったかのように思えますが、実際にはそうではなく、『ホルスの子供たち』は姿を真似ただけのまがい者の怪物たちです。
 遠慮はいりません。全て破壊してください。
 戦闘エリアは遺跡深部。周囲にはクリスタルにより照らされて充分明るく、内部も充分広いものとします。

●『子供たちの傭兵部隊』について
 <Raven Battlecry>事件にて、大鴉盗賊団に雇われた、幼い子供たちで構成された異質な傭兵部隊です。同事件にてイレギュラーズ達と交戦し、何名かはそのまま命を落としました。スヴィはその生き残りの一人です。
 どうもアドラステイアに関連しているようですが……現時点では詳細は不明のままです。

●エネミーデータ
 ホルス・クスティ ×1
  かつてこの地で死亡した幼い少年。スヴィのかつての家族。
  子供ながら大人顔負けの剣術を取得しており、『ホルスの子供たち』であるこの個体も、強力な前衛剣士として振る舞います。
  物理属性の近距離攻撃や、『出血』系統のBSを使用してきます。

 ホルス・リーッタ ×1
  かつてこの地で死亡した幼い少女。スヴィのかつての家族にして親友。
  子供ながら大人顔負けの魔術師。サポーター、ヒーラーとして行動します。

 ホルス・マリッカ ×1
  かつてこの地で死亡した幼い少女。スヴィのかつての家族にして親友。
  子供ながら、大人顔負けの魔術師でした。
  神秘属性の遠距離攻撃や、『火炎』、『凍結』系統のBSを使用してきます。

 ホルス・チャイルド ×10
  かつてこの地で死亡した、幼い少年少女たち。スヴィのかつての家族です。
  子供ながら、それぞれ傭兵としての水準は高い実力を備えていました。
  前衛剣士が4、後衛弓士が3、後衛魔術師が3、と言う構成になっています。
  剣士は『痺れ』系統のBSを、弓士は『毒』系統のBSを、術師は『呪殺』を、それぞれ使用してきます。

●味方NPC
 スヴィ ×1
 朔・ニーティア(p3p008867)さんの関係者。『子供たちの傭兵部隊』に所属していた生き残りであり、現在は朔さんの保護観察下にあります。
 戦闘能力は一応あり、魔術師として振る舞います……が、狂乱状態に陥っていて、戦闘には積極的に加わりません。
 スヴィが戦場に存在する限り、以下のスキルが発動します。

 少女の慟哭
  少女の慟哭は、聞く者の心をざわつかせる。
  スヴィが戦場にいる限り、毎ターン最初に、すべてのイレギュラーズ達にBS『呪い』を付与する。

 スキル止めるには、説得するなど、何らかの対策が必要です。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

  • <アアルの野>鎮魂と悲哀のルフラン完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年01月24日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
チェルシー・ミストルフィン(p3p007243)
トリックコントローラー
浅蔵 竜真(p3p008541)
節樹 トウカ(p3p008730)
散らぬ桃花
朔・ニーティア(p3p008867)
言の葉に乗せて
山神・ゆたか(p3p009265)
山神様

リプレイ

●穴倉の慟哭
「やめて……やめてください! 皆をこれ以上傷つけないで!」
 スヴィの絶叫が響き渡った。少女の慟哭は、イレギュラーズ達の心に、重いしこりとなって影を落とす――しかし今は、それを振り切らねばならない。
 前方には、子供のような姿をした、冒涜的な物体たちが存在するのだ。『ホルスの子供達』。錬金術によって生み出された、死者の振りをするまがい物。
「……一見すれば、か。確かに、僅かに顔を合わせただけの俺だって、驚くよ」
 『神威の星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)が言った。まったく、見た目通りなら、それは確かに人間のように見える。以前、子供達と遭遇し、戦ったウィリアムですら、その見た目に既視感を覚えるほどに。
「だが……そうじゃないんだよな。あいつらは、偽物なんだ」
「そうやねー。ウチには、あの子らのー……なんていうんかなー、魂みたいなものが感じられんなー」
 『山神様』山神・ゆたか(p3p009265)がそう言う。魂を、その者をその者たらしめる要因とするならば、目の前に立つホルスの子供達には、決定的にかけている何かがあるという事だ。そして、そのかけている何かこそ、ホルスの子供達が、スヴィの家族ではないことの証左である。
「戻ってきてはいけない……ううん、『戻ってくるはずのない』子が戻ってきたんやねー。でも、それをあの子に分かってもらうにはー」
 少しばかり時間が必要だろう、とゆたかが言う。以前のスヴィであれば……傭兵として、死を身近に覚えてきたスヴィであれば、ここまで取り乱すことは無かっただろうか。しかし、短期間とは言えスヴィは『言の葉に乗せて』朔・ニーティア(p3p008867)に保護され、普通の生活を送っている。となれば、その心境が変化することも当然である。
 通常ならば、子供としては良い変化である。とはいえ、戦場に立つものとしてみたならば、それは弱くなったとみるべきだろう……善し悪しを問う事は、今は必要ない。重要なのは、スヴィを放っておいては、良くない影響が発生する可能性があるという事だ。
 事実、呪いのような叫びはイレギュラーズ達の精神にこびりついていたし、もし倒された仲間の名を叫べば、ホルスの子供達は何度でも立ち上がり、イレギュラーズ達を襲ってくることだろう。それはきっと、スヴィの望むところでもあるまい。
「スヴィちゃん、ウチらは、家族を奪う気はないんよー。あれはただのモノやからー、あんたの家族ちゃうよー。家族はーもうここにしかおらんよー」
 胸に手を置いて、ゆたかは言った。スヴィは、ぐっ、と言葉に詰まった様子を見せた。
 理解している。でも納得は出来ない。そのような様子で。
「どうする。俺は――」
 容赦なくホルスの子供達を殺せる、と『病魔を通さぬ翼十字』ハロルド(p3p004465)は伝えた。ハロルドは、戦場に立つ男だ。戦いの中で、その信念は決して折れない。その信念の為なら――仮に、オリジナルの子供達と遭遇した時でさえ、場合によっては手を抜くことは無かっただろう。
 だが、そのようなものだからこそ、やれることがある。例えばこんな時に、憎まれ役を買って出てやることだ。
「俺には、そいつにかける言葉はない。だから、任せる」
 ハロルドは駆けた。その身に、呪いの術式が襲い掛かる――それを寸前に躱し、前衛に立つホルスの子供達へと斬りかかった。退魔の刀が、剣を持つホルスの子供達を切り裂いた。その切り口から覗くのは、泥のような中身だ。
「ハッ、やっぱり見かけだけかよ――」
「――ッ!」
 切り伏せられ、倒れる子供達。その様を見たスヴィが、悲鳴をあげる。レイマ! スヴィが倒れた子供の名を叫ぶ。ずず、と音を立てて、斬り捨てられたホルスの子供達が逆再生するみたいに傷愚土をふさぎ、再び立ち上がった。
「名を呼ばれればいくらでも復活するってのか……つくづく性質の悪い!」
 『レイマ』から振るわれた剣を、ハロルドは退魔の刀で受け止めた。子供とは思えない膂力。明らかに人外のそれが、ハロルドの腕を痺れさせた。
「スヴィ!」
 朔が叫び、スヴィの身体を抱き留めた。「放して!」スヴィが暴れる。
「スヴィ……お前は、怒るべきだ」
 『天翔る彗星』新道 風牙(p3p005012)は、スヴィの隣に立ち、静かにそう言った。
 失った存在と、このような形で再会させられる。その気持ちは、風牙にも理解できた。しかし、悲しみ以上に、ホルスの子供達、その冒涜的な在り様に、胸糞の悪さを覚える。
 だから……風牙はスヴィに、怒るべきだ、と告げたのだ。
「お前の家族の姿を勝手にコピーした挙句、彼らの意思を完全に無視して人を襲わせようとしている。多分それは、お前らが一番嫌がってたことじゃないか」
 スヴィの目に、涙が浮かんでいた。
「怒れ。もう怒ることもできないやつらの代わりに。……朔、スヴィを頼むぞ」
「ええ。少しだけ、待ってて」
 朔の答えに、風牙は頷いて、最前線へと駆けだしていった。
 後方には、朔とスヴィだけが残っていた。

●ホルスの子供達
「あ、あ。スヴィ、スヴィ。スヴィ」
 ホルス・マリッカが喘ぐように呟き、無数の火球を生み出した。ごう、と遺跡の闇を裂くように、降り注ぐ火球――それに負けじと輝くのは、ウィリアムの聖なる陣。仲間を守る、癒しの光だ。
「お前が! お前達が! あの子たちのように振る舞うな!」
 かつて相対した子供達は、悲しい結末に終わってしまったが、確かに守りたい何かのために戦っていた。
 それを。ああ、それを。
「上っ面だけのお前達が……あの子たちの真似をするな!」
「塵は塵に、灰は灰に。偽りの夢は夢へ還る事も能わず。ってね」
 『トリックコントローラー』チェルシー・ミストルフィン(p3p007243)の片翼ががしゃり、と展開し、魔剣が次々と射出された。闇を切り裂く無数の魔剣が、細い軌跡を描きながら、ホルスの子供達を次々と射貫く。
「悪いけれど――ごめん嘘、悪いなんて思ってないわ。定石通りにヒーラーの動きは封じさせてもらうわね!」
 ホルス・リーッタ目がけて飛ぶ魔剣――ホルス・リーッタが展開しした魔術障壁に次々と突き刺さり、やがてバリン、と音を立てて障壁が壊れ散る。
「あああ、スヴィ、スヴィ!」
 ホルス・リーッタが吠えるように叫び、駆けだす。魔剣に捉われたならば、引き付けられて逃れることはできない――もはやチェルシー以外、その目には映らない。
「ヒーラーはこっちで抑えるわ! 皆、予定通りに!」
 駆け寄ってきたホルス・リーッタが、手にした杖でチェルシーに殴り掛かる。背中の片翼で身を包むようにすると、その魔剣が杖を受け止め、はじき返した。
「人の真似をするならもっと学習したら?」
 チェルシーは挑発するように、笑った。

 あちこちで、戦いの軌跡が描かれる。闇を照らす炎。翻る剣戟。しかし、その音は周囲には響かない。ハロルドのギフトが、結界が、戦場と、今いるこの場所を遮断していた。
 スヴィは、今は叫ぶことはしない。目の前に朔が居て、しっかりと、瞳をまっすぐ見つめているからだった。
 優しいような、厳しいような。慰めるような、叱る様な。何方ともいえない表情で、朔はスヴィをい見つめていた。
 その後方で、再び焔が舞った。呪殺の魔術が、イレギュラーズ達へと降り注ぐ。戦いは続いている。子供たちと、イレギュラーズ達の。
 ふわり、と、花弁が舞った。それは、『薄桃花の想い』節樹 トウカ(p3p008730)のギフトによって生み出された鬼紋の花弁で、それはトウカの想いを、言葉を、伝えるものだった。
 花弁がゆっくりと、スヴィの手に触れた。
 ――スヴィ。俺がスヴィと同じ立場なら、きっと同じように混乱して、泣いてしまうだろう。……でも、アレを本物と認めたら、外まで運んだ、スヴィの家族達はどうするんだ?
 伝えられた思いに、言葉に、スヴィは押し黙った。
 ――……俺達だけで墓を作っても、その人の好物を知らないんだ。名前や性格、好きな物、これから墓に眠らせる家族との思い出が一番あるのは、スヴィだけなんだ。
 トウカの想いは続く。
 ――スヴィの心の中でなら死者は生き続けられる。死者の事を忘れるまで……あの人形達を蘇った家族だと、本物だと思う事はスヴィの中の家族を、思い出を殺すことだと俺は思うんだ。
 とん、と胸に手を当てて言葉を告げたゆたかのことを、スヴィは思い出した。胸の中。思い出の中。
「きいて、スヴィ」
 朔がゆっくりと、口を開いた。

「ハァッ!」
 鋭く呼気を吐きながら、『必殺剣』浅蔵 竜真(p3p008541)は戦場をかける――迫る毒殺の矢を、竜真は手にした刃で切り落とした。
「戦闘能力はある――だが、所詮は悪趣味な泥人形だ」
 矢と術式の雨を潜り抜けながら、竜真は魔術師タイプのホルスの子供達へと迫った。神速の接近に、浮足立った魔術師タイプ達。戦闘は本能で行っているのだろうが、しかし対応が一手遅れた。そしてその一手があれば、竜真が斬り捨てるには充分。
 ぞん、と音を立てて、隠密刀が魔術師タイプの首を斬り落とした。どさり、と地に落着した首が、そのまま泥の塊へと変貌を遂げ、同時に肉体もまた、泥の塊と崩れ落ちた。
「……こんなものに惑わされるほど、家族とは温いものか?」
 今はここにいないスヴィに問いかけるように、竜真は呟く。届いてはいないだろう。だが、それでもいい。恐らく言葉を届かせるには、適任なものがいる。
 自分がやるべきことは。そう、今自分がやるべきことは。個の悪趣味な泥人形を、瞬く間に土に還してやることだけだ。
 しぃっ、と鋭く呼気を吐きながら、魔術師タイプへと接敵。隠密刀を翻らせ、躊躇なく首をはねる。落着していく泥のかたまり。崩れ落ちる泥。唾棄すべき冒涜の人形。
 魔術師タイプのホルスの子供達を完全に沈黙させ、イレギュラーズ達は戦線を押し進める。
 ホルス・マリッカの氷の刃が、宙を飛ぶ。
「よいしょー」
 ゆたかが生み出した岩の礫が、それを次々と迎撃した。空中で氷の刃と岩礫が衝突し、派手な音を立てて対消滅する。
「じゃー、一気に近づいてなー」
「応!」
 風牙は走った。遠間より、一瞬にして距離を詰めるほどのまさに神速。その速度を手にした槍にのせ、マリッカ目がけて。
「死者の振りをするなよ、まがい物がッ!」
 手にした槍を、鋭く突き出す。その様、まさに流星のごとく。放たれた奥義が、マリッカの腹部を貫いた。肉ではない、泥の手ごたえが、風牙の手を震わせた。槍を引き抜くと、その傷口から黒い泥が飛び散った。
 槍を翻し、今度は斬撃を見舞う。途端、ホルス・マリッカの内部で、何か爆発的なものが生じた。それは、風牙が先ほどの一撃でホルス・マリッカの体内に埋め込んだ『気』であり、次の一撃に反応して内部より爆発する、必殺の一撃であった。
「ス……ヴィ」
 断末魔の声をあげながら、ホルス・マリッカが爆散する。あたりに泥が飛び散る。死んだ者はいない。ただ、冒涜的な人形が壊れただけだ。
「お前達が、あの子の名前を呼ぶな」
 風牙は確かに、怒りを込めて、そう呟いた。

●残された子供達
 戦いの趨勢を、スヴィは見つめている。カタカタと手が震えている。身体が震えている。朔は一度だけ、スヴィを抱きしめてから、
「きいて、スヴィ」
 もう一度、優しくそう言った。
「スヴィ。泣かないで欲しい。嘆かないで欲しい。
 今あなたが抱くべき感情は“怒り”だよ」
 怒れ、と、風牙にも言われたことを思い出す。怒り。誰に対しての。
「あれはクスティでも、リーッタでも、マリッカでもない。
 死んだみんなの姿をした、それを真似て、私たちを弄んでる化け物なんだ」
 ああ、分かってる。本当は、分かっているのだ。
「くるしいのは、つらいのはわかる。生き返って、笑って欲しいと願うのも、わかる。
 でもね、死んだ人は、蘇らないの。あれは、生き返ったんじゃないんだ」
 死んだ者は、きっと蘇らない。
 わかっているけれど、ほんの少しの幸せな日々が。そんな空想を受け入れてしまうほどに、スヴィを幸せにしていた。
「ここに……魂だって、居ない。皆はもう、ここにはいないよ。私には分かるんだ……だから、何度でも言うよ。あいつらは、皆じゃない」
 妄想だ。空想だ。分かっているはずだった。
 でも、でも、とスヴィは言う。朔は優しく、頭を撫でた。
 ――スヴィにはきっと、ほんとは分かっているんだよね。
 と、朔は思った。
 ――キミは頭のいい子だから。でもきっと、ありえない奇跡を見せられて、すがりたくなっちゃったんだよね。
 そう思った。
 ――だから。ああ、だから。
「私は、助けたいの。
 あのときにした約束は嘘じゃない。助けたいの、あなたも、彼らも。
 ……死んでも尚その姿を使って利用されて、冒涜されてる彼らを私は救いたい」
 スヴィはあふれる涙をぬぐわないまま、朔を見上げた。朔は微笑んで、ゆっくりと、頷いた。
「スヴィも、見たくなければ目をつぶってていいから。
 声は聞こえないようにするから。ただ、祈ってて欲しいの。
 死んでしまった彼らが無事に天へ行けることを。救われることを。
 辛くても、“おもいで”にしなきゃいけないから」
 おもいでに。胸の奥に。胸の中に。
 そうしなくてはいけないのだ。たとえ辛くても、もう、彼らは返ってこないのだから。
「……見届けます」
 と、スヴィは言った。
「ごめんなさい。あたし……ちゃんと、見届けますから」
 だから、気を付けて。
 そう言ったスヴィの頭を撫でて、朔はにっこりと笑った。
「ん。行ってくるよ」
 そう言って駆けだす朔を、戦場を、スヴィは泣きながら、見つめていた。

 残されたホルスの子供たちと、イレギュラーズ達の戦いは、佳境へと突入していた。傷つきながらも、ホルスの子供達を撃退し続けたイレギュラーズ達。
「もう一息だ……スヴィも、あの子たちも……!」
 ウィリアムが回復の陣を描きながら、呟く。
 スヴィの慟哭は、もう聞こえない。その心を癒すことは自分の役目ではなかったが、しかしいつか、スヴィが本当の意味で折り合いをつけられることを祈りたい。
「トドメだ……!」
 トウカの鋭い剣戟が、ホルス・リーッタを切り裂いた。本来ならば鬼灯のごとく赤き血潮の花弁が舞うその技も、少なくともこの地の泥人形相手には、黒い泥をまき散らすだけだ。その事実が、トウカに些かの安堵を与えていた。もし、内部まで、血まで、内臓まで人と同じであったならば、スヴィへの精神ダメージは小さいものではなかったかもしれない。
「ハァッ!」
 竜真の隠密刀が、剣士タイプの手にした剣をからめとり、弾き飛ばした。剣士タイプが飛ぶ剣を目で追う隙を逃さず、竜真は隠密刀を振り払い、その首を斬り飛ばす。弱点がどこだかわからぬ泥人形相手である、首を飛ばすのが確実性が高い。
「ハロルド!」
 竜真が叫ぶ――同時に、暴風のような青い刃の群れが、残る剣士タイプへと殺到した。ハロルドの闘気から生まれた、透明な青い刃の飽和攻撃が、無数の斬撃痕を剣士タイプへと残し、
「応。これで左様ならだ」
 鋭く突き出された刃が、剣士タイプの胴体を上下に泣き別れにした。宙を舞う二つの身体が、どろりとした泥になって溶け落ちる。
「残りは――」
 ハロルドが、その視線を残るホルス・クスティへと向ける。すでにイレギュラーズ達の攻撃により消耗していたが、自我も曖昧なのか、戦闘を止める気配はない。
「あの子は、私に任せて」
 合流してきた朔の言葉に、イレギュラーズ達は頷いた。
 因縁のようなものが、あるであろうことは察せた。
「また会えた……違うか。でも、君を救おうと思ったことは、嘘じゃない」
 朔はゆっくりと、その手を構えた。編み上げられる術式。朔ノ月。
「また、手にかけなければいけないなんて。本当……神様ってひどい人だ」
 ホルス・クスティが、刃を掲げて駆けだした。同時に、解き放たれた朔の術式が、ホルス・クスティを包み込んだ。
 ぼん、と音を立てて、その身体が炎上する。断末魔すら残さず、泥の肉体が燃えて崩れていく。
 やがてそれが崩れ落ちて、ドロドロに溶けて流れていくまで、朔はずっと、それを見つめ続けていた。
 そうすることが、己の責務であるかのように。

 イレギュラーズ達が、戦いを終えて戻ってくるのを、スヴィはずっと見つめていた。
「あなた、沢山わめいて皆の足を引っ張ってスッキリしたでしょう」
 チェルシーはスヴィの目を見つめて、言った。
 だが、スヴィは目をそらすことなく、真っすぐに、チェルシーの目を見返した。
「はい。ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」
 ふうん、とチェルシーは鼻を鳴らした。
「ホントはほっぺた叩いてやろうと思ってたけれど」
 そう言って、肩をすくめる。
「その目に免じてやめにしてあげるわ。泣き疲れたのなら帰って休んでなさい。戦いはそんなに甘くないの」
「はい……」
 スヴィは少しだけうつむくと、もう一度顔をあげた。
「あの……お願いがあります」
 スヴィは息を吸い込んで、言った。
「引き続き……お手伝いをお願いします。あたしの家族を、ちゃんと眠らせてあげたいんです」
 止まっていた、家族の遺体の回収と、埋葬。
 その続きを、スヴィは願い出たのであった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 皆様のご活躍により、この地のホルスの子供達は沈黙し、スヴィの家族たちの遺体も無事すべて回収、埋葬されました。

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