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シナリオ詳細

寒中の祈り

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 白く積もった雪の庭に足跡を付ける。
 早朝の陽光は凍り付いた空気を優しく照らしていた。
 何時もならば、新年の祝いに活気付く天香の屋敷も、静けさを保っている。
 天香の当主たる長胤が身罷ったのだ。喪に服するのは残された者にとっての義務なのかもしれない。
 されど、天香は途絶える事無く続いている。それは長胤が命を賭して繋げた未来だ。
 新しく迎える年を祝う事、其れこそが義兄にとっての手向けになるのではないだろうか。
 華々しく無くて良い、親しき者や都合のついた者だけで構わない。
 天香が無事に新年を迎えられた事を祝おうではないか。

「所謂、寒中見舞いというものかな。多分」
 雪の中を隠岐奈 朝顔 (p3p008750)がゆっくりと歩いて行く。
 淡い水色を基調とした振り袖には朝顔と向日葵の花が散りばめられ美しい模様を描いていた。
「しきたりみたいなものッスか!」
 朝顔に振り返る鹿ノ子 (p3p007279)がこてりと首を傾げる。
 茜色の布地に菊の模様が描かれた振り袖と、山吹色の羽織を揺らした。
 神威神楽の風習はラサや幻想といった大陸の文化とは異なる部分が多い。
「まあ、こうして呼ばれたということは、其処まで気負わなくて良いのかなって思うよ」
 現当主である『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)から直々に招待されたのだ。
 羽目を外し過ぎなければ、普通の正月と変わらないだろうと朝顔は語る。
「良かった。厳かな感じだと緊張しちゃうなって思ってた」
 胸を撫で下ろしたタイム (p3p007854)は慣れない草履だからか、少し歩き方がぎこちない。
 タイムの薄桃色の着物には梅の花が描かれ、菫色の袴が彩りを添えていた。
「宴だけではないのであろう? 羽子板というものに興味がある」
 白いせーらー服の上から瑠璃紺の狩衣を纏った咲花・百合子 (p3p001385)が拳を握る。
 如何に長く羽根を打ち合って居られるか。
 己の技術だけではない、相手とのコンビネーションが重要だろう。

 ――――
 ――

「よく来たな、皆。寒かったろう。先ずは、暖かい部屋でゆっくりと休むといい」
 鹿ノ子達を出迎えた遮那は、遙々の来訪に笑みを浮かべる。
 通されたのは、大広間。先日、祝勝会が行われた場所だ。
 それを、今日は半分程に襖で仕切っているらしい。
「外は寒かったでしょう。今、お茶をお持ちいたします故」
「あぁ、待て、待て。喜代婆は座ってるがよい。神使殿の話相手をお願いする」
 広間で待って居たのは浅香・喜代と姫菱・安奈だ。
 ぷるぷると指先を震わせる老婆に大人数の茶を淹れて貰うのは気が引ける。というか、零して火傷でもしたら危なっかしいと安奈は喜代を座布団の上に座らせた。
「そうで御座りますか? はぁ、この老いぼれの話を聞きとうございますか。よう御座りまする。
 あれは、若がこぉんなに小さかった時の事で御座りまする。その日の夜、西瓜を食べ過ぎた若は……」
「な、何を話しておるのだ、喜代婆は!? 皆の前で、恥ずかしいから止めるのだっ!」
 慌てて喜代の話を遮る遮那。
「そうで御座りますか? 安奈に神使殿の話し相手になって欲しいと言われましたのに」
「だからといって、わざわざその話をしなくても良いだろう!?」
「ほっほっほ。そんなにおねしょをしたのが恥ずかしいので御座りますか? こおんなに小さい時の話で御座りましょう?」
「うわああああ!?」
 繰り広げられる漫才の様なやり取りに、朝顔達は微笑む。
 心を許しているからこそ出来る冗談。コミュニケーションの取り方なのだろう。

「おやおや、元気ですね。遮那さん」
 襖を開けて小金井・正純 (p3p008000)がお茶を持って入って来る。
 桔梗の花をあしらった振り袖は白から青へ移ろう優雅なもの。
 傍らには夢見 ルル家 (p3p000016)の姿もあった。
 紅緋の布地には桜の花が描かれ、金の帯が色を引き立てている。
「ふふ。先ほど鹿ノ子さんに貰った『かすていら』を切り分けてきましたよ」
 盆にの乗せられたザラメの付いたカステラはしっとりとしていて美味しそうだった。


 夕餉の準備が出来るまで、何をして過ごそうか。
「お正月の風物詩といえば、やはり凧揚げや羽子板でしょうか」
「書き初めやかるたなども楽しいかもしれません」
 朝顔と正純が道具を取り出す。
 風に上手く乗せて高く凧を揚げたり、羽子板を付いたり。
 墨を擦って、今年の抱負を書いてみたり。文字の書かれた札を取り合ったり。
「私はけん玉とか、独楽遊びも好きだぞ。……そうだ。神社にお参りとかも良いな」
 近場の神社にお参りをして、無病息災を願うのも悪く無いだろう。
 返りに絵馬に願い事を書いたり、おみくじを引くのも良いかもしれない。

 神威神楽でお正月をゆったりと過ごすのだ。

GMコメント

 もみじです。カムイグラのお正月。

●目的
 お正月を楽しく過ごす

●ロケーション
 カムイグラの高天京、天香邸近辺。
 薄く積もった雪と広い庭があります。
 近くには神社もあり、参拝することが出来ます。

●できる事

【1】凧揚げ、羽子板、かるたなど
 天香邸の座敷や庭で出来そうな事が出来ます。
 お正月っぽく過ごすのに丁度いいですね。

【2】神社に参拝
 近くの神社に行ってみます。
 参拝して無病息災を願ったり、おみくじをひいたり。
 お散歩がてらに行ってみても。

【3】宴
 こぢんまりとした宴です。
 お正月のお祝いをしましょう。
 旬の和食に日本酒、果実を搾ったジュース。
 焼き魚や煮魚、漬物など。

●諸注意
 未成年の飲酒喫煙は出来ません。
 UNKNOWNは自己申告。

●NPC
○『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)
 誰にでも友好的で、天真爛漫な楽天家でした。
 義兄の意思と共に天香家を継ぎ、前に突き進んで行きます。
 大戦を経て心の成長に伴い、身体も変化しようとしています。
 最近どうやら声変わりが始まったようです。身長も少し伸びているらしい。

○姫菱・安奈(ひめびし・あんな)、浅香・喜代(あさか・きよ)
 天香家の家臣。遮那を見守っている家族のような存在です。
 咲花・百合子(p3p001385)さんの関係者です。

  • 寒中の祈り完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2021年01月20日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
彼岸会 空観(p3p007169)
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束
影縫・纏(p3p009426)
全国大会優勝

リプレイ


 早朝の冷たい風も陽光の温かさに和らぎ、冬の庭を彩る山茶花に透明な雫が輝く。
 朗らかな笑顔で迎えるは『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)の声。
「ようこそいらっしゃいました! 楽しんでいって下さいね!」
 聖夜に顔を合わせたばかりだというのに、新年の朝日の中で交す挨拶は新鮮なものだ。
 ルル家は『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)を呼び止めた。
 振り向いた鹿ノ子の瞳には頭を深々と下げるルル家の姿が見える。
「あの時、鹿ノ子殿がいなければ今の拙者はいなかったと思います。本当にありがとうございました」
「去年は色々……本当に色々あったッスけど、今年もよろしくお願いしますッス!」
 命がけの戦いをした。この場に集まった誰しもが細い糸の上に立っている。
 だからこそ、未来に目を向けるのだ。

「新年あけましておめでとうございます。本年も皆さんに星の加護があらんことを」
『不義を射貫く者』小金井・正純(p3p008000)の声にイレギュラーズは視線を上げる。
 始まりの声。健やかに新しい年を共に迎えられた事に『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)も安心した様子で頷いた。
「そうそう、お年玉を持ってきたのである」
「お年玉? 私はもう子供ではないぞ?」
 照れくさそうに百合子を見つめる『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)はこてりと首を傾げた。
「はっはっは、内々の集まりでは子ども扱いさせておくれ。ちなみに中身は鉄帝の記念硬貨である。大した額ではないがこういうものは珍しかろう」
 小袋の中から出てきたのは美しい装飾の硬貨。遮那は嬉しそうに目を輝かせた。
「ありがとう! 百合子!」
 不公平にならぬよう未成年の子供達にも配っていく。
「私にまで……すまないな」
 掌に乗せられた小袋と百合子を交互に見遣る『特異運命座標』影縫・纏(p3p009426)。

「ふふ! 見知った顔が多くて嬉しいね! 百合子君は……うん! いつも通り元気だ!」
 紅き髪を揺らし満面の笑みを浮かべるのは『白虎護』マリア・レイシス(p3p006685)だ。
「遮那君もルル家君も元気そうだね! ちゃんとお話するのはあの時以来かな?」
 無事で良かったと改めて胸を撫で下ろすマリア。無事の知らせを聞いているとはいえ実際に会うと安心するというものだ。
 鹿ノ子にも「チャンスだね?」とこっそり耳打ちをして。
 背後の『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)に振り返った。
「ベネディクト君! テニヌ楽しかったね!」
「レイシスはそうか、あの依頼以来だったか? あの後は着ぐるみが頭だけ取れなくてな、苦労したよ。
 君も此方に来ていたとはな、互いに良い正月を過ごせる様に祈るとしよう」
「うん! 楽しみだね!」
 にこにこと微笑むマリアの向こう側には元気そうな遮那の姿が見える。
 何度も出会えるというのは、きっと縁に恵まれているということなのだろう。
 普段は訓練ばかりで遮那達と遊ぶ事をしていない。ならば正月ぐらいはらしい遊びをと思ったのだが。
「ベネディクト殿と羽子板勝負をするのである!」
 羽子板を持った百合子がベネディクトの前に飛び出した――

「これが例の羽子板か、ルールは遮那が教えてくれるか? 傍目からこの土地で見た事があるんだが、ルールははっきりとは知らなくてな」
 羽子板を興味深そうに見つめるベネディクトに遮那は頷く。
 ルールは簡単。羽根を落とした方が負けとなる。落とした者は墨で顔に罰を受けるのだ。
「良しルールは大体わかった。早速やってみるか、先ずは肩慣らしだな……遮那、付き合ってくれるか?」
「ああ!」
 羽子板の小気味よい木の音が、天香邸の庭に響く。
「懐かしいの」
 姫菱・安奈がベネディクトと遮那の羽子板に目を細めた。
「安奈殿」
「いや。遮那様が小さい頃に長胤様や忠継とこうして僅かな遊びに興じておったなと」
 普段の忙しさも正月休みには余裕も生まれ子供と遊ぶなんて事があったのだろう。
 こうして安奈と肩を並べ共に語らう事になるとは思ってもみなかった。
「良ければ安奈殿も羽子板勝負してはいかれまいか?
 うむ! いや、安奈殿とは一度手合わせしたいと思っていたのである!」
「よかろう。受けて立つぞ」
 美少女同士とあらば命の取り合いが常。されどこうした余興も偶には良いだろう。
「羽子板は貴殿の方が一日の長があろうが吾もまけぬぞ!」

 次の勝負は百合子とベネディクト。
「例の分身羽子板スマッシュとやらを是非この身で味わいたい、一戦どうだ?」
「クハッ、ベネディクト殿とは何度か一緒に依頼をこなしたことがあるが素晴らしき武人であった。
その武人と勝負できるとあらばそれ以上の名誉はなし! いざ、尋常に勝負!」
 コンコンと庭に羽子板の音が響き正純とマリアは微笑んだ。
「ベネディクト君! 今だ! やれ! そこだ! 羽子板を砕くんだ!」
「砕いちゃだめですよっ」
 マリアの過激な声援に思わずツッコミを入れる正純。それが何だかおかしくて二人笑い合う。
「正純君は……最近色々大変そうだけど、何かあったらいつでも頼ってね……!」
「ありがとうございます。マリアさん」
 白熱のベネディクト対百合子の勝負の傍で遮那は独楽を取り出す。
「正純にマリアこういったものは見たことあるか? 独楽というのだ。こうして……」
 紐を独楽に巻き付け勢い良く投げ出す遮那。
「ふむ、カムイグラは新年の時の遊びが豊富なのですね。天義ではあまりこういった遊びは興味がなくしてこなかったので、色々と新鮮です」
 遮那の巻き方を見ながら自分も独楽を触ってみる正純。
 されど、強く引いた独楽は独楽板を飛び越えて庭に転がっていく。
「えぇ!? 何故。む、難しいですね?」
「コツが必要かもしれぬな」
 強く引きすぎても弱く引きすぎても独楽は回らないのだ。

 ベネディクトと百合子の勝負は続いていた。一勝一敗の五分五分勝負。
「スマッシュのラッシュにより足を止めさせ、――横に振る!」
 墨でばつを書かれたお互いの顔は楽しげなもので。
「くっ、流石に見極めるのは難しいな……! だが、俺もやられてばかりではおれん!」
 この一手で勝負が決まる。観戦しているマリア達も手に汗握った。
「――いざ!」


「新年か、どこの世界でも目出度いもののなのだな」
 近くの神社に参拝しにきた纏は叱られているルル家を見遣る。
「ルル家さんってばほんとーに無茶をして、あの時はもうわたし気が気じゃなかったの!」
 ぷくぷくと頬を膨らませる『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)にルル家は眉を下げた。
「あははー、ご心配をおかけしまして申し訳ないです。その説は本当にありがとうございました!」
 折角のゆっくりする機会が訪れたのだ。こうして仲間達と連れだって歩く道は悪くないと纏は思う。
 神社に参拝をし、無病息災を願うことは新年の始まりとして相応しいだろう。
「帰りにおみくじを引くのはどうだろうか?」
「おみくじはいいな! 後で引くとするか」
 纏の提案に遮那達も頷いて。願わくば今年一年が良い年でありますようにと纏は願うのだ。

「えへへ、わたしも着物を着せて貰ったの。どうかな」
 桃染まるかんばせに揺れる髪。タイムは恥ずかしげに小首を傾げる。
「とても良く似合ってるぞ」
 遮那の賛辞に安堵の笑みを浮かべるタイム。
 慣れない草履も最初は歩きにくかったけどもう大丈夫だと言うタイムが石畳に躓く。
「わわっ」
「っと、タイム大丈夫か?」
 遮那は転びそうになったタイムの身体を抱き留めた。
 初めてあった時の震える子供の手ではない。節が目だつ様になった手の甲。支えてくれる手の力強さ。
 成長の兆しが見える。
「ありがとう。大丈夫よ。でも、遮那さんも喉の調子はどう? 辛くはない?」
 聖夜の宴の最中に正純とも離していた。声変わりと伸びて行く背。
「大丈夫だぞ。少し声が出しにくいが」
 彼の成長は楽しみであり。同時に少し寂しくもあるのだ。
 あの日見た、涙を零しながら自分に縋った、子供の遮那が何処かへ行ってしまうようで。
「遮那さんは早く大人になりたい? そうでもない?」
「そうだな。難しいな。兄上の様な立派な大人になりたいと思うし。まあ少しだけ子供で居たいと思うこともある。羽を伸ばし思いっきり遊びたいとな……内緒だぞ?」
 遊びたいなんて頑張ってくれている周りの者達の前で言える台詞では無いから。
「私はもう少しだけ今のままで居て欲しいな。今だから出来る事感じる事、あると思うし」
「……ありがとうタイム。其方はいつも優しい言葉をくれるな」
 振り袖の裾を僅かに引いて紡がれる言葉は笑顔と共にタイムの瞳に映った。

「新年を迎えられた事心より喜ばしく思います」
 美しい射干玉の黒髪が着物の布地に流れていく。『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は集まった仲間達を見遣り僅かに目を細めた。
 豊穣の地を訪れて一年足らず。されど、心地よさに染み入るのは元に居た世界と近しいからか。
 それとも周りに居てくれる人達のお陰なのだろうか。豊穣に足を踏み居てるまで周りと会話に花を咲かせる事なぞ無かったから。
 無量が一歩踏み出せば、同じように隣を歩く者達が居る。
 自分の様な異物がこの場に居て良いのだろうかという思いもあるのだ。
「……それでも、『人』は変わりゆく、か」
 兄を亡くした遮那も愛を見つけた少女達も。そして、自分自身とて変わりゆくのだ。
「その行き先が幸多きものとなるように、今日はお祈り致しましょう」
「無量殿は身長もありますし雰囲気が非常に合いますね! かくありたいものです!」
 彼女の柔らかそうな膨らみに、自分の胸元に手を当てるルル家。ブンブンと首を振り、タイムとマリアを見て心を落ち着かせる。
「まだちゃんとお礼を言えてませんでしたので改めて! マリア殿も無量殿もありがとうございました!」
「いえ。その後、お加減はいかがですか?」
「色々なことがあったね……。けれどこうして皆でお参りできることを嬉しく思う!」
 和やかに過ぎて行く時間。お互いを認め交す言葉に感慨深いものを感じる無量。

「お参りにも順序があるんでしょう? 教えて貰ってもいいかしら?」
「ええ。私はこの手水舎での作法がとても好きでして」
 タイムの問いかけに無量が頷く。
「特に初詣の寒い中、左右の手を洗い、口を濯ぎ、清める。昨年の自身の殻を脱ぎ去り新たな年を新たな気持ちで迎える。その為の様な儀式に思えて、心地よいのです」
「流石に無量君は様になっているね! 私も見習いたいところ!」
 無量の真似をしてタイムとマリアが手水舎で清めをする。
 タイムは無量の紡ぐ言葉が好きだった。多くを語る方ではないけれど彼女から出てくる言葉はどれも心身に染み渡る重さを持つ。どうしたらこんな風になれるだろうか。
「タイムさんも、お着物が良く似合っていますね。とても可愛らしいですよ」
「うんうん、タイム君は和服似合ってる!」
「えっ、嬉しい」
「レイシスさんも次回は共に着物を着ましょう、着付けはお手伝いしますので」
「本当かい? やったー! じゃあ、今度お願いするよ!」
 マリアの声が神社の境内に響く。
 こうして、あの戦いを駆け抜けた人達が集まっていること。
 生きて帰って来たことに、タイムはこみ上げる涙を堪えた。

 マリアは無量に習って願い事を祈る。
『この世界の皆が平和で幸福に暮らせますように……。ヴァリューシャが平穏無事でありますように……』
 大切な人を失いたくない。切なる願いだ。
「タイム君は何を願ったんだい?」
「えーっとまずは、わたし達を見守ってくださり有難うございます。それからお願いしたの
 この豊穣が皆にとって良い国になりますようにって。マリアさんは?」
「私は大切な人達の幸せさ! 勿論ここにいる皆も入っているよ!」
 タイムとマリアの願い事は微笑ましいもの。
 無量の願いは、誰かに成就を願うものではない。
 だから、変わりに此処で共に祈っている方達の言葉が良く届く様にと願うのだ。

「ねえねえおみくじあるよ! みんなで引いて行きませんか!」
「あ、拙者もおみくじ引きますね!」
「ふむ! おみくじかい? いいね! タイム君の案は素敵だよ! 私の運勢はどうだろうね?」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦。はてさて如何様か」
 大きな筒をガラガラと振って。出てきた番号が書かれた引き出しを開ける。
「私は大吉! やったー! マリアさんは?」
「タイム君、気になるのかい?私はねー! 中吉! 微妙だけど、私らしくて好きだよ!」
 覗き込んだタイムに快く自分のおみくじを見せるマリア。
 馴れ馴れしかったかと心配したタイムの不安を吹き飛ばすような笑顔が向けられる。
「それにほら!見ておくれ! 待ち人来る! だって! これだけで私はは幸せさ……
 タイム君や他の皆はどうだい?」
「私は小吉でしたね」
「拙者は末吉です!」
 出てきたおみくじは木に括り付けて。願いを掛けて。

「向日葵は何を願ったのだ?」
 遮那は『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)を見上げる。
「今年が少しでも遮那君にとって幸せな年でありますように。私が遮那君の最愛になれますように」
「そうか。ありがとう。そういえば何時もより向日葵が美しく見えるな」
 朝顔はこの日の為に人心掌握術を習得し、遮那に誘惑を掛けていた。
 自身が魅力的に見られるように。どんな手だって使ってみせる。
「遮那君。貴方は周りがどうであろうと、自分の正しさを貫き、誰かの心に寄り添い、幸福にも救える事も出来る人だ。……嘗ての私のように」
 きっと遮那はこれから変わって行くのだろう。天香を継ぐということは否応なく政の矢面に立たされる。
 其れでも彼の良さは変わらないと信じているから。
「分かってるんです。遮那君の一番は私じゃない事ぐらい。大好きな人の事だから
 誰の事をどう思ってるか。一番思っているのか、何となく。
 だからこそ何度も言う。私は天香・遮那君が良いんです。私は天香・遮那君の最愛になりたいんです」
 愛してると伝える事しか出来ない自分が歯がゆくて。
 どうすれば一番好きになって貰えるのか分らなくて。
 教えて欲しい。どうすれば間違わないのかを。
 けれど、一番言いたいのは。
「君の最愛が私じゃない事が嫌だから」
 遮那が誰かに向ける感情が。自分以外を見つめる瞳が。耐えられないのだと朝顔は紡ぐ。
 守りたいと思う心の発露が『愛してる』で無ければ許されないのだと。
「今年中に遮那君の最愛になってみせるから。
 だから、どうか。まだ最愛を決めないでもう少し待っててくれませんか?」

 ――私が一番先に君を好きになったのに。
 彼女達は身分も差別も関係無い所からやってきて、君に近づいて心を惹いた手を引いた。
 迷っている間にも、君の心を浚って行く。
 自分の選択は間違っているのだろうかと不安になる。嫉妬が身を侵食していく。
 それでも一歩でも君に近づきたくて。
 どうすれば――白虎の所で引いたおみくじが脳裏を過ぎる。
 少しでも前を向いて、君に愛を伝えたいんだ。君の最愛になる為に。


「さて、皆さんが参拝に行ってる間に少しだけ宴の準備のお手伝いをしましょうか」
「正純殿が居ると、助かりまする」
 振り袖を襷掛けした正純に浅香・喜代が感謝を示す。
「なんなりとおもうしつけください。微力ながらお手伝いさせていただきます!」
「ほっほっほ。良い嫁になりまするな」
 正純は喜代と話をしながら忙しなく働く。天香邸には度々顔を出す正純にとって既に勝手知ったるもので他の女房とも仲が良い。
「正純殿、此方を運んで頂けますか」
「はい。只今」
 膳を運んだ宴会場で喜代婆が正純を呼ぶ。
「客人にすみませぬなぁ」
「いえ。こうして天香の為に働ける事は私としても嬉しい事ですから」
 返したいものがある。先代を討ち取ったのは他ならぬ正純の矢であったから。
 その責任として当代を見守る誓いを立てたから。
「……蛍殿もこうしてよく働いたものでな。其れを思い出すもので御座りまする」
「そうでしたか」
 広い宴会場は少し寂しく。
 けれど、玄関から聞こえてくる声にきっと時期に賑やかになるのだと正純と喜代は目を細めた。

「正純殿! 何か手伝えることはありますか!」
「そうですね。では、一品美味しそうな料理でもお願いします」
 厨房に入ってきたルル家に正純が振り返る。
「これでも天香に仕える身ですからね! 皆様にごちそうを振る舞いますよ! お茶はまだまだですがこちらの方は拙者も負けませんからね!」
 意外にも料理が出来るらしいルル家に喜代婆も感心する。
「料理が美味いことは、良い事で御座りまする。良い嫁になれまするのう」

 ――――
 ――

 始まった宴会に、皆一様に嬉しげな表情を浮かべる。
「久々に今日は純粋に遊戯を楽しんだ気分だ。また機会があれば次は別の物で遊んでみたいな。
 来年もまたこうして此処に足を運ぶことが出来れば良いのだが……」
 ベネディクトは料理に舌鼓を打ちながら、遮那へと語りかけた。
「ああ、来年も共に新年を祝おう! 約束だぞ。ベネディクト」
「次はけん玉や独楽遊びも教えてくれると有難い、遮那は得意なのだろう?」
「もちろんだ! 其方の頼みとあらば張り切ってしまうな」
 胸を叩く遮那にベネディクトは微笑む。
「今度はいつか機会があれば遮那が俺達の居る大陸に来ると良い。
 きっと他の者も歓待してくれるぞ、その時が今から楽しみだ」
「ああ、きっと。大陸にも行ってみたいな」
 ルル家は仲間に囲まれて居る遮那を見つめ微笑む。
 執務に当たる遮那も凜々しいけれど、こうして仲間と一緒に自然な笑みを零す彼が一番好きだから。
「でも折角ですから遮那くんに作った料理は食べて頂きたいですね! はい、遮那くん。あーんですよ!」
「えぇ!? 仕方ないのう。あーん。うむ、美味いぞ。ルル家」
 蕩ける肉の旨味が遮那の口の中に広がった。

「ふむふむ。少し手伝いましたが、やはりカムイグラの料理はあちらとは違って不思議な味付けと調理をしますね。是非ともご教授いただきたいものです」
 正純は根菜の煮物を頬張りながら独特な味付けを楽しんでいた。
 お酒は控えめで、今日は料理を中心に頂こうと決めている。
「昨年は色々とありましたが今年も、そして来年もまた、こうして皆さんで集まりたいものですね」
「うん。そうだね。皆が居てくれるのが嬉しいよ」
 居なくなってしまった仲間への感謝と冥福を祈るマリア。
 まだ知らなかった仲間も居たのだ。もっと知りたかったという思いがマリアの心を揺らす。

 席を立った遮那と鹿ノ子は廊下ですれ違う。
 何時もより目線が高い少年に鹿ノ子は首を傾げた。
 仕事の合間に会いに来ているから、そんなに著しい変化は無いと思って居たのに。
「遮那さん……ひょっとして、背が伸びましたッス?」
「うん? そうだな。ここの所日に日に伸びているようでな。足の膝が痛い。成長痛というやつらしい」
「成長期ッスねぇ。僕もここ1年くらいでお胸が膨らんで…………これは殿方にする話じゃないッスね!」
 頬を赤く染める鹿ノ子につられて遮那も顔に紅葉を散らす。
 鹿ノ子は自分の胸元に視線を落とした。以前よりも膨らんだ胸。くびれと腰のラインは子供から大人の身体へと変化しているのだ。遮那の声が変わり、背が伸びていくように鹿ノ子も同じように成長していく。
「身長は変わらないんスけど……僕も大人に近付いてるってことッスかね? でも遮那さんは、きっとこれからどんどん背が伸びて、体付きも変わって、大人の男のひとになるんスねぇ」
 感慨深そうな声で、こくりと頷いた鹿ノ子に遮那は笑みを零す。
「そうだな。共に成長していくのだな」
「でも、無理に背伸びはしてほしくないッス」
 天香を継いだ遮那は早く大人になりたいと思っているのだろう。
 けれど、子供の頃の価値観や感受性はきっと大事なものだから。
「せめて僕らの前でだけは……そのままの遮那さんでいてくださいッス」
 立場上、表に子供の部分を出す事が出来ないのだとしても、どうか心の隅に大切に仕舞って居て欲しい。
 忘れないで居て欲しい。まだ、自分が子供なのだということを。
「……僕の我儘ッスけど」
「いや。ありがとう、鹿ノ子。今の私は、上に上に前に前にと邁進するばかりでな。子供の侭で居て欲しいと言ってくれる存在は有り難いのだ。それは、私を甘やかしてくれていると言うことなのだから」
 大人に成り行く過程で、安心出来る場所は支えになるだろうから。
「……そうだ遮那さん! 栗鹿ノ子! 栗鹿ノ子というお菓子を御存知ッスか!?」
「ほう。そんなお菓子があるのか」
 鹿ノ子と同じ名前の和菓子。どんなものだろうかと二人で想像してみる。
「頭に栗と付いているので栗のお菓子だということは分かるッスけど、それ以外のことは分からないッス!
 遮那さんなら知っているかと思って!」
「私は知らぬが、もしかしたら行きつけの茶屋の店主が知っているかもしれぬ」
「今度、一緒に食べに行きましょうッス! 僕、その約束を糧に神使のお勤め頑張りますッスから!」
「ああ分った。では、今度食べに行こう。約束だぞ」
 お互いの手首に光る琥珀の珠。小指を絡ませ見つめ合った。

 ――――
 ――

「片付けか。私も手伝おう」
「遮那くんはでんと構えておいて下さい! 仕事を任せるのも当主の器量ですよ!
 一人の女の子として手伝ってくれるというのであれば流石に無下には出来ませんが!」
「ふふ、ルル家は面白いの。では、一人の男として女性の家事を手伝うとしよう」
 二人並んで膳を持ち廊下を歩いてく。
「遮那くん、今日は楽しかったですか?」
「ああ、楽しかったぞ。本当に良き日であった」
 その表情を見て居れば聞くまでも無い事だろう。されど彼の口から聞きたかった。
「遮那くん。今年もよろしくおねがいしますね」
 月が巡り、年が巡り、何年経とうとも。
 死が二人を別つまでずっと一緒に居るのだとルル家は儚く願った。


成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 新しい年はまだまだ始まったばかりです。
 ご参加ありがとうございました。

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