シナリオ詳細
先逝く者から花束を
オープニング
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●
「今日はライラックなお客様よ。彼のシルバー・ピンクを届けてあげてほしいの」
『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)に示された青年はぺこりと頭を下げる。彼を見たイレギュラーズはすぐに気づいたことだろう――彼の足先へ向かうにつれて、半透明になっていることを。
「ええと、俺、この前死んだんですけれど」
病気だったんです、と言う彼の体はとても病気だったようには見えない。筋骨隆々と言うわけではないが、程よく筋肉が付いているようだ。彼曰く、健康だった時の肉体に戻っているのだそう。
こうして青年は健康な霊体を持ったわけだが、彼は望んで幽霊になったわけではないと言う。天へその魂が帰るには『未練』が残っているのだと。
「家族や、ダチが悲しんでるんです。俺の葬式をして1週間も経っているのに」
1週間という期間が長いか短いかは個々の感覚にもよるのだろうが、青年を知る者たちにとってはまだ消化しきれないことなのだろう。しかしそれが青年の成仏を邪魔するということらしい。
「別に悲しむな、なんて言いませんけれど……俺もこう、嫌なんですよ。笑った顔見て去りたいじゃないですか」
その口調からして、彼にとってこの世を去ることに関しては特段思うところもないようだ。少なくとも、表面上は。
「だから皆さんにお願いしたい。俺は物に触れないから、代わりに花束を届けてほしいんだ」
頭を下げる青年。イレギュラーズが視線を移すと、その先にいたプルーが「幽霊だもの」と小さく苦笑いした。力の強さ、死んだときの状況。要因は様々だろうが、幽霊がこの世の物品や生物に関与できるかどうかは個体差があるらしい。青年はさほど強い霊というわけでもないのだろう。
「それにしてはフロスティ・グレイな体が良く見えるけれど。もしかしたら姿を見せることにリソースを割いてしまっているのかもしれないわね」
プルーの言葉にイレギュラーズの視線が再び青年へ向き、青年もまた自身の体を見下ろす。足元こそ透けているが、上半身だけ見たのなら一般人とさほど変わりないだろう。
「花束、というのは?」
イレギュラーズの1人が問いかける。花束を届けるといっても何だって良いわけではないだろうから。
「ネルイネの花を花束にしてほしい。群生地は俺が知ってる……んだけど、魔物が出ることもあるから気をつけてくれ」
「そちらに付いては調べてあるわ。どれもあなたたちなら大したことはないでしょうけれど、無防備な状態だと痛い目を見るでしょうね」
プルーの差し出した羊皮紙にはネルイネと呼ばれる花の群生地や青年の暮らしていた村の場所、想定される魔物の情報が記されている。あとは各々用心していけば大丈夫そうだ。
「村の皆には内緒で、こっそり、よ」
まるで悪戯みたいね、とプルーは小さく笑った。
●
――まだ、魔物が住み着いてもいない平和な頃の話だ。
「まってー!」
「いっちばーん!」
「はやいよー」
子供たちが元気よく駆けて行く。大人はしっかりと防寒しながら花を詰みつつ、その様子を微笑ましげに見守っていた。
「ネルイネのお花、ちゃんと摘んで!」
「いいじゃんかちょっとくらい!」
女子と男子のありきたりな対立があったり。
「この花の蜜、おいしいかな?」
「母ちゃんが毒にあたるわよって言ってたよ」
「げ、やめとこ」
花の蜜を興味津々に眺めてみたり。
冬だからのんびりピクニックというわけにもいかなかったが、それでも楽しいひと時だったのだ。
「おかーさん、このはなどうするの?」
小さかった俺――ディアン母に問うたことがある。毎年摘んでいるけれど、何に使うのだろうかと。
「おうちに飾るのよ。ディーも見たことがあるでしょう?」
「???」
あったっけ。なかったような。あったのかな?
何も言わずに、けれど考えているときはきょろきょろと目が動く子供に笑みをこぼした母は帰ったら見せてくれると言った。
「ディー。この花にはね、また会う日を楽しみにって意味があるの」
「またあうひ? だれと?」
村の皆なら毎日だって会う。また明日ね、と別れた後は楽しみだったり楽しみじゃなかったり――原因は専ら小さなケンカだったりするけれど――するのだから、花を摘んでどうなるというのか。
「この冬に、かしら。1年後も健やかに過ごして、また冬を感じられますようにって」
「ふゆと? さむいよお。あ、でもホットミルクはおいしいね!」
「ふふ、そうねえ。それじゃあ帰ったらホットミルクをいれましょうか」
母の言葉に喜ぶディアン。大人や手伝っていた女子たちは花摘みを終え、まだ遊び足りない子供たちを引き連れて村に帰る。
遠く、懐かしく、仄かな甘さを覚える記憶だった。
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- 先逝く者から花束を完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年01月02日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●想いを語る
「よろしくお願いします」
そう告げて頭を下げた彼は、足元が透けていた。歩くように進みはすれど、別に歩いているわけではないようにも見える。そう思いながらもイレギュラーズたちは彼を囲み、くだんの花畑へと案内を頼んでいる。
日中だけれども、いやに静かなのは出てくると思しき魔物の影響か。
「ネリの村にはどんな人達が居るんだ?」
『遺言代行』赤羽・大地(p3p004151)が問うと、ディアンは殊更嬉しそうに笑って村のことを語り始める。その様は本当に村のことが好きで、良き故郷、良い思い出を持ってなくなったのだとアーマデル・アル・アマル(p3p008599)は感じた。
(心残りなく旅立てるよう、務めを果たさねば)
同じようなことは彼の故郷で起こった。この世界よりは頻度が高かったかもしれない。それほどに死の気配は色濃く、そうならないために死者は生前の名を失うという理があったと言われるほどである。まさか、同じような事例をここでも見るとは思わなかったが。
話していたディアンは、しかし段々と表情を曇らせる。自身が亡くなった後の村人たちを思い出したからだろう。
「ン。一週間 経ッテモ 悲シイ 分カル」
そんな村人たちの心に寄り添わんとする『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)はでも、と続けた。死んだ彼との思い出は、悲しいばかりではなかったはず。なのに思い出すたびに悲しくなってしまうのは勿体ないと。
「そう、ですね。親しい相手とのお別れは、寂しい、けれど。そういう方々だからこそ、ずっと笑っていて欲しい、のですもの、ね」
ファリミアーを使役しながら『さまようこひつじ』メイメイ・ルー(p3p004460)は故郷を思い出す。仮に――本当に、万が一の話で――メイメイがいなくなってしまったとしても、故郷の皆には笑っていてほしい。そう自身も思うのだ。
「フリック 墓守。心 思イ出 護ル」
「頑張って、お花に、想いと、願いを込めて……お届けします」
フリークライとメイメイの言葉にディアンが微笑んだ、その時だ。
「危ない……っ」
『特異運命座標』レべリオ(p3p009385)がディアンの前へ身を躍らせる。空からは見えなかったツノウサギの群れが飛び出し、レベリオへと飛び込む。パンドラの欠片が周囲を煌めくように舞って――。
「下がって!」
レベリオの声にディアンが後ずさるようにして下がる。フリークライが素早くレベリオの前へと立ちはだかり、大地の放ったロベリアの花がツノウサギたちを包んだ。アーマデルの奏でる不協和音に翻弄されるツノウサギたちの1体が『優しきうさぎさん』ラパン=ラ=ピット(p3p004304)によって打ち倒される。
「村の人が笑顔になれること、一つでもたくさんするのだよ!」
道中に魔物が出てしまっては、村人たちも行きづらくなっていることだろう。ここで逃さず倒すことは村人たちのためにもつながる。
「ごめんな、さい。先を急ぎます、ので」
メイメイも今だけはと妖精の牙を敵へしかける。こちらに何かあってもフリークライと言う心強い仲間がいる、あとは危害を加えられぬようお帰りいただくだけだ。
「もう少しかしら……っ!」
『新たな可能性』アセナ・グリ(p3p009351)の一閃が敵をまた1体屠る。最後の1体が飛び込んでくるも、飛来した氷の槍によって貫かれた。
「おしまい、みたいですわねー」
それを向けた主、『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は辺りを見回して敵がいないことを確認する。そしてフリークライによる応急処置を経て、一同は再び歩き出した。
「それにしても、亡くなったことを確りと受け止めているのは偉いわね」
アセナの視線にへらりと笑う彼は、けれど特段暴走したりしている様子もない。普通ならば受け入れられなくても当然だが、彼は病気だと言っていたから前々から予感していたのかもしれない。
「君が死んで悲しむ人達の気持ち、私はわかるけれど……」
「でも、ミスタ・ディアンだって悲しむ姿を見てるしかできないのは、とても……とても悲しいことなのだ」
ラパンの言葉にアセナは頷く。このままだと誰もが悲しいまま。自分たちにできるのは皆が笑顔で進めるための手伝いだ。
「お別れは…区切りは重要ですものねー」
ユゥリアリアは視線を前へ向ける。ネルイネの花がお別れの助けに、そして死出の旅路へ向かう道標となれば良いのだが。
(……この人は、遺してきた人達の幸せを切に願っているんだな)
大地はそんなやりとりを耳にしながら周囲に気を配る。普段とは異なる性質の死霊だが、たまにならこういう霊に手を貸すのだって悪くない。
助けになりたい――そう思うのだ。
一同は幾度か出現する魔物たちを倒し、時に追い払いながら順調に進む。やがて、雪でも降ったかのような花畑へと辿り着いたのだった。
●想いを形作る
「花 加工 問題ナイ」
ネルイネの花と自らの植物知識を照らし合わせたフリークライが花畑の向こう側まで視線を上げる。この品種に毒があるか定かではなかったが、特に問題なさそうだ。これだけの量もあれば毎年摘むのに足りなくなると言うこともないだろう。
「始めようか」
大地は皆にそう声をかけ、手近なネルイネの花を積み始める。フリークライも摘んで、それをアレンジメントにする。村の近くで加工するならフリークライへ植え替えれば良いが、明るい時間からそんなことをしていれば村人に見咎められてしまうかもしれないと言うことだった。
「ネルイネの花畑が動くようで、それはそれで素敵かもしれませんけれどね」
ディアンはフリークライを見上げて笑う。フリークライの上で揺れる沢山のネルイネは枯れることも早々に散ることもなく、きっと美しかろう。
「あぁ、そうだ。どのプレゼントをどの家に置いておきたいとかいうのはあるか?」
レベリオは花で髪飾りを作りながらディアンを見上げる。応急処置的に手当てはしてあるが、レベリオの傷は後でしっかり癒す必要があるだろう。その傷をおしてでもこうしてプレゼントを作るのは、ひとえに成仏させてやりたいという思いがあるから。
(後悔はさせたくない)
彼が見る最後の顔は笑顔であるように。彼が伝え残しのないように。だからレベリオはディアンに髪飾りへの意見を求めつつもそんなことを問うたのだ。
ディアンは思い出すように空を見上げ、それから苦笑を浮かべる。
「皆大切だから、誰がどこの家に行っても嬉しいですよ。でも、そうだなあ」
この髪飾りは母に似合いそうだから、うちに届けてほしいとディアンは言う。完成したそれを見てレベリオは頷いた。
大地はようやく摘み終えたネルイネの花から花弁と茎を使い、栞にしていく。重しとなる石を使って平らにして、水分を飛ばしていくのだ。
「こんな風にすれば……うん、大丈夫そうだ」
台紙に貼り付けたそれを見て大地は満足そうに頷く。しかしのんびりもしてはいられない、次を作り始めよう。
「ミスタ・ディアン。聞いてくれるかい?」
ディアンの元へちょこちょこやってきたラパンは彼を見上げる。ディアンは少しでもその視線をあげずに済むようにと屈んだ。
ラパンは花へと託した思いがちゃんと伝わるよう、素敵なものを作りたかった。けれども思いつくのは花冠ばかり、この手では作り方も知らないラパンに難しいかもしれない。それでは――思いが籠らないかもしれない。
「だから……ミスタ。僕の体を、もし良ければ使ってみないかい?」
「俺が?」
小さな兎のぬいぐるみ。けれどその体は形持たぬものへの慈悲を宿す。彼がラパンの体を使って作るのなら、ラパンが作るよりもっと気持ちは伝わるはずだ。ぬいぐるみの手ではうまくできないこともあるかもしれないけれど、それは皆が手助けしてくれるだろう。
「それに、黒板があるから……地図とか書いてくれたら、村の皆に届けやすくもなると思うのだ!」
んしょ、と黒板を出すラパン。これは『ついで』のようなものだけれど、あったならそれはそれでこちらが動きやすいのは事実。
ディアンはその申し出をしたラパンをマジマジとみて、それから淡く笑った。
「それじゃあ……お願いできますか」
かくして、ラパンの体にディアンの魂が入り、その身を操る。器用さが求められるところではメイメイが「手伝います」とその手を伸ばし。そんな様子をラパンは夢見るように眺めていた。
(今回が最期の思い出になるかもしれない。だから、これはミスタ・ディアンに贈る最高の思い出だよ)
残される側だけではなくて。残す側にもまた、形に残らない贈り物を。
「ディアン殿、それが終わったらで良いんだが。よければ花を選ぶのを手伝ってくれないか?」
開ききる前のものを摘みたいとアーマデルが告げればディアンはもちろんと頷く。花束や花冠を作る様子がちらほらと見られる中、アーマデルはリースを作ろうとしていた。これならドアにもかけやすい。
「それでは、選び終わったら……また、ディアンさまや、ご家族、村の人のこと……聞かせていただいても?」
メイメイも花を摘みながらディアンの入るラパンを見つめる。その話を聞きながら作れば、きっとより気持ちを込められると思うのだ。
ディアンはアーマデルの使えそうな花を示していきながら小首をかしげる。そして花畑を一瞥し、昔ここへ来た時の思い出を語った。
「また会う日を楽しみに、か」
「……やさしい、やさしい……花言葉です、ね」
胸にじんわりと込み上げるものを感じながらメイメイは笑いかける。アーマデルは手元で綻びかけた蕾を見下ろした。
春と夏、そして秋を越えた冬の入り口で咲く花――冬という眠りの季節に開く花。生者も死者も、互いに渡すには相応しい花だろう。
「この綺麗な花に、そんな花言葉があるのね」
アセナは花をまとめてシンプルな花束を作る。凝ったものは相応の技術と時間が必要だということもあるし、単純なものだって綺麗だとも思うから。
「わたしも、できました」
メイメイも青リボンで結んだミニブーケを手にしている。まだ日持ちのしそうな花たちは、村人たちの手に渡ってから咲き誇ることだろう。
(運ぶのが大変そうだけれど、腕一杯に抱えてみたいわね)
アセナはイレギュラーズたちが摘んでなおたくさん咲くネルイネに目を細める。もちろん来年へ種を残すこともあるし、配り切れないほどの花を摘むつもりもないけれど。
「そうだわ、ディアンからの手紙を花束へ入れておいたらどう?」
体を借りている今ならできるはずだとアセナは提案する。代筆も良いが、アセナの字はそこまで達筆でない。けれど前向きになれるよう言葉で示すことも彼らを前へ向かせる一助になるはずだ。
けれど彼は首を振り。言葉はいらないのだと微笑んだ。依頼主が拒絶するのであれば強く言うわけにもいかず、アセナはわかったわと頷く。
「なら、思いが届くようにわたくしたちと沢山作りましょうかー。届けるのはお任せくださいねー」
ユゥリアリアがのんびりとした口調でひとつの小さな花束を用意する。アセナと同じで、特段ラッピングなどもされていない。100%ネルイネの花でできた花束だ。
(……また会う日を楽しみに、ですかー)
先ほど耳にした花言葉を思い出し、ユゥリアリアは誰にも気づかれないよう小さく目を細める。その唇が微かに動いたが、それは風に攫われて誰の耳にも入らず消えていった。
――わたしはちょっと、怖いかなぁ。
●想いを残す
「ソロソロ 動ク?」
「ああ。この気温なら朝まで置いても問題なさそうだ」
フリークライの言葉にアーマデルは視線を手元の花へ落とす。ディアン曰く、これは冬の寒さでゆっくり開くものなのだと言う。枯れてしまわないならすぐ気付かれずとも良さそうだ。
宵を過ぎ、村の明かりはひとつ残らず消えている。これならばフリークライの体も幾ばくかは闇に紛れられることだろう。見えづらい中で人々の反応に目を凝らす必要もない。
「酒蔵の聖女、人が来ないか見ててくれ」
えぇ、と文句を垂れる霊。酒がないとアーマデルに絡む霊であるが、後払いでと告げると不承不承ながらに手伝ってくれるようだ。
「どこに運べば良いのかしら。家の入口でいいの?」
アセナは花束を手に仲間へ確認する。闇夜に紛れられるのは良いことだが、夜の移動は視界も悪い。できるだけ見つからないように、迅速に動く必要があるだろう。
(完全に寝静まってはいそうだけれど、念には念を入れたいわね)
傷を庇うレベリオと共にプレゼントである花を玄関前、窓際などに置いて行くアセナ。小さな物音にハッとしてレベリオを呼び、物陰から様子を窺う。
「……寝たみたい、ね?」
その後さらなる物音は特になく。恐らくはまた眠ってしまったのだろうと、2人は小さく息をついてプレゼント配りを再開した。
「ディアン」
花束を持った大地は振り返る。村の入り口から入ろうとせず、そこより1歩離れた場所へ佇んでいたディアンが大地へ視線を向けた。
「村に入ってみないか? 村の人たちは起きていないだろうし、起きていたとしてもあなたが見えるかは、分からないけれど……」
今回のオーダーは花を摘み、配ること。けれど他に未練は残っていないのだろうか。家族や友人に、昔から共に過ごしてきた者たちに、お別れを言わなくていいのだろうか。お別れでなくとも、何か言葉をかけたいということはないだろうか。
「お前が何か言いたい事があるなラ、俺達ガ、幾らだって手ぇ貸すゼ」
どうする、と赤羽はディアンを見つめる。彼は赤羽を見返して、ゆっくりと首を振った。
「言葉ごと想いをネルイネに詰めましたから」
この依頼が無事に成功するのならば良いのだと言う。そのための依頼でもある、と。
「伝えようとすれば俺の名前を出さざるを得ない。そこまでは、いらないかなって。
ネルイネの花を見て、昔を思い出して、あいつもいたなって笑ってくれたら、いいんです」
「……そうか。それならちゃんと届けないとな」
小さく笑みを浮かべた大地はいくつかの包みを抱え上げて村の中へ。ある家はドアに挟み。またある家は窓辺に置いて。できれば早く気づいてくれるようにと願いながら。
(この辺りも、すっかり静か、ですね)
夜目の利く鳥を使役したメイメイは明かりもつかず、静かな村の気配にホッとして進んでいく――も、束の間。
「っ!?」
鳥の視界から人影らしきものが見えてギョッとする。ただ立っているだけのようにも見えるが、この時間に畑の中で何をしているのか。
「……あ、あれ? もしかして……」
その様子を鳥越しに見ていたメイメイはふと首を傾げる。あれはもしかして――もしかしなくても――案山子ではないだろうか?
そぅっと近づいてみるとメイメイの予想通り、獣避けのものだとわかる。どうやらここまで偶然見なかっただけで、この先の畑にもちらほら立っているようだ。
(び……びっくりしました……)
獣もこのような気分なのだろうか、と思いながらメイメイは畑の横を通り過ぎる。そして民家のドア前、開ける時邪魔にならない場所へ置いたのだった。
ユゥリアリアは聞き耳を立てながら、そぅっと扉を潜り抜ける。玄関内にネルイネを置いたユゥリアリアは再び音もなく通り抜けていった。
「これで全部ですわねー。あとは気づかれる前に退散するのみですわー」
彼女の言葉に一同は頷き、暗い中を村の入り口まで戻って行く。その間にも月が西の空へ沈み、代わりに東から朝日が登った。ふわぁ、と欠伸が出てくるけれどもう少し我慢。
幸いにして村の朝は早く、人々が出てきて花に気づく様子を一同は村の外から隠れて見守っていた。ここから全員の様子を見ることはできないけれど、それでも見える範囲で花を手に取った村人が泣き笑いの表情を見せたことは窺える。ディアン、と1人の唇がそう動いた様をユゥリアリアは見た。
(良かった。これならわたくしが出て行く必要もなさそうですわねー)
ユゥリアリアは小さく唇の端を上げる。不審がられてしまったらどうしようかと思ったけれど、その必要もなさそうだ。ディアンの想いは誤解なく伝わったのだろう。
「良かった」
彼女と同じ言葉をディアンは口にする。その表情は村人たちと似た――笑っているのに、泣いているようで。彼の体を透けて朝日が見えることに気づいたのは大地だった。
「いくのか」
「ああ……そうみたいです」
彼は自身の体を見下ろして、それからくしゃりと笑った。その間にも体はどんどんと薄くなり、光に溶けていくようで。
「ディアン。オヤスミナサイ」
フリークライが体に植わったネルイネを揺らし、メイメイが手に残していた一輪の花を差し出す。彼女はありったけの笑顔を――涙は堪えて――ディアンへ向けた。
「いってらっしゃい、です。ディアンさま」
「はい……おやすみなさい。いって、きます」
彼の手がメイメイの持つネルイネの花弁に触れる。実際に触れられたわけもないだろうが――花弁は触れられたかのように、小さく揺れて。
「君の黄泉路の祝福を。次なる生がまた善きものでありますように。どうか安らかに……」
アセナの祈りと共に、彼の体は今度こそ霧散する。彼の溶けた朝の光に、笑い合う村人たちが照らされていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
また、会えますように。
GMコメント
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。不測の事態は起こりません。
●オーダー
イレギュラーズのすべきことは大きく分けて2つです。
・ネルイネの花を摘み、プレゼント(ブーケ等)の形にする
・村人に気づかれないよう届ける
●ネルイネの花
白っぽい彼岸花のような花です。花自体は小ぶりで、花束にすることで豪華なブーケとなります。
青年が花束を、と言ったのは渡すものとして浮かんだだけであり、ネルイネが使われていれば必ずしも花束である必要はありません。花冠などにしても良いでしょう。
向かう道すがら、以下の魔物が出現する可能性があります。
・ハニベア
大きなクマさんです。突進したり爪でぺしってしてきます。ちょっと強いですが単純です。
・ツノウサギ
額にツノを生やした兎です。群れで行動します。強さは普通くらいです。めっちゃツノで刺してきます。
●ディアン
1週間ほど前に亡くなった村の青年です。村の規模が小さいため皆仲良く、その分死んでしまったことを悲しまれています。
いつまでも落ち込んでいる村の雰囲気が彼の未練となり、この世に縛り付けているようです。
本人は死んだ今、村へ顔を出すつもりはありません。ただ、何か想いを残せたらと考えているようです。
戦闘能力はありません。ネリの村やネルイネの花畑へ案内してくれます。
●ネリの村
ディアンがずっと暮らしていた村です。若者は少なめで規模も小さく、村全体が家族のような場所です。村には畑が多く、家同士はそれなりに離れています。村の入り口からネルイネの花畑までは少し離れています。
村人以外が訪れてもさほど警戒されませんが、非常に物珍しく見られます。
各家にポストのようなものはありませんが、窓辺や玄関前などにプレゼントを置いていくことはできるでしょう。
イレギュラーズが向かう前後数日は天気の崩れる心配はありません。
●ご挨拶
愁と申します。
いつか死んでしまったのなら、その後に想いを残せるのなら。どうか、届けてあげてください。
ご縁がございましたら、どうぞよろしくお願い致します。
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